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Module 2-1 - Section 4: 組織文化・組織学習・知識経営

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-1: 経営組織論・組織行動論
前提セクション Section 1(組織構造の基本類型と設計原理)
想定学習時間 2.5時間

導入

Section 1では、組織構造という公式的な枠組み――分業・調整メカニズム・権限配分――が企業の戦略遂行能力を規定することを学んだ。しかし、同じ組織構造を採用していても、企業間でパフォーマンスに大きな差が生じることは珍しくない。その差の源泉の一つが、組織文化(organizational culture)という非公式的な側面にある。組織文化は、メンバーの行動規範、意思決定の前提、変革への態度を根底から方向づける「見えない構造」として機能する。

本セクションでは、まず組織文化の概念構造と機能を検討し、次いで組織へのメンバーの心理的結合(組織コミットメント)を分析する。さらに、組織が環境変化に適応するために不可欠な組織学習の理論を概観し、最後に知識を組織的に創造・活用する知識経営(ナレッジマネジメント)の理論へと展開する。これらのテーマは、組織の「ソフトな側面」を体系的に理解するための鍵概念群である。


組織文化の概念と構造

組織文化の定義

Key Concept: 組織文化(Organizational Culture) ある組織のメンバーに共有された価値観・信念・行動規範の体系。メンバーの認知・判断・行動を方向づけ、組織のアイデンティティを形成する。公式的な組織構造とは区別される非公式的な秩序である。

組織文化の研究は1980年代に本格化した。日本企業の国際競争力が注目される中で、組織構造や戦略だけでは説明できない企業間の差異の原因として、文化的要因が着目されたことが背景にある。ウィリアム・G・オオウチ(William G. Ouchi)の『セオリーZ(Theory Z)』(1981年)やテレンス・ディール(Terrence Deal)=アラン・ケネディ(Allan Kennedy)の『シンボリック・マネジャー(Corporate Cultures)』(1982年)が先駆的業績である。

シャインの組織文化3層モデル

組織文化の構造を最も体系的に分析したのが、エドガー・H・シャイン(Edgar H. Schein)の3層モデルである。シャインは著書『組織文化とリーダーシップ(Organizational Culture and Leadership)』(1985年、第5版2017年)において、組織文化を深さの異なる3つの水準に区分した。

graph TD
    L1["Level 1: 人工物<br/>Artifacts"]
    L2["Level 2: 標榜される価値観<br/>Espoused Values"]
    L3["Level 3: 基本的仮定<br/>Basic Underlying Assumptions"]

    L1 --> L2
    L2 --> L3

    style L1 fill:#e3f2fd,stroke:#1565c0
    style L2 fill:#fff3e0,stroke:#ef6c00
    style L3 fill:#fce4ec,stroke:#c62828

Level 1: 人工物(Artifacts) は、組織文化の最も表層にある可視的・可聴的な要素である。オフィスのレイアウト、服装規定、社内儀礼、社訓、組織図、公式文書などがこれに含まれる。外部の観察者にも容易に知覚できるが、その意味を正確に解釈することは困難である。同じオープンフロアのオフィスでも、「フラットなコミュニケーション」を志向する文化の表現である場合もあれば、単にコスト削減の帰結である場合もある。

Level 2: 標榜される価値観(Espoused Values) は、組織が公式に掲げる理念、戦略、目標、行動規範である。「顧客第一主義」「イノベーションの追求」「チームワークの重視」といった経営理念や行動指針がこれに該当する。しかし、標榜される価値観と実際の行動が乖離することは少なくない。顧客第一を掲げながら、実際には短期的な売上目標の達成が優先される場合、標榜される価値観は組織の真の文化を反映していない。

Level 3: 基本的仮定(Basic Underlying Assumptions) は、組織文化の最深部にある、メンバーが当然視している暗黙の前提である。「この業界では品質よりもスピードが重要である」「上司の指示には従うべきである」「失敗は許容されない」といった、議論の対象にすらならない無意識的な信念がこれに当たる。シャインはこの基本的仮定こそが組織文化の本質であると主張した。基本的仮定は長期間にわたる成功体験の蓄積によって形成され、いったん確立されると変更が極めて困難である。

シャインのモデルの重要な含意は、組織文化の変革が表層(人工物や標榜される価値観)の変更だけでは達成できないことにある。社訓を書き換え、オフィスを改装しても、基本的仮定が変わらなければ、メンバーの実際の行動は変化しない。

組織文化の機能と逆機能

組織文化は以下の肯定的機能を果たす。

機能 内容
統合機能 メンバーに共通のアイデンティティと帰属意識を付与し、組織の一体性を維持する
行動規範の提供 公式ルールではカバーできない状況での判断基準を提供する
意味付与機能 組織の活動に意味と方向性を与え、メンバーのモチベーションを支える
調整コストの低減 暗黙の了解に基づく行動が増えることで、公式的な調整の必要性が減少する

一方、組織文化には逆機能も存在する。

変革の阻害: 強固な組織文化は、環境変化に対する適応を妨げる最大の要因となりうる。「過去の成功体験」に基づく基本的仮定が、新しい戦略や行動様式の受容を阻害する。これはシャインのLevel 3の変更困難性と直結する。

多様性の排除: 強い組織文化は、異質な価値観や行動様式を持つメンバーを排除する傾向がある。同質的な文化は集団思考(groupthink)のリスクを高め、創造的な意思決定を阻害する(→ Section 5で詳述)。

M&Aにおける文化衝突: 企業の合併・買収において、異なる組織文化の統合は最大の難題の一つである。戦略的・財務的にはシナジーが見込める統合であっても、文化的不適合が統合後のパフォーマンス低下を招くことが多い。


組織コミットメント

概念の定義

Key Concept: 組織コミットメント(Organizational Commitment) 個人と組織との心理的な結びつきの強さと性質を表す概念。組織への残留意思、組織目標への同一化、組織のために努力する意欲の程度を包含する。

組織コミットメントは、離職率、業績、組織市民行動(organizational citizenship behavior: 公式的な職務要件を超えた自発的貢献行動)などの組織成果を予測する重要な変数として広く研究されてきた。

アレン=メイヤーの3成分モデル

ジョン・P・メイヤー(John P. Meyer)とナタリー・J・アレン(Natalie J. Allen)は、組織コミットメントを単一の概念ではなく、質的に異なる3つの成分から構成されるものとして理論化した(1991年)。この3成分モデル(three-component model)は、組織コミットメント研究の標準的枠組みとなっている。

成分 英語 中核的感情 残留の理由
情緒的コミットメント Affective Commitment 愛着・同一化 この組織にいたい(want to)
継続的コミットメント Continuance Commitment 損失の認知 この組織を去れない(need to)
規範的コミットメント Normative Commitment 義務感 この組織を去るべきでない(ought to)

情緒的コミットメントは、組織に対する感情的な愛着と一体感に基づくものである。組織の価値観に共感し、組織の一員であることに誇りを感じる場合に高くなる。メタ分析の結果、情緒的コミットメントは職務満足、組織市民行動、業績と正の相関を、離職意思や欠勤と負の相関を示すことが確認されており、3成分のうち組織にとって最も望ましい形態である。

継続的コミットメントは、組織を離れることによって失われるもの(退職金、年金、組織固有のスキル、社内の人間関係など)への認知、および転職先の代替可能性の低さに基づくものである。ウィリアムソンの資産特殊性(→ Section 1参照)の概念と類似した論理構造を持つ。継続的コミットメントが高い従業員は、必ずしも組織のために積極的に貢献するわけではなく、業績や組織市民行動との相関は弱い、あるいは負の関係にあることが報告されている。

規範的コミットメントは、「組織に留まることが道義的に正しい」という義務感に基づくものである。組織から受けた恩恵(教育訓練への投資、困難時の支援等)に対する互恵性の規範や、社会化の過程で内面化された忠誠心の規範がその源泉となる。

3つの成分は相互に排他的ではなく、一人の従業員が複数の成分を異なる強度で同時に持ちうる。組織にとって最も望ましいのは、情緒的コミットメントが高い状態である。


組織学習

組織学習の基本概念

組織が環境の変化に適応し、持続的に発展するためには、個人レベルの学習を超えた組織としての学習能力が不可欠である。組織学習(organizational learning)とは、経験から得られた知識を組織のルーティン、手続き、戦略に反映させ、組織の行動を改善するプロセスである。

アージリス=ショーンのシングルループ学習・ダブルループ学習

Key Concept: シングルループ学習・ダブルループ学習(Single-loop Learning / Double-loop Learning) クリス・アージリス(Chris Argyris)とドナルド・ショーン(Donald Schon)が提唱した組織学習の2類型。シングルループ学習は既存の前提の下で行動を修正する学習、ダブルループ学習は前提そのものを問い直す学習である。

アージリスとショーンは著書『組織学習(Organizational Learning: A Theory of Action Perspective)』(1978年)において、組織学習を行為の理論(theory of action)の観点から分析し、2つの学習モードを区別した。

シングルループ学習(single-loop learning) は、組織の既存の目標・方針・規範(ガバニング・バリアブル: governing variables)を所与として、行動の結果と期待の差異を検出し、行動を修正するプロセスである。サーモスタットが設定温度からの逸脱を検出して暖房を調整する仕組みがその比喩として用いられる。品質管理における不良品率の改善、コスト削減目標に向けた業務プロセスの効率化などがこれに該当する。

ダブルループ学習(double-loop learning) は、行動の背後にある目標・方針・規範そのものを問い直し、必要に応じて変更するプロセスである。「そもそもこの目標設定は適切か」「我々の前提は妥当か」という根本的な問いを含む点で、シングルループ学習とは質的に異なる。例えば、売上減少に対して営業努力を強化する(シングルループ)のではなく、「顧客が求めている価値が変化しているのではないか」「我々のビジネスモデル自体を転換すべきではないか」と問い直す(ダブルループ)ことがこれに当たる。

アージリスは、多くの組織がシングルループ学習に留まりがちであることを指摘した。その原因として、メンバーが防衛的推論(defensive reasoning)に陥りやすいことを挙げた。自分の行動の前提を疑われることを脅威と感じ、自己防衛的なコミュニケーションパターンを形成するため、根本的な前提の再検討(ダブルループ学習)が阻害されるのである。アージリスはこうした自己防衛的な行動パターンをModel I行動と呼び、前提の公開的検証を重視するModel II行動への転換を提唱した。

シングルループ学習とダブルループ学習の比較

項目 シングルループ学習 ダブルループ学習
対象 行動・手段 目標・前提・規範
問い 「正しくやっているか」 「正しいことをやっているか」
性質 漸進的改善 変革的・革新的
適合場面 安定環境・定型的業務 環境変化・危機的状況
難度 低い 高い(防衛的推論が障壁)

学習する組織

Key Concept: 学習する組織(Learning Organization) ピーター・M・センゲ(Peter M. Senge)が提唱した、メンバーが望む成果を生み出す能力を継続的に拡大し、新たな思考パターンが育まれ、共有のビジョンに向けて共に学ぶ組織の理想像。5つのディシプリンの実践によって実現される。

センゲはMIT(マサチューセッツ工科大学)スローン経営大学院の上級講師であり、著書『学習する組織(The Fifth Discipline: The Art and Practice of the Learning Organization)』(1990年)において、組織学習論を実践的なフレームワークとして提示した。

5つのディシプリン

センゲの理論は、以下の5つのディシプリン(discipline=修練・鍛錬の体系)の統合的実践を骨格とする。

1. 自己マスタリー(Personal Mastery): 個人が自らのビジョンを明確にし、現実を客観的に認識し、その間の「創造的緊張(creative tension)」を原動力として継続的に学び成長する能力である。組織学習の基盤は個人の学習にあり、学ぶ意欲と能力を持つ個人なくして学習する組織は成立しない。

2. メンタルモデル(Mental Models): 個人が無意識に保持している、世界の仕組みに関する深く根ざした仮定やイメージである。シャインの「基本的仮定」と類似した概念であり、メンタルモデルは認知と行動を方向づける一方、新しい情報の受容を阻害しうる。メンタルモデルのディシプリンでは、自らの思考の前提を内省し、他者との対話を通じて検証する能力を涵養する。

3. 共有ビジョン(Shared Vision): 組織のメンバーが共に追求する未来像である。トップダウンで押し付けられた公式的なビジョンではなく、メンバーの個人ビジョンの統合として自発的に共有されるビジョンが、組織に一体感と方向性を与える。

4. チーム学習(Team Learning): メンバーが対話(dialogue)と議論(discussion)を通じて、個人の能力の総和を超えた集合的な知性を発揮するプロセスである。センゲは物理学者デヴィッド・ボーム(David Bohm)のダイアローグ理論を援用し、判断を保留して互いの思考を探求するダイアローグと、複数の見解を収束させて結論を出すディスカッションの区別を強調した。

5. システム思考(Systems Thinking): センゲが「第5のディシプリン」と呼び、他の4つを統合する要のディシプリンである。組織や社会を構成要素の集合としてではなく、相互に関連する要素の動態的なシステムとして把握する思考法である。目の前の事象の直接的原因だけでなく、システム全体のフィードバック構造(循環的因果関係)を理解することで、対症療法的な介入ではなく、レバレッジの高い介入点を発見することが可能になる。

5つのディシプリンは個別に実践するだけでは十分ではなく、相互に補完しあう統合体として機能する。自己マスタリーとメンタルモデルは個人の内面に関わるディシプリン、共有ビジョンとチーム学習は集団・組織レベルのディシプリン、そしてシステム思考がそれらを統合する認識論的基盤である。


知識経営とSECIモデル

暗黙知と形式知

Key Concept: 暗黙知・形式知(Tacit Knowledge / Explicit Knowledge) マイケル・ポランニー(Michael Polanyi)に由来する知識の2類型。暗黙知は言語化・形式化が困難な主観的・身体的知識(熟練の技、直観など)、形式知は言語・数式・図表等で表現可能な客観的知識である。

ハンガリー出身の科学哲学者マイケル・ポランニーは、著書『暗黙知の次元(The Tacit Dimension)』(1966年)において、「我々は語ることができる以上のことを知っている(we can know more than we can tell)」というテーゼを提示した。例えば、自転車の乗り方や人の顔の識別は、知識として保持していながら完全に言語化することが困難な暗黙知の典型例である。

野中=竹内のSECIモデル

Key Concept: SECIモデル(SECI Model) 野中郁次郎(Ikujiro Nonaka)と竹内弘高(Hirotaka Takeuchi)が提唱した、暗黙知と形式知の相互変換を通じた組織的知識創造のプロセスモデル。共同化(Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination)、内面化(Internalization)の4つの変換モードから構成される。

野中と竹内は、著書『知識創造企業(The Knowledge-Creating Company)』(1995年)において、日本企業のイノベーション事例の分析を通じて、西洋の経営理論が見落としていた知識創造のダイナミックなプロセスを理論化した。西洋の経営理論が形式知(explicit knowledge)の処理・管理に偏重してきたのに対し、野中=竹内理論は暗黙知(tacit knowledge)の役割を中心に据えた点に独自性がある。

SECIモデルは、暗黙知と形式知の間の4つの変換モードを理論化したものである。

graph LR
    S["共同化<br/>Socialization<br/>暗黙知 to 暗黙知"]
    E["表出化<br/>Externalization<br/>暗黙知 to 形式知"]
    C["連結化<br/>Combination<br/>形式知 to 形式知"]
    I["内面化<br/>Internalization<br/>形式知 to 暗黙知"]

    S --> E
    E --> C
    C --> I
    I --> S

    style S fill:#e8f5e9,stroke:#2e7d32
    style E fill:#e3f2fd,stroke:#1565c0
    style C fill:#fff3e0,stroke:#ef6c00
    style I fill:#fce4ec,stroke:#c62828

共同化(Socialization): 暗黙知 → 暗黙知

個人の暗黙知を、共有体験を通じて他者に移転するプロセスである。師匠と弟子の関係における技の伝承、OJT(on-the-job training)での暗黙的なノウハウの共有がこれに当たる。野中=竹内が事例として挙げたホンダの「たまり場(brainstorming camps)」では、開発チームが合宿形式で時間を共有し、暗黙的なビジョンや感覚を共有した。共同化の鍵は、言語を介さない直接的な体験の共有にある。

表出化(Externalization): 暗黙知 → 形式知

暗黙知をメタファー、アナロジー、概念、仮説、モデルといった形式知として言語化・明示化するプロセスである。野中=竹内はこれを知識創造の核心的プロセスと位置づけた。松下電器産業(現パナソニック)のホームベーカリー開発チームにおいて、開発者がホテルのパン職人のもとで修業し、熟練職人の「ひねり伸ばし」という暗黙的な技を、製品設計に反映可能な形式知に変換した事例は、表出化の典型例として知られる。

連結化(Combination): 形式知 → 形式知

異なる形式知を組み合わせ、体系化し、新たな形式知を創出するプロセスである。報告書の統合、データベースの構築、マニュアルの体系化、異分野の知見の統合などがこれに該当する。情報技術の活用が最も直接的に寄与するのはこのプロセスである。

内面化(Internalization): 形式知 → 暗黙知

形式知を実践・行動を通じて個人の暗黙知として体得するプロセスである。マニュアルを読むだけでなく実際にやってみることで体得される「身体知」への変換がこれに当たる。内面化された暗黙知は、次の共同化のサイクルの出発点となり、知識創造のスパイラルが駆動される。

知識創造の「場」

野中は後の研究において、SECIモデルの各プロセスが生起する場(ba)の概念を提唱した。「場」とは、知識が共有・創造・活用される物理的・仮想的・精神的な空間であり、共同化に対応する「創発場」(対面的な体験共有の場)、表出化に対応する「対話場」(概念化のための対話の場)、連結化に対応する「システム場」(IT等による形式知の統合の場)、内面化に対応する「実践場」(行動を通じた学びの場)の4つが対応する。

知識経営の意義と課題

SECIモデルの独自の貢献は、知識を静態的なストック(蓄積物)としてではなく、暗黙知と形式知の間を螺旋的に変換されるダイナミックなプロセスとして捉えた点にある。この視点は、ナレッジマネジメントをITシステムによる情報の蓄積・検索の問題に矮小化する傾向に対する根本的な批判を含んでいる。

一方、SECIモデルには理論的課題も指摘されている。暗黙知と形式知の区別が二項対立的に過ぎるとの批判、4つの変換モードの境界が必ずしも明確でないこと、また日本企業を主たる事例としたモデルの文化横断的な一般化可能性の問題などが議論されてきた。


まとめ

  • 組織文化はシャインの3層モデル(人工物・標榜される価値観・基本的仮定)で構造化され、最深層の基本的仮定が行動を根底から規定する。組織文化は統合・行動規範の提供・調整コスト低減などの機能を持つ一方、変革阻害・多様性排除・M&A時の文化衝突などの逆機能も生じうる
  • 組織コミットメントはアレン=メイヤーの3成分モデル(情緒的・継続的・規範的)で分析され、情緒的コミットメントが組織成果と最も強い正の相関を示す
  • アージリス=ショーンのシングルループ学習は既存の枠組み内での改善、ダブルループ学習は枠組みそのものの問い直しを含む。防衛的推論がダブルループ学習の主要な障壁となる
  • センゲの学習する組織は5つのディシプリン(自己マスタリー、メンタルモデル、共有ビジョン、チーム学習、システム思考)の統合的実践によって実現される
  • 野中=竹内のSECIモデルは暗黙知と形式知の相互変換(共同化→表出化→連結化→内面化)を通じた組織的知識創造のプロセスを理論化した
  • 次のセクション(Section 5)では、集団レベルの意思決定プロセスと、本セクションで扱った組織文化・組織学習の変革をテーマとする組織変革論を扱う

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
組織文化 Organizational Culture 組織メンバーに共有された価値観・信念・行動規範の体系
人工物 Artifacts 組織文化の最表層にある可視的要素(オフィスレイアウト、儀礼、社訓等)
標榜される価値観 Espoused Values 組織が公式に掲げる理念・行動規範
基本的仮定 Basic Underlying Assumptions メンバーが当然視している暗黙の前提。組織文化の本質
組織コミットメント Organizational Commitment 個人と組織の心理的結びつきの強さと性質
情緒的コミットメント Affective Commitment 組織への愛着・同一化に基づくコミットメント
継続的コミットメント Continuance Commitment 離職に伴う損失の認知に基づくコミットメント
規範的コミットメント Normative Commitment 義務感に基づくコミットメント
シングルループ学習 Single-loop Learning 既存の目標・前提の下で行動を修正する学習
ダブルループ学習 Double-loop Learning 目標・前提そのものを問い直す学習
防衛的推論 Defensive Reasoning 自己の前提への疑問を脅威と感じ、自己防衛的に対処する思考パターン
学習する組織 Learning Organization 5つのディシプリンの統合的実践により継続的に学習能力を拡大する組織
システム思考 Systems Thinking 要素間の相互関連とフィードバック構造を把握する思考法
暗黙知 Tacit Knowledge 言語化・形式化が困難な主観的・身体的知識
形式知 Explicit Knowledge 言語・数式・図表等で表現可能な客観的知識
SECIモデル SECI Model 暗黙知と形式知の4つの相互変換モードによる知識創造プロセスモデル
共同化 Socialization 暗黙知から暗黙知への変換(体験共有)
表出化 Externalization 暗黙知から形式知への変換(言語化・概念化)
連結化 Combination 形式知から形式知への変換(体系化・統合)
内面化 Internalization 形式知から暗黙知への変換(実践を通じた体得)
Ba 知識が共有・創造・活用される物理的・仮想的・精神的空間

確認問題

Q1: シャインの組織文化3層モデルにおいて、組織文化の変革が困難である理由を、各層の特性と層間の関係に基づいて説明せよ。

A1: シャインのモデルでは、組織文化は人工物(Level 1)、標榜される価値観(Level 2)、基本的仮定(Level 3)の3層で構成される。人工物や標榜される価値観は比較的変更が容易であるが、これらは表層的な要素にすぎない。組織文化の本質は最深層の基本的仮定にあり、これはメンバーが長期間の成功体験を通じて無意識に内面化した暗黙の前提であるため、そもそもメンバー自身がその存在を自覚していないことが多い。社訓の変更やオフィスの改装(Level 1の変更)、あるいは新たな経営理念の宣言(Level 2の変更)を行っても、基本的仮定が変わらなければ実際の行動は変化しない。したがって、真の文化変革にはLevel 3の基本的仮定を意識化し、疑問に付し、新たな仮定に置き換えるという困難なプロセスが必要であり、これがシャインのモデルが示す組織文化変革の困難さの根拠である。

Q2: アージリスが指摘した「防衛的推論」がダブルループ学習を阻害するメカニズムを説明し、それを克服するための方向性を述べよ。

A2: 防衛的推論とは、自らの行動や判断の前提を疑われることを脅威と感じ、自己防衛的なコミュニケーションパターンを形成する思考様式である。ダブルループ学習は既存の目標・前提・規範そのものを問い直すプロセスであるが、防衛的推論が支配的な組織では、前提の検討が個人攻撃と受け止められたり、失敗の原因追究が責任転嫁に終わったりするため、根本的な問い直しが回避される。アージリスはこのパターンをModel I行動と呼び、前提を公開的に検証し、他者からのフィードバックを歓迎するModel II行動への転換を提唱した。克服の方向性としては、リーダーが自らの前提の誤りを率直に認める姿勢を示すこと、「なぜそう考えるのか」を建設的に問い合える心理的安全性の確保、そして推論の前提を明示化する対話の訓練が挙げられる。

Q3: 野中=竹内のSECIモデルにおける4つの知識変換プロセスを、それぞれ具体的な企業活動の例を挙げながら説明せよ。

A3: 共同化(暗黙知→暗黙知)は、共有体験を通じた暗黙知の移転である。例として、熟練技術者の隣で見習いが技を観察・模倣するOJTや、営業担当者が顧客先に同行して先輩の交渉術を体感的に学ぶケースがある。表出化(暗黙知→形式知)は、暗黙知をメタファーや概念として言語化するプロセスである。松下電器のホームベーカリー開発チームが、熟練パン職人の「ひねり伸ばし」という暗黙的な技を、製品の内部機構の設計仕様として言語化した事例がこれに当たる。連結化(形式知→形式知)は、既存の形式知を組み合わせて新たな形式知を創出するプロセスである。複数部門の売上データと市場調査データを統合して新規事業計画を策定する作業や、社内の各種マニュアルを体系的なナレッジベースに統合する作業がこれに該当する。内面化(形式知→暗黙知)は、形式知を実践を通じて身体知化するプロセスである。新入社員がマニュアルに記載された接客手順を実際の顧客対応で繰り返し実践する中で、マニュアルに書かれていない状況判断力やタイミングの感覚を体得することがこの例である。この内面化で得られた暗黙知が次の共同化の出発点となり、知識創造のスパイラルが駆動される。

Q4: 組織文化の「逆機能」と、アージリスの「防衛的推論」は、組織の変革・学習を阻害するという点で共通する構造を持つ。両者の関連を論じよ。

A4: 組織文化の逆機能の核心は、過去の成功体験を通じて形成された基本的仮定(シャインのLevel 3)が変革を阻害する点にある。強固な文化は「我々のやり方が正しい」という暗黙の前提をメンバーに共有させ、異質な視点や新しいアプローチの受容を困難にする。一方、アージリスの防衛的推論は、個人レベルで自らの行動前提を問い直すことへの心理的抵抗を表す概念である。両者は「既存の前提を自明視し、その再検討を回避する」という共通の構造を持つ。組織文化の逆機能は集団・組織レベルで前提の固定化を引き起こし、防衛的推論は個人レベルで前提の検証を阻害する。したがって、両者は相互に強化しあう関係にある。強い文化が「前提を疑わないこと」を規範化し、防衛的推論がその規範を個人の行動レベルで再生産する。この循環を断ち切ることが、ダブルループ学習や組織変革の実現に不可欠であり、それにはシステム思考による循環構造の認識、心理的安全性の確保、そしてリーダーシップによる前提の意識化と問い直しの促進が求められる。