Module 2-6 - Section 3: 定性的方法と混合研究法¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-6: 政治学方法論 |
| 前提セクション | Section 1: 科学的方法と研究デザイン |
| 想定学習時間 | 3.5時間 |
導入¶
Section 1では、政治学における科学的方法の基礎として、因果推論の反事実的枠組み、研究デザインの論理、そしてKKV以降の方法論的多元主義の展開を概観した。KKVが定量的研究の推論ロジックを普遍化しようとしたのに対し、Brady & CollierやMahoney & Goertzらは定性的研究に固有の推論の論理が存在することを主張した。本セクションでは、その定性的方法の具体的な手法群を体系的に検討する。
定性的方法は、少数事例の深い分析を通じて因果メカニズムを解明し、理論を構築・検証することを目指す。事例研究(case study)、プロセス・トレーシング(process tracing)、比較事例分析(comparative case analysis)は、いずれも定性的研究の中核をなす方法であり、それぞれ独自の推論ロジックを有する。さらに近年では、定量的方法と定性的方法を体系的に統合する混合研究法(multi-method research)の枠組みが発展し、方法論的多元主義を実践的に具体化している。
事例研究の方法論¶
事例研究の論理と目的¶
事例研究(case study)とは、一つまたは少数の事例を深く分析することで、因果関係の理解や理論の発展に寄与する研究手法である。John Gerring(2004)は事例研究を「明確に限定された現象(事例)の集中的な研究であり、その目的はより大きなクラスの現象について何かを明らかにすること」と定義した。
Key Concept: 事例研究(Case Study) 一つまたは少数の事例を深く集中的に分析する研究方法。事例内の因果メカニズムの解明、理論の構築・検証、逸脱事例の分析など多様な目的に用いられる。
事例研究が果たす機能は単一ではなく、研究の目的に応じて複数の類型が区別される。
| 類型 | 目的 | 推論の方向 |
|---|---|---|
| 理論検証型(theory-testing) | 既存理論から導出される予測を事例で検証 | 演繹的 |
| 理論構築型(theory-building) | 事例の詳細な分析から新たな理論を生成 | 帰納的 |
| 逸脱事例分析(deviant case analysis) | 既存理論の予測から外れる事例を分析し、理論の修正・精緻化を行う | 帰納的・探索的 |
事例研究の認識論的強みは、事例内分析(within-case analysis) にある。定量的研究が事例間の共変動(cross-case covariation)に基づいて因果効果を推定するのに対し、事例研究は一つの事例の内部で原因から結果に至る因果プロセスを追跡することで、因果関係の存在とメカニズムを特定する。この点で、事例研究はMahoney & Goertzが指摘した「結果の原因(causes-of-effects)」アプローチに適合する。
事例選択の戦略¶
事例研究における事例選択は、研究の妥当性を左右する決定的な方法論的判断である。Jason Seawright & John Gerring(2008)は、事例選択の体系的な技法を整理し、7つの選択戦略を提示した。
Key Concept: 事例選択(Case Selection) 事例研究において分析対象とする事例を選定するプロセス。研究目的に応じた戦略的選択が求められ、無作為抽出とは異なる目的的サンプリングの論理に基づく。
| 選択戦略 | 定義 | 主な用途 |
|---|---|---|
| 典型事例(typical case) | 母集団の中心的傾向を代表する事例 | 一般的なメカニズムの解明 |
| 多様事例(diverse case) | 独立変数・従属変数の範囲を網羅する事例群 | 理論の射程の確認 |
| 極端事例(extreme case) | 独立変数または従属変数が極端な値を示す事例 | 変数の効果の明確化 |
| 逸脱事例(deviant case) | 理論的予測から乖離する事例 | 理論の修正・新変数の発見 |
| 影響力事例(influential case) | 統計モデルの推定に大きな影響を与える事例 | モデルの頑健性の検証 |
| 最類似事例(most similar case) | 注目する変数以外が類似する事例の組 | 特定変数の因果効果の特定 |
| 最相違事例(most different case) | 注目する変数以外が相違する事例の組 | 因果関係の頑健性の確認 |
Key Concept: 最類似事例法(Most Similar Systems Design: MSSD) 注目する独立変数(または従属変数)以外の条件が可能な限り類似する事例を比較する方法。J. S. Millの差異法に由来し、条件の差異と結果の差異を対応させることで因果関係を特定する。
Key Concept: 最相違事例法(Most Different Systems Design: MDSD) 注目する独立変数と従属変数以外の条件が可能な限り相違する事例を比較する方法。Millの一致法に由来し、異なる条件下でも同一の結果が生じることを示して因果関係の頑健性を確認する。
事例選択の重要な注意点として、Section 1で述べたKKVの指摘——従属変数に基づく事例選択(selecting on the dependent variable)はバイアスを生じうる——がある。たとえば革命の原因を研究する際に革命が生じた事例のみを分析すると、原因候補の変数が革命の非発生事例でも存在するかもしれないという可能性を検討できない。Theda Skocpolの『States and Social Revolutions』(1979)は、フランス・ロシア・中国の三大革命を主要分析対象としつつ、17世紀イギリス・19世紀プロイセン・19世紀日本を「革命が不発に終わった」対照事例として含めることで、この問題に対処した。
プロセス・トレーシング¶
プロセス・トレーシングの定義と論理¶
プロセス・トレーシング(process tracing)は、事例内で原因から結果に至る因果プロセスの連鎖を追跡する方法である。Alexander George & Andrew Bennett(2005)はこれを「事例内で因果的過程、すなわち因果連鎖と因果メカニズムを特定する」方法と定義した。
Key Concept: プロセス・トレーシング(Process Tracing) 事例内において原因から結果に至る因果プロセスを段階的に追跡し、因果メカニズムの存在と作動を検証する定性的方法。事例間の共変動ではなく、事例内の因果連鎖に基づいて推論を行う。
Derek Beach & Rasmus Brun Pedersen(2013)は、プロセス・トレーシングを三つの変種に区分した。
- 理論検証型プロセス・トレーシング(theory-testing process tracing): 既存理論が想定する因果メカニズムが特定の事例で作動しているかを検証する
- 理論構築型プロセス・トレーシング(theory-building process tracing): 事例から帰納的に因果メカニズムを発見・構築する
- 結果説明型プロセス・トレーシング(explaining-outcome process tracing): 特定の歴史的結果がなぜ生じたかを、最小限の十分な説明として再構成する
因果メカニズムの概念¶
プロセス・トレーシングの核心にあるのが因果メカニズム(causal mechanism) の概念である。
Key Concept: 因果メカニズム(Causal Mechanism) 原因Xが結果Yを生み出す過程を構成する、介在的な実体(entities)とその活動(activities)の連鎖。単に「XがYに影響する」という共変動の確認ではなく、「いかにして」Xが Yを生み出すかを解明する。
Beach & Pedersenは因果メカニズムを「実体がその活動を通じて因果力を伝達する一連の相互作用的な部分(parts)」として定式化した。各部分は必要な構成要素であり、すべてが事例内に存在してはじめてメカニズムが作動していると判断される。
具体例として、「同盟国の安全保障上の脅威が防衛支出増加をもたらす」というメカニズムを考える。プロセス・トレーシングでは以下のような段階的連鎖を追跡する。
- 脅威の認知(情報機関の報告、政策決定者の発言)
- 脅威評価の政策議論(安全保障会議の議事録)
- 防衛予算増額の決定(閣議決定、議会審議の記録)
- 防衛支出の実際の増加(予算データ)
各段階について経験的証拠を収集し、因果連鎖の各環が実際に作動していたことを確認する。
ベイズ的更新とプロセス・トレーシング¶
プロセス・トレーシングにおける証拠の評価には、ベイズ的推論(Bayesian inference) の論理が用いられる。研究者は仮説についての事前確率(prior probability)を持ち、証拠を観察するたびにベイズの定理に基づいて事後確率(posterior probability)を更新する。
この論理を直感的に表現するために、Van Everaが導入し Bennett(2010)らが精緻化した四つの証拠テストが広く用いられる。
| テスト | 通過した場合 | 不通過の場合 | 論理 |
|---|---|---|---|
| ストロー・イン・ザ・ウィンド(straw-in-the-wind) | 仮説の確度がやや上昇 | 仮説の確度がやや低下 | 弱い確認・弱い棄却 |
| フープ(hoop test) | 仮説は棄却されない(必要条件の通過) | 仮説は棄却される | 必要条件:不通過で棄却 |
| スモーキング・ガン(smoking gun) | 仮説は強く確認される | 仮説は棄却されない | 十分条件:通過で確認 |
| 二重決定的(doubly decisive) | 仮説は確定的に確認される | 仮説は確定的に棄却される | 必要かつ十分 |
フープテストは必要条件の論理に対応する。たとえば「政策決定者が脅威を認識していた」という証拠がなければ、「脅威認知が防衛支出増加を引き起こした」という仮説は棄却される。しかし脅威認知の存在だけでは仮説の確認には不十分である。スモーキング・ガンテストは十分条件の論理に対応する。「政策決定者が脅威を理由に防衛予算増額を指示した内部文書」が発見されれば、仮説は強く確認される。
比較事例分析¶
ミルの方法¶
比較政治学における比較の論理は、John Stuart Millが『論理学体系(A System of Logic)』(1843)で提示した帰納法の諸方法に遡る。政治学で特に重要なのは一致法(method of agreement) と差異法(method of difference) である。
一致法は、結果が共通する複数の事例を比較し、それらの事例に共通する条件を原因として特定する論理である。事例間の多くの条件が異なるにもかかわらず、特定の条件と結果が共通するならば、その条件が結果の原因である可能性が高い。最相違事例法(MDSD)はこの一致法を比較政治のデザインに具体化したものである。
差異法は、結果が異なる事例を比較し、異なる条件を原因として特定する論理である。事例間の多くの条件が類似しているにもかかわらず、特定の条件と結果のみが異なるならば、その条件が結果の原因である可能性が高い。最類似事例法(MSSD)はこの差異法を具体化したものである。
| 一致法 | 差異法 | |
|---|---|---|
| 事例の特徴 | 多くの条件が異なる | 多くの条件が類似する |
| 結果 | 同一 | 異なる |
| 特定する原因 | 事例に共通する条件 | 事例で異なる条件 |
| 比較デザイン | 最相違事例法(MDSD) | 最類似事例法(MSSD) |
| 典型例 | Skocpol: 仏・露・中の革命の共通原因 | Skocpol: 革命発生国 vs. 不発国 |
graph TD
subgraph "事例選択戦略の類型"
RS["研究目的"]
TT["理論検証"]
TB["理論構築"]
DA["逸脱事例分析"]
RS --> TT
RS --> TB
RS --> DA
TT --> TT1["典型事例: メカニズムの確認"]
TT --> TT2["最類似事例: 変数効果の特定<br>(差異法)"]
TT --> TT3["最相違事例: 頑健性の確認<br>(一致法)"]
TB --> TB1["逸脱事例: 新変数の発見"]
TB --> TB2["極端事例: 効果の明確化"]
DA --> DA1["予測外れの事例を分析"]
DA --> DA2["理論の修正・精緻化"]
end
style RS fill:#f5f5f5,stroke:#333
style TT fill:#cce5ff,stroke:#0066cc
style TB fill:#e8f5e9,stroke:#2e7d32
style DA fill:#fff3e0,stroke:#e65100
ミルの方法の限界¶
ミルの方法には、少数事例による比較研究に固有の限界がある。
第一に、自由度の問題(degrees of freedom problem) がある。事例数が少なく候補となる原因変数が多い場合、特定の条件と結果の関連が偶然の一致なのか真の因果関係なのかを弁別できない。Lijphart(1971)はこれを「多変数・少事例(many variables, small N)」問題と呼んだ。
第二に、等結果性(equifinality) の問題がある。同一の結果が複数の異なる原因経路によって生じうる場合、一致法は単一の共通原因を過度に求めることになる。たとえば民主化が経済発展・エリートの分裂・外圧など異なる経路を通じて実現しうるならば、すべての民主化事例に共通する単一の原因を求めることは不適切である。
第三に、ミルの方法は決定論的因果観を前提としており、確率的因果関係(ある条件が結果の確率を高めるが、必ずしも結果を生じさせない)を扱えない。
質的比較分析(QCA)¶
質的比較分析(Qualitative Comparative Analysis: QCA)は、Charles Ragin(1987)が開発した方法であり、ミルの方法の限界を克服しつつ、少数〜中規模事例の体系的比較を可能にする。
Key Concept: QCA(Qualitative Comparative Analysis) ブール代数と集合論に基づき、結果を生じさせる条件の組み合わせ(configuration)を体系的に特定する比較分析手法。相関関係ではなく集合関係(必要条件・十分条件)に基づく推論を行い、等結果性や結合因果性を明示的に扱う。
QCAの基本的な発想は、従来の統計分析が変数間の相関関係(correlational relationship) を分析するのに対し、集合関係(set-theoretic relationship) ——すなわち必要条件と十分条件——を分析するという点にある。
QCAの主要な特徴は以下の通りである。
結合因果性(conjunctural causation): 結果は単一の条件ではなく、複数の条件の組み合わせ(configuration)によって生じる。たとえば「経済危機かつ権威主義体制かつエリートの分裂」という条件の組み合わせが民主化を生じさせるが、これらの条件の一つだけでは不十分である。
等結果性(equifinality): 同一の結果に至る複数の異なる因果経路が存在しうる。QCAはこれを明示的に表現できる。たとえば「経済危機 × エリート分裂」と「外圧 × 市民社会の成熟」がいずれも民主化の十分条件でありうる。
非対称性(asymmetry): ある結果の原因は、その結果の不在の原因と必ずしも対称的ではない。民主化の条件と非民主化の条件は別個に分析する必要がある。
QCAには三つの主要なバリアントがある。
| バリアント | 条件の扱い | 適用場面 |
|---|---|---|
| クリスプ集合QCA(csQCA) | 二値(0/1: 所属/非所属) | 条件が明確に二分できる場合 |
| 多値QCA(mvQCA) | 複数のカテゴリ値 | 条件が3値以上のカテゴリをもつ場合 |
| ファジィ集合QCA(fsQCA) | 0〜1の連続値(所属の程度) | 条件が程度問題(degree)である場合 |
ファジィ集合QCA(fuzzy-set QCA: fsQCA)はRagin(2000)が導入した拡張であり、集合への所属を0/1の二値ではなく0から1の連続値で表現する。たとえば「民主主義への所属度」を、完全な民主主義 = 1.0、完全な非民主主義 = 0.0とし、中間の政体には0.3、0.6などの値を割り当てる。これにより、条件の「程度」を反映した分析が可能となる。
QCAの方法論的位置づけ¶
QCAの方法論的位置づけについては議論がある。一方では、QCAは定量的方法と定性的方法の中間に位置する「第三の道」であるとする見方がある。少数事例の質的理解を重視しつつも、ブール代数による体系的・形式的な分析を行うからである。他方では、QCAはあくまでも集合論的思考に基づく定性的方法の一形態であり、変数間の相関を分析する定量的方法とは根本的に異なるとする見方もある。
QCAの限界としては、条件の選択と二値化(またはファジィ化)に研究者の判断が大きく介入すること、事例数が条件の数に対して十分でない場合に論理的余剰(logical remainders)——実際には観察されない条件の組み合わせ——が多くなること、そして因果メカニズムの解明それ自体はQCAの射程外であることが指摘される。
混合研究法¶
定量的方法と定性的方法の相補性¶
混合研究法(multi-method research)は、定量的方法と定性的方法を一つの研究プログラムの中で体系的に組み合わせるアプローチである。Section 1で述べた方法論的多元主義を研究実践に具体化する枠組みといえる。
混合研究法の根拠は、定量的方法と定性的方法がそれぞれ異なる強みと弱みを持ち、一方の弱みを他方が補完できるという相補性(complementarity) にある。
| 次元 | 定量的方法の強み | 定性的方法の強み |
|---|---|---|
| 因果効果の推定 | 平均的効果の推定に優れる | 事例固有の因果メカニズムの解明に優れる |
| 一般化 | 大Nにより外的妥当性が高い | 事例内分析により内的妥当性が深い |
| 推論の方向 | effects-of-causes(原因の効果) | causes-of-effects(結果の原因) |
| 概念の扱い | 標準化された測定 | 文脈に即した概念的深度 |
| 弱点 | メカニズムのブラックボックス化 | 一般化可能性の限界 |
ネスティッド分析¶
Evan S. Lieberman(2005)が提唱したネスティッド分析(nested analysis) は、統計分析と事例研究を体系的に組み合わせるための具体的な研究デザインである。
Key Concept: ネスティッド分析(Nested Analysis) 大規模N統計分析(Large-N Analysis: LNA)と少数事例分析(Small-N Analysis: SNA)を体系的に組み合わせる混合研究法。LNAの結果がSNAの事例選択を導き、SNAの知見がLNAの改善にフィードバックされる。
Liebermanのネスティッド分析の論理は以下のように展開する。
第一段階(LNA): 大規模Nデータを用いた統計分析を行い、変数間の関連パターンを把握する。統計的に頑健な結果が得られた場合と、得られなかった場合で次のステップが異なる。
第二段階(SNA)——頑健な結果が得られた場合: 統計モデルが良好に適合する典型事例(model-fitting case、on-the-line case)を選択し、統計的関連の背後にある因果メカニズムを事例研究で検証する。
第二段階(SNA)——頑健な結果が得られなかった場合: 統計モデルの予測から外れる逸脱事例(model-disconfirming case、off-the-line case)を選択し、理論や操作化の問題点を探索的に分析する。その知見を統計モデルの改善にフィードバックする。
graph LR
LNA["大規模N統計分析<br>(LNA)"]
R1{"結果は<br>頑健か?"}
SNA_Y["事例研究: 典型事例<br>メカニズム検証"]
SNA_N["事例研究: 逸脱事例<br>探索的分析"]
FB["統計モデルの改善<br>変数・測定の修正"]
CON["統合的推論<br>因果効果 + メカニズム"]
LNA --> R1
R1 -->|"Yes"| SNA_Y
R1 -->|"No"| SNA_N
SNA_Y --> CON
SNA_N --> FB
FB --> LNA
style LNA fill:#cce5ff,stroke:#0066cc
style SNA_Y fill:#e8f5e9,stroke:#2e7d32
style SNA_N fill:#fff3e0,stroke:#e65100
style FB fill:#fff3e0,stroke:#e65100
style CON fill:#f3e5f5,stroke:#7b1fa2
統合的推論: Humphreys & Jacobs のベイズ的アプローチ¶
Macartan Humphreys & Alan M. Jacobs(2015)は、定量的証拠と定性的証拠をベイズの定理に基づいて統合する枠組み——BIQQ(Bayesian Integration of Quantitative and Qualitative data) ——を提示した。
この枠組みでは、事例間の相関パターン(定量的証拠)と事例内の因果プロセス(定性的証拠)を、同一のベイズ的推論の枠組みの中で統合する。研究者は因果仮説に対する事前確信を持ち、定量的データからの証拠と定性的データからの証拠を順次(あるいは同時に)用いて、仮説の事後確率を更新する。
Humphreys & Jacobsのアプローチの核心的な主張は以下の通りである。
- 定量的証拠と定性的証拠は異なる種類の情報を提供する。定量的証拠は事例間の共変動パターンを示し、定性的証拠は事例内のメカニズムの作動を示す
- これら二種類の証拠は独立ではない場合があり、単純に「足し合わせる」ことはできない。ベイズの枠組みは、証拠間の依存関係を明示的にモデル化する
- 適切に統合された場合、混合研究法は単一の方法のみを用いた研究よりも強い推論を可能にする
方法論的三角測量¶
Key Concept: 方法論的三角測量(Methodological Triangulation) 同一の研究課題に対して複数の異なる方法を適用し、各方法から得られる結果の収束(convergence)または発散(divergence)を検討することで推論の信頼性を高める戦略。
方法論的三角測量(methodological triangulation)は、混合研究法のより広い概念的枠組みである。異なる方法が同一の結論を支持する場合(結果の収束)、その結論の信頼性は高まる。逆に異なる方法が異なる結論を導く場合(結果の発散)、その不一致自体が理論的・方法論的な再検討の契機となる。
混合研究法の設計パターンは、方法の実行順序によって以下のように分類される。
- 逐次設計(sequential design): 一方の方法を先に実施し、その結果を踏まえて他方の方法を実施する。Liebermanのネスティッド分析(定量→定性)が典型例である。逆方向(定性→定量)の設計もあり、たとえば事例研究で構築した理論を統計分析で検証する場合がこれにあたる
- 並行設計(concurrent design): 定量的方法と定性的方法を同時並行で実施し、結果を統合する。方法論的三角測量の古典的な形態である
- 埋め込み設計(embedded design): 一方の方法を主要な方法論的枠組みとして用い、他方の方法を補助的に組み込む。たとえばRCT(定量的方法)の中に事例研究(定性的方法)を組み込み、処置効果のメカニズムを解明する場合がある
学術的論争¶
事例研究の一般化可能性¶
事例研究から得られた知見はどこまで一般化できるかという問題は、定性的方法論における中心的な論争点である。
KKVは、事例研究が科学的価値を持つためには、個別事例を超えた一般化可能な推論に貢献しなければならないと主張した。これに対し、Bent Flyvbjerg(2006)は「事例研究の5つの誤解」を正す論文において、戦略的に選択された単一事例からも一般化は可能であると反論した。Flyvbjergは、Karl Popperの反証の論理——白い白鳥を何羽集めても「すべての白鳥は白い」を証明できないが、黒い白鳥が一羽いれば反証できる——に基づき、「決定的事例(critical case)」は既存理論の反証に十分であると論じた。
他方、George & Bennett(2005)は、事例研究の一般化は「条件付き一般化(contingent generalization)」の形をとるべきであると主張した。すなわち、「条件Aの下ではメカニズムMが作動する」という形式の理論的命題は、条件Aが満たされる他の事例にも適用可能であるが、条件Aが満たされない事例には適用されない。この見方では、事例研究の知見は限定された射程を持つものの、その射程内では一般化可能である。
KKV vs 定性的方法論者¶
Section 1で概観したKKV論争のうち、定性的方法の科学的地位に関する議論はその後も継続している。KKVは「推論の論理は一つ」であり定性的研究も定量的研究と同じ基準で評価されるべきだと主張したのに対し、Brady & Collier(2004)は定性的研究には固有の推論ロジック——プロセス・トレーシングによる因果メカニズムの検証、集合論的方法による必要条件・十分条件の分析——があり、KKVの枠組みでは適切に評価できないと反論した。
この論争は、二つの「文化」の認識論的差異に根ざしている。定量的文化が「原因の効果(effects-of-causes)」を問うのに対し、定性的文化は「結果の原因(causes-of-effects)」を問う。前者は「民主主義は平均的にどれだけ経済成長を促進するか」と問い、後者は「この国はなぜ経済成長を遂げたか」と問う。これらは異なる研究の問いであり、異なる方法論的基準を必要とする。
現在の方法論的コンセンサスは、定量的方法と定性的方法はそれぞれ固有の強みを持ち、研究の問いに応じて適切な方法を選択——あるいは組み合わせて使用——すべきであるという方法論的多元主義の立場である。
QCAの方法論的位置づけをめぐる議論¶
QCAが定量的方法と定性的方法の「中間」に位置するのか、それとも独自の方法論的立場を占めるのかについては見解が分かれる。
Ragin自身はQCAを集合論的アプローチとして位置づけ、変数間の相関を分析する統計的方法とは根本的に異なる論理に基づくと主張した。QCAが分析するのは「相関の強さ」ではなく「集合の包含関係」——すなわちある条件(の組み合わせ)が結果の部分集合であるか(必要条件)、結果が条件の部分集合であるか(十分条件)——である。
一方、定量的研究者からは、QCAの結果がサンプルサイズに対して頑健でないこと、条件の閾値設定に恣意性があること、そして確率的因果関係を十分に扱えないことへの批判がある。Seawright(2005)は、QCAが内包する決定論的因果観が社会科学の実態に適合しない場合があると指摘した。
定性的研究者の一部からは、QCAが過度に形式化されており、事例の文脈的理解を犠牲にしているとの批判もある。QCAは条件の組み合わせパターンを特定するが、なぜその組み合わせが結果を生じさせるかというメカニズムの解明は別途必要である。このためQCAとプロセス・トレーシングを組み合わせる研究デザインが推奨されている。
まとめ¶
- 事例研究は、事例内分析を通じて因果メカニズムを解明する定性的方法の中核であり、理論検証・理論構築・逸脱事例分析など多様な目的に用いられる
- 事例選択はSeawright & Gerringの7つの戦略(典型・多様・極端・逸脱・影響力・最類似・最相違)に基づいて体系的に行われる
- プロセス・トレーシングは事例内で因果連鎖を追跡する方法であり、Beach & Pedersenによる理論検証型・理論構築型・結果説明型の三類型がある
- プロセス・トレーシングではベイズ的推論の論理が用いられ、フープテスト・スモーキング・ガンテストなどの証拠テストで仮説を評価する
- ミルの一致法と差異法は比較事例分析の基礎であるが、自由度の問題・等結果性・決定論的因果観などの限界がある
- QCA(Ragin)はブール代数・集合論に基づく比較分析手法であり、結合因果性・等結果性・非対称性を明示的に扱う
- 混合研究法は定量的方法と定性的方法の相補性を活かした統合的研究デザインであり、Liebermanのネスティッド分析やHumphreys & JacobsのBIQQがその代表的枠組みである
- 方法論的三角測量は、複数の方法の結果の収束・発散を検討することで推論の信頼性を高める戦略である
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 事例研究 | Case Study | 一つまたは少数の事例を深く集中的に分析する研究方法 |
| 事例選択 | Case Selection | 研究目的に応じて分析対象の事例を戦略的に選定するプロセス |
| 最類似事例法 | Most Similar Systems Design (MSSD) | 注目変数以外の条件が類似する事例を比較する方法。Millの差異法に由来 |
| 最相違事例法 | Most Different Systems Design (MDSD) | 注目変数以外の条件が相違する事例を比較する方法。Millの一致法に由来 |
| プロセス・トレーシング | Process Tracing | 事例内で原因から結果に至る因果プロセスを段階的に追跡する方法 |
| 因果メカニズム | Causal Mechanism | 原因が結果を生み出す過程を構成する実体と活動の連鎖 |
| フープテスト | Hoop Test | 仮説の必要条件を検証するプロセス・トレーシングの証拠テスト |
| スモーキング・ガンテスト | Smoking Gun Test | 仮説の十分条件を検証するプロセス・トレーシングの証拠テスト |
| 一致法 | Method of Agreement | 結果が共通する事例に共通する条件を原因として特定するMillの方法 |
| 差異法 | Method of Difference | 結果が異なる事例で異なる条件を原因として特定するMillの方法 |
| QCA | Qualitative Comparative Analysis | ブール代数と集合論に基づく比較分析手法 |
| 結合因果性 | Conjunctural Causation | 結果が複数の条件の組み合わせによって生じること |
| 等結果性 | Equifinality | 同一の結果に至る複数の異なる因果経路が存在すること |
| ファジィ集合QCA | Fuzzy-Set QCA (fsQCA) | 集合への所属を0〜1の連続値で表現するQCAの拡張 |
| ネスティッド分析 | Nested Analysis | 大規模N統計分析と少数事例分析を体系的に組み合わせる混合研究法 |
| BIQQ | Bayesian Integration of Quantitative and Qualitative data | ベイズの定理に基づき定量的・定性的証拠を統合する推論枠組み |
| 方法論的三角測量 | Methodological Triangulation | 複数の方法の結果の収束・発散を検討して推論の信頼性を高める戦略 |
確認問題¶
Q1: プロセス・トレーシングとは何か。その推論の論理が定量的方法の推論の論理とどのように異なるかを説明せよ。
A1: プロセス・トレーシングとは、事例内において原因から結果に至る因果プロセスを段階的に追跡し、因果メカニズムの存在と作動を検証する定性的方法である。定量的方法が事例間の共変動パターン(cross-case covariation)に基づいて因果効果の大きさを推定する「原因の効果(effects-of-causes)」アプローチであるのに対し、プロセス・トレーシングは一つの事例の内部で因果連鎖の各環を経験的証拠で確認する「結果の原因(causes-of-effects)」アプローチである。前者が「XはYにどれだけ影響するか」を問うのに対し、後者は「いかにして(how)XがYを引き起こすか」を問う。
Q2: Millの一致法と差異法の論理を説明し、それぞれが最相違事例法(MDSD)と最類似事例法(MSSD)にどのように対応するかを述べよ。
A2: 一致法は、結果が共通する複数の事例を比較し、それらに共通する条件を原因として特定する論理である。事例間の多くの条件が異なるにもかかわらず特定の条件と結果が共通するなら、その条件が原因である可能性が高い。これは最相違事例法(MDSD)に対応する。注目する変数以外の条件が可能な限り異なる事例を選択し、共通する条件と共通する結果の対応を確認する。差異法は、結果が異なる事例を比較し、異なる条件を原因として特定する論理である。事例間の多くの条件が類似しているにもかかわらず特定の条件と結果のみが異なるなら、その条件が原因である可能性が高い。これは最類似事例法(MSSD)に対応する。注目する変数以外の条件が類似する事例を選択し、条件の差異と結果の差異を対応させる。
Q3: QCA(質的比較分析)の主要な特徴である「結合因果性」「等結果性」「非対称性」をそれぞれ説明し、これらが従来の統計分析(回帰分析など)とどのように異なるかを述べよ。
A3: 結合因果性とは、結果が単一の条件ではなく複数の条件の組み合わせによって生じることを指す。等結果性とは、同一の結果に至る複数の異なる因果経路が存在しうることを指す。非対称性とは、ある結果の原因と、その結果の不在の原因が対称的ではないことを指す。従来の回帰分析は個々の変数の独立した効果(主効果)を推定し、効果は対称的(正の効果の反対は負の効果)であることを前提とする。交互作用項を含めれば結合性は部分的に扱えるが、等結果性——同じ結果に至る質的に異なる経路が複数ある——を明示的にモデル化することは困難である。QCAはブール代数に基づき、これら三つの特徴を分析の中心に据える点で、相関関係を分析する統計的方法とは根本的に異なる集合論的アプローチである。
Q4: Liebermanのネスティッド分析の論理を説明し、統計分析の結果が頑健な場合と頑健でない場合で事例選択がどのように異なるかを述べよ。
A4: ネスティッド分析は、大規模N統計分析(LNA)と少数事例分析(SNA)を体系的に組み合わせる混合研究法である。第一段階のLNAで変数間の関連パターンを統計的に把握し、その結果に基づいて第二段階のSNAの事例選択を行う。統計的に頑健な結果が得られた場合は、統計モデルの予測に適合する典型事例(on-the-line case)を選択し、統計的関連の背後にある因果メカニズムをプロセス・トレーシング等で検証する。統計的に頑健な結果が得られなかった場合は、モデルの予測から外れる逸脱事例(off-the-line case)を選択し、理論や操作化の問題点を探索的に分析して、その知見を統計モデルの改善にフィードバックする。
Q5: 「方法論的三角測量」の概念を説明し、定量的方法と定性的方法の結果が一致しない場合、研究者はどのように対処すべきかを論じよ。
A5: 方法論的三角測量とは、同一の研究課題に対して複数の異なる方法を適用し、各方法から得られる結果の収束または発散を検討することで推論の信頼性を高める戦略である。異なる方法が同一の結論を支持する場合(収束)、その結論の信頼性は高まる。結果が一致しない場合(発散)、研究者はまず不一致の原因を特定すべきである。可能な原因としては、(1) 概念の操作化が方法間で異なっている、(2) 定量的方法が捕捉する平均的効果と定性的方法が捕捉する事例固有のメカニズムが異質性を反映している、(3) いずれかの方法に固有のバイアス(たとえば交絡の未統制や事例選択バイアス)が存在する、などが考えられる。不一致は研究の失敗ではなく、理論の精緻化や新たな研究課題の発見の契機として生産的に活用すべきである。Humphreys & JacobsのBIQQ枠組みは、こうした証拠間の関係をベイズ的にモデル化することで、統合的な推論を可能にする。