Module 2-2 - Section 4: 権威主義体制と民主主義の後退¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-2: 比較政治学の展開 |
| 前提セクション | Section 3: 民主化の理論 |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
前セクションでは、民主化の構造的条件とアクターの相互行為を検討し、権威主義体制から民主主義への移行過程を分析した。しかし現実の政治は、体制が民主主義か権威主義かの二項対立で捉えきれるものではない。冷戦終結後の「第三の波」(→ Module 2-2, Section 3「民主化の理論」参照)は多くの国に選挙を導入したが、その相当数は自由で公正な競争とは程遠い状態にとどまった。選挙を実施しながら権威主義的支配を維持する「グレーゾーン」の体制が広がり、さらに21世紀に入ると、一度は民主化した国々で民主主義の質が漸進的に劣化する現象——民主主義の後退——が世界的に観察されるようになった。
本セクションでは、まずリンスの古典的類型論を起点に権威主義体制の多様性を整理し、次に競争的権威主義・選挙権威主義という現代的概念を検討する。後半では民主主義の後退のメカニズムを分析し、最後に国家建設と破綻国家の問題を扱う。
権威主義体制の比較類型——全体主義との区別と多様性¶
リンスの権威主義概念¶
権威主義体制の体系的分析は、フアン・ホセ・リンス(Juan José Linz)の研究に始まる。リンスは1964年の論文および後の著作『全体主義と権威主義の体制』(Totalitarian and Authoritarian Regimes, 1975/2000)において、当時支配的であった「民主主義か全体主義か」という二分法を退け、権威主義を独自の体制類型として定義した。
Key Concept: 権威主義体制(authoritarian regime) リンスの定義によれば、「限定的な、責任を負わない政治的多元主義をもち、精緻な指導的イデオロギーをもたないが独自のメンタリティをもち、発展のある時期を除いて広範かつ集中的な政治的動員を欠き、形式的には明確に規定されないが実際にはかなり予測可能な範囲内で指導者(まれに小集団)が権力を行使する政治体制」。
この定義から、権威主義と全体主義の区別は以下の四つの次元に整理される。
| 次元 | 全体主義 | 権威主義 |
|---|---|---|
| 多元主義 | 一元的:単一政党が社会を包摂 | 限定的多元主義:軍・教会・官僚・財界等が一定の自律性を保持 |
| イデオロギー | 精緻な体系的イデオロギー(ユートピア志向) | 独自のメンタリティ(感情的・実利的正統化) |
| 動員 | 広範かつ集中的な大衆動員 | 脱動員(政治的無関心の容認) |
| 権力の範囲 | 公私の全領域に浸透 | 形式的に不明確だが予測可能な範囲 |
全体主義が社会の根本的改造を目指して大衆を動員するのに対し、権威主義は社会の受動的服従を求める。リンスが「イデオロギー」ではなく「メンタリティ」と呼んだのは、権威主義体制の正統化が体系的理論に基づくのではなく、ナショナリズム・秩序・反共主義といった漠然とした心理的志向に依拠することを示している。
権威主義体制の下位類型¶
リンスは権威主義体制をさらに下位類型に分類した。主要なものは以下の通りである。
- 官僚的軍事権威主義(bureaucratic-military authoritarianism)——軍と官僚が支配連合を形成する体制。1960-80年代のラテンアメリカ(ブラジル、アルゼンチン、チリ)が典型例
- 権威主義的コーポラティズム(authoritarian corporatism)——国家が利益集団を公式に組織化し統制する体制。ポルトガルのサラザール体制が代表例
- 動員型権威主義(mobilizing authoritarianism)——単一政党が大衆動員を行うが全体主義には至らない体制。メキシコの制度的革命党(PRI)体制が該当
- ポスト全体主義体制(post-totalitarian regime)——全体主義の制度的遺産を維持しつつ、イデオロギー的熱狂と動員が衰退した体制。改革開放後の中国、1970年代以降の東欧諸国
- スルタン主義(sultanism)——ウェーバーの概念を援用し、制度化の欠如、統治者個人への権力集中、恣意的支配を特徴とする体制。フィリピンのマルコス政権、ハイチのデュヴァリエ政権
これらの類型は、権威主義体制が一枚岩ではなく、支配連合の構成・正統化の様式・動員の程度によって多様な形態をとることを示している。
競争的権威主義——選挙はあるが不公正な体制¶
ハイブリッド体制の概念的登場¶
冷戦終結後、民主主義でも古典的権威主義でもない体制が急増した。選挙は実施されるが自由でも公正でもなく、野党は存在するが勝利の見込みが構造的に制限されている——こうした「グレーゾーン」の体制を概念化する試みが2000年代に本格化した。
Key Concept: 競争的権威主義(competitive authoritarianism) スティーヴン・レヴィツキー(Steven Levitsky)とルーカン・ウェイ(Lucan A. Way)が提唱した概念。民主的制度が存在し、野党が合法的に競争に参加できるが、現職者による制度的操作・メディア統制・国家資源の濫用・選択的弾圧により「競争は実在するが不公正」な体制を指す。
レヴィツキーとウェイは2002年の論文「競争的権威主義の台頭」および2010年の著作『競争的権威主義——冷戦後のハイブリッド体制』(Competitive Authoritarianism: Hybrid Regimes after the Cold War)で、この概念を精緻化した。
競争的権威主義の四つの競争領域¶
競争的権威主義体制では、以下の四つの領域で形式的な競争が存在するが、いずれも現職者によって歪められている。
- 選挙の領域——選挙は定期的に実施され、野党候補は排除されないが、大規模な不正、有権者の脅迫、公的資源の流用が行われる
- 立法の領域——議会は存在するが、行政府が議会を迂回・統制し、野党議員の活動を妨害する
- 司法の領域——裁判所は形式的に独立しているが、政権に不利な判決を出した裁判官が罷免・脅迫される
- メディアの領域——独立メディアは存在するが、政府批判は訴追・免許取消し・広告収入の遮断で抑圧される
重要な点は、これらの領域で完全な閉鎖ではなく「不公正な競争」が行われることである。野党はときに勝利することもあり(ウクライナ2004年のオレンジ革命、セルビア2000年のミロシェヴィッチ体制の崩壊)、この点が完全閉鎖型の権威主義体制との決定的な違いである。
競争的権威主義の帰結を分ける要因¶
レヴィツキーとウェイは、冷戦後の競争的権威主義体制35か国の軌跡を分析し、その帰結を分ける二つの変数を提示した。
- 西側諸国との連携(Western linkage)——貿易・投資・人的交流・情報の流通を通じた西側との結びつきの強さ。連携が強いほど、権威主義的行動のコストが上昇する
- 西側諸国からのレバレッジ(Western leverage)——西側が当該国に民主化圧力を行使する能力。経済的依存度、代替的パトロン(中国・ロシア)の有無に左右される
連携とレバレッジの双方が強い国(東欧・中米)では民主化が進展したが、双方が弱い国(旧ソ連・サブサハラアフリカの一部)では権威主義が安定化した。
選挙権威主義——権威主義体制による選挙の操作と正統化¶
シェドラーの分析枠組み¶
Key Concept: 選挙権威主義(electoral authoritarianism) アンドレアス・シェドラー(Andreas Schedler)が提唱した概念。定期的な複数政党制選挙を実施しながら、自由民主主義の最低基準を体系的かつ根本的に侵害する体制。冷戦終結後、最も一般的な非民主的統治形態となった。
シェドラーは2002年の論文「民主主義なき選挙——操作のメニュー」("Elections without Democracy: The Menu of Manipulation")および2006年の編著、2013年の著作で、選挙権威主義の論理を体系的に分析した。
「操作のメニュー」——選挙操作の七つの連鎖¶
シェドラーは、民主的選挙が満たすべき規範的連鎖と、権威主義体制がそれぞれの段階で行使する操作を対応させた。
| 民主的選挙の条件 | 操作の手法 |
|---|---|
| 1. エンパワメント:選挙が実質的権力を付与する | 選挙で決定される権力の範囲を制限(軍の拒否権等) |
| 2. 自由な供給:候補者・政党の自由な参入 | 野党の登録拒否、有力候補の立候補禁止 |
| 3. 自由な需要:有権者の自由な選好形成 | メディア統制、プロパガンダ |
| 4. 包摂:普通選挙権 | 特定集団の選挙権剥奪、有権者登録の妨害 |
| 5. 公正さ:対等な競争条件 | 国家資源の流用、ゲリマンダー |
| 6. 誠実さ:票の正確な集計 | 投票箱の操作、集計の改竄 |
| 7. 不可逆性:選挙結果の尊重 | 結果の無効化、敗北の不承認 |
権威主義体制は、これら七段階の全てではなく、状況に応じて最もコストの低い段階で操作を行う。粗暴な不正よりも、事前の制度設計(候補者資格の制限、選挙区割り、メディア統制)による操作が増加しており、操作の「洗練化」が進行している。
競争的権威主義と選挙権威主義の関係¶
レヴィツキー・ウェイの「競争的権威主義」とシェドラーの「選挙権威主義」は重複する概念であるが、強調点が異なる。競争的権威主義は「民主的制度が実質的な競争の場として機能する側面」を強調し、選挙権威主義は「権威主義体制が選挙を正統化の道具として利用する側面」を強調する。選挙権威主義はより広い概念であり、競争がほとんど存在しない「ヘゲモニー的選挙権威主義」から、野党が実質的に競争する「競争的選挙権威主義」までの幅を含む。
graph TD
A["政治体制"] --> B["民主主義体制"]
A --> C["権威主義体制"]
C --> D["閉鎖的権威主義<br/>選挙なし"]
C --> E["選挙権威主義<br/>選挙あり・操作あり"]
E --> F["ヘゲモニー的選挙権威主義<br/>野党の勝利可能性なし"]
E --> G["競争的権威主義<br/>不公正だが実質的競争あり"]
B --> H["自由民主主義"]
B --> I["選挙民主主義<br/>自由は不完全"]
民主主義の後退——漸進的な民主主義の侵食¶
概念と特徴¶
Key Concept: 民主主義の後退(democratic backsliding) 国家主導による、既存の民主主義を支える政治制度の弱体化または排除の過程。クーデターのような突発的な体制転換とは異なり、合法的手続きを利用した漸進的過程として進行する点に特徴がある。
21世紀における民主主義の危機は、20世紀のそれとは様態が異なる。軍事クーデターや革命による民主主義の突然死ではなく、民主的に選出された指導者が合法的手続きを利用して民主主義を内部から蝕む——いわば民主主義の「緩慢な死」が支配的パターンとなった。
レヴィツキーとジブラットの四つの指標¶
スティーヴン・レヴィツキーとダニエル・ジブラット(Daniel Ziblatt)は2018年の著作『民主主義の死に方』(How Democracies Die)において、権威主義的行動を識別する四つの指標を提示した。
- 民主的ルールへの拒絶(または弱いコミットメント)——憲法の軽視、選挙結果の不承認、反民主的手段の正当化
- 政治的対立者の正統性の否定——対立政党を犯罪者・外国の手先・国家の敵として描写
- 暴力の容認または奨励——支持者による暴力行為の黙認、準軍事組織との連携
- 対立者の市民的自由の制限——メディアの抑圧、反対派の訴追、市民社会組織への規制
これら四指標のうち一つでも該当する政治指導者は、潜在的に権威主義的であると判断される。歴史的にみて、ムッソリーニ、ヒトラー、チャベスはいずれも複数の指標に該当していた。
民主主義の後退のメカニズム——規範の侵食¶
二つの民主的規範¶
レヴィツキーとジブラットは、民主主義の存続には憲法の条文だけでなく、二つの不文律の規範が不可欠であると論じた。
Key Concept: 相互的寛容(mutual toleration) 政治的対立者を、意見は異なるが祖国を愛する正統な市民として認める規範。対立者を体制の敵や存在的脅威とみなさず、統治する同等の権利を承認する態度を指す。
Key Concept: 制度的自制(institutional forbearance) 法的に許容される権限を最大限に行使することを控え、制度の精神を尊重して自制する規範。法の文言上は可能であっても、民主的競争の公正さを損なう行動を慎む態度を指す。
これら二つの規範は民主主義の「ソフトなガードレール」として機能する。憲法は制度の骨格を規定するが、制度がどのように運用されるかは規範に依存する。
侵食の論理¶
二つの規範の侵食は相互に連動する。相互的寛容が失われると、政治的対立者が「敵」とみなされるようになり、あらゆる手段を用いて敵を阻止することが正当化される。その結果、制度的自制が放棄され、合法だが慣行に反する行動——大統領令の乱発、司法の「詰め込み」(court packing)、議事妨害の常態化——が横行する。制度的自制の放棄は対立者側のさらなる不信と敵対を招き、相互的寛容がさらに侵食される悪循環が生じる。
graph TD
A["分極化の深化"] --> B["相互的寛容の喪失"]
B --> C["対立者を『敵』と認識"]
C --> D["制度的自制の放棄"]
D --> E["合法的手段による権力集中"]
E --> F["対立者側の対抗的逸脱"]
F --> A
E --> G["民主主義の後退"]
後退の具体的手法¶
民主主義の後退を推進する指導者は、典型的に以下の手法を段階的に展開する。
- 審判の取り込み——司法の人事掌握、選挙管理委員会の与党化、規制機関への忠誠者配置
- 競技場の傾斜——選挙法の改正、ゲリマンダー、国家資源を利用した選挙運動、野党への選択的法執行
- 反対派の排除——メディアへの圧力、市民社会組織への規制強化、反対派指導者の訴追
重要な特徴は、これらの各段階が法的手続きを経て行われることである。裁判所の判事は合法的に任命され、選挙法は議会で可決され、訴追は検察によって行われる。このため「独裁者による民主主義の破壊」ではなく「民主的手続きによる民主主義の空洞化」として進行し、外部からの介入や市民の抵抗を困難にする。
民主主義の後退の事例¶
ハンガリーのオルバーン・ヴィクトル(Orbán Viktor)政権は、民主主義の後退の典型例として広く引用される。2010年に三分の二の議席を獲得した後、オルバーンは憲法改正、メディア法の制定、選挙法の改正、司法の再編を矢継ぎ早に実施した。いずれも議会の多数決という合法的手続きを通じており、クーデターも暴力もなかったが、民主的競争の公正さは著しく損なわれた。オルバーン自身が2014年に「非自由主義的民主主義」(illiberal democracy)を標榜したことは、体制の性格を端的に示している。
同様のパターンは、トルコのエルドアン(Recep Tayyip Erdoğan)政権、ポーランドの「法と正義」(PiS)政権、ベネズエラのチャベス(Hugo Chávez)政権にもみられる。
国家建設——弱い国家、破綻国家、資源の呪い¶
国家能力と民主主義¶
権威主義体制と民主主義の後退を議論する前提として、そもそも「国家」が機能しているかという問題がある。民主主義であれ権威主義であれ、政治体制が機能するには最低限の国家能力——領域の統制、法の執行、公共財の供給——が必要である。国家能力が極度に低い場合、体制の分類以前に国家そのものが崩壊する。
ロットバーグの破綻国家論¶
Key Concept: 破綻国家(failed state) ロバート・ロットバーグ(Robert I. Rotberg)の概念。内部的暴力に蝕まれ、安全保障・法の支配・教育・保健といった基本的な政治的財(political goods)を住民に提供する能力を喪失した国家。
ロットバーグは2003年の編著『国家が崩壊するとき』(When States Fail)で、国家の強弱を政治的財の供給能力によって序列化した。
| 国家類型 | 特徴 | 例 |
|---|---|---|
| 強い国家 | 全ての政治的財を高水準で供給 | 北欧諸国、日本 |
| 弱い国家 | 一部の政治的財の供給に失敗 | 多くの途上国 |
| 破綻国家 | 安全保障を含む基本的財の供給が崩壊 | 1990年代のソマリア、シエラレオネ |
| 崩壊国家 | 中央権力の完全な消滅、ホッブズ的自然状態 | 内戦期のソマリア |
ロットバーグは、国家の破綻は自然現象ではなく政治指導者の行為の帰結であると強調した。収奪的な統治者が国家機構を私物化し、反対派を弾圧し、特定集団を優遇することで、国家制度の正統性と機能が内部から破壊される。
資源の呪い¶
Key Concept: 資源の呪い(resource curse) 石油・鉱物など豊富な天然資源の存在が、経済成長の阻害、権威主義の持続、内戦の発生と関連するという逆説的現象。レンティア国家論とも結びつく。
「資源の呪い」は、天然資源の豊かさが経済発展と民主化の双方を阻害するという逆説を指す。主要なメカニズムは以下の三つである。
- レンティア効果——石油・鉱物からの収入(レント)により政府が市民への課税を回避でき、市民の「代表なくして課税なし」という政治参加の動機が弱体化する。同時に、レントを利用したパトロネージ・補助金配分によって政治的忠誠を購入できる
- オランダ病効果——資源輸出による通貨高が製造業の国際競争力を低下させ、経済の多角化を阻害する。結果として、資源セクターへの依存が固定化される
- 暴力誘発効果——資源の利権をめぐる争奪が内戦や政治的暴力を誘発する。とくに「略奪可能な資源」(ダイヤモンド等)は反乱集団の資金源となりやすい
マイケル・ロス(Michael L. Ross)の研究は、石油産出国が非産出国に比べて権威主義体制を維持する確率が有意に高いことを実証した。中東の産油国が近代化(高所得・高教育水準)にもかかわらず民主化しない「中東例外論」は、資源の呪いの文脈で部分的に説明される。ただし、資源の呪いは決定論ではなく、ノルウェーやボツワナのように資源を適切に管理し民主主義を維持する国も存在する。制度の質——とくに資源収入の透明性と説明責任——が帰結を分ける決定的変数である。
まとめ¶
- リンスは権威主義を全体主義とは区別される独自の体制類型として概念化し、限定的多元主義・メンタリティ・脱動員・予測可能な権力行使の四つの特徴を示した
- 冷戦終結後、レヴィツキーとウェイの競争的権威主義、シェドラーの選挙権威主義といった概念が登場し、民主主義と権威主義の間のグレーゾーン体制が分析可能となった
- 21世紀の民主主義の危機はクーデターではなく、選挙で選ばれた指導者による合法的手段を通じた漸進的侵食として進行する
- レヴィツキーとジブラットは、相互的寛容と制度的自制という二つの不文律の規範の侵食が民主主義の後退の中核的メカニズムであると論じた
- 国家建設・国家能力の問題は民主主義の前提条件であり、資源の呪いは権威主義の持続メカニズムの一つとして機能する
- 次のセクションでは、福祉国家と政治経済学的な比較分析に進む(→ Module 2-2, Section 5参照)
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 権威主義体制 | authoritarian regime | 限定的多元主義、独自のメンタリティ、脱動員、予測可能な権力行使を特徴とする体制(リンスの定義) |
| 全体主義 | totalitarianism | 精緻なイデオロギー、一元的支配、広範な大衆動員、公私全領域への浸透を特徴とする体制 |
| スルタン主義 | sultanism | 制度化を欠き、統治者個人への権力集中と恣意的支配を特徴とする権威主義の極端な形態 |
| ポスト全体主義体制 | post-totalitarian regime | 全体主義の制度的遺産を維持しつつイデオロギー的熱狂と動員が衰退した体制 |
| 競争的権威主義 | competitive authoritarianism | 民主的制度が存在し野党が競争に参加できるが、現職者の操作により競争が不公正な体制 |
| 選挙権威主義 | electoral authoritarianism | 定期的な複数政党制選挙を実施しながら自由民主主義の最低基準を体系的に侵害する体制 |
| 操作のメニュー | menu of manipulation | 権威主義体制が選挙過程の各段階で行使する操作手法の体系(シェドラーの概念) |
| 民主主義の後退 | democratic backsliding | 国家主導による既存の民主的政治制度の漸進的弱体化・排除の過程 |
| 相互的寛容 | mutual toleration | 政治的対立者を正統な市民・競争者として認め、統治する同等の権利を承認する規範 |
| 制度的自制 | institutional forbearance | 法的に許容される権限の最大行使を控え、制度の精神を尊重する自制の規範 |
| 破綻国家 | failed state | 基本的な政治的財を住民に提供する能力を喪失した国家(ロットバーグの概念) |
| 資源の呪い | resource curse | 豊富な天然資源が経済成長阻害・権威主義持続・内戦と関連する逆説的現象 |
| レンティア国家 | rentier state | 天然資源等からの外部収入(レント)に財政を依存し、市民への課税を回避する国家 |
| 非自由主義的民主主義 | illiberal democracy | 選挙は実施されるが個人の自由・法の支配・権力分立が制限された民主主義の形態 |
確認問題¶
Q1: リンスによる権威主義体制の定義における四つの特徴を挙げ、全体主義との相違を説明せよ。
A1: 四つの特徴は、(1) 限定的な政治的多元主義——軍・教会・官僚等が一定の自律性を保持する(全体主義では単一政党が社会を包摂)、(2) 精緻なイデオロギーではなく独自のメンタリティ——ナショナリズムや秩序といった漠然とした心理的志向による正統化(全体主義はユートピア志向の体系的イデオロギーをもつ)、(3) 広範な政治的動員の欠如——市民の政治的無関心を容認(全体主義は大衆の積極的動員を追求)、(4) 形式的には不明確だが予測可能な範囲内での権力行使(全体主義は公私の全領域に浸透する)。要約すれば、全体主義が社会の根本的改造を目指して大衆を動員するのに対し、権威主義は社会の受動的服従を求める点が本質的相違である。
Q2: レヴィツキーとウェイの「競争的権威主義」とシェドラーの「選挙権威主義」の概念的関係を整理し、両者の強調点の違いを論じよ。
A2: 選挙権威主義はより広い概念であり、選挙を実施しながら自由民主主義の最低基準を侵害する体制全般を指す。これにはヘゲモニー的選挙権威主義(野党の勝利可能性がほぼ皆無)から競争的選挙権威主義(不公正だが実質的競争が存在)までの幅がある。競争的権威主義は選挙権威主義の下位類型に位置づけられ、民主的制度が実質的な競争の場として機能する側面を強調する。対して選挙権威主義は、権威主義体制が選挙を正統化の道具として利用する側面——「操作のメニュー」——を強調する。両者は対象領域が重複するが、分析の焦点が異なるのである。
Q3: レヴィツキーとジブラットが論じた「相互的寛容」と「制度的自制」が民主主義の存続にとって不可欠である理由を説明し、両規範の侵食がどのような悪循環を生むか論じよ。
A3: 相互的寛容は対立者を正統な競争者として認める規範であり、これが存在することで敗北を受容し平和的政権交代が可能になる。制度的自制は法的に許容される権限の最大行使を控える規範であり、これにより多数派が少数派の権利を蹂躙しない。この二つは民主主義の「ソフトなガードレール」であり、憲法が規定できない運用面での公正さを担保する。侵食の悪循環は次のように進行する。分極化により相互的寛容が失われると、対立者が「敵」とみなされ、あらゆる手段での阻止が正当化される。すると制度的自制が放棄され、合法だが慣行に反する権力行使(司法の詰め込み、大統領令の乱発等)が横行する。これは対立者側のさらなる不信と対抗的逸脱を招き、相互的寛容がいっそう損なわれる。この相互強化的な悪循環が民主主義の漸進的侵食をもたらす。
Q4: 「資源の呪い」が権威主義体制の持続に寄与する三つのメカニズムを説明し、この理論の限界を指摘せよ。
A4: 三つのメカニズムは、(1) レンティア効果——資源収入により政府が市民への課税を回避でき、「代表なくして課税なし」の論理が機能しないため市民の政治参加動機が弱体化する。同時にレントによるパトロネージで忠誠を購入できる。(2) オランダ病効果——資源輸出による通貨高が製造業を弱体化させ、経済の多角化を阻害し、資源依存が固定化される。(3) 暴力誘発効果——資源利権の争奪が内戦や政治的暴力を誘発する。理論の限界として、資源の呪いは決定論ではなく、ノルウェーやボツワナのように資源を適切に管理して民主主義を維持する国が存在する。制度の質——とくに資源収入の透明性と説明責任——が帰結を分ける決定的変数であり、資源の豊かさそれ自体が必然的に権威主義をもたらすわけではない。
Q5: ハンガリーのオルバーン政権を事例として、民主主義の後退が「合法的手続きを通じた漸進的過程」として進行するメカニズムを説明せよ。
A5: オルバーンは2010年に議会の三分の二を獲得した後、合法的な議会多数決を通じて以下の措置を実施した。憲法を全面改正して権力集中を制度化し、メディア法を制定して批判的メディアを規制し、選挙法を改正して与党に有利な選挙区割りを導入し、裁判官の強制退職年齢を引き下げて司法を再編した。いずれもクーデターや暴力を伴わず、議会の立法手続きという合法的過程を経ていた。このため国際社会の制裁や市民の大規模な抵抗は困難であり、民主的手続きそのものが民主主義を空洞化する道具として利用された。レヴィツキー・ジブラットの枠組みでは、審判(司法・規制機関)の取り込み、競技場の傾斜(選挙法・メディア法)、反対派の排除が段階的に実行されたケースである。