Module 2-3 - Section 1: マーケティングの基本概念とSTP¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-3: マーケティング |
| 前提セクション | なし(Module 2-2の知識を前提) |
| 想定学習時間 | 2.5時間 |
導入¶
Module 2-2では、経営戦略論の基礎として、企業が持続的な競争優位を構築するための戦略類型(コストリーダーシップ、差別化、集中)や、外部環境分析・内部資源分析の枠組みを学んだ(→ Module 2-2, Section 1「戦略の基本概念と外部環境分析」、Section 3「競争戦略」参照)。経営戦略が「いかにして競争優位を構築・維持するか」という問いに答えるものであるとすれば、マーケティングは「いかにして顧客に価値を創造・提供し、その対価を得るか」という問いに答える領域である。
本セクションでは、マーケティングの基本概念を整理したうえで、マーケティング・マネジメント・プロセス全体の俯瞰図を示し、その中核をなすSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)の理論的枠組みを詳細に検討する。STPは、企業が限られた経営資源を最も効果的に配分し、特定の顧客層に対して独自の価値提案を行うための分析枠組みであり、マーケティング戦略の根幹に位置する。
マーケティングの定義とコンセプトの変遷¶
マーケティングの定義¶
マーケティングの定義は論者や時代によって多様であるが、現在最も広く参照される定義は以下の2つである。
フィリップ・コトラー(Philip Kotler)は、マーケティングを「ニーズに応えて利益を上げること(meeting needs profitably)」と端的に定義した。この定義は、顧客のニーズを起点として価値を創造し、その結果として企業が利益を得るという双方向的な関係を強調している。
Key Concept: マーケティング(Marketing) 顧客のニーズを起点として、価値の創造・伝達・提供・交換を行い、顧客・取引先・パートナー・社会全体にとって価値ある提供物を生み出す活動・制度・プロセスの総体。単なる販売促進活動ではなく、企業経営の中核的な機能である。
アメリカ・マーケティング協会(American Marketing Association, AMA)は、2007年に承認し2017年に再承認した公式定義において、マーケティングを「顧客、取引先、パートナー、社会全体にとって価値ある提供物を創造し、伝達し、提供し、交換するための活動、一連の制度、およびプロセス(Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large.)」と定義している。この定義の特徴は、マーケティングの対象を顧客に限定せず、パートナーや社会全体にまで拡張している点にある。
これらの定義に共通するのは、マーケティングを単なる販売・宣伝活動として捉えるのではなく、価値の創造と交換のプロセス全体として理解する視座である。
マーケティング・コンセプトの変遷¶
マーケティングの基本的な考え方(マーケティング・コンセプト)は、産業構造と消費者行動の変化に伴って歴史的に変遷してきた。コトラーはこの変遷をマーケティング1.0から4.0として体系化している。
Key Concept: マーケティング・コンセプト(Marketing Concept) 企業がマーケティング活動を遂行する際に依拠する基本的な考え方・哲学。歴史的に、生産志向から顧客志向、さらに社会志向・自己実現志向へと発展してきた。
1. 生産志向(Production Orientation): 1900年代〜1920年代
産業革命以降の大量生産体制の確立期に支配的であった考え方である。需要が供給を大幅に上回る時代において、企業の関心は「いかに大量に、安価に生産するか」に集中していた。ヘンリー・フォード(Henry Ford)のT型フォードに象徴されるように、製品の標準化と大量生産によるコスト削減が競争力の源泉であった。
2. 製品志向(Product Orientation): 1930年代〜1950年代
生産技術の普及により供給量が増大すると、企業の関心は「より良い製品をつくること」に移行した。高品質・高性能・多機能な製品を提供すれば顧客は自ずと購入するという前提に立つ。しかし、この考え方には「マーケティング・マイオピア(marketing myopia)」と呼ばれる陥穽がある。セオドア・レビット(Theodore Levitt)は1960年に Harvard Business Review 誌に発表した同名の論文で、企業が製品そのものに過度に注目し、顧客が本来求めている便益(ベネフィット)を見失う危険性を指摘した。
3. 販売志向(Selling Orientation): 1950年代〜1960年代
供給が需要を上回り始めると、「つくったものをいかに売るか」が中心的課題となった。積極的な人的販売、広告、販売促進活動によって需要を喚起しようとする考え方である。企業の論理を起点とし、消費者の真のニーズとは必ずしも合致しない点に限界がある。
4. 顧客志向(Customer Orientation): 1970年代〜
マーケティングの重心が「つくったものを売る」から「売れるものをつくる」へと転換した段階である。消費者のニーズを出発点として製品・サービスを設計するという発想であり、「マーケティング・コンセプト」の狭義の用法はこの段階を指すことが多い。STP分析やマーケティング・リサーチが体系化されたのもこの時期である。
5. 社会志向マーケティング(Societal Marketing): 1990年代〜
顧客満足の追求だけでなく、環境問題・社会的課題への配慮を統合する考え方である。企業の社会的責任(CSR)の議論と連動し、顧客の長期的利益と社会全体の福利を考慮したマーケティング活動が求められるようになった。コトラーはこれをマーケティング3.0として位置づけ、「人間の精神(human spirit)」への訴求を重視した。
| コンセプト | 時代 | 中心的問い | 起点 |
|---|---|---|---|
| 生産志向 | 1900s〜1920s | いかに大量・安価に生産するか | 工場 |
| 製品志向 | 1930s〜1950s | いかに良い製品をつくるか | 製品 |
| 販売志向 | 1950s〜1960s | いかに売るか | 企業 |
| 顧客志向 | 1970s〜 | 顧客は何を求めているか | 顧客ニーズ |
| 社会志向 | 1990s〜 | 社会にとって何が価値あるか | 社会全体 |
graph LR
A["生産志向<br/>1900s-1920s"] --> B["製品志向<br/>1930s-1950s"]
B --> C["販売志向<br/>1950s-1960s"]
C --> D["顧客志向<br/>1970s-"]
D --> E["社会志向<br/>1990s-"]
style A fill:#e8e8e8,stroke:#666
style B fill:#d4d4d4,stroke:#666
style C fill:#c0c0c0,stroke:#666
style D fill:#a0c8e8,stroke:#336
style E fill:#88b8d8,stroke:#336
マーケティング・マネジメント・プロセス¶
コトラーは、マーケティング活動を体系的に遂行するためのフレームワークとして、R-STP-MM-I-Cというマーケティング・マネジメント・プロセスを提唱した。このプロセスは、戦略的プロセス(R-STP)と戦術的プロセス(MM-I-C)に大別される。
graph LR
R["R: Research<br/>調査・分析"] --> S["STP<br/>セグメンテーション<br/>ターゲティング<br/>ポジショニング"]
S --> MM["MM: Marketing Mix<br/>4P策定"]
MM --> I["I: Implementation<br/>実行"]
I --> C["C: Control<br/>評価・統制"]
C -.->|"フィードバック"| R
subgraph "戦略的プロセス"
R
S
end
subgraph "戦術的プロセス"
MM
I
C
end
R(Research): 調査・分析
マーケティング・マネジメント・プロセスの出発点であり、市場環境を体系的に調査・分析する段階である。マクロ環境分析(PEST分析等)、ミクロ環境分析(業界構造、競合分析等)、および自社分析を行い、SWOT分析(→ Module 2-2, Section 2「内部資源分析とSWOT」参照)に統合する。この段階で収集・分析される情報が、後続のSTPおよびマーケティング・ミックスの意思決定の基盤となる。
STP(Segmentation, Targeting, Positioning)
市場を同質的な顧客グループに分割し(セグメンテーション)、標的とするセグメントを選定し(ターゲティング)、そのセグメントにおける自社の独自の位置づけを確立する(ポジショニング)プロセスである。マーケティング戦略の中核をなす。詳細は後述する。
MM(Marketing Mix): マーケティング・ミックス
STPで定められた戦略的方向性を、具体的な施策に落とし込む段階である。Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)の4Pを組み合わせて最適な施策体系を構築する(→ Section 3「マーケティング・ミックス(4P)」で詳述)。
I(Implementation): 実行
策定されたマーケティング・ミックスを実際の市場活動として展開する段階である。組織体制の構築、予算配分、スケジュール管理、関係部門間の調整等が含まれる。
C(Control): 評価・統制
実行されたマーケティング活動の成果を測定・評価し、計画との乖離を把握して修正を行う段階である。コトラーは年間計画コントロール、収益性コントロール、効率性コントロール、戦略コントロールの4類型を提示している。評価結果はフィードバックされ、次のサイクルのリサーチに反映される。
マーケティング・リサーチの基礎¶
R-STP-MM-I-Cの出発点であるリサーチ(R)の中核をなすのがマーケティング・リサーチである。
Key Concept: マーケティング・リサーチ(Marketing Research) マーケティング上の意思決定に必要な情報を体系的に計画・収集・分析・報告するプロセス。市場環境の理解、顧客ニーズの把握、マーケティング施策の効果測定等に用いられる。
調査設計の基本¶
マーケティング・リサーチは、目的に応じて以下の3つの類型に分けられる。
探索的調査(Exploratory Research): 問題の構造が不明確な段階で、仮説を生成し、問題の本質を明らかにするために行う調査。文献調査、専門家へのインタビュー、フォーカスグループ等が用いられる。
記述的調査(Descriptive Research): 市場の実態や消費者の特性を記述・把握するための調査。「誰が、何を、いつ、どこで、どのように購買しているか」を明らかにする。アンケート調査やパネル調査が代表的手法である。
因果的調査(Causal Research): 変数間の因果関係を検証するための調査。「価格を下げれば売上は増えるか」「パッケージの色は購買意欲に影響するか」といった仮説を実験的に検証する。
質的調査と量的調査¶
マーケティング・リサーチの手法は、データの性質に基づいて質的調査と量的調査に大別される。
| 区分 | 質的調査 | 量的調査 |
|---|---|---|
| 目的 | 深層的な理解・仮説生成 | 仮説検証・全体像の把握 |
| データ | 言語・行動・画像等 | 数値 |
| 標本数 | 少数(数人〜数十人) | 多数(数百〜数千人) |
| 代表的手法 | デプスインタビュー、フォーカスグループ・インタビュー(FGI)、エスノグラフィー | アンケート調査、実験、パネル調査 |
| 分析方法 | 内容分析、グラウンデッド・セオリー等 | 統計的分析 |
| 一般化可能性 | 低い | 高い |
質的調査と量的調査は対立するものではなく、補完関係にある。探索的段階で質的調査により仮説を生成し、記述的・因果的段階で量的調査により仮説を検証するという順序で用いられることが多い。
STP: セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング¶
Key Concept: STP(Segmentation, Targeting, Positioning) 市場全体を同質的なセグメントに分割し(S)、自社にとって最も魅力的なセグメントを標的として選定し(T)、標的セグメントにおける自社の独自の位置づけを確立する(P)一連のプロセス。コトラーが体系化したマーケティング戦略の中核的枠組みである。
STPの意義は、すべての顧客に対して同一のアプローチを取るのではなく、異質な市場のなかから自社の強みを最も発揮できる領域を選び出し、そこに経営資源を集中することで、効率的かつ効果的なマーケティングを実現する点にある。
セグメンテーション(市場細分化)¶
Key Concept: 市場セグメンテーション(Market Segmentation) 異質な市場全体を、類似したニーズ・特性・行動を持つ顧客グループ(セグメント)に分割するプロセス。ウェンデル・スミス(Wendell R. Smith)が1956年の論文 "Product Differentiation and Market Segmentation as Alternative Marketing Strategies" で概念を提唱した。
セグメンテーションの基準となる変数は、大きく以下の4つのカテゴリーに分類される。
1. 地理的変数(Geographic Variables)
国・地域、都市規模、人口密度、気候、文化圏等の地理的要因に基づく分割である。食品・飲料業界では気候や食文化の差異が消費パターンに大きく影響するため、地理的変数が重要な役割を果たす。例として、清涼飲料メーカーが温暖地域と寒冷地域で異なる製品ラインを展開するケースがある。
2. 人口統計的変数(Demographic Variables)
年齢、性別、所得水準、学歴、職業、家族構成、ライフステージ等の客観的な属性に基づく分割である。測定が容易で入手しやすいデータに基づくため、最も広く用いられる基準である。例として、自動車メーカーが所得水準と家族構成に基づいてコンパクトカー、ファミリーカー、高級車といったラインナップを構成するケースがある。
3. 心理的変数(Psychographic Variables)
ライフスタイル、価値観、性格特性、社会階層等の心理的要因に基づく分割である。人口統計的に同質な集団であっても、価値観やライフスタイルは大きく異なりうる。SRI International(旧スタンフォード研究所)が開発したVALS(Values and Lifestyles)プログラムは、心理的変数に基づくセグメンテーションの代表的な手法である。
4. 行動変数(Behavioral Variables)
製品の使用頻度、使用場面(オケージョン)、求めるベネフィット、ロイヤルティの程度、購買準備段階等の行動パターンに基づく分割である。行動変数は消費者の実際の行動に直接結びつくため、マーケティング施策への示唆が大きい。例として、航空会社がビジネス客と観光客を搭乗頻度・予約行動・価格感応度に基づいて区分するケースがある。
| 変数カテゴリー | 具体的基準の例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 地理的変数 | 国、地域、都市規模、気候 | 入手容易、文化的差異を反映 |
| 人口統計的変数 | 年齢、性別、所得、学歴、家族構成 | 測定容易、最も汎用的 |
| 心理的変数 | ライフスタイル、価値観、性格 | 深層ニーズを反映、測定が困難 |
| 行動変数 | 使用頻度、ベネフィット、ロイヤルティ | 行動に直結、施策への示唆大 |
効果的なセグメンテーションの要件として、コトラーは以下の5つの基準を挙げている。
- 測定可能性(Measurability): セグメントの規模、購買力、特性を測定できること
- 到達可能性(Accessibility): セグメントに対して効果的にアクセスし、サービスを提供できること
- 実質性(Substantiality): セグメントが十分な規模と収益性を持つこと
- 差別化可能性(Differentiability): セグメント間で反応が明確に異なること
- 実行可能性(Actionability): セグメントに対して効果的なマーケティング・プログラムを策定・実行できること
ターゲティング(標的市場の選定)¶
セグメンテーションによって市場を分割した後、自社が標的とするセグメントを選定するのがターゲティングである。ターゲティング戦略は、対象とするセグメントの数と範囲に基づいて以下の3類型に分けられる。
1. 無差別型マーケティング(Undifferentiated Marketing)
市場全体を単一のセグメントとして扱い、すべての顧客に対して同一のマーケティング・ミックスを適用する戦略である。セグメント間の差異を無視し、共通するニーズに焦点を当てる。規模の経済性を最大化できるが、特定のニーズへの対応力は低い。日用品(砂糖、塩等)や公共サービスにおいて見られるアプローチである。
2. 差別型マーケティング(Differentiated Marketing)
複数のセグメントを標的とし、各セグメントに対してそれぞれ異なるマーケティング・ミックスを策定・実行する戦略である。各セグメントのニーズにきめ細かく対応できるため、顧客満足度と市場カバレッジの双方を高められる。一方で、製品開発・生産・マーケティングのコストが増大するという課題がある。自動車メーカーが複数のブランド・車種を展開するケースが典型的である。
3. 集中型マーケティング(Concentrated Marketing)
少数の、あるいは単一のセグメントに経営資源を集中する戦略である。経営資源の限られた企業が、特定の市場において深い専門性と強固な地位を確立するのに適している。高いリターンを得られる可能性がある一方、標的セグメントの需要変動や競合の参入に対する脆弱性が高い。高級ブランドやニッチ市場のスペシャリスト企業に多く見られる。
| 類型 | 対象セグメント | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| 無差別型 | 市場全体 | 規模の経済性、低コスト | ニーズへの適合度が低い |
| 差別型 | 複数セグメント | 高い顧客満足度、広いカバレッジ | コスト増大 |
| 集中型 | 単一・少数セグメント | 深い専門性、強固な地位 | リスク集中 |
ポジショニング¶
Key Concept: ポジショニング(Positioning) 標的顧客の心のなかに、自社の製品・ブランドの独自の位置づけを確立するプロセス。アル・ライズ(Al Ries)とジャック・トラウト(Jack Trout)が1981年の著書 Positioning: The Battle for Your Mind で体系化した概念であり、コトラーがSTPの枠組みに統合した。
ポジショニングの本質は、物理的な製品特性の差異ではなく、顧客の知覚(perception)における差異の構築にある。同一のスペックを持つ製品であっても、顧客がそれをどのように認識し、競合製品とどのように比較するかによって、市場における位置づけは大きく異なる。
知覚マップ(Perceptual Map)¶
ポジショニングの分析ツールとして広く用いられるのが知覚マップ(パーセプションマップ)である。知覚マップは、顧客が製品・ブランドをどのように認知しているかを2つの軸で視覚的に表現する図である。
知覚マップの作成手順は以下の通りである。
- KBF(Key Buying Factor: 購買決定要因)の洗い出し: 当該市場において顧客が製品を選択する際に重視する要因を特定する
- 軸の選定: KBFのなかから、セグメント内で重要度が高く、かつ競合間で差異が明確に現れる2つの要因を軸として選定する
- マッピング: 自社と競合の製品・ブランドを2軸上に配置する
- 分析: 空白領域(未充足の顧客ニーズが存在する可能性のあるポジション)の発見、競合との距離の評価、自社のポジションの妥当性の検証を行う
注意すべきは、ポジショニングマップ(企業が意図する位置づけ)とパーセプションマップ(顧客が実際に知覚する位置づけ)は必ずしも一致しないことである。企業の意図と顧客の知覚の乖離を把握し、コミュニケーション戦略を調整することが重要となる。
差別化の軸¶
ポジショニングにおいて自社の独自性を構築するための差別化の軸は、主に以下のカテゴリーに分類される。
| 差別化の次元 | 具体例 |
|---|---|
| 製品による差別化 | 機能、品質、デザイン、耐久性 |
| サービスによる差別化 | 配送速度、アフターサービス、コンサルティング |
| 人材による差別化 | 従業員の専門性、対応力、礼節 |
| チャネルによる差別化 | 流通網の広さ、利便性 |
| イメージによる差別化 | ブランドの象徴性、雰囲気、ストーリー |
効果的なポジショニングにおいては、差別化の軸が「重要性(顧客にとって価値がある)」「独自性(競合が容易に模倣できない)」「伝達可能性(顧客に明確に伝えられる)」「先制性(先に確立できる)」「購買可能性(価格として受容される)」「収益性(差別化コストを上回る収益を生む)」の条件を満たすことが求められる。
まとめ¶
- マーケティングとは、顧客のニーズを起点として価値を創造・提供・交換するプロセスの総体であり、単なる販売活動ではない
- マーケティング・コンセプトは、生産志向→製品志向→販売志向→顧客志向→社会志向へと歴史的に変遷してきた
- マーケティング・マネジメント・プロセス(R-STP-MM-I-C)は、リサーチから評価・統制に至るマーケティング活動の全体的な枠組みを提供する
- STPは、市場を細分化し(S)、標的市場を選定し(T)、独自の位置づけを確立する(P)プロセスであり、マーケティング戦略の中核をなす
- セグメンテーションの変数は地理的・人口統計的・心理的・行動変数の4カテゴリーに分類され、それぞれ異なる特性を持つ
- ターゲティング戦略は無差別型・差別型・集中型の3類型があり、企業の経営資源と市場特性に応じて選択される
- ポジショニングは顧客の知覚における位置づけの構築であり、知覚マップが主要な分析ツールとなる
- 次のSection 2「消費者行動論」では、STPの前提となる消費者の意思決定プロセスと購買行動の理論を検討する
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| マーケティング | Marketing | 顧客のニーズを起点として価値の創造・伝達・提供・交換を行う活動・制度・プロセスの総体 |
| マーケティング・コンセプト | Marketing Concept | 企業がマーケティング活動を遂行する際に依拠する基本的考え方 |
| マーケティング・マイオピア | Marketing Myopia | 企業が製品に過度に注目し、顧客の本来のニーズを見失う近視眼的傾向 |
| STP | Segmentation, Targeting, Positioning | 市場細分化・標的市場選定・位置づけ確立の一連のプロセス |
| 市場セグメンテーション | Market Segmentation | 異質な市場を類似した特性を持つ顧客グループに分割するプロセス |
| ターゲティング | Targeting | セグメント化された市場から標的市場を選定するプロセス |
| ポジショニング | Positioning | 標的顧客の心のなかに自社製品・ブランドの独自の位置づけを確立するプロセス |
| 知覚マップ | Perceptual Map | 顧客が製品・ブランドをどう認知しているかを2軸で視覚化した図 |
| マーケティング・リサーチ | Marketing Research | マーケティング上の意思決定に必要な情報を体系的に収集・分析するプロセス |
| KBF | Key Buying Factor | 顧客が購買決定の際に重視する要因 |
確認問題¶
Q1: マーケティング・コンセプトの変遷において、「販売志向」から「顧客志向」への転換はどのような市場環境の変化を背景としていたか。また、この転換がマーケティング活動の設計にどのような変化をもたらしたかを説明せよ。
A1: 販売志向の時代は供給が需要を上回り始めた時期であり、企業は積極的な販売活動によって需要を喚起しようとした。しかし、消費者の選択肢が増大し、企業論理に基づく販売圧力だけでは十分な成果を得られなくなった。顧客志向への転換により、マーケティング活動の起点が企業側の都合から消費者のニーズへと移行し、「つくったものを売る」から「売れるものをつくる」という発想転換が起こった。これに伴い、マーケティング・リサーチによる消費者理解やSTP分析の体系化が進み、マーケティングが経営の中核的機能として位置づけられるようになった。
Q2: セグメンテーションに用いられる4つの変数カテゴリー(地理的・人口統計的・心理的・行動変数)のうち、行動変数に基づくセグメンテーションが他の変数に比べてマーケティング施策への示唆が大きいとされる理由を説明せよ。
A2: 行動変数は、消費者の実際の購買行動・使用行動に直接結びつくデータに基づいている。使用頻度、求めるベネフィット、ロイヤルティの程度、購買場面(オケージョン)等は、消費者がどのように製品を選択・使用しているかを直接反映するため、マーケティング・ミックスの各要素(価格設定、流通チャネル、プロモーション内容等)を具体的にどう設計すべきかについて明確な示唆を与える。他の変数(地理的・人口統計的変数等)は消費者の属性を記述するものであり、属性と行動の間に乖離がある場合には施策設計の根拠としての精度が低くなる。
Q3: 無差別型・差別型・集中型の3つのターゲティング戦略について、経営資源の規模がターゲティング戦略の選択にどのように影響するかを論じよ。
A3: 差別型マーケティングは複数のセグメントそれぞれに最適化した製品開発・生産・マーケティング活動を行うため、多大な経営資源を必要とし、大企業に適した戦略である。無差別型マーケティングは単一のマーケティング・ミックスで市場全体をカバーするため、生産・マーケティングの規模の経済性を活かせるが、ブランド力や流通網の広さが求められる。集中型マーケティングは少数のセグメントに経営資源を集中するため、資源の限られた中小企業やスタートアップが、特定の市場で深い専門性と強固な地位を確立するのに適している。ただし、集中型は標的セグメントの需要変動や競合参入に対する脆弱性が高いというリスクがある。
Q4: ポジショニングにおいて、企業が意図するポジショニングマップと顧客が実際に知覚するパーセプションマップが乖離する場合、その原因として考えられる要因と対応策を論じよ。
A4: 乖離の原因としては、(1) コミュニケーション戦略の不備(差別化の軸が顧客に明確に伝わっていない)、(2) 製品・サービスの実態と訴求内容の不一致(品質・機能が訴求水準に達していない)、(3) 競合のポジショニング変化(競合の参入や戦略変更により相対的位置づけが変動)、(4) 顧客の評価基準の変化(KBFの変化に企業が対応できていない)等が挙げられる。対応策としては、定期的なマーケティング・リサーチにより顧客の知覚を把握すること、コミュニケーション戦略の見直しにより差別化の軸を明確に伝達すること、必要に応じて製品・サービスの実態を改善して訴求内容との整合性を高めること、そしてリポジショニング(位置づけの再構築)を検討することが考えられる。