コンテンツにスキップ

Module 2-6 - Section 1: 科学的方法と研究デザイン

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-6: 政治学方法論
前提セクション なし
想定学習時間 3.5時間

導入

政治学が「科学」たりうるのかという問いは、学問の成立以来繰り返し議論されてきた。自然科学のように実験室で条件を統制して法則を導出することが困難な政治現象に対して、いかにして体系的な知識を構築するかは、政治学方法論の中心的課題である。

本セクションでは、政治学における科学的方法の基礎を概観する。まず実証主義と解釈主義という二つの方法論的立場を整理し、行動論革命以降の政治学の科学化の歴史を辿る。次に、現代政治学の方法論的基盤をなす因果推論の枠組み——とりわけRubin因果モデル(潜在的結果モデル)——を解説する。さらに、研究デザインの論理(変数、仮説、妥当性)を整理した上で、King, Keohane & Verba(KKV)の『社会科学のリサーチ・デザイン』が提起した議論とそれに対する批判を検討する。本セクションは、Section 2(定量的方法)およびSection 3(定性的方法)の前提となる。


政治学における科学的方法

科学的方法の基本構造

科学的方法(scientific method)とは、観察・仮説形成・検証という循環的プロセスを通じて、体系的・客観的に知識を蓄積する営みである。その核心は、理論から導出される予測(仮説)を経験的データによって反証可能な形で検証することにある。

Key Concept: 科学的方法(Scientific Method) 観察に基づいて仮説を形成し、経験的データによる検証を通じて理論を構築・修正する体系的な知識獲得の方法。反証可能性(falsifiability)を重視する。

政治学においてこの方法を適用するには、以下の困難が伴う。

  • 実験の困難: 政治現象の多くは意図的に操作・再現することが倫理的・実際的に困難である(戦争の原因を実験で検証することはできない)
  • 複雑な因果構造: 政治現象は多数の要因が絡み合い、単一の因果メカニズムに還元しにくい
  • 観察者の価値介入: 研究者自身が政治的主体であり、完全な価値中立は達成しがたい

実証主義と解釈主義

政治学の方法論的基盤をめぐっては、大きく二つの立場が対峙してきた。

実証主義(positivism) は、社会現象にも自然科学と同様の法則性が存在し、観察可能な経験的データに基づく客観的知識の獲得が可能であるとする立場である。存在論(ontology)としては、研究者の認識から独立した客観的実在を想定し、認識論(epistemology)としては、仮説演繹法による因果法則の発見を目指す。

Key Concept: 実証主義(Positivism) 社会現象を自然科学と同様に観察可能な経験的事実に基づいて研究できるとする方法論的立場。客観的・法則定立的知識を追求し、仮説の経験的検証を重視する。

解釈主義(interpretivism) は、政治現象が人間の意味付与と社会的構成によって成り立つ以上、自然科学的方法の直接的適用は不適切であるとする立場である。解釈主義は、行為者がその行為に付与する意味(meaning)や、行為が埋め込まれた歴史的・文化的文脈の理解を重視する。法則の発見ではなく、特定の文脈における意味の解釈(Verstehen)を目指す。

次元 実証主義 解釈主義
存在論 客観的実在が存在 社会的に構成された実在
認識論 法則定立的・客観的知識 文脈依存的・解釈的知識
方法論 仮説演繹法・量的方法中心 解釈・質的方法中心
因果観 規則性としての因果(Humean) 構成的因果・メカニズム
目標 説明(explanation) 理解(understanding)

現代の政治学方法論では、この二項対立を超えて、研究の問い(research question)に応じて適切な方法を選択するという立場が主流化しつつある。ただし、両者の間の認識論的緊張は完全には解消されておらず、とりわけ因果推論の基礎づけをめぐって方法論的議論は継続している。

行動論革命と政治学の科学化

政治学の科学化において画期となったのが、1950〜60年代のアメリカにおける行動論革命(behavioral revolution) である。

Key Concept: 行動論革命(Behavioral Revolution) 1950〜60年代にアメリカ政治学で生じた方法論的転換。制度・法律の形式的記述から、個人・集団の観察可能な政治行動の経験的・定量的分析へと学問の焦点を移行させた。

行動論革命以前の政治学は、制度論(institutionalism)を中心としていた。すなわち、憲法、法律、公式の政府機構といったフォーマルな制度の記述・比較が学問の中心であり、方法論的にも歴史的・哲学的アプローチが主流であった。

David Easton(1965)は行動論の知的基盤として以下の諸原則を整理した。

  1. 規則性(regularities): 政治行動には発見可能な規則性が存在する
  2. 検証(verification): 命題は経験的データによって検証可能でなければならない
  3. 技法(techniques): データの収集・分析には厳密な手法を用いるべきである
  4. 計量化(quantification): 可能な限り定量的な測定・分析を行う
  5. 価値中立(values): 事実の記述と価値判断は分離すべきである
  6. 体系化(systematization): 理論と研究は体系的に関連づけられるべきである
  7. 純粋科学(pure science): 応用に先立ち、基礎的な科学的理解を追求する
  8. 統合(integration): 他の社会科学との統合を目指す

行動論革命の具体的成果としては、投票行動研究(Philip Converse, Angus Campbell らによるミシガン・モデル)、権力研究(Robert Dahl の多元主義論)、政治体系論(Easton)などが挙げられる。サーベイ調査、統計分析、比較研究が政治学の主要な方法として確立された。

しかし1960年代後半以降、行動論はポスト行動論(post-behavioralism) からの批判に直面した。方法論の洗練が自己目的化し、ベトナム戦争や公民権運動といった現実の政治問題への関与が不足しているという批判、また「価値中立」の主張自体が現状維持的なイデオロギー的立場であるという批判が提起された。こうした批判を経て、現代の政治学は方法論的厳密さと実質的な問題関心の両立を模索している。


因果推論の基礎

因果関係と相関関係の区別

政治学を含む社会科学における最も根本的な方法論的課題は、因果関係(causation)相関関係(correlation) の区別である。

二つの変数XとYの間に統計的な共変動(相関)が観察されたとしても、それだけでは「XがYを引き起こす」と結論することはできない。相関関係が因果関係を意味しない理由として、以下の三つの可能性がある。

  1. 逆の因果(reverse causation): YがXの原因である
  2. 交絡(confounding): 第三の変数ZがXとYの両方に影響を与えている
  3. 偶然の相関(spurious correlation): 統計的偶然による見かけ上の関連

因果関係の成立には、一般に以下の三条件が必要とされる。

  • 共変動(covariation): XとYが体系的に連動して変化する
  • 時間的先行(temporal precedence): XがYに時間的に先行する
  • 他の説明の排除(elimination of alternatives): XとYの関連が第三変数によって説明されない

Key Concept: 交絡変数(Confounding Variable) 独立変数と従属変数の双方に影響を与える第三の変数。交絡が存在する場合、独立変数と従属変数の間に観察される関連は、真の因果効果を反映していない可能性がある。

政治学における交絡の典型例を挙げると、「民主主義国家は戦争を起こしにくい」(民主的平和論)という主張に対して、「経済発展の水準」が交絡変数として作用している可能性がある。経済的に発展した国は民主化しやすく、かつ戦争のコストが高いため紛争を回避しやすい。この場合、民主主義と平和の相関は、経済発展という交絡変数によって(少なくとも部分的に)説明される可能性がある。

反事実的枠組みとRubin因果モデル

現代の因果推論の標準的枠組みは、反事実(counterfactual) の概念に基づく。反事実とは「実際には起こらなかったが、もし条件が異なっていたら起こりえたであろう結果」を指す。

Key Concept: 反事実(Counterfactual) 実際に生じた結果に対して、原因となる条件が異なっていた場合に生じたであろう仮想的結果。因果推論の基礎をなす概念であり、「処置を受けなかった場合の結果」を想定することで因果効果を定義する。

Donald Rubin が体系化した潜在的結果モデル(Potential Outcomes Model)——Rubin因果モデル(Rubin Causal Model: RCM)とも呼ばれる——は、この反事実的思考を数学的に定式化したものである。

Key Concept: 潜在的結果モデル(Potential Outcomes Model) 各個体について処置を受けた場合の結果 Y(1) と受けなかった場合の結果 Y(0) という二つの潜在的結果を想定し、その差 Y(1) - Y(0) として個体レベルの因果効果を定義する枠組み。Rubin因果モデルとも呼ばれる。

具体的に定式化すると、ある個体 i について以下のように表される。

  • Y_i(1): 個体 i が処置(treatment)を受けた場合の潜在的結果
  • Y_i(0): 個体 i が処置を受けなかった場合の潜在的結果
  • 個体レベルの因果効果: τ_i = Y_i(1) - Y_i(0)

ここで根本的な問題が生じる。ある個体は処置を受けるか受けないかのいずれか一方しか経験できないため、Y_i(1) と Y_i(0) を同時に観察することは原理的に不可能である。この問題を Holland(1986)は因果推論の根本問題(Fundamental Problem of Causal Inference) と名づけた。

たとえば「比例代表制の導入が政党数を増加させるか」という問いを考える。ある国 i について、比例代表制を導入した場合の政党数 Y_i(1) と、導入しなかった場合の政党数 Y_i(0) の両方を同時に観察することはできない。同じ国が同じ時点で二つの異なる選挙制度を同時に経験することは不可能だからである。

因果効果の定義: ATE と ATT

個体レベルの因果効果が直接観察できないため、因果推論は集団レベルの平均的因果効果の推定を目標とする。

Key Concept: 平均処置効果(Average Treatment Effect: ATE) 母集団全体において、処置を受けた場合と受けなかった場合の結果の差の期待値。ATE = E[Y(1) - Y(0)] = E[Y(1)] - E[Y(0)] と定義される。

ATEは母集団全体に対する処置の平均的効果を表す。これに対し、処置群における平均処置効果(Average Treatment Effect on the Treated: ATT) は、実際に処置を受けた集団に限定した因果効果である。

  • ATT = E[Y(1) - Y(0) | D=1](Dは処置の有無を示すダミー変数)

ATEとATTの区別は、処置への自己選択(self-selection)がある場合に重要となる。たとえば民主化の経済的効果を分析する場合、実際に民主化した国と民主化しなかった国では、民主化以前から経済構造が異なる可能性がある。この場合、ATT(実際に民主化した国における民主化の効果)とATE(任意の国が民主化した場合の平均的効果)は一致しない。

選択バイアス

因果推論を困難にする最大の障害の一つが選択バイアス(selection bias) である。

Key Concept: 選択バイアス(Selection Bias) 処置群と統制群の間に、処置の割当てと結果の双方に関連する体系的な差異が存在する場合に生じるバイアス。処置群と統制群の単純な結果の差がATEと一致しなくなる原因となる。

無作為割当て(random assignment)が行われない観察研究では、処置を受けるか否かは個体の特性に依存する。この場合、処置群と統制群の結果の差は、真の因果効果と選択バイアスの合計となる。

E[Y | D=1] - E[Y | D=0] = ATT + {E[Y(0) | D=1] - E[Y(0) | D=0]}

右辺第二項が選択バイアスである。これは「処置群が仮に処置を受けなかったとしても、統制群とは異なる結果を示したであろう」という差分を表す。

政治学における選択バイアスの例として、紛争後の平和構築活動(PKO)の効果分析がある。PKOが展開される国は、そもそも国際的関心が高く、資源も集中しやすい国であり、PKOが展開されない国とは紛争の性質や深刻度が体系的に異なる。このため、PKO展開国と非展開国の平和の持続を単純に比較しても、PKOの真の因果効果は推定できない。

graph TD
    subgraph "因果推論の構造"
        Z["交絡変数 Z"]
        X["独立変数 X<br>処置"]
        Y["従属変数 Y<br>結果"]
        Z -->|"影響"| X
        Z -->|"影響"| Y
        X -->|"因果効果"| Y
    end

    subgraph "観察される関連"
        OBS["X と Y の相関"]
        TRUE["真の因果効果"]
        SB["選択バイアス"]
        OBS --- TRUE
        OBS --- SB
    end

    style Z fill:#ffcccc,stroke:#cc0000
    style X fill:#cce5ff,stroke:#0066cc
    style Y fill:#cce5ff,stroke:#0066cc
    style SB fill:#ffcccc,stroke:#cc0000

研究デザインの論理

変数の概念

研究デザインの基本構成要素は変数(variable) である。変数とは、分析単位(個人、国家、政党など)間で値が変動する特性を指す。

  • 独立変数(independent variable): 原因と想定される変数。説明変数(explanatory variable)とも呼ばれる
  • 従属変数(dependent variable): 結果と想定される変数。被説明変数(outcome variable)とも呼ばれる
  • 統制変数(control variable): 独立変数と従属変数の関係を歪める可能性のある第三変数。分析において統計的に制御する

変数の測定水準には、名義尺度(nominal)、順序尺度(ordinal)、間隔尺度(interval)、比率尺度(ratio)の四種があり、使用可能な統計手法は測定水準に依存する。

仮説構築と操作化

研究デザインの中核は、理論から導出された仮説(hypothesis) の構築と、その経験的検証のための操作化(operationalization) である。

Key Concept: 操作化(Operationalization) 抽象的な理論概念を、経験的に測定可能な指標に変換するプロセス。概念的定義(conceptual definition)から操作的定義(operational definition)への移行を指す。

操作化の例を示す。「民主主義」という抽象的概念を分析に用いるには、それを測定可能な形に変換する必要がある。

概念 操作的定義の例 データソース
民主主義 Polity IVスコア(-10〜+10) Polity Project
民主主義 Freedom Houseスコア(1〜7) Freedom House
民主主義 V-Dem選挙民主主義指標(0〜1) V-Dem Institute
民主主義 競争的選挙の有無(二値) 研究者のコーディング

いずれも「民主主義」の操作化であるが、異なる次元を強調し、異なる測定値を生む。操作化の妥当性は、概念妥当性(construct validity)の問題として評価される。すなわち、操作的定義が理論的概念の意味内容を適切に捕捉しているかが問われる。

内的妥当性と外的妥当性

研究デザインの質を評価する中心的な基準が、内的妥当性(internal validity)外的妥当性(external validity) である。

Key Concept: 内的妥当性(Internal Validity) 研究の結論が当該研究の文脈において因果関係を正しく捉えている程度。独立変数の変動が従属変数の変動の原因であると、他の説明を排除した上で主張できる度合い。

Key Concept: 外的妥当性(External Validity) 研究の結論が当該研究の対象を超えて、より広い母集団や他の文脈に一般化できる程度。サンプルから得られた知見が他の集団・時代・状況にも適用可能かを問う。

内的妥当性の脅威としては、交絡変数、選択バイアス、測定誤差、脱落(attrition)、歴史的事象の介入などがある。外的妥当性の脅威としては、サンプルの代表性の欠如、研究文脈の特殊性、ホーソン効果(研究対象であることの認知による行動変容)などがある。

重要な点は、内的妥当性と外的妥当性の間にはしばしばトレードオフが存在することである。無作為化実験(RCT)は内的妥当性が高いが、実験室という人工的環境や特定の被験者集団に限定されるため外的妥当性に制約がある。逆に、大規模な観察研究は外的妥当性(一般化可能性)が高い場合があるが、交絡の統制が困難なため内的妥当性に課題を抱える。

観察研究と実験研究

研究デザインは、処置の割当て方法によって大きく分類される。

graph LR
    RD["研究デザイン"]
    EXP["実験研究"]
    OBS["観察研究"]
    RCT["無作為化実験<br>RCT"]
    QUASI["準実験"]
    CROSS["横断研究"]
    LONG["縦断研究"]

    RD --> EXP
    RD --> OBS
    EXP --> RCT
    EXP --> QUASI
    OBS --> CROSS
    OBS --> LONG

    style RD fill:#f5f5f5,stroke:#333
    style EXP fill:#cce5ff,stroke:#0066cc
    style OBS fill:#e8f5e9,stroke:#2e7d32
    style RCT fill:#cce5ff,stroke:#0066cc
    style QUASI fill:#cce5ff,stroke:#0066cc
    style CROSS fill:#e8f5e9,stroke:#2e7d32
    style LONG fill:#e8f5e9,stroke:#2e7d32

実験研究(experimental research) では、研究者が独立変数(処置)の値を能動的に操作し、無作為割当てによって処置群と統制群を構成する。無作為化により、観察・未観察の交絡変数が両群間で平均的に均等化されるため、内的妥当性が高い。政治学では、サーベイ実験(survey experiment)やフィールド実験(field experiment)の活用が2000年代以降急速に拡大した。

準実験(quasi-experiment) は、無作為割当ては行われないが、制度的・自然的な変動を利用して因果推論を行うデザインである。差の差法(difference-in-differences)、回帰不連続デザイン(regression discontinuity design)、操作変数法(instrumental variable)などが含まれる(→ Module 2-6, Section 2「定量的方法と因果推論の現代的手法」参照)。

観察研究(observational study) では、研究者は処置の割当てに介入せず、既に存在するデータを分析する。政治学研究の多くは観察研究であり、国家間比較、時系列分析、世論調査分析などが該当する。内的妥当性の確保が主要な方法論的課題となる。


KKVの議論と批判

『社会科学のリサーチ・デザイン』の主要な主張

Gary King, Robert O. Keohane, Sidney Verba の共著『Designing Social Inquiry: Scientific Inference in Qualitative Research』(1994)——通称 KKV——は、政治学方法論に決定的な影響を与えた著作である。

KKVの中心的主張は以下のように整理できる。

  1. 推論の論理の統一性: 定量的研究と定性的研究は、同一の「科学的推論の論理」を共有する。定性的研究も、定量的研究と同じ推論の基準に服するべきである
  2. 観察可能な含意の増加: 理論の検証力を高めるには、理論から導出される「観察可能な含意(observable implications)」の数を増やすべきである。事例数(N)が少ない場合でも、各事例から抽出する観察の数を増やすことでレバレッジ(leverage、すなわち推論のてこ)を得られる
  3. 因果推論の枠組み: 因果効果は反事実的に定義される。定性的研究もこの枠組みに準拠すべきである
  4. 不確実性の報告: すべての推論には不確実性が伴う。定性的研究も推定値の不確実性を明示すべきである
  5. 選択バイアスの回避: 従属変数に基づく事例選択(selecting on the dependent variable)は推論を歪めるため避けるべきである

KKVの功績は、定性的研究に方法論的自覚を促し、推論の厳密性に関する共通の議論の土俵を提供したことにある。KKV以前の政治学方法論は定量的方法と定性的方法が別々の伝統として併存しており、方法論的対話が乏しかった。

KKVへの批判

KKVの主張は、出版直後から活発な批判を招いた。主要な批判を以下に整理する。

Brady & Collier(2004)『Rethinking Social Inquiry: Diverse Tools, Shared Standards』

Henry E. Brady と David Collier を中心とする批判者たちは、以下の論点を提起した。

  • 推論の論理の多元性: KKVが想定する「統一的な推論の論理」は実質的に定量的研究の論理であり、定性的研究に固有の推論ロジック(たとえばプロセス・トレーシング、類型論的理論)を不当に過小評価している
  • 定量的方法の限界の過小評価: KKVは定量的研究が抱える既知の限界(モデルの特定化への依存、測定誤差の影響など)への注意が不十分である
  • 帰納的研究の価値: KKVは仮説の事後的形成(帰納的推論)のリスクを過大評価しており、探索的・帰納的研究の科学的価値を不当に低く見積もっている
  • 因果メカニズムの軽視: KKVの反事実的因果概念は、「なぜ」因果関係が成り立つのかというメカニズムの解明を軽視している

Mahoney & Goertz(2006, 2012)

James Mahoney と Gary Goertz は『A Tale of Two Cultures』(2006年論文、2012年著書)において、定量的研究と定性的研究は異なる「文化」(culture)を構成しており、単一の方法論的基準に統合することは適切でないと論じた。

両者の主要な対比は以下の通りである。

次元 定量的文化 定性的文化
因果効果 平均的効果(effects-of-causes) 個別の結果の原因(causes-of-effects)
概念 変数と指標 タイプと集合
事例選択 無作為抽出・大N 意図的抽出・少N
分析目標 一般化可能な推定 事例内の因果メカニズム
説明様式 確率的(probabilistic) 決定論的(deterministic)

Mahoney と Goertz は、KKVが暗黙のうちに定量的文化の基準を普遍化しているとし、定性的研究にはその固有の基準があることを擁護した。

方法論的議論の現在

KKV以降の約30年間で、政治学の方法論的議論は大きく進展した。

  • 因果推論革命: Rubin因果モデルを基盤とする因果推論の手法が政治学に広く浸透し、実験・準実験的手法が標準化された(→ Section 2 参照)
  • 定性的方法論の体系化: プロセス・トレーシング、集合論的方法(QCA)など、定性的方法に固有の推論ロジックが体系化された(→ Section 3 参照)
  • 混合研究法(multi-method research): 定量的方法と定性的方法を組み合わせることで、それぞれの弱点を補完するアプローチが推奨されるようになった
  • 方法論的多元主義: 単一の「正しい方法」は存在せず、研究の問いに応じて適切な方法を選択すべきであるという立場が広く共有されている

Mahoney(2010)が述べたように、社会科学の方法論は「KKVから恩恵を受けつつも、それを乗り越えた」状態にある。


まとめ

  • 政治学における科学的方法は、実証主義と解釈主義という二つの方法論的立場の間の緊張関係の中で発展してきた
  • 行動論革命(1950〜60年代)は、制度の形式的記述から個人・集団の政治行動の経験的分析へと学問を転換させた
  • 因果推論の基礎は反事実的枠組みにあり、Rubin因果モデル(潜在的結果モデル)がその標準的定式化を提供する
  • 因果効果はATE(平均処置効果)やATT(処置群における平均処置効果)として定義されるが、選択バイアスと交絡変数が推定を困難にする
  • 研究デザインは、内的妥当性と外的妥当性のトレードオフを考慮しつつ、適切な変数の操作化と仮説検証の論理に基づいて構成される
  • KKV(1994)は定量・定性研究の推論の統一を主張したが、Brady & Collier、Mahoney & Goertz らによる批判を通じて、方法論的多元主義が現在の主流となっている
  • 次のSection 2では定量的方法と因果推論の現代的手法を、Section 3では定性的方法と混合研究法を扱う

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
科学的方法 Scientific Method 観察・仮説形成・検証を通じて体系的に知識を蓄積する方法
実証主義 Positivism 経験的データに基づく客観的・法則定立的知識を追求する方法論的立場
解釈主義 Interpretivism 行為者の意味付与と文脈の理解を重視する方法論的立場
行動論革命 Behavioral Revolution 1950〜60年代に政治学を経験的・定量的方向に転換させた方法論的運動
反事実 Counterfactual 原因が異なっていた場合に生じたであろう仮想的結果
潜在的結果モデル Potential Outcomes Model Y(1)とY(0)の差として因果効果を定義するRubin因果モデル
平均処置効果 Average Treatment Effect (ATE) 母集団全体における処置の平均的因果効果 E[Y(1)] - E[Y(0)]
処置群における平均処置効果 Average Treatment Effect on the Treated (ATT) 実際に処置を受けた集団における平均的因果効果
選択バイアス Selection Bias 処置群と統制群の体系的差異により因果効果の推定が歪むこと
交絡変数 Confounding Variable 独立変数と従属変数の双方に影響し、見かけ上の関連を生む第三変数
操作化 Operationalization 抽象概念を経験的に測定可能な指標に変換するプロセス
内的妥当性 Internal Validity 研究が因果関係を正しく捉えている程度
外的妥当性 External Validity 研究結果がより広い文脈に一般化できる程度
独立変数 Independent Variable 原因と想定される変数
従属変数 Dependent Variable 結果と想定される変数
統制変数 Control Variable 交絡を排除するために分析で制御する変数
概念妥当性 Construct Validity 操作的定義が理論概念の意味内容を適切に捕捉しているかの評価

確認問題

Q1: 反事実(counterfactual)とは何か。また、因果推論の根本問題(Fundamental Problem of Causal Inference)とは何を指すか、説明せよ。

A1: 反事実とは、実際には生じなかったが、原因となる条件が異なっていれば生じたであろう仮想的な結果を指す。因果推論の根本問題とは、ある個体について処置を受けた場合の結果 Y(1) と受けなかった場合の結果 Y(0) を同時に観察することが原理的に不可能であるという問題である(Holland, 1986)。個体レベルの因果効果 τ_i = Y_i(1) - Y_i(0) は、潜在的結果の一方が常に欠測値となるため直接には計算できない。このため因果推論は、集団レベルの平均的効果(ATEやATT)の推定に焦点を置く。

Q2: 内的妥当性と外的妥当性の違いを説明し、両者の間にトレードオフが生じる理由を述べよ。

A2: 内的妥当性とは、研究の結論が当該研究の文脈において因果関係を正しく捉えている程度であり、独立変数の変動が従属変数の変動を引き起こしていると他の説明を排除して主張できるかを問う。外的妥当性とは、研究結果が当該研究の対象を超えてより広い母集団や他の文脈に一般化できる程度を問う。トレードオフが生じる理由は、内的妥当性を高めるための統制(無作為化実験、実験室環境など)が研究の文脈を限定・人工化し、現実世界への一般化可能性を低下させるためである。逆に、現実世界の多様な文脈を包含する大規模観察研究は外的妥当性に優れうるが、交絡の統制が困難で内的妥当性に制約が生じる。

Q3: 選択バイアスが因果推論に与える影響を、政治学の具体例を挙げて説明せよ。

A3: 選択バイアスとは、処置群と統制群の間に処置の割当てと結果の双方に関連する体系的差異が存在する場合に生じるバイアスであり、処置群と統制群の結果の単純比較が真の因果効果を反映しなくなる。政治学の例として、民主化の経済成長への効果の分析が挙げられる。実際に民主化した国はそもそも経済的基盤や市民社会の発達度が民主化しなかった国と体系的に異なるため、両群の経済成長率の差は民主化の因果効果のみならず、事前の国家特性の差異(選択バイアス)を反映する。したがって、民主化国と非民主化国の経済パフォーマンスを単純に比較しても、民主化の真の因果効果は推定できない。

Q4: KKV(King, Keohane & Verba, 1994)の「観察可能な含意の増加」という主張の内容を説明し、この主張に対する主要な批判を一つ挙げよ。

A4: KKVの「観察可能な含意の増加」とは、理論の検証力を高めるためには、理論から導出される経験的に観察可能な予測(含意)の数をできるだけ多くすべきであるという主張である。事例数が少ない定性的研究においても、各事例から抽出する観察の数を増やすことで推論のレバレッジを得られるとした。これに対するBrady & Collier(2004)の批判としては、「観察可能な含意の増加」は定量的研究のN増加の論理を定性的研究に機械的に適用したものであり、定性的研究が依拠する因果メカニズムの解明(プロセス・トレーシングなど)の推論ロジックとは異質であるという点が挙げられる。定性的研究の強みは観察数の増加ではなく、事例内の因果プロセスの詳細な追跡にあるとされた。

Q5: 行動論革命が政治学にもたらした変化と、その後の批判(ポスト行動論)について述べよ。

A5: 行動論革命(1950〜60年代)は、アメリカ政治学の焦点を制度・法律の形式的記述から、個人・集団の観察可能な政治行動の経験的・定量的分析へと転換させた。サーベイ調査や統計分析が方法の中心となり、投票行動研究(ミシガン・モデル)や権力研究(Dahl)などの成果を生んだ。Eastonが整理した規則性の発見、検証可能性、計量化、価値中立などが知的基盤とされた。しかし1960年代後半以降、ポスト行動論から批判が提起された。第一に、方法論の洗練が自己目的化し、ベトナム戦争や公民権運動といった喫緊の政治問題への実質的関与が欠如しているという批判である。第二に、「価値中立」の標榜自体が現状維持を支持するイデオロギー的立場であるとの指摘がなされた。これらの批判を経て、現代政治学は方法論的厳密さと実質的問題関心の両立を志向している。