Module 2-4 - Section 5: 標準原価計算・ABC・予算管理¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-4: 財務会計・管理会計 |
| 前提セクション | Section 4 |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
Section 4では、原価の分類体系、全部原価計算と直接原価計算の比較、およびCVP分析の理論と手法を扱った。本セクションでは、原価管理と予算管理というマネジメント・コントロールの中核的領域に踏み込む。
標準原価計算(Standard Costing)は、事前に設定した標準原価と実際原価の差異を体系的に分析し、原価発生源の管理責任を明確化する手法である。次に、伝統的な配賦方法の限界を克服するために開発された活動基準原価計算(Activity-Based Costing: ABC)を取り上げ、間接費配賦の精緻化とそのマネジメントへの展開(ABM)を論じる。最後に、企業全体の計画と統制を支える予算管理(Budgetary Control)の体系を概観し、固定予算と変動予算の違い、予算スラックの問題、さらに近年の脱予算経営(Beyond Budgeting)の動向までを扱う。
標準原価計算¶
標準原価計算の意義と目的¶
標準原価計算とは、製品の製造に必要な原価を科学的・統計的に事前算定し、これを標準原価として設定したうえで、実際の製造原価との差異を分析・報告する原価計算制度である。日本の「原価計算基準」(1962年)では、標準原価計算の目的を以下の3点に整理している。
- 原価管理: 標準原価と実際原価の差異を分析し、原価発生の責任部署を特定して改善活動を促進する
- 予算編成: 標準原価は予算策定の基礎データとなる
- 棚卸資産評価・売上原価算定の簡素化: 標準原価を用いることで記帳手続が簡略化される
Key Concept: 標準原価(Standard Cost) 製品1単位の製造に必要な原価を、科学的・統計的調査に基づいて事前に設定した目標原価。原価管理の基準として実際原価との差異分析に用いられる。標準原価は「原価標準(Cost Standard)」すなわち製品単位あたりの標準消費量・標準価格の設定と、これに基づく総額の算定によって構成される。
標準原価の種類¶
標準原価は、その厳格さ(タイトネス)の度合いにより以下のように分類される。
| 種類 | 英語表記 | 特徴 | 用途 |
|---|---|---|---|
| 理想標準原価 | Ideal Standard Cost | 最高能率の作業条件を前提とし、減損・仕損・遊休時間等を一切見込まない最低限の原価 | 理論上の到達目標。実務で原価管理基準として用いることは少ない |
| 現実的標準原価 | Currently Attainable Standard Cost | 良好な能率のもとで達成可能な水準。正常な減損・仕損を見込む | 原価管理の基準として最も一般的に使用される |
| 正常標準原価 | Normal Standard Cost | 過去の実績を統計的に平準化し、将来予測を加味して設定。比較的長期にわたり安定 | 長期的な価格決定・原価傾向の把握 |
原価計算基準は「原価管理のためには現実的標準原価を用いるのが適当である」と規定している。理想標準原価は達成が極めて困難であり、差異が常に大きくなるため動機付けの面で問題がある。一方、正常標準原価は過去の平均に依拠するため、短期の原価管理基準としては感度が低くなる。
基準操業度¶
製造間接費の標準配賦率を算定するためには、予算額を除する分母として基準操業度(Normal Capacity) を設定する必要がある。基準操業度には以下の設定方法がある。
| 設定方法 | 内容 |
|---|---|
| 理論的生産能力 | 設備を最大限に稼働させた場合の操業度。休止・故障を一切見込まない |
| 実際的生産能力 | 理論的生産能力から不可避的な休止時間(保守・修繕等)を控除した操業度 |
| 平均操業度(正常操業度) | 過去数年間の実績を平準化した操業度 |
| 予定操業度 | 次期の予測販売量に基づく操業度 |
一般に、原価管理目的では実際的生産能力または平均操業度が用いられることが多い。
原価差異分析の体系¶
標準原価計算の中核は、標準原価と実際原価の差異を原因別に分解する原価差異分析(Variance Analysis) である。差異は原価要素ごとに以下のように分析される。
Key Concept: 原価差異分析(Variance Analysis) 標準原価と実際原価の差額を、価格要因と数量要因に分解して原因を特定する手法。差異が有利(Favorable: 実際原価 < 標準原価)か不利(Unfavorable: 実際原価 > 標準原価)かを判定し、管理上の是正措置につなげる。
直接材料費差異¶
直接材料費差異は価格差異と数量差異に分解される。
- 価格差異(Material Price Variance) = (標準価格 − 実際価格)× 実際消費量
- 数量差異(Material Quantity Variance) = (標準消費量 − 実際消費量)× 標準価格
計算例: 製品Aの標準原価カードでは、材料Xの標準価格が500円/kg、標準消費量が10kg/個と設定されている。当月100個を生産し、材料Xを520円/kgで1,050kg消費した場合:
- 価格差異 =(500 − 520)× 1,050 = −21,000円(不利差異)
- 数量差異 =(1,000 − 1,050)× 500 = −25,000円(不利差異)
- 直接材料費差異合計 = −21,000 + (−25,000) = −46,000円(不利差異)
価格差異は購買部門の責任、数量差異は製造部門の責任として管理される。
直接労務費差異¶
直接労務費差異は賃率差異と作業時間差異に分解される。
- 賃率差異(Labor Rate Variance) = (標準賃率 − 実際賃率)× 実際作業時間
- 作業時間差異(Labor Efficiency Variance) = (標準作業時間 − 実際作業時間)× 標準賃率
製造間接費差異¶
製造間接費差異の分析は、直接費差異よりも複雑であり、分析方法として2分法・3分法・4分法がある。ここでは実務上最も広く用いられる3分法を取り上げる。
3分法では、製造間接費差異を以下の3つに分解する。
- 予算差異(Spending Variance): 実際発生額と、実際操業度における予算許容額との差額。管理可能な支出の効率性を示す
- 予算差異 = 予算許容額 − 実際発生額
-
予算許容額 = 変動費率 × 実際操業度 + 固定費予算額
-
能率差異(Efficiency Variance): 実際操業度と標準操業度の差に標準配賦率を乗じた額。作業能率の良否を示す
- 能率差異 = 標準配賦率 ×(標準操業度 − 実際操業度)
-
※3分法には、能率差異を変動費率のみで計算する方法と、標準配賦率(変動費率+固定費率)で計算する方法がある
-
操業度差異(Volume Variance): 実際操業度と基準操業度の差に固定費率を乗じた額。設備の利用度(キャパシティの活用状況)を示す
- 操業度差異 = 固定費率 ×(実際操業度 − 基準操業度)
計算例: 基準操業度1,000時間、固定費予算600,000円、変動費率400円/時間、標準配賦率1,000円/時間(= 変動費率400 + 固定費率600)の工場で、当月の標準操業度950時間、実際操業度980時間、実際製造間接費発生額1,000,000円であった場合:
- 予算許容額 = 400 × 980 + 600,000 = 992,000円
- 予算差異 = 992,000 − 1,000,000 = −8,000円(不利差異)
- 能率差異 = 1,000 ×(950 − 980)= −30,000円(不利差異)
- 操業度差異 = 600 ×(980 − 1,000)= −12,000円(不利差異)
graph TD
A["製造原価差異<br/>(標準原価 − 実際原価)"]
A --> B["直接材料費差異"]
A --> C["直接労務費差異"]
A --> D["製造間接費差異"]
B --> B1["価格差異<br/>(購買部門)"]
B --> B2["数量差異<br/>(製造部門)"]
C --> C1["賃率差異<br/>(人事部門)"]
C --> C2["作業時間差異<br/>(製造部門)"]
D --> D1["予算差異<br/>(管理可能)"]
D --> D2["能率差異<br/>(製造部門)"]
D --> D3["操業度差異<br/>(経営判断)"]
差異分析の実務的活用¶
差異分析を有効に機能させるためには、以下の点が重要である。
管理可能差異と管理不能差異の区分: 差異を管理責任者が影響を及ぼし得る管理可能差異(Controllable Variance) と、短期的には制御できない管理不能差異(Uncontrollable Variance) に区分する。例えば、原材料の市場価格変動による価格差異は購買部門にとって管理不能な場合がある一方、代替材料の選択や発注ロットの工夫による価格差異は管理可能である。
例外管理(Management by Exception): すべての差異を同等に扱うのではなく、重要性の高い差異に管理資源を集中する考え方である。差異が一定の許容範囲(閾値)を超えた場合にのみ調査・是正を行うことで、管理コストと管理効果のバランスを図る。
差異の相互関連: 安価な材料の購入(有利な価格差異)が品質低下を引き起こし、仕損の増加(不利な数量差異)をもたらすことがある。差異を個別にではなく、相互関連を踏まえて総合的に評価する必要がある。
活動基準原価計算(ABC)¶
伝統的配賦の問題点¶
Section 4で述べたように、間接費は配賦基準を用いて各製品に配分される。伝統的な配賦方法では、直接作業時間や機械運転時間などの操業度関連指標を単一の配賦基準として用いることが多い。
しかし、製造環境が多品種少量生産へと移行し、間接費が製造原価に占める比率が高まるにつれて、伝統的配賦には以下の問題が顕在化した。
- 大量生産品への過大配賦と少量品への過少配賦: 段取替え・品質検査・受注処理等の活動は、生産量ではなくバッチ数や品種数に比例して発生する。操業度基準で一律に配賦すると、大量生産品に過大な間接費が配賦され、少量品に過少な間接費が配賦される(コストの内部補助が生じる)
- 原価情報の歪み: 製品別の収益性判断を誤らせ、不適切な価格設定や製品ミックスの意思決定につながる
ABCの基本構造¶
活動基準原価計算(Activity-Based Costing: ABC)は、1980年代にHarvard Business SchoolのRobert S. KaplanとRobin Cooperによって提唱された手法である。ABCの基本的な考え方は「製品が活動を消費し、活動が資源を消費する」という因果関係に基づいている。
Key Concept: 活動基準原価計算(Activity-Based Costing: ABC) 間接費を活動(Activity)単位で集計し、各活動の原価を活動ごとに設定されたコストドライバーに基づいて製品・サービスに配賦する原価計算手法。伝統的な操業度基準の単一配賦に比べ、間接費の因果関係をより正確に反映した製品原価を算定する。
ABCの計算プロセスは以下の3段階で構成される。
| 段階 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 資源(間接費)をリソースドライバーに基づいて活動に集計 | 減価償却費を設備使用面積比で各活動に配分 |
| 第2段階 | 各活動の原価プール(Activity Cost Pool)から、アクティビティドライバーを用いて原価対象(製品等)に配賦 | 段取活動の原価を段取回数で各製品に配賦 |
| 第3段階 | 製品別原価の算定 | 各活動から配賦された原価を合計して製品原価を算定 |
Key Concept: コストドライバー(Cost Driver) 活動の原価発生量を規定する要因。ABCでは、資源を活動に配分するリソースドライバー(Resource Driver)と、活動の原価を原価対象に配賦するアクティビティドライバー(Activity Driver)の2種類がある。例: 段取回数、検査回数、受注件数、機械運転時間。
ABCの活動階層¶
Cooperは、活動を以下の4階層に分類した。この分類は、配賦の論理を明確にするうえで重要である。
| 階層 | 英語表記 | 内容 | コストドライバー例 |
|---|---|---|---|
| 単位レベル活動 | Unit-level | 製品1単位の生産ごとに発生 | 機械運転時間、直接作業時間 |
| バッチレベル活動 | Batch-level | 製造ロット(バッチ)ごとに発生 | 段取回数、検査回数 |
| 製品レベル活動 | Product-level | 特定製品の維持に関連して発生 | 設計変更回数、部品点数 |
| 施設レベル活動 | Facility-level | 製造施設全体の維持に関連して発生 | 工場面積、従業員数 |
伝統的配賦は、すべての間接費を単位レベルのドライバーで配賦するため、バッチレベル・製品レベルの活動原価が歪められる。
ABCと伝統的配賦の比較¶
具体例で両手法の差異を確認する。
前提条件: ある工場で製品Xと製品Yを生産している。間接費総額は12,000,000円、内訳は機械関連費6,000,000円、段取費4,000,000円、品質検査費2,000,000円である。
| 項目 | 製品X | 製品Y |
|---|---|---|
| 生産量 | 10,000個 | 1,000個 |
| 機械運転時間 | 5,000時間 | 500時間 |
| 段取回数 | 10回 | 40回 |
| 検査回数 | 20回 | 80回 |
伝統的配賦(機械運転時間基準): - 配賦率 = 12,000,000 ÷ 5,500 = 約2,182円/時間 - 製品X: 2,182 × 5,000 ÷ 10,000 = 約1,091円/個 - 製品Y: 2,182 × 500 ÷ 1,000 = 約1,091円/個
ABC: - 機械関連費: 6,000,000 ÷ 5,500時間 = 約1,091円/時間 - 段取費: 4,000,000 ÷ 50回 = 80,000円/回 - 検査費: 2,000,000 ÷ 100回 = 20,000円/回
| 原価要素 | 製品X合計 | 製品X単価 | 製品Y合計 | 製品Y単価 |
|---|---|---|---|---|
| 機械関連費 | 5,455,000 | 546 | 545,000 | 545 |
| 段取費 | 800,000 | 80 | 3,200,000 | 3,200 |
| 検査費 | 400,000 | 40 | 1,600,000 | 1,600 |
| 合計 | 6,655,000 | 666 | 5,345,000 | 5,345 |
伝統的配賦では両製品の間接費単価がほぼ同額であったのに対し、ABCでは少量多品種の製品Yが大幅に高い単価となる。これは、段取や検査といったバッチレベル活動が製品Yで頻繁に発生することを正しく反映した結果である。
ABCの効果と限界¶
効果: - 製品別原価の精度が向上し、価格設定・製品ミックス判断の質が高まる - 間接費の発生原因が可視化され、コスト削減の着眼点が明確になる - 非付加価値活動(Non-Value-Added Activity)の識別が容易になる
限界: - 活動の定義・コストドライバーの選定・データ収集に多大なコストと時間を要する - 施設レベル活動の配賦には依然として恣意性が残る - 原価情報の更新頻度が低い場合、環境変化に追随できない - 全製品・全活動を対象とすると制度が過度に複雑化する
ABMへの発展¶
ABCが「正確な原価情報の算定」を主目的とするのに対し、ABCの情報を活用して業務プロセスの改善と経営管理の高度化を図る手法がABM(Activity-Based Management) である。
ABMは以下の2つの視点から構成される。
- コストの視点(Cost View): ABCによって得られた正確な原価情報に基づき、製品別・顧客別の収益性分析や価格設定を行う
- プロセスの視点(Process View): 活動分析を通じて非付加価値活動を識別・削減し、業務プロセスの効率化を図る
ABMでは、活動を付加価値活動(Value-Added Activity) と非付加価値活動(Non-Value-Added Activity) に分類し、後者の削減・排除を目指す。例えば、仕掛品の移動・保管・待機などは典型的な非付加価値活動であり、これらの削減がコストダウンとリードタイム短縮の双方に寄与する。
予算管理¶
予算の意義と機能¶
予算(Budget)とは、企業の経営計画を貨幣的に表現した計画書であり、一定期間(通常1会計年度)における収益・費用・資本支出等を体系的に見積もったものである。予算管理(Budgetary Control)は、予算の編成と、予算と実績の比較による統制の2つのプロセスから構成される。
予算は以下の4つの機能を果たす。
| 機能 | 内容 |
|---|---|
| 計画機能 | 経営目標を具体的な数値計画に落とし込み、資源配分の指針とする |
| 調整機能 | 各部門の活動を全社的な目標と整合させ、部門間の調整を図る |
| 統制機能 | 予算と実績の差異を分析し、必要な是正措置を講じる(フィードバック統制) |
| 動機付け機能 | 目標を明示することで、管理者の業績達成への動機付けを行う |
総合予算の体系¶
Key Concept: 総合予算(Master Budget) 企業全体の活動を包括的に表現した予算体系。各部門の個別予算を統合し、最終的に予算損益計算書・予算貸借対照表・予算キャッシュフロー計算書として集約される。
総合予算は大きく営業予算と財務予算に分けられ、以下のような体系を構成する。
graph TD
A["販売予算"] --> B["生産予算"]
A --> H["販売費予算"]
B --> C["直接材料費予算"]
B --> D["直接労務費予算"]
B --> E["製造間接費予算"]
C --> F["材料購入予算"]
C --> G["予算損益計算書"]
D --> G
E --> G
H --> G
I["一般管理費予算"] --> G
G --> J["予算貸借対照表"]
F --> K["資金予算"]
A --> K
K --> J
L["資本予算<br/>(設備投資計画)"] --> K
L --> J
営業予算の編成プロセス:
- 販売予算: 予算編成の出発点。予測販売量と販売価格に基づいて売上高を見積もる
- 生産予算: 販売予算に所要在庫量の増減を加味して生産量を決定する
- 所要生産量 = 予定販売量 + 期末目標在庫量 − 期首在庫量
- 直接材料費予算: 生産量に基づき、材料の所要消費量と購入量を計画する
- 直接労務費予算: 生産量に基づき、所要作業時間と労務費を計画する
- 製造間接費予算: 操業度に基づき、変動間接費と固定間接費を見積もる
- 販売費・一般管理費予算: 販売活動・管理活動に関する費用を見積もる
- 予算損益計算書: 上記を集約して期間利益を算定する
財務予算の編成:
- 資金予算(キャッシュ・バジェット): 各予算の現金収支への影響を集約し、資金過不足を予測する
- 資本予算: 設備投資等の長期投資計画を策定する
- 予算貸借対照表: 期末時点の財政状態を予測する
固定予算と変動予算¶
Key Concept: 予算スラック(Budget Slack) 予算編成過程において、管理者が意図的に達成容易な予算を設定する(売上を低く見積もる、費用を高く見積もる等)ことで生じる、予算と実際に達成可能な水準との差額。予算スラックは管理者個人にとっては不確実性への緩衝となるが、組織全体としては資源配分の非効率と業績評価の歪みをもたらす。
固定予算(Static Budget) は、編成時に設定した単一の操業度水準に基づく予算であり、期中に操業度が変動しても予算額は修正されない。そのため、実際の操業度が予算操業度と乖離した場合、予算と実績の差異が操業度変動の影響を含んでしまい、費用管理の効率性を正しく評価できない。
これに対し、変動予算(Flexible Budget) は、実際の操業度水準に応じて予算額を事後的に調整する予算である。変動予算は原価を変動費と固定費に分解し、以下の算式で計算する。
- 変動予算額 = 変動費率 × 実際操業度 + 固定費予算額
変動予算を用いることで、業績差異を以下の2つに分離できる。
- 操業度差異(Activity Variance / Volume Variance): 実際操業度と予算操業度の違いに起因する差異。売上増減等の営業要因を反映する
- 変動予算差異(Flexible Budget Variance): 同一操業度水準における変動予算と実績の差異。費用管理の効率性を純粋に示す
計算例: 変動費率2,000円/個、固定費予算3,000,000円、予算販売量1,000個の製品について、実際に900個を販売し実際原価が4,900,000円であった場合:
- 固定予算 = 2,000 × 1,000 + 3,000,000 = 5,000,000円
- 変動予算 = 2,000 × 900 + 3,000,000 = 4,800,000円
- 固定予算差異 = 5,000,000 − 4,900,000 = 100,000円(有利)
- 操業度差異 = 5,000,000 − 4,800,000 = 200,000円(販売量減少分)
- 変動予算差異 = 4,800,000 − 4,900,000 = −100,000円(不利:費用超過)
固定予算では100,000円の有利差異に見えるが、変動予算分析により、販売量減少にもかかわらず費用が超過していることが明らかとなる。
予算スラックの問題と対策¶
予算スラックが生じる構造的要因は以下のとおりである。
- 情報の非対称性: 現場管理者は本社よりも現場の達成可能水準を熟知しており、この情報優位性を利用して予算に余裕を持たせる
- 業績評価との連動: 予算達成度が報酬や昇進と連動する場合、管理者は達成容易な予算を設定するインセンティブを持つ
主な対策としては以下がある。
| 対策 | 内容 |
|---|---|
| 参加型予算編成 | トップダウンとボトムアップを組み合わせ、予算に対する管理者のコミットメントを高める |
| ローリング予測 | 四半期ごとに予測を更新し、予算の硬直性を緩和する |
| 予算リザーブの公開 | 予算の余裕分を明示的に識別し、必要に応じて再配分する |
| 相対的業績評価 | 絶対額の予算達成度ではなく、同業他社や他部門との相対比較で評価する |
脱予算経営(Beyond Budgeting)¶
1990年代以降、伝統的な年次予算管理に対する批判が高まり、脱予算経営(Beyond Budgeting) という概念が登場した。1997年にCAM-I(Consortium for Advanced Manufacturing International)に設立されたBBRT(Beyond Budgeting Round Table)が体系化した経営管理モデルである。
伝統的予算管理への批判の要点は以下のとおりである。
- 年次予算の編成に膨大な時間とコストを要する
- 策定時点の前提が年度途中で陳腐化し、急速な環境変化に対応できない
- 予算スラック・予算ゲーム(年度末の予算消化等)を助長する
- 固定的な予算目標がイノベーションや柔軟な対応を阻害する
脱予算経営は、年次の固定予算に代えて以下のような管理手法の組み合わせを提案する。
- ローリング予測(Rolling Forecast): 四半期ごとに向こう4〜6四半期の予測を更新する
- 相対的目標設定: ベンチマークや同業比較に基づく相対的な目標を設定する
- バランスト・スコアカード(BSC): 財務指標に偏らない多面的な業績評価を行う
- 分権的意思決定: 現場への権限委譲を進め、迅速な意思決定を可能にする
もっとも、脱予算経営は万能ではなく、導入にあたっては組織文化の変革や管理システムの再構築が必要となる。年次予算を完全に廃止した企業は少数派であり、多くの企業は予算管理の柔軟化(ローリング予算の併用等)によって対応している。
まとめ¶
- 標準原価計算は、科学的に設定した標準原価と実際原価の差異を体系的に分析し、原価管理の基盤を提供する。現実的標準原価が実務上の標準として最も適切である
- 原価差異分析では、直接材料費差異(価格差異・数量差異)、直接労務費差異(賃率差異・作業時間差異)、製造間接費差異(予算差異・能率差異・操業度差異)に分解し、管理責任の所在を明確にする
- ABCは「製品が活動を消費し、活動が資源を消費する」という因果関係に基づき、間接費配賦の精度を高める。伝統的配賦では見えなかった少量品の真のコストを明らかにする
- ABMはABCの情報を活用し、非付加価値活動の削減を通じて業務プロセスの改善を図る
- 総合予算は販売予算を起点として生産予算・各費用予算を積み上げ、予算財務諸表に集約される
- 変動予算(フレキシブル・バジェット)は操業度変動の影響を除去し、費用管理の効率性を純粋に評価する
- 脱予算経営は伝統的予算の硬直性を批判し、ローリング予測や相対的目標設定等の代替手法を提唱するが、多くの企業では予算の柔軟化として段階的に採用されている
- 次のSection 6では、意思決定会計と業績評価を扱い、関連原価分析やバランスト・スコアカード等を学ぶ
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 標準原価 | Standard Cost | 製品1単位の製造に必要な原価を科学的・統計的調査に基づいて事前に設定した目標原価 |
| 原価標準 | Cost Standard | 製品単位あたりの標準消費量・標準価格からなる原価の規範 |
| 理想標準原価 | Ideal Standard Cost | 最高能率の作業条件を前提とし、減損等を一切見込まない理論上の最低原価 |
| 現実的標準原価 | Currently Attainable Standard Cost | 良好な能率のもとで正常な減損を見込んだ達成可能な標準原価 |
| 正常標準原価 | Normal Standard Cost | 過去の実績を統計的に平準化し将来予測を加味した長期的な標準原価 |
| 基準操業度 | Normal Capacity | 製造間接費の標準配賦率を算定する際の分母となる操業度水準 |
| 原価差異分析 | Variance Analysis | 標準原価と実際原価の差額を価格要因と数量要因に分解して原因を特定する手法 |
| 価格差異 | Price Variance | 標準価格と実際価格の差に起因する原価差異 |
| 数量差異 | Quantity Variance | 標準消費量と実際消費量の差に起因する原価差異 |
| 予算差異 | Spending Variance | 実際発生額と予算許容額の差異。管理可能な支出効率を示す |
| 能率差異 | Efficiency Variance | 標準操業度と実際操業度の差に起因する差異。作業能率を示す |
| 操業度差異 | Volume Variance | 実際操業度と基準操業度の差に起因する差異。設備利用度を示す |
| 例外管理 | Management by Exception | 重要性の高い差異にのみ管理資源を集中する管理手法 |
| 活動基準原価計算 | Activity-Based Costing (ABC) | 間接費を活動単位で集計しコストドライバーに基づいて配賦する原価計算手法 |
| コストドライバー | Cost Driver | 活動の原価発生量を規定する要因。リソースドライバーとアクティビティドライバーがある |
| リソースドライバー | Resource Driver | 資源を活動に配分する際の配賦基準 |
| アクティビティドライバー | Activity Driver | 活動の原価を原価対象に配賦する際の配賦基準 |
| 活動基準管理 | Activity-Based Management (ABM) | ABCの情報を活用して業務プロセスの改善と経営管理の高度化を図る手法 |
| 非付加価値活動 | Non-Value-Added Activity | 顧客価値を生まない活動。ABMにおける削減・排除の対象 |
| 総合予算 | Master Budget | 企業全体の活動を包括的に表現した予算体系 |
| 固定予算 | Static Budget | 単一の操業度水準に基づいて編成され、期中に修正されない予算 |
| 変動予算 | Flexible Budget | 実際の操業度水準に応じて予算額を調整する予算 |
| 予算スラック | Budget Slack | 管理者が意図的に達成容易な予算を設定することで生じる余裕分 |
| 脱予算経営 | Beyond Budgeting | 年次の固定予算に代えてローリング予測等を用いる経営管理モデル |
| ローリング予測 | Rolling Forecast | 四半期ごとに予測期間を更新する予測手法 |
確認問題¶
Q1: 標準原価の3つの種類(理想標準原価、現実的標準原価、正常標準原価)それぞれの特徴を述べ、原価管理の基準として現実的標準原価が最も適切とされる理由を説明せよ。
A1: 理想標準原価は最高能率の条件を前提とし減損等を一切見込まないため、常に大きな不利差異が発生し、管理基準としても動機付けとしても実用性に欠ける。正常標準原価は過去実績の統計的平均に基づくため安定的であるが、現在の原価水準の改善余地を示す感度が低い。現実的標準原価は、良好な能率のもとで正常な減損を見込んだ達成可能な水準であり、管理者にとって「努力すれば達成できる」目標として動機付け効果があり、差異が原価管理上の有意な情報を提供するため、最も適切とされる。
Q2: ある工場で製品Pと製品Qを生産しており、間接費総額は8,000,000円である。伝統的配賦(直接作業時間基準: P 4,000時間、Q 1,000時間)とABC(間接費の内訳: 機械費3,000,000円を機械時間で、段取費3,000,000円を段取回数で、検査費2,000,000円を検査回数で配賦。P: 機械3,000時間・段取5回・検査10回、Q: 機械2,000時間・段取25回・検査40回)それぞれの方法で製品Qの間接費総額を算定し、結果が異なる理由を説明せよ。
A2: 伝統的配賦では、配賦率 = 8,000,000 ÷ 5,000 = 1,600円/時間であり、製品Q = 1,600 × 1,000 = 1,600,000円。ABCでは、機械費: 3,000,000 ÷ 5,000時間 × 2,000 = 1,200,000円、段取費: 3,000,000 ÷ 30回 × 25 = 2,500,000円、検査費: 2,000,000 ÷ 50回 × 40 = 1,600,000円、合計5,300,000円。ABCの方が大幅に高い理由は、伝統的配賦は直接作業時間という単一の操業度基準で配賦するため、生産量の少ない製品Qの段取・検査コストが過少に見積もられるのに対し、ABCはバッチレベル活動(段取・検査)の原価を回数に基づいて正しく配賦するためである。
Q3: 固定予算と変動予算の違いを説明し、変動予算が費用管理の評価においてより有用である理由を述べよ。
A3: 固定予算は編成時の単一の操業度水準に基づいて設定され、実際の操業度が変動しても予算額は修正されない。変動予算は、原価を変動費と固定費に分解し、実際の操業度水準に応じて予算額を調整する。固定予算では、予算差異に操業度変動の影響と費用管理の効率性が混在するため、費用超過が操業度減少によるものか管理の非効率によるものかを区別できない。変動予算は操業度変動の影響を除去し、同一操業度水準での費用効率性を純粋に評価する変動予算差異を算出できるため、費用管理の評価により有用である。
Q4: 予算スラックが組織にもたらす弊害を2つ挙げ、それぞれに対する対策を述べよ。
A4: 第一に、資源配分の非効率が生じる。費用予算が水増しされることで、本来不要な資源が特定部門に配分され、全社的な資源の最適配分が妨げられる。対策としては、予算リザーブの公開やゼロベース予算により予算の妥当性を検証する方法がある。第二に、業績評価が歪められる。達成容易な予算を基準に評価するため、管理者の真の業績が見えなくなり、組織全体の業績向上意欲が低下する。対策としては、予算達成度の絶対評価ではなく同業他社や他部門との相対的業績評価を採用する方法や、予算編成プロセスにトップダウンとボトムアップを組み合わせた参加型予算編成を導入し管理者のコミットメントを高める方法がある。
Q5: 脱予算経営(Beyond Budgeting)が提唱された背景と、その主要な代替手法を3つ挙げて説明せよ。
A5: 脱予算経営は、伝統的な年次予算管理が環境変化の激しい時代に適合しなくなったことを背景に提唱された。具体的には、年次予算の編成に膨大な時間・コストを要すること、策定時の前提が陳腐化すること、予算スラックや年度末の予算消化等の予算ゲームを助長することが批判の要点である。主要な代替手法として、第一にローリング予測があり、四半期ごとに向こう4〜6四半期の予測を更新することで環境変化への追随性を高める。第二に相対的目標設定があり、ベンチマークや同業他社との比較に基づく目標を設定することで予算スラックの問題を緩和する。第三にバランスト・スコアカード(BSC)があり、財務指標のみに偏らず、顧客・内部プロセス・学習と成長の4視点から多面的に業績を評価することで、短期的な予算達成偏重を是正する。