Module 1-1 - Section 6: マクロ経済学の基礎¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-1: 経済学基礎(ミクロ・マクロ) |
| 前提セクション | Section 1 |
| 想定学習時間 | 4時間 |
導入¶
Section 1〜5で扱ったミクロ経済学は、個別の市場・企業・消費者の行動を分析する。これに対しマクロ経済学(macroeconomics)は、一国経済全体を集計的(aggregate)に分析する学問領域である。国全体の生産量はどう測るか、物価水準はなぜ変動するか、失業はなぜ発生するか、政府や中央銀行はどのような政策手段を持つか——これらはいずれもマクロ経済学の中心的な問いである。
経営学を学ぶ者にとってマクロ経済学の理解が不可欠である理由は明確である。企業は景気循環・金利・為替レート・物価水準といったマクロ経済環境のなかで経営判断を行う。金融政策の転換が資金調達コストを変え、為替変動が輸出入企業の収益を左右し、財政政策が市場全体の需要を押し上げたり抑制したりする。マクロ経済の動向を読み解く力は、戦略立案・投資判断・リスク管理の基盤となる。
本セクションでは、GDP・物価指数・失業率といった基本的な経済指標から出発し、景気循環、IS-LMモデル、金融政策・財政政策、為替レートと国際収支、そして経済成長理論の概要までを体系的に扱う。
GDP(国内総生産)の概念と測定¶
GDPの定義¶
Key Concept: 国内総生産 / GDP(Gross Domestic Product) 一定期間(通常1年間)に、一国の国内で新たに生産された財・サービスの付加価値の合計額。一国の経済規模と経済活動の水準を測る最も基本的な指標である。
GDPの定義において重要なポイントは以下の3点である。
- 付加価値(value added): 生産額から中間投入を差し引いた値。中間財の二重計算を回避するために、最終財・サービスの価値のみを集計する
- 一定期間のフロー: GDPはフロー(flow)概念であり、ストック(stock)ではない。ある期間に「新たに」生産された分だけを計上する
- 国内(domestic): 国籍ではなく、国内で行われた経済活動を対象とする。海外に所在する日本企業の生産はGDPに含まれない(GNI: 国民総所得との違い)
三面等価の原則¶
GDPは、経済活動を3つの異なる側面から測定しても同一の値になる。これを三面等価の原則(three approaches to GDP)と呼ぶ。
| 側面 | 内容 | 構成要素 |
|---|---|---|
| 生産面 | 各産業が生み出した付加価値の合計 | 第一次産業 + 第二次産業 + 第三次産業 |
| 支出面 | 最終生産物への支出の合計 | C + I + G + (X − M) |
| 分配面 | 生産活動から生じた所得の合計 | 雇用者報酬 + 営業余剰 + 固定資本減耗 + 間接税 − 補助金 |
支出面の内訳は以下のとおりである。
- C(消費: Consumption): 家計による財・サービスへの支出
- I(投資: Investment): 企業の設備投資・住宅投資・在庫投資
- G(政府支出: Government Spending): 政府による財・サービスの購入
- X − M(純輸出: Net Exports): 輸出(X)から輸入(M)を差し引いた額
三面等価が成立する理由は、ある主体の支出は別の主体の所得であり、所得を生むためには生産が行われなければならないという、経済活動の循環構造に由来する。
名目GDPと実質GDP¶
Key Concept: GDPデフレーター(GDP Deflator) 名目GDPを実質GDPで割って算出される総合的な物価指数。経済全体の物価水準の変動を捉える。GDPデフレーター = 名目GDP ÷ 実質GDP × 100
- 名目GDP(nominal GDP): その年の市場価格で評価したGDP。物価変動の影響を含む
- 実質GDP(real GDP): 基準年の価格で評価したGDP。物価変動の影響を除去し、純粋な生産量の変化を反映する
経済成長率を議論する際には、実質GDPの変化率を用いるのが標準的である。名目GDPの増加が物価上昇のみによるものであれば、実質的な経済成長とは言えないためである。
日本の名目GDPは2023年時点で約591兆円であり、長期的には1990年代半ばから2010年代前半にかけて停滞が続いた。この「失われた30年」と呼ばれる期間は、デフレーション(持続的な物価下落)と低成長が同時進行した、マクロ経済学の重要な分析対象である。
物価指数とインフレーション¶
消費者物価指数(CPI)¶
Key Concept: 消費者物価指数 / CPI(Consumer Price Index) 一般消費者が購入する財・サービスの価格変動を総合的に測定する指数。基準時点の消費バスケット(代表的な財・サービスの組み合わせ)の費用変化を追跡する。
CPIはラスパイレス指数(基準時点の数量ウェイトを固定して算出する方式)で計算される。そのため、消費者が価格変動に応じて購入品目を切り替える代替効果を反映できないという限界がある。これを代替バイアス(substitution bias) と呼び、CPIはインフレ率を若干過大に評価する傾向がある。
GDPデフレーターとCPIの主な相違点は以下のとおりである。
| 項目 | CPI | GDPデフレーター |
|---|---|---|
| 対象範囲 | 消費者が購入する財・サービス | 国内で生産された全財・サービス |
| 計算方式 | ラスパイレス型 | パーシェ型(当期の数量ウェイト) |
| 輸入品 | 含む | 含まない |
| 設備投資財 | 含まない | 含む |
インフレーションとデフレーション¶
インフレーション(inflation) は物価水準の持続的な上昇、デフレーション(deflation) は物価水準の持続的な下落を指す。
インフレーションの原因は大きく2つに分類される。
- ディマンドプル・インフレーション(demand-pull inflation): 総需要が総供給を上回ることで生じる物価上昇
- コストプッシュ・インフレーション(cost-push inflation): 原材料費や賃金など生産コストの上昇が価格に転嫁されて生じる物価上昇
デフレーションは、需要不足や過剰供給によって生じる。物価下落が企業収益を圧迫し、賃金低下・雇用縮小を通じてさらに需要を減退させるデフレスパイラル(deflationary spiral) に陥る危険がある。日本経済が1990年代後半から経験した長期デフレーションは、このメカニズムの典型例とされる。
失業率¶
失業の定義と測定¶
失業率(unemployment rate)は、労働力人口に占める失業者の割合として定義される。
$$ \text{失業率} = \frac{\text{失業者数}}{\text{労働力人口}} \times 100 $$
ここで労働力人口(labor force)は就業者と失業者の合計であり、就学中の者、専業主婦・主夫、高齢退職者など就業意欲のない者は非労働力人口に分類される。
失業の種類¶
失業は発生原因により以下の3類型に分類される。
| 失業の類型 | 内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| 摩擦的失業(frictional unemployment) | 転職活動中や新規求職中に生じる短期的な失業 | 労働市場の情報の不完全性に起因。景気状況に関わらず常に存在する |
| 構造的失業(structural unemployment) | 産業構造の変化や技術革新により、求職者のスキルと求人側の要求が不一致となることで生じる失業 | 再教育・再訓練が必要。長期化しやすい |
| 循環的失業(cyclical unemployment) | 景気後退(不況)に伴う総需要の減少により生じる失業 | 景気回復とともに解消される |
自然失業率¶
Key Concept: 自然失業率(Natural Rate of Unemployment) 摩擦的失業と構造的失業のみが存在し、循環的失業がゼロの状態における失業率。経済が長期的均衡にあるときの失業率であり、完全雇用とは失業率がゼロの状態ではなく、自然失業率の水準にある状態を指す。
自然失業率の水準は国や時代によって異なり、労働市場の制度(解雇規制、失業保険の手厚さ、職業訓練制度など)に依存する。
景気循環¶
Key Concept: 景気循環(Business Cycle) 実質GDPが長期的なトレンドの周囲で周期的に変動する現象。拡張(expansion)と後退(contraction / recession)の局面を繰り返す。
景気循環は通常、以下の4つの局面で記述される。
graph LR
A["拡張<br/>Expansion"] --> B["山<br/>Peak"]
B --> C["後退<br/>Contraction"]
C --> D["谷<br/>Trough"]
D --> A
| 局面 | 内容 |
|---|---|
| 拡張(expansion) | GDP成長率がプラスで、雇用増加・投資拡大・消費増加が進む |
| 山(peak) | 経済活動が最大に達する転換点。この後、後退局面に入る |
| 後退(contraction) | GDP成長率が低下・マイナスに転じ、失業増加・投資縮小が生じる。2四半期連続のマイナス成長を景気後退(recession) と呼ぶ慣例がある |
| 谷(trough) | 経済活動が最低水準に達する転換点。この後、拡張局面に入る |
景気循環の周期は、その長さと主な要因により以下のように分類されてきた。
| 名称 | 周期 | 主因 |
|---|---|---|
| キチン循環(Kitchin cycle) | 約3〜4年 | 在庫投資の変動 |
| ジュグラー循環(Juglar cycle) | 約7〜11年 | 設備投資の変動 |
| クズネッツ循環(Kuznets cycle) | 約15〜25年 | 建設投資の変動 |
| コンドラチェフ循環(Kondratiev cycle) | 約50〜60年 | 技術革新の波 |
経営判断において景気循環の局面を見極めることは重要である。拡張期には積極的な設備投資や雇用拡大が合理的となり、後退期にはコスト削減や財務の健全性確保が優先される。
IS-LMモデルの基礎¶
IS-LMモデルは、イギリスの経済学者ジョン・リチャード・ヒックス(John R. Hicks, 1937)がケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』を数理的に定式化したもので、ヒックス=ハンセンモデルとも呼ばれる。財市場と貨幣市場の同時均衡を分析する枠組みであり、金融政策・財政政策の効果を理解するための基本モデルである。
Key Concept: IS-LMモデル(IS-LM Model) 財市場の均衡を表すIS曲線と、貨幣市場の均衡を表すLM曲線の交点で、均衡国民所得と均衡利子率が同時に決定されるモデル。短期のマクロ経済分析における標準的枠組みである。
IS曲線(財市場の均衡)¶
IS曲線(Investment-Saving curve)は、財市場が均衡する(総供給 = 総需要、あるいは投資 = 貯蓄が成立する)利子率と国民所得の組み合わせの軌跡である。
- 利子率が低下すると → 投資が増加 → 総需要が拡大 → 均衡国民所得が増加
- したがって、IS曲線は右下がりの形状をとる
IS曲線をシフトさせる主な要因は以下のとおりである。
| 要因 | IS曲線の動き |
|---|---|
| 政府支出の増加 | 右シフト |
| 増税 | 左シフト |
| 消費・投資マインドの改善 | 右シフト |
LM曲線(貨幣市場の均衡)¶
LM曲線(Liquidity preference-Money supply curve)は、貨幣市場が均衡する(貨幣需要 = 貨幣供給が成立する)利子率と国民所得の組み合わせの軌跡である。
- 国民所得が増加すると → 取引動機による貨幣需要が増加 → 貨幣供給量が一定のもとで利子率が上昇
- したがって、LM曲線は右上がりの形状をとる
LM曲線をシフトさせる主な要因は以下のとおりである。
| 要因 | LM曲線の動き |
|---|---|
| 貨幣供給量の増加(金融緩和) | 右シフト(下方シフト) |
| 貨幣供給量の減少(金融引き締め) | 左シフト(上方シフト) |
均衡の決定と政策効果¶
IS曲線とLM曲線の交点で、均衡国民所得 $Y^$ と均衡利子率 $r^$ が同時に決定される。
graph TD
subgraph "IS-LMモデルの政策効果"
FP["財政政策<br/>政府支出増加"] --> IS["IS曲線 右シフト"]
IS --> Y1["所得増加 + 利子率上昇"]
Y1 --> CR["クラウディングアウト<br/>民間投資の一部が抑制"]
MP["金融政策<br/>貨幣供給増加"] --> LM["LM曲線 右シフト"]
LM --> Y2["所得増加 + 利子率低下"]
Y2 --> INV["民間投資の促進"]
end
財政政策の効果: 政府支出の増加はIS曲線を右にシフトさせ、均衡所得を増加させるが、同時に利子率も上昇する。利子率の上昇は民間投資を抑制するため、GDPの増加幅は政府支出の増加分よりも小さくなる。この現象をクラウディングアウト(crowding out) と呼ぶ。
金融政策の効果: 貨幣供給の増加はLM曲線を右にシフトさせ、利子率を低下させるとともに均衡所得を増加させる。利子率の低下は民間投資を促進し、所得の増加に寄与する。
なお、IS-LMモデルは物価水準を一定と仮定した短期モデルであり、長期的な分析やインフレーションの説明には限界がある。デイヴィッド・ローマー(David Romer)らは、LM曲線を中央銀行の金利ルール(テイラー・ルール)に置き換えたIS-MPモデルを提唱しており、これは現代のマクロ経済学においてより実態に即したモデルとされている。
金融政策¶
Key Concept: 金融政策(Monetary Policy) 中央銀行が貨幣供給量や金利を操作することで、物価の安定や雇用の最大化など、マクロ経済目標の達成を図る政策。
中央銀行の役割¶
中央銀行(日本では日本銀行)は、通常以下の機能を担う。
- 発券銀行: 銀行券(紙幣)を独占的に発行する
- 銀行の銀行: 市中銀行に対する貸出・預金受入を行う
- 政府の銀行: 政府の財政資金の管理を行う
- 金融政策の実施: 物価安定を主たる目的として、金利操作や資産買入を行う
金融政策の手段¶
| 手段 | 内容 | 効果 |
|---|---|---|
| 政策金利操作 | 短期金利の誘導目標を設定する(日本では無担保コールレート) | 市場金利全般に波及し、投資・消費に影響 |
| 公開市場操作(open market operations) | 中央銀行が国債等を売買し、市中の資金量を調節する | 買いオペ→資金供給→金利低下、売りオペ→資金吸収→金利上昇 |
| 預金準備率操作 | 市中銀行が中央銀行に預け入れる準備金の比率を変更する | 準備率引上げ→貸出余力低下→引き締め |
非伝統的金融政策¶
政策金利がゼロ近傍に達し、通常の金利引き下げでは景気刺激が困難になった場合(ゼロ金利制約 / zero lower bound)に採用される手段を非伝統的金融政策と呼ぶ。日本銀行はその先駆者として以下の政策を展開してきた。
| 政策 | 時期 | 内容 |
|---|---|---|
| ゼロ金利政策 | 1999〜2000年 | 無担保コールレートを実質ゼロに誘導 |
| 量的緩和(QE) | 2001〜2006年 | 操作目標を金利から日銀当座預金残高に変更し、大量の資金供給を実施 |
| 量的・質的金融緩和(QQE) | 2013年〜 | マネタリーベースの大幅拡大と長期国債・ETF等の大規模買入 |
| マイナス金利政策 | 2016〜2024年 | 日銀当座預金の一部に −0.1% の金利を適用 |
| イールドカーブ・コントロール(YCC) | 2016〜2024年 | 10年物国債金利を概ねゼロ%程度に誘導する長短金利操作 |
2024年3月、日本銀行はマイナス金利政策を解除し、約17年ぶりの利上げに踏み切った。これは日本経済が長期デフレから脱却しつつあるとの判断に基づく歴史的な政策転換であった。
財政政策¶
Key Concept: 財政政策(Fiscal Policy) 政府が歳出(政府支出)と歳入(租税)を調整することで、総需要を管理し、マクロ経済の安定化を図る政策。
政府支出と税制¶
財政政策には裁量的財政政策(discretionary fiscal policy) と自動安定化装置(automatic stabilizer) の2種類がある。
- 裁量的財政政策: 政府が意図的に支出や税率を変更する。公共事業の拡大、所得税の減税などが該当
- 自動安定化装置: 制度設計により景気変動を自動的に緩和する仕組み。累進課税制度(好況時に税収が自動的に増加し過熱を抑制)や失業保険(不況時に自動的に給付が増加し需要を下支え)が代表例
財政乗数¶
政府支出の増加が最終的にGDPをどれだけ増加させるかを示す倍数を財政乗数(fiscal multiplier) と呼ぶ。
単純なケインズモデルにおいて、限界消費性向を $c$(0 < c < 1)とすると、政府支出乗数は以下のように導出される。
$$ \text{政府支出乗数} = \frac{1}{1 - c} $$
例えば、限界消費性向が0.8であれば、政府支出乗数は $1/(1-0.8) = 5$ となり、政府支出1兆円の増加はGDPを5兆円増加させる計算になる。ただし、IS-LMモデルで見たように、利子率上昇によるクラウディングアウトが生じるため、実際の乗数効果はこれより小さくなる。
アベノミクスの事例¶
2012年末に発足した第二次安倍政権は、「アベノミクス」と称する経済政策パッケージとして「三本の矢」を掲げた。
- 第一の矢(金融政策): 日銀による大胆な金融緩和(量的・質的金融緩和)
- 第二の矢(財政政策): 機動的な財政出動(公共事業の拡大、経済対策)
- 第三の矢(成長戦略): 民間投資を喚起する成長戦略(規制改革、法人税減税など)
これはIS-LMモデルの枠組みで理解すると、第一の矢がLM曲線の右シフト、第二の矢がIS曲線の右シフトに相当し、両曲線を同時にシフトさせることで所得を最大限に拡大しようとするポリシーミックス(policy mix) の実践例と位置づけられる。
為替レートと国際収支¶
為替レートの決定¶
Key Concept: 為替レート(Exchange Rate) 2つの通貨間の交換比率。1ドル=150円のように表示される。為替レートの変動は、輸出入価格・海外投資の収益性・物価水準などを通じて経済全体に広範な影響を及ぼす。
為替レート制度は大きく2つに分類される。
| 制度 | 内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| 固定相場制(fixed exchange rate) | 中央銀行が為替レートを特定の水準に維持する | 為替リスクが小さいが、独自の金融政策の余地が制限される |
| 変動相場制(floating exchange rate) | 外国為替市場の需給により為替レートが決定される | 為替変動リスクがあるが、金融政策の自律性を確保できる |
日本は1973年に固定相場制から変動相場制に移行した。変動相場制のもとでは、為替レートは経常取引(貿易・サービス収支)、資本取引(投資フロー)、および投機取引の需給によって決定される。
国際収支¶
国際収支(balance of payments)は、一国と外国との間のすべての経済取引を体系的に記録した統計である。主要な構成要素は以下のとおりである。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 経常収支(current account) | 貿易収支 + サービス収支 + 第一次所得収支 + 第二次所得収支 |
| 金融収支(financial account) | 直接投資 + 証券投資 + 金融派生商品 + その他投資 + 外貨準備 |
| 資本移転等収支(capital account) | 固定資産の無償提供、債務免除など |
国際収支は複式記帳の原理により、経常収支 + 資本移転等収支 − 金融収支 + 誤差脱漏 = 0 となる。
為替変動が企業に与える影響¶
円安と円高は、企業の立場によって正反対の影響を及ぼす。
| 円安(円の価値下落) | 円高(円の価値上昇) | |
|---|---|---|
| 輸出企業 | 有利: 海外での価格競争力が向上し、円建て収益が増加 | 不利: 価格競争力低下、円建て収益が減少 |
| 輸入企業 | 不利: 輸入コストが上昇 | 有利: 輸入コストが低下 |
| 海外投資家 | 円資産の価値低下 | 円資産の価値上昇 |
例えば、2022年以降の急速な円安(1ドル=110円台から150円台への変動)は、トヨタ自動車など輸出企業の円建て利益を大幅に押し上げた一方、エネルギーや食料品の輸入コスト増加を通じて国内物価の上昇圧力となった。
経済成長理論の概要¶
ソロー・モデルの基本的な考え方¶
Key Concept: 経済成長(Economic Growth) 一国の実質GDPまたは一人当たり実質GDPが長期的に増加する過程。短期の景気変動とは区別され、数十年単位の経済発展の原動力を分析する。
ロバート・ソロー(Robert Solow, 1956)は、労働・資本・技術の3要素から経済成長を説明するモデルを構築した。これをソロー・モデル(Solow model) あるいはソロー=スワン成長モデルと呼ぶ。
モデルの基本構造は以下のとおりである。
- 生産関数: $Y = A \cdot F(K, L)$
- $Y$: 産出量(GDP)、$A$: 全要素生産性(TFP: Total Factor Productivity)、$K$: 資本ストック、$L$: 労働投入量
- 資本蓄積方程式: $\Delta K = sY - \delta K$
- $s$: 貯蓄率、$\delta$: 資本の減耗率
定常状態と収束¶
ソロー・モデルの核心的な含意は、定常状態(steady state) の存在である。資本蓄積が進み、新規投資($sY$)と資本減耗($\delta K$)が均衡する点で、一人当たり資本量と一人当たり所得は一定水準に収束する。
この結果から導かれる重要な帰結は以下の2点である。
- 貯蓄率の上昇は一人当たり所得の水準を引き上げるが、永続的な成長率の上昇にはつながらない。定常状態に達すれば、一人当たり成長率はゼロに収束する
- 持続的な一人当たり経済成長の源泉は技術進歩($A$の増加)のみである。ソロー・モデルでは技術進歩は外生的(モデルの外から与えられる)と仮定されており、この点が後の内生的成長理論(ポール・ローマーらによる、技術進歩をモデル内で説明する理論)の出発点となった
技術進歩の役割¶
ソロー・モデルにおいて技術進歩(TFPの成長)を組み込むと、定常状態においても一人当たり所得は技術進歩率と同じ率で成長し続ける。実際のデータ分析においても、先進国の長期的な経済成長の大部分は資本蓄積ではなく技術進歩(ソロー残差と呼ばれる)によって説明されることが示されている。
経営学の観点からは、ソロー・モデルは以下の示唆を与える。設備投資(資本蓄積)だけでは持続的な成長は達成できず、イノベーション(技術進歩)こそが長期的な競争優位と成長の源泉である。この理論的基盤は、企業のR&D投資やイノベーション戦略の重要性を裏付けるものである。
まとめ¶
- GDPは一国の経済規模を測る最も基本的な指標であり、生産面・支出面・分配面の三面等価が成立する。名目GDPと実質GDPの区別は、物価変動の影響を除去するために不可欠である
- 物価指数(CPI、GDPデフレーター)はインフレーション・デフレーションの測定に用いられる。日本のデフレ経験は世界的にも稀な事例として注目される
- 失業は摩擦的・構造的・循環的の3類型に分類され、自然失業率の概念が完全雇用を定義する
- 景気循環は拡張と後退を繰り返す周期的変動であり、企業経営においてその局面判断は重要な意思決定要素となる
- IS-LMモデルは財市場と貨幣市場の同時均衡を分析する枠組みであり、財政政策(IS曲線のシフト)と金融政策(LM曲線のシフト)の効果を理論的に説明する
- 金融政策は中央銀行による金利・貨幣供給量の操作であり、日本銀行は非伝統的金融政策の先駆者である
- 財政政策は政府支出・租税の調整であり、財政乗数とクラウディングアウトの概念が効果の評価に用いられる
- 為替レートは国際取引を通じて企業収益に直接影響し、国際収支は一国の対外経済関係を包括的に記録する
- ソロー・モデルは長期的な経済成長の源泉が技術進歩にあることを理論的に示し、イノベーションの重要性を裏付ける
マクロ経済学の基礎概念は、後続のモジュールで学ぶ経営戦略・ファイナンス・マーケティングなどの諸分野において、企業を取り巻く外部環境を分析するための基盤となる。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 国内総生産 | GDP (Gross Domestic Product) | 一定期間に国内で新たに生産された財・サービスの付加価値の合計額 |
| 三面等価の原則 | Three Approaches to GDP | GDPを生産面・支出面・分配面のいずれから測定しても同一値になる原則 |
| GDPデフレーター | GDP Deflator | 名目GDPを実質GDPで除して算出される総合的物価指数 |
| 消費者物価指数 | CPI (Consumer Price Index) | 消費者が購入する財・サービスの価格変動を総合的に測定する指数 |
| インフレーション | Inflation | 物価水準の持続的な上昇 |
| デフレーション | Deflation | 物価水準の持続的な下落 |
| 摩擦的失業 | Frictional Unemployment | 転職活動中や新規求職中に生じる短期的な失業 |
| 構造的失業 | Structural Unemployment | 産業構造変化・技術革新によるスキル不一致から生じる失業 |
| 循環的失業 | Cyclical Unemployment | 景気後退に伴う総需要減少により生じる失業 |
| 自然失業率 | Natural Rate of Unemployment | 摩擦的失業と構造的失業のみが存在する状態の失業率 |
| 景気循環 | Business Cycle | 実質GDPが長期トレンド周囲で周期的に変動する現象 |
| IS-LMモデル | IS-LM Model | 財市場と貨幣市場の同時均衡を分析するマクロ経済モデル |
| クラウディングアウト | Crowding Out | 政府支出増加による利子率上昇が民間投資を抑制する現象 |
| 金融政策 | Monetary Policy | 中央銀行が貨幣供給量・金利を操作してマクロ経済目標の達成を図る政策 |
| 財政政策 | Fiscal Policy | 政府が歳出・歳入を調整して総需要を管理する政策 |
| 財政乗数 | Fiscal Multiplier | 政府支出の増加が最終的にGDPをどれだけ増加させるかを示す倍数 |
| 自動安定化装置 | Automatic Stabilizer | 制度設計により景気変動を自動的に緩和する仕組み |
| 為替レート | Exchange Rate | 2つの通貨間の交換比率 |
| 経常収支 | Current Account | 貿易・サービス・所得に関する対外取引の収支 |
| 金融収支 | Financial Account | 直接投資・証券投資等の対外金融取引の収支 |
| 経済成長 | Economic Growth | 一国の実質GDPが長期的に増加する過程 |
| ソロー・モデル | Solow Model | 資本蓄積・労働投入・技術進歩から経済成長を説明する基本モデル |
| 全要素生産性 | TFP (Total Factor Productivity) | 資本・労働の投入量では説明できない産出量の増加分 |
| 定常状態 | Steady State | 新規投資と資本減耗が均衡し一人当たり変数が一定となる状態 |
確認問題¶
Q1: GDPの三面等価の原則とは何か。なぜ三面のいずれから測定しても同一の値が得られるのか、経済循環の観点から説明せよ。
A1: 三面等価の原則とは、GDPを生産面(付加価値の合計)、支出面(最終財への支出の合計)、分配面(生産から生じた所得の合計)のいずれから測定しても同一の値になるという原則である。これが成立する理由は、経済活動の循環構造にある。企業が財・サービスを生産し(生産面)、それが消費者・企業・政府によって購入され(支出面)、その対価が賃金・利潤・地代等として生産要素の提供者に分配される(分配面)。ある主体の支出は必ず別の主体の所得となり、所得の発生には生産が前提となるため、三面は恒等的に一致する。
Q2: IS-LMモデルにおいて、政府が大規模な財政出動(政府支出の増加)を行った場合、均衡所得と利子率はどのように変化するか。また、「クラウディングアウト」が生じるメカニズムを説明せよ。
A2: 政府支出の増加はIS曲線を右にシフトさせる。LM曲線が不変の場合、新しい均衡点では所得が増加し、利子率も上昇する。利子率が上昇するメカニズムは以下のとおりである。所得の増加に伴い取引動機による貨幣需要が増加するが、貨幣供給量は一定であるため、貨幣市場の均衡を維持するには利子率が上昇しなければならない。この利子率上昇が民間投資を抑制する(投資は利子率の減少関数であるため)。結果として、政府支出の増加分の一部が民間投資の減少によって相殺される。これがクラウディングアウトであり、財政政策のGDP拡大効果は政府支出乗数が示す理論値よりも小さくなる。
Q3: 日本銀行が2013年以降に導入した「量的・質的金融緩和」「マイナス金利政策」「イールドカーブ・コントロール(YCC)」の3つの非伝統的金融政策について、それぞれの内容と狙いを簡潔に説明せよ。
A3: (1) 量的・質的金融緩和(QQE, 2013年〜)は、マネタリーベースの大幅な拡大と長期国債・ETF等の大規模買入を行い、予想インフレ率の引き上げと実質金利の低下を通じてデフレ脱却を目指した政策である。(2) マイナス金利政策(2016〜2024年)は、金融機関が日銀に預ける当座預金の一部に −0.1% の金利を適用するもので、金融機関が資金を日銀に滞留させるインセンティブを減らし、貸出や投資への資金供給を促す狙いがあった。(3) YCC(2016〜2024年)は、短期金利に加えて10年物国債金利も概ねゼロ%程度に誘導する長短金利操作であり、イールドカーブ全体のコントロールを通じて金融緩和効果を強化・持続させることを目的とした。
Q4: ソロー・モデルの定常状態の概念を説明し、このモデルから導かれる「持続的な経済成長の源泉は技術進歩である」という結論の論理を述べよ。
A4: ソロー・モデルにおける定常状態とは、新規投資(貯蓄率×産出量)と資本の減耗が均衡し、一人当たり資本量および一人当たり所得が一定水準に収束する状態である。貯蓄率を引き上げれば定常状態の一人当たり所得水準は高まるが、新しい定常状態に到達すれば再び成長は停止する。つまり、資本蓄積のみでは一時的な水準の引き上げは可能でも、永続的な成長率の上昇は達成できない。生産関数の資本に対する収穫逓減により、資本を増やすほど追加的な産出の増分は小さくなるためである。一方、技術進歩(全要素生産性Aの上昇)は生産関数自体を上方にシフトさせるため、定常状態における一人当たり所得を継続的に引き上げることができる。したがって、持続的な一人当たり経済成長の唯一の源泉は技術進歩である。
Q5: 円安が日本経済に与える影響を、輸出企業・輸入企業・消費者のそれぞれの立場から多角的に分析せよ。
A5: 円安は以下のように各経済主体に異なる影響を与える。(1) 輸出企業にとっては、海外市場における製品の価格競争力が向上し、また海外子会社の利益を円換算した際の金額が増加するため、収益面で有利に作用する。(2) 輸入企業にとっては、原材料や製品の輸入コストが上昇するため不利に作用する。特に、エネルギー資源や食料品の大部分を輸入に依存する日本では、円安はこれらの調達コスト上昇に直結する。(3) 消費者にとっては、輸入品価格の上昇がCPIの上昇を通じて実質購買力を低下させる。特に、食料品・光熱費など生活必需品の値上がりは、低所得層ほど相対的に大きな負担となる。このように、円安は一律にプラスまたはマイナスとは言えず、経済主体の立場や産業構造によって影響が異なる。マクロ経済全体では、日本の経常収支構造(近年は貿易収支が赤字化し、第一次所得収支の黒字が経常黒字を支える構造)を踏まえると、かつてほど円安のプラス効果は大きくないとの指摘もある。