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Module 1-4 - Section 1: 経営学の対象と方法

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-4: 経営学入門(総論)
前提セクション なし
想定学習時間 2時間

導入

本セクションでは、経営学という学問の全体像を把握するための出発点として、その定義・対象領域・方法論を概観する。経営学は企業をはじめとする組織の運営・管理を研究対象とする社会科学の一分野であるが、その性格は一様ではない。ドイツ語圏で発展した経営経済学と、アメリカで発展したマネジメント研究とでは、学問の前提や方法論が大きく異なる。日本の経営学はこの二つの系譜を受容しながら独自の発展を遂げた。本セクションでは、経営学が「何を」「どのように」研究する学問かを明確にし、隣接分野との関係、主要な方法論的アプローチ、そして分析レベルの概念を整理する。本モジュール全体の見取り図を得るための基礎となるセクションである。


経営学とは何か

経営学の定義

経営学(Business Administration / Management Studies)とは、企業を中心とする組織体が、いかにして自らの目的を達成し、変化する内外の環境のなかで効率的・効果的に運営されうるかを研究する学問分野である。

Key Concept: 経営学(Business Administration / Management Studies) 企業をはじめとする組織体の管理・運営に関する原理・法則・技法を体系的に研究する社会科学の一分野。狭義には企業経営を、広義には官庁・学校・NPO等あらゆる組織体の経営を対象とする。

経営学が他の社会科学と区別される最大の特徴は、その対象が「組織の内部」に向けられている点にある。経済学が市場メカニズム全体を鳥瞰的に分析するのに対し、経営学は個々の組織体の内部構造・意思決定過程・資源配分・成果の創出過程に焦点を当てる。

経営学の対象領域

経営学の研究対象は歴史的に拡大してきた。当初は営利企業(とりわけ株式会社)が主たる対象であったが、今日では以下のような多様な組織体を包含する。

組織の種類 具体例
営利企業 株式会社、合同会社、個人事業主
公的組織 行政機関、地方自治体
非営利組織 NPO、NGO、公益法人
教育・研究機関 大学、研究所
その他 病院、協同組合、宗教団体

この対象領域の拡大は、「経営」が営利活動に限定されない普遍的な組織運営の問題であるという認識の広がりを反映している。

経営学が問う中心的な問い

経営学の研究者を動機づけてきた中心的な問いの一つは、「なぜ同じ業界に属する企業間で業績に差が生じるのか」というものである。同一の市場環境、同一の技術条件のもとにありながら、ある企業は高い収益を上げ、別の企業は低迷する。この差異の源泉を解明することが、経営戦略論をはじめとする多くの経営学領域の出発点となっている。

たとえば、自動車産業において、トヨタ自動車は「トヨタ生産方式」と呼ばれる独自の生産管理手法によって持続的な競争優位を確立した。一方、同時期に他の自動車メーカーが同様の手法を完全に模倣することは困難であった。この事例は、企業間の業績差が単なる外部環境の差異ではなく、組織内部の経営資源・能力の差異に起因しうることを示しており、経営学の核心的な問題意識を体現している。


経営学と隣接分野の関係

経営学は学際的(interdisciplinary)な性格を強く持つ学問であり、複数の社会科学分野の理論・方法論を統合的に活用する。これは「インターディシプリナリー・アプローチ」と呼ばれ、経営現象の複雑性に対応するために不可欠な特性とされる。

graph TD
    BM["経営学<br/>Business Administration"]

    EC["経済学<br/>Economics"]
    SO["社会学<br/>Sociology"]
    PS["心理学<br/>Psychology"]
    LA["法学<br/>Law"]

    EC -->|"市場理論・価格理論<br/>企業の理論"| BM
    SO -->|"組織社会学<br/>制度理論"| BM
    PS -->|"動機づけ理論<br/>意思決定論"| BM
    LA -->|"会社法<br/>労働法・契約法"| BM

    BM -->|"経営戦略論<br/>組織論<br/>マーケティング<br/>財務管理<br/>人的資源管理"| AP["経営学の主要領域"]

経済学との関係

経営学と最も近い関係にあるのが経済学である。しかし両者は、分析の視座と方法において明確に異なる。

比較軸 経済学 経営学
分析の視座 市場全体(鳥瞰的) 個々の組織内部(近接的)
主な関心 資源の社会的配分の効率性 個別組織の目的達成と存続
企業の扱い 利潤最大化する「点」としての生産者 内部構造を持つ複雑な組織体
典型的方法 数理モデル、統計的推論 事例研究、質問票調査、実験
人間観 合理的経済人(homo economicus) 限定合理性を持つ意思決定者

ミクロ経済学における「企業の理論」では、企業は費用関数と収入関数から利潤最大化を行う主体として抽象化される。これに対し経営学は、企業の内部で人々がどのように意思決定し、協働し、対立し、学習するかという過程そのものに関心を向ける。

ただし、両者の境界は近年ますます流動的になっている。取引費用経済学やエージェンシー理論など、経済学の理論的枠組みを組織の内部分析に適用する試みが経営学に大きな影響を与えている一方、行動経済学は心理学的知見を経済分析に取り込むことで、経営学の研究成果とも接点を持つようになっている。

社会学との関係

組織社会学(organizational sociology)は、経営学の組織論に重要な理論的基盤を提供してきた。マックス・ウェーバー(Max Weber)の官僚制論、タルコット・パーソンズ(Talcott Parsons)の社会システム理論、さらには新制度派社会学(ウォルター・パウエル(Walter Powell)、ポール・ディマジオ(Paul DiMaggio)ら)による制度的同型化(institutional isomorphism)の概念は、組織がなぜ類似した構造を採用するかを説明する理論として経営学に広く受容されている。

心理学との関係

心理学は経営学の組織行動論(Organizational Behavior)領域と特に深い関係を持つ。従業員の動機づけ(motivation)、リーダーシップ、集団力学(group dynamics)、意思決定のバイアスなど、個人および集団レベルの行動を理解するために心理学の理論と実験手法が不可欠である。産業・組織心理学(Industrial and Organizational Psychology)は、経営学と心理学の交差領域として独立した研究分野を形成している。

法学との関係

法学は経営学に制度的枠組みを提供する。会社法は企業の設立・運営・解散の法的基盤を規定し、コーポレート・ガバナンス(→ Module 1-4, Section 4「経営学の主要領域とステークホルダー理論」参照)の議論に直接的な影響を与える。また、労働法は人的資源管理の制約条件として機能し、独占禁止法・知的財産法は競争戦略の選択肢を規定する。


経営学の主要アプローチ

経営学の方法論は、研究者が「何を明らかにしようとするか」「知識はどのように得られるか」についてどのような立場をとるかによって大きく分かれる。ここでは主要な三つのアプローチを整理する。

Key Concept: 規範的アプローチ(Normative Approach) 「経営はいかにあるべきか」「何をすべきか」を問い、最適な経営原則・行動指針を導出しようとする研究アプローチ。実務への処方箋を提示することを目的とする。

Key Concept: 実証的アプローチ(Positive / Empirical Approach) 「経営の現実はどうなっているか」「なぜそうなるか」を問い、観察・データに基づいて経営現象の法則性を発見しようとする研究アプローチ。仮説の検証と因果関係の特定を重視する。

規範的アプローチ

規範的アプローチは、「経営はいかにあるべきか」を中心的な問いとする。合理的な経営の原則、効率的な組織設計の方法、最適な戦略選択の基準など、実務家に対する処方箋を提供することを目的とする。

このアプローチの源流は、フレデリック・テイラー(Frederick Taylor)の科学的管理法(→ Module 1-4, Section 3「経営管理論の歴史的展開」参照)やアンリ・ファヨール(Henri Fayol)の管理原則論にまで遡ることができる。テイラーは「唯一最善の方法(one best way)」の存在を前提とし、作業の標準化と最適化を追求した。ファヨールは管理の一般原則(14の管理原則)を定式化し、あらゆる組織に適用可能な経営の普遍的原則を構想した。

現代の経営学では、規範的アプローチは主にコンサルティング実務やビジネススクールの教育において強い影響力を持つ。ただし、「唯一最善の方法」が存在するという前提は、状況適合理論(contingency theory)によって批判され、現在では文脈依存性を認めたうえでの処方箋提示が主流となっている。

実証的アプローチ

実証的アプローチは、「経営の現実はどのようになっているか」「なぜそうなるのか」を問い、観察可能なデータに基づいて経営現象の規則性を発見・説明しようとする。仮説を立て、統計的分析や実験によって検証するという、自然科学に近い方法論をとる。

20世紀後半以降、特にアメリカの経営学では実証的アプローチが主流となった。大規模データベースを用いた計量分析、質問票調査による仮説検証、ランダム化比較実験(RCT)の適用など、方法論の精緻化が進んでいる。学術雑誌における査読基準も実証的研究の厳密性を重視する傾向にあり、Academy of Management Journal、Strategic Management Journal などの主要ジャーナルでは、統計的手法による因果推論が標準的な研究形式となっている。

解釈的アプローチ

Key Concept: 解釈的アプローチ(Interpretive Approach) 経営の当事者がどのように自らの経験を意味づけているかを理解しようとする研究アプローチ。数値化・一般化ではなく、文脈に即した深い理解(Verstehen)を目指す。

解釈的アプローチは、実証的アプローチの自然科学的方法論を社会現象に適用することへの批判から発展した立場である。このアプローチでは、経営現象を「外部から客観的に測定可能な対象」とみなすのではなく、「当事者が意味を構成する社会的過程」として捉える。

方法論的には、エスノグラフィー(民族誌的調査)、ナラティブ分析、事例の深い記述(thick description)、現象学的研究などの質的手法が用いられる。たとえば、組織文化の研究において、従業員が日常の仕事のなかでどのような物語(narrative)を共有し、それが組織のアイデンティティ形成にどう寄与するかを分析するといった研究がこれにあたる。

三つのアプローチの比較

比較軸 規範的アプローチ 実証的アプローチ 解釈的アプローチ
中心的問い いかにあるべきか どうなっているか / なぜか 当事者はどう意味づけるか
目的 処方箋の提示 法則性の発見・因果関係の特定 深い理解(Verstehen)
主な方法 論理的推論、原則の定式化 統計分析、実験、大規模調査 質的調査、事例研究、エスノグラフィー
知識観 普遍的原則が存在する 客観的事実が検証可能である 知識は文脈に埋め込まれている
長所 実務への直接的指針 再現性・一般化可能性 豊かな文脈の理解
短所 文脈依存性の軽視 意味の捨象、数値還元主義 一般化の困難さ

現代の経営学では、これらのアプローチは相互排他的なものではなく、研究課題に応じて使い分けられる。混合研究法(mixed methods)として量的・質的手法を組み合わせる研究も増加している。


日本における経営学の二つの伝統

日本の経営学は、大きく分けてドイツ経営経済学の流れとアメリカ経営学の流れという二つの伝統を受容しながら発展した。この二系統の理解は、日本の経営学文献を読むうえで不可欠な前提知識である。

Key Concept: 経営経済学(Betriebswirtschaftslehre, BWL) ドイツ語圏で19世紀末から発展した経営の学問。企業を経済単位(Betrieb)として捉え、簿記・原価計算・財務論を基盤とする「経済学の一部門」として体系化された。「経営は経済現象である」という前提に立つ。

ドイツ経営経済学の系譜

ドイツの経営経済学(Betriebswirtschaftslehre)は、19世紀後半のドイツ商科大学(Handelshochschule)における商業学(Handelswissenschaft)を起源とする。M・ヴァイアーマン(M. Weiermann)やH・シェーニッツ(H. Schönitz)が「私経済学」(Privatwirtschaftslehre)として商業学の科学化を試みたのがその端緒である。

20世紀に入ると、ハインリヒ・ニックリッシュ(Heinrich Nicklisch)が価値論的経営経済学を、エーリヒ・グーテンベルク(Erich Gutenberg)が生産理論に基づく経営経済学を構築し、学問としての体系化が進んだ。特にグーテンベルクは、『経営経済学原理』(Grundlagen der Betriebswirtschaftslehre, 1951-1969)において、生産・販売・財務の三領域を中心とする体系を構築し、戦後ドイツ経営経済学の支配的パラダイムを確立した。

ドイツ経営経済学の特徴は以下の点にある。 - 企業を経済単位として把握し、経済学の一部門として位置づける - 簿記・会計・原価計算などの計数的手法を重視する - 対象を主に私企業(とりわけ株式会社)に限定する傾向が強い - 理論的・演繹的な体系構築を志向する

アメリカ経営学の系譜

アメリカにおける経営学は、ドイツとは異なる知的伝統のもとで発展した。アメリカには "Betriebswirtschaftslehre" に直接対応する単一の学問分野は存在せず、マネジメント(Management)、ビジネス・アドミニストレーション(Business Administration)、オーガニゼーション・セオリー(Organization Theory)など複数の学問領域が並立・交差する形で展開した。

アメリカ経営学の特徴は以下の点にある。 - 実践知(practical knowledge)を重視し、経営者に役立つ知識の創出を志向する - 研究対象を営利企業に限定せず、あらゆる組織(軍、行政、教会、労働組合等)に拡大する - 実証的方法(統計分析、実験、サーベイ)を主たる方法論とする - 心理学・社会学・政治学など行動科学の知見を積極的に取り込む

テイラーの科学的管理法、メイヨー(Elton Mayo)のホーソン実験、バーナード(Chester Barnard)の組織論、サイモン(Herbert Simon)の意思決定論(→ Module 1-4, Section 3「経営管理論の歴史的展開」参照)など、アメリカ経営学の蓄積は現代の経営学の主流を形成している。

日本への受容と統合

日本における経営学の制度的確立は、大正期から昭和初期にかけて進んだ。上田貞次郎(1879-1940)はイギリス・ドイツへの留学を経て、日本の経営学の創始者とされる。中西寅雄は1927年に東京帝国大学で「経営経済学」講座を担当し、ドイツ経営経済学の日本への学術的導入に大きく貢献した。その他、馬場敬治、増地庸治郎、平井泰太郎らがドイツ経営経済学の研究と紹介を行い、戦前日本の経営学はドイツの影響を強く受けた。

戦後、占領期を経てアメリカ経営学が急速に流入した。1955年に設立された日本生産性本部によるアメリカへの視察団派遣などを通じて、マネジメントの実践的手法が日本企業に広く普及した。学術面でも、行動科学に基づく組織論・人間関係論が広まり、ドイツ経営経済学中心の構図からアメリカ経営学への重心移動が生じた。

項目 ドイツ経営経済学 アメリカ経営学
学問名称 Betriebswirtschaftslehre Management / Business Administration
起源 商科大学の商業学(19世紀末) 科学的管理法・ビジネススクール(20世紀初頭)
企業観 経済単位としての企業 社会的組織としての企業
方法論的特徴 演繹的・理論体系的 帰納的・実証的
重視する手法 簿記・原価計算・財務分析 統計分析・実験・事例研究
学問の性格 経済学の一部門 学際的な独立分野
日本への影響期 大正〜昭和戦前期 戦後〜現代

今日の日本の経営学は、この二つの伝統を統合しつつ、独自の研究蓄積(日本的経営論、ものづくり経営学、知識創造理論など)を加えた複合的な学問体系となっている。


経営学の分析レベル

経営現象を研究するにあたり、研究者は「何をどの大きさの単位で分析するか」を明確にする必要がある。この単位の設定を分析レベル(Level of Analysis)と呼ぶ。

Key Concept: 分析レベル(Level of Analysis) 研究対象を把握する際の粒度・単位のこと。経営学では個人・集団・組織・産業・制度の各レベルが設定され、同一の経営現象でも分析レベルによって異なる理論・方法論が適用される。

経営学における主要な分析レベルは以下の五つに整理される。

graph TB
    L5["制度レベル<br/>Institutional Level<br/>(法制度・文化・規範)"]
    L4["産業レベル<br/>Industry Level<br/>(市場構造・競争環境)"]
    L3["組織レベル<br/>Organization Level<br/>(戦略・構造・文化)"]
    L2["集団レベル<br/>Group Level<br/>(チーム・部門)"]
    L1["個人レベル<br/>Individual Level<br/>(動機づけ・意思決定)"]

    L5 --- L4
    L4 --- L3
    L3 --- L2
    L2 --- L1

各レベルの概要

(1)個人レベル(Individual Level)

個人の行動・動機づけ・知覚・意思決定を分析する。組織行動論(Organizational Behavior)の中核領域であり、心理学の理論・手法が多く援用される。たとえば、「なぜある従業員は高い業績を示すのか」「リーダーの行動スタイルは部下の満足度にどう影響するか」といった問いがこのレベルに属する。

(2)集団レベル(Group Level)

チーム・作業集団・部門など、複数の個人からなる集団の行動を分析する。集団力学(group dynamics)、チーム・パフォーマンス、集団意思決定(groupthink を含む)、組織内のコンフリクトなどが研究対象となる。

(3)組織レベル(Organization Level)

個々の企業・組織体を一つの分析単位として、その戦略・構造・文化・パフォーマンスなどを分析する。経営戦略論、組織論(マクロ組織論)の主たるレベルである。「なぜトヨタは持続的に高い業績を上げるのか」といった問いは、このレベルで分析される。

(4)産業レベル(Industry Level)

特定の産業・市場における企業間の競争関係・協調関係を分析する。産業組織論(Industrial Organization)の影響を受けた経営戦略論(ポーター(Michael Porter)のファイブ・フォース分析など)がこのレベルに属する。

(5)制度レベル(Institutional Level)

企業行動を規定する法制度・規範・文化といったマクロ環境を分析する。新制度派理論(new institutionalism)は、企業が合理性だけでなく社会的正当性(legitimacy)を追求する存在であることを強調し、このレベルでの分析を発展させた。

分析レベルの重要性

研究においてどの分析レベルを選択するかは、用いる理論・収集するデータ・分析手法のすべてを規定する。また、あるレベルで得られた知見を別のレベルに安易に適用することは「レベル間の誤謬」(cross-level fallacy)と呼ばれ、方法論上の重要な問題とされる。たとえば、個人レベルで観察された関係(「動機づけが高い個人は業績が高い」)を、そのまま組織レベルに一般化すること(「動機づけが高い組織は業績が高い」)は論理的に妥当とは限らない。

近年では、複数の分析レベルを同時に考慮するマルチレベル分析(multilevel analysis)が方法論的に発展しており、個人レベルの変数と組織レベルの変数がどのように相互作用するかを精緻に分析することが可能になっている。


まとめ

  • 経営学は、企業を中心とする組織体の管理・運営を研究対象とする社会科学であり、その対象は今日では営利企業に限定されず広範な組織に及ぶ
  • 経営学は経済学・社会学・心理学・法学と密接な関係を持つ学際的な学問であり、それぞれの隣接分野から理論的・方法論的な影響を受けている
  • 方法論的に、規範的アプローチ(いかにあるべきか)、実証的アプローチ(どうなっているか)、解釈的アプローチ(当事者はどう意味づけるか)の三つの主要な立場が存在する
  • 日本の経営学は、ドイツ経営経済学(演繹的・理論体系的)とアメリカ経営学(帰納的・実証的)の二つの伝統を受容し、独自の発展を遂げた
  • 経営学の研究は個人・集団・組織・産業・制度という複数の分析レベルにまたがり、研究課題に応じて適切なレベルを設定する必要がある
  • 次のセクション(Section 2)では、経営学の中核的な研究対象である企業の法的・制度的形態、とりわけ株式会社制度について検討する

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
経営学 Business Administration / Management Studies 企業をはじめとする組織体の管理・運営に関する原理・法則・技法を体系的に研究する社会科学の一分野
規範的アプローチ Normative Approach 「経営はいかにあるべきか」を問い、最適な経営原則・行動指針を導出しようとする研究アプローチ
実証的アプローチ Positive / Empirical Approach 観察・データに基づいて経営現象の法則性を発見し、仮説を検証しようとする研究アプローチ
解釈的アプローチ Interpretive Approach 経営の当事者がどのように自らの経験を意味づけているかを理解しようとする研究アプローチ
経営経済学 Betriebswirtschaftslehre (BWL) ドイツ語圏で発展した経営の学問。企業を経済単位として捉え、経済学の一部門として体系化された
分析レベル Level of Analysis 研究対象を把握する際の粒度・単位。個人・集団・組織・産業・制度の各レベルが設定される
学際的アプローチ Interdisciplinary Approach 複数の学問領域の理論・方法論を統合的に活用して研究を行うアプローチ
限定合理性 Bounded Rationality 人間の合理性には情報処理能力や時間の制約があるとする概念。ハーバート・サイモンが提唱
制度的同型化 Institutional Isomorphism 同一の制度環境に置かれた組織が類似した構造・慣行を採用する傾向を指す概念
マルチレベル分析 Multilevel Analysis 複数の分析レベル(個人と組織など)を同時に考慮して変数間の関係を分析する統計的手法

確認問題

Q1: 経営学と経済学の研究対象・方法論上の主な違いを、「企業の扱い方」と「人間観」の二つの観点から説明せよ。

A1: 経済学(特にミクロ経済学)は企業を利潤最大化を行う「点」として抽象化し、内部構造を捨象して市場における行動を分析する。人間観としては完全な合理性を持つ「合理的経済人」(homo economicus)を前提とする。これに対し、経営学は企業を内部構造を持つ複雑な組織体として捉え、その内部での意思決定過程・協働・対立・学習などを分析する。人間観としてはサイモンの「限定合理性」概念に代表されるように、情報処理能力に制約のある存在として人間を捉える。

Q2: 規範的アプローチと実証的アプローチの違いを、それぞれの中心的問いと方法論的特徴に即して説明せよ。

A2: 規範的アプローチは「経営はいかにあるべきか」を中心的問いとし、論理的推論や経験則に基づいて最適な経営原則や行動指針を導出する。テイラーの「唯一最善の方法」の探求がその典型例である。一方、実証的アプローチは「経営の現実はどうなっているか」「なぜそうなるか」を問い、観察可能なデータに基づく仮説検証を方法論の中核とする。統計分析や実験によって因果関係を特定し、再現可能な法則性の発見を目指す。前者は実務への処方箋提示を志向し、後者は科学的知識の蓄積を志向する点で異なる。

Q3: 日本の経営学がドイツ経営経済学とアメリカ経営学から受けた影響について、それぞれの時期・特徴・代表的な人物を含めて説明せよ。

A3: 日本の経営学は大正期から昭和戦前期にかけて、まずドイツ経営経済学(Betriebswirtschaftslehre)の強い影響を受けた。上田貞次郎がイギリス・ドイツに留学して経営学の基盤を築き、中西寅雄が1927年に東京帝国大学で「経営経済学」講座を担当した。馬場敬治、増地庸治郎らもドイツ経営経済学の研究を進めた。この時期の特徴は、演繹的・理論体系的な方法論と、簿記・原価計算を基盤とする計数的アプローチであった。戦後は占領期を経てアメリカ経営学が急速に流入し、1955年設立の日本生産性本部による視察団派遣などを通じて、行動科学に基づく組織論や実証的研究手法が普及した。現代の日本の経営学は、これら二つの伝統を統合しつつ、日本的経営論や知識創造理論など独自の研究蓄積を加えた複合的体系となっている。

Q4: 経営学における分析レベルとは何か。また、異なる分析レベル間で知見を安易に適用することがなぜ問題となるか、具体例を挙げて説明せよ。

A4: 分析レベル(Level of Analysis)とは、研究対象を把握する際の粒度・単位のことであり、経営学では個人・集団・組織・産業・制度の各レベルが設定される。あるレベルで得られた知見を別のレベルに直接適用することは「レベル間の誤謬」(cross-level fallacy)と呼ばれ、方法論上の問題となる。たとえば、個人レベルで「動機づけが高い従業員は業績が高い」という関係が観察されたとしても、これをそのまま組織レベルに適用して「動機づけ施策に積極的な組織は業績が高い」と結論づけることは論理的に妥当とは限らない。個人レベルの効果が組織レベルに集約される過程で、集団力学や組織構造の影響が介在するためである。

Q5: 経営学が学際的(interdisciplinary)な学問であるとされる理由を、隣接分野からの具体的な理論的貢献の例を少なくとも二つ挙げて説明せよ。

A5: 経営学が学際的であるとされるのは、経営現象の複雑性ゆえに単一の学問分野の理論・方法だけでは十分に分析できず、複数の社会科学の知見を統合的に活用する必要があるためである。具体的な理論的貢献の例として、第一に、社会学からの貢献として、パウエルとディマジオらの新制度派社会学による「制度的同型化」の概念がある。これは、同一の制度環境下で組織が類似した構造や慣行を採用する傾向を説明し、組織論・経営戦略論に重要な理論的枠組みを提供した。第二に、心理学からの貢献として、動機づけ理論(マズローの欲求階層説、ハーズバーグの動機づけ-衛生理論など)があり、これらは人的資源管理における従業員の動機づけ方策の理論的根拠となっている。さらに経済学からは取引費用理論やエージェンシー理論が導入され、企業の境界決定やガバナンス構造の分析に活用されている。