Module 1-4 - Section 3: 経営管理論の歴史的展開¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-4: 経営学入門(総論) |
| 前提セクション | Section 1(経営学の対象と方法) |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
Section 1では、経営学が「何を」「どのように」研究する学問かを整理し、規範的・実証的・解釈的という三つのアプローチを概観した。本セクションでは、これらのアプローチが歴史的にどのような文脈で生まれ、いかなる問題意識に駆動されて展開してきたかを通観する。
経営管理論(Management Theory)の歴史は、19世紀末から20世紀初頭の工場管理の問題に端を発する。産業革命以降の大規模工場の出現は、「大量の労働者をいかに組織し、効率的に管理するか」という実践的課題を生じさせた。フレデリック・テイラーの科学的管理法に始まり、ファヨールの管理過程論、メイヨーの人間関係論、バーナードの近代組織論、サイモンの意思決定論、ドラッカーのマネジメント論、ミンツバーグの経営者行動研究、そしてコンティンジェンシー理論に至るまで、経営管理論は「機械的効率の追求」から「人間的側面の発見」へ、さらに「環境適応と戦略的思考」へと焦点を移行させてきた。本セクションでは、各理論の内容・意義・限界を正確に把握し、経営管理論の系譜全体を見通す力を養う。
科学的管理法¶
テイラーと科学的管理法の誕生¶
Key Concept: 科学的管理法(Scientific Management) フレデリック・テイラーが体系化した管理手法。作業の科学的分析(時間研究・動作研究)に基づく標準作業量の設定、労働者の科学的選抜と訓練、差別的出来高給制度の導入を柱とする。経験や勘に依存した従来の管理を排し、「科学」に基づく管理を目指した。
フレデリック・ウィンスロー・テイラー(Frederick Winslow Taylor, 1856-1915)は、フィラデルフィアの裕福な家庭に生まれ、ハーバード大学法学部への入学資格を得ながらも視力の問題から進学を断念し、工場の機械工見習いとして職業生活を始めた。ミッドヴェール・スチール社(Midvale Steel Company)での約12年間の勤務を通じて、現場の実態を徹底的に観察する経験を積んだ。
テイラーが問題視したのは、当時の工場に蔓延していた「組織的怠業」(systematic soldiering)であった。労働者は、能率を上げれば賃率が切り下げられることを恐れ、意図的に作業速度を落としていた。経営者側も、一日の「公正な作業量」がどれだけかを科学的に把握する手段を持たず、経験と勘に基づく成り行き管理(rule of thumb)に依存していた。テイラーはこの状況を「双方にとっての損失」と捉え、科学的な方法によって「公正な一日の作業量」(a fair day's work)を客観的に決定しようとした。
科学的管理法の四原則¶
テイラーは1911年に『科学的管理法の原理』(The Principles of Scientific Management)を公刊し、以下の四原則を提示した。
- 課業の科学的設定: 時間研究(time study)と動作研究(motion study)によって、各作業の最善の方法と標準的な作業量(課業、task)を科学的に決定する
- 労働者の科学的選抜と訓練: 各作業に最も適した労働者を科学的に選抜し、体系的に訓練する
- 労使の協力: 科学的に設定された方法に従って作業が行われるよう、経営者と労働者が緊密に協力する
- 管理者と労働者の職能分担: 従来は労働者が担っていた作業の計画・設計を管理者が引き受け、労働者は執行に専念する
ベスレヘム・スチール社での銑鉄運搬実験¶
テイラーの実験のなかで最も有名なのが、ベスレヘム・スチール社(Bethlehem Steel Company)における銑鉄運搬実験である。テイラーが着任した当時、労働者一人あたりの銑鉄運搬量は1日約12.5トンであった。テイラーは時間研究によって、適切な休憩を挟めば1日47.5トンの運搬が可能であると算出した。
テイラーは「シュミット」と呼ばれるオランダ系移民の労働者を被験者に選び、時計を持った監督者の指示に従って「運べ」「休め」のサイクルで作業させた。結果、シュミットは1日47.5トンの銑鉄を運搬し、生産性は従来の約3.8倍に向上した。日給は1.15ドルから1.85ドルに引き上げられた(約60%増)。テイラーはこの結果を、科学的管理法の有効性を示す証拠として提示した。
差別的出来高給制度¶
テイラーは賃金制度においても革新を試みた。従来の単純出来高給制度では、労働者が能率を上げても賃率が切り下げられるため怠業の動機が生じた。テイラーは「差別的出来高給制度」(differential piece-rate system)を提案した。これは、標準作業量(課業)を達成した労働者には高い賃率を、達成できなかった労働者には低い賃率を適用するものである。課業の達成・未達成によって賃率が不連続に変化する点が、労働者の動機づけに効果を持つとされた。
科学的管理法の意義と限界¶
科学的管理法の最大の意義は、経営管理を「科学」の対象として捉える視座を確立したことにある。経験と勘に基づく属人的な管理から、データと分析に基づく体系的な管理への転換を志向した点で、近代的な経営管理の出発点とされる。
しかし、テイラーの手法には批判も多い。第一に、労働者を経済的動機のみで動く存在として捉え、社会的・心理的欲求を軽視した点が指摘される。第二に、「唯一最善の方法」(one best way)の存在を前提とした点は、後のコンティンジェンシー理論によって否定される。第三に、構想と執行の分離は労働の脱技能化(deskilling)をもたらし、労働組合からの強い反発を招いた。1912年には米国議会で公聴会が開かれ、テイラー・システムの非人間性が問題視されている。
フォーディズム¶
ヘンリー・フォードと移動組立ライン¶
Key Concept: フォーディズム(Fordism) ヘンリー・フォードが確立した大量生産方式の総称。移動組立ライン(moving assembly line)による連続的生産、部品の標準化・互換性、高賃金・低価格戦略を特徴とする。20世紀の製造業の支配的パラダイムとなった。
ヘンリー・フォード(Henry Ford, 1863-1947)は、テイラーの科学的管理法の原理を生産現場に大規模に応用し、大量生産方式を確立した。フォードはテイラーの理論家としての業績を実践面で拡張した存在と位置づけられる。
1908年に発売されたモデルT(Model T)は、「大衆のための自動車」を標榜する製品であった。フォードの革新は、1913年にミシガン州ハイランドパーク工場で導入した移動組立ライン(moving assembly line)にある。それまでの自動車生産は、熟練工が一台の自動車を組み上げる方式であったが、フォードは作業を細分化し、コンベヤー上を移動する車体に対して各工程の労働者が単一の作業を反復する方式を導入した。この結果、1台あたりの組立時間は12時間以上から1時間33分にまで短縮された。
高賃金・低価格戦略(5ドル・デー)¶
移動組立ラインは生産性を飛躍的に向上させたが、単調な反復作業は労働者の不満と高い離職率をもたらした。1913年末にはフォード社の年間離職率は380%に達した。この問題に対してフォードは1914年1月、日給5ドル・8時間労働制(Five-Dollar Day)を導入した。これは従前の日給2.34ドル・9時間労働と比較して賃金を倍以上に引き上げるものであった。
この高賃金政策は、労働力の安定確保という直接的効果に加え、高賃金の労働者が自社製品の購買層となるという循環的効果をもたらした。フォード自身も「自社の労働者が買える価格の自動車を作る」ことを経営理念として掲げていた。モデルTの価格は、1908年の850ドルから1925年には260ドルにまで低下し、自動車の大衆化を実現した。
フォーディズムの意義と限界¶
フォーディズムは、標準化された製品の大量生産によるコスト削減と、高賃金による需要創出を組み合わせた生産・消費の好循環モデルとして、20世紀の資本主義経済の基調を形成した。しかし、製品の多様性を犠牲にした画一的生産(フォードの有名な言葉「どんな色でも好きな色を選べる、黒である限り」)は、消費者ニーズの多様化に対応できず、1920年代にはGMのアルフレッド・スローン(Alfred Sloan)による多品種・セグメント別戦略に競争優位を奪われることとなった。
管理過程論¶
ファヨールの管理理論¶
Key Concept: 管理過程論(Administrative Management Theory) アンリ・ファヨールが提唱した管理の理論。企業活動を六つの職能に分類し、そのなかの管理的活動を計画・組織・命令・調整・統制の五つの要素に分解した。組織全体の管理を対象とする「トップダウン」の視点に立つ点でテイラーの「ボトムアップ」の視点と対照的である。
ジュール・アンリ・ファヨール(Jules Henri Fayol, 1841-1925)は、フランスの鉱山技師・企業経営者であり、コマントリー・フルシャンボー鉱山会社(Comambault)の経営者として30年以上にわたり経営の実務に携わった人物である。ファヨールは1916年に『産業ならびに一般の管理』(Administration Industrielle et Générale)を刊行し、管理の一般理論を体系的に展開した。
テイラーが工場の現場作業(shop floor)から出発して管理の問題に接近したのに対し、ファヨールは経営者の視点から企業全体の管理を論じた。この意味で、テイラーのアプローチが「ボトムアップ」であるのに対し、ファヨールのそれは「トップダウン」と特徴づけられる。
企業活動の六分類と管理の五機能¶
ファヨールはまず、企業の活動を以下の六つの職能に分類した。
| 職能 | 内容 |
|---|---|
| 技術的活動 | 生産・製造・加工 |
| 商業的活動 | 購買・販売・交換 |
| 財務的活動 | 資本の調達・運用 |
| 保全的活動 | 財産・従業員の保護 |
| 会計的活動 | 財産目録・貸借対照表・原価計算・統計 |
| 管理的活動 | 計画・組織・命令・調整・統制 |
このうち六番目の「管理的活動」こそが、他のすべての活動を統合・調整する機能であり、経営者の本質的職能であるとファヨールは主張した。管理的活動の内容は以下の五つの要素からなる。
- 計画(Prévoir / Planning): 将来を予測し、行動計画を策定する
- 組織(Organiser / Organizing): 物的・人的資源を構造化し、役割と権限を配分する
- 命令(Commander / Commanding): 従業員に対して指示を与え、活動を開始させる
- 調整(Coordonner / Coordinating): 各活動を統一し、全体としての調和を確保する
- 統制(Contrôler / Controlling): 計画に照らして実績を評価し、逸脱を是正する
管理の14原則¶
ファヨールはさらに、管理の実践に適用すべき14の一般原則を提示した。代表的なものとして、分業(division of work)、権限と責任(authority and responsibility)、規律(discipline)、命令の一元性(unity of command)、指揮の一元性(unity of direction)、全体利益の個人利益に対する優先(subordination of individual interests to the general interest)、公正な報酬(remuneration)、集権と分権の均衡(centralization)、階層組織(scalar chain)、秩序(order)、公正(equity)、従業員の安定(stability of tenure of personnel)、創意(initiative)、団結(esprit de corps)がある。
ファヨールはこれらの原則を「硬直的な規則」ではなく「柔軟に適用すべき指針」として位置づけた点が重要である。
管理過程論の意義と展開¶
ファヨールの管理過程論は、管理を体系的に分析可能な「過程」として捉える視座を確立した。この視座は後に、ルーサー・ギューリック(Luther Gulick)のPOSDCORB(Planning, Organizing, Staffing, Directing, Coordinating, Reporting, Budgeting)やハロルド・クーンツ(Harold Koontz)の管理過程学派に継承された。ファヨールの著作は1929年に英訳されてアメリカに紹介されるまで、英語圏では知られていなかったが、以後の管理論・組織論に多大な影響を与えた。
人間関係論とホーソン実験¶
ホーソン実験の経緯¶
Key Concept: 人間関係論(Human Relations Theory) エルトン・メイヨーらのホーソン実験を契機として展開された経営管理論の一潮流。労働者の生産性は物理的作業条件よりも、職場の人間関係・集団規範・社会的欲求の充足によって規定されるとする。科学的管理法の機械的人間観に対するアンチテーゼとして位置づけられる。
Key Concept: ホーソン実験(Hawthorne Studies) 1924年から1932年にかけて、ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われた一連の実験・調査。当初は物理的作業条件と能率の関係を調査する目的で開始されたが、予想外の結果から人間の社会的・心理的要因の重要性が発見され、人間関係論の出発点となった。
ホーソン実験は、シカゴ郊外にあるウェスタン・エレクトリック社(Western Electric Company)のホーソン工場で、1924年から1932年にかけて行われた一連の実験と調査である。実験は以下の四段階で進行した。
第一段階: 照明実験(1924-1927)¶
当初、全米科学アカデミー(National Research Council)の支援のもと、照明の明るさと作業能率の関係を調査する目的で実験が開始された。実験群では照明を段階的に明るくし、統制群では照明を一定に保った。科学的管理法の発想に基づけば、照明を改善すれば能率が向上するはずであった。
しかし結果は予想に反した。実験群では照明を明るくしても暗くしても能率が向上し、統制群でも照明を変えていないにもかかわらず能率が上がった。この結果は、物理的条件のみでは生産性を説明できないことを示唆し、研究者を困惑させた。
第二段階: 継電器組立実験(1927-1929)¶
照明実験の結果を受けて、ハーバード大学のエルトン・メイヨー(George Elton Mayo, 1880-1949)とフリッツ・レスリスバーガー(Fritz Roethlisberger, 1898-1974)が研究に参加した。6名の女性労働者を選び出し、通常の作業場から隔離された実験室で継電器(リレー)の組立作業を行わせた。休憩時間、就業時間、軽食の提供、賃金制度など、さまざまな作業条件を変更しながら能率の変化を観察した。
結果は再び予想外であった。作業条件を改善しても悪化させても、能率は一貫して向上し続けた。研究者たちは、この結果を労働者が「実験に選ばれた」という特別な関心を向けられていることへの意識、小集団内での良好な人間関係、監督方式の変化(命令的→協力的)によるものと解釈した。
第三段階: 面接調査(1928-1930)¶
研究チームは、労働者の態度と感情が生産性に影響するという仮説のもと、工場全体で大規模な面接調査を実施した。約2万1,000人の従業員に対して非指示的面接(non-directive interview)を行い、職場に対する不満や感情を聴取した。この調査から、労働者の不満は客観的な作業条件そのものよりも、職場の人間関係や個人の感情・態度に起因する部分が大きいことが明らかになった。
第四段階: バンク配線作業実験(1931-1932)¶
最終段階では、14名の男性労働者からなるバンク配線作業(bank wiring)の集団を観察した。この観察から、労働者の集団内に公式組織とは異なる非公式組織(informal organization)が存在し、集団内で暗黙の生産規範(一日の「適正な」作業量)が共有されていることが発見された。この規範を超えて生産する者は「rate buster(稼ぎすぎ)」と呼ばれ、下回る者は「chiseler(怠け者)」と呼ばれて、いずれも集団からの社会的制裁を受けた。生産量は、個人の能力や経済的動機ではなく、集団の社会的規範によって規定されていたのである。
人間関係論の主要な知見¶
ホーソン実験から導かれた主要な知見は以下のとおりである。
- 社会的欲求の重要性: 労働者は経済的動機のみで動く存在ではなく、所属感・承認・人間関係などの社会的欲求に強く動機づけられる
- 非公式組織の存在と機能: 公式の組織構造とは別に、自然発生的な人間関係に基づく非公式組織が存在し、集団の行動規範・生産量を規定する
- 監督方式の重要性: 権威的・命令的な監督よりも、労働者の感情に配慮した参加的・民主的な監督が生産性を高める
- 感情の論理: 労働者の行動は「効率の論理」(経済合理性)だけでなく「感情の論理」(社会的・心理的要因)にも支配される
人間関係論の意義と批判¶
人間関係論の意義は、科学的管理法が前提とした「経済人」(homo economicus)モデルに対して「社会人」(social man)モデルを提示し、労働者の人間的側面に注目する視座を経営学にもたらしたことにある。これにより、動機づけ理論、リーダーシップ論、集団力学、組織文化論など、組織行動論の諸領域が発展する基盤が形成された。
しかし批判も多い。第一に、実験の方法論的厳密性への疑問が提起されている(被験者の選抜バイアス、結果の解釈の恣意性など)。第二に、「ホーソン効果」(実験的注目を受けること自体が行動を変化させる効果)の問題が指摘され、結果の妥当性が議論されている。第三に、人間関係の改善のみで生産性が向上するという主張は楽観的にすぎ、労使間の構造的な利害対立を覆い隠す「経営者のイデオロギー」であるとの批判もある。
近代組織論: バーナードの貢献¶
バーナードと『経営者の役割』¶
チェスター・アーヴィング・バーナード(Chester Irving Barnard, 1886-1961)は、ニュージャージー・ベル電話会社(New Jersey Bell Telephone Company)の社長を務めた実務家であり、1938年に主著『経営者の役割』(The Functions of the Executive)を刊行した。バーナードは経営の実務経験と社会科学の理論的知見(特にヴィルフレド・パレートの社会学)を統合し、組織の一般理論を構築した。
Key Concept: 組織の3要素(Three Elements of Organization) バーナードが定義した公式組織の成立条件。共通目的(common purpose)、貢献意欲(willingness to cooperate)、コミュニケーション(communication)の三つからなる。この三要素のいずれが欠けても組織は成立しないとされる。
組織の定義と三要素¶
バーナードは組織を「意識的に調整された二人またはそれ以上の人々の活動や諸力のシステム」(a system of consciously coordinated activities or forces of two or more persons)と定義した。この定義で重要な点は、組織を「人の集まり」ではなく「活動のシステム」として捉えていることである。
バーナードによれば、公式組織が成立するためには以下の三要素が不可欠である。
- 共通目的(Common Purpose): 組織のメンバーが共有する目標。組織の存在理由であり、協働行為の方向性を規定する
- 貢献意欲(Willingness to Cooperate): メンバーが組織の共通目的のために自らの活動を提供しようとする意思。組織のエネルギー源となる
- コミュニケーション(Communication): 共通目的と貢献意欲を結びつけ、協働を実現するための伝達過程。組織の神経系に相当する
誘因と貢献の均衡理論¶
バーナードは、組織が存続するためには、メンバーの貢献意欲を継続的に確保しなければならないと論じた。そのためには、組織がメンバーに提供する誘因(inducements)が、メンバーが組織に提供する貢献(contributions)を上回るか、少なくとも均衡している必要がある。
誘因には、金銭的報酬のみならず、地位・威信、仕事の面白さ、社会的つながり、組織目的への共感など、物質的・非物質的な要素が含まれる。メンバーが「誘因 ≧ 貢献」と主観的に判断する限り、組織への参加が継続される。この「誘因と貢献の均衡理論」(inducements-contributions theory)は、後にサイモンとジェームズ・マーチ(James March)によって「組織均衡理論」として精緻化された。
権威受容説¶
バーナードのもう一つの重要な貢献は、権威(authority)に関する理論である。伝統的な見解では、権威は組織の上位者が下位者に対して持つ命令権として、組織の上方から下方へ流れるものと理解されていた。バーナードはこれを逆転させ、権威は命令を受ける側の受容(acceptance)によって成立するという「権威受容説」(acceptance theory of authority)を主張した。
すなわち、部下が命令を受容する条件は、(1) 命令の内容を理解できること、(2) 命令が組織目的に反しないと判断すること、(3) 命令が個人的利害と両立すること、(4) 命令を遂行する能力があること、の四つである。これらの条件を満たす命令は「無関心圏」(zone of indifference)に含まれ、疑問なく受容される。
バーナード理論の意義¶
バーナードの理論は、組織を「協働システム」(cooperative system)として捉え、組織の存続条件を体系的に分析した点で、近代組織論の出発点とされる。とりわけ、組織を人間の協働意思に基づく動態的なシステムとして把握した点、公式組織と非公式組織の機能的関係を論じた点、経営者の本質的職能を組織の維持にあると位置づけた点は、その後の組織論に決定的な影響を与えた。
意思決定論: サイモンの貢献¶
サイモンと『経営行動』¶
ハーバート・アレクサンダー・サイモン(Herbert Alexander Simon, 1916-2001)は、バーナードの組織論を継承・発展させ、意思決定を軸とした経営学の理論体系を構築した。1947年に刊行した主著『経営行動』(Administrative Behavior)は、組織における意思決定過程の分析を通じて、経営学に行動科学的基盤を与えた。サイモンは1978年にノーベル経済学賞を受賞している。
意思決定の三段階¶
サイモンは、管理(administration)の本質は意思決定(decision-making)にあると主張した。組織の行動は、究極的には組織メンバーの意思決定の連鎖として記述できる。サイモンは意思決定のプロセスを以下の三段階に分類した。
- 情報活動(Intelligence Activity): 意思決定の必要性を認識し、関連する情報を収集・分析する段階
- 設計活動(Design Activity): 可能な代替案を考案・開発する段階
- 選択活動(Choice Activity): 代替案の中から一つを選択する段階
限定合理性と満足化原理¶
サイモンの最大の理論的貢献は、人間の合理性の限界を体系的に論じた点にある。Section 1で触れた限定合理性(Bounded Rationality)の概念を、ここではサイモンの意思決定論の文脈で詳しく検討する。
新古典派経済学は、意思決定者が全ての代替案とその結果を知悉し、一貫した選好体系に基づいて最適な選択を行う「経済人」(economic man)モデルを前提としていた。サイモンはこの前提を批判し、現実の意思決定者は以下の制約に直面すると指摘した。
- 情報の制約: 全ての代替案を網羅的に探索することは不可能である
- 認知能力の制約: 複雑な問題の全ての結果を予測・評価する計算能力を持たない
- 時間の制約: 意思決定に利用可能な時間は有限である
このような制約のもとでは、「最適化」(optimizing)ではなく「満足化」(satisficing)が現実的な意思決定の原理となる。すなわち、意思決定者は全ての代替案を比較検討して最善のものを選ぶのではなく、自らの要求水準(aspiration level)を満たす最初の代替案が見つかった時点で探索を打ち切り、それを採用する。サイモンはこの意思決定主体を「経営人」(administrative man)と呼び、「経済人」モデルとの対比を明確にした。
サイモン理論の意義¶
サイモンの理論は、経営学にとって以下の点で画期的であった。第一に、意思決定を経営管理の中核概念として確立した。第二に、限定合理性の概念によって、現実の人間行動に即した組織理論の構築を可能にした。第三に、組織の存在理由を「個人の合理性の限界を補完するもの」として位置づけ、組織が情報処理・意思決定のための制度的装置であるという見方を提供した。
ドラッカーの経営論¶
ドラッカーとマネジメントの体系化¶
ピーター・ファーディナンド・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker, 1909-2005)は、オーストリア・ウィーンに生まれ、後にアメリカに移住した経営学者・社会思想家である。「マネジメントの発明者」とも称されるドラッカーは、経営管理を一つの体系的な実践の領域として確立することに貢献した。
ドラッカーの最初の本格的な経営研究は、ゼネラル・モーターズ(GM)の組織分析であった。1943年にGM幹部からの依頼を受け、2年間にわたる徹底的な内部調査を行い、その成果を1946年に『企業とは何か』(Concept of the Corporation)として刊行した。この著作でドラッカーは、GM会長アルフレッド・スローン(Alfred P. Sloan, Jr.)が確立した分権的事業部制組織の原理を分析し、大企業のマネジメントを初めて体系的・実証的に研究した。同書はベストセラーとなり、フォード社やGE社など多くの企業がドラッカーの分析を自社の組織改革の参考とした。
マネジメントの体系化¶
1954年に刊行された『現代の経営』(The Practice of Management)は、マネジメントを一つの独立した知識体系として位置づけた画期的な著作である。ドラッカーはこの著作で、マネジメントの基本的な仕事を以下のように整理した。
- 事業の目的と使命を定義する: 企業が社会に対して果たすべき目的を明確にする
- 生産的な仕事を組織し、人を活かす: 人的資源を効果的に活用する
- 社会への影響に対処し、社会的責任を果たす: 企業活動が社会に与える影響を管理する
Key Concept: 目標管理(Management by Objectives, MBO) ドラッカーが『現代の経営』(1954年)で提唱した管理手法。組織の全体目標を個人の目標に翻訳し、各人が自己統制(self-control)によって目標達成を追求する仕組み。正式名称は「目標と自己統制による管理」(Management by Objectives and Self-Control)である。
目標管理(MBO)の本質¶
ドラッカーのMBOは、テイラーの「外部からの統制」やファヨールの「命令」とは根本的に異なり、「自己統制」(self-control)を核心とする。ドラッカーの構想では、組織の全体目標が各部門・各個人の具体的な目標に翻訳され、各人がその目標に対して自律的に責任を持つ。上司の役割は逐一の命令・監視ではなく、目標の設定と成果の評価にある。
しかし、日本をはじめとする多くの国でMBOが普及する過程で「自己統制」の要素が脱落し、事実上のノルマ管理に変質したケースが多いことが指摘されている。
知識労働者の概念¶
ドラッカーの先見性を示す重要な概念の一つが「知識労働者」(knowledge worker)である。ドラッカーは、20世紀後半以降の経済が肉体労働から知識労働へと移行しつつあることをいち早く認識し、知識労働者のマネジメントが経営の中心課題になると予見した。知識労働者は、指示・監督によって管理される存在ではなく、専門的知識と判断力に基づいて自律的に成果を生み出す存在であり、その動機づけと生産性の管理には従来の管理手法とは異なるアプローチが必要とされる。
ミンツバーグの経営者行動研究¶
ミンツバーグによる経営者の実態調査¶
ヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg, 1939-)は、カナダ・マギル大学の経営学教授であり、経営者の実際の行動を実証的に観察・分析することで、ファヨール以来の「管理過程」(計画・組織・命令・調整・統制)モデルに異議を唱えた。
1973年の著作『マネジャーの仕事』(The Nature of Managerial Work)において、ミンツバーグは5人のCEOの活動を一週間にわたって詳細に観察(structured observation)した。その結果、経営者の仕事は「計画→組織→命令→調整→統制」という整然としたプロセスとは大きく異なり、「短時間で断片的な多数の活動を、頻繁な中断のもとで処理する」ものであることを明らかにした。
経営者の10の役割¶
ミンツバーグは、観察に基づいて経営者の役割を以下の三カテゴリー・10の役割に分類した。
対人関係の役割(Interpersonal Roles)
| 役割 | 内容 |
|---|---|
| フィギュアヘッド(Figurehead) | 組織の象徴として儀礼的・対外的義務を果たす |
| リーダー(Leader) | 部下の動機づけ・指導・人材配置を行う |
| リエゾン(Liaison) | 組織外部のネットワークを構築・維持する |
情報関連の役割(Informational Roles)
| 役割 | 内容 |
|---|---|
| モニター(Monitor) | 組織内外から情報を収集・監視する |
| 周知伝達役(Disseminator) | 外部情報を組織内部に伝達する |
| スポークスパーソン(Spokesperson) | 組織の情報を外部に発信する |
意思決定の役割(Decisional Roles)
| 役割 | 内容 |
|---|---|
| 企業家(Entrepreneur) | 環境変化を機会として捉え、変革を主導する |
| 障害処理者(Disturbance Handler) | 予期せぬ問題・危機に対処する |
| 資源配分者(Resource Allocator) | 組織の資源配分を決定する |
| 交渉者(Negotiator) | 外部の利害関係者との交渉を行う |
戦略クラフティング¶
ミンツバーグは戦略論においても独自の貢献をなした。1987年の論文「Crafting Strategy」で、従来の「戦略は分析的に策定(formulate)されるもの」という見方に対して、「戦略は工芸品のように手仕事で形成(craft)されるもの」という見方を提示した。
ミンツバーグによれば、現実の戦略は事前の合理的計画(deliberate strategy)だけでなく、日々の行動パターンのなかから事後的に立ち現れる創発的戦略(emergent strategy)の要素を含む。優れた経営者は戦略を「設計図を描くように計画する」のではなく、「陶芸家が粘土を形作るように」環境との相互作用のなかで戦略を形成する。戦略の策定(formulation)と実行(implementation)は分離可能な別個の段階ではなく、学習を通じて融合する流動的なプロセスであるとした。
コンティンジェンシー理論¶
「唯一最善の方法」への批判¶
Key Concept: コンティンジェンシー理論(Contingency Theory) 組織の有効性は環境条件によって異なるとする理論群の総称。「あらゆる状況に適用可能な唯一最善の組織構造は存在しない」という命題を共有する。1960年代にバーンズ=ストーカー、ウッドワード、ローレンス=ローシュらの実証研究によって確立された。「状況適合理論」「条件適応理論」とも訳される。
テイラーの「唯一最善の方法」、ファヨールの「管理の一般原則」は、いずれも状況や文脈を問わず適用可能な普遍的原理の存在を前提としていた。コンティンジェンシー理論は、この前提を実証的に否定する。組織の有効性は、環境・技術・規模などの条件変数(contingency factors)と組織の構造的特性との「適合」(fit)によって決定されるというのが、この理論群に共通する主張である。
バーンズとストーカー: 機械的組織と有機的組織¶
トム・バーンズ(Tom Burns, 1913-2001)とG.M.ストーカー(G.M. Stalker)は、1961年の著作『イノベーションの条件』(The Management of Innovation)において、イギリスの20社を調査し、二つの対照的な組織構造を類型化した。
| 特性 | 機械的組織(Mechanistic) | 有機的組織(Organic) |
|---|---|---|
| 課業の性格 | 専門化・細分化された固定的課業 | 状況に応じて再定義される流動的課業 |
| 権限構造 | 階層的・集権的 | 分散的・ネットワーク的 |
| コミュニケーション | 垂直的(上意下達) | 水平的・横断的 |
| 統制方式 | 規則・手続きによる統制 | 相互調整による統制 |
| 環境への適合 | 安定的環境に適合 | 変動的・不確実な環境に適合 |
バーンズとストーカーは、いずれの組織形態が「優れている」かではなく、環境の安定性・不確実性に応じてどちらが有効かが決まるとした。
ウッドワード: 技術と組織構造¶
ジョーン・ウッドワード(Joan Woodward, 1916-1971)は、1958年の著作『産業組織論』(Management and Technology)において、イギリス南東部の100社を対象とする実証研究を行った。ウッドワードは生産技術を(1)単品・小バッチ生産、(2)大量生産、(3)装置型(プロセス)生産の三類型に分類し、各類型によって有効な組織構造が異なることを明らかにした。
- 大量生産には機械的組織が適合する
- 単品・小バッチ生産および装置型生産には有機的組織が適合する
ウッドワードの研究は、生産技術という組織内部の変数が組織構造を規定するという知見を提供した。
ローレンスとローシュ: 分化と統合¶
ポール・ローレンス(Paul Lawrence, 1922-2011)とジェイ・ローシュ(Jay Lorsch, 1932-)は、1967年の著作『組織の条件適応理論』(Organization and Environment)において、「コンティンジェンシー理論」という呼称を普及させた。
ローレンスとローシュは、プラスチック産業・食品産業・容器産業という環境の不確実性が異なる三つの産業を比較し、以下の知見を得た。
- 分化(Differentiation): 環境の不確実性が高い産業の企業は、各部門がそれぞれの下位環境に適応するため、部門間の分化(目標志向・時間志向・人間関係志向の違い)が大きくなる
- 統合(Integration): 分化が進むほど、部門間の統合(調整)の必要性が高まり、高業績企業は分化と統合の両方を高い水準で実現していた
- 環境の不確実性が異なれば、有効な組織構造も異なる。唯一最善の組織は存在しない
コンティンジェンシー理論の意義¶
コンティンジェンシー理論は、経営管理論の歴史において重要な転換点を画す。テイラー以来の「普遍的原理」の追求から、「文脈に応じた適合」の探求へと、研究のパラダイムを転換させたためである。この理論以降、経営学は「どの管理手法が最善か」ではなく「どの条件のもとでどの管理手法が有効か」を問うようになった。
経営管理論の系譜: 全体の見取り図¶
以下のMermaid図は、本セクションで扱った各理論の時系列的展開と、焦点の変遷を示す。
graph LR
subgraph A ["機械的効率の追求 1900s-1920s"]
T["科学的管理法<br/>テイラー 1911"]
FD["フォーディズム<br/>フォード 1913"]
FA["管理過程論<br/>ファヨール 1916"]
end
subgraph B ["人間的側面の発見 1920s-1940s"]
HW["ホーソン実験<br/>メイヨー 1924-1932"]
BA["近代組織論<br/>バーナード 1938"]
end
subgraph C ["組織と意思決定の科学 1940s-1960s"]
SI["意思決定論<br/>サイモン 1947"]
DR["マネジメント論<br/>ドラッカー 1954"]
end
subgraph D ["環境適応と多元的視座 1960s-"]
CT["コンティンジェンシー理論<br/>1960s"]
MZ["経営者行動研究<br/>ミンツバーグ 1973"]
end
T --> FD
T --> HW
FA --> BA
HW --> BA
BA --> SI
SI --> DR
DR --> MZ
T --> CT
FA --> CT
各理論の焦点の変遷を整理すると、以下のようになる。
graph TD
P1["第1段階: 作業・生産の効率化<br/>テイラー / フォード / ファヨール"]
P2["第2段階: 人間の社会的・心理的側面<br/>メイヨー / バーナード"]
P3["第3段階: 合理的意思決定とその限界<br/>サイモン / ドラッカー"]
P4["第4段階: 環境適応・状況依存性<br/>コンティンジェンシー理論 / ミンツバーグ"]
P1 -->|"「経済人」への反省"| P2
P2 -->|"行動科学の精緻化"| P3
P3 -->|"普遍的原理への懐疑"| P4
まとめ¶
- テイラーの科学的管理法は、経験と勘に基づく管理から、時間研究・動作研究に基づく科学的管理への転換を志向し、近代経営管理の出発点となった。しかし、労働者を経済的動機のみで動く存在として捉える限界があった
- フォードは、テイラーの原理を生産現場に大規模適用し、移動組立ラインと高賃金・低価格戦略によって大量生産・大量消費のモデルを確立した
- ファヨールの管理過程論は、経営者の視点から管理を計画・組織・命令・調整・統制の五機能として体系化し、管理の一般理論の構築を試みた
- メイヨーらのホーソン実験は、物理的条件より人間関係・集団規範が生産性を規定することを発見し、人間関係論の出発点となった。非公式組織の概念は組織論の重要な分析概念となった
- バーナードは、組織を「協働システム」として定義し、共通目的・貢献意欲・コミュニケーションの三要素を組織の成立条件として提示した。誘因と貢献の均衡理論、権威受容説も重要な理論的貢献である
- サイモンは、人間の限定合理性と満足化原理を提唱し、意思決定を経営管理の核心に据えた
- ドラッカーは、マネジメントを独立した知識体系として確立し、目標管理(MBO)や知識労働者の概念を提示した
- ミンツバーグは、経営者の実際の行動を観察し、管理過程論の理想像を批判するとともに、戦略クラフティングの概念を提唱した
- コンティンジェンシー理論は、「唯一最善の組織」の存在を否定し、環境・技術・規模に応じた適合的な組織構造の探求を促した
- 次のセクション(Section 4)では、経営学の主要な下位領域の全体像を概観し、ステークホルダー理論を検討する
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 科学的管理法 | Scientific Management | テイラーが体系化した管理手法。時間研究・動作研究に基づく課業の科学的設定、労働者の科学的選抜と訓練、差別的出来高給制度を柱とする |
| 組織的怠業 | Systematic Soldiering | 労働者が意図的に作業速度を落とす慣行。賃率切り下げへの防衛として行われる |
| フォーディズム | Fordism | フォードが確立した大量生産方式。移動組立ライン、部品の標準化、高賃金・低価格戦略を特徴とする |
| 管理過程論 | Administrative Management Theory | ファヨールが提唱。管理の機能を計画・組織・命令・調整・統制の五つに分類し、管理の一般原則を定式化した理論 |
| 人間関係論 | Human Relations Theory | ホーソン実験を契機に展開された理論。労働者の生産性が人間関係・集団規範・社会的欲求に規定されることを主張する |
| ホーソン実験 | Hawthorne Studies | 1924-1932年にウェスタン・エレクトリック社ホーソン工場で行われた一連の実験・調査。人間関係論の出発点 |
| 非公式組織 | Informal Organization | 公式の組織構造とは別に、自然発生的な人間関係に基づいて形成される集団。独自の行動規範を持つ |
| 組織の3要素 | Three Elements of Organization | バーナードが定義した公式組織の成立条件。共通目的・貢献意欲・コミュニケーション |
| 誘因と貢献の均衡理論 | Inducements-Contributions Theory | 組織がメンバーに提供する誘因が貢献と均衡する限り、組織への参加が継続されるとする理論 |
| 権威受容説 | Acceptance Theory of Authority | 権威は命令を受ける側の受容によって成立するとするバーナードの理論 |
| 満足化原理 | Satisficing Principle | 最適解ではなく、要求水準を満たす最初の代替案を採用する意思決定の原理。サイモンが提唱 |
| 目標管理 | Management by Objectives (MBO) | ドラッカーが提唱。組織の全体目標を個人目標に翻訳し、自己統制によって目標達成を追求する管理手法 |
| 知識労働者 | Knowledge Worker | 専門的知識に基づいて自律的に成果を生み出す労働者。ドラッカーが提唱した概念 |
| 戦略クラフティング | Strategy Crafting | ミンツバーグが提唱。戦略を分析的に策定するのではなく、環境との相互作用のなかで工芸品のように形成する見方 |
| 創発的戦略 | Emergent Strategy | 事前の計画によらず、日々の行動パターンから事後的に立ち現れる戦略 |
| コンティンジェンシー理論 | Contingency Theory | 組織の有効性は環境条件との適合によって決まるとする理論群。唯一最善の組織構造の存在を否定する |
| 機械的組織 | Mechanistic Organization | バーンズ=ストーカーの類型。階層的・集権的構造を持ち、安定的環境に適合する組織形態 |
| 有機的組織 | Organic Organization | バーンズ=ストーカーの類型。分散的・ネットワーク的構造を持ち、不確実な環境に適合する組織形態 |
確認問題¶
Q1: テイラーの科学的管理法の四原則を挙げ、その背景にあった「組織的怠業」の問題との関連を説明せよ。
A1: テイラーの四原則は、(1) 時間研究・動作研究に基づく課業の科学的設定、(2) 労働者の科学的選抜と訓練、(3) 労使の協力、(4) 管理者と労働者の職能分担(構想と執行の分離)である。当時の工場では、労働者が能率を上げると賃率が切り下げられることを恐れて意図的に作業速度を落とす「組織的怠業」が蔓延していた。経営者側も「公正な一日の作業量」を客観的に把握できず、成り行き管理に依存していた。テイラーは、時間研究によって科学的に標準作業量を決定し(第一原則)、適切な労働者を選抜・訓練し(第二原則)、科学的に設定された方法に基づく労使協力を実現し(第三原則)、作業の計画・設計は管理者が担い労働者は執行に専念する(第四原則)ことで、組織的怠業の根本原因を除去しようとした。
Q2: 科学的管理法と人間関係論は、それぞれ労働者をどのような存在として捉えているか。両者の人間観を対比して説明せよ。
A2: 科学的管理法は労働者を「経済人」(homo economicus)として捉え、経済的動機(賃金)によって行動を動機づけられる存在と仮定した。適切な賃金制度(差別的出来高給制度など)を設計すれば、労働者は最大限の能率で作業するとされた。これに対し、人間関係論は労働者を「社会人」(social man)として捉えた。ホーソン実験の結果から、労働者は経済的報酬だけでなく、所属感、承認、良好な人間関係といった社会的欲求にも強く動機づけられること、また非公式組織の集団規範が個人の行動を規定することが明らかになった。労働者の行動を理解するには「効率の論理」だけでなく「感情の論理」をも考慮する必要があるという認識が、両者の根本的な差異である。
Q3: バーナードの「組織の3要素」と「誘因と貢献の均衡理論」の関係を説明せよ。
A3: バーナードは公式組織の成立条件として、共通目的・貢献意欲・コミュニケーションの三要素を挙げた。このうち「貢献意欲」は、メンバーが自発的に組織の目的のために活動を提供しようとする意思であり、これなくして組織は機能しない。誘因と貢献の均衡理論は、この貢献意欲がいかにして確保されるかを説明する理論である。組織がメンバーに提供する誘因(金銭的報酬、地位、仕事の面白さ、社会的つながりなど)が、メンバーが組織に提供する貢献(労働、時間、知識など)と均衡するか上回る限り、メンバーは組織への参加を継続する。この均衡が崩れれば貢献意欲は低下し、組織の三要素の一つが欠けることになるため、組織は存続できなくなる。すなわち、均衡理論は三要素のうち「貢献意欲」の維持メカニズムを説明するものであり、両者は不可分の関係にある。
Q4: コンティンジェンシー理論が、テイラーやファヨールの理論に対してどのような批判的立場をとっているかを、バーンズ=ストーカーの「機械的組織」「有機的組織」の概念を用いて説明せよ。
A4: テイラーは「唯一最善の方法」の存在を前提とし、ファヨールは「管理の一般原則」としてあらゆる組織に適用可能な普遍的原理を提示した。これに対しコンティンジェンシー理論は、「唯一最善の組織構造は存在しない」と主張する。バーンズとストーカーは、イギリス企業20社の調査から、組織構造を階層的・集権的で規則に基づく「機械的組織」と、分散的・ネットワーク的で相互調整に基づく「有機的組織」の二類型に分類した。重要な知見は、どちらの組織形態が一般的に優れているということはなく、安定的な環境では機械的組織が、変動的・不確実な環境では有機的組織が有効であるということである。テイラーやファヨールが志向した組織形態は機械的組織に近いが、それが有効なのは環境が安定している場合に限られ、普遍的に適用可能な原理ではないことをコンティンジェンシー理論は実証的に示した。
Q5: ドラッカーの目標管理(MBO)の本来の趣旨と、テイラーの科学的管理法における管理方式との違いを、「自己統制」の概念に着目して論じよ。
A5: テイラーの科学的管理法では、管理者が時間研究によって「唯一最善の方法」と標準作業量(課業)を科学的に設定し、労働者は管理者の指示に従って作業を執行する。統制は外部から行われ、労働者の自律性は限定的である。構想と執行の分離が原則であり、作業の計画・設計は管理者の専権事項とされた。これに対してドラッカーのMBOは、「目標と自己統制による管理」(Management by Objectives and Self-Control)が正式名称であることが示すように、自己統制を核心とする。組織全体の目標が各個人の目標に翻訳された後は、各人がその目標に対して自律的に責任を持ち、自らの判断で仕事を進める。上司の役割は逐一の命令・監視ではなく、目標の設定と成果の評価である。テイラーが「外部からの統制」によって効率を追求したのに対し、ドラッカーは「内部からの自己統制」によって成果を追求する点に根本的な相違がある。