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Module 3-3 - Section 2: 中東・アフリカ・ラテンアメリカの政治とインド太平洋の地政学

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-3: 地域研究的視点
前提セクション Section 1(東アジアの政治)
想定学習時間 3.5時間

導入

Section 1では東アジアの政治体制を比較政治学の枠組みで検討した。本セクションでは視野を中東・アフリカ・ラテンアメリカおよびインド太平洋地域へと拡大し、各地域に固有の政治的動態を分析する。中東では石油収入に支えられた権威主義体制の持続とアラブの春以降の政治変動を、アフリカでは植民地遺制と国家建設の課題を、ラテンアメリカでは民主化と左派旋回の振り子運動を取り上げる。最後に、インド太平洋地域の地政学的構造と主要な安全保障枠組みを概観し、現代国際政治の地域的多様性を理解する基盤を提供する。


中東の政治

レンティア国家と権威主義の持続

中東湾岸諸国における権威主義体制の安定性を説明する有力な枠組みが、レンティア国家論(Rentier State Theory)である。Hazem Beblawi と Giacomo Luciani(1987)が体系化したこの理論は、国家の収入が国内の生産活動への課税ではなく、石油・天然ガスなどの天然資源から得られる「レント」(外部からの不労所得的収入)に依存する国家の政治的特性を分析する。

Key Concept: レンティア国家(Rentier State) 国家収入の大部分を石油・天然ガス等の天然資源からの外部レントに依存する国家。国内課税の必要性が低いため、市民の政治参加要求を抑制し、権威主義体制の維持を可能にするメカニズムが作用する。

レンティア国家における権威主義の持続は、以下の3つのメカニズムで説明される。

  1. レンティア効果(Rentier Effect): 低税率あるいは無税が市民の政治的黙認を「購入」する。「代表なくして課税なし」の裏返しとして、「課税なくして代表なし」が成立する。
  2. 抑圧効果(Repression Effect): 潤沢な資源収入が治安機関・軍事力への投資を可能にし、体制への脅威を物理的に抑制する。
  3. 近代化効果の欠如(Modernization Effect): 資源収入による経済的豊かさが、教育水準の向上や中間層の拡大といった民主化を促す社会構造の変革を伴わずに達成される。

ただし、レンティア国家のすべてが安定しているわけではない。サウジアラビア、UAE、カタール、クウェートなどの湾岸君主制国家は高度の安定性を維持してきた一方、アルジェリア、リビア、イラン、イラクなどでは激しい政治変動を経験している。この差異は、王朝的正統性、部族的紐帯、国家と社会の関係の歴史的蓄積など、レント以外の要因にも依存する。

宗派政治の構造

中東の政治を理解するうえで、宗派的分断(Sectarian Divide)も重要な分析軸である。イスラーム教のスンナ派とシーア派の対立は、イラク、シリア、レバノン、バーレーン、イエメンにおいて政治的動員と権力配分の基本構造を形成している。ただし、宗派対立が「本質的」なものか「道具的」なものかについては学術的議論がある。Vali Nasr(2006)は宗派的アイデンティティが政治的動員の中核であると主張したが、他の研究者は、エリートによる政治的動員の手段として宗派が利用される側面を強調する。

アラブの春(2010-11年)

2010年12月、チュニジアの青年 Mohamed Bouazizi の焼身自殺をきっかけに、チュニジアで反政府抗議運動が発生した。この運動はジャスミン革命と呼ばれ、2011年1月14日にベン・アリー(Zine El Abidine Ben Ali)大統領の国外逃亡と体制崩壊をもたらした。

Key Concept: アラブの春(Arab Spring) 2010年末から2011年にかけてアラブ諸国に波及した一連の反政府抗議運動・革命の総称。経済的困窮、高い若年失業率、権威主義体制への不満が背景にあり、チュニジアから始まりエジプト、リビア、シリア、イエメン、バーレーンなどに拡大した。

チュニジアの影響は急速にアラブ世界に波及した。2011年1月25日、エジプト・カイロのタハリール広場で大規模な反政府デモが発生し、2月11日にムバーラク(Hosni Mubarak)大統領が退陣した。リビアでは反体制運動がNATOの軍事介入を伴う内戦へと発展し、カダフィ(Muammar al-Qaddafi)政権が崩壊した。シリアでは2011年3月から反体制デモが始まり、アサド(Bashar al-Assad)政権の武力弾圧により長期内戦に突入した。

アラブの春の構造的背景は以下のように整理できる。

要因 内容
経済的要因 高い若年失業率(一部で50%超)、食料価格の高騰、経済的格差の拡大
政治的要因 長期独裁政権への不満、参政権の制限、汚職の蔓延
人口学的要因 ユースバルジ(Youth Bulge):若年人口比率の高さ
技術的要因 SNS(特にFacebook、Twitter)による動員力の拡大

アラブの春後の政治的多様性

アラブの春は各国で大きく異なる帰結をもたらした。

graph TD
    A["アラブの春 2010-11"] --> B["チュニジア"]
    A --> C["エジプト"]
    A --> D["リビア"]
    A --> E["シリア"]
    A --> F["バーレーン"]
    A --> G["イエメン"]
    B --> B1["民主的移行の成功"]
    B1 --> B2["2021年: サイード大統領による権威主義化"]
    C --> C1["ムルシー政権 選挙による政権交代"]
    C1 --> C2["2013年: 軍事クーデター"]
    C2 --> C3["シーシー軍事政権の確立"]
    D --> D1["カダフィ政権崩壊"]
    D1 --> D2["国家分裂と内戦の継続"]
    E --> E1["長期内戦への突入"]
    E1 --> E2["外国勢力の介入とISILの台頭"]
    E2 --> E3["2024年: アサド政権崩壊"]
    F --> F1["サウジ主導の軍事介入"]
    F1 --> F2["抗議運動の鎮圧"]
    G --> G1["サーレハ大統領退陣"]
    G1 --> G2["内戦と人道危機"]

チュニジア: アラブの春の唯一の「成功例」と称された。2014年に民主的な新憲法を制定し、平和的な政権交代を実現した。しかし、経済低迷、高い失業率、汚職への不満が蓄積し、2021年7月にカイス・サイード(Kais Saied)大統領が議会機能の停止を宣言した。2022年には大統領権限を大幅に強化する新憲法が国民投票で承認され、チュニジアの民主化は実質的に後退した。

エジプト: 2012年の選挙でムスリム同胞団のムルシー(Mohamed Morsi)が大統領に当選したが、2013年7月に軍によるクーデターが発生し、アブドゥルファッターフ・シーシー(Abdel Fattah el-Sisi)が権力を掌握した。以後、エジプトはムバーラク時代以上に抑圧的な軍事権威主義体制に回帰している。

シリア: アサド政権の武力弾圧、自由シリア軍をはじめとする反体制派、ISIL(イスラーム国)の台頭、ロシア・イランの政権側介入、米国主導の有志連合によるISIL掃討など、複数のアクターが介入する複合的内戦となった。2024年末にアサド政権が崩壊し、新たな政治的移行期に入っている。

この帰結の多様性は、各国の軍と政治の関係、市民社会の厚み、宗派・民族構成、外部介入の程度など、国内構造的要因の差異によって説明される。

中東例外論をめぐる議論

中東における民主化の困難は、「中東例外論(Middle Eastern Exceptionalism)」という議論を生んできた。これは、中東がグローバルな民主化の潮流から「例外的に」取り残されている状態を、文化的・宗教的要因(イスラームと民主主義の非両立性)で説明しようとする立場である。

しかし、この議論には強い批判がある。第一に、イスラーム圏全体を見れば、インドネシア、マレーシア、トルコ(少なくとも2010年代前半まで)など民主主義を機能させている国は複数存在する。第二に、レンティア国家論、地政学的要因(米国による親米権威主義体制への支持)、植民地遺制など、文化以外の構造的要因で十分に説明可能である。Mojtaba Mahdavi(2022)はこの例外論を「神話」と呼び、宗教・文明・伝統を最も重要な説明要因とする見方を批判している。


アフリカの政治

植民地遺制と国家建設の課題

アフリカの政治を理解するためには、ヨーロッパ列強による植民地支配の遺産を考慮することが不可欠である。1884-85年のベルリン会議で決定されたアフリカの国境線は、民族・言語・文化の分布を無視して引かれたものであり、一つの民族が複数の国家に分断されたり、敵対関係にある複数の民族が一つの国家にまとめられたりする状況を生んだ。

独立後のアフリカ諸国は、この「人工的国境」のもとで国民国家の建設という困難な課題に直面した。多くの国で、国民的アイデンティティよりも民族的・地域的アイデンティティが優先され、選挙が民族間の権力闘争の手段となる傾向が生じた。Crawford Young(1994)はこれを「植民地国家の遺制」と概念化し、ポスト植民地国家がこの制度的遺産をいかに変容・継承したかを分析した。

民主化の進展と後退

冷戦終結後の1990年代初頭、アフリカでは「第三の波」の民主化が波及し、多くの国が一党制や軍事独裁から複数政党制へと移行した。1989年から1994年の間に、大半のアフリカ諸国が複数政党制を導入し選挙を実施した。しかし、その多くは形式的な民主化にとどまった。

Key Concept: 選挙権威主義(Electoral Authoritarianism) 定期的に複数政党制選挙を実施しながらも、野党の活動制限、メディア統制、選挙不正などにより、実質的には権威主義的支配を維持する体制。アフリカ諸国の多くがこのカテゴリーに分類される。

Andreas Schedler(2006)が概念化した選挙権威主義は、アフリカの政治的現実を的確に捉える枠組みである。選挙は実施されるが、公正な競争の条件が満たされず、政権交代が事実上不可能な体制が広く見られる。野党への弾圧、選挙管理委員会の中立性の欠如、メディアの政権寄り報道、憲法改正による任期制限の撤廃などが典型的な手法である。

アフリカの政治的多様性

一方で、アフリカの政治は一様ではなく、以下のような多様性が存在する。

類型 特徴 代表例
安定した民主主義 定期的な政権交代、市民的自由の保障 ボツワナ、モーリシャス、ガーナ
脆弱な民主主義 民主的制度は存在するが不安定 ケニア、ナイジェリア、セネガル
選挙権威主義 選挙は実施するが実質的競争が欠如 ルワンダ、エチオピア、カメルーン
軍事・個人支配 軍や個人の強権支配 エリトリア、2021年以降のミャンマー(アフリカ外の参照例)
脆弱国家/破綻国家 国家統治能力自体が欠如 ソマリア、南スーダン

ボツワナは独立以来一貫して民主的体制を維持してきたアフリカの模範例であり、ガーナも2000年代以降、複数回の平和的政権交代を実現している。他方で、近年は民主化の「後退」も顕著であり、2020年代にはマリ、ブルキナファソ、ギニア、ニジェールなどサヘル地域で軍事クーデターが相次いだ。


ラテンアメリカの政治

民主化の波と制度的課題

ラテンアメリカは、1970年代末から1990年代にかけて大規模な民主化を経験した地域である。1977年には民主制とみなしうる国がわずか3か国にまで減少していたが、1978年のエクアドルを皮切りに、ペルー、アルゼンチン、ブラジル、チリなどで次々と軍事政権から民政への移行が実現した。

しかし、民主化の進展は制度的課題を解消しなかった。ラテンアメリカの民主主義は、以下の構造的問題を抱えている。

  • 極端な経済的不平等: ジニ係数で世界最高水準の不平等を示す国が多く、これが政治的不満と不安定の根源となっている。
  • 政党システムの脆弱性: 制度化された政党が弱く、ポピュリスト的な政治的アウトサイダーが台頭しやすい構造がある。
  • 大統領制の危機: 大統領と議会の対立(divided government)が政治的膠着を招き、制度外の解決(クーデター、大統領の辞任強要)を誘発する傾向がある。

左派旋回(Pink Tide)とその変動

1990年代の新自由主義的経済改革の帰結として生じた不平等の拡大は、2000年代に入りラテンアメリカ全域で左派政権の台頭を促した。この現象は左派旋回(Pink Tide)と呼ばれる。

Key Concept: 左派旋回(Pink Tide) 1990年代末から2000年代にかけて、ラテンアメリカで左派政権が相次いで成立した政治的潮流。ベネズエラのチャベス政権(1999年)に始まり、ブラジルのルラ政権(2003年)、ボリビアのモラレス政権(2006年)などが続いた。共産主義ほど急進的ではないことから「ピンク」と表現される。

左派旋回は一枚岩ではなく、以下の2つの類型に分けられる。

類型 特徴 代表例
社会民主主義型 市場経済を前提としつつ再分配を強化 ブラジル(ルラ)、チリ(バチェレ)、ウルグアイ(ムヒカ)
急進ポピュリズム型 国有化、反米主義、制度の再編 ベネズエラ(チャベス)、ボリビア(モラレス)、エクアドル(コレア)

左派旋回を可能にした経済的条件は、2000年代初頭の中国・インドの急速な経済成長による一次産品価格の上昇であった。しかし、2010年代半ばの資源価格の下落とともに左派政権の経済基盤は弱体化し、汚職スキャンダル(特にブラジルのラヴァ・ジャット作戦)と結びついて、右派への揺り戻しが生じた。

ブラジルの事例: ルラ(Luiz Inacio Lula da Silva)政権(2003-10年)は大規模な社会保障プログラム「ボルサ・ファミリア」などにより貧困を大幅に削減したが、後継のルセフ政権は経済危機と汚職問題で弾劾された。2018年には極右のボルソナロ(Jair Bolsonaro)が大統領に当選し、ブラジル政治の右傾化が鮮明となった。しかし2022年の大統領選では、ルラが僅差(50.9%対49.1%)でボルソナロに勝利し、左派政権が復活した。ブラジルは左右の振り子運動の典型例である。

不平等と政治的不安定の関係

ラテンアメリカでは、経済的不平等が政治的不安定を構造的に規定している。不平等は貧困層の政治的不満を蓄積させ、それがポピュリスト指導者の台頭を招き、ポピュリスト政権の制度軽視がさらなる不安定を引き起こすという悪循環が見られる。この構造は、民主制度の強化と包摂的な経済成長の両立がラテンアメリカにとっての核心的課題であることを示している。


インド太平洋の地政学

インド太平洋概念の成立と意義

「インド太平洋(Indo-Pacific)」は、太平洋とインド洋を一体の戦略空間として把握する地政学的概念である。この概念は2007年のインドの戦略家 Gurpreet Khurana の論文に端を発し、日本の安倍晋三首相が2016年のアフリカ開発会議(TICAD VI)で「自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo-Pacific: FOIP)」として外交戦略に位置づけたことで広く普及した。

Key Concept: インド太平洋(Indo-Pacific) 太平洋とインド洋を一体の戦略的空間として把握する地政学的概念。従来の「アジア太平洋」概念がインドを視野に含めなかったのに対し、インド太平洋概念はインドの台頭と中国の海洋進出を踏まえ、より広域の地政学的構造を捉える枠組みとして定着した。

Key Concept: 自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific: FOIP) 法の支配、航行の自由、自由貿易を基本原則とし、インド太平洋地域における開かれた国際秩序を維持・強化しようとする外交・安全保障構想。日本が提唱し、米国、オーストラリア、インドなどが共有する。中国の一帯一路構想に対するオルタナティブとしての側面も持つ。

米中対立の構造

インド太平洋の地政学を規定する最大の構造的要因は米中対立である。中国は、南シナ海での人工島建設と軍事拠点化、一帯一路構想による経済的影響力の拡大、軍事力の近代化を通じて、既存の国際秩序に対する「修正主義的」姿勢を強めている。これに対し、米国は同盟国・パートナー国との連携を強化し、自由で開かれたインド太平洋秩序の維持を図っている。

米中対立は単なる二国間対立ではなく、国際秩序の基本原則をめぐる構造的競争という性格を持つ。自由主義的国際秩序(ルールに基づく秩序)と、勢力圏に基づく地域秩序のいずれが優越するかという根本問題が賭けられている。

安全保障枠組み

インド太平洋地域には NATOのような集団防衛機構は存在しない。その代わりに、多層的・多角的な安全保障枠組みが重層的に構築されている。

graph LR
    US["米国"] --- QUAD["QUAD 日米豪印"]
    US --- AUKUS["AUKUS 米英豪"]
    US --- BL1["日米同盟"]
    US --- BL2["米韓同盟"]
    US --- BL3["米比同盟"]
    US --- BL4["米豪同盟"]
    QUAD --- JP["日本"]
    QUAD --- AU["オーストラリア"]
    QUAD --- IN["インド"]
    AUKUS --- UK["英国"]
    AUKUS --- AU
    ASEAN["ASEAN"] --- EAS["東アジアサミット"]
    ASEAN --- ARF["ASEAN地域フォーラム"]
    JP --- FOIP["FOIP構想"]
    FOIP --- QUAD

QUAD(日米豪印戦略対話): 2007年に安倍首相の提唱で始まり、2017年に再始動した。2021年以降、首脳会合を定例化し、ワクチン供給、気候変動、重要・新興技術、海洋安全保障などの分野で協力を深化させている。軍事同盟ではなく「価値観を共有する民主主義国の戦略的協調」と位置づけられる。

AUKUS: 2021年9月に発表されたオーストラリア・英国・米国の安全保障パートナーシップ。第一の柱はオーストラリアへの原子力潜水艦建造技術の供与であり、第二の柱はAI、量子コンピューティング、サイバー、極超音速兵器などの先端技術分野での協力である。インド太平洋地域の軍事バランスに大きな影響を与える枠組みとして注目される。

南シナ海・東シナ海問題

南シナ海: 中国は南シナ海のほぼ全域に及ぶ「九段線」に基づく歴史的権利を主張し、スプラトリー諸島(南沙諸島)やパラセル諸島(西沙諸島)の岩礁を人工島として埋め立て、軍事拠点化を進めてきた。これに対し、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイが一部海域の主権を主張している。2016年の常設仲裁裁判所は、国連海洋法条約に基づきフィリピンの主張の大部分を認め、九段線に基づく中国の歴史的権利には法的根拠がないとの判断を示した。しかし中国はこの裁定を「紙屑」と呼び、受け入れを拒否している。

東シナ海: 日本が実効支配する尖閣諸島(中国名:釣魚島)の領有権をめぐり、日中間で恒常的な緊張が存在する。中国公船による接続水域への侵入が日常化しており、2012年の日本政府による国有化以降、この傾向は一層顕著になっている。


まとめ

  • 中東の権威主義の持続は、レンティア国家構造、抑圧装置の強化、宗派的分断の政治利用によって説明される。アラブの春は一時的に権威主義を揺るがしたが、チュニジアの後退を含め、大半の国で民主的移行は挫折した。
  • アフリカの政治は植民地遺制に起因する国家建設の困難を抱えつつ、選挙権威主義の拡大という問題に直面している。ただし、ボツワナやガーナなど民主化の成功例も存在し、地域の多様性を一括りにすべきではない。
  • ラテンアメリカでは、経済的不平等がポピュリズムの温床となり、左派旋回と右派への揺り戻しの振り子運動が続いている。民主制度の定着と包摂的成長の両立が核心的課題である。
  • インド太平洋地域では、米中対立を軸として多層的な安全保障枠組みが形成されつつあり、QUAD、AUKUS、FOIPなどが地域秩序の構造を規定している。
  • これら地域の比較は、民主化・権威主義・地政学的競争のグローバルなパターンと地域固有の条件の相互作用を理解する上で不可欠である。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
レンティア国家 Rentier State 国家収入の大部分を天然資源からの外部レントに依存する国家
アラブの春 Arab Spring 2010-11年にアラブ諸国に波及した反政府抗議運動・革命の総称
宗派政治 Sectarian Politics イスラーム教の宗派的分断(スンナ派・シーア派等)に基づく政治的動員と権力配分
中東例外論 Middle Eastern Exceptionalism 中東がグローバルな民主化から例外的に取り残されているとする議論
選挙権威主義 Electoral Authoritarianism 選挙を実施しつつ実質的に権威主義的支配を維持する体制
左派旋回 Pink Tide 1990年代末から2000年代にラテンアメリカで左派政権が相次いで成立した潮流
インド太平洋 Indo-Pacific 太平洋とインド洋を一体の戦略空間として把握する地政学的概念
自由で開かれたインド太平洋 Free and Open Indo-Pacific (FOIP) 法の支配・航行の自由・自由貿易を基本原則とする外交・安全保障構想
QUAD Quadrilateral Security Dialogue 日米豪印4か国による戦略対話の枠組み
AUKUS AUKUS 米英豪3か国の安全保障パートナーシップ
九段線 Nine-Dash Line 中国が南シナ海の主権主張の根拠とする境界線

確認問題

Q1: レンティア国家において権威主義体制が持続するメカニズムを、レンティア効果・抑圧効果・近代化効果の欠如の3点から説明せよ。 A1: レンティア効果とは、石油収入により国家が市民への課税を必要としないため、「課税なくして代表なし」の状態が成立し、市民の政治参加要求が抑制されるメカニズムである。抑圧効果とは、豊富な資源収入を治安機関・軍事力に投資することで、反体制的な動きを物理的に抑え込む能力を維持するメカニズムである。近代化効果の欠如とは、資源収入による経済成長が、教育水準の向上や自律的中間層の拡大といった民主化を促す社会構造の変容を伴わないことを意味する。これら3つのメカニズムが相互に補強し合い、レンティア国家における権威主義の持続を可能にしている。

Q2: アラブの春がチュニジア、エジプト、シリアで異なる帰結をもたらした要因を比較して論ぜよ。 A2: チュニジアでは軍が中立的立場をとり政権側につかなかったこと、比較的均質な国民構成、市民社会の厚みが民主的移行を可能にした。エジプトでは軍が国家の中核的制度であり、ムルシー政権下の政治的混乱を口実に軍がクーデターで権力を奪還した。シリアでは多宗派・多民族構成、アサド政権の軍事力に対する信頼、ロシア・イランの外部支援が政権維持を可能にし、他方で反体制派の分裂と外部勢力の介入が内戦の長期化を招いた。すなわち、軍と政治の関係、社会の同質性、市民社会の発展度、外部介入の程度が、異なる帰結をもたらした主要因である。

Q3: アフリカにおける選挙権威主義の特徴と、それが民主化の阻害要因となるメカニズムを説明せよ。 A3: 選挙権威主義とは、定期的に複数政党制の選挙を実施しながらも、野党の活動制限、メディア統制、選挙管理委員会の中立性の欠如、選挙不正などにより、実質的に政権交代が不可能な体制である。この体制は形式的に民主的手続きを備えているため、国際社会からの正統性を獲得しやすく、外圧による民主化促進が困難になる。また、憲法改正による大統領任期制限の撤廃、国家資源の選挙利用(パトロネージ)、治安機関による野党弾圧などの手法により、構造的に政権の固定化が図られる。

Q4: ラテンアメリカにおける左派旋回(Pink Tide)の背景と、その後退の要因を経済的観点から分析せよ。 A4: 左派旋回の背景には、1990年代の新自由主義的改革による不平等の拡大と社会的排除の深刻化がある。これに対し、2000年代初頭の中国・インドの経済成長による一次産品価格の高騰が、左派政権に再分配政策の財源を提供した。しかし、2010年代半ばの資源価格下落により、左派政権の経済モデルは持続困難となった。資源収入の減少は社会保障プログラムの縮小を招き、国民の不満を蓄積させた。加えて、汚職スキャンダル(ブラジルのラヴァ・ジャット作戦等)が左派政権の正統性を毀損し、右派への揺り戻しを促した。すなわち、一次産品価格の変動に依存した再分配モデルの脆弱性が、左派旋回の隆盛と後退の双方を規定していた。

Q5: インド太平洋における多層的安全保障枠組み(QUAD、AUKUS等)の特徴を、NATOのような集団防衛機構と対比して論ぜよ。また、この枠組みにおける日本の位置づけを説明せよ。 A5: NATOは北大西洋条約第5条に基づく集団防衛義務(一国への攻撃を全加盟国への攻撃とみなす)を核心とする軍事同盟である。これに対し、インド太平洋の安全保障枠組みは、QUADやAUKUSのような機能別・目的別のミニラテラル(小多国間)協力を多層的に組み合わせた構造をとる。QUADは軍事同盟ではなく、海洋安全保障、重要技術、サプライチェーンなど幅広い分野での戦略的協調であり、AUKUSは原子力潜水艦技術と先端技術に特化した枠組みである。日本はFOIPの提唱国として概念形成の主導者であり、QUADの中核メンバーかつ米国の同盟国として、インド太平洋秩序の形成において中心的な役割を担っている。