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Module 2-3 - Section 4: 国際制度・国際法・グローバルガバナンス

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-3: 国際政治学の展開
前提セクション なし
想定学習時間 3時間

導入

国際社会には国内社会のような中央政府が存在しない。にもかかわらず、国家間には一定の秩序が成立し、多くの領域で協力が実現している。この逆説を説明する鍵が、国際制度(international institutions)・国際法(international law)・グローバルガバナンス(global governance)である。

本セクションでは、まず国際レジーム論を中心に国際制度がなぜ・いかにして国家間の協力を促進するかを理論的に検討する。次に、国連システムという最も包括的な国際制度の構造と機能を分析し、さらに人権・環境という具体的なガバナンス領域を取り上げる。最後に、国際法の基本原則とその遵守メカニズムを考察し、アナーキーの下での秩序形成の論理を総合的に理解することを目指す。


国際制度の理論

国際レジーム論の基本枠組み

国際制度を理論的に把握する上で中心的な概念が国際レジーム(international regime)である。

Key Concept: 国際レジーム(International Regime) スティーヴン・クラズナー(Stephen D. Krasner)の古典的定義(1983年)によれば、国際レジームとは「国際関係の所与の争点領域(issue-area)において、アクターの期待が収斂するところの明示的もしくは暗黙の原則(principles)・規範(norms)・ルール(rules)・意思決定手続き(decision-making procedures)の総体」である。

クラズナーはレジームの構成要素を4層に区分した。

構成要素 内容 例(自由貿易レジーム)
原則(Principles) 事実・因果関係・公正に関する信念 比較優位に基づく自由貿易は各国の厚生を増進する
規範(Norms) 権利・義務の観点で定義される行動基準 関税は一方的に引き上げるべきではない
ルール(Rules) 行動に関する具体的な規定・禁止 WTO最恵国待遇条項、内国民待遇条項
意思決定手続き(Decision-making Procedures) 集合的選択の決定・履行の実践 WTO紛争解決手続き、多角的交渉ラウンド

この4層構造は、レジームが単なるルールの集合ではなく、より深い原則と規範に支えられた重層的な制度であることを示している。クラズナー自身が強調したように、「原則と規範の変化はレジームの交代(change of regime)を意味する」のに対し、「規則と手続きの変化はレジーム内の変化(change within a regime)を意味する」。

制度の機能——なぜ制度は協力を促進するか

ロバート・コヘイン(Robert O. Keohane)に代表される新自由制度主義(neoliberal institutionalism)は、アナーキー下の国家間協力を制度の機能に着目して説明した。

Key Concept: 新自由制度主義(Neoliberal Institutionalism) コヘインが『After Hegemony』(1984年)で体系化した理論的立場。覇権国が衰退した後も国際協力が持続しうることを、国際制度の機能に着目して説明する。国家は合理的アクターであり、制度は協力を促進する環境を整備するものと位置づける。

コヘインによれば、国際制度は以下の機能を通じて協力の障害を低減する。

機能 説明 具体例
情報提供 各国の行動や選好に関する情報を提供し、不確実性を減少させる IMFの経済データ公開、IAEA査察報告
取引費用の削減 交渉・合意形成・履行監視のコストを低減する WTOの多角的交渉ラウンド
繰り返しゲームの促進 継続的な相互作用の場を提供し、将来の協力の利益を意識させる 定期的な国際会議・フォーラム
評判メカニズム ルール違反が評判を損ない、将来の協力を困難にする 条約違反国への国際的非難

ゲーム理論的に表現すれば、国際制度は「囚人のジレンマ」を「繰り返しゲーム」に変換することで、短期的な裏切りの誘因を長期的な協力の利益で相殺する環境を創出する。

ネオリアリズムからの批判

ジョン・ミアシャイマー(John J. Mearsheimer)は「国際制度の偽りの約束(The False Promise of International Institutions)」(1994-95年)において、新自由制度主義を正面から批判した。

  1. 制度は独立変数ではない: 国際制度は大国の権力分布を反映しているにすぎず、制度それ自体が国家の行動を変容させる力を持たない。
  2. 相対利得の問題: 新自由制度主義は絶対利得(absolute gains)を重視するが、国家は協力によって相手国がより大きな利益を得ること(相対利得:relative gains)を懸念する。この懸念は安全保障領域において特に深刻である。
  3. 安全保障と経済の不可分性: 経済力は軍事力の基盤であり、新自由制度主義が試みる経済領域と安全保障領域の分離は成立しない。

この「ネオ・ネオ論争(neo-neo debate)」は国際関係論における最も重要な理論的論争の一つであり、決着をみていない。実証的には、国際貿易・環境・人権など多くの領域で制度の一定の独立的効果を支持する研究が蓄積される一方、安全保障領域における制度の有効性については議論が継続している。

graph TD
    subgraph "国際レジームの構成要素"
        P["原則 Principles"]
        N["規範 Norms"]
        R["ルール Rules"]
        D["意思決定手続き"]
    end

    P --> N
    N --> R
    R --> D

    subgraph "制度の機能"
        F1["情報提供"]
        F2["取引費用削減"]
        F3["繰り返しゲーム促進"]
        F4["評判メカニズム"]
    end

    D --> F1
    D --> F2
    D --> F3
    D --> F4

    F1 --> CO["国家間協力の促進"]
    F2 --> CO
    F3 --> CO
    F4 --> CO

国連システム

安全保障理事会と集団安全保障

Key Concept: 集団安全保障(Collective Security) 多数の国家が条約により戦争その他の武力行使を相互に禁止し、違反国に対しては残りの国家が一致協力して制裁措置をとることで平和を維持するシステム。勢力均衡(balance of power)が潜在的脅威に対する個別的・集団的自衛を基調とするのに対し、集団安全保障は体制内部の違反者に対する全員の共同対処を基調とする。

国連安全保障理事会(Security Council)は、国連憲章第24条により「国際の平和と安全の維持に関する主要な責任」を負う機関である。常任理事国5か国(P5:米・英・仏・露・中)が拒否権(veto power)を有し、非常任理事国10か国(E10、総会で選出、任期2年)とともに構成される。安保理は国連憲章第7章に基づき、経済制裁(第41条)や軍事的措置(第42条)を含む強制措置を決定する権限を持つ。

しかし、集団安全保障の実効性は構造的な制約を抱えている。冷戦期には米ソの対立により拒否権が頻繁に行使され、安保理は事実上の機能不全に陥った。冷戦後には湾岸戦争(1991年)に際して安保理決議678号が軍事行動を授権し、集団安全保障が部分的に回復したが、常任理事国の利害が関わる事案(シリア内戦、ウクライナ紛争等)では依然として拒否権が障害となっている。

国連平和維持活動(PKO)

国連平和維持活動(Peacekeeping Operations: PKO)は、国連憲章に明文の規定を持たないが、実践の中で発展した制度である。ダグ・ハマーショルド(Dag Hammarskjöld)事務総長はこれを「憲章第6章半(Chapter Six and a Half)」と形容した——強制措置を定めた第7章と紛争の平和的解決を定めた第6章の中間に位置するものとして。

PKOの伝統的な基本原則は以下の3つとされる。

  1. 当事者の同意(Consent): 紛争当事者の同意を前提とする。
  2. 不偏性(Impartiality): いずれの紛争当事者にも偏らない。
  3. 自衛以外の武力不行使(Non-use of Force): 自衛の場合を除き武力を行使しない。

冷戦後、PKOはその任務と性格を大きく変容させた。ソマリア(UNOSOM II, 1993年)やボスニア(UNPROFOR, 1992-95年)における深刻な失敗——特にスレブレニツァ虐殺(1995年)でオランダ軍PKO部隊が文民を保護できなかった事件——を経て、文民保護のための武力行使を含む「強化されたPKO(robust peacekeeping)」が登場した。現在のPKOは停戦監視にとどまらず、選挙支援・武装解除・法の支配の構築など多機能的な任務を遂行している。

国連改革の議論

安保理の構成は1945年の国際秩序を反映しており、現代との乖離が広く指摘されている。

  • 常任理事国の拡大: 日本・ドイツ・インド・ブラジルなど(G4)が常任理事国入りを主張。アフリカ連合も代表性の向上を要求している。
  • 拒否権の制限: 大量虐殺・戦争犯罪等の事態において拒否権行使を自制する提案(ACT: Accountability, Coherence and Transparency group)。
  • 総会の権限強化: 安保理が機能不全に陥った場合の「平和のための結集(Uniting for Peace)」決議の活用。

しかし、国連憲章の改正自体がP5の同意を必要とするため(第108条)、実現は極めて困難な状況が続いている。


人権と主権

国際人権レジームの発展

国際人権レジームは第二次世界大戦後に急速に発展した。その中核を構成するのは以下の文書群である。

  • 世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights, 1948年): 法的拘束力を持たない宣言であるが、国際人権規範の基盤となった。
  • 国際人権規約(1966年採択、1976年発効): 自由権規約(ICCPR)と社会権規約(ICESCR)の二本柱から成り、法的拘束力を有する。
  • 各種人権条約: 人種差別撤廃条約(1965年)、女性差別撤廃条約(1979年)、拷問等禁止条約(1984年)、子どもの権利条約(1989年)など。

人権レジームの特徴は、国家の国内統治のあり方に対する国際的な規範的制約を設定する点にある。これは主権と内政不干渉原則との本質的な緊張関係を生む。

Key Concept: 内政不干渉原則(Principle of Non-Intervention) 国連憲章第2条7項に規定される原則で、国連は「本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉」してはならないとする。ただし、同条項は憲章第7章に基づく強制措置の適用を妨げないと規定しており、安保理による制裁・介入の余地は残されている。

保護する責任(R2P)

1990年代の人道的危機——特にルワンダ虐殺(1994年、約80万人が犠牲)とスレブレニツァの虐殺(1995年)——は、国際社会の不作為に対する深刻な反省を促した。ルワンダでは、国連平和維持軍(UNAMIR)の司令官ロメオ・ダレール(Roméo Dallaire)が増援を要請したにもかかわらず、国連本部は外国人の避難のみに焦点を当てるよう指示し、PKO部隊の大幅縮小さえ検討された。米国はルワンダの事態を「ジェノサイド」と呼称することすら回避した。

Key Concept: 保護する責任(Responsibility to Protect: R2P) 2001年に「介入と国家主権に関する国際委員会(ICISS)」が提唱し、2005年の国連世界サミット成果文書で全加盟国が採択した規範的枠組み。主権を権利ではなく「責任」として再定義し、国家がジェノサイド・戦争犯罪・民族浄化・人道に対する罪から自国民を保護する責任を果たせない場合、国際社会が集団的に対処する責任を負うとする。

R2Pは3つの柱から構成される。

  • 第1の柱: 各国がジェノサイド・戦争犯罪・民族浄化・人道に対する罪から自国民を保護する責任。
  • 第2の柱: 国際社会が保護能力を欠く国家を支援する責任(能力構築支援、早期警報等)。
  • 第3の柱: 国家が自国民の保護に明白に失敗した場合、国際社会が安保理を通じて、外交的・人道的手段から軍事的措置に至る断固たる集団的行動をとる責任。

R2Pが実際に適用された最も重要な事例がリビア介入(2011年)である。ムアンマル・カダフィ政権が反体制派への武力弾圧を行った際、安保理は決議1973号を採択し、「文民及び文民居住地域を保護するためのあらゆる必要な措置」を授権した。NATOによる空爆が実施され、カダフィ政権は崩壊した。

しかし、リビア介入はR2Pの限界も露呈させた。介入の結果としてリビアは長期的な内戦と国家崩壊に至り、「保護」の名の下での体制転換(regime change)ではなかったかとの批判が、ロシア・中国・グローバルサウス諸国から提起された。この経験は、その後のシリア内戦においてロシア・中国が安保理決議に拒否権を行使し、大規模な人道的危機にもかかわらず安保理が実効的対応を採れなかった一因とされる。

graph LR
    subgraph "R2Pの3つの柱"
        P1["第1の柱<br/>国家の保護責任"]
        P2["第2の柱<br/>国際社会の支援責任"]
        P3["第3の柱<br/>国際社会の対応責任"]
    end

    P1 -->|"国家が履行不能<br/>または履行拒否"| P2
    P2 -->|"支援が不十分<br/>危機が継続"| P3

    subgraph "適用事例"
        L["リビア 2011<br/>安保理決議1973号"]
        S["シリア 2011-<br/>安保理決議不採択"]
    end

    P3 --> L
    P3 -.->|"適用されず"| S

地球環境政治

環境ガバナンスの構造

地球環境問題は、国際政治における集合行為問題(collective action problem)の典型である。

Key Concept: コモンズの悲劇(Tragedy of the Commons) ギャレット・ハーディン(Garrett Hardin)が1968年の論文で提示した概念。共有資源(commons)の利用において、各個人が自己利益を最大化する合理的行動をとった結果、資源が過剰利用され全体が損害を被る状況を指す。大気・海洋・生物多様性など地球環境問題は、国家が利用者となるグローバル・コモンズの悲劇として把握できる。エリノア・オストロム(Elinor Ostrom)は、コモンズの悲劇が不可避ではなく、適切な制度設計により克服可能であることを示した。

環境問題のガバナンスが構造的に困難である理由は以下の通りである。

  1. 時間的ミスマッチ: 環境問題の影響は長期的であるが、政治指導者の時間的視野は選挙サイクルに拘束される。
  2. 費用と便益の非対称性: 排出削減の費用は特定国に集中するが、便益は全世界に拡散する(フリーライダー問題)。
  3. 南北対立: 先進国と途上国の間で、歴史的責任と現在の排出量をめぐる対立が存在する。

気候変動レジームの展開

気候変動レジームは地球環境ガバナンスの最も重要な事例であり、その展開は国際制度設計の学習過程を示している。

国連気候変動枠組条約(UNFCCC, 1992年): リオ地球サミットで採択。「共通だが差異ある責任(Common but Differentiated Responsibilities: CBDR)」原則を確立し、先進国と途上国の義務の差異を制度化した。

京都議定書(Kyoto Protocol, 1997年): COP3で採択。先進国(附属書I国)に法的拘束力のある数値目標を設定した(日本6%、米国7%、EU8%削減。基準年は1990年)。トップダウン型の制度設計であり、排出量取引・クリーン開発メカニズム(CDM)・共同実施(JI)の「柔軟性メカニズム」を導入した。しかし、最大排出国の米国が批准せず(2001年離脱)、中国・インドなど急速に排出量を増やす新興国には削減義務が課されないという重大な限界を抱えていた。

パリ協定(Paris Agreement, 2015年): COP21で採択。京都議定書の反省を踏まえ、制度設計を根本的に転換した。

項目 京都議定書 パリ協定
目標設定 トップダウン(国際交渉で割当) ボトムアップ(各国が自主的に設定: NDC)
対象国 先進国のみ 全締約国(途上国含む)
法的拘束力 数値目標に法的拘束力あり NDC提出・報告義務に拘束力、目標達成は自主的
遵守メカニズム 制裁的(不遵守への罰則) 促進的(透明性枠組みによるピアプレッシャー)

パリ協定は長期目標として産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑え、1.5℃以下を目指すことを掲げた。各国は国別約束(Nationally Determined Contribution: NDC)を提出し、5年ごとのグローバル・ストックテイクで見直す仕組みを導入した。

パリ協定の制度設計は、京都議定書の「高い基準・低い参加」から「広い参加・段階的野心引き上げ」へのパラダイム転換として評価される。国際制度論の観点からは、制度の「深さ(depth)」と「幅(breadth)」のトレードオフに対する実践的解答と位置づけられる。


国際法の基本原則

国際法の法源

国際法の法源は、国際司法裁判所規程(ICJ Statute)第38条に列挙されている。

  1. 条約(Treaties / Conventions): 国家間の明示的合意。二国間条約と多国間条約がある。法源としては最も明確である。
  2. 慣習国際法(Customary International Law): 「法として認められた一般慣行の証拠」。

Key Concept: 慣習国際法(Customary International Law) 国家の一般的な実行(state practice)が法的義務の意識(opinio juris sive necessitatis:法的確信)に裏付けられることで成立する国際法の法源。成立には(a)一般慣行の存在と(b)法的確信の2要件が必要とされる。条約と異なり、明示的な合意がなくても原則として全ての国家を拘束しうる。外交特権の保障、海洋の自由、ジェノサイドの禁止などが代表例である。

  1. 法の一般原則(General Principles of Law): 「文明諸国が認めた法の一般原則」。信義誠実の原則(good faith)、既判力(res judicata)など、各国の国内法に共通する法原則を補充的法源として適用する。

これらに加え、ICJ規程第38条は判例と学説を「法則決定の補助手段」として位置づけている。また、国際機関の決議(特に国連総会決議)は、それ自体に法的拘束力はないが、慣習国際法の形成に影響を与えうるとされる。

国際法の遵守理由——3つのR

国内法が警察・裁判所・刑務所といった強制装置によって担保されるのに対し、国際法にはそのような集中的な強制メカニズムが存在しない。にもかかわらず、国際法は広範に遵守されている。その理由は、いわゆる「3つのR」で説明される。

要因 内容 具体例
評判(Reputation) 違反は国家の評判を損ない、将来の国際協力における信頼性を低下させる 条約違反国が新たな国際交渉で不利になる
相互主義(Reciprocity) 自国の遵守が他国の遵守を期待させ、違反は他国の違反を誘発する 外交特権の相互尊重、領事関係の相互保障
報復(Retaliation) 違反に対して被害国が対抗措置をとることが認められている 経済制裁、外交関係の断絶、条約義務の一時停止

これらの合理主義的説明に加え、重要な補完的理論が存在する。トマス・フランク(Thomas M. Franck)は、法の「正当性(legitimacy)」——規範がその制定過程や内容において正統であると認識されること——が遵守を促す独立した要因であると論じた。また、アブラム・チェイス(Abram Chayes)とアントニア・ハンドラー・チェイス(Antonia Handler Chayes)は、国際法の不遵守の多くは意図的な違反ではなく、規範の曖昧性・能力の不足・変化への適応の遅れに起因するとし、制裁よりも対話・技術支援による「管理アプローチ(managerial approach)」を提唱した。

国際司法裁判所(ICJ)の役割

国際司法裁判所(International Court of Justice: ICJ)は国連の主要な司法機関であり、15名の裁判官で構成される。ICJの管轄権は以下の2種類である。

  • 係争管轄権(Contentious Jurisdiction): 国家間の法的紛争を裁判する。ただし、当事国の同意が前提であり、強制管轄権(選択条項受諾宣言:ICJ規程第36条2項)を受諾していない国に対しては管轄権が成立しない。
  • 勧告的管轄権(Advisory Jurisdiction): 国連総会・安保理などの機関からの要請に基づき、法律問題について勧告的意見を発出する。法的拘束力は持たないが、国際法の解釈・発展に大きな影響を与える。

ICJの判決は法的拘束力を有するが、その執行メカニズムは限定的である。国連憲章第94条は判決に従わない場合に安保理が措置をとりうると規定するが、常任理事国の拒否権が妨げとなりうる。実際に、1986年のニカラグア事件判決(米国の対ニカラグア軍事活動を国際法違反と認定)では、米国が判決に従わず、安保理での執行決議も米国の拒否権により否決された。

南シナ海仲裁裁判——国際法の実効性の問題

国際法の実効性をめぐる近年の最も示唆的な事例が南シナ海仲裁裁判(2016年)である。フィリピンは国連海洋法条約(UNCLOS)に基づく仲裁手続きを提起し、仲裁廷は以下の判断を下した。

  • 中国の「九段線」に基づく歴史的権利の主張はUNCLOSに反し、法的効果を持たない。
  • 中国が造成した人工島は「島」と認められず、排他的経済水域や大陸棚の権原を生じない。
  • スカボロー礁におけるフィリピン船舶への妨害行為はUNCLOS違反である。

フィリピンの主張を15の申立のうち14について認容する「全面勝訴」の判断であった。しかし、中国は仲裁手続きへの参加を拒否し、判断を「紙くず」として受け入れないと表明した。

この事例は、国際法の判断が存在しても、主要国がその受容を拒否した場合の強制執行手段が欠如しているという国際法の根本的限界を示している。同時に、フィリピンをはじめとする関係国が外交交渉においてこの判断を繰り返し援用している事実は、法的判断が直接的な強制力を欠いていても、正当性の根拠として規範的影響力を行使しうることを示している。国際法の実効性は、完全な遵守の有無ではなく、法的規範が国際政治のアクターの行動選択に与える影響の程度で評価すべきである。


まとめ

  • 国際レジーム論: クラズナーの定義(原則・規範・ルール・意思決定手続き)は国際制度の重層的構造を捉える分析枠組みを提供する。コヘインの新自由制度主義は、制度の協力促進機能を理論化した。ミアシャイマーのネオリアリズムは制度の独立的効果に根本的な異議を唱えている。
  • 国連システム: 安保理は集団安全保障の要であるが、拒否権が機能を制約する。PKOは「憲章第6章半」として実践の中で発展し、冷戦後に多機能化した。国連改革は構造的困難に直面している。
  • 人権と主権: R2Pは主権を「責任としての主権」に再定義しようとする試みであるが、リビア介入後の反動によりその実践には大きな制約がある。ルワンダとシリアの事例は、国際社会の不作為の帰結を示している。
  • 地球環境政治: 気候変動レジームは京都議定書のトップダウン型からパリ協定のボトムアップ型へ転換した。制度の「深さ」と「幅」のトレードオフは国際制度設計の根本的課題である。
  • 国際法: 条約・慣習国際法・法の一般原則を法源とし、評判・相互主義・報復(3R)を通じて遵守が促される。南シナ海仲裁裁判が示すように、強制執行メカニズムの欠如は国際法の根本的限界であるが、法的判断は規範的影響力を維持しうる。

これらの知見は、アナーキーな国際社会において制度・法・規範がいかにして秩序を形成しうるか——そしてその限界はどこにあるか——という国際政治学の根本問題に対する重要な示唆を提供する。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
国際レジーム International Regime 特定の争点領域において、アクターの期待が収斂する原則・規範・ルール・意思決定手続きの総体
新自由制度主義 Neoliberal Institutionalism 国際制度が情報提供・取引費用削減等を通じて国家間協力を促進すると論じる理論的立場
集団安全保障 Collective Security 武力行使を相互に禁止し、違反国に対して残りの国家が一致協力して制裁をとるシステム
拒否権 Veto Power 安保理常任理事国(P5)が実質事項の決定を単独で阻止できる権限
平和維持活動 Peacekeeping Operations (PKO) 紛争地域において停戦監視・平和維持を行う国連の活動。国連憲章に明文規定はない
内政不干渉原則 Principle of Non-Intervention 国連憲章第2条7項に基づき、国の国内管轄事項に外部が干渉してはならないとする原則
保護する責任 Responsibility to Protect (R2P) 国家が自国民を4つの重大犯罪から保護できない場合、国際社会が対処する規範的枠組み
コモンズの悲劇 Tragedy of the Commons 共有資源の各利用者が合理的に行動した結果、資源が過剰利用され全体が損害を被る状況
共通だが差異ある責任 Common but Differentiated Responsibilities (CBDR) 環境問題で先進国と途上国の歴史的責任・能力の差異を考慮し義務に差異を設ける原則
国別約束 Nationally Determined Contribution (NDC) パリ協定の下で各国が自主的に設定する温室効果ガス排出削減目標
慣習国際法 Customary International Law 国家の一般慣行が法的確信に裏付けられることで成立する国際法の法源
法的確信 Opinio Juris ある慣行が法的義務として行われているという確信。慣習国際法の成立要件の一つ
対抗措置 Countermeasures 国際法違反に対して被害国がとる、通常は違法となりうる行為の合法化された措置
強行規範 Jus Cogens いかなる逸脱も許されない国際法の最上位規範。武力行使禁止、ジェノサイド禁止等

確認問題

Q1: クラズナーによる国際レジームの定義を構成する4つの要素を挙げ、それぞれの内容を自由貿易レジームを例に説明せよ。

A1: 4つの要素は原則・規範・ルール・意思決定手続きである。自由貿易レジームにおいて、原則とは「比較優位に基づく自由貿易は各国の厚生を増進する」という信念、規範とは「関税は一方的に引き上げるべきではない」という行動基準、ルールとはWTO協定の最恵国待遇条項や内国民待遇条項といった具体的規定、意思決定手続きとはWTOの紛争解決手続きや多角的交渉ラウンドの運営方式を指す。レジームは単なるルールの集合ではなく、これら4層の重層的な構造として理解すべきであり、原則・規範の変化は「レジームの交代」、ルール・手続きの変化は「レジーム内の変化」として区別される。

Q2: 新自由制度主義とネオリアリズムの間で、国際制度の効果についてどのような論争が存在するか。それぞれの立場の核心的主張を対比して論じよ。

A2: 新自由制度主義(コヘイン)は、国際制度が情報提供・取引費用削減・繰り返しゲームの促進・評判メカニズムを通じて、国家間の協力を独立に促進する効果を持つと主張する。対してネオリアリズム(ミアシャイマー)は、制度は大国の権力分布を反映しているにすぎず独立変数ではないこと、国家は絶対利得ではなく相対利得を重視するため制度を通じた協力は本質的に不安定であること、経済領域と安全保障領域は不可分であるため経済的協力の論理を安全保障に拡張できないことを論じた。実証的には、多くの領域で制度の一定の独立的効果が確認されるが、安全保障領域での有効性については議論が継続しており、この論争は決着をみていない。

Q3: 保護する責任(R2P)の3つの柱を説明し、リビア介入(2011年)がR2Pの発展にどのような影響を与えたか論じよ。

A3: R2Pの3つの柱は、第1の柱(各国がジェノサイド・戦争犯罪・民族浄化・人道に対する罪から自国民を保護する責任)、第2の柱(国際社会が保護能力を欠く国家を支援する責任)、第3の柱(国家が保護に明白に失敗した場合、国際社会が安保理を通じて断固たる集団的措置をとる責任)である。リビアでは安保理決議1973号に基づきR2Pが軍事介入の根拠として援用されたが、NATOの作戦がカダフィ政権崩壊と長期的内戦をもたらし、「保護」の名の下の体制転換ではないかとの批判がロシア・中国・グローバルサウスから提起された。この反動がシリア内戦での安保理の機能不全の一因となり、R2Pの第3の柱の実践に大きな制約を課すこととなった。

Q4: 京都議定書とパリ協定の制度設計上の違いを、「深さ」と「幅」のトレードオフの観点から説明せよ。

A4: 京都議定書はトップダウン型で先進国に法的拘束力のある数値目標を課し、制度の「深さ」を重視したが、米国が批准せず新興国に義務がないなど「幅」が著しく限定された。パリ協定はボトムアップ型に転換し、各国が自主的にNDCを設定する方式を採った。目標達成に法的拘束力を持たせない代わりに、透明性枠組みとグローバル・ストックテイクによるピアプレッシャーで遵守を促す設計とし、途上国を含むほぼ全世界の参加を実現して「幅」を最大化した。「深さ」の犠牲はNDCの5年ごとの引き上げという動態的設計で補完しようとしている。この転換は、参加の普遍性なくして実効的な気候変動対策はありえないという京都議定書からの教訓を反映している。

Q5: 南シナ海仲裁裁判(2016年)を素材に、国際法の遵守を促す「3つのR」(評判・相互主義・報復)の有効性と限界について論じよ。

A5: 南シナ海仲裁裁判では、仲裁廷が中国の九段線に基づく歴史的権利主張をUNCLOS違反と認定したが、中国は判断を受け入れなかった。3つのRの観点から分析すると、評判(reputation)については、中国の判断拒否は国際法を尊重する国家としての評判を損なったが、経済的・軍事的に圧倒的な大国にとって評判の損失が行動変容を促すには不十分であった。相互主義(reciprocity)については、UNCLOSの航行の自由等の規定を中国自身も利用しているにもかかわらず、都合の悪い判断のみを拒否するという選択的遵守が見られた。報復(retaliation)については、中国に対して実効的な対抗措置をとりうる国家が限られ、報復のメカニズムは大国相手には機能しにくい。この事例は、3つのRが大国の重大な安全保障利益が絡む事案では十分に機能しない限界を示すと同時に、関係国が法的判断を正当性の根拠として繰り返し援用している事実は、国際法の規範的影響力が直接的強制力を超えた次元で作用しうることを示している。