Module 2-2 - Section 4: 企業戦略¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-2: 経営戦略論 |
| 前提セクション | Section 1(戦略の基本概念と外部環境分析) |
| 想定学習時間 | 2.5時間 |
導入¶
Section 1では、戦略の階層構造として企業戦略(corporate strategy)、事業戦略(business strategy)、機能戦略(functional strategy)の3層を区別し、企業戦略が「どこで戦うか(where to compete)」という問いに対応することを確認した。本セクションでは、この企業戦略を具体的に展開する。企業戦略の中核的課題は、事業領域の選択と組み合わせ、すなわち多角化の方向性と事業ポートフォリオの管理にある。
企業はなぜ単一事業にとどまらず、複数の事業領域へと展開するのか。どのような方法で事業を拡大するのか。複数の事業をどう管理し、経営資源をどう配分するのか。これらの問いに答えるため、アンゾフの成長マトリクス、多角化の類型とシナジー、垂直統合、M&Aと戦略的提携、そして事業ポートフォリオ管理の手法(BCGマトリクス、GE-マッキンゼー・マトリクス)を順に検討する。
成長の方向性:アンゾフの成長マトリクス¶
企業が成長を追求する際、その方向性を体系的に整理するフレームワークとして最も広く知られるのが、イゴール・アンゾフ(H. Igor Ansoff)の成長マトリクスである。
Key Concept: アンゾフの成長マトリクス(Ansoff Matrix) アンゾフが1957年の論文 "Strategies for Diversification"(Harvard Business Review)で提唱したフレームワーク。「製品」と「市場」の2軸をそれぞれ「既存」と「新規」に分け、企業の成長戦略を4つの象限に分類する。
graph TD
subgraph "アンゾフの成長マトリクス"
A["市場浸透戦略<br>既存製品 x 既存市場"]
B["新製品開発戦略<br>新規製品 x 既存市場"]
C["新市場開拓戦略<br>既存製品 x 新規市場"]
D["多角化戦略<br>新規製品 x 新規市場"]
end
A --- B
A --- C
C --- D
B --- D
style A fill:#e8f5e9,stroke:#4CAF50
style B fill:#fff3e0,stroke:#FF9800
style C fill:#fff3e0,stroke:#FF9800
style D fill:#ffebee,stroke:#f44336
4つの成長戦略¶
1. 市場浸透戦略(Market Penetration)
既存の製品で既存の市場におけるシェアを拡大する戦略である。広告宣伝の強化、価格調整、販売促進活動の充実、顧客の使用頻度の向上などが具体的手段となる。4つの戦略の中で最もリスクが低い。市場が成熟期にある場合、シェア拡大は競合からの奪取を意味するため、競争が激化しやすい。
2. 新市場開拓戦略(Market Development)
既存の製品を新しい市場に投入する戦略である。地理的拡大(国内の未進出地域への展開、海外進出)や、新たな顧客セグメントへのアプローチ(法人向け製品を個人向けに展開する等)が含まれる。既存の製品・技術を活用できるが、新市場の特性に関する知識・経験の不足がリスク要因となる。
3. 新製品開発戦略(Product Development)
既存の市場に新しい製品・サービスを投入する戦略である。製品ラインの拡充、次世代製品の開発、既存製品の改良が含まれる。既存の顧客基盤や流通チャネルを活用できるが、研究開発投資のリスクを伴う。
4. 多角化戦略(Diversification)
新しい製品で新しい市場に参入する戦略である。既存の製品にも市場にも依拠しないため、4つの戦略の中で最もリスクが高い。後述するように、多角化にはさまざまな類型があり、既存事業との関連性の程度によってリスクとシナジーの可能性が異なる。
アンゾフのマトリクスは、右下に向かうほど(既存の事業基盤から離れるほど)リスクが増大するという基本的な含意を持つ。企業は自社の経営資源、市場環境、リスク許容度を勘案しつつ、成長の方向性を選択する。
多角化戦略の類型とシナジー¶
ルメルトの多角化分類¶
リチャード・P・ルメルト(Richard P. Rumelt)は1974年の著書 Strategy, Structure, and Economic Performance において、米国大企業の多角化パターンを体系的に分類し、各類型と企業業績の関係を実証的に分析した。ルメルトは、各事業間の関連性に基づいて多角化を以下のように分類した。
| 類型 | 略称 | 特徴 |
|---|---|---|
| 専業型 | SR(Single Business) | 売上の95%以上が単一事業 |
| 本業型 | DB(Dominant Business) | 単一事業が売上の70〜95%を占める |
| 関連集約型 | RC(Related-Constrained) | 各事業が共通の強み・資源で結びつく |
| 関連連鎖型 | RL(Related-Linked) | 事業間に連鎖的な関連はあるが全体を貫く共通性はない |
| 非関連型 | UB(Unrelated Business) | 事業間に明確な関連性がない |
ルメルトの研究からは、関連集約型(RC)の多角化が最も高い業績を示す傾向が見出された。これは、事業間で共通の技術・資源を共有することでシナジー効果を発揮しやすいためと解釈されている。一方、非関連型(UB)の多角化は相対的に低い業績と結びつく傾向が示された。
関連多角化と非関連多角化¶
Key Concept: 多角化戦略(Diversification Strategy) 企業が既存の事業領域とは異なる新たな事業領域へ進出する戦略。既存事業との関連性の度合いにより関連多角化と非関連多角化に大別され、関連性が高いほどシナジー効果を得やすいとされる。
関連多角化(related diversification) とは、既存事業と技術、市場、流通チャネル、ブランド等の経営資源を共有しうる事業領域への進出である。たとえば、自動車メーカーが二輪車事業に進出するケース(ホンダ)や、カメラメーカーが医療機器事業に光学技術を転用するケース(オリンパス)がこれにあたる。既存事業で蓄積した資源・能力を活用できるため、シナジー効果が期待しやすい。
非関連多角化(unrelated diversification) とは、既存事業と技術的・市場的な関連性を持たない事業領域への進出である。いわゆるコングロマリット(conglomerate)型の企業はこのパターンに該当する。事業間のシナジーは限定的であるが、事業リスクの分散という観点では合理性がありうる。ただし、非関連多角化は経営者の注意資源の分散を招きやすく、各事業の専門性の深化が困難になるという問題が指摘されている。1960〜70年代に欧米で隆盛したコングロマリット型企業の多くが、1980年代以降に業績低下と事業再編を経験した事実は、非関連多角化のリスクを示す歴史的事例である。
シナジー効果¶
アンゾフは多角化を論じる文脈で、シナジー(synergy) の概念を経営学に導入した。シナジーとは、複数の事業の組み合わせにより、各事業を独立に運営する場合の総和を上回る価値が生み出される効果であり、「2 + 2 = 5」と表現されることがある。
アンゾフはシナジーを4つの類型に整理した。
| シナジーの類型 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 販売シナジー | 流通チャネル、ブランド、顧客基盤の共有 | 同一販売網で複数製品を販売 |
| 操業シナジー | 生産設備、原材料、技術の共有 | 共通部品の大量調達でコスト削減 |
| 投資シナジー | 研究開発、設備投資の共有 | 共通技術基盤の複数事業への転用 |
| 経営管理シナジー | 経営ノウハウ、管理手法の移転 | 問題解決能力の他事業への適用 |
シナジー効果の実現は多角化の成否を左右する重要な要因であるが、想定されたシナジーが実際には発揮されないケースも少なくない。シナジーの実現には、事業間の調整コストが伴い、このコストがシナジーの便益を上回れば、多角化は価値を毀損する。マイケル・グールド(Michael Goold)とアンドリュー・キャンベル(Andrew Campbell)は、「ペアレンティング・アドバンテージ(parenting advantage)」の概念を提唱し、親会社(本社)が傘下の事業に対して、他の親会社よりも優れた価値を付加できるかどうかが、多角化企業の存在意義を決定すると主張した。
垂直統合¶
Key Concept: 垂直統合(Vertical Integration) バリューチェーン上の川上(原材料・部品の供給)方向または川下(流通・販売)方向に事業範囲を拡大すること。自社内で行う活動の範囲を広げる戦略であり、前方統合(forward integration: 川下への統合)と後方統合(backward integration: 川上への統合)に分けられる。
垂直統合は、多角化と並ぶ企業戦略の重要な選択肢である。たとえば、自動車メーカーが部品の内製化を進めること(後方統合)や、アパレルメーカーが直営店舗を展開すること(前方統合)が垂直統合の典型的な例である。
取引費用経済学と垂直統合の論理¶
垂直統合を行うか外部化するかの判断を理論的に説明する枠組みとして、取引費用経済学(transaction cost economics)がある(→ Module 2-1, Section 1「取引費用」参照)。ロナルド・コース(Ronald Coase)が1937年の論文 "The Nature of the Firm" で提起し、オリバー・ウィリアムソン(Oliver Williamson)が精緻化した取引費用理論によれば、企業は市場取引に伴うコスト(取引費用)が内部化のコストを上回る場合に垂直統合を選択する。
ウィリアムソンが特定した取引費用を高める要因は以下のとおりである。
- 資産特殊性(asset specificity): 特定の取引関係に特化した資産への投資が大きいほど、取引相手に対する依存度が高まり、機会主義的行動のリスクが増大する。これが取引費用を最も強く規定する要因である
- 不確実性(uncertainty): 取引の将来の状態が予測困難であるほど、契約の不備を事後的に調整するコストが増大する
- 取引頻度(frequency): 取引が頻繁に行われるほど、内部化による管理の固定費を回収しやすくなる
資産特殊性が高く、不確実性が大きく、取引頻度が高い場合、市場取引の費用は増大し、垂直統合(内部化)が合理的な選択となる。逆に、これらの条件が低い場合は、市場取引(外部化)が効率的である。
垂直統合の利点と課題¶
| 利点 | 課題 |
|---|---|
| 供給の安定性確保 | 固定費の増大と経営の硬直化 |
| 品質管理の徹底 | 環境変化への適応力の低下 |
| 中間マージンの排除 | コア・コンピタンスの希薄化 |
| 技術・情報の囲い込み | 管理の複雑性の増大 |
| 取引費用の削減 | 非効率部門の温存リスク |
近年では、グローバル化とデジタル技術の発展により、取引費用が低下する傾向にあり、多くの産業で垂直統合よりも外部化(アウトソーシング)やネットワーク型の組織間関係が選好されている。ただし、品質管理が極めて重要な領域や、技術の流出を防ぐ必要がある領域では、垂直統合が依然として合理的な選択となる。
M&Aと戦略的提携¶
企業戦略の実行手段は、自社内での有機的成長(organic growth)だけでなく、外部の企業・資源を活用する方法がある。その代表的な手段がM&A(合併・買収)と戦略的提携(strategic alliance)である。
M&A¶
M&A(Mergers and Acquisitions)は、合併(merger: 2社以上の企業が1つの法人格に統合)と買収(acquisition: 一方の企業が他方の株式・事業を取得)の総称である。M&Aは、有機的成長に比べて迅速に事業拡大・新市場参入を実現できるという利点があるが、同時に大きなリスクも伴う。
M&Aの戦略的動機は多岐にわたる。
| 動機 | 内容 |
|---|---|
| 規模の経済性の追求 | 統合による生産・調達の効率化 |
| 範囲の経済性の追求 | 技術・ブランド等の共有資源の活用 |
| 市場支配力の強化 | 競合の買収による競争の緩和 |
| 新事業・新市場への迅速な参入 | 自前での構築コスト・時間の節約 |
| 経営資源・能力の獲得 | 技術、人材、ノウハウの入手 |
M&Aの成否を左右する重要な要因が、統合後の組織統合プロセス、すなわちPMI(Post-Merger Integration)である。買収価格の適切性、文化的統合の困難さ、キー人材の流出、想定したシナジーの未実現などが、M&Aの失敗要因としてしばしば指摘される。実証研究では、M&Aの多くが買収企業の株主価値を毀損するという知見が報告されており、M&Aが必ずしも価値創造に直結するわけではないことに留意が必要である。
戦略的提携¶
Key Concept: 戦略的提携(Strategic Alliance) 2社以上の企業が、それぞれの独立性を保持しつつ、特定の戦略目的を達成するために協力関係を構築する取り組みの総称。M&Aのような所有権の移転を伴わない(または限定的な資本関係にとどまる)点が特徴である。
戦略的提携は、M&Aほどのコミットメントを必要とせず、かつ自社単独では困難な目的を達成するための柔軟な手段として広く活用されている。戦略的提携の主要な形態は以下のとおりである。
業務提携(contractual alliance): 特定領域における契約ベースの協力関係である。共同研究開発、技術ライセンス供与、OEM供給、共同マーケティングなどが含まれる。資本関係を伴わないため、柔軟な開始・終了が可能であるが、拘束力が弱く、パートナーのコミットメントが不確実であるという課題がある。
資本提携: 一方の企業が他方の株式の一部を取得するか、相互に持ち合う形態である。業務提携よりも強い結びつきを示すが、M&Aのような経営権の移転は伴わない。
ジョイントベンチャー(joint venture): 2社以上の親会社が共同で出資して新たな法人を設立する形態である。独立した法人格を持つため、意思決定構造が明確であり、各親会社の経営資源を結合しやすい。一方、親会社間の利害対立や意思決定の遅延といったガバナンス上の課題が生じうる。
| 形態 | 資本関係 | 拘束の強さ | 柔軟性 |
|---|---|---|---|
| 業務提携 | なし | 低 | 高 |
| 資本提携 | 一部出資 | 中 | 中 |
| ジョイントベンチャー | 共同出資で新設法人 | 高 | 低 |
| M&A | 完全取得 | 最も高い | 最も低い |
成長手段の選択¶
企業は、成長の手段として有機的成長(自社内開発)、戦略的提携、M&Aの中から選択する。この選択は、目的達成の緊急度、必要とされるコミットメントの水準、パートナーとの関係の複雑さ、事業環境の不確実性といった要因に依存する。不確実性が高く、撤退の可能性を残したい場合は戦略的提携が選好され、迅速かつ確実な経営資源の獲得が求められる場合はM&Aが選好される傾向がある。
事業ポートフォリオ管理¶
多角化した企業にとって、複数の事業をいかに管理し、限りある経営資源をいかに配分するかという問題が生じる。この課題に対応するフレームワークとして、BCGマトリクスとGE-マッキンゼー・マトリクスが代表的である。
BCGマトリクス¶
Key Concept: BCGマトリクス(BCG Matrix) ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が1970年代に開発した事業ポートフォリオ管理のフレームワーク。プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)とも呼ばれる。「市場成長率」と「相対的市場シェア」の2軸で事業を4象限に分類し、各事業への経営資源配分の方針を導出する。
BCGマトリクスの理論的基盤は、経験曲線効果(experience curve effect: 累積生産量の増加に伴い単位コストが逓減する現象)と製品ライフサイクル(product life cycle)にある。相対的市場シェアが高い事業はコスト優位を持ちキャッシュを生み出しやすく、市場成長率が高い事業は成長のために多くのキャッシュを必要とする。
graph TD
subgraph "BCGマトリクス"
STAR["花形 Star<br>高成長率 x 高シェア<br>キャッシュ: 均衡"]
QM["問題児 Question Mark<br>高成長率 x 低シェア<br>キャッシュ: 流出"]
CASH["金のなる木 Cash Cow<br>低成長率 x 高シェア<br>キャッシュ: 創出"]
DOG["負け犬 Dog<br>低成長率 x 低シェア<br>キャッシュ: 均衡/流出"]
end
STAR --- QM
STAR --- CASH
QM --- DOG
CASH --- DOG
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style QM fill:#e3f2fd,stroke:#2196F3
style CASH fill:#e8f5e9,stroke:#4CAF50
style DOG fill:#ffebee,stroke:#f44336
| 象限 | 市場成長率 | 相対的市場シェア | キャッシュフローの特性 | 基本方針 |
|---|---|---|---|---|
| 花形(Star) | 高 | 高 | 大きなキャッシュを生むが、成長のために多くのキャッシュも必要 | 積極投資による地位維持 |
| 金のなる木(Cash Cow) | 低 | 高 | 大きなキャッシュを生み、追加投資は少額で済む | 収穫し、他事業への投資原資とする |
| 問題児(Question Mark) | 高 | 低 | 成長市場での地位構築にキャッシュを要し、収入は限定的 | 選択的投資でStarに育成、または撤退 |
| 負け犬(Dog) | 低 | 低 | キャッシュの創出も必要投資も限定的 | 撤退・売却、または最小限の投資で維持 |
BCGマトリクスの核心的な含意は、事業間の資金循環の設計にある。「金のなる木」が生み出すキャッシュを「花形」の維持と「問題児」の育成に投入し、将来の「金のなる木」を育てるという循環を構築することが、多角化企業のポートフォリオ管理の要諦とされる。理想的なポートフォリオは、現在のキャッシュ創出源(金のなる木)と将来のキャッシュ創出源(花形)をバランスよく含むものである。
BCGマトリクスの限界¶
BCGマトリクスは直感的で使いやすい反面、以下の限界が指摘されている。
- 評価軸の単純さ: 事業の魅力度を市場成長率のみで、競争力を相対的市場シェアのみで測定することは過度の単純化である。実際には市場の魅力度や競争力は多数の要因に依存する
- 経験曲線への過度の依拠: コスト・リーダーシップ以外の競争戦略(差別化戦略等)の有効性を十分に考慮していない
- 事業間のシナジーの無視: 各事業を独立した単位として扱い、事業間の相互依存関係を明示的に考慮していない
- 静態的分析: 市場の動態的変化やイノベーションの影響を十分に反映できない
- 市場の定義の恣意性: 市場の範囲をどう定義するかにより、成長率もシェアも大きく変わりうる
GE-マッキンゼー・マトリクス¶
BCGマトリクスの限界を克服する試みとして開発されたのが、GE-マッキンゼー・マトリクス(GE-McKinsey Matrix)である。ゼネラル・エレクトリック(GE)社がマッキンゼー・アンド・カンパニーと共同で1970年代に開発した。
GE-マッキンゼー・マトリクスは、BCGマトリクスの2軸を拡張し、「業界の魅力度(industry attractiveness)」と「事業単位の競争力(competitive strength of the business unit)」の2軸でそれぞれ高・中・低の3段階に分け、9つのセル(9 box matrix)に事業を配置する。
各軸は複数の評価基準を総合して判定される。
| 業界の魅力度(評価基準の例) | 事業単位の競争力(評価基準の例) |
|---|---|
| 市場規模 | 市場シェア |
| 市場成長率 | ブランド力 |
| 業界の収益性 | 技術力・イノベーション力 |
| 競争の激しさ | コスト構造の優位性 |
| 技術革新の動向 | 流通・販売力 |
| 規制環境 | 経営陣の能力 |
9つのセルは、投資方針に応じて3つのゾーンに大別される。
- 投資・成長ゾーン(魅力度・競争力がともに高い領域): 積極的な投資・資源配分を行う
- 選択・収益ゾーン(中間的な位置の領域): 選択的投資、現状維持、または段階的な縮小を検討する
- 収穫・撤退ゾーン(魅力度・競争力がともに低い領域): キャッシュの回収、事業の売却・撤退を検討する
GE-マッキンゼー・マトリクスはBCGマトリクスよりも多面的な評価を可能にするが、各評価基準のウェイト設定や評価の主観性という課題がある。評価者の判断によって結果が異なりうるため、客観性の担保が困難である。また、評価基準が多岐にわたるぶん、分析に要する労力も大きい。
まとめ¶
- アンゾフの成長マトリクスは、製品と市場の2軸で成長の方向性を市場浸透・新市場開拓・新製品開発・多角化の4つに整理する。右下に向かうほどリスクが増大する
- 多角化は関連多角化と非関連多角化に大別され、ルメルトの実証研究は関連集約型多角化が高い業績と結びつく傾向を示した
- シナジー効果は多角化の理論的正当化根拠であるが、その実現は自明ではなく、調整コストとの比較が必要である
- 垂直統合の判断は取引費用経済学の枠組み(資産特殊性・不確実性・取引頻度)で説明される。近年は外部化の傾向が強まっている
- M&Aは迅速な成長手段であるが、PMIの困難さにより失敗リスクも高い。戦略的提携はM&Aよりも柔軟な協力形態である
- BCGマトリクスは市場成長率と相対的市場シェアで事業を4象限に分類し、事業間の資金循環を設計する枠組みであるが、評価軸の単純さやシナジーの無視といった限界がある
- GE-マッキンゼー・マトリクスはBCGの限界を多面的評価で補完するが、主観性の問題を抱える
- Section 5では、これまで学んだ競争戦略と企業戦略の知見を統合し、戦略の実行プロセスを検討する
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| アンゾフの成長マトリクス | Ansoff Matrix | 製品と市場の既存・新規の2軸で企業の成長戦略を4象限に分類するフレームワーク |
| 多角化戦略 | Diversification Strategy | 既存事業とは異なる新たな事業領域へ進出する戦略 |
| 関連多角化 | Related Diversification | 既存事業と技術・市場等の経営資源を共有しうる事業領域への多角化 |
| 非関連多角化 | Unrelated Diversification | 既存事業と技術的・市場的関連性のない事業領域への多角化 |
| シナジー | Synergy | 複数事業の組み合わせが各事業の単純合計を上回る価値を生む効果 |
| 垂直統合 | Vertical Integration | バリューチェーン上の川上または川下方向に事業範囲を拡大する戦略 |
| 前方統合 | Forward Integration | 川下(流通・販売)方向への垂直統合 |
| 後方統合 | Backward Integration | 川上(原材料・部品供給)方向への垂直統合 |
| 資産特殊性 | Asset Specificity | 特定の取引関係に特化した資産の度合い。取引費用を規定する最も重要な要因 |
| M&A | Mergers and Acquisitions | 企業の合併と買収の総称 |
| PMI | Post-Merger Integration | M&A後の組織統合プロセス |
| 戦略的提携 | Strategic Alliance | 独立性を保持しつつ特定の戦略目的のために協力関係を構築する取り組み |
| ジョイントベンチャー | Joint Venture | 2社以上が共同出資で設立する新法人 |
| BCGマトリクス | BCG Matrix | 市場成長率と相対的市場シェアで事業を4象限に分類するポートフォリオ管理手法 |
| 花形 | Star | 高成長率・高シェアの事業。積極投資の対象 |
| 金のなる木 | Cash Cow | 低成長率・高シェアの事業。キャッシュの主要な創出源 |
| 問題児 | Question Mark | 高成長率・低シェアの事業。選択的投資の対象 |
| 負け犬 | Dog | 低成長率・低シェアの事業。撤退・売却の候補 |
| GE-マッキンゼー・マトリクス | GE-McKinsey Matrix | 業界の魅力度と事業単位の競争力で9セルに分類するポートフォリオ管理手法 |
確認問題¶
Q1: アンゾフの成長マトリクスにおける4つの成長戦略を、リスクの大小と関連づけて説明せよ。
A1: アンゾフの成長マトリクスは、製品(既存/新規)と市場(既存/新規)の2軸で4つの戦略を区分する。市場浸透戦略(既存製品×既存市場)は既存の事業基盤の延長上にあるため最もリスクが低い。新市場開拓戦略(既存製品×新規市場)は製品・技術を活用できるが新市場の不確実性がリスク要因となり、新製品開発戦略(新規製品×既存市場)は顧客基盤を活用できるが開発リスクを伴う。多角化戦略(新規製品×新規市場)は既存の製品にも市場にも依拠しないため最もリスクが高い。右下に向かうほど(既存事業基盤から離れるほど)リスクが増大するという構造を持つ。
Q2: 関連多角化と非関連多角化の違いを、シナジー効果の観点から比較して説明せよ。
A2: 関連多角化は既存事業と技術、市場、流通チャネル、ブランド等の経営資源を共有しうる事業領域への進出であり、共有資源を活用した販売シナジー、操業シナジー、投資シナジー等が期待しやすい。ルメルトの実証研究でも関連集約型多角化が高い業績と結びつく傾向が示されている。一方、非関連多角化は既存事業との技術的・市場的関連性がない事業領域への進出であり、事業間のシナジーは限定的である。リスク分散という理論的根拠はあるが、1960〜70年代に隆盛したコングロマリット型企業の多くが業績低下を経験したように、経営者の注意資源の分散や各事業の専門性深化の困難さが問題となりやすい。
Q3: BCGマトリクスの4象限の特性と、事業間の資金循環の論理を説明したうえで、このフレームワークの主要な限界を2つ挙げよ。
A3: BCGマトリクスは市場成長率と相対的市場シェアの2軸で事業を花形(高成長率×高シェア)、金のなる木(低成長率×高シェア)、問題児(高成長率×低シェア)、負け犬(低成長率×低シェア)の4象限に分類する。資金循環の論理は、金のなる木(成長投資が少なく済みキャッシュを多く生む)から得た資金を、花形の競争地位維持と問題児のシェア拡大(花形への育成)に投入し、将来の金のなる木を育てるという循環設計にある。主要な限界として、第一に評価軸の単純さが挙げられる。事業の魅力度を市場成長率のみ、競争力を相対的市場シェアのみで測定することは過度の単純化であり、差別化戦略等の有効性を考慮していない。第二に事業間のシナジーを無視しており、各事業を独立した単位として扱うため、事業間の相互依存関係が分析に反映されない。
Q4: 企業が垂直統合を選択する合理性を、取引費用経済学の枠組みで説明せよ。
A4: 取引費用経済学によれば、市場取引には取引費用が伴い、この費用が内部化(組織内取引)のコストを上回る場合に垂直統合が合理的な選択となる。取引費用を規定する主要因は3つある。第一に資産特殊性であり、特定の取引関係に特化した資産への投資が大きい場合、取引相手への依存と機会主義的行動のリスクが高まる。第二に不確実性であり、将来の状態予測が困難な場合、契約の不備を事後的に調整するコストが増大する。第三に取引頻度であり、取引が頻繁であるほど内部化による管理の固定費を回収しやすい。これら3要因がいずれも高い場合、市場取引の費用は大きくなり、自社内での垂直統合が効率的となる。