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Module 2-2 - Section 3: 競争戦略

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-2: 経営戦略論
前提セクション Section 1(戦略の基本概念と外部環境分析)
想定学習時間 2.5時間

導入

Section 1では、5フォース分析によって業界の競争構造を把握する枠組みを学んだ。5フォース分析が「業界の収益性を規定する構造的要因は何か」という問いに答えるものであるとすれば、本セクションで扱う競争戦略は「その業界構造のもとで、個々の企業はいかにして競争優位を獲得するか」という問いに答えるものである。すなわち、事業戦略(business strategy)の中核を成す領域である。

本セクションでは、まずマイケル・E・ポーター(Michael E. Porter)が提唱した3つの基本戦略(generic strategies)を検討し、次にポーターの枠組みへの批判的発展として、W・チャン・キム(W. Chan Kim)とレネ・モボルニュ(Renee Mauborgne)によるブルー・オーシャン戦略を取り上げる。最後に、ゲーム理論的視座から競争と協調の関係を再定義するコーペティション(co-opetition)の枠組みを検討する。


ポーターの3つの基本戦略

ポーターは1980年の著書 Competitive Strategy において、業界内で持続可能な競争優位を構築するための基本的な戦略類型を3つに整理した。この枠組みは、競争優位の源泉(コスト優位か差別化か)と、競争の範囲(広い市場か狭いセグメントか)という2つの次元の組み合わせに基づく。

Key Concept: コストリーダーシップ戦略(Cost Leadership Strategy) 業界全体を対象として、競合他社よりも低いコスト構造を実現することで競争優位を確立する戦略。規模の経済性、経験曲線効果、効率的なオペレーション、厳格なコスト管理等を通じてコスト優位を追求する。

Key Concept: 差別化戦略(Differentiation Strategy) 業界全体を対象として、買い手にとって価値のある独自性(品質、デザイン、ブランドイメージ、技術、顧客サービス、流通網等)を提供することで競争優位を確立する戦略。差別化により価格プレミアムを獲得し、差別化に要するコストを上回る収益を得ることを目指す。

Key Concept: 集中戦略(Focus Strategy) 業界内の特定のセグメント(特定の顧客層、製品ライン、地理的市場等)に経営資源を集中し、そのセグメントにおいてコスト優位または差別化の優位を確立する戦略。コスト集中(cost focus)と差別化集中(differentiation focus)の2つの変種がある。

graph TD
    subgraph "ポーターの基本戦略"
        direction TB
        CL["コストリーダーシップ戦略"]
        DF["差別化戦略"]
        CF["コスト集中戦略"]
        DF2["差別化集中戦略"]
    end

    CA["競争優位の源泉: コスト優位"] --> CL
    CA --> CF
    DA["競争優位の源泉: 差別化"] --> DF
    DA --> DF2
    BT["競争範囲: 広い"] --> CL
    BT --> DF
    NT["競争範囲: 狭い"] --> CF
    NT --> DF2

    style CL fill:#e8f4f8,stroke:#2196F3
    style DF fill:#fff3e0,stroke:#FF9800
    style CF fill:#e8f5e9,stroke:#4CAF50
    style DF2 fill:#fce4ec,stroke:#E91E63

コストリーダーシップ戦略の論理

コストリーダーシップ戦略は、同等の製品・サービスを競合他社よりも低いコストで提供する能力に基づく。コスト優位の源泉は多岐にわたるが、主要なものとして以下が挙げられる。

  • 規模の経済性(economies of scale): 生産量の増大に伴う単位当たりコストの低減
  • 経験曲線効果(experience curve effect): 累積生産量の増加に伴う学習によるコスト低減。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が1960年代に実証的に示した概念であり、累積生産量が倍増するごとに単位当たりコストが一定割合(典型的には20〜30%)低下するとされる
  • プロセス・イノベーション: 生産工程の効率化、自動化、技術革新による原価低減
  • 立地優位性: 原材料供給地や市場への近接性によるロジスティクスコストの削減
  • 垂直統合: サプライチェーンの内製化による取引コストの削減

コストリーダーシップ企業は、業界平均の価格で販売すれば競合他社よりも高い利益率を得ることができる。また、価格競争が激化した場合でも、最後まで利益を確保できる体力を持つ。5フォース分析との関連では、コスト優位は買い手の交渉力に対する防御(値引き要求に応じる余地が大きい)、売り手の交渉力に対する防御(コスト吸収能力)、新規参入の抑止(価格引き下げによる参入意欲の減退)として機能する。

代表的な事例として、ウォルマート(Walmart)の小売業におけるコストリーダーシップが挙げられる。ウォルマートは、高度な物流システム、巨大な購買力による仕入れコスト削減、効率的な店舗オペレーションを組み合わせることで、EDLP(Everyday Low Price)戦略を実現した。

差別化戦略の論理

差別化戦略は、買い手が認識し、かつ対価を支払う意思のある独自の価値を提供することに基づく。差別化の次元は多様であり、製品の品質・機能、ブランドイメージ、技術力、顧客サービス、流通チャネル、デザインなど、買い手の意思決定に影響を与えるあらゆる要素が差別化の源泉となりうる。

差別化戦略が成功するための条件は以下のとおりである。

  1. 買い手にとっての価値: 差別化された特性が実際に買い手のニーズを満たすものであること
  2. 模倣困難性: 競合他社が容易に模倣できない差別化であること。特許、ブランド資産、組織能力など、模倣に時間とコストを要する要素に基づく差別化ほど持続性が高い
  3. コストとのバランス: 差別化に要するコスト増分を、獲得できる価格プレミアムが上回ること

差別化戦略は、5フォースに対して以下のように防御的に機能する。ブランドロイヤルティによって買い手の交渉力が低下し(スイッチングコストの上昇)、新規参入者はブランドの壁を越える必要があり(参入障壁の強化)、代替品に対しても顧客のロイヤルティが防御壁となる。

アップル(Apple Inc.)はデザイン、ユーザー体験、エコシステムの統合を通じた差別化戦略の代表例である。同社の製品は同等スペックの競合製品より高価であるが、ブランドへのロイヤルティと知覚品質の高さにより価格プレミアムを維持している。

集中戦略の論理

集中戦略は、業界全体ではなく特定のセグメントに対象を絞り込み、そのセグメントの固有のニーズに最適化された対応を行うことで競争優位を確立する。集中戦略を採用する企業は、広範な市場を対象とする企業(コストリーダーシップまたは差別化)が十分に対応できていないニッチ市場において、コスト優位(コスト集中)または差別化の優位(差別化集中)を追求する。

集中戦略の有効性は、以下の条件に依存する。

  • 対象セグメントが、広範な市場を対象とする企業にとって十分に魅力的でない(規模が小さい等)
  • 対象セグメントの顧客ニーズが、他のセグメントとは構造的に異なる
  • 対象セグメントにおいて、集中戦略企業が広範な競争者よりも優位に立てる構造的な理由がある

中小企業にとって集中戦略は、経営資源の制約のもとで競争優位を確立するための現実的な選択肢となることが多い。

スタック・イン・ザ・ミドルの問題

ポーターは、3つの基本戦略のいずれか1つを明確に選択し、一貫して追求すべきであると主張した。複数の戦略を同時に追求しようとすると、いずれの戦略においても中途半端な位置に陥り、競争優位を確立できない状態に陥る。ポーターはこの状態を「スタック・イン・ザ・ミドル(stuck in the middle)」と呼んだ。

スタック・イン・ザ・ミドルが生じるメカニズムは、各戦略が要求する組織能力・組織文化・経営資源の配分が相互に矛盾することにある。コストリーダーシップは標準化・効率化・コスト削減を組織全体に徹底することを要求するが、差別化はカスタマイズ・品質向上・革新性のための投資を要求する。これらを同時に追求しようとすると、組織内で矛盾するシグナルが発生し、どちらの能力も十分に発達しない。

ただし、このスタック・イン・ザ・ミドル命題に対しては批判も存在する。技術革新やプロセス・イノベーションによって、低コストと差別化を同時に実現する企業の事例が指摘されている。トヨタ自動車のトヨタ生産方式(Toyota Production System: TPS)は、品質の向上とコストの削減を同時に達成する仕組みとして、ポーターのトレードオフ命題に対する有力な反例として議論されてきた。この論点は、後述するブルー・オーシャン戦略の議論にも接続する。


ブルー・オーシャン戦略

ポーターの基本戦略が既存の業界構造を前提としたうえで「いかに競争するか」を論じるのに対し、ブルー・オーシャン戦略は「いかに競争を回避するか」という根本的に異なる問いを立てる。

Key Concept: ブルー・オーシャン戦略(Blue Ocean Strategy) W・チャン・キムとレネ・モボルニュが2005年の著書 Blue Ocean Strategy で体系化した戦略論。競合がひしめく既存市場(レッド・オーシャン)での競争を避け、競争者のいない新しい市場空間(ブルー・オーシャン)を創造することで、競争を無意味化する戦略的アプローチ。

レッド・オーシャンとブルー・オーシャン

キムとモボルニュは、既存の市場空間を「レッド・オーシャン(red ocean)」と呼ぶ。レッド・オーシャンでは、業界の境界が定まり、競争のルールが確立されている。企業は既知の市場空間の中で競合他社からシェアを奪い合い、需要の拡大余地が限られるなかで競争が激化し、利益とコモディティ化の圧力が高まる。ポーターの基本戦略は、レッド・オーシャンにおける競争の勝ち方を論じるものと位置づけられる。

これに対し、「ブルー・オーシャン」は未開拓の市場空間を指す。ブルー・オーシャンでは需要が新たに創出され、競争が存在しないか無意味になるため、高い成長と利益の機会が生まれる。ブルー・オーシャンの創造は、まったく新しい産業の発明を意味するとは限らない。多くの場合、既存の業界の境界線を再定義し、従来の顧客層の外に目を向けることで実現される。

バリュー・イノベーション

ブルー・オーシャン戦略の理論的核心は「バリュー・イノベーション(value innovation)」の概念にある。

バリュー・イノベーションとは、差別化と低コストを同時に追求することで、買い手と企業の双方にとっての価値を飛躍的に向上させるアプローチである。ポーターの基本戦略がコスト優位と差別化のトレードオフを前提とするのに対し、バリュー・イノベーションはこのトレードオフ自体を打破しようとする。

バリュー・イノベーションは、業界が当然視している競争要因のうち不要なものを「取り除き(eliminate)」「減らし(reduce)」、買い手にとって真に重要な要因を「増やし(raise)」「付け加える(create)」ことで実現される。これが後述する「4つのアクション」の論理である。

戦略キャンバスと4つのアクション

ブルー・オーシャン戦略の分析・立案に用いられる中核的なツールが、戦略キャンバス(strategy canvas)と4つのアクション・フレームワークである。

戦略キャンバスは、横軸に業界の主要な競争要因を、縦軸に各要因における提供水準を配した図表であり、各企業(または業界全体)の価値提供のパターンを「価値曲線(value curve)」として描出する。戦略キャンバスは、自社と競合他社の戦略的プロファイルを一目で比較可能にし、業界の競争が集中している要因と、差別化の余地がある要因を可視化する。

4つのアクション・フレームワーク(four actions framework) は、新たな価値曲線を構築するために、以下の4つの問いに答えることを求める。

アクション 問い 効果
取り除く(Eliminate) 業界が当然と見なしている要因のうち、取り除くべきものは何か コスト削減
減らす(Reduce) 業界標準よりも大幅に減らすべき要因は何か コスト削減
増やす(Raise) 業界標準よりも大幅に増やすべき要因は何か 価値向上
付け加える(Create) 業界がこれまで提供してこなかった、新たに付け加えるべき要因は何か 価値向上

これら4つのアクションを整理するためのツールとして、ERRC(Eliminate-Reduce-Raise-Create)グリッドがある。ERRCグリッドは4つのアクションを一覧にまとめたマトリクスであり、バリュー・イノベーションの具体的な施策を体系化する。取り除く・減らすによってコストを削減し、増やす・付け加えるによって買い手の価値を向上させることで、差別化と低コストの同時達成を構造的に実現する。

graph LR
    subgraph "コスト削減"
        E["取り除く Eliminate"]
        R["減らす Reduce"]
    end
    subgraph "価値向上"
        RA["増やす Raise"]
        C["付け加える Create"]
    end

    E --> VI["バリュー・イノベーション"]
    R --> VI
    RA --> VI
    C --> VI
    VI --> BO["ブルー・オーシャン創造"]

    style VI fill:#e8f4f8,stroke:#2196F3
    style BO fill:#bbdefb,stroke:#1565C0
    style E fill:#ffebee,stroke:#E91E63
    style R fill:#ffebee,stroke:#E91E63
    style RA fill:#e8f5e9,stroke:#4CAF50
    style C fill:#e8f5e9,stroke:#4CAF50

ブルー・オーシャン戦略の事例と評価

ブルー・オーシャン戦略の代表的事例として、カナダのシルク・ドゥ・ソレイユ(Cirque du Soleil)がしばしば引用される。従来のサーカス業界が動物ショー、スター・パフォーマー、複数リングでの同時演技を競争要因としていたのに対し、シルク・ドゥ・ソレイユはこれらの要素を取り除き、代わりに芸術性の高い演出、テーマ性のあるストーリー、洗練された音楽・舞台装置を付け加えた。これにより、従来のサーカスの顧客層(子供連れの家族)を超えて、演劇・オペラの顧客層を新たに取り込み、競争のない市場空間を創出した。

ブルー・オーシャン戦略に対しては、いくつかの批判的論点も指摘されている。第一に、成功事例の多くが事後的に再解釈されたものであり、事前に適用可能な予測力に疑問がある。第二に、ブルー・オーシャンの持続可能性の問題がある。創出された新市場が魅力的であるほど、競合他社の参入を招きやすく、やがてレッド・オーシャン化する。第三に、ポーターの枠組みとの関係について、ブルー・オーシャン戦略はポーターの否定ではなく、差別化戦略の一形態として包摂できるとの見方もある。


ゲーム理論的アプローチ: コーペティション

ポーターの5フォース分析およびその延長にある基本戦略論は、競争(competition)を戦略の中心に据える。これに対し、アダム・ブランデンバーガー(Adam M. Brandenburger)とバリー・ネイルバフ(Barry J. Nalebuff)は、1996年の著書 Co-Opetition において、ゲーム理論の視座から競争と協調(cooperation)の同時性を捉える枠組みを提唱した。

Key Concept: コーペティション(Co-opetition) 「競争(competition)」と「協調(cooperation)」を合成した造語。ビジネスにおいて、同一のプレイヤーが競争相手であると同時に協調相手でもありうるという現実を捉え、ゲーム理論に基づいて戦略的関係を分析する枠組み。ブランデンバーガーとネイルバフが提唱した。

価値相関図(Value Net)

コーペティションの中核的分析ツールが「価値相関図(value net)」である。Section 1で学んだ5フォース分析が5つの競争要因を扱うのに対し、価値相関図はそこに「補完的企業(complementors)」という概念を明示的に加える。

補完的企業とは、自社の製品・サービスと組み合わせて使用されることで、顧客にとっての価値が向上する製品・サービスを提供する企業である。たとえば、ハードウェアメーカーにとってのソフトウェア開発企業、自動車メーカーにとっての道路インフラ事業者、ゲーム機メーカーにとってのゲームソフト開発企業が補完的企業にあたる。

価値相関図は、自社(Company)を中心に、顧客(Customers)、供給業者(Suppliers)、競争相手(Competitors)、補完的企業(Complementors)を4方向に配置する。

関係 説明 ポーターの5フォースとの対応
顧客 自社の製品・サービスの買い手 買い手の交渉力
供給業者 自社への原材料・中間財の売り手 売り手の交渉力
競争相手 同じ顧客を争奪する、または同じ供給業者の資源を争奪する企業 業界内の競争、新規参入の脅威、代替品の脅威
補完的企業 自社製品と補完関係にある製品を提供する企業 (5フォースでは明示的に扱われない)

ブランデンバーガーとネイルバフの重要な指摘は、あるプレイヤーが複数の役割を同時に持ちうるという点である。同一の企業が、ある局面では競争相手として、別の局面では補完的企業として振る舞うことがある。たとえば、サムスンとアップルはスマートフォン市場では競合するが、サムスンはアップルに対してディスプレイパネルや半導体チップを供給する供給業者でもある。この競争と協調の共存がコーペティションの本質である。

PARTSフレームワーク

コーペティションの実践的な戦略立案にあたって、ブランデンバーガーとネイルバフは「ビジネスのゲーム」を構成する5つの要素をPARTSという頭文字で整理した。

要素 意味 戦略的問い
Players(プレイヤー) ゲームの参加者 新たなプレイヤーを参加させる/退出させることでゲームはどう変わるか
Added value(付加価値) 各プレイヤーがゲームに持ち込む価値 自社の付加価値を高めるにはどうすればよいか
Rules(ルール) ゲームの規則・慣行 ルールを変更することで自社に有利なゲームを構築できるか
Tactics(戦術) 他プレイヤーの認識を形成する行動 他プレイヤーの認識をどう形成・変容させるか
Scope(範囲) ゲームの境界 ゲームの範囲を拡大・縮小することで何が変わるか

PARTSフレームワークの要点は、企業は既存のゲームの中で最善を尽くすだけでなく、ゲーム自体を能動的に変更(change the game)できるという認識にある。プレイヤーの構成を変える、ルールを書き換える、ゲームの範囲を再定義するといった行為そのものが戦略的選択となる。

たとえば、付加価値(Added value)に着目すると、ある企業がゲームから抜けた場合に市場全体の価値がどれだけ減少するかが、その企業の付加価値の大きさを示す。付加価値が大きい企業ほど交渉力が強く、利益を獲得しやすい。自社の付加価値を高めるためには、製品・サービスの差別化のみならず、補完的企業との関係構築、顧客のスイッチングコストの引き上げなど、多面的なアプローチが考えられる。

コーペティションの戦略的含意

コーペティションの枠組みは、競争戦略の考え方に以下の重要な視座を付加する。

第一に、パイの拡大と分配の区別である。企業間の関係には、市場全体のパイ(価値の総量)を拡大する局面(協調の局面)と、拡大されたパイを分配する局面(競争の局面)がある。ポーターの枠組みがパイの分配に重点を置くのに対し、コーペティションはパイの拡大の可能性に注意を喚起する。

第二に、補完的企業の戦略的重要性である。5フォース分析では補完的企業の役割が明示されていなかったが、実際のビジネスでは補完財の存在が業界の成長と収益性に大きな影響を与える。プラットフォーム・ビジネスにおけるエコシステムの構築は、補完的企業との協調を通じた価値創造の典型例である。

第三に、動態的な視点である。5フォース分析が業界構造を静態的に分析する傾向があるのに対し、コーペティションはゲームそのものを変えるという動態的な戦略の可能性を強調する。


まとめ

  • ポーターの3つの基本戦略は、コストリーダーシップ、差別化、集中の3類型から成り、競争優位の源泉と競争範囲の組み合わせに基づく
  • 複数の戦略を同時に追求すると「スタック・イン・ザ・ミドル」に陥り、競争優位を確立できないとポーターは主張した。ただし、トヨタ生産方式のように低コストと高品質を両立する事例も議論されている
  • ブルー・オーシャン戦略は、既存の競争(レッド・オーシャン)から脱却し、バリュー・イノベーションによって新市場を創造するアプローチである。4つのアクション(取り除く・減らす・増やす・付け加える)が分析の中核ツールとなる
  • コーペティションは、ゲーム理論の視座から競争と協調の同時性を捉え、価値相関図(value net)によって5フォース分析に「補完的企業」の概念を追加した
  • PARTSフレームワークは、ゲームそのものを能動的に変更するという戦略的視座を提供する
  • Section 4では、個別の事業での競争を超え、複数事業の組み合わせを扱う企業戦略を検討する

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
コストリーダーシップ戦略 Cost Leadership Strategy 業界全体で最も低いコスト構造を実現することで競争優位を確立する戦略
差別化戦略 Differentiation Strategy 買い手にとって価値ある独自性を提供し、価格プレミアムを獲得する戦略
集中戦略 Focus Strategy 特定のセグメントに経営資源を集中し、そのセグメントでの優位を確立する戦略
スタック・イン・ザ・ミドル Stuck in the Middle 複数の基本戦略を同時追求し、いずれの競争優位も確立できない状態
経験曲線効果 Experience Curve Effect 累積生産量の増加に伴う学習によるコスト低減の現象
ブルー・オーシャン戦略 Blue Ocean Strategy 競争のない新しい市場空間を創造することで競争を回避する戦略的アプローチ
バリュー・イノベーション Value Innovation 差別化と低コストを同時に追求し、買い手と企業双方の価値を飛躍的に向上させるアプローチ
戦略キャンバス Strategy Canvas 業界の競争要因と各社の提供水準を可視化する分析ツール
4つのアクション Four Actions Framework 取り除く・減らす・増やす・付け加えるの4つの問いで新たな価値曲線を構築するフレームワーク
コーペティション Co-opetition 競争と協調が同時に存在するビジネス関係を分析するゲーム理論的枠組み
価値相関図 Value Net 自社を中心に顧客・供給業者・競争相手・補完的企業の4者の関係を示す分析ツール
補完的企業 Complementors 自社製品と組み合わせて使用されることで顧客価値が向上する製品を提供する企業
PARTSフレームワーク PARTS Framework ビジネスのゲームをPlayers, Added value, Rules, Tactics, Scopeの5要素で分析する枠組み

確認問題

Q1: ポーターの3つの基本戦略(コストリーダーシップ、差別化、集中)について、それぞれの競争優位の源泉と競争範囲を整理し、「スタック・イン・ザ・ミドル」が生じるメカニズムを説明せよ。

A1: コストリーダーシップ戦略は、業界全体(広い競争範囲)を対象に、コスト優位を源泉とする。差別化戦略は、業界全体を対象に、製品・サービスの独自性を源泉とする。集中戦略は、特定のセグメント(狭い競争範囲)を対象に、コスト優位(コスト集中)または独自性(差別化集中)を源泉とする。スタック・イン・ザ・ミドルは、複数の戦略を同時に追求しようとした場合に生じる。その原因は、各戦略が要求する組織能力・資源配分が相互に矛盾することにある。コストリーダーシップが求める標準化・効率化と、差別化が求めるカスタマイズ・品質への投資は組織内で矛盾するシグナルを生み、結果としていずれの優位も十分に確立できなくなる。

Q2: ブルー・オーシャン戦略における「バリュー・イノベーション」とは何か。ポーターの基本戦略論との理論的な相違点に触れつつ説明せよ。

A2: バリュー・イノベーションとは、差別化と低コストを同時に追求することで、買い手と企業の双方にとっての価値を飛躍的に向上させるアプローチである。ポーターの基本戦略論がコスト優位と差別化のトレードオフを前提とし、一方を選択すべきと主張するのに対し、バリュー・イノベーションはこのトレードオフ自体を打破する。具体的には、業界が当然視する競争要因を取り除き・減らすことでコストを削減し、同時に買い手にとって真に重要な要因を増やし・付け加えることで価値を向上させる。これにより、既存の競争空間(レッド・オーシャン)とは異なる新たな市場空間(ブルー・オーシャン)が創造される。

Q3: コーペティションの枠組みにおいて「補完的企業」はどのように定義され、ポーターの5フォース分析に対してどのような理論的貢献をもたらすか。具体例を挙げて説明せよ。

A3: 補完的企業とは、自社の製品・サービスと組み合わせて使用されることで顧客にとっての価値が向上する製品・サービスを提供する企業である。たとえば、ゲーム機メーカーにとってのゲームソフト開発企業が補完的企業にあたる。ゲームソフトが充実するほどゲーム機の価値が高まり、ゲーム機が普及するほどゲームソフトの市場が拡大する。ポーターの5フォース分析では補完的企業の役割が明示的に扱われておらず、5つの競争要因はいずれも業界の収益性を引き下げる方向に作用するものとして描かれる。コーペティションの価値相関図は、補完的企業という市場全体の価値を拡大する要素を分析枠組みに組み込むことで、競争だけでなく協調を通じた価値創造の戦略的可能性を明示した。

Q4: PARTSフレームワークの5つの要素を列挙し、「既存のゲームの中で戦う」のではなく「ゲーム自体を変える」とはどういうことか、具体例を用いて説明せよ。

A4: PARTSの5要素は、Players(プレイヤー)、Added value(付加価値)、Rules(ルール)、Tactics(戦術)、Scope(範囲)である。「ゲーム自体を変える」とは、与えられた競争環境を所与とせず、その構成要素を能動的に変更する戦略的行為を指す。たとえば、Players(プレイヤー)の変更として、新たな補完的企業をゲームに招き入れることで市場全体の価値を拡大することが考えられる。インテルが「Intel Inside」キャンペーンで部品メーカーでありながら最終消費者へのブランド認知を確立したのは、プレイヤーの構成と自社の付加価値を変えた例である。また、Scope(範囲)の変更として、自社のゲームを隣接市場と連結し、単独では得られなかった価値を創出することも可能である。このように、PARTSフレームワークは受動的な適応ではなく、ゲームの再構成という能動的な戦略行動を体系的に考えるためのツールである。