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Module 2-4 - Section 2: 日本の行政制度と行政改革

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-4: 行政学・公共政策
前提セクション Section 1: 官僚制の理論と政策過程論
想定学習時間 3.5時間

導入

Section 1では、ウェーバーの官僚制論、プリンシパル=エージェント理論、政策過程論の主要モデルを理論的枠組みとして検討した。本セクションでは、これらの理論を日本の行政制度という具体的文脈に適用し、中央省庁の組織構造、政官関係の実態、そして戦後日本における行政改革の歴史的展開を体系的に検討する。

日本の行政制度は、明治以来の官僚制の伝統を基盤としつつ、戦後の民主化、高度経済成長期の行政拡大、1990年代以降の構造改革を経て、大きな変容を遂げてきた。とりわけ2001年の中央省庁再編と、その後の内閣機能強化の一連の制度改革は、官僚主導から政治主導への転換を企図した試みとして、現代日本の統治構造を理解するうえで不可欠の論点である。


日本の中央省庁制度

2001年中央省庁再編

Key Concept: 中央省庁再編(Central Government Reform 2001) 2001年1月6日に施行された、戦後日本最大規模の行政組織改革。1府22省庁を1府12省庁に再編し、内閣機能の強化と縦割り行政の是正を目指した。橋本龍太郎首相が主導した行政改革会議の最終報告(1997年12月)に基づく。

中央省庁再編は、1996年に発足した行政改革会議(会長:橋本龍太郎首相)の審議を経て実現した。橋本首相は改革の基本的使命として、(1) 21世紀における国家機能の在り方、(2) 中央省庁の再編の在り方、(3) 官邸の機能強化のための具体的方策、の三点を掲げた。

1997年12月の最終報告に基づき、1998年に中央省庁等改革基本法が成立し、2001年1月6日に新体制が発足した。主な再編内容は以下の通りである。

再編前 再編後
総理府、経済企画庁、沖縄開発庁 等 内閣府
郵政省、自治省、総務庁 総務省
法務省 法務省(変更なし)
外務省 外務省(変更なし)
大蔵省 財務省
文部省、科学技術庁 文部科学省
厚生省、労働省 厚生労働省
農林水産省 農林水産省(変更なし)
通商産業省 経済産業省
運輸省、建設省、国土庁、北海道開発庁 国土交通省
環境庁 環境省(省に格上げ)
防衛庁 防衛庁(2007年に防衛省へ)

再編の目的は、省庁の数を削減することで縦割り行政の弊害を解消し、内閣の総合調整機能を強化することにあった。しかし、省庁の統合が必ずしも縦割り行政の解消に直結しないとの批判もある。巨大省庁(国土交通省、厚生労働省等)の内部で旧省庁間の縄張り意識が残存する問題は、マートンが指摘したセクショナリズムの具体的発現として理解できる(→ Module 2-4, Section 1参照)。

府省の組織構造

各府省の組織は、政治任用の政務三役と職業公務員による事務系統の二層構造から構成される。

政務三役: - 大臣(国務大臣): 各省の長であり、内閣の構成員として閣議に参加する。特別職国家公務員。 - 副大臣: 大臣を補佐し、政策の企画・立案に参画する。大臣不在時の代行権限を有する。2001年の省庁再編時に政務次官に代わって新設された。 - 大臣政務官: 特定の政策分野について大臣を補佐する。政策の企画・立案に関し、政務の立場から大臣を助ける。

事務系統: - 事務次官: 職業公務員(一般職)の最高位。省内の事務を統括し、大臣を補佐する。 - 局長・官房長: 各局の長として所管政策分野を統括する。大臣官房は人事・予算・国会対応等の省内管理機能を担う。 - 審議官: 局長級の政策調整を担当する。 - 課長: 政策の実質的な企画・立案を行う中核的ポスト。

副大臣・大臣政務官の導入は、大臣一人では省庁を統御しきれないという問題に対処し、政治家による行政統制を強化する意図をもつものであった。P-A理論の観点からは、プリンシパル(政治家)がエージェント(官僚機構)内部に複数の監視点を設けることで、情報の非対称性を緩和する試みと位置づけられる。

縦割り行政の構造

Key Concept: 縦割り行政(Vertically Segmented Administration) 各省庁が所管分野ごとに独立して政策を立案・実施し、省庁間の横断的な調整が困難となる行政組織上の問題。省益優先の行動様式、法令・予算の省庁別管理、人事の閉鎖性(省内昇進)が構造的要因として指摘される。

縦割り行政の構造的要因は以下のように整理される。

  1. 設置法主義: 各省庁の所掌事務が個別の設置法によって規定されるため、省庁間の権限が固定化される。
  2. 予算の省庁別編成: 予算要求が各省庁単位で行われ、横断的な資源配分の最適化が困難である。
  3. 人事の閉鎖性: 幹部職員の人事が原則として省内で完結し、省庁間の人事交流が限定的である。
  4. 省益の追求: 官僚が所属省庁の予算・権限の拡大を志向する傾向を持つ。

この問題は、ウェーバーが官僚制の特徴として挙げた規則による権限配分が、日本の行政組織においてセクショナリズムの温床となっている事例として読解できる。


内閣官房・内閣府の機能強化

内閣機能強化の制度的展開

2001年の中央省庁再編において、省庁の統合再編と並んで最も重要な柱が内閣機能の強化であった。内閣法の改正により、内閣総理大臣の発議権が明確化され、閣議における基本方針の発議が法制上明記された。

内閣機能強化の制度的措置は以下の通りである。

  1. 内閣総理大臣の発議権の明確化(内閣法第4条第2項の改正): 「内閣総理大臣は、内閣の重要政策に関する基本的な方針その他の案件を発議することができる」と明記された。
  2. 内閣官房の機能拡充: 内閣官房に内閣官房副長官補(3名)を新設し、省庁横断的な政策の企画・調整機能を強化した。
  3. 内閣府の新設: 経済財政政策、科学技術政策、防災等、省庁横断的な重要政策に関する総合調整を行う組織として新設された。

内閣官房と内閣府の役割分担

内閣官房と内閣府はいずれも内閣の補佐機能を担うが、その役割は異なる。

内閣官房 内閣府
性格 内閣の最高の補佐機関 内閣の重要政策に関する企画・調整機関
機能 総合戦略機能、最高・最終の調整 恒常的な政策調整、特命事項の処理
内閣官房長官 内閣総理大臣(実務は特命担当大臣)
時間軸 機動的・短期的な対応 中長期的・恒常的な政策

内閣官房は「企画・立案と総合調整」を行う最高の補佐機関として、内閣の重要政策の基本方針の企画・立案、行政各部の施策の統一に必要な総合調整を担う。一方、内閣府は「知恵の場」として、経済財政政策や科学技術政策など、恒常的に省庁間の調整を要する政策分野を所管する。

経済財政諮問会議

Key Concept: 経済財政諮問会議(Council on Economic and Fiscal Policy) 2001年の内閣府設置に伴い設置された内閣府の重要政策に関する会議の一つ。内閣総理大臣が議長を務め、関係閣僚と民間有識者で構成される。経済財政政策に関する重要事項を調査審議し、予算編成の基本方針の策定に関与する。

経済財政諮問会議は、内閣府設置法に基づき、内閣総理大臣を議長として設置された。構成員は、関係閣僚(財務大臣、経済財政政策担当大臣、総務大臣等)と民間有識者(4名程度)である。

小泉純一郎政権(2001-2006年)において、経済財政諮問会議は構造改革の司令塔として機能した。毎年策定される「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(いわゆる「骨太の方針」)を通じて、予算編成の基本的枠組みが決定された。これは従来、大蔵省(財務省)主計局が実質的に掌握していた予算編成権限を、首相のリーダーシップの下に移行させる試みであった。

小泉政権以降、政権によって経済財政諮問会議の活用度は大きく変動した。民主党政権(2009-2012年)では事実上休止状態に置かれ、代わりに国家戦略局(のちに国家戦略室に格下げ)が設けられたが十分に機能しなかった。第二次安倍政権(2012年-)以降は経済財政諮問会議が再び活性化された。

国家安全保障会議(NSC)

Key Concept: 国家安全保障会議(National Security Council, NSC) 2013年12月に設置された、国家安全保障に関する重要事項を審議するための会議体。内閣総理大臣が議長を務め、常設の事務局として国家安全保障局(NSS)が内閣官房に設置された。外交・防衛政策の司令塔として機能する。

国家安全保障会議は、2013年の国家安全保障会議設置法により設置された。従来の安全保障会議が形骸化していたことを踏まえ、より機動的な意思決定を可能にする組織として再編されたものである。

NSCの会議体は以下の三つの形態を持つ。

形態 構成 機能
四大臣会合 首相、官房長官、外務大臣、防衛大臣 外交・防衛の基本方針、月2回程度開催
九大臣会合 四大臣 + 副総理、財務、総務、経産、国交大臣等 国防の基本方針、武力攻撃事態等への対処
緊急事態大臣会合 事態に応じて首相が招集 重大緊急事態への迅速対処

NSCの事務局である国家安全保障局(NSS)は約70名の体制で、外交・防衛・経済安全保障に関する政策の企画・立案と総合調整を担う。従来は外務省と防衛省がそれぞれ別個に対応していた外交・安全保障政策を、首相官邸の下で一体的に調整する体制が構築された。これにより、首相のリーダーシップの下での迅速な政策決定が可能となった。

graph TD
    PM["内閣総理大臣"]
    CAS["内閣官房<br/>(内閣官房長官)"]
    CAO["内閣府<br/>(特命担当大臣)"]
    NSC["国家安全保障会議<br/>(NSC)"]
    NSS["国家安全保障局<br/>(NSS)"]
    CEFP["経済財政諮問会議"]

    PM --> CAS
    PM --> CAO
    PM --> NSC
    CAS --> NSS
    CAO --> CEFP

    MIC["総務省"]
    MOJ["法務省"]
    MOFA["外務省"]
    MOF["財務省"]
    MEXT["文部科学省"]
    MHLW["厚生労働省"]
    MAFF["農林水産省"]
    METI["経済産業省"]
    MLIT["国土交通省"]
    MOE["環境省"]
    MOD["防衛省"]

    CAS ---|"総合調整"| MIC
    CAS ---|"総合調整"| MOJ
    CAS ---|"総合調整"| MOFA
    CAS ---|"総合調整"| MOF
    CAS ---|"総合調整"| MEXT
    CAS ---|"総合調整"| MHLW
    CAS ---|"総合調整"| MAFF
    CAS ---|"総合調整"| METI
    CAS ---|"総合調整"| MLIT
    CAS ---|"総合調整"| MOE
    CAS ---|"総合調整"| MOD

    style PM fill:#c0392b,color:#fff
    style CAS fill:#2980b9,color:#fff
    style CAO fill:#2980b9,color:#fff
    style NSC fill:#8e44ad,color:#fff
    style NSS fill:#8e44ad,color:#fff
    style CEFP fill:#27ae60,color:#fff

官僚制と政治の関係

官僚主導の構造

戦後日本の政策形成過程は、長らく「官僚主導」として特徴づけられてきた。自民党長期政権(1955-1993年、いわゆる五五年体制)の下で、官僚は法案の起草、予算の編成、政策の企画・立案において中心的な役割を果たした。

官僚主導の制度的基盤は以下の通りである。

  1. 法案作成の独占: 政府提出法案(閣法)のほぼすべてが各省庁の官僚によって起草された。議員立法の比率は低く、法案作成の実質的能力は官僚機構に集中していた。
  2. 情報と専門知識の優位: 各省庁は所管分野に関する情報と専門知識を蓄積しており、政治家に対して圧倒的な情報優位に立っていた。これはP-A理論における情報の非対称性の典型例である。
  3. 人事の自律性: 各省庁の幹部人事は事務次官を頂点とする省内の年功序列的昇進によって決定され、政治家の介入は限定的であった。

事前審査制と族議員

Key Concept: 事前審査制(Prior Screening System) 政府提出法案を閣議決定する前に、自民党の政務調査会の各部会・調査会および総務会の了承を得ることを慣行とする制度。1960年代に確立し、与党と官僚の間の非公式な政策調整メカニズムとして機能してきた。

事前審査制は、自民党政権の下で1960年代に確立された慣行であり、法令上の根拠を持たない非公式の制度である。その過程は以下のように進行する。

  1. 各省庁が法案を起草する
  2. 自民党政務調査会の関連部会で審議・修正が行われる
  3. 政務調査会の審議会で了承される
  4. 総務会で全会一致の了承を得る
  5. 閣議決定される
  6. 国会に提出される

この制度の下で、自民党の国会議員は特定の政策分野に精通し、関連省庁・業界団体との密接な関係を構築するようになった。

Key Concept: 族議員(Zoku Giin / Policy Tribe Members) 特定の政策分野において専門的知識と人脈を蓄積し、関連する省庁の政策決定に強い影響力を行使する与党議員。1970年代以降に顕著となり、建設族、農林族、商工族、運輸族、厚生族、文教族などが代表例である。

族議員の台頭は1970年代に顕著となった。高度経済成長の終焉により予算の増分配分が困難になる中で、特定分野の予算・政策をめぐる調整の必要性が高まり、各分野に精通した議員の存在感が増した。

族議員は、省庁と業界団体(利益団体)とともに「鉄の三角形(iron triangle)」と呼ばれる政策共同体を形成した。

アクター 役割 利益
族議員 予算・法案への影響力行使 政治資金、選挙支援、集票
官僚(省庁) 政策の企画・立案・実施 予算・権限の確保、天下り先の確保
業界団体 情報提供、政治献金 規制の維持・緩和、補助金、公共事業

事前審査制と族議員の存在は、官僚主導を単なる「官僚対政治家」の対立構造としてではなく、官僚・与党政治家・業界団体の協調的関係として理解すべきことを示している。P-A理論の枠組みでは、日本の政官関係は単純なプリンシパル=エージェント関係ではなく、複数プリンシパル問題や、エージェントとプリンシパルの利益が部分的に一致する「共謀」的状況として分析される。

政治主導への転換の試み

1990年代以降、官僚主導からの脱却と政治主導の確立が繰り返し試みられた。その背景には、バブル経済崩壊後の政策対応の遅れ、相次ぐ官僚不祥事(大蔵省接待汚職事件等)、国民の官僚不信の高まりがあった。

政治主導への転換の主な制度改革は以下の通りである。

時期 改革内容 効果
1999年 政府委員制度の廃止、副大臣・大臣政務官の導入 国会答弁における官僚の役割を縮小
2001年 内閣機能強化(中央省庁再編) 首相の政策発議権の明確化
2009年 民主党政権の政治主導(事業仕分け、政務三役主導) 制度的未整備により頓挫
2014年 内閣人事局の設置 幹部人事を官邸が一元管理

第二次安倍政権(2012年-)以降、内閣人事局の設置を契機として「官邸主導」の傾向が顕著となった。これについては後述する。


行政改革の歴史

第一次臨時行政調査会(1962-1964年)

Key Concept: 臨時行政調査会(Provisional Commission on Administrative Reform) 内閣に設置される行政改革のための諮問機関。第一次臨調(1962-1964年、会長:佐藤喜一郎)と第二次臨調(1981-1983年、会長:土光敏夫)の二つが代表的であり、戦後日本の行政改革の基本方向を定めた。

第一次臨時行政調査会(第一次臨調)は、池田勇人内閣の下で1962年2月に総理府に設置された。会長には三井銀行(当時)元会長の佐藤喜一郎が就任した。

第一次臨調は1964年9月に最終答申を提出し、行政事務の簡素化・能率化、許認可行政の整理、公社・公団の統廃合などを勧告した。しかし、省庁・官僚の強い抵抗と政治的推進力の不足により、勧告の多くは実施されなかった。この挫折は、行政改革が省庁の既得権益と衝突する場合に、強力な政治的リーダーシップなくしては実現困難であることを示す事例であった。

第二次臨時行政調査会(1981-1983年:土光臨調)

第二次臨時行政調査会(土光臨調)は、鈴木善幸内閣の下で1981年3月に設置された。会長には経済団体連合会元会長の土光敏夫が就任し、「増税なき財政再建」をスローガンとして行財政改革の推進を図った。

土光臨調は1981年7月の第一次答申から1983年3月の最終答申まで計5回の答申を提出し、以下の改革を提言した。

  1. 三公社の民営化: 日本国有鉄道(JR各社へ)、日本電信電話公社(NTTへ)、日本専売公社(JTへ)の民営化。
  2. 行政機構の整理: 総務庁の新設、各省庁の内部組織の統廃合。
  3. 財政再建: 歳出削減を通じた財政健全化。

土光臨調は、第一次臨調の失敗を教訓として、(1) 世論を味方につける広報戦略、(2) 首相(鈴木、次いで中曽根康弘)の強いコミットメント、(3) 財界トップの会長起用による権威の付与、という条件を整えることで、三公社民営化という大規模な改革を実現した。Kingdonの政策の窓モデルの観点からは、財政危機という「問題の流れ」、民営化という「政策の流れ」、中曽根政権の改革志向という「政治の流れ」が合流した事例として解釈できる。

橋本行革(1996-2001年)

橋本龍太郎首相は、1996年11月に行政改革会議を設置し、自ら会長を務めて中央省庁再編を推進した。橋本行革は「この国のかたち」の再構築を掲げ、以下の三本柱から構成された。

  1. 中央省庁の再編: 1府22省庁から1府12省庁への統合(前述)。
  2. 内閣機能の強化: 首相の政策発議権の明確化、内閣府の新設。
  3. 行政のスリム化: 独立行政法人制度の導入、規制緩和の推進。

独立行政法人制度は、行政の実施機能を政策の企画・立案機能から分離し、業績評価に基づく効率的な運営を図るものであり、イギリスのエージェンシー制度を参考に導入された。この制度は後述するNew Public Management(NPM)の考え方を反映している(→ Section 3参照)。

民主党政権の行政改革(2009-2012年)

2009年の政権交代により成立した民主党政権(鳩山由紀夫内閣)は、「政治主導」を前面に掲げ、以下の改革を試みた。

  1. 政務三役主導: 各省庁の政策決定を大臣・副大臣・大臣政務官の政務三役に集中させ、事務次官等会議を廃止した。
  2. 国家戦略室: 予算の骨格策定等を担う首相直属の政策立案組織として構想されたが、法的根拠の未整備、スタッフ不足(発足当初10名程度)等により十分に機能しなかった。当初「国家戦略局」として法制化される予定であったが、法案成立に至らず「国家戦略室」にとどまった。
  3. 行政刷新会議と事業仕分け: 行政刷新会議の下で「事業仕分け」が実施され、国家予算の各事業について公開の場で必要性と効率性を検証した。2009年11月の第1弾では約450事業を対象とし、約6,900億円の予算削減(概算要求額ベース)を提言した。

民主党政権の政治主導の試みは、官僚機構からの情報遮断、政策調整メカニズムの未構築、政権内部の統一性の欠如などにより、期待された成果を十分に上げることができなかった。事業仕分けは行政の透明性向上という点で一定の意義を持ったが、短時間の公開討議で複雑な政策の是非を判断することの限界も指摘された。

timeline
    title 戦後日本の行政改革の展開
    1962 : 第一次臨調
         : 行政事務の簡素化提言
         : 実施は限定的
    1981 : 第二次臨調(土光臨調)
         : 増税なき財政再建
         : 三公社民営化
    1996 : 橋本行革
         : 行政改革会議設置
    2001 : 中央省庁再編
         : 1府12省庁体制
         : 内閣機能強化
    2009 : 民主党政権
         : 事業仕分け
         : 政務三役主導
    2014 : 内閣人事局設置
         : 幹部人事の一元管理

公務員制度

国家公務員制度の概要

Key Concept: キャリアシステム(Career System) 採用試験の区分(旧I種、現在の総合職試験)に基づいて幹部候補生を選抜し、省庁内で体系的に育成・昇進させる人事慣行。法令上の根拠を持たない非公式の制度であるが、戦後日本の行政を実質的に支えてきた。2012年の試験制度改革後も構造的にはほぼ維持されている。

日本の国家公務員は、国家公務員法に基づき、一般職と特別職に大別される。一般職の採用試験は、2012年度の制度改革により以下の区分に再編された。

旧制度 新制度(2012年度〜) 位置づけ
I種試験 総合職試験(院卒者・大卒程度) 幹部候補(いわゆる「キャリア」)
II種試験 一般職試験(大卒程度) 中堅職員
III種試験 一般職試験(高卒程度) 初級職員

キャリアシステムの下では、総合職(旧I種)試験合格者は採用後、本省の課長補佐、課長、審議官、局長、事務次官という昇進経路をたどることが期待される。同期入省者の中から最終的に一人が事務次官に昇進し、事務次官に就けなかった同期およびそれ以前の年次の者は退職する「同期横並び・早期退職慣行」が長く存続してきた。

キャリアシステムは、法令上は存在しない非公式の慣行であるにもかかわらず、各省庁の人事管理の根幹をなしてきた。この制度への批判として、(1) 試験区分による身分的格差、(2) 省庁別採用に起因する省益優先の行動様式、(3) 早期退職慣行と天下りの構造的連関、などが指摘されている。

天下り問題

天下り(amakudari、直訳: descent from heaven)とは、退職した官僚が、関連する民間企業、特殊法人、独立行政法人、公益法人等に再就職することを指す。

天下りの構造的要因は以下の通りである。

  1. 早期退職慣行: キャリアシステムにおける同期横並び昇進と事務次官ポストの単一性が、50歳代前半での退職を促す。
  2. 省庁による斡旋: 各省庁の人事担当部門が、退職者の再就職先を組織的に斡旋してきた。
  3. 相互利益: 受入側は行政とのパイプを確保でき、省庁側は退職者の処遇と所管分野への影響力維持を図れる。

天下り規制の変遷は以下の通りである。

時期 規制内容
1947年 国家公務員法制定: 離職後2年間の関連企業への就職を制限(人事院の承認制)
2007年 改正国家公務員法: 各省庁による再就職の斡旋を全面禁止。「官民人材交流センター」への一元化
2009年 再就職等監視委員会の設置(のち再就職等監視・適正化委員会)

2007年の法改正により、各省庁が組織的に行っていた再就職の斡旋は禁止されたが、OB(退職者)を通じた非公式な斡旋や、在職中の利害関係先との接触を通じた実質的な天下りが完全に根絶されたとは言い難い。2017年には文部科学省による組織的な再就職斡旋が発覚し、規制の実効性に疑問が呈された。

内閣人事局の設置(2014年)

Key Concept: 内閣人事局(Cabinet Bureau of Personnel Affairs) 2014年5月に内閣官房に設置された組織。幹部職員人事の一元管理、国家公務員の人事行政の推進、機構・定員管理等を担う。各省庁の幹部人事(審議官以上約600名)について、内閣官房長官の下で一元的に管理する。

内閣人事局は、2014年の国家公務員法等の一部改正により設置された。その背景には、長年にわたる公務員制度改革の経緯がある。

2008年に成立した国家公務員制度改革基本法は、(1) 幹部人事の一元管理、(2) 国家戦略スタッフの設置、(3) 官民人材交流の推進、(4) キャリアシステムの見直し、を柱とする改革を定めたが、政権交代等の政治的事情により実施が遅れた。

内閣人事局の主な機能は以下の通りである。

  1. 幹部職員人事の一元管理: 各府省の審議官以上の幹部職員(約600名)の任免について、適格性審査と幹部候補者名簿の作成を行い、内閣官房長官の下で一元的に管理する。
  2. 人事行政の企画立案: 国家公務員の人事管理に関する制度の企画・立案を行う。
  3. 機構・定員管理: 行政機関の組織・定員に関する審査・管理を行う。

内閣人事局の設置は、P-A理論の観点からは、プリンシパル(首相・内閣)がエージェント(官僚)に対する人事権を強化することで、情報の非対称性を補う事前的統制の手段と位置づけられる。

他方で、内閣人事局の設置以降、官僚が官邸の意向を過度に忖度する傾向が生じたとの指摘もある。幹部人事が官邸に握られることで、官僚が政策的に妥当な提言であっても官邸の方針に反する内容を上申しにくくなる「萎縮効果」が懸念されている。これは、P-A理論におけるプリンシパルの統制強化がエージェントの専門性発揮を阻害するという、統制のジレンマの一例として理解できる。


まとめ

  • 2001年の中央省庁再編は、1府22省庁を1府12省庁に再編し、内閣機能の強化と縦割り行政の是正を図った。橋本行革の最大の成果であるが、統合された省庁内部でのセクショナリズムの残存など課題も指摘される。
  • 内閣官房・内閣府の機能強化、経済財政諮問会議の設置、NSCの創設は、首相のリーダーシップを制度的に支える仕組みとして段階的に整備された。
  • 戦後日本の政官関係は、官僚主導・事前審査制・族議員による「鉄の三角形」を特徴としたが、1990年代以降、政治主導への転換が繰り返し試みられた。
  • 行政改革は、第一次臨調の挫折、土光臨調による三公社民営化、橋本行革による省庁再編、民主党政権の事業仕分けと、それぞれ異なるアプローチで展開されてきた。
  • 2014年の内閣人事局設置は、幹部人事の一元管理を通じた官邸主導の確立に寄与したが、官僚の萎縮効果という新たな問題も生じている。
  • 次のセクション(Section 3)では、規制行政、NPM(New Public Management)、地方分権改革を扱い、行政の「手法」と「構造」の改革を検討する。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
中央省庁再編 Central Government Reform 2001 1府22省庁を1府12省庁に再編した戦後最大規模の行政組織改革
内閣機能強化 Strengthening Cabinet Functions 首相の発議権明確化、内閣官房・内閣府の機能拡充等の一連の制度改革
縦割り行政 Vertically Segmented Administration 省庁が所管分野ごとに独立し横断的調整が困難となる行政構造上の問題
経済財政諮問会議 Council on Economic and Fiscal Policy 内閣府に設置された経済財政政策の重要事項を調査審議する会議体
国家安全保障会議 National Security Council (NSC) 国家安全保障に関する重要事項を審議するために内閣に設置された会議体
事前審査制 Prior Screening System 閣議決定前に与党の政務調査会・総務会の了承を得る慣行
族議員 Zoku Giin / Policy Tribe Members 特定政策分野で専門的知識と人脈を蓄積し、政策決定に強い影響力を行使する与党議員
臨時行政調査会 Provisional Commission on Administrative Reform 行政改革のために内閣に設置された諮問機関(第一次・第二次)
キャリアシステム Career System 採用試験区分に基づく幹部候補の選抜・昇進慣行
天下り Amakudari 退職官僚が関連企業・法人等に再就職すること
内閣人事局 Cabinet Bureau of Personnel Affairs 幹部職員人事の一元管理等を担う内閣官房の組織

確認問題

Q1: 2001年の中央省庁再編の目的と主な内容を説明し、再編後も残存する課題について論ぜよ。

A1: 中央省庁再編は、縦割り行政の弊害を是正し内閣機能を強化することを目的として、1府22省庁を1府12省庁に再編した。主な内容として、省庁の大括り統合(例:運輸省・建設省等の国土交通省への統合)、内閣府の新設、首相の政策発議権の明確化がある。しかし、統合された省庁(国土交通省、厚生労働省等)の内部では旧省庁間の縄張り意識が残存し、巨大省庁の内部管理の困難さという新たな問題が生じた。省庁の数的削減が縦割り行政の解消に直結しないことが示されたといえる。

Q2: 事前審査制と族議員の関係を説明し、この仕組みが戦後日本の政官関係においてどのような機能を果たしたか論ぜよ。

A2: 事前審査制は、政府提出法案を閣議決定する前に自民党の政務調査会・総務会の了承を得る慣行であり、この過程で特定政策分野に精通した与党議員(族議員)が強い影響力を行使した。族議員は省庁・業界団体とともに「鉄の三角形」を形成し、各政策分野における利害調整と資源配分の非公式なメカニズムとして機能した。この仕組みは、官僚が政策の企画・立案を担い、与党が事前審査を通じて政治的調整を行い、業界団体が情報提供と政治的支持を行うという、官僚主導でありながら与党との協調に基づく安定的な政策形成を可能にした。

Q3: 第二次臨時行政調査会(土光臨調)が三公社民営化という大規模改革を実現できた要因を、第一次臨調の失敗と対比しつつ分析せよ。

A3: 第一次臨調は行政事務の簡素化等を勧告したが、省庁の抵抗と政治的推進力の不足により実施に至らなかった。土光臨調はこの教訓を踏まえ、(1) 経団連元会長の土光敏夫を会長に据えることで財界の権威を背景とした推進力を確保し、(2)「増税なき財政再建」というスローガンで世論の支持を動員し、(3) 中曽根政権の強いコミットメントによる政治的推進力を得た。Kingdonの政策の窓モデルの枠組みでは、財政危機(問題の流れ)、民営化という政策案(政策の流れ)、改革志向の政権(政治の流れ)が合流し、土光が政策起業家として機会を捉えたと解釈できる。

Q4: 内閣人事局の設置(2014年)の意義と課題を、P-A理論の枠組みを用いて分析せよ。

A4: 内閣人事局は、各府省の幹部職員(審議官以上約600名)の人事を内閣官房長官の下で一元管理する組織であり、P-A理論の観点では、プリンシパル(首相・内閣)がエージェント(官僚)に対する人事権を強化することで事前的統制を実効化する手段と位置づけられる。人事権の一元化により、官僚が政治的プリンシパルの方針に沿って行動する誘因が強化された。しかし、統制の強化は同時にエージェントの専門性発揮を阻害する「萎縮効果」を生じさせうる。官僚が官邸の意向を忖度し、政策的に妥当であっても政権方針に反する提言を控えるようになれば、官僚制の強みである専門知識に基づく政策助言機能が損なわれるという、統制と自律性の間のジレンマが生じる。

Q5: 民主党政権(2009-2012年)の政治主導の試みが十分な成果を上げられなかった要因を、制度設計と政官関係の観点から分析せよ。

A5: 民主党政権は、政務三役主導の政策決定、事務次官等会議の廃止、国家戦略室の設置等を通じて政治主導を図ったが、複数の要因により成果は限定的であった。第一に、制度的整備の不足がある。国家戦略局は法的根拠を欠き、スタッフも不足していたため、省庁の情報・専門知識に対抗する代替的な政策立案能力を構築できなかった。第二に、事務次官等会議の廃止により省庁間の事前調整メカニズムが失われ、政策の整合性確保が困難になった。第三に、官僚からの情報遮断を選んだことで、P-A理論における情報の非対称性がかえって拡大し、政務三役が政策判断に必要な情報を得られない状況が生じた。政治主導の実現には、官僚を排除するのではなく、政治家が官僚の専門性を活用しつつ統制を確保するための制度設計が不可欠であることを示す事例であった。