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Module 3-2 - Section 2: 資本主義の多様性と不平等の政治学

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-2: 政治経済学
前提セクション Section 1: 公共選択論とゲーム理論
想定学習時間 5時間

導入

Section 1では、公共選択論やゲーム理論を通じて、政治的アクターの合理的行動がもたらす帰結を分析する枠組みを学んだ。中位投票者定理は、民主主義的意思決定が中位投票者の選好に収斂するという予測を導き、集合行為問題は利益集団の組織化の困難を明らかにした。本セクションでは、これらの理論的基盤を踏まえつつ、資本主義のあり方が国によってなぜ異なるのか、福祉国家はいかなる政治的条件のもとで発展したのか、そして不平等と再分配をめぐる政治はどのような論理で動いているのかを検討する。

先進民主主義諸国は、いずれも資本主義と民主主義を基盤とするが、その制度的構成は大きく異なる。アメリカの株主中心型資本主義とドイツの協調型資本主義、北欧の手厚い福祉国家とアングロサクソン諸国の残余的福祉国家は、同じ資本主義でも全く異なる社会的帰結をもたらす。こうした制度的多様性を体系的に分析する枠組みとして、ピーター・ホール(Peter A. Hall)とデイヴィッド・ソスキス(David Soskice)の資本主義の多様性(Varieties of Capitalism: VoC)アプローチ、イェスタ・エスピン=アンデルセン(Gøsta Esping-Andersen)の福祉レジーム論、そして不平等と再分配をめぐる諸理論を順に検討する。


資本主義の多様性(Varieties of Capitalism)アプローチ

Hall & Soskiceの基本枠組み

Key Concept: 資本主義の多様性(Varieties of Capitalism: VoC) 先進資本主義経済を、企業が直面する調整問題の解決様式に基づいて類型化する分析枠組み。ピーター・ホールとデイヴィッド・ソスキスが2001年の編著『資本主義の多様性(Varieties of Capitalism: The Institutional Foundations of Comparative Advantage)』で体系化した。

VoCアプローチの基本的な分析単位は企業(firm)である。従来の比較政治経済学が国家や階級を中心に据えていたのに対し、ホールとソスキスは企業を「資本主義経済の中心的アクター」として位置づけた。企業は経済活動を営む上で、他のアクター(労働者、金融機関、他企業、政府等)との間で複数の領域にわたる調整問題(coordination problem)を解決しなければならない。この調整の解決様式が国ごとに異なるパターンを形成し、それが資本主義の制度的多様性を生み出すという論理である。

ホールとソスキスは、企業が調整を行う5つの領域を特定した。

  1. 労使関係(industrial relations): 賃金・労働条件の決定、労使紛争の処理
  2. 職業訓練・教育(vocational training and education): 労働者の技能形成への投資
  3. コーポレート・ガバナンス(corporate governance): 企業統治の仕組み、資金調達方法
  4. 企業間関係(inter-firm relations): 技術移転、標準設定、取引関係
  5. 従業員との関係(employees): 組織内の情報共有、労働者の動機づけ

自由な市場経済(LME)と調整された市場経済(CME)

これら5領域における調整様式に基づき、ホールとソスキスは先進資本主義経済を2つの理念型に分類した。

Key Concept: 自由な市場経済(Liberal Market Economy: LME) 企業が市場メカニズムと企業階層制を通じて調整を行う経済体制。競争的な市場取引、短期的な契約関係、株主価値の最大化を特徴とする。アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランドが代表例である。

Key Concept: 調整された市場経済(Coordinated Market Economy: CME) 企業が市場以外の制度的メカニズム(業界団体、労使協議、長期的取引関係等)を通じて調整を行う経済体制。戦略的相互作用、ネットワーク型のモニタリング、長期的関係に基づく協力を特徴とする。ドイツ、日本、スウェーデン、オーストリア、オランダが代表例である。

以下の表は、5つの領域における両類型の制度的特徴を比較したものである。

調整領域 LME(例: アメリカ) CME(例: ドイツ)
労使関係 企業レベルの賃金交渉、低い組合組織率、雇用の流動性が高い 産業レベル・セクターレベルの賃金交渉、労使共同決定制(Mitbestimmung)、組合の政策関与
職業訓練・教育 一般的技能(general skills)の養成、大学教育重視、企業内訓練は限定的 企業特殊的・産業特殊的技能(specific skills)の養成、デュアルシステム(職業教育と実務訓練の併行)
コーポレート・ガバナンス 株式市場中心、四半期決算重視、敵対的買収が可能、株主価値の最大化 銀行中心の資金供給(patient capital)、ブロック株主制、敵対的買収への制約、ステークホルダー志向
企業間関係 アームズ・レングス(arm's length)取引、競争法の厳格な適用 業界団体を通じた技術標準の共有、共同研究開発、長期的取引関係
従業員との関係 雇用の流動性が高い(hire and fire)、成果主義的報酬 長期雇用、組織内の情報共有、労働者代表制(works council)

制度補完性

Key Concept: 制度補完性(Institutional Complementarity) ある制度領域の制度的特性が、別の制度領域における制度の効率性を高める関係。2つの制度が補完的であるとは、一方の制度の存在が他方の制度のパフォーマンスを向上させることを意味する。

制度補完性は、VoCアプローチの理論的核心をなす概念である。ホールとソスキスは、各調整領域の制度が相互に補完的であり、それゆえに資本主義のシステムは一貫した制度的パッケージとして存続する傾向を持つと論じた。

ドイツの例で説明すると、以下のような制度補完性が存在する。

  • 職業訓練と雇用保護: 企業特殊的技能への投資は、労働者が長期間その企業に留まることで初めて回収される。手厚い雇用保護は労働者の長期雇用を保障し、企業特殊的技能への投資を合理的にする。
  • コーポレート・ガバナンスと技能形成: 銀行中心の忍耐強い資本(patient capital)は、短期的利益を犠牲にしても長期的な技能投資を可能にする。株式市場中心のガバナンスでは、四半期ごとの業績圧力が長期投資を阻害しうる。
  • 労使関係と企業間関係: 産業レベルの賃金交渉は、個々の企業から賃金競争の圧力を取り除き、企業が技能投資や品質競争に注力する余地を生み出す。

一方、アメリカでは異なる論理の制度補完性が作動する。

  • 流動的な労働市場は、一般的技能への投資を合理的にする(企業特殊的技能は転職時に失われるが、一般的技能は携帯可能である)。
  • 株式市場中心のガバナンスは、迅速な資金調達と事業再編を可能にし、急成長する新興企業(スタートアップ)への投資を促進する。
  • 企業レベルの賃金設定は、個々の企業がハイパフォーマーに高報酬を提示して人材を引き付けることを可能にする。

比較制度優位

制度補完性の帰結として、ホールとソスキスは比較制度優位(comparative institutional advantage)の概念を提唱した。これはリカードの比較優位論を制度的次元に拡張したものである。

  • LMEの比較制度優位: 急進的イノベーション(radical innovation)に強い。IT、バイオテクノロジー、金融サービスなど、既存の技術体系を根本的に刷新する産業において優位性を持つ。流動的な労働市場、リスクマネーの供給、迅速な事業再編が急進的イノベーションを支える。
  • CMEの比較制度優位: 漸進的イノベーション(incremental innovation)に強い。自動車、精密機械、化学など、既存製品の品質を継続的に改良する産業において優位性を持つ。高度な企業特殊的技能、長期的な労使関係、業界団体を通じた技術情報の共有が漸進的イノベーションを支える。
graph LR
    subgraph LME["自由な市場経済 LME"]
        L1["流動的労働市場<br/>一般的技能"]
        L2["株式市場中心<br/>短期資本"]
        L3["企業レベル賃金交渉<br/>低い組合組織率"]
        L4["アームズレングス取引<br/>競争的市場"]
        L5["急進的イノベーション<br/>IT / バイオ / 金融"]
    end

    subgraph CME["調整された市場経済 CME"]
        C1["雇用保護<br/>企業特殊的技能"]
        C2["銀行中心<br/>忍耐強い資本"]
        C3["産業レベル賃金交渉<br/>労使共同決定"]
        C4["業界団体を通じた協調<br/>長期的取引関係"]
        C5["漸進的イノベーション<br/>自動車 / 精密機械"]
    end

    L1 --- L2
    L2 --- L3
    L3 --- L4
    L1 --- L5
    L2 --- L5

    C1 --- C2
    C2 --- C3
    C3 --- C4
    C1 --- C5
    C4 --- C5

VoCアプローチへの批判と発展

VoCアプローチは比較政治経済学に大きな影響を与えたが、同時に多くの批判にもさらされている。

二類型論の限界: 最も根本的な批判は、LMEとCMEの二分法が現実の多様性を十分に捉えきれないという点である。ロバート・ボワイエ(Robert Boyer, 2005)は、実際の資本主義には2つ以上の実行可能な形態が存在し、企業の同質性を前提とするVoCアプローチは企業間の異質性を見落としていると批判した。

アジア型資本主義の位置づけ: ウィット(Michael A. Witt)とレディング(S. Gordon Redding, 2013)は、東アジアの資本主義がLMEにもCMEにも当てはまらないと論じた。東アジア諸国では、国家が産業政策を通じて経済発展を主導する「発展主義国家(developmental state)」が特徴的である。日本はCMEに分類されることが多いが、韓国、台湾、中国などは国家の経済介入の度合いが西欧型CMEとは質的に異なる。

国家資本主義: 中国やロシアなどにみられる、国有企業が経済の中核を占め、国家が戦略的に市場介入を行う体制は、LME-CME枠組みでは捉えきれない。国家資本主義(state capitalism)は、国家が商業的・利潤追求的な動機で経済活動に参加する体制であり、LMEの市場自由主義ともCMEの社会的協調ともは異なる論理で作動する。

制度変化の説明力: VoCアプローチは制度の安定性を強調するが、制度変化をいかに説明するかという課題を抱える。キャスリーン・セーレン(Kathleen Thelen)は、制度変化が急激な「断絶」ではなく、漸進的変容(gradual transformation)のパターンをとることを示した。セーレンが提示した漸進的制度変化の類型は、以下の通りである。

変化の類型 内容
レイヤリング(layering) 既存制度の上に新しい要素を付加する
転換(conversion) 既存制度を新しい目的に転用する
漂流(drift) 環境変化に対して制度を意図的に更新しないことで実質的に変容させる
置換(displacement) 既存制度が新しい制度に漸進的に置き換えられる

混合経済: 多くの国は、LMEとCMEの中間に位置するか、領域によって異なる調整様式を組み合わせている。フランス、イタリア、スペインなどの南欧諸国は「混合市場経済(Mixed Market Economy: MME)」とも呼ばれ、国家が調整の重要な担い手となる点で、LMEの市場調整ともCMEの自発的協調とも異なる。ヴィヴィアン・シュミット(Vivien A. Schmidt)は、フランスのような「国家資本主義(state-enhanced capitalism)」を第三の類型として提案した。


福祉国家の政治経済学

Esping-Andersenの福祉レジーム論

Key Concept: 福祉レジーム(Welfare Regime) 国家・市場・家族の間でのリスク配分と福祉供給の制度的パターン。エスピン=アンデルセンが1990年の著書『福祉資本主義の三つの世界(The Three Worlds of Welfare Capitalism)』で類型化した概念であり、単なる支出額の比較ではなく、福祉供給の質的特性に注目する。

エスピン=アンデルセンの福祉レジーム論は、福祉国家研究のパラダイムを転換した業績として広く認められている。従来の研究が社会支出のGDP比といった量的指標に依存していたのに対し、エスピン=アンデルセンは福祉国家の質的な差異を捉える分析枠組みを構築した。その核心となる概念が脱商品化と階層化である。

Key Concept: 脱商品化(Decommodification) 個人が労働市場(市場参加)に依存せずとも、社会的に許容される生活水準を維持しうる程度。年金、失業保険、疾病手当などの社会的権利が、市場依存からの自律性をどの程度保障するかを測定する指標である。

脱商品化の程度は、給付の十分性(adequ価値が生活を維持しうるか)、受給資格の容易さ(ミーンズテストの有無、受給期間の長さ)、給付のカバレッジ(対象者の範囲)によって評価される。エスピン=アンデルセンは年金、失業保険、疾病保険の3制度について脱商品化指数を構成し、18カ国を比較した。

階層化(stratification): 福祉国家は所得再分配だけでなく、社会的階層化にも影響を与える。ある福祉政策は階級間の格差を縮小するが、別の政策は既存の階層構造を温存ないし強化する。エスピン=アンデルセンはこの再分配の「効果」に着目し、福祉国家が社会構造をどのように形成するかを分析した。

三つの福祉レジーム

エスピン=アンデルセンは、脱商品化と階層化の2つの次元に基づき、先進資本主義国の福祉国家を3つの理念型に分類した。

特性 自由主義レジーム 保守主義レジーム 社会民主主義レジーム
代表国 アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド
脱商品化の程度 低い 中程度 高い
給付原理 ミーンズテスト(資力調査)に基づく残余的給付 職業・地位に連動した社会保険 普遍主義的な社会的権利
階層化の効果 給付受給者へのスティグマ、二元的構造(市場依存層と福祉依存層の分断) 既存の地位・職業の差異を再生産、伝統的家族を前提 階級横断的な連帯を促進、平等志向
市場の役割 大きい(民間保険、企業福祉が重要) 中程度(補完的) 限定的(国家が包括的に供給)
家族の役割 限定的(市場への個人参加を前提) 大きい(男性稼得者モデル) 限定的(家族機能を社会化)
国家の役割 最低限の保障(セーフティネット) 地位維持的な社会保険の運営 包括的サービス供給、完全雇用の追求

自由主義レジーム: ミーンズテスト(資力調査)付きの給付が中心であり、受給には厳格な資格要件が課される。市場的解決を優先し、国家は最低限の保障にとどまる。その帰結として、福祉受給者への社会的スティグマが生じ、市場で自立する多数派と福祉に依存する少数派との間に社会的分断が形成されやすい。

保守主義レジーム: 社会保険制度が中核をなし、給付は過去の就業実績や職業的地位に連動する。この仕組みは既存の社会的階層を再生産する傾向を持つ。カトリックの社会教説の影響のもと、補完性原理(subsidiarity)が重視され、国家は家族やコミュニティが機能しない場合にのみ介入する。男性稼得者モデル(male breadwinner model)を前提とし、女性の労働市場参加を促進するインセンティブは弱い。

社会民主主義レジーム: 普遍主義(universalism)の原理に基づき、市民権に基づく包括的な社会的権利を保障する。最低限の保障ではなく「高い水準の平等」を目指す。児童・高齢者・障害者のケアコストを社会化し、女性の労働市場参加を積極的に支援する。完全雇用を政策目標とし、積極的労働市場政策を展開する。

権力資源論

エスピン=アンデルセンの三類型は、なぜ国によって異なる福祉レジームが形成されたのかという因果的な問いにも接続する。この問いに対する有力な説明が権力資源論(Power Resources Theory)である。

権力資源論は、ワルター・コルピ(Walter Korpi)を中心とする北欧の政治学者・社会学者が1970年代から1980年代にかけて発展させた理論であり、福祉国家の発展を階級間の権力分布によって説明する。その中核的な主張は、労働者階級の政治的組織化(労働組合と社会民主主義政党の強さ)が福祉国家の規模と寛大さを決定するというものである。

権力資源論の論理は以下の通りである。

  1. 資本主義社会では、経済的資源(生産手段の所有)は資本家に偏在している
  2. 労働者は個々には弱い立場にあるが、集合的に組織化(労働組合結成、政党支持)することで政治的権力資源を蓄積しうる
  3. 労働組合組織率が高く、社会民主主義政党が長期にわたって政権を担う国では、より寛大な福祉国家が形成される
  4. 北欧諸国の手厚い福祉国家は、強力な労働運動と社会民主主義政党の長期政権の帰結である

実際、北欧諸国ではスウェーデン社会民主労働党が1932年から1976年まで44年間連続で政権を維持し、その間にスウェーデン・モデルと呼ばれる包括的な福祉国家が構築された。一方、アメリカでは組織労働運動の歴史的弱さ(アメリカ例外主義)が、自由主義的福祉レジームの形成と対応している。

ただし、権力資源論に対しては、使用者側の選好や行動を軽視しているという批判がある。ピーター・スウェンソン(Peter Swenson)やイザベラ・マレス(Isabela Mares)は、福祉国家の形成において使用者が単なる反対者ではなく、自らの利益に基づいて特定の社会政策を支持する場合があることを示した。


不平等の政治学

Meltzer-Richardモデル

Section 1で学んだ中位投票者定理は、不平等と再分配の関係を分析する枠組みにも応用される。その代表がアラン・メルツァー(Allan H. Meltzer)とスコット・リチャード(Scott F. Richard)によるMeltzer-Richardモデル(1981)である。

Key Concept: Meltzer-Richardモデル 中位投票者定理を再分配政策に応用したモデル。所得分布において中位投票者の所得が平均所得を下回るほど(すなわち不平等が大きいほど)、中位投票者は高い税率と大きな再分配を選好するため、民主主義のもとでは不平等が大きい社会ほど再分配が増大すると予測する。

このモデルの論理は以下の通りである。

  1. 所得に対する比例税率で徴収された税収を、全市民に均等に再分配する政策を想定する
  2. 所得分布は典型的に右に歪んでおり(少数の高所得者が平均を引き上げる)、中位所得は平均所得を下回る
  3. 中位所得以下の有権者は、税率引き上げによる再分配から純便益を得る
  4. 中位投票者定理により、多数決の結果は中位投票者の選好する税率に収束する
  5. したがって、中位所得と平均所得の乖離(すなわち不平等の度合い)が大きいほど、中位投票者はより高い税率(より大きな再分配)を選好する

Robinの逆説

しかし、Meltzer-Richardモデルの予測は実証的に支持されていない。むしろ、先進民主主義国の比較研究は、不平等の小さい国(主に北欧諸国)のほうがより大きな再分配を行い、不平等の大きい国(アメリカなど)のほうが再分配が限定的であるという、理論的予測と逆の関係を示している。

この現象は、経済史家ピーター・リンデルト(Peter Lindert, 2004)によってロビンフッドの逆説(Robin Hood Paradox)と名づけられた。すなわち、再分配を最も必要とする不平等な社会で再分配が少なく、再分配をそれほど必要としない平等な社会でかえって再分配が大きいという逆説である。

2025年に発表されたマフテイ(Itay Machtei)、フーバー(Evelyne Huber)、スティーヴンズ(John D. Stephens)の実証研究は、この問題についてより決定的な知見を提示した。彼らの分析では、平均所得対中位所得比(不平等の代理指標)は再分配に対して一貫して負の影響を持ち、Meltzer-Richardモデルの予測を直接的に反証している。

なぜ不平等な社会で再分配は限定的なのか

ロビンフッドの逆説を説明する試みは複数存在する。

選挙制度と政党システムの効果: トルベン・イヴァーセン(Torben Iversen)とデイヴィッド・ソスキスは、選挙制度が再分配の規模を媒介すると論じた。比例代表制は多党制と左派政党の連立参加を促進し、再分配志向の政策を生み出しやすい。一方、小選挙区制は二大政党制をもたらし、中道志向の政策競争が支配的となる。北欧諸国の比例代表制と手厚い再分配、アングロサクソン諸国の小選挙区制と限定的な再分配という対応関係は、この説明を支持する。

権力資源の格差: 上述の権力資源論の観点からは、再分配の規模は不平等それ自体ではなく、労働者階級の政治的組織化の度合いによって決まる。労働組合組織率が高く左派政党が強い国では再分配が大きく、そうでない国では再分配が限定的であるという関係は、オルソンの集合行為論(→ Module 3-2, Section 1「公共選択論とゲーム理論」参照)とも整合的である。不平等が大きい社会では、富裕層がロビー活動やメディアへの影響力を通じて再分配政策を阻止する能力が高く、低所得層は集合行為問題に直面して効果的な政治的動員が困難になる。

選好の形成: 合理的選択論が想定するような、所得に基づく再分配選好の自動的な決定は、現実にはより複雑なメカニズムに媒介されている。アルベルト・アレシーナ(Alberto Alesina)らの研究は、アメリカとヨーロッパで再分配への態度が大きく異なる背景として、社会的流動性に関する信念(アメリカン・ドリーム)、人種的分断、再分配の受益者に対するステレオタイプなどの要因を指摘している。不平等を努力の結果と見なす信念が強い社会では、客観的に再分配から便益を受ける層であっても再分配を支持しない傾向がある。

ピケティの不平等論

Key Concept: r > g(資本収益率 > 経済成長率) トマ・ピケティ(Thomas Piketty)が『21世紀の資本(Le Capital au XXIe siècle, 2013)』で提示した不平等の構造的要因に関するテーゼ。資本収益率(r)が経済成長率(g)を恒常的に上回るとき、資本所有者の所得と富は経済全体の成長を上回るペースで増加し、富の集中が不可避的に進行する。

ピケティの議論は、先行する政治経済学の枠組みとは異なるアプローチで不平等を分析する。公共選択論が合理的個人の行動から再分配の水準を導出し、権力資源論が階級間の政治的力関係から福祉国家の規模を説明するのに対し、ピケティは資本主義経済に内在する構造的傾向として不平等の拡大を論じた。

ピケティの主要な論点は以下の通りである。

歴史的実証: ピケティは20カ国以上の200年以上にわたる所得・資産データを収集・分析し、r > gが長期的な歴史的常態であることを示そうとした。20世紀中盤(1914-1980年頃)に不平等が縮小したのは、2度の世界大戦、大恐慌、高率の累進課税といった例外的な出来事の結果であり、これらの「ショック」がなければ不平等は拡大し続けていたと論じた。

メカニズム: r > gの条件下では、相続財産が経済全体の成長より速く増大する。これにより、勤労所得(労働)よりも資産所得(資本)が重要性を増し、相続による富の世代間移転が社会的不平等の主要な駆動力となる。ピケティはこれを「世襲的資本主義(patrimonial capitalism)」への回帰と呼んだ。

政策提言: ピケティは、グローバルな累進資本税(global progressive tax on capital)を提案した。これは国際的な資本逃避を防ぎつつ、富の過度な集中を是正する手段として構想されたが、ピケティ自身もその政治的実現可能性が低いことを認めている。

実証的評価: ピケティの議論に対しては、多角的な批判がなされている。IMFの研究(2016)は、調査対象国の75%以上で不平等がr-gショックに対して理論の予測とは逆に反応した(r-g拡大が不平等を縮小させた)と報告した。一方、スタンフォード大学のチャド・ジョーンズ(Chad Jones)は、r > gは富の集中の十分条件でも必要条件でもなく、貯蓄行動や人口動態など他の要因が介在することを理論的に示した。ただし、2025年のタンドフォンライン誌掲載の研究は、16カ国の1870-2020年の長期データを用いて、r-g格差の1パーセンテージポイントの増大がトップ1%の富のシェアを平均3.7%増加させるという支持的な結果も報告している。

不平等の政治的帰結

不平等の拡大は、民主主義の質とポピュリズムの台頭に重要な影響を及ぼす。

政治的亀裂の変容: ピケティは、戦後の先進民主主義国における政治的亀裂(political cleavage)の構造が根本的に変容したと論じた。20世紀中盤には、左派政党は低所得・低学歴層を代表し、右派政党は高所得・高学歴層を代表するという比較的単純な階級対立が存在した。しかし1970年代以降、高学歴層が徐々に左派政党を支持するようになり、「バラモン左翼(Brahmin Left)」と「商人右翼(Merchant Right)」という二重のエリート支配構造が形成された。この結果、高所得だが低学歴の層や、低所得だが文化的には保守的な層が主要政党から十分に代表されなくなり、ポピュリズム政党の支持基盤を形成するようになった。

民主主義の質への影響: 経済的不平等の拡大は、政治参加の格差(低所得層の投票率低下)、政治献金による政策への不均等な影響力、そして「金権政治(plutocracy)」的傾向を強める。マーティン・ギレンス(Martin Gilens)の研究は、アメリカの政策決定が富裕層の選好に対してはるかに強く反応する一方、中低所得層の選好にはほとんど反応しないことを実証的に示した。この知見は、形式的な民主主義のもとで実質的な政治的平等が損なわれうるという問題を提起する。

ポピュリズムとの接続: 不平等の拡大と既存政党のエリート化は、ポピュリズム運動の台頭を促進する。市民が不平等を「自分たちの利益に反して代表者が下した政治的決定の結果」と認識するとき、既成政治に対する不信が高まり、反エリート・反既成政党を掲げるポピュリスト政治家への支持が拡大する(→ Module 3-5「ポピュリズムとデモクラシーの危機」参照)。

graph TD
    A["不平等の拡大"] --> B["政治参加の格差"]
    A --> C["政治的亀裂の変容"]
    A --> D["再分配政策への影響"]

    B --> B1["低所得層の投票率低下"]
    B --> B2["富裕層の政治献金・ロビー活動"]

    C --> C1["バラモン左翼と商人右翼の形成"]
    C1 --> C2["代表されない層の出現"]
    C2 --> E["ポピュリズムの台頭"]

    D --> D1["Meltzer-Richard: 不平等が大きいほど再分配増大を予測"]
    D --> D2["Robinの逆説: 実際は不平等な社会ほど再分配が少ない"]
    D2 --> D3["選挙制度・権力資源・選好形成が媒介"]

    B1 --> F["民主主義の質の低下"]
    B2 --> F
    E --> F

まとめ

  • VoCアプローチは、企業の調整問題の解決様式に基づいてLME(自由な市場経済)とCME(調整された市場経済)を区別し、制度補完性と比較制度優位の概念で資本主義の多様性を説明する
  • LMEは急進的イノベーション、CMEは漸進的イノベーションに比較優位を持つとされるが、二類型論はアジア型資本主義や混合経済を十分に捉えきれないという限界がある
  • エスピン=アンデルセンの福祉レジーム論は、脱商品化と階層化の概念を用いて自由主義・保守主義・社会民主主義の3類型を識別し、福祉国家の質的差異を体系的に分析する枠組みを提供した
  • 権力資源論は、福祉国家の規模と寛大さを労働者階級の政治的組織化(労働組合と左派政党の強さ)によって説明する
  • Meltzer-Richardモデルは不平等の拡大が再分配の増大をもたらすと予測するが、実証的にはロビンフッドの逆説(不平等な社会ほど再分配が少ない)が観察される
  • ロビンフッドの逆説の説明として、選挙制度の効果、権力資源の格差、再分配に対する選好の社会的形成などが提示されている
  • ピケティのr > gテーゼは資本主義に内在する不平等拡大の構造的傾向を論じたが、実証的評価は分かれている
  • 不平等の拡大は、政治的亀裂の変容、民主主義の質の低下、ポピュリズムの台頭といった政治的帰結をもたらしうる

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
資本主義の多様性 Varieties of Capitalism (VoC) 企業の調整問題の解決様式に基づいて先進資本主義経済を類型化する分析枠組み
自由な市場経済 Liberal Market Economy (LME) 市場メカニズムと企業階層制を通じて調整を行う経済体制
調整された市場経済 Coordinated Market Economy (CME) 業界団体・労使協議・長期的取引関係等の非市場的メカニズムを通じて調整を行う経済体制
制度補完性 Institutional Complementarity ある制度領域の特性が別の制度領域における制度の効率性を高める関係
比較制度優位 Comparative Institutional Advantage 制度的構成の違いに基づいて特定の経済活動に比較優位が生じること
福祉レジーム Welfare Regime 国家・市場・家族の間でのリスク配分と福祉供給の制度的パターン
脱商品化 Decommodification 個人が市場参加に依存せず社会的に許容される生活水準を維持しうる程度
権力資源論 Power Resources Theory 福祉国家の発展を階級間の権力分布、特に労働者階級の政治的組織化によって説明する理論
Meltzer-Richardモデル Meltzer-Richard Model 不平等が大きいほど中位投票者が再分配を選好し、再分配が増大すると予測するモデル
ロビンフッドの逆説 Robin Hood Paradox 不平等が大きい民主主義国で再分配が少なく、不平等が小さい国で再分配が大きいという逆説的現象

確認問題

Q1: VoCアプローチにおける制度補完性の概念を、ドイツの例を用いて具体的に説明せよ。

A1: 制度補完性とは、ある制度領域の特性が別の制度領域の制度の効率性を高める関係を指す。ドイツ(CME)では、以下のような制度補完性が作動する。第一に、手厚い雇用保護は労働者の長期雇用を保障し、企業と労働者の双方にとって企業特殊的技能への投資を合理的にする。第二に、銀行中心の忍耐強い資本は、四半期ごとの業績圧力から企業を解放し、長期的な技能投資や研究開発への取り組みを可能にする。第三に、産業レベルの賃金交渉は、個々の企業から賃金競争の圧力を取り除き、品質向上や技術改良に集中する余地を生む。これらの制度が相互に補強し合うことで、漸進的イノベーションに適した一貫した制度的パッケージが形成される。

Q2: エスピン=アンデルセンの福祉レジーム論における3つの類型の主な特徴を比較し、それぞれの類型がどのような社会的帰結をもたらすかを論じよ。

A2: 自由主義レジーム(アメリカ等)は、ミーンズテスト付きの残余的給付を中心とし、脱商品化が低い。市場的解決を優先するため、福祉受給者へのスティグマが生じ、市場依存層と福祉依存層の社会的分断をもたらす。保守主義レジーム(ドイツ等)は、職業・地位に連動した社会保険が中核であり、脱商品化は中程度である。既存の社会的地位の差異を再生産し、男性稼得者モデルを前提とするため、ジェンダー間の不平等を温存しやすい。社会民主主義レジーム(スウェーデン等)は、市民権に基づく普遍主義的給付により高い脱商品化を実現する。階級横断的な連帯を促進し、ケアの社会化を通じてジェンダー平等を推進する。ただし、高水準の福祉を維持するには高い税負担と完全雇用の維持が必要であり、これが政治的持続可能性の課題となる。

Q3: Meltzer-Richardモデルの予測と実証的現実の乖離(ロビンフッドの逆説)について、少なくとも2つの説明を挙げて論じよ。

A3: Meltzer-Richardモデルは、不平等が大きいほど中位投票者が再分配を選好するため再分配が増大すると予測する。しかし現実には、不平等が大きい国ほど再分配が少ないというロビンフッドの逆説が観察される。第一の説明は選挙制度の効果である。イヴァーセンとソスキスは、比例代表制が左派政党の連立参加を促進し再分配を増大させる一方、小選挙区制は中道志向の政策競争を生み出し再分配を抑制すると論じた。北欧の比例代表制と手厚い再分配、アメリカの小選挙区制と限定的な再分配はこの説明と整合的である。第二の説明は権力資源の格差である。不平等が大きい社会では、富裕層がロビー活動やメディア支配を通じて再分配を阻止する能力を持ち、低所得層は集合行為問題に直面して効果的な政治動員が困難になる。第三の説明は選好の形成であり、社会的流動性に関する信念(アメリカン・ドリーム)や人種的分断が、客観的利益に反する反再分配的態度を生み出すことが指摘されている。

Q4: VoCアプローチの二類型論(LME/CME)にはどのような限界があるか。具体例を挙げて論じよ。

A4: VoCの二類型論には主に3つの限界がある。第一に、アジア型資本主義の位置づけの問題がある。韓国や台湾では国家が産業政策を主導する発展主義国家の特徴が顕著であり、LMEの市場自由主義ともCMEの自発的協調とも質的に異なる。中国の国家資本主義はさらにこの枠組みから外れる。第二に、南欧諸国(フランス、イタリア等)は国家が調整の主要な担い手となる「混合市場経済」であり、LME/CMEの二分法に収まらない。第三に、制度変化の説明力が弱い。VoCは制度補完性を通じて安定性を説明するが、グローバル化や金融化による制度変化(例えば、ドイツにおける2000年代のハルツ改革による労働市場の部分的自由化)をどう説明するかが課題となる。セーレンは漸進的制度変化(レイヤリング、転換、漂流、置換)の類型化を通じてこの限界に応答した。

Q5: ピケティのr > gテーゼの論理を説明し、この議論に対する支持と批判の双方を踏まえて評価せよ。

A5: ピケティのr > gテーゼの論理は次の通りである。資本収益率(r)が経済成長率(g)を恒常的に上回る場合、資本所有者の富は経済全体より速く増大する。これにより、勤労所得に対する資産所得の比率が上昇し、相続による富の世代間移転が不平等の主要な駆動力となる。ピケティは、20世紀中盤の不平等縮小は世界大戦と高率の累進課税という例外的ショックの結果であり、これらがなければr > gが常態であったと論じた。支持的な実証として、16カ国の1870-2020年の長期データ分析では、r-g格差の拡大がトップ1%の富のシェアを有意に増加させるという結果が報告されている。一方、批判も多い。IMFの研究は調査対象国の75%以上でr-gと不平等の関係がピケティの予測と逆であったと報告し、チャド・ジョーンズはr > gが富の集中の十分条件でも必要条件でもなく、貯蓄行動や人口動態が介在することを理論的に示した。総合すると、r > gは不平等拡大の一つの構造的要因を示唆するものの、それだけで不平等の動態を説明するには不十分であり、政治制度、税制、社会政策などの要因と併せて分析する必要がある。