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Module 1-4 - Section 4: 経営学の主要領域とステークホルダー理論

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-4: 経営学入門(総論)
前提セクション Section 2(企業の諸形態と株式会社制度)、Section 3(経営管理論の歴史的展開)
想定学習時間 3時間

導入

Section 2では株式会社制度の原理として所有と経営の分離、エージェンシー理論、コーポレート・ガバナンスを検討した。Section 3では科学的管理法からコンティンジェンシー理論に至る経営管理論の歴史的展開を追い、経営学の理論的基盤がいかに形成されてきたかを概観した。

本セクションでは、こうした理論的基盤の上に展開される経営学の主要な研究領域を俯瞰する。経営学は単一の理論体系ではなく、経営戦略論、マーケティング、コーポレート・ファイナンス、会計学、組織・人的資源管理という五つの主要領域から構成される複合的な学問である。本セクションでは各領域の中核的な問いと基本概念を導入レベルで概観したうえで、企業と社会の関係を問うステークホルダー理論およびCSR(企業の社会的責任)の基礎概念を検討する。これにより、Module 1-4全体の総括として、フェーズ2以降の学習への見取り図を提供する。


経営学の5つの主要領域

経営学の研究領域は多岐にわたるが、企業経営の実践と理論の両面から整理すると、以下の五つの領域に大別される。これらは独立した学問分野として発展してきたが、実際の企業経営においては相互に密接に関連し合っている。

経営戦略論

Key Concept: 経営戦略(Corporate/Business Strategy) 企業が持続的な競争優位を構築し、長期的な目標を達成するために、経営資源の配分と活動領域の選択に関する基本的な方針を定めること。企業全体の方向性を定める企業戦略(corporate strategy)と、個別事業の競争方法を定める事業戦略(business strategy)に大別される。

経営戦略論は「企業はいかにして持続的な競争優位を獲得・維持するか」を中核的な問いとする領域である。アルフレッド・チャンドラー(Alfred D. Chandler Jr.)が『Strategy and Structure』(1962年)において戦略と組織構造の関係を実証的に分析して以来、独立した研究領域として発展した。

経営戦略論の主要なアプローチは以下のように整理される。

アプローチ 代表的論者 中核的な問い
ポジショニング・アプローチ マイケル・ポーター(Michael E. Porter) 産業構造の中でいかに有利な位置を占めるか
資源ベース・アプローチ(RBV) ジェイ・バーニー(Jay B. Barney) 企業固有の経営資源・能力をいかに構築するか
ダイナミック・ケイパビリティ デイヴィッド・ティース(David J. Teece) 変化する環境に対して資源をいかに再構成するか

ポーターは『Competitive Strategy』(1980年)においてファイブフォース分析を提示し、産業の収益性を決定する五つの競争要因(新規参入の脅威、代替品の脅威、買い手の交渉力、売り手の交渉力、既存企業間の競争)を体系化した。一方、バーニーは企業内部の経営資源に着目し、価値があり(Valuable)、希少で(Rare)、模倣困難で(Inimitable)、組織的に活用可能な(Organized)資源が持続的競争優位の源泉になるとするVRIOフレームワークを提示した(→ Phase 2の経営戦略論モジュールで詳述)。

マーケティング

Key Concept: マーケティング(Marketing) 顧客に対する価値の創造・伝達・提供を通じて、顧客との交換関係を管理するプロセス。アメリカ・マーケティング協会(AMA)は2017年の定義で「マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造し、伝達し、提供し、交換するための活動、一連の制度、およびプロセスである」と定めている。

マーケティングの中核的な問いは「顧客にとっての価値をいかに創造し、それを通じて企業の目標をいかに達成するか」である。フィリップ・コトラー(Philip Kotler)は、マーケティングを「ニーズを満たすことによって利益を上げること」と簡潔に定義し、マーケティング・マネジメントの体系を築いた。

マーケティングの基本的な分析枠組みとして、以下の概念が広く用いられる。

  • STP: セグメンテーション(Segmentation)、ターゲティング(Targeting)、ポジショニング(Positioning)の三段階で市場における自社の位置づけを決定するプロセス
  • マーケティング・ミックス(4P): 製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)の四要素を組み合わせてマーケティング戦略を具体化するフレームワーク。エドモンド・ジェローム・マッカーシー(E. Jerome McCarthy)が1960年に提唱した

近年のマーケティング研究は、デジタル技術の進展によりデータ駆動型マーケティング、顧客経験(Customer Experience)管理、サービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)など新たな展開を見せている(→ Phase 2のマーケティング論モジュールで詳述)。

コーポレート・ファイナンス

Key Concept: コーポレート・ファイナンス(Corporate Finance) 企業価値の最大化を目的として、資金調達(financing)、投資決定(investment)、配当政策(payout policy)に関する意思決定を分析する学問領域。企業が将来生み出すキャッシュフローの現在価値として企業価値を捉え、資本コストを基準として経営上の財務的意思決定を評価する。

コーポレート・ファイナンスの中核的な問いは「企業価値を最大化するために、いかに資金を調達し、いかに投資すべきか」である。この領域の理論的基盤として、以下の三つの意思決定領域が設定される。

意思決定領域 中核的な問い 基礎理論
投資決定 どのプロジェクトに投資すべきか NPV(正味現在価値)法、資本コスト
資金調達決定 負債と株主資本の最適な構成は何か モディリアーニ=ミラーの定理(MM定理)
配当政策 利益をいかに株主に還元すべきか 配当無関連命題、シグナリング理論

フランコ・モディリアーニ(Franco Modigliani)とマートン・ミラー(Merton H. Miller)は、完全市場の仮定のもとで資本構成が企業価値に影響しないとするMM定理(1958年)を提示し、コーポレート・ファイナンスの理論的出発点を築いた。現実の市場には法人税、倒産コスト、情報の非対称性が存在するため、MM定理の仮定を緩和することで最適資本構成の理論が展開される(→ Phase 2のファイナンス論モジュールで詳述)。

ファイナンスの議論は、Section 2で検討したエージェンシー理論と密接に関連する。ジェンセンは、負債によるレバレッジがフリーキャッシュフロー問題を緩和し、経営者の規律づけに寄与するという仮説(フリーキャッシュフロー仮説)を提示しており、ガバナンスとファイナンスの交差領域を形成している。

会計学

会計学は「企業の経済活動をいかに測定・記録・報告するか」を中核的な問いとする領域である。会計情報は、企業内部の意思決定と外部の利害関係者への情報開示という二つの機能を担う。

分類 目的 主な利用者
財務会計(Financial Accounting) 外部利害関係者への情報開示 投資家、債権者、規制当局
管理会計(Management Accounting) 内部の経営意思決定の支援 経営者、管理者
監査(Auditing) 財務情報の信頼性の保証 社会全体

財務会計は、会計基準(日本では企業会計原則やIFRS)に従って財務諸表(貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書等)を作成・開示する。管理会計は、原価計算、予算管理、業績評価など、経営者の意思決定に必要な情報を提供する。

会計学はコーポレート・ファイナンスと密接に関連する。ファイナンスが「将来のキャッシュフロー」を重視するのに対し、会計学は「過去の取引の記録と報告」を基礎とするが、両者は企業価値評価において交差する(→ Phase 2の会計学モジュールで詳述)。

組織・人的資源管理

組織・人的資源管理は「組織の中で人はいかに行動し、いかに管理されるべきか」を中核的な問いとする領域であり、組織論(Organization Theory)、組織行動論(Organizational Behavior, OB)、人的資源管理論(Human Resource Management, HRM)を包含する。

Section 3で検討した人間関係論やバーナードの組織論は、この領域の理論的源流に位置づけられる。現代の組織・人的資源管理は以下の主要テーマを扱う。

  • 組織構造とデザイン: 機能別組織、事業部制組織、マトリクス組織など、組織の形態と環境適合の問題(コンティンジェンシー理論の展開)
  • 組織行動: モチベーション理論(マズロー、ハーズバーグ、期待理論)、リーダーシップ論、集団ダイナミクス
  • 人的資源管理: 採用、教育訓練、評価、報酬、キャリア開発など人材の獲得・開発・活用に関する制度設計
  • 組織文化: 組織成員が共有する価値観・信念・行動規範が組織の有効性に与える影響

人的資源管理は、従来の「人事管理(Personnel Management)」が労務管理・労使関係を中心としていたのに対し、人材を企業の戦略的資源として位置づけ、経営戦略と連動した人材マネジメントを志向する点に特徴がある。この考え方は「戦略的人的資源管理(Strategic HRM)」と呼ばれる(→ Phase 2の組織・人的資源管理モジュールで詳述)。


5領域の相互関係

上述の五つの領域は、実際の企業経営においては独立に機能するのではなく、相互に影響し合う。以下の図はその関係を模式的に示したものである。

graph TD
    S["経営戦略論"]
    M["マーケティング"]
    F["コーポレート・ファイナンス"]
    A["会計学"]
    O["組織・人的資源管理"]

    S -->|"事業領域・競争方法の決定"| M
    S -->|"投資・資源配分の方針"| F
    S -->|"組織設計・人材戦略"| O
    M -->|"売上・市場情報の提供"| F
    M -->|"顧客情報の還元"| S
    F -->|"財務データの供給"| A
    A -->|"業績評価情報"| S
    A -->|"コスト情報"| M
    O -->|"人的資源の能力・制約"| S
    F -->|"報酬制度の設計基盤"| O

経営戦略は企業全体の方向性を規定し、マーケティング、ファイナンス、組織の各領域における具体的な施策の前提条件を設定する。同時に、各領域からのフィードバック(市場情報、財務制約、組織能力の制約など)が戦略の修正を促す。会計はこれらすべての領域に対して測定・評価のための情報基盤を提供する。このように、五領域は循環的・相互依存的な関係にある。


ステークホルダー理論

株主至上主義からステークホルダー理論へ

Section 2で検討したコーポレート・ガバナンスの議論において、企業は「誰のために」経営されるべきかという問いが提起された。この問いに対する伝統的な回答が、ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)に代表される株主至上主義(shareholder primacy)である。

フリードマンは1970年のニューヨーク・タイムズ紙への寄稿「The Social Responsibility of Business Is to Increase Its Profits」において、企業の社会的責任は利潤の増大にあると主張した。この立場では、経営者は株主の代理人(エージェント)であり、株主の利益を最大化することが唯一の責務とされる。社会的目的への支出は、株主から委託された資金の流用であり、実質的な「課税」に等しいとフリードマンは論じた。

これに対し、R・エドワード・フリーマン(R. Edward Freeman)は『Strategic Management: A Stakeholder Approach』(1984年)において、企業経営を株主のみならず多様な利害関係者の観点から捉え直す理論的枠組みを提示した。

Key Concept: ステークホルダー理論(Stakeholder Theory) 企業の目的を株主利益の最大化に限定せず、企業活動によって影響を受ける、または企業活動に影響を与えうるすべての利害関係者(ステークホルダー)の利益を考慮して経営を行うべきとする理論。フリーマンはステークホルダーを「組織の目的の達成に影響を与えうる、あるいはそれによって影響を受けるあらゆる集団または個人」と定義した。

ステークホルダーの分類と関係構造

フリーマンの理論において、企業を取り巻くステークホルダーは以下のように整理される。

graph TD
    E["企業"]
    SH["株主"]
    EM["従業員"]
    CU["顧客"]
    SU["供給業者"]
    CO["地域社会"]
    GO["政府・規制当局"]
    CR["債権者"]
    NP["NGO・市民団体"]
    ME["メディア"]
    ENV["自然環境"]

    SH --- E
    EM --- E
    CU --- E
    SU --- E
    CO --- E
    GO --- E
    CR --- E
    NP --- E
    ME --- E
    ENV --- E

ステークホルダー理論の要点は、以下の三つの側面から整理される。

側面 内容
記述的側面(Descriptive) 企業は実際に多様なステークホルダーとの関係の中で経営されているという事実認識
道具的側面(Instrumental) ステークホルダーの利益を考慮する経営は、長期的には企業業績の向上に寄与するという因果的主張
規範的側面(Normative) ステークホルダーの利益はそれ自体として尊重されるべきであるという倫理的主張

この三分類はトーマス・ドナルドソン(Thomas Donaldson)とリー・プレストン(Lee E. Preston)が1995年の論文で提示したものであり、ステークホルダー理論の性格を理解する上で重要な枠組みである。

株主至上主義との論争

フリードマンとフリーマンの立場の対立は、企業の目的論における根本的な論争を構成する。

論点 株主至上主義(フリードマン) ステークホルダー理論(フリーマン)
企業の目的 株主利益の最大化 多様なステークホルダーへの価値創造
経営者の責務 株主の代理人 多元的利害の調整者
社会的責任 利潤追求そのものが社会的責任 社会的・環境的配慮を経営に内在化
時間軸 短期的な株主価値 長期的な持続可能性
理論的背景 新古典派経済学、エージェンシー理論 経営倫理、戦略論、システム論

この論争は単なる学術的議論にとどまらず、実務上の帰結を伴う。2019年、アメリカの主要企業経営者の団体であるビジネス・ラウンドテーブル(Business Roundtable)は、それまでの「株主至上主義」を見直し、すべてのステークホルダーへの価値提供を企業の目的とする声明を発表した。また、世界経済フォーラム(World Economic Forum)も「ステークホルダー資本主義(stakeholder capitalism)」を提唱している。

ただし、ステークホルダー理論に対しては、多元的な利害をいかに調整するかという実践的困難や、経営者の裁量を過度に拡大する危険性(経営者が「社会的責任」を口実に株主利益を毀損する可能性)への批判も存在する。


CSR(企業の社会的責任)

Key Concept: CSR(企業の社会的責任 / Corporate Social Responsibility) 企業が利潤追求のみならず、環境・社会・倫理的側面において社会に対して負う責任の総体。法令遵守を超えて、企業が自主的に社会的・環境的配慮を経営に統合することを含む概念である。

キャロルのCSRピラミッド

CSRの概念を体系的に整理した代表的な枠組みとして、アーチー・キャロル(Archie B. Carroll)の「CSRピラミッド」(1991年)がある。キャロルは企業の社会的責任を四つの階層として捉えた。

階層(上位から) 内容 性格
博愛的責任(Philanthropic) 社会貢献活動・寄付・ボランティア 望まれること(Desired)
倫理的責任(Ethical) 法的義務を超えた公正・正義の実践 期待されること(Expected)
法的責任(Legal) 法令遵守 要求されること(Required)
経済的責任(Economic) 利潤の創出、雇用の維持 要求されること(Required)

ピラミッドの底辺に経済的責任が置かれ、これが企業の存立基盤であることが示される。その上に法的責任、倫理的責任、博愛的責任が積み上がる構造である。キャロルは、社会的に責任ある企業とは「社会から一定の時点において課される経済的、法的、倫理的、博愛的な期待を同時に満たす」企業であると定義した。

戦略的CSRと倫理的CSR

CSRの本質をめぐっては、大きく二つの立場が存在する。

戦略的CSRは、マイケル・ポーターとマーク・クラマー(Mark R. Kramer)が「Creating Shared Value(共通価値の創造、CSV)」(2011年)において提唱した考え方に代表される。この立場は、社会的課題の解決と企業の競争優位の獲得を両立させることを目指し、CSRを企業戦略の一部として位置づける。CSR活動を「コスト」ではなく「投資」と捉える視点である。

倫理的CSRは、企業の社会的責任を戦略的利益とは独立した道義的義務として捉える立場である。この立場からは、CSR活動の正当性はその経済的リターンではなく、行為そのものの倫理性によって評価される。

両者の関係について、学術的には必ずしも排他的ではなく、倫理的動機と戦略的合理性が共存しうるとする見解も有力である。


ESGとSDGs

Key Concept: ESG 環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の三要素の頭文字をとった略語。企業の持続可能性と長期的な価値創造を評価する際に、財務情報に加えて考慮すべき非財務的要素を指す。投資の文脈では、これらの要素を投資判断に組み込む「ESG投資」として実践される。

ESGの概念は、2006年に国連が策定したPRI(Principles for Responsible Investment、責任投資原則)を契機として国際的に普及した。PRIは、機関投資家に対してESG要素を投資分析と意思決定プロセスに組み込むことを求める六つの原則から構成される。2008年のリーマンショック以降、短期的利益追求への反省からPRI署名機関が急増し、ESG投資は世界的な潮流となった。日本においても、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2015年にPRIに署名し、ESG投資を推進している。

SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)は、2015年の国連サミットで採択された、2030年までに達成すべき17の目標群である。SDGsがすべての国・組織・個人を対象とする包括的な目標であるのに対し、ESGは主に企業と投資家に主眼を置いた評価枠組みである点で両者は区別されるが、企業のESG活動がSDGs達成に貢献するという形で相互に接続している。

CSR・ESG・ステークホルダー理論の関係

CSR、ESG、ステークホルダー理論は、それぞれ異なる文脈から発展してきたが、「企業の目的は株主利益の最大化に限定されない」という基本認識を共有する。

概念 起源 主な問い
ステークホルダー理論 経営学・経営倫理 企業は誰のために経営されるべきか
CSR 企業倫理・社会学 企業は社会に対していかなる責任を負うか
ESG 金融・投資 非財務要素をいかに投資判断に組み込むか

ステークホルダー理論が企業経営の目的論を提供し、CSRがその具体的な責任の範囲を定め、ESGが資本市場を通じた規律づけのメカニズムとして機能する。この三者は、企業と社会の関係を多角的に捉えるための相互補完的な枠組みである。


フェーズ2以降への接続

本セクションで概観した五つの主要領域は、Phase 2以降の各モジュールにおいて個別に深掘りされる。以下にその対応関係を示す。

主要領域 対応モジュール(Phase 2) 主な学習内容
経営戦略論 Module 2-1 ポーターの競争戦略、RBV、ダイナミック・ケイパビリティ
マーケティング Module 2-2 消費者行動、STP、マーケティング・ミックス、ブランド
コーポレート・ファイナンス Module 2-3 資本コスト、資本構成、企業価値評価、M&A
会計学 Module 2-4 財務諸表分析、管理会計、国際会計基準
組織・人的資源管理 Module 2-5 組織設計、モチベーション、リーダーシップ、人材開発

Module 1-4全体を通じて、経営学という学問の対象と方法(Section 1)、企業制度の原理(Section 2)、管理論の歴史的基盤(Section 3)、そして主要領域の全体像と企業の社会的位置づけ(本セクション)を学んだ。これらの基礎知識は、Phase 2以降の各領域の専門的学習における前提となる。


まとめ

  • 経営学は、経営戦略論、マーケティング、コーポレート・ファイナンス、会計学、組織・人的資源管理の五つの主要領域から構成される複合的な学問であり、各領域は固有の中核的な問いを持ちつつ、相互に密接に関連している
  • 経営戦略論は「いかに持続的競争優位を獲得するか」、マーケティングは「いかに顧客価値を創造するか」、ファイナンスは「いかに企業価値を最大化するか」、会計学は「いかに経済活動を測定・報告するか」、組織・人的資源管理は「組織の中で人はいかに管理されるべきか」をそれぞれ問う
  • フリーマンのステークホルダー理論は、企業の目的を株主利益の最大化に限定せず、多様な利害関係者への価値創造として捉え直す理論的枠組みを提供した
  • フリードマンの株主至上主義とフリーマンのステークホルダー理論の対立は、企業の目的論における根本的な論争であり、現在もなお経営実務と学術研究の双方に影響を与えている
  • キャロルのCSRピラミッドは、企業の社会的責任を経済的・法的・倫理的・博愛的の四層として体系化した
  • ESGは資本市場を通じて企業の非財務的側面を評価・規律づける枠組みであり、ステークホルダー理論・CSRと相互補完的な関係にある
  • Module 1-4全体を通じて、経営学の基礎(対象・方法・制度・歴史・領域)を概観した。Phase 2以降では各領域の専門的内容に踏み込む

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
経営戦略 Corporate/Business Strategy 企業が持続的な競争優位を構築し、長期的な目標を達成するために、経営資源の配分と活動領域の選択に関する基本的な方針を定めること
マーケティング Marketing 顧客に対する価値の創造・伝達・提供を通じて、顧客との交換関係を管理するプロセス
コーポレート・ファイナンス Corporate Finance 企業価値の最大化を目的として、資金調達・投資決定・配当政策に関する意思決定を分析する学問領域
財務会計 Financial Accounting 外部利害関係者への情報開示を目的として、会計基準に従い財務諸表を作成・報告する会計の分野
管理会計 Management Accounting 内部の経営意思決定の支援を目的として、コスト情報や業績評価情報を提供する会計の分野
戦略的人的資源管理 Strategic HRM 人材を企業の戦略的資源として位置づけ、経営戦略と連動した人材マネジメントを志向するアプローチ
ステークホルダー理論 Stakeholder Theory 企業活動によって影響を受ける、または影響を与えうるすべての利害関係者の利益を考慮して経営を行うべきとする理論
株主至上主義 Shareholder Primacy 企業の唯一の目的は株主利益の最大化にあるとする立場
CSR Corporate Social Responsibility 企業が利潤追求のみならず、環境・社会・倫理的側面において社会に対して負う責任の総体
CSRピラミッド CSR Pyramid キャロルが提示した、企業の社会的責任を経済的・法的・倫理的・博愛的の四層で体系化した枠組み
CSV Creating Shared Value ポーターとクラマーが提唱した、社会的課題の解決と企業の競争力強化を同時に実現する概念
ESG Environment, Social, Governance 企業の持続可能性を環境・社会・ガバナンスの三要素から評価する枠組み
PRI Principles for Responsible Investment 2006年に国連が策定した、機関投資家にESG要素の投資プロセスへの統合を求める六原則
SDGs Sustainable Development Goals 2015年に国連で採択された、2030年までに達成すべき17の持続可能な開発目標

確認問題

Q1: 経営学の5つの主要領域それぞれの「中核的な問い」を簡潔に述べよ。

A1: 経営戦略論は「いかに持続的な競争優位を獲得・維持するか」、マーケティングは「顧客にとっての価値をいかに創造し、企業目標の達成につなげるか」、コーポレート・ファイナンスは「企業価値を最大化するために、いかに資金を調達し投資すべきか」、会計学は「企業の経済活動をいかに測定・記録・報告するか」、組織・人的資源管理は「組織の中で人はいかに行動し、いかに管理されるべきか」を中核的な問いとする。

Q2: フリードマンの株主至上主義とフリーマンのステークホルダー理論は、企業の目的についていかなる点で対立するか。両者の主張の根拠を含めて論ぜよ。

A2: フリードマンは、経営者は株主の代理人であり、企業の社会的責任は利潤の増大にあると主張する。社会的目的への支出は株主から委託された資金の流用に等しく、市場メカニズムを通じて社会的効率が達成されるという新古典派経済学の論理が根拠にある。一方、フリーマンは、企業は株主のみならず従業員・顧客・供給業者・地域社会など多様なステークホルダーの利益を考慮すべきであると主張する。企業は多様な利害関係者との関係のネットワークの中に存在しており、これらの利害を統合的に管理することが長期的な企業価値の創造につながるという戦略的・倫理的な論理が根拠にある。両者の対立は、企業の存在目的を株主への受託責任に限定するか、社会的存在としての多元的責任に拡張するかという根本的な問いに帰着する。

Q3: キャロルのCSRピラミッドにおける四つの責任の階層構造を説明し、なぜ経済的責任が基盤に置かれるのかを論ぜよ。

A3: キャロルのCSRピラミッドは、下から順に経済的責任(利潤の創出)、法的責任(法令遵守)、倫理的責任(法的義務を超えた公正の実践)、博愛的責任(社会貢献活動)の四層から構成される。経済的責任が基盤に置かれるのは、企業は財やサービスを生産し利潤を得ることによって初めて存立しうるからである。経済的に存続できない企業は法的責任も倫理的責任も果たすことができない。したがって経済的責任はすべての社会的責任の前提条件であり、ピラミッドの構造はこの建て増し的(building-block)性質を表現している。

Q4: ESG投資の普及がステークホルダー理論の実践にいかなる影響を与えているか、具体的に説明せよ。

A4: ESG投資は、投資家が企業の環境・社会・ガバナンスの取り組みを投資判断に組み込むことで、資本市場を通じたステークホルダー理論の実践メカニズムとして機能している。従来、ステークホルダーの利益への配慮は経営者の裁量や倫理的動機に依存していたが、ESG投資の普及により、ステークホルダーへの配慮が資本コストや株価に影響するという市場的インセンティブが生まれた。ESG評価が低い企業は投資家から資金調達が困難になり、ESG評価が高い企業は長期的な資本を安定的に確保できるという形で、資本市場がステークホルダーへの配慮を規律づける。2006年の国連PRIの策定やGPIFのPRI署名(2015年)は、この流れを制度的に後押しした。