コンテンツにスキップ

Module 3-4 - Section 2: 感染症の政治とAI・テクノロジーガバナンス

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-4: グローバルイシュー
前提セクション Section 1(気候変動と移民・難民の政治学)
想定学習時間 3時間

導入

21世紀のグローバル・ガバナンスは、従来の安全保障・経済・環境の領域に加え、感染症パンデミックとテクノロジーという二つの新たな政治的争点に直面している。2020年に始まったCOVID-19パンデミックは、国際保健協力体制の脆弱性を露呈させ、国家主権と国際連帯の緊張関係を改めて浮き彫りにした。一方、人工知能(AI)や半導体をめぐる技術覇権競争は、地政学の構図を根本的に変容させつつある。本セクションでは、感染症の政治とAI・テクノロジーガバナンスの二つの領域を横断的に検討し、グローバル・ガバナンスが直面する構造的課題を分析する。


感染症と政治

パンデミック・ガバナンスの枠組み

Key Concept: パンデミック・ガバナンス(Pandemic Governance) 感染症の世界的流行に対する予防・準備・対応を、国際機関・国家・非国家主体の協調によって実現する統治の枠組み。WHOと国際保健規則(IHR)を中核とする国際制度に依拠する。

感染症に対する国際的なガバナンスの中心に位置するのが、世界保健機関(World Health Organization: WHO)と国際保健規則(International Health Regulations: IHR)である。WHOは1948年に設立された国連専門機関であり、国際的な保健政策の調整、技術支援、疾病サーベイランスを主要任務とする。IHRは、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern: PHEIC)に対する加盟国の通報義務と対応能力の整備を定めた法的拘束力を有する国際法文書であり、2005年版が現行の基盤である。

しかし、この枠組みにはいくつかの構造的限界がある。第一に、WHOには加盟国に対する強制的な権限がなく、勧告に留まる点である。第二に、IHRは加盟国による疾病発生の適時報告を前提とするが、政治的理由から報告が遅延・隠蔽されるリスクが内在している。第三に、WHOの財政は加盟国の任意拠出金に大きく依存しており、主要拠出国の政治的意向に影響されやすい。

COVID-19パンデミックの教訓

各国対応の比較:権威主義体制と民主主義体制

COVID-19パンデミックにおける各国の対応は、政治体制の類型と政策効果の関係について活発な学術的議論を喚起した。

権威主義体制の国々(中国、ベトナム等)は、厳格な都市封鎖(ロックダウン)、大規模な接触追跡、移動制限を迅速に実施し、初期段階での感染拡大抑制において一定の成果を示した。中国の「ゼロコロナ」政策はその典型であり、強制力を伴う行動制限と大規模PCR検査の組み合わせにより、2022年末まで感染者数を低水準に抑えた。しかし、2022年12月の突然の政策転換は、出口戦略の欠如と政策の持続可能性に関する深刻な問題を露呈させた。

民主主義体制では、対応の多様性が顕著であった。ニュージーランド、オーストラリア、ドイツ、北欧諸国(スウェーデンを除く)は、充実した医療・社会福祉制度を基盤に比較的良好な成果を達成した。一方、米国やブラジルでは、政治的分極化がマスク着用やワクチン接種を巡る対立を生み、一貫した公衆衛生対策の実施を困難にした。韓国は民主主義体制でありながら、SARSやMERSの経験を踏まえた迅速な検査体制の構築と接触追跡により、強権的措置に頼らず効果的な対応を実現した。

学術研究の知見を総合すると、パンデミック対応の成否を決定するのは政治体制それ自体ではなく、制度的能力(institutional capacity)、社会的信頼、格差の程度、政策の透明性といった要因であることが示唆される。権威主義体制の報告する統計データの信頼性の問題を考慮すると、体制類型間の単純な優劣比較は慎重であるべきである。

ワクチン・ナショナリズムと国際協力の限界

Key Concept: ワクチン・ナショナリズム(Vaccine Nationalism) 自国民へのワクチン供給を最優先し、二国間の事前購入契約等を通じて国際的な公平分配を阻害する政策姿勢。Thomas J. BollykyとChad P. Bownにより、COVID-19の文脈で概念化された。

COVID-19ワクチン開発が進むなか、米国、英国、EU、カナダ、日本等の先進国は製薬企業との二国間事前購入契約(Advance Purchase Agreements: APAs)を大量に締結し、自国向け供給を確保した。この結果、2021年半ばまでにワクチン接種の約75%がわずか10か国に集中するという極端な不均衡が生じた。

これに対する多国間の対応として、WHO、Gavi(ワクチンと予防接種のための世界同盟)、CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)が主導するCOVAX(COVID-19 Vaccines Global Access)ファシリティが設立された。COVAXはワクチンの共同購入と途上国への公平な分配を目指したが、高所得国の参加を強制する仕組みを持たず、十分な供給を確保できなかった。2021年3月にはインドが国内需要を理由にワクチン輸出を停止し、COVAXへの供給が大幅に滞る事態も発生した。

さらに、中国やロシアはそれぞれシノバック・シノファームワクチン、スプートニクVワクチンを途上国に供給する「ワクチン外交」を展開し、地政学的影響力の拡大を図った。ワクチン供給が外交的手段として活用されたことは、グローバル・ヘルスが純粋な人道的領域に留まらず、国際政治の力学に深く埋め込まれていることを示した。

パンデミックと国家権力の拡大

パンデミック対応において多くの国が緊急事態権限を発動し、移動の自由、集会の自由、プライバシー権等の市民的自由に対する大幅な制約を課した。権威主義体制においては、中国のゼロコロナ政策下での大規模監視やハンガリーのオルバーン政権による議会承認なしの統治権獲得のように、既存の権威主義的傾向が強化される事例が見られた。民主主義体制においても、イスラエルの国内情報機関による携帯電話位置情報の追跡や、英国における集会制限の長期化など、「民主主義の後退」(democratic backsliding)を懸念させる動きが観測された。

パンデミックに伴う緊急事態権限の拡大は、危機終息後も元に戻らない「ラチェット効果」を持つことが政治学の知見から指摘されている。すなわち、一度拡大した国家権力は、危機が収束しても完全には縮小しない傾向がある。

グローバル・ヘルス・セキュリティと将来の課題

Key Concept: グローバル・ヘルス・セキュリティ(Global Health Security) 国境を越える感染症の脅威から人々を保護するための予防・検知・対応の国際的な体制。伝統的安全保障と公衆衛生を架橋する概念であり、パンデミック準備態勢と国際協力を核心とする。

COVID-19の教訓を踏まえ、2025年5月の第78回世界保健総会(World Health Assembly)において、124か国がWHOパンデミック協定(WHO Pandemic Agreement)を採択した。この協定は、3年にわたる交渉の末にまとめられたもので、WHO憲章第19条に基づく法的拘束力を持つ国際条約としては2番目のものである(1番目は2003年のたばこ規制枠組条約)。

パンデミック協定の主要な特徴は以下の通りである。第一に、診断薬、ワクチン、治療薬の適時かつ公平な分配を義務化した点。第二に、グローバル・サプライチェーン・ロジスティクス・ネットワークの構築を構想している点。第三に、低・中所得国への技術移転と生産能力強化を盛り込んだ点。これと並行して、2024年6月の第77回世界保健総会ではIHRの改正も採択されており、WHO事務局に対して公衆衛生上の緊急事態における保健製品へのアクセス促進を求める条項が追加された。

ただし、パンデミック協定の実効性には不確実性が残る。米国は2025年のトランプ政権下でWHOからの脱退を表明しており、最大の資金拠出国の不在は体制全体の持続可能性に深刻な影響を及ぼしうる。感染症のグローバル・ガバナンスは、国家主権と国際連帯のあいだの恒常的な緊張を内包し続けている。

graph TD
    subgraph 権威主義体制
        A1["迅速な強制的措置"] --> A2["初期の感染抑制"]
        A2 --> A3["データの透明性に疑義"]
        A2 --> A4["人権侵害リスク"]
        A1 --> A5["出口戦略の欠如"]
    end
    subgraph 民主主義体制
        B1["制度的能力と社会的信頼"] --> B2["良好な成果の民主主義国"]
        B3["政治的分極化"] --> B4["一貫性を欠く対応"]
        B5["過去の経験と準備"] --> B2
    end
    subgraph 共通の課題
        C1["ワクチン・ナショナリズム"]
        C2["緊急事態権限の拡大"]
        C3["国際協力の限界"]
    end
    A4 --> C2
    B4 --> C1
    A3 --> C3
    C1 --> C3

AI・テクノロジーガバナンス

AI規制の政治:三つのアプローチ

Key Concept: AI規制(AI Regulation) 人工知能システムの開発・導入・運用に関する法的・倫理的・技術的な規範の体系。リスクベースの分類、透明性・説明責任の確保、基本的権利の保護を中核的な要素とし、各国・地域の政治的価値観と規制哲学を反映する。

AI規制をめぐる政治は、EU、米国、中国の三大アクターの間で顕著な相違を示しており、それぞれの政治的価値観・制度的特性・戦略的優先事項を反映している。

EUのアプローチ:包括的・権利ベースの規制

EUは2024年8月に発効したAI規則(AI Act)により、世界初の包括的AI規制法を実現した。AI規則はリスクベースの分類体系を採用し、AIシステムを禁止(許容不可能なリスク)、高リスク、限定的リスク、最小リスクの4段階に区分する。禁止されるAIシステムには、認知的行動操作、社会的スコアリング、リアルタイム遠隔生体認証が含まれる。施行は段階的に進められ、2025年2月に禁止規定とAIリテラシー義務、2025年8月に汎用AIモデルへの義務、2026年8月にその他の規定が順次適用される。EUのアプローチは、基本的権利の保護を最優先する規制哲学に根ざしており、「ブリュッセル効果」(Brussels effect)を通じて域外にも規範的影響力を行使することが期待されている。

米国のアプローチ:分散的・セクター別の規制

米国は2025年時点で包括的な連邦AI法を持たず、既存の分野別規制(金融、医療、雇用等)を通じたアプローチを基本としている。ただし、州レベルでは活発な立法が進んでおり、2024年には少なくとも45州がAI関連法案を提出し、31の州・準州がAI関連法を制定している。カリフォルニア州のSB 1047(安全かつ安心なフロンティアAIモデル・イノベーション法、2024年)はその代表例である。米国のアプローチは、イノベーション促進と過剰規制の回避を重視する政治文化を反映しているが、体系性の欠如が課題となっている。

中国のアプローチ:国家主導・用途別の規制

中国はEU型の包括的AI法を持たないが、特定のAI応用に対する個別規制を積み重ねる方式を採用している。アルゴリズム推薦規制(2022年)、ディープフェイク規制(深層合成規定、2023年)、生成AI管理弁法(2023年)等がこれにあたる。中国のAI規制は、社会の安定維持、国家安全保障、経済発展という党の統治目標と密接に連動しており、トップダウン型のガバナンス構造を特徴とする。国家による監視技術の活用と個人の権利保護の間のバランスは、民主主義国とは根本的に異なる論理で規定されている。

テクノロジーの地政学

Key Concept: テクノロジーの地政学(Technology Geopolitics / Techno-geopolitics) 先端技術(半導体、AI、量子コンピューティング等)の開発・生産・流通をめぐる国家間の戦略的競争。技術覇権が経済的競争力・国家安全保障・国際秩序の形成に直結するという認識に基づく。

21世紀の地政学において、半導体サプライチェーンの支配は石油に匹敵する戦略的重要性を持つようになった。半導体はAI、5G通信、軍事システム、自動運転等のあらゆる先端技術の基盤であり、その生産は極めて高度に集中している。先端半導体の製造では、台湾のTSMCが約60%、韓国のサムスンが約20%の市場シェアを占め、両社で先端チップの約4分の3を生産している。

この集中構造が地政学的リスクの根源である。台湾海峡有事は半導体供給の壊滅的途絶をもたらしうるため、各主要国は「半導体主権」の確保に乗り出している。

米国は2022年のCHIPS・科学法(CHIPS and Science Act)により500億ドル以上の連邦支援を投入し、国内半導体製造基盤の再建を推進している。2025年8月にはインテルがアリゾナ州での先端プロセス製造に57億ドルの資金供与を受け、TSMCも66億ドルの直接補助金を確保した。この結果、2030年までに18プロジェクト・12州にわたり3,480億ドルの民間投資が約束されている。EUも2023年の欧州チップ法により約430億ユーロを動員し、域内半導体生産比率を2030年までに20%に倍増させる目標を掲げている。

中国は米国の輸出管理規制に対抗し、半導体の自給自足を国家戦略として推進している。しかし、先端製造装置(特にオランダASMLのEUV露光装置)へのアクセスが制限されるなか、技術的な壁は依然として高い。米中間の半導体をめぐる対立は、技術のデカップリング(decoupling)あるいはデリスキング(de-risking)という概念で語られるようになり、冷戦期の軍拡競争に比されることもある。

デジタルプラットフォームの規制

巨大テクノロジー企業(GAFAM等)の市場支配力と社会的影響力の増大は、プラットフォーム規制という新たな政治的課題を生み出した。

EUはデジタル市場法(Digital Markets Act: DMA、2023年5月適用開始)とデジタルサービス法(Digital Services Act: DSA、2024年全面適用)により、世界で最も包括的なプラットフォーム規制体制を構築した。DMAは「ゲートキーパー」に指定された大規模プラットフォーム企業に対し、自社サービスの優遇禁止、競合サービスとの相互運用性確保、第三者へのデータ共有を義務づける。違反には全世界売上高の最大10%(再犯は20%)の制裁金が課される。実際に2025年には、グーグルに検索バイアスで24億ユーロ、メタに強制的同意モデルで2億ユーロ、アップルにApp Store制限で5億ユーロの罰金が課されている。DSAは、コンテンツモデレーション、透明性報告、アルゴリズムの説明責任に関する義務を段階的に課し、月間アクティブユーザー4,500万人以上の超大規模プラットフォーム(VLOPs)に最も厳格な要件を適用する。

米国ではプラットフォーム規制に関する包括的な連邦法は成立しておらず、独占禁止法(反トラスト法)の執行を通じた事後的規制が主な手段となっている。EU型の予防的規制アプローチとの間には、規制哲学の根本的な相違がある。

AI倫理と民主的ガバナンス

AIの社会的影響が拡大するなか、アルゴリズムのバイアス、説明可能性、プライバシーをめぐる倫理的課題は政治的議題として重要性を増している。

アルゴリズムのバイアス問題とは、訓練データに含まれる歴史的偏見がAIシステムに再生産・増幅される現象を指す。採用、融資審査、犯罪予測、医療判断等の高リスク領域での差別的影響が実証的に報告されており、公平性(fairness)と非差別の確保が規制上の焦点となっている。

2024年、国連総会は「安全、安心かつ信頼できるAI」を推進する画期的な決議を採択し、生成AI開発における人権尊重とデジタルデバイドの縮小に向けた国際協力を呼びかけた。しかし、「AIの倫理」が何を意味するかは政治的・文化的文脈に依存する。個人の権利と自律性を重視する欧米の枠組みと、社会的調和と国家の発展を優先する中国の枠組みでは、同じ「AI倫理」という言葉が異なる内容を指示しうる。

Key Concept: デジタル主権(Digital Sovereignty) データ、デジタルインフラストラクチャ、テクノロジー標準に対する国家またはリージョンの自律的な統制権。EUの「戦略的自律」、中国の「サイバー主権」、インドの「デジタル・インディア」等、各国・地域がそれぞれの文脈で追求する概念。

サイバーセキュリティの政治

サイバー空間における国家間の競争と対立は、21世紀の安全保障の中核的課題となっている。国家によるサイバー攻撃(state-sponsored cyber operations)は、諜報活動、重要インフラへの攻撃、選挙干渉、知的財産の窃取など多様な形態をとる。

サイバー空間における国際法の適用可能性については、NATOの委託によりエストニアのNATO協同サイバー防衛センター(CCDCOE)が編纂したタリン・マニュアル(Tallinn Manual)が主要な参照点となっている。2013年の初版は最も深刻なサイバー作戦(武力行使・武力紛争に該当するもの)を扱い、2017年の2.0版はそれ以下の水準のサイバー活動にも分析を拡張した。95のブラックレター・ルールが主権、国家責任、武力紛争法、人道法、中立法について定式化されている。現在、2021年に開始されたタリン・マニュアル3.0プロジェクト(5年計画)が進行中であり、AI駆動型のサイバー攻撃、ハイブリッド紛争、再定義された主権概念といった新たな課題に対応することが目指されている。

しかし、タリン・マニュアルは法的拘束力を持たない学術的文書であり、その枠組みに対する異議も存在する。2024年2月にはアフリカ連合(AU)の55加盟国がタリン・マニュアルのサイバー主権に関する相対主義的アプローチを拒否しており、サイバー空間のガバナンスに関する国際的合意の形成は容易ではない。

サイバー攻撃の帰属認定(attribution)は技術的にも政治的にも極めて困難な課題である。攻撃の技術的痕跡から国家の関与を特定する過程には、人的情報・技術的情報の収集が不可欠であり、情報源の保護との間にトレードオフが存在する。帰属認定の基準の不明確さは、サイバー空間における抑止の信頼性を損なう要因となっている。

graph LR
    subgraph EU
        EU1["AI規則: リスクベースの包括法"]
        EU2["DMA/DSA: プラットフォーム規制"]
        EU3["欧州チップ法: 半導体主権"]
    end
    subgraph 米国
        US1["セクター別規制 + 州法"]
        US2["反トラスト法による事後規制"]
        US3["CHIPS法: 製造基盤再建"]
    end
    subgraph 中国
        CN1["用途別規制: 国家主導"]
        CN2["プラットフォーム統制: 党の管理"]
        CN3["半導体自給自足戦略"]
    end
    EU1 --- US1
    EU1 --- CN1
    US1 --- CN1
    EU2 --- US2
    EU3 --- US3
    US3 --- CN3
    EU1 -.->|"ブリュッセル効果"| US1
    EU1 -.->|"ブリュッセル効果"| CN1

まとめ

  • パンデミック・ガバナンスは、WHO・IHRを制度的基盤とするが、強制力の欠如と加盟国の主権との緊張関係が構造的な限界を形成している
  • COVID-19は、権威主義と民主主義の対応の違いを浮き彫りにしたが、対応の成否は体制類型そのものよりも制度的能力・社会的信頼・格差の程度に依存する
  • ワクチン・ナショナリズムとCOVAXの限界は、グローバル・ヘルスにおける公平性と国益追求の構造的対立を示した
  • 2025年のWHOパンデミック協定は、制度的進展であるが、米国の脱退表明等により実効性に不確実性が残る
  • AI規制はEU(包括的・権利ベース)、米国(分散的・イノベーション重視)、中国(国家主導・用途別)の三つの類型に分化しており、規制の国際的調和は容易ではない
  • 半導体をめぐる技術覇権競争は地政学の新たな焦点であり、各国は「半導体主権」の確保を国家戦略として推進している
  • デジタルプラットフォーム規制、AI倫理、サイバーセキュリティは、テクノロジーと民主主義・国家主権・国際秩序の交差点に位置する重要な政治的争点である

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
パンデミック・ガバナンス Pandemic Governance 感染症の世界的流行に対する予防・準備・対応の国際的統治枠組み
国際保健規則 International Health Regulations (IHR) PHEICに対する通報義務と対応能力を定めたWHOの法的拘束力を有する文書
ワクチン・ナショナリズム Vaccine Nationalism 自国民へのワクチン供給を最優先し国際的公平分配を阻害する政策姿勢
COVAX COVID-19 Vaccines Global Access ワクチンの共同購入と途上国への公平分配を目指す国際的枠組み
グローバル・ヘルス・セキュリティ Global Health Security 国境を越える感染症の脅威から人々を保護するための国際的体制
AI規則 EU AI Act EUが制定した世界初の包括的AI規制法。リスクベースの分類体系を採用
テクノロジーの地政学 Techno-geopolitics 先端技術をめぐる国家間の戦略的競争
CHIPS・科学法 CHIPS and Science Act 米国の半導体製造基盤再建を目的とする連邦法(2022年)
デジタル市場法 Digital Markets Act (DMA) EUのゲートキーパー企業規制法(2023年適用開始)
デジタルサービス法 Digital Services Act (DSA) EUのオンラインサービス透明性・説明責任規制法
デジタル主権 Digital Sovereignty データ・デジタルインフラ・技術標準に対する国家・リージョンの自律的統制権
タリン・マニュアル Tallinn Manual サイバー空間への国際法適用に関する学術的文書(法的拘束力なし)
ブリュッセル効果 Brussels Effect EU規制が域外の企業行動や各国立法に影響を与える現象
帰属認定 Attribution サイバー攻撃の実行主体を特定する過程

確認問題

Q1: WHOのパンデミック・ガバナンスにおける構造的限界を3点挙げ、それぞれ説明せよ。 A1: 第一に、WHOには加盟国に対する強制的権限がなく勧告に留まるため、各国の不遵守に対する実効的な制裁手段を持たない。第二に、IHRは加盟国による疾病発生の適時報告を前提とするが、政治的理由による報告の遅延・隠蔽が排除できない。第三に、WHOの財政は加盟国の任意拠出金に大きく依存しており、主要拠出国の政治的意向に左右されやすい。

Q2: COVID-19パンデミックにおける権威主義体制と民主主義体制の対応を比較し、パンデミック対応の成否を左右する要因について論じよ。 A2: 権威主義体制(中国等)は強制力を伴う迅速な措置により初期の感染抑制に成果を示したが、データの透明性、人権侵害、出口戦略の欠如が問題となった。民主主義体制は多様な対応を見せ、制度的能力と社会的信頼の高い国(ニュージーランド、韓国等)は効果的に対応したが、政治的分極化が顕著な国(米国、ブラジル等)では一貫した対策が困難であった。研究は、体制類型そのものよりも、制度的能力、社会的信頼、格差の程度、政策の透明性が対応の成否を決定する要因であることを示唆している。

Q3: EU AI規則、米国、中国のAI規制アプローチの相違を、政治的背景と関連づけて説明せよ。 A3: EUのAI規則はリスクベースの包括法であり、基本的権利の保護を最優先する民主的・権利ベースの規制哲学を反映する。米国は包括的連邦法を持たず、セクター別規制と州法の組み合わせで対応しており、イノベーション促進と過剰規制回避を重視する自由主義的政治文化を反映する。中国は用途別の個別規制を国家主導で策定しており、社会的安定と国家安全保障を優先する一党支配体制のトップダウン型ガバナンスを反映する。この三者の相違は、AI規制の国際的調和を困難にしている。

Q4: 半導体サプライチェーンの地政学的重要性と、主要国が「半導体主権」を追求する背景を論じよ。 A4: 半導体はAI、5G、軍事システム等のあらゆる先端技術の基盤であり、その製造はTSMC(約60%)とサムスン(約20%)に極端に集中している。台湾海峡有事は世界的な供給途絶を意味するため、地政学的リスクが極めて高い。これを背景に、米国はCHIPS法で500億ドル以上を投じ国内製造基盤を再建し、EUは欧州チップ法で430億ユーロを動員、中国は輸出管理規制に対抗して自給自足を推進している。半導体は経済的競争力と国家安全保障に直結するため、「技術のデカップリング」という米中対立の中核的争点となっている。

Q5: タリン・マニュアルの意義と限界を説明し、サイバー空間の国際的ガバナンスが直面する課題を論じよ。 A5: タリン・マニュアルは、サイバー空間への既存の国際法の適用可能性について体系的な分析を提供した重要な学術的成果であり、主権、国家責任、武力紛争法等に関する95のルールを定式化している。しかし、法的拘束力を持たない点が最大の限界であり、2024年にはAUがその主権概念へのアプローチを拒否するなど、国際的合意には至っていない。さらに、サイバー攻撃の帰属認定の技術的・政治的困難さ、AI駆動型攻撃やハイブリッド紛争への対応の遅れ、国家間の利害対立が、サイバー空間のガバナンス構築を阻む構造的課題である。