Module 2-5 - Section 2: 投資決定の手法¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-5: コーポレート・ファイナンス |
| 前提セクション | Section 1 |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
企業が設備投資や新規事業に資金を投じる際、その投資が企業価値を増大させるか否かを定量的に判断する手法が資本予算(Capital Budgeting)である。Section 1で扱った貨幣の時間価値やリスク・リターンの概念は、投資から得られるキャッシュフローを適切に評価するための基盤であった。本セクションでは、その基盤の上に構築される具体的な投資評価手法を体系的に学ぶ。
主要な投資評価手法として、正味現在価値法(NPV)、内部収益率法(IRR)、回収期間法、収益性指数法(PI)の4つを取り上げる。これらの手法はそれぞれ異なる指標(金額、収益率、期間、比率)で投資の魅力を測定するものであり、理論的整合性や実務的有用性に差異がある。特にNPVとIRRの関係は資本予算の中核的論点であり、両者が矛盾するケースとその原因を理解することが重要である。
さらに、いずれの手法を適用するにあたっても、評価対象となるキャッシュフローを正しく特定することが前提となる。セクションの後半では、インクリメンタル・キャッシュフローの原則、埋没費用と機会費用の取扱いなど、資本予算の実務的論点を扱う。
正味現在価値法(NPV)¶
NPVの定義と計算方法¶
Key Concept: 正味現在価値(Net Present Value: NPV) 投資プロジェクトが生み出す将来キャッシュフローの現在価値の合計から、初期投資額を差し引いた値。NPVは投資がもたらす正味の価値創造額を金額で表す。
NPVは以下の式で算出される。
$$NPV = \sum_{t=0}^{n} \frac{CF_t}{(1 + r)^t} = -I_0 + \frac{CF_1}{(1 + r)^1} + \frac{CF_2}{(1 + r)^2} + \cdots + \frac{CF_n}{(1 + r)^n}$$
ここで $CF_t$ は第 $t$ 期のキャッシュフロー、$I_0$ は初期投資額($CF_0 = -I_0$)、$r$ は割引率(資本コスト)、$n$ はプロジェクトの期間である。
計算例: 初期投資1,000万円、毎年350万円のキャッシュフローが4年間発生し、資本コストが10%のプロジェクト
$$NPV = -1{,}000 + \frac{350}{1.10} + \frac{350}{1.10^2} + \frac{350}{1.10^3} + \frac{350}{1.10^4}$$
$$= -1{,}000 + 318.2 + 289.3 + 263.0 + 239.0 = 109.5 \text{(万円)}$$
NPVルール¶
NPV法に基づく投資決定ルールは以下のとおりである。
- 独立プロジェクト: NPV > 0 であれば採択する
- 相互排他的プロジェクト: NPVが最大のプロジェクトを採択する
NPV > 0 は、プロジェクトが資本コストを上回る収益を生み出し、企業価値を純増させることを意味する。逆にNPV < 0 のプロジェクトは、投資された資金の機会費用を回収できず、企業価値を毀損する。
NPVの理論的優位性¶
NPV法は以下の理由から、理論的に最も優れた投資評価手法とされる。
- 貨幣の時間価値を考慮: すべてのキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価する
- すべてのキャッシュフローを考慮: プロジェクト全期間にわたるキャッシュフローを漏れなく反映する
- 加法性(Additivity): 複数プロジェクトのNPVを合算できるため、ポートフォリオ全体の価値創造額を把握できる
- 株主価値との直結: NPVは投資による企業価値の純増額そのものであり、株主価値最大化の原則と整合する
- 再投資の仮定が現実的: 中間キャッシュフローが資本コストで再投資されるという暗黙の仮定は、IRRの仮定と比較して現実的である
内部収益率法(IRR)¶
IRRの定義と計算方法¶
Key Concept: 内部収益率(Internal Rate of Return: IRR) NPVをゼロにする割引率。プロジェクト自体が内在的に持つ収益率を示し、投資の効率性を百分率で表現する。
IRRは以下の方程式を満たす $r^*$ として定義される。
$$NPV = \sum_{t=0}^{n} \frac{CF_t}{(1 + r^*)^t} = 0$$
上記の計算例と同じプロジェクト(初期投資1,000万円、年間キャッシュフロー350万円×4年)のIRRは以下のように求められる。
$$-1{,}000 + \frac{350}{(1 + r^)^1} + \frac{350}{(1 + r^)^2} + \frac{350}{(1 + r^)^3} + \frac{350}{(1 + r^)^4} = 0$$
この方程式を数値的に解くと、$r^* \approx 14.96\%$ となる。IRRの算出は一般に解析的には困難であり、試行錯誤法や表計算ソフトのIRR関数を用いて数値的に求める。
IRRルール¶
- 独立プロジェクト: IRR > 資本コスト(ハードルレート)であれば採択する
- 相互排他的プロジェクト: IRRが最大のプロジェクトを採択する(ただし後述する制約あり)
上記の例では、IRR ≈ 14.96% > 資本コスト10% であるから、プロジェクトは採択される。この結論はNPV > 0 という結果と整合する。
NPVとIRRの対立ケース¶
独立プロジェクトの採否判断では、NPV法とIRR法は常に同一の結論を導く。しかし、相互排他的プロジェクト(Mutually Exclusive Projects)の優劣判断や、非通常キャッシュフローを持つプロジェクトの評価においては、両手法が矛盾する結論を導くことがある。
相互排他的プロジェクトにおける矛盾¶
矛盾が生じる主な原因:
- 規模の差異: 投資額が大きく異なるプロジェクトでは、小規模プロジェクトのIRRが高くても、大規模プロジェクトのNPVが大きいことがある
- キャッシュフローのタイミングの差異: 早期にキャッシュフローが集中するプロジェクトと、後期に集中するプロジェクトでは、割引率によってNPVの大小関係が逆転する
- プロジェクト期間の差異: 耐用年数が異なるプロジェクト間の比較ではIRRが誤った結論を導きうる
数値例: 2つの相互排他的プロジェクト(資本コスト10%)
| 項目 | プロジェクトA | プロジェクトB |
|---|---|---|
| 初期投資 | 500万円 | 2,000万円 |
| 年間CF(5年) | 175万円 | 620万円 |
| NPV(10%) | 163.2万円 | 349.8万円 |
| IRR | 22.1% | 16.8% |
プロジェクトAはIRRが高い(22.1% > 16.8%)が、プロジェクトBのNPVが大きい(349.8万円 > 163.2万円)。株主価値最大化の観点からは、NPVが大きいプロジェクトBを選択すべきである。
この矛盾の本質は再投資仮定の差異にある。IRR法はプロジェクトの中間キャッシュフローがIRR自体の率で再投資されると暗黙に仮定するが、これは現実的でない。NPV法は中間キャッシュフローが資本コストで再投資されると仮定しており、こちらの方が現実に即している。
非通常キャッシュフローにおける問題¶
通常のプロジェクトでは、初期に投資(マイナスのCF)が発生し、その後はプラスのCFが続く。しかし、キャッシュフローの符号が複数回変化する非通常キャッシュフロー(Non-conventional Cash Flow)の場合、NPV = 0 を満たすIRRが複数存在しうる(デカルトの符号則により、符号の変化回数と同じ数の正の実数解が存在しうる)。
例えば、初年度に投資、中間期にキャッシュインフロー、最終年度に設備撤去費用(キャッシュアウトフロー)が生じるプロジェクトでは、符号の変化が2回あるため、最大2つのIRRが算出されうる。このような場合、IRR法は意思決定に使用できない。
修正内部収益率(MIRR)¶
Key Concept: 修正内部収益率(Modified Internal Rate of Return: MIRR) 中間キャッシュフローの再投資を資本コストで行うと仮定して計算する修正版IRR。IRRの再投資仮定の問題を解消し、常に一意の解を与える。
MIRRは以下の手順で算出される。
- すべてのキャッシュアウトフロー(マイナスのCF)を資本コストで0時点に割り引き、投資の現在価値(PV of Costs)を求める
- すべてのキャッシュインフロー(プラスのCF)を資本コストで最終期まで複利計算し、終価(Terminal Value, TV)を求める
- 投資の現在価値と終価を等しくする割引率がMIRRである
$$PV_{\text{costs}} \times (1 + MIRR)^n = TV$$
$$MIRR = \left(\frac{TV}{PV_{\text{costs}}}\right)^{1/n} - 1$$
MIRRの利点は以下のとおりである。
- 再投資を資本コストで行うと明示的に仮定するため、NPV法と整合的な結論を導く
- 非通常キャッシュフローでも常に一意の解を与える
- IRRと同様に収益率(パーセンテージ)で表現されるため、直感的に理解しやすい
回収期間法(Payback Period Method)¶
単純回収期間法¶
Key Concept: 回収期間法(Payback Period Method) 初期投資額を回収するまでに要する期間を基準として投資の可否を判断する手法。計算が簡便で理解しやすいが、貨幣の時間価値を考慮しないという重大な限界がある。
回収期間は以下のように計算する。
$$\text{回収期間} = \text{累積CFが初期投資額に達する年数} + \frac{\text{当該年度開始時の未回収額}}{\text{当該年度のCF}}$$
計算例: 初期投資1,000万円、年間キャッシュフローが第1年300万円、第2年400万円、第3年400万円、第4年200万円のプロジェクト
| 年 | キャッシュフロー | 累積CF |
|---|---|---|
| 0 | -1,000万円 | -1,000万円 |
| 1 | 300万円 | -700万円 |
| 2 | 400万円 | -300万円 |
| 3 | 400万円 | +100万円 |
| 4 | 200万円 | +300万円 |
回収期間 = 2年 + (300万 / 400万) = 2.75年
意思決定ルールは「回収期間が企業の設定する基準(カットオフ期間)以下であれば採択する」というものである。
割引回収期間法¶
Key Concept: 割引回収期間法(Discounted Payback Period Method) 各期のキャッシュフローを現在価値に割り引いた上で回収期間を計算する手法。単純回収期間法の「貨幣の時間価値を無視する」という欠点を補う。
割引回収期間法では、名目キャッシュフローの代わりに割引後キャッシュフローを用いて累積額を計算する。
計算例: 上記と同じプロジェクト、資本コスト10%
| 年 | CF | 割引CF(10%) | 累積割引CF |
|---|---|---|---|
| 0 | -1,000万円 | -1,000.0万円 | -1,000.0万円 |
| 1 | 300万円 | 272.7万円 | -727.3万円 |
| 2 | 400万円 | 330.6万円 | -396.7万円 |
| 3 | 400万円 | 300.5万円 | -96.2万円 |
| 4 | 200万円 | 136.6万円 | +40.4万円 |
割引回収期間 = 3年 + (96.2万 / 136.6万) ≈ 3.70年
割引を考慮することで、回収期間は単純回収期間(2.75年)よりも長くなる。
利点と限界¶
利点: - 計算が容易であり、直感的に理解しやすい - 流動性(投資資金の早期回収)を重視する場合に有用 - リスクの粗い指標として機能する(早期回収 = 低リスク) - 小規模投資や予備的スクリーニングに適する
限界: - 単純回収期間法は貨幣の時間価値を考慮しない - 回収期間後のキャッシュフローを完全に無視する(収益性全体を評価できない) - カットオフ期間の設定に理論的根拠がない(恣意的な基準) - NPVとの整合性が保証されない(NPV > 0 のプロジェクトを棄却しうる)
収益性指数法(PI)¶
Key Concept: 収益性指数(Profitability Index: PI) 将来キャッシュフローの現在価値を初期投資額で除した比率。投資1円あたりの価値創造額を表し、資本制約下でのプロジェクト選択に有用である。
PIは以下の式で算出される。
$$PI = \frac{\text{将来CFの現在価値の合計}}{I_0} = \frac{NPV + I_0}{I_0} = 1 + \frac{NPV}{I_0}$$
PIの意思決定ルール¶
- 独立プロジェクト: PI > 1 であれば採択する(NPV > 0 と同値)
- 相互排他的プロジェクト: PI > 1 のプロジェクトのうちPIが最大のものを採択する(ただし規模の差異がある場合は注意が必要)
計算例: 初期投資1,000万円、NPV = 109.5万円のプロジェクト
$$PI = 1 + \frac{109.5}{1{,}000} = 1.1095$$
PI = 1.1095 は、投資1円あたり約0.11円の正味価値を創造することを意味する。
資本制約下での活用¶
PIの最大の実務的価値は、資本制約(Capital Rationing)の状況において発揮される。企業の投資可能額に上限がある場合、NPVが最大のプロジェクトではなく、限られた資本で最大のNPVを生み出すプロジェクトの組合せを選択する必要がある。
PIは投資効率(1単位あたりの価値創造)を示すため、資本制約下ではPIの高い順にプロジェクトを採択していくことで、投資可能額の範囲内でNPVの総和を最大化できる。
数値例: 投資可能額5,000万円の制約
| プロジェクト | 初期投資 | NPV | PI |
|---|---|---|---|
| X | 3,000万円 | 600万円 | 1.20 |
| Y | 2,000万円 | 500万円 | 1.25 |
| Z | 2,500万円 | 450万円 | 1.18 |
NPVだけで判断するとX(600万円)とZ(450万円)を候補にするが、合計投資額は5,500万円で予算を超過する。PIの高い順に選択すると、Y(PI = 1.25)とX(PI = 1.20)の組合せとなり、投資額5,000万円でNPV合計1,100万円を実現できる。
投資評価手法の比較¶
graph TD
A["投資プロジェクトの評価"] --> B{"資本制約はあるか?"}
B -->|"なし"| C{"プロジェクトは独立か?"}
B -->|"あり"| D["PIでランキング"]
C -->|"独立"| E["NPV > 0 なら採択"]
C -->|"相互排他的"| F["NPV最大のプロジェクトを採択"]
D --> G["PIの高い順に採択"]
E --> H["IRR/回収期間は補助指標"]
F --> H
G --> H
各手法の特性を比較すると以下のとおりである。
| 評価基準 | NPV | IRR | 回収期間 | 割引回収期間 | PI |
|---|---|---|---|---|---|
| 時間価値の考慮 | ○ | ○ | × | ○ | ○ |
| 全期間CFの考慮 | ○ | ○ | × | × | ○ |
| 企業価値との直結 | ○ | △ | × | × | △ |
| 一意の解 | ○ | ×(例外あり) | ○ | ○ | ○ |
| 加法性 | ○ | × | × | × | × |
| 資本制約への対応 | △ | × | × | × | ○ |
| 実務の直感性 | △ | ○ | ○ | ○ | ○ |
理論的にはNPV法が最も優れた手法であるが、実務ではIRR(収益率という直感的な指標)や回収期間(流動性の指標)が補助的に用いられることが多い。複数手法を併用し、多角的にプロジェクトを評価することが望ましい。
資本予算の実務的論点¶
インクリメンタル・キャッシュフローの原則¶
Key Concept: インクリメンタル・キャッシュフロー(Incremental Cash Flow) プロジェクトを実施した場合としなかった場合の企業全体のキャッシュフローの差額。投資評価で考慮すべきキャッシュフローはこの差額分のみであり、プロジェクトに直接帰属する変動分だけを含める。
資本予算において評価対象とすべきキャッシュフローは、プロジェクトの採否によって変化する増分キャッシュフローのみである。この原則に従い、以下の項目を正しく識別する必要がある。
含めるべき項目: - プロジェクトから直接発生する収入と費用 - 運転資本の増減(プロジェクト開始時の増加と終了時の回収) - 既存事業への影響(カニバリゼーション効果など) - 税金の影響(減価償却による節税効果を含む)
含めてはならない項目: - 埋没費用 - 金融費用(支払利息等): 割引率に既に反映されているため
埋没費用の除外¶
埋没費用(Sunk Cost)とは、プロジェクトの採否にかかわらず回収不可能な、既に支出された費用である。投資判断は将来のキャッシュフローに基づいて行われるべきであり、過去の支出は意思決定に影響を与えてはならない。
具体例: ある新製品の市場調査に500万円を支出した後、その製品の商業化プロジェクトを評価する場合、市場調査費用500万円はプロジェクトの採否にかかわらず回収できない埋没費用であるため、NPV計算に含めてはならない。
実務上、意思決定者は既に投じた費用を「取り戻したい」という心理(コンコルドの誤謬、エスカレーション・オブ・コミットメント)に陥りやすいが、合理的な意思決定のためには埋没費用を明確に除外する規律が必要である。
機会費用の考慮¶
機会費用(Opportunity Cost)とは、ある資源をプロジェクトに使用することで放棄される、次善の代替的用途から得られる便益である。機会費用はキャッシュの直接的な支出を伴わないが、インクリメンタル・キャッシュフローに含めなければならない。
具体例: 企業が所有する遊休土地に新工場を建設するプロジェクトを検討する場合、その土地を売却すれば得られる金額(例えば2億円)は、新工場プロジェクトの機会費用として初期投資に加算する必要がある。土地を自社利用することで、売却による2億円のキャッシュインフローを放棄するためである。
プロジェクト・リスクの評価¶
標準的なNPV分析では、企業全体の加重平均資本コスト(WACC)を割引率として用いるが、個々のプロジェクトのリスクが企業全体の平均的リスクと異なる場合には調整が必要である。プロジェクト固有のリスクを評価する主要な手法として以下がある。
感度分析(Sensitivity Analysis): 個々の前提条件(売上高、変動費、割引率など)を一つずつ変化させ、NPVへの影響度を測定する手法である。NPVが特に敏感に反応する変数(ドライバー)を特定し、その変数のリスク管理に注力する。
シナリオ分析(Scenario Analysis): 楽観的・基本・悲観的など、複数の前提条件を同時に変化させた一貫したシナリオを設定し、各シナリオのNPVを算出する手法である。感度分析が1変数ずつの分析であるのに対し、シナリオ分析は変数間の相互関連を反映できる。
ブレーク・イーブン分析(Break-even Analysis): NPV = 0 となる各変数の値(損益分岐点)を算出し、その変数の実現可能性を検討する手法である。
graph LR
subgraph id1 ["リスク評価手法"]
SA["感度分析"]
SC["シナリオ分析"]
BE["ブレーク・イーブン分析"]
end
SA -->|"1変数ずつ変動"| R["NPVへの影響度"]
SC -->|"複数変数を同時変動"| R
BE -->|"NPV=0の閾値"| R
R --> D["リスク認識の向上と意思決定の精緻化"]
まとめ¶
- NPV法は貨幣の時間価値を考慮し、すべてのキャッシュフローを反映し、企業価値への影響を金額で直接示すことから、理論的に最も優れた投資評価手法である
- IRR法はプロジェクトの収益率を示す直感的な手法であるが、相互排他的プロジェクトの比較や非通常キャッシュフローの評価において限界がある。MIRRはIRRの再投資仮定の問題を解消する
- 回収期間法は簡便性と流動性重視の観点で補助的に有用であるが、単独での投資判断には適さない。割引回収期間法は貨幣の時間価値を考慮するが、回収期間後のCFを無視する限界は残る
- 収益性指数(PI)は資本制約下での投資効率を評価する際に特に有用であり、限られた資本で最大の価値創造を実現するプロジェクトの組合せを特定できる
- 投資評価の前提として、インクリメンタル・キャッシュフローの正確な識別が不可欠であり、埋没費用の除外と機会費用の計上は基本原則である
- 次のSection 3では、NPV計算に用いる割引率(資本コスト)をどのように推定するか、また企業の最適な資本構成とは何かを扱う
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 正味現在価値 | Net Present Value (NPV) | 将来キャッシュフローの現在価値合計から初期投資額を差し引いた値。投資がもたらす正味の価値創造額を金額で表す |
| 内部収益率 | Internal Rate of Return (IRR) | NPVをゼロにする割引率。プロジェクトが内在的に持つ収益率を表す |
| 修正内部収益率 | Modified Internal Rate of Return (MIRR) | 中間キャッシュフローの再投資を資本コストで行うと仮定して計算するIRRの修正版。常に一意の解を与える |
| 回収期間法 | Payback Period Method | 初期投資額を回収するまでに要する期間を基準に投資の可否を判断する手法 |
| 割引回収期間法 | Discounted Payback Period Method | 各期のキャッシュフローを現在価値に割り引いた上で回収期間を計算する手法 |
| 収益性指数 | Profitability Index (PI) | 将来CFの現在価値を初期投資額で除した比率。投資効率を示す |
| 資本予算 | Capital Budgeting | 企業の長期投資に関する意思決定プロセス |
| 資本制約 | Capital Rationing | 企業の投資可能額に上限がある状態 |
| インクリメンタル・キャッシュフロー | Incremental Cash Flow | プロジェクトの採否によって変化する企業全体のキャッシュフローの差額 |
| 埋没費用 | Sunk Cost | プロジェクトの採否にかかわらず回収不可能な既支出費用 |
| 機会費用 | Opportunity Cost | ある資源を特定の用途に用いることで放棄される次善の代替的便益 |
| 感度分析 | Sensitivity Analysis | 個々の前提条件を変化させNPVへの影響度を測定する手法 |
| シナリオ分析 | Scenario Analysis | 複数の前提条件を同時に変化させた一貫したシナリオでNPVを算出する手法 |
確認問題¶
Q1: NPV法がIRR法に対して理論的に優位とされる根拠を3つ挙げ、それぞれ説明せよ。
A1: 第一に、NPV法は加法性を持ち、複数プロジェクトのNPVを合算して企業全体の価値創造額を把握できるが、IRRにはこの性質がない。第二に、NPV法の再投資仮定(中間キャッシュフローが資本コストで再投資される)はIRR法の仮定(IRR自体の率で再投資される)よりも現実的である。第三に、非通常キャッシュフローのプロジェクトにおいてIRRは複数の解を持ちうるが、NPVは常に一意の値を与える。
Q2: 初期投資2,000万円、年間キャッシュフロー600万円が5年間発生するプロジェクトについて、資本コスト8%のもとでNPVとPIを求め、採否を判断せよ。
A2: NPV = -2,000 + 600/(1.08) + 600/(1.08)² + 600/(1.08)³ + 600/(1.08)⁴ + 600/(1.08)⁵ = -2,000 + 555.6 + 514.4 + 476.3 + 441.0 + 408.3 = 395.6万円。PI = (2,000 + 395.6)/2,000 = 1.198。NPV > 0 かつ PI > 1 であるから、本プロジェクトは採択すべきである。
Q3: ある企業が保有する遊休倉庫(売却想定価格8,000万円)を活用して新規事業を開始する計画がある。また、事前のフィージビリティ調査に既に300万円を支出している。この計画のNPV計算において、遊休倉庫と調査費用はそれぞれどのように扱うべきか、理由とともに説明せよ。
A3: 遊休倉庫の売却想定価格8,000万円は機会費用としてプロジェクトの初期投資に加算すべきである。新規事業に倉庫を使用することで、売却した場合に得られる8,000万円のキャッシュインフローを放棄することになるためである。一方、フィージビリティ調査費用300万円は埋没費用であり、NPV計算から除外すべきである。この費用はプロジェクトの採否にかかわらず既に支出済みで回収不可能であり、将来の意思決定に影響を与えるべきではない。
Q4: 以下の2つの相互排他的プロジェクトについて、資本コスト10%のもとでNPVとIRRが異なる結論を導く理由を説明し、どちらを採択すべきか論じよ。プロジェクトS: 初期投資500万円、1年後に800万円。プロジェクトL: 初期投資5,000万円、1年後に6,500万円。
A4: プロジェクトSのNPV = -500 + 800/1.10 = 227.3万円、IRR = 800/500 - 1 = 60%。プロジェクトLのNPV = -5,000 + 6,500/1.10 = 909.1万円、IRR = 6,500/5,000 - 1 = 30%。IRRではS(60%)がL(30%)を上回るが、NPVではL(909.1万円)がS(227.3万円)を大きく上回る。この矛盾は投資規模の差異に起因する。SはIRRが高いが、投資規模が小さいため絶対的な価値創造額は限定的である。株主価値最大化の原則に基づき、NPVの大きいプロジェクトLを採択すべきである。
Q5: 修正内部収益率(MIRR)が通常のIRRと比較して優れている点を、非通常キャッシュフローと再投資仮定の2つの観点から説明せよ。
A5: 非通常キャッシュフロー(符号が複数回変化するCF)では、通常のIRRは複数の解が存在しうるため意思決定に使用できないが、MIRRはキャッシュアウトフローを現在価値に、キャッシュインフローを終価に集約してから計算するため、常に一意の解を与える。再投資仮定に関しては、通常のIRRは中間キャッシュフローがIRR自体の率で再投資されると暗黙に仮定するが、高IRRプロジェクトでこの仮定は非現実的である。MIRRは中間キャッシュフローの再投資を資本コストで行うと明示的に仮定するため、NPV法と整合的な結論を導く。