Module 2-2 - Section 3: 民主化の理論¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-2: 比較政治学の展開 |
| 前提セクション | なし |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
なぜある国は民主化し、ある国は権威主義を維持するのか。この問いに対する理論的回答は半世紀以上にわたり変遷を重ねてきた。1950年代のリプセットに始まる近代化論、1960年代のムーアの階級連合分析、1980年代のオドネル・シュミッターの移行論、1990年代のハンチントンの「第三の波」論——これらは相互に批判と補完を繰り返しながら、民主化研究を形成してきた。
Module 1-3 Section 4(→ Module 1-3, Section 4「民主化と権威主義体制」参照)で民主化の基礎的枠組みを概説した。本セクションでは各理論の内在的論理、相互批判、統合の可能性を体系的に検討する。
民主化理論の展開——概観と主要アプローチ¶
Key Concept: 構造的アプローチ(structural approach) 経済発展、階級構造、社会的近代化といったマクロ構造的変数から民主化の条件を説明するアプローチ。近代化論やムーアの階級連合分析が代表例であり、行為者の意図的選択よりも構造的な力が体制変動を規定するとみなす。
Key Concept: 移行論(transitology) 権威主義体制から民主主義体制への移行過程を、エリートの戦略的相互行為に着目して分析するアプローチ。1986年のオドネル・シュミッターの研究を嚆矢とし、構造よりもアクターの選択・交渉・偶然性を重視する。
第一の潮流は構造的アプローチ(近代化論、階級連合分析、権力資源論)、第二は移行論(オドネル・シュミッター)、第三はアクター中心アプローチ(合理的選択論を含む広義の枠組み)である。近年の研究は構造とアクターの相互作用を統合的に分析する方向へ進んでいる。
graph LR
A["1950s-60s<br/>近代化論<br/>Lipset, Moore"] --> B["1980s<br/>移行論<br/>O'Donnell &<br/>Schmitter"]
B --> C["1990s<br/>第三の波論<br/>Huntington"]
C --> D["1990s-2000s<br/>統合的アプローチ<br/>Przeworski,<br/>Acemoglu &<br/>Robinson"]
A --> E["1990s<br/>権力資源論<br/>Rueschemeyer<br/>et al."]
E --> D
B --> F["1990s-<br/>定着化研究<br/>Linz &<br/>Stepan"]
F --> D
近代化論——Lipset仮説とPrzeworskiの批判的検討¶
Key Concept: 近代化論(modernization theory) 経済発展・都市化・教育水準の向上といった近代化の諸過程が民主主義の出現と定着を促進するとする理論群。シーモア・マーティン・リプセット(Seymour Martin Lipset, 1959)の「Some Social Requisites of Democracy」が出発点である。
Key Concept: リプセット仮説(Lipset hypothesis) 「経済発展が高い水準に達した国ほど民主主義体制を維持する可能性が高い」という経験的一般化。因果メカニズムとして、中間層の形成、教育による政治的寛容の醸成、再分配をめぐる対立の緩和が想定された。
リプセット仮説に対する最も重要な批判的再検討は、アダム・プシェヴォルスキ(Adam Przeworski)とフェルナンド・リモンジ(Fernando Limongi, 1997)によるものである。彼らは「豊かな国に民主主義が多い」という事実を説明する二つの理論を区別した。
| 理論 | 内容 | 検証結果 |
|---|---|---|
| 内生的理論(endogenous theory) | 経済発展が民主主義への「移行」確率を高める | 実証的支持は限定的 |
| 外生的理論(exogenous theory) | 経済発展は移行に関与しないが、民主主義の「存続」を促進する | 強い実証的支持 |
プシェヴォルスキらの分析によれば、民主主義への移行はあらゆる所得水準で生じ、経済発展が移行確率を体系的に高める証拠は弱い。他方、一人当たりGDPが一定水準(1985年購買力平価基準で約6,000ドル)を超えた民主主義国が権威主義に逆行した事例は極めて稀である。「豊かな国に民主主義が多い」のは、民主主義が「生まれやすい」からではなく「死ににくい」からである。
後にボアシュ(Carles Boix)とストークス(Susan Stokes, 2003)はより長期のデータで内生的理論を擁護し、この論争は現在も決着していない。
構造的アプローチ——階級連合と権力資源¶
ムーアの階級連合分析¶
バリントン・ムーア・ジュニア(Barrington Moore Jr.)は『独裁と民主政治の社会的起源』(Social Origins of Dictatorship and Democracy, 1966)で、8か国の比較歴史分析から「近代世界への三つの経路」を析出した。
| 経路 | 階級連合の構成 | 典型事例 |
|---|---|---|
| 民主主義(ブルジョア革命) | ブルジョアジーが地主貴族から自律 | イギリス、フランス、アメリカ |
| ファシズム(上からの革命) | 弱いブルジョアジーが労働抑圧的地主と連合 | ドイツ、日本 |
| 共産主義(農民革命) | 大規模農民層が蜂起、ブルジョアジーが不在 | 中国、ロシア |
ムーアの有名なテーゼ「ブルジョアジーなくして民主主義なし(No bourgeois, no democracy)」は、自律的なブルジョアジーの成長が民主化の前提条件であるとする。分析の核心は農業の商業化と地主-農民関係にあり、イギリスでは囲い込みにより地主がブルジョアジーと協調したのに対し、ドイツ・日本では労働抑圧的地主と弱いブルジョアジーの連合がファシズムを導いた。
批判としては、スコッチポル(Theda Skocpol)による国家の自律性の軽視への指摘、事例選択の大国バイアス、労働者階級の役割の過小評価が挙げられる。
ルシュマイヤーらの権力資源論¶
Key Concept: 権力資源論(power resources theory) 資本主義的発展が階級構造を変容させ、とりわけ労働者階級の組織的権力資源を増大させることで民主化が促進されるとする理論。ルシュマイヤー(Dietrich Rueschemeyer)、スティーヴンス(Evelyne Huber Stephens)、スティーヴンス(John D. Stephens, 1992)が提唱した。
ルシュマイヤーらはムーアを批判的に継承し、三つの中心的主張を展開した。(1) 資本主義的発展は民主化を促進する(リプセットと一致)が、因果メカニズムが異なる。(2) 発展は都市労働者階級を拡大・組織化させ、彼らが民主化の最も一貫した担い手となる。(3) ブルジョアジーは経済的利益が脅かされれば権威主義を支持しうるため、一貫した民主化推進者ではない。
彼らはヨーロッパ・中南米・カリブ海の事例から、大土地所有エリートが民主化に対する最も一貫した抵抗勢力であることを示した。
移行論——O'Donnell & Schmitterの移行パラダイム¶
Key Concept: ハードライナーとソフトライナー(hardliners and softliners) オドネル(Guillermo O'Donnell)とシュミッター(Philippe Schmitter)が『権威主義支配からの移行』(Transitions from Authoritarian Rule, 1986)で定式化した類型。ハードライナーは弾圧を辞さない強硬派、ソフトライナーは漸進的開放を志向する穏健派である。
1986年の『権威主義支配からの移行』全4巻は、南欧・中南米の事例を分析し、民主化研究のパラダイムを構造からアクターへと転換させた。移行論の核心的仮定は、(1) 帰結の不確実性(構造による事前決定を否定)、(2) エリートの戦略的交渉の重視、(3) 自由化と民主化の区別(自由化は体制内の部分的開放、民主化は競争的選挙の制度化)、である。
四者の力学と移行パターン¶
graph TD
subgraph 体制側["権威主義体制側"]
H["ハードライナー<br/>(強硬派)"]
S["ソフトライナー<br/>(穏健派)"]
end
subgraph 反対派["反対派"]
M["穏健派"]
R["急進派"]
end
S -->|"自由化の開始"| M
H ---|"体制内対立"| S
M ---|"反対派内の緊張"| R
H -->|"弾圧の脅威"| R
S -.->|"パクト形成"| M
移行は、体制の動揺→ソフトライナーによる自由化→社会的動員の拡大→交渉(または崩壊)という過程で展開する。パクト(pact)が成立すれば、体制側の安全保障と引き換えに競争的選挙が導入される。帰結は四者の力関係で多様なパターンを取る。
| パターン | 力関係 | 事例 |
|---|---|---|
| パクト型移行 | 両側で穏健派が優位 | スペイン(1975-78)、ブラジル |
| 上からの改革 | ソフトライナー主導、反対派弱体 | 台湾、メキシコ |
| 体制崩壊 | 体制が内部崩壊 | ルーマニア(1989) |
| 協約型民主化 | 両側が均衡 | ポーランド(1989)、南アフリカ |
パクト型移行は平和的民主化を実現する一方、権威主義的遺産(authoritarian enclaves)——訴追免除、軍の特権維持など——を残しうる。チリでは2005年の憲法改正まで約15年にわたりピノチェト時代の制度的残滓が存続した。
移行論への批判¶
第一に、構造の軽視——なぜある国でソフトライナーが台頭し別の国では台頭しないのかを説明できない。第二に、適用範囲の問題——南欧・中南米の事例に基づく枠組みの東欧・アフリカ・中東への「引き伸ばし」。第三に、定着の問題の不十分な扱い——この点はリンスとステパンの研究が補完した。
アクター中心アプローチ——戦略的相互行為の理論化¶
Key Concept: アクター中心アプローチ(actor-centered approach) 民主化を体制エリートと反体制エリートの合理的な戦略的相互行為の結果として分析する枠組み。ゲーム理論や合理的選択理論を用いて、各アクターの選好・制約条件から移行の帰結を演繹的に導出する。
アセモグル(Daron Acemoglu)とロビンソン(James A. Robinson, 2006)は民主化をエリートと大衆の再分配ゲームとしてモデル化した。エリートは革命の脅威に直面した際、再分配の約束だけでは信頼性を確保できないため、民主主義という制度を大衆に「譲渡」する——民主主義は制度化された再分配のコミットメント装置として機能するという論理である。このモデルは、不平等が中程度の国で民主化が最も起こりやすいことを演繹的に導出する。
第三の波からの展開——定着と逆行波¶
Key Concept: 第三の波(third wave of democratization) ハンチントン(Samuel P. Huntington, 1991)が提唱。1974年のポルトガル「カーネーション革命」に始まり南欧・中南米・東アジア・東欧に波及した民主化の潮流。60以上の国が移行を経験した。
ハンチントンは移行の態様を三類型に整理した。変革(transformation)は体制内部からの改革(スペイン、台湾)、交代(replacement)は反対派による打倒(フィリピン、ルーマニア)、移行(transplacement)は両者の交渉による共同作業(ポーランド)である。
民主主義の定着¶
Key Concept: 定着/定着化(consolidation) 民主主義が「唯一のゲーム(the only game in town)」として行動的・態度的・制度的に受容される状態。リンス(Juan J. Linz)とステパン(Alfred Stepan, 1996)は、市民社会、政治社会、法の支配、国家官僚機構、経済社会の五領域の整備を定着の条件とした。
ハンチントンの「二回の政権交代テスト(two-turnover test)」は簡潔な判定基準だが、リンスとステパンはより精緻な分析を展開した。定着化とは民主主義が「行動的に」(重要アクターが非民主的手段を用いない)、「態度的に」(市民が民主主義を最善と認識)、「制度的に」(紛争解決が民主的ルールに従う)受容される状態である。
逆行波の可能性¶
ハンチントンは各波の後に「逆行波(reverse wave)」が生じるパターンを指摘し、第三の波後の逆行も警告した。要因として、(1) 経済危機による正統性低下、(2) 権威主義的大国の連鎖効果、(3) 権威主義の「成功」のデモンストレーション効果、(4) 新たな権威主義的イデオロギー、を挙げた。2010年代以降の世界的な民主主義の後退(→ Module 1-3, Section 4「民主主義の後退」参照)は、この警告に一定の妥当性を示している。
ただし、波動モデル自体への批判——各国固有条件の無視、時期区分の恣意性——も存在する。
まとめ¶
- 民主化理論は構造的アプローチとアクター中心アプローチの二つの潮流に大別され、相互批判を通じて発展してきた
- プシェヴォルスキらは経済発展が民主化の「移行」ではなく「定着」に寄与するという外生的理論を実証的に支持した
- ムーアの「ブルジョアジーなくして民主主義なし」をルシュマイヤーらは修正し、組織された労働者階級こそ民主化の一貫した推進力であるとした
- オドネル・シュミッターの移行論は、四者の戦略的相互行為が移行の帰結を規定するとし、パラダイム転換をもたらした
- 近年の研究は構造とアクターの二項対立を超え、両者の相互作用を統合的に分析する方向へ進展している
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 近代化論 | modernization theory | 経済発展・教育・都市化などの近代化諸過程が民主化を促進するとする理論群 |
| リプセット仮説 | Lipset hypothesis | 経済発展の水準が高い国ほど民主主義を維持する可能性が高いという命題 |
| 内生的理論 | endogenous theory | 経済発展が民主主義への移行確率を直接高めるとする理論 |
| 外生的理論 | exogenous theory | 経済発展は民主主義の存続を促進するが移行には関与しないとする理論 |
| 構造的アプローチ | structural approach | マクロ構造変数から民主化を説明するアプローチ |
| 権力資源論 | power resources theory | 階級の組織的権力資源の変容が民主化を規定するとする理論 |
| 移行論 | transitology | エリートの戦略的相互行為から体制移行を分析するアプローチ |
| ハードライナー | hardliners | 体制維持に固執する権威主義体制内の強硬派 |
| ソフトライナー | softliners | 漸進的開放を志向する権威主義体制内の穏健派 |
| 自由化 | liberalization | 権威主義体制の枠内で市民的自由を部分的に拡大する過程 |
| パクト | pact | 体制側と反対派の交渉による民主化移行の合意 |
| 第三の波 | third wave of democratization | 1974年以降、60以上の国が経験した世界的な民主化の潮流 |
| 定着/定着化 | consolidation | 民主主義が「唯一のゲーム」として受容される状態 |
| 二回の政権交代テスト | two-turnover test | 二度の政権交代達成で定着とみなすハンチントンの基準 |
| 逆行波 | reverse wave | 民主化の波の後に民主主義が崩壊する逆方向の潮流 |
| 権威主義的遺産 | authoritarian enclaves | パクト型移行の結果、民主主義体制に残存する権威主義的制度・慣行 |
確認問題¶
Q1: プシェヴォルスキらが区別した「内生的理論」と「外生的理論」の違いを説明し、それぞれの実証的支持の状況を述べよ。 A1: 内生的理論は経済発展が民主主義への「移行」確率を高めるとする理論、外生的理論は経済発展が移行には影響しないが一旦成立した民主主義の「存続」を促進するとする理論である。プシェヴォルスキらの分析では、移行はあらゆる所得水準で生じており内生的理論の支持は限定的だが、一人当たりGDPが約6,000ドルを超えた民主主義国の権威主義への逆行は極めて稀であり、外生的理論への支持は強い。ボアシュとストークスがより長期のデータで内生的理論を擁護するなど、論争は決着していない。
Q2: ムーアの「近代世界への三つの経路」を階級連合の構成とともに説明し、ルシュマイヤーらの修正点を述べよ。 A2: 三経路は、(1) 民主主義——ブルジョアジーが地主から自律(英仏米)、(2) ファシズム——弱いブルジョアジーが労働抑圧的地主と連合(独日)、(3) 共産主義——農民蜂起、ブルジョアジー不在(中露)である。ルシュマイヤーらはブルジョアジーが利益を脅かされれば権威主義を支持しうる点を指摘し、組織された労働者階級こそ民主化の最も一貫した推進力であると修正した。
Q3: オドネル・シュミッターの移行論における四者のアクターの役割を説明し、パクト型移行の成立条件を述べよ。 A3: ハードライナーは弾圧を辞さない強硬派、ソフトライナーは自由化を主導する穏健派、反対派穏健派は交渉による漸進的民主化を志向するパクトの交渉相手、反対派急進派は体制打倒を志向し妥協を拒否する傾向がある。パクト型移行は、体制内でソフトライナーがハードライナーに優位し、反対派内で穏健派が急進派を制御できている場合に成立する。両側の穏健派が相互保証——訴追免除と競争的選挙——を交換することで合意に至る。
Q4: 構造的アプローチとアクター中心アプローチの方法論的差異を説明し、両者の統合の方向を論じよ。 A4: 構造的アプローチはマクロ構造変数に原因を求め、アクターの意図的選択より構造が体制変動を規定するとみなす。アクター中心アプローチはエリートの戦略的行為と偶然性に焦点を当て、同一の構造的条件下でも異なる帰結が生じうることを強調する。統合の方向としては、アセモグルとロビンソンのように、構造的条件(不平等水準)がアクターの選択肢を制約する枠組みの中でエリートと大衆の戦略的ゲームをモデル化するアプローチがあり、構造と行為の相互作用を分析する方向に研究は収斂しつつある。
Q5: スペインの民主化(1975-78年)を移行論の枠組みで分析せよ。 A5: スペインはパクト型移行の典型例である。フランコ死後、体制内ソフトライナーのフアン・カルロス1世国王とスアレス首相が開放を主導した。ハードライナーは1981年のクーデター未遂で抵抗したが、国王が鎮圧し民主化の不可逆性を確保した。反対派ではスペイン共産党のカリーリョら穏健派が君主制を受容し急進的変革を抑制した。1977年のモンクロア協定は体制側と反対派の包括的パクトであった。ただしフランコ時代の人権侵害への訴追免除は権威主義的遺産として残った。