Module 2-3 - Section 4: ブランド戦略と顧客関係管理¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-3: マーケティング |
| 前提セクション | Section 2(消費者行動論)、Section 3(マーケティング・ミックス(4P)) |
| 想定学習時間 | 2.5時間 |
導入¶
Section 2で消費者の購買意思決定プロセスと態度変容のメカニズムを、Section 3で4Pによるマーケティング施策の具体的な設計を学んだ。しかし、個々のマーケティング施策が短期的な売上をもたらしても、企業が持続的な競争優位を確立するためには、それだけでは不十分である。
本セクションでは、企業と顧客の長期的な関係構築を可能にする2つの柱を扱う。第一にブランド戦略である。ブランドは単なるロゴや名前ではなく、消費者の記憶の中に蓄積された知識構造であり、製品に対する知覚品質やロイヤルティを規定する。第二に顧客関係管理(CRM)である。CRMは個々の顧客との関係を体系的に管理し、顧客生涯価値(CLV)を最大化することを目指す経営手法である。
ブランドとCRMはいずれも、消費者行動の理解(Section 2)を基盤とし、4P(Section 3)を通じて実現される。本セクションでは、これらの概念を理論的に整理したうえで、実務上の戦略類型と測定手法を検討する。
ブランドの定義と機能¶
ブランドとは何か¶
ブランド(brand)の語源は、古ノルド語の「brandr」(焼き印を押す)に遡る。元来は家畜の所有者を識別するための焼き印であったが、現代のマーケティングにおいてブランドは遥かに広い意味を持つ。
アメリカ・マーケティング協会(AMA)の定義によれば、ブランドとは「ある売り手の財・サービスを他の売り手のそれから識別するための名前、用語、記号、シンボル、デザイン、またはそれらの組み合わせ」である。しかし、現代のブランド研究では、ブランドをこうした視覚的要素に限定せず、消費者の心の中に形成される総合的な知覚・連想の体系として捉える立場が主流である。
ブランドの3つの機能¶
ブランドは主として以下の3つの機能を果たす。
識別機能(Identification Function):ブランドは、特定の製品やサービスを競合他社のものから区別する記号として機能する。消費者は膨大な選択肢の中からブランド名やロゴを手がかりにして、迅速に選好する製品を特定できる。これはSection 2で扱った考慮集合の形成に直結する機能である。
品質保証機能(Quality Assurance Function):消費者はブランドを通じて、製品の品質水準を推測する。過去の購買経験やブランドに関する情報から、一定の品質が担保されていると期待する。これにより、消費者の知覚リスクが低減し、情報探索コストも削減される。
象徴機能(Symbolic Function):ブランドは、消費者の自己概念やライフスタイルを表現する象徴として機能する。高級ブランドの購買が社会的地位を示すように、ブランドは機能的価値を超えた心理的・社会的意味を付与する。Section 2で扱った準拠集団の影響はこの機能と密接に関連する。
ブランド・エクイティ¶
アーカー・モデル¶
Key Concept: ブランド・エクイティ(Brand Equity) ブランドの名前やシンボルと結びついた資産(あるいは負債)の集合であり、製品やサービスが企業および顧客に提供する価値を増減させるもの。
デービッド・A・アーカー(David A. Aaker)は、ブランド・エクイティを構成する5つの要素を体系化したモデルを提唱した(1991年)。このモデルはブランド管理の実務において最も広く参照される枠組みの一つである。
5つの構成要素¶
1. ブランド認知(Brand Awareness):消費者がブランドを認識し、想起できる能力の程度である。認知は「再認」(ブランド名を見聞きしたときに知っていると判断できるか)と「再生」(製品カテゴリーが示されたときにブランド名を思い出せるか)の2水準に分けられる。消費者の購買意思決定において、考慮集合に含まれるためにはまず認知が必要条件となる。
2. 知覚品質(Perceived Quality):消費者が感じる製品・サービスの全体的な品質や優位性の認識である。客観的な品質そのものではなく、消費者の主観的な評価である点が重要である。知覚品質が高いブランドはプレミアム価格を設定でき、流通チャネルでの優位性も確保しやすい。
3. ブランド連想(Brand Associations):消費者の記憶の中でブランドと結びついた一切の事柄である。製品属性、ブランド・パーソナリティ、使用場面、ユーザー・イメージなどが含まれる。強く、好意的で、独自性のある連想がブランドのポジショニングを支える。
4. ブランド・ロイヤルティ(Brand Loyalty):消費者がブランドに対して示す愛着や忠誠の度合いである。高いロイヤルティを持つ顧客は反復購買を行い、競合ブランドへのスイッチング・コストを高く知覚し、周囲への推奨行動を取る。ロイヤルティは既存顧客の維持コストが新規顧客獲得コストよりも低いという点で、収益性に直結する。
Key Concept: ブランド・ロイヤルティ(Brand Loyalty) 消費者が特定のブランドに対して示す持続的な選好・愛着・再購買傾向のこと。行動的ロイヤルティ(反復購買)と態度的ロイヤルティ(ブランドへの情緒的コミットメント)の2側面から捉えられる。
5. その他のブランド資産(Other Proprietary Brand Assets):特許、商標、チャネル関係など、ブランドに帰属する知的財産や制度的資産である。これらは競合の参入障壁として機能する。
graph TD
BE["ブランド・エクイティ"]
BA["ブランド認知"]
PQ["知覚品質"]
BAS["ブランド連想"]
BL["ブランド・ロイヤルティ"]
OPA["その他のブランド資産"]
BE --- BA
BE --- PQ
BE --- BAS
BE --- BL
BE --- OPA
BA --> V1["考慮集合への包含"]
PQ --> V2["プレミアム価格の正当化"]
BAS --> V3["差別化の基盤"]
BL --> V4["収益の安定化"]
OPA --> V5["競合参入障壁"]
アーカー・モデルの特徴は、ブランド・エクイティを企業資産として捉え、その管理可能な構成要素を明示した点にある。各要素は独立ではなく、相互に影響し合う。例えば、ブランド認知が高まればブランド連想が形成されやすくなり、好意的な連想は知覚品質を高め、知覚品質の高さはロイヤルティにつながる。
ケラーのCBBEモデル¶
Key Concept: 顧客ベース・ブランド・エクイティ(Customer-Based Brand Equity, CBBE) ブランド知識がブランドのマーケティングに対する消費者の反応に及ぼす差異的効果のこと。消費者の記憶の中のブランド知識(ブランド認知とブランド・イメージ)が、マーケティング施策への反応を規定するという考え方に基づく。
ケビン・レーン・ケラー(Kevin Lane Keller)は、アーカーのモデルを消費者心理の観点からさらに精緻化し、CBBEモデル(1993年、2001年に改訂)を提唱した。このモデルはブランド・エクイティの構築プロセスを4段階・6構成要素のピラミッドとして描く。
ブランド・レゾナンス・ピラミッド¶
ケラーのモデルでは、ブランド構築は下から上へ4つのステップを順に達成する過程として理解される。
第1段階:ブランド・アイデンティティ(Identity)—「あなたは誰か?」 消費者に対してブランドの突出性(Salience)を確立する段階である。ブランドが適切な製品カテゴリーと結びつき、消費者の心の中で正しく位置づけられることが目標となる。アーカー・モデルにおけるブランド認知に対応する。
第2段階:ブランド・ミーニング(Meaning)—「あなたは何者か?」 ブランドの意味を消費者に伝達する段階であり、2つの構成要素から成る。「パフォーマンス(Performance)」は製品の機能的特性(品質、信頼性、耐久性など)に関する評価であり、「イメージリー(Imagery)」はブランドの外在的特性(ユーザー・プロファイル、使用場面、ブランド・パーソナリティなど)に関する連想である。
第3段階:ブランド・レスポンス(Response)—「あなたをどう思うか?」 消費者がブランドに対して下す判断と抱く感情の段階である。「判断(Judgments)」は品質、信頼性、優越性、考慮可能性に関する認知的評価であり、「感情(Feelings)」は温かさ、楽しさ、安心感、社会的承認、自尊心、興奮といった情緒的反応である。
第4段階:ブランド・レゾナンス(Resonance)—「あなたとの絆は?」 ピラミッドの頂点であり、消費者とブランドの間の深い心理的絆を意味する。レゾナンスは4つの次元で捉えられる。行動的ロイヤルティ(反復購買の頻度・量)、態度的愛着(ブランドへの情緒的な結びつき)、コミュニティ意識(他のブランド・ユーザーとの一体感)、能動的エンゲージメント(購買以外の場面でのブランドとの関わり)である。
アーカー・モデルとの比較¶
アーカー・モデルが企業視点でブランド・エクイティの構成要素を静態的に列挙するのに対し、ケラーのCBBEモデルは消費者の認知プロセスに依拠し、ブランド・エクイティの構築を動態的なプロセスとして描く。両モデルは相互補完的であり、アーカーが「何を管理すべきか」を示し、ケラーが「どのような順序で構築すべきか」を示すと理解できる。
ブランド戦略の類型¶
企業がブランドをどのように展開するかについては、いくつかの戦略類型がある。
ブランド拡張(Brand Extension)¶
既存ブランドの名前を新たな製品カテゴリーに適用する戦略である。例えば、アップル(Apple)がコンピュータからスマートフォン(iPhone)、ウェアラブル端末(Apple Watch)へと展開したケースが該当する。
利点:既存ブランドの認知度とブランド連想を活用できるため、新製品の導入コストが低減する。消費者の知覚リスクも軽減され、流通チャネルへのアクセスも容易になる。
リスク:元のブランドとの適合性(fit)が低い場合、ブランド・イメージの希薄化(brand dilution)が生じる。消費者がブランドの意味を把握しにくくなり、既存製品への評価も低下する可能性がある。また、新製品が既存製品の売上を奪うカニバリゼーション(共食い現象)のリスクもある。
マルチブランド戦略(Multi-Brand Strategy)¶
同一の製品カテゴリーに複数の独立したブランドを展開する戦略である。P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)が洗剤カテゴリーでアリエール、ボールド、ジョイなど複数のブランドを運営するケースが典型例である。
利点:異なるセグメントに対してそれぞれ最適なポジショニングが可能であり、小売店での棚スペースを多く確保できる。1つのブランドで問題が生じても他のブランドへの波及を抑制できる。
リスク:各ブランドの構築・維持コストが高く、社内ブランド間でのカニバリゼーションが生じる可能性がある。
サブブランド戦略(Sub-Brand Strategy)¶
親ブランド(コーポレート・ブランドまたはファミリー・ブランド)の下に、修飾的なブランド名を付加して新たなオファリングを展開する戦略である。トヨタ・プリウス、ソニー・プレイステーションなどが例として挙げられる。
利点:親ブランドの信頼性を活用しつつ、サブブランドによって差別化されたアイデンティティを構築できる。ブランド拡張よりも親ブランドへの負のフィードバック・リスクが小さい。
リスク:サブブランドの管理が複雑になり、親ブランドとサブブランドの関係性の整理が必要となる。ブランド体系全体の一貫性を維持することが課題となる。
戦略選択の判断基準¶
どの戦略を採用するかは、以下の要因を総合的に考慮して決定される。
| 判断基準 | ブランド拡張 | マルチブランド | サブブランド |
|---|---|---|---|
| 親ブランドとの適合性 | 高い場合に有効 | 不要 | 中程度で有効 |
| 市場セグメントの多様性 | 限定的 | 高い | 中程度 |
| ブランド構築コスト | 低い | 高い | 中程度 |
| 希薄化リスク | 高い | 低い | 中程度 |
顧客関係管理(CRM)¶
CRMの概念と目的¶
Key Concept: 顧客関係管理(Customer Relationship Management, CRM) 顧客との長期的な関係を構築・維持・強化するために、顧客に関するデータを統合的に収集・分析し、個別最適化されたマーケティング施策を展開する経営手法。情報技術の活用を前提とするが、その本質は顧客中心の経営哲学にある。
CRMの基本的な考え方は、「すべての顧客に均一なマーケティングを行うのではなく、顧客ごとの関係性の深さや収益性に応じて差別化されたアプローチを取る」というものである。
この考え方の背景には、以下の経験的知見がある。
- 新規顧客獲得コストは既存顧客維持コストの5〜7倍とされる(正確な倍率は業界・文脈により異なるが、維持の方が効率的であることは広く認められている)
- 顧客離反率を5%低下させると、利益が25〜85%増加しうるとする研究がある(フレデリック・ライクヘルド(Frederick Reichheld)らの分析)
- 売上の大部分は少数の優良顧客によってもたらされる(パレートの法則の応用)
CRMのプロセス¶
CRMは単なるソフトウェア導入ではなく、以下のプロセスを包含する経営の仕組みである。
1. 顧客データの収集・統合:購買履歴、問い合わせ履歴、ウェブ行動、デモグラフィック情報などを統合データベースに蓄積する。
2. 顧客セグメンテーションと分析:収集したデータに基づき、顧客を収益性やニーズにより分類する。RFM分析(Recency: 最終購買日からの経過日数、Frequency: 購買頻度、Monetary: 購買金額)は代表的な分析手法である。
3. 個別対応の実施:セグメントごと、あるいは個々の顧客ごとに最適化されたコミュニケーションとオファーを展開する。
4. 成果測定とフィードバック:施策の効果を測定し、顧客知識を更新して次の施策に反映する。
顧客生涯価値(CLV)¶
Key Concept: 顧客生涯価値(Customer Lifetime Value, CLV) 一人の顧客が企業との取引関係の全期間を通じてもたらす正味利益の現在価値の合計。顧客獲得・維持への投資判断の基準となる指標であり、CRMの中核的な概念である。
CLVの概念¶
CLVは、顧客を「コスト」ではなく「資産」として捉える視点を提供する。すなわち、ある顧客を獲得・維持するための費用は、その顧客が生涯を通じてもたらす利益と対比して評価されるべきだという考え方である。
CLVの計算の考え方¶
CLVの基本的な算出式は以下のように表現される。
簡易モデル:
CLV = (1回あたり平均利益) × (年間購買頻度) × (平均顧客維持年数)
割引率を考慮したモデル:
CLV = Σ(t=0からT)(利益_t − コスト_t)/(1 + d)^t
ここで、tは期間、Tは顧客関係の終了時点、dは割引率である。
実務においては、顧客維持率(retention rate)を用いて将来の取引継続確率を反映させるモデルも用いられる。
CLVの戦略的意義¶
CLVの概念は、以下の戦略的判断に活用される。
顧客獲得投資の上限決定:CLVを上回る獲得コストは合理的でないため、許容可能な顧客獲得コスト(Customer Acquisition Cost, CAC)の上限が定まる。
顧客ポートフォリオの管理:すべての顧客に等しくリソースを投下するのではなく、CLVの高い顧客セグメントに重点的にリソースを配分する判断が可能になる。
マーケティング施策の評価:個々の施策がCLVに与える影響を測定することで、施策の長期的な効果を評価できる。
graph LR
CRM["顧客関係管理 CRM"]
DATA["顧客データ収集・分析"]
SEG["顧客セグメンテーション"]
CLV["顧客生涯価値 CLV"]
SAT["顧客満足"]
LOY["ロイヤルティ"]
PROF["長期的収益性"]
CRM --> DATA
DATA --> SEG
SEG --> CLV
CRM --> SAT
SAT --> LOY
LOY --> CLV
CLV --> PROF
顧客満足とロイヤルティの関係¶
顧客満足の構造¶
顧客満足(Customer Satisfaction)は、一般に期待不一致モデル(Expectation-Disconfirmation Model)によって説明される。このモデルによれば、顧客満足は消費者が購買前に抱いていた期待と、実際の消費経験との一致・不一致によって決定される。
- 実際のパフォーマンスが期待を上回る場合 → 正の不一致 → 満足
- 実際のパフォーマンスが期待通りの場合 → 一致 → 普通
- 実際のパフォーマンスが期待を下回る場合 → 負の不一致 → 不満足
この構造はSection 2で扱った認知的不協和の概念とも関連する。購買後に不一致が生じた場合、消費者は不協和を低減するための心理的調整を行う。
満足とロイヤルティの非線形関係¶
直感的には、顧客満足が高まればロイヤルティも比例的に高まるように思われるが、実証研究はより複雑な関係を示している。
トーマス・O・ジョーンズ(Thomas O. Jones)とW・アール・サッサー・ジュニア(W. Earl Sasser Jr.)の研究(1995年)は、満足度とロイヤルティの関係が非線形であることを示した。具体的には、「満足」レベルの顧客と「非常に満足」レベルの顧客の間には、ロイヤルティにおいて大きな差が存在する。「満足」程度の顧客は競合へのスイッチングを容易に行うが、「非常に満足」した顧客は高い確率で再購買を行い、推奨行動を取る。
この知見は、単に不満を解消するだけでは不十分であり、顧客を「非常に満足」の水準まで引き上げることがロイヤルティ構築には不可欠であることを示唆する。
測定指標¶
顧客満足とロイヤルティの測定には、以下の代表的な指標が用いられる。
顧客満足度(CSAT: Customer Satisfaction Score):特定の取引やインタラクションに対する満足度を直接的に測定する。通常、5段階や7段階の尺度で評価される。
ネット・プロモーター・スコア(NPS: Net Promoter Score):フレデリック・ライクヘルドが提唱した指標であり、「この企業(製品・サービス)を友人や同僚にどの程度薦めたいか」を0〜10の11段階で回答させる。回答者を推奨者(9〜10)、中立者(7〜8)、批判者(0〜6)に分類し、推奨者の割合から批判者の割合を差し引いた値がNPSとなる。NPSは測定が簡便であるため広く普及しているが、1つの設問に過度に依存するという方法論的な批判もある。
顧客離反率(Churn Rate):一定期間内に取引を停止した顧客の割合であり、ロイヤルティの行動面を逆側から測定する指標である。
まとめ¶
- ブランドは識別機能、品質保証機能、象徴機能の3つの機能を果たし、企業の長期的な競争優位の源泉となる
- アーカーのブランド・エクイティ・モデルは5つの構成要素(ブランド認知、知覚品質、ブランド連想、ブランド・ロイヤルティ、その他のブランド資産)を体系化した
- ケラーのCBBEモデルは、ブランド構築を4段階のピラミッド(アイデンティティ→ミーニング→レスポンス→レゾナンス)として動態的に描き、消費者視点でのブランド・エクイティ形成プロセスを示した
- ブランド戦略の類型(ブランド拡張、マルチブランド、サブブランド)は、親ブランドとの適合性や市場セグメントの多様性に応じて選択される
- CRMは顧客との長期的関係構築を目指す経営手法であり、CLVはその中核的な評価指標である
- 顧客満足とロイヤルティの関係は非線形であり、「非常に満足」の水準への到達がロイヤルティ構築の鍵となる
- 次のSection 5では、本セクションで扱ったブランドとCRMの基盤の上に、デジタル・マーケティングやソーシャルメディア・マーケティングなど、現代マーケティングの展開を検討する
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| ブランド | Brand | ある売り手の財・サービスを他から識別するための名前・シンボル等の総体、および消費者の記憶の中に形成される知覚・連想の体系 |
| ブランド・エクイティ | Brand Equity | ブランドの名前やシンボルと結びついた資産の集合であり、製品が提供する価値を増減させるもの |
| ブランド認知 | Brand Awareness | 消費者がブランドを認識し想起できる能力の程度 |
| 知覚品質 | Perceived Quality | 消費者が感じる製品・サービスの全体的な品質や優位性の主観的な認識 |
| ブランド連想 | Brand Associations | 消費者の記憶の中でブランドと結びついた一切の事柄 |
| ブランド・ロイヤルティ | Brand Loyalty | 消費者が特定のブランドに対して示す持続的な選好・愛着・再購買傾向 |
| 顧客ベース・ブランド・エクイティ | Customer-Based Brand Equity (CBBE) | ブランド知識がブランドのマーケティングに対する消費者の反応に及ぼす差異的効果 |
| ブランド・レゾナンス | Brand Resonance | 消費者とブランドの間に形成される深い心理的絆 |
| ブランド拡張 | Brand Extension | 既存ブランドの名前を新たな製品カテゴリーに適用する戦略 |
| ブランド希薄化 | Brand Dilution | ブランド拡張等により親ブランドのイメージが薄れること |
| カニバリゼーション | Cannibalization | 自社の新製品が既存製品の売上を侵食する現象 |
| サブブランド | Sub-Brand | 親ブランドの下に修飾的なブランド名を付加して展開されるブランド |
| 顧客関係管理 | Customer Relationship Management (CRM) | 顧客データを統合的に活用し、長期的な顧客関係を構築・維持・強化する経営手法 |
| 顧客生涯価値 | Customer Lifetime Value (CLV) | 一人の顧客が取引関係の全期間を通じてもたらす正味利益の現在価値の合計 |
| RFM分析 | RFM Analysis | Recency・Frequency・Monetaryの3指標で顧客を分類する分析手法 |
| 期待不一致モデル | Expectation-Disconfirmation Model | 顧客満足を購買前の期待と実際の経験の一致・不一致で説明するモデル |
| ネット・プロモーター・スコア | Net Promoter Score (NPS) | 推奨意向に基づく顧客ロイヤルティの測定指標 |
| 顧客離反率 | Churn Rate | 一定期間内に取引を停止した顧客の割合 |
確認問題¶
Q1: アーカーのブランド・エクイティ・モデルにおける5つの構成要素を挙げ、それぞれが企業にもたらす戦略的価値を説明せよ。
A1: 5つの構成要素は、ブランド認知、知覚品質、ブランド連想、ブランド・ロイヤルティ、その他のブランド資産である。ブランド認知は消費者の考慮集合にブランドが含まれるための前提条件となる。知覚品質はプレミアム価格の設定と流通チャネルでの優位性確保を可能にする。ブランド連想はポジショニングの差別化基盤を提供する。ブランド・ロイヤルティは既存顧客の維持による収益安定化と、新規顧客獲得コストの相対的低減をもたらす。その他のブランド資産(特許、商標等)は競合の参入障壁として機能する。
Q2: ケラーのCBBEモデルにおいて、ブランド・レゾナンスの4つの次元を説明し、それが到達困難である理由を論じよ。
A2: ブランド・レゾナンスの4つの次元は、行動的ロイヤルティ(反復購買の頻度・量)、態度的愛着(ブランドへの情緒的結びつき)、コミュニティ意識(他のブランド・ユーザーとの一体感)、能動的エンゲージメント(購買場面以外でのブランドとの関わり)である。レゾナンスの達成が困難な理由は、下位の3段階(アイデンティティ、ミーニング、レスポンス)がすべて達成されていることが前提であり、特に消費者の認知的評価(判断)と情緒的反応(感情)の両面でポジティブな反応を引き出したうえで、さらに消費者が主体的にブランドとの関係を深める段階に達する必要があるためである。
Q3: ブランド拡張を行う際に、親ブランドとの「適合性(fit)」が重要とされる理由を、ブランド希薄化のリスクと関連づけて説明せよ。
A3: ブランド拡張の成否は、消費者が親ブランドと新製品カテゴリーの間に自然なつながりを見出せるかどうかに依存する。適合性が高い場合、親ブランドの好意的な連想や知覚品質が新製品に転移し、導入コストの低減と消費者の知覚リスク軽減が実現する。一方、適合性が低い場合、消費者はブランドの意味を理解しにくくなり、「このブランドは結局何なのか」というアイデンティティの曖昧化が生じる。これがブランド希薄化であり、拡張製品だけでなく既存製品への評価も低下させるリスクがある。
Q4: 顧客生涯価値(CLV)の概念を説明し、CLVに基づくマーケティング投資判断の具体例を2つ挙げよ。
A4: CLVとは、一人の顧客が企業との取引関係の全期間を通じてもたらす正味利益の現在価値の合計である。マーケティング投資判断への活用例として、第一に、顧客獲得コスト(CAC)の上限設定がある。CLVが10万円の顧客セグメントに対して、CACが10万円を超える施策は合理的でないと判断できる。第二に、顧客ポートフォリオの管理がある。CLVの高い上位20%の顧客セグメントにカスタマーサクセス担当を配置し、CLVの低いセグメントにはセルフサービス型の対応とするなど、リソース配分を最適化できる。