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Module 2-5 - Section 3: 資本コストと資本構成

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-5: コーポレート・ファイナンス
前提セクション Section 1
想定学習時間 3時間

導入

企業が投資プロジェクトを評価する際、将来キャッシュフローを割り引くための割引率が必要となる。この割引率を理論的に導出するのが資本コスト(Cost of Capital)の概念である。Section 1で導入したCAPMの基本公式をここで実務的に展開し、さらに負債と株主資本を組み合わせた加重平均資本コスト(WACC)の算定手法を扱う。

資本コストの議論は、必然的に「企業はどのような比率で負債と株主資本を組み合わせるべきか」という資本構成(Capital Structure)の問題に接続する。Modigliani and Miller(1958)が示した資本構成無関連命題は、完全市場の仮定を出発点に、税制・破産コスト・情報の非対称性といった現実の摩擦を順次導入することで、最適資本構成の理論を構築するための基盤を提供した。本セクションでは、CAPM・WACC・MM理論・トレードオフ理論・ペッキング・オーダー理論を体系的に整理する。


資本資産価格モデル(CAPM)の深掘り

Section 1ではCAPMの基本公式 $E(R_i) = R_f + \beta_i \times (E(R_m) - R_f)$ を導入した。本セクションでは、この公式を実務的に適用する際の論点と、モデルの限界、代替モデルを扱う。

CAPMの実務的適用

CAPMを用いて株主資本コストを推定するには、3つのパラメータを実務的に推定する必要がある。

無リスク利子率($R_f$)の推定

無リスク利子率には通常、当該国の国債利回りが用いられる。日本では10年物国債利回り、米国では10年物米国債(Treasury)利回りが標準的である。長期投資の割引率として使用するため、短期金利(T-Bill等)ではなく長期金利を採用するのが一般的である。

ベータ($\beta$)の推定

ベータは個別証券の収益率と市場ポートフォリオの収益率の回帰分析によって推定する。

$$\beta_i = \frac{\text{Cov}(R_i, R_m)}{\text{Var}(R_m)}$$

実務上は過去3〜5年の月次収益率データを用いて最小二乗法(OLS)で推定することが一般的である。ただし、以下の問題が存在する。

  1. 推定期間の選択: 長期のデータを使うと構造変化の影響を受け、短期のデータでは推定精度が低下する
  2. 市場ポートフォリオの代理変数: 理論上の市場ポートフォリオはすべてのリスク資産を含むが、実務では株価指数(TOPIX、S&P 500等)で代替する
  3. 平均回帰(Mean Reversion): 推定ベータは時間の経過とともに1に収束する傾向がある。Bloomberg等ではこれを調整した調整ベータ(Adjusted Beta)を提供する

$$\beta_{\text{調整}} = \frac{2}{3} \times \beta_{\text{推定}} + \frac{1}{3} \times 1.0$$

市場リスクプレミアム($E(R_m) - R_f$)の推定

市場リスクプレミアムの推定方法は大きく2つに分かれる。

  • ヒストリカル法: 過去の株式市場リターンと国債利回りの差の平均を用いる。米国では長期平均として年率5〜7%程度が報告されることが多い
  • インプライド法: 現在の株価水準と予想配当・利益成長率から、市場が織り込んでいるリスクプレミアムを逆算する

いずれの方法も推定値に幅があり、CAPMによる資本コスト推定の精度を制約する要因となる。

計算例: ある日本企業の株主資本コストを推定する。無リスク利子率 $R_f = 1.0\%$、推定ベータ $\beta = 1.2$、市場リスクプレミアム $= 6.0\%$ とすると:

$$E(R_i) = 1.0\% + 1.2 \times 6.0\% = 1.0\% + 7.2\% = 8.2\%$$

この企業の株主資本コストは8.2%と推定される。

CAPMの限界

CAPMは単一のリスクファクター(市場リスク)のみで期待収益率を説明するモデルであるが、実証研究はこの単一ファクター・モデルの説明力が不十分であることを示している。Fama and French(1992)は、ベータでは説明できない収益率パターンとして、以下の2つのアノマリーを体系的に文書化した。

  1. 規模効果(Size Effect): 時価総額の小さい企業の株式は、大きい企業に比べて高いリターンを示す傾向がある
  2. バリュー効果(Value Effect): 簿価時価比率(Book-to-Market Ratio)の高い企業の株式は、低い企業に比べて高いリターンを示す傾向がある

これらのアノマリーに対応するため、Fama and French(1993)は3ファクター・モデルを提案した。

Fama-Frenchの3ファクター・モデル

Key Concept: Fama-Frenchの3ファクター・モデル(Fama-French Three-Factor Model) CAPMに規模ファクター(SMB)とバリュー・ファクター(HML)を加えた資産価格モデル。市場リスクのみでは説明できない収益率パターンを捉え、分散ポートフォリオの収益率の90%以上を説明する。

$$E(R_i) - R_f = \beta_{i,\text{MKT}} \times (E(R_m) - R_f) + \beta_{i,\text{SMB}} \times \text{SMB} + \beta_{i,\text{HML}} \times \text{HML}$$

各ファクターの意味は以下の通りである。

ファクター 名称 内容
MKT 市場ファクター CAPMと同じ市場リスクプレミアム
SMB Small Minus Big 小型株ポートフォリオと大型株ポートフォリオのリターンの差
HML High Minus Low 高簿価時価比率株と低簿価時価比率株のリターンの差

このモデルは分散ポートフォリオの収益率の90%以上を説明し、CAPMの約70%を大きく上回る。ただし、SMBとHMLが何のリスクに対する補償であるのかについては理論的な合意が得られておらず、リスクベースの解釈(経済的困窮リスクへの感応度)と行動ファイナンスに基づく解釈(市場の非効率性)が併存している。

Fama and French(2015)はさらに収益性(RMW: Robust Minus Weak)と投資(CMA: Conservative Minus Aggressive)を加えた5ファクター・モデルに拡張し、HMLの説明力が低下することを報告した。


加重平均資本コスト(WACC)

Key Concept: 加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital, WACC) 企業が使用する各資金調達源の資本コストを、その時価ウェイトで加重平均した値。企業全体の投資判断における最低要求収益率(ハードルレート)として使用される。

WACCの公式

企業は通常、株主資本(Equity)と負債(Debt)の両方で資金を調達している。それぞれの資本コストを資本構成比率で加重平均したものがWACCである。

$$\text{WACC} = \frac{E}{V} \times r_E + \frac{D}{V} \times r_D \times (1 - T_c)$$

記号 意味
$E$ 株主資本の時価
$D$ 負債の時価
$V$ $E + D$(企業価値)
$r_E$ 株主資本コスト(CAPMで推定)
$r_D$ 負債コスト(税引前)
$T_c$ 法人税率

負債コストに $(1 - T_c)$ を乗じるのは、支払利息が法人税法上の損金に算入されるため、利息支払いの実質的な負担が税引後では軽減されることを反映している。これを負債の節税効果(Tax Shield)と呼ぶ。

Key Concept: 節税効果(Tax Shield) 負債の利息支払いが課税所得から控除されることにより生じる税負担の軽減効果。負債コストを税引後ベースで計算する根拠であり、MM理論における法人税導入の核心的論点でもある。

WACCの計算手順

  1. 株主資本コスト($r_E$)の推定: CAPMを用いて算出
  2. 負債コスト($r_D$)の推定: 社債の利回り(Yield to Maturity)、または借入金利を使用。格付けが利用可能な場合は、同格付けの社債利回りを参照する
  3. 資本構成ウェイトの算定: 簿価ではなく時価を用いることが理論的に正しい。株主資本の時価は株式時価総額、負債の時価は社債の市場価格(利用不可能な場合は簿価で近似)で算定する
  4. 法人税率の特定: 実効税率を使用する
  5. WACCの計算: 上記パラメータを公式に代入する

計算例: ある企業について以下の情報が与えられている。

項目
株式時価総額($E$) 600億円
負債時価($D$) 400億円
株主資本コスト($r_E$) 8.2%
負債コスト($r_D$) 3.0%
法人税率($T_c$) 30%

$$\text{WACC} = \frac{600}{1000} \times 8.2\% + \frac{400}{1000} \times 3.0\% \times (1 - 0.30)$$ $$= 0.6 \times 8.2\% + 0.4 \times 2.1\%$$ $$= 4.92\% + 0.84\% = 5.76\%$$

この企業のWACCは5.76%であり、これがNPV法やDCF法における割引率として使用される。

簿価ウェイトと時価ウェイト

資本構成のウェイトには簿価と時価の2つの選択肢がある。

  • 時価ウェイト: 現在の市場価格に基づく。投資家が現時点で資金を提供する際のコストを反映するため、理論的に正しい
  • 簿価ウェイト: 会計上の帳簿価額に基づく。安定しているが、市場価値の変動を反映しない

実務では時価ウェイトが推奨されるが、非上場企業等、時価の入手が困難な場合には簿価が用いられることもある。

graph TD
    WACC["WACC(加重平均資本コスト)"]
    WACC --> EQ["株主資本コスト re"]
    WACC --> DEBT["負債コスト rd × (1-Tc)"]
    EQ --> CAPM_["CAPMによる推定"]
    CAPM_ --> RF["無リスク利子率 Rf"]
    CAPM_ --> BETA["ベータ"]
    CAPM_ --> MRP["市場リスクプレミアム"]
    DEBT --> YTM["社債利回り / 借入金利"]
    DEBT --> TAX["法人税率 Tc"]

モジリアーニ=ミラーの定理(MM理論)

背景と仮定

企業の資本構成が企業価値に影響を与えるか否かは、コーポレート・ファイナンスの中心的問題の一つである。Franco Modigliani と Merton Miller(1958)は、一定の仮定の下でこの問いに明確な解を与えた。

Key Concept: MM理論(Modigliani-Miller Theorem) 完全資本市場の仮定の下では、企業価値は資本構成に依存しないとする定理。1958年の原論文(税なし)と1963年の修正論文(法人税あり)の2段階で展開された。資本構成理論の出発点であり、現実の市場摩擦を分析するためのベンチマークとして機能する。

MM理論が前提とする完全資本市場の仮定は以下の通りである。

  1. 法人税・個人所得税が存在しない
  2. 取引費用が存在しない
  3. 破産コストが存在しない
  4. 情報の非対称性が存在しない(経営者と投資家が同一の情報を持つ)
  5. 個人と企業が同一の金利で借入可能である
  6. 企業の投資政策は資金調達方法に影響されない

命題I: 企業価値と資本構成の無関連性

命題I(法人税なし): 完全資本市場において、レバレッジド企業(負債を使用する企業)の価値は、アンレバレッジド企業(負債を使用しない企業)の価値に等しい。

$$V_L = V_U$$

ここで $V_L$ はレバレッジド企業の価値、$V_U$ はアンレバレッジド企業の価値である。

この命題の直観的な理解は次の通りである。企業価値は資産が生み出す将来キャッシュフローによって決まり、そのキャッシュフローを負債者と株主の間でどのように分配するか(すなわち資本構成)は、キャッシュフロー全体の大きさを変えない。負債と株主資本の組み合わせはパイの切り分け方に過ぎず、パイの大きさ自体は変わらない。

この命題は裁定(Arbitrage)の論理に基づいて証明される。もし $V_L \neq V_U$ であれば、投資家はこの価格差を利用して無リスクの利益を得ることが可能であり、裁定取引によって両者の価値は等しくなる。

命題II: 株主資本コストとレバレッジの関係

命題II(法人税なし): 株主資本コストは、負債比率の線形関数として増加する。

$$r_E = r_0 + (r_0 - r_D) \times \frac{D}{E}$$

ここで $r_0$ はアンレバレッジド企業の資本コスト(企業の事業リスクに対応する割引率)、$r_D$ は負債コスト、$D/E$ は負債・株主資本比率である。

この命題は以下の論理に基づく。企業が負債を増やすと、残された株主資本のリスクが増大する。なぜなら、負債者への利払いは優先されるため、業績が悪化した場合に株主が負担するリスクが大きくなるからである。したがって、株主はこの追加リスクに見合うだけの高い期待収益率を要求する。

重要な帰結として、負債コストが株主資本コストより低いことをもって「負債は安い資金源である」と単純に結論づけることはできない。負債を増やせば株主資本コストが上昇し、WACCは一定に保たれる。

数値例: アンレバレッジド資本コスト $r_0 = 10\%$、負債コスト $r_D = 5\%$ のとき

$D/E$ 株主資本コスト $r_E$ WACC
0(無借金) 10.0% 10.0%
0.5 10% + (10% - 5%) × 0.5 = 12.5% 2/3 × 12.5% + 1/3 × 5% = 10.0%
1.0 10% + (10% - 5%) × 1.0 = 15.0% 1/2 × 15% + 1/2 × 5% = 10.0%
2.0 10% + (10% - 5%) × 2.0 = 20.0% 1/3 × 20% + 2/3 × 5% = 10.0%

負債比率がどのように変化しても、WACCは10%で一定である。これがMM命題IとIIの一貫した帰結である。

法人税を考慮したMM理論

現実には法人税が存在し、支払利息は損金算入される。Modigliani and Miller(1963)は法人税を導入した修正モデルを提示した。

命題I(法人税あり): 法人税が存在する場合、レバレッジド企業の価値はアンレバレッジド企業の価値に節税効果の現在価値を加えたものに等しい。

$$V_L = V_U + T_c \times D$$

ここで $T_c$ は法人税率、$D$ は負債の時価総額である。$T_c \times D$ は負債の利息支払いに伴う節税効果の現在価値を表す(負債が永続的と仮定した場合)。

この命題の含意は極めて重要である。法人税の存在下では、負債比率を高めるほど節税効果が増大し、企業価値が上昇する。論理的帰結として、企業は100%負債で資金調達すべきということになるが、これは現実と明らかに乖離する。この乖離を説明するために、破産コストや情報の非対称性を考慮した理論が発展した。

命題II(法人税あり):

$$r_E = r_0 + (r_0 - r_D) \times \frac{D}{E} \times (1 - T_c)$$

法人税の存在により、レバレッジによる株主資本コストの上昇幅は $(1 - T_c)$ 倍に軽減される。結果としてWACCは負債比率の増加とともに低下する。


最適資本構成の理論

MM理論(法人税あり)は負債100%が最適であると示唆するが、現実にはそうならない。この乖離を説明する2つの主要な理論を扱う。

トレードオフ理論

Key Concept: トレードオフ理論(Trade-off Theory) 企業の最適資本構成は、負債の節税効果と財務的困窮コストのトレードオフによって決定されるとする理論。節税効果の限界便益と財務的困窮の限界コストが均衡する点に最適負債比率が存在する。

トレードオフ理論によれば、企業価値は以下のように表される。

$$V_L = V_U + \text{PV(節税効果)} - \text{PV(財務的困窮コスト)}$$

Key Concept: 財務的困窮コスト(Costs of Financial Distress) 企業が債務履行困難に陥った場合、または陥る可能性が高まった場合に発生するコスト。直接的破産コスト(法的手続費用等)と間接的破産コスト(顧客・取引先の離反、優秀な人材の流出、投資機会の喪失等)に分類される。

直接的破産コスト: 法的手続き費用、弁護士・会計士への報酬等。企業価値の2〜5%程度とされる。

間接的破産コスト: 顧客が製品保証やアフターサービスの継続性を懸念して購入を控える、サプライヤーが取引条件を厳格化する、優秀な従業員が離職する、といったコスト。直接的コストよりも大きいと推定されるが、定量化は困難である。

最適資本構成の特徴:

  • 有形資産比率の高い企業(不動産、設備等)は資産の清算価値が高く、財務的困窮コストが低いため、負債比率が高くなる傾向がある
  • 収益の安定している企業は財務的困窮の確率が低いため、負債比率が高くなる傾向がある
  • 成長機会が多く無形資産の比率が高い企業(IT、製薬等)は、財務的困窮コストが大きいため、負債比率が低くなる傾向がある

ペッキング・オーダー理論

Key Concept: ペッキング・オーダー理論(Pecking Order Theory) Myers(1984)およびMyers and Majluf(1984)が提唱した理論。情報の非対称性に基づき、企業は内部資金を最優先し、外部資金が必要な場合は負債を株式に優先して利用するという資金調達の序列を予測する。目標負債比率は存在しないとする。

ペッキング・オーダー理論の論理は以下の通りである。

  1. 経営者は投資家よりも企業の真の価値について多くの情報を持っている(情報の非対称性
  2. 企業が新株を発行すると、市場はその企業の株式が過大評価されているシグナルと解釈する(「良いニュースがあるなら新株を発行する必要はない」)
  3. このため新株発行にはアドバース・セレクション・コスト(逆選択コスト)が伴う
  4. 負債はアドバース・セレクション・コストが小さい(キャッシュフローの優先権を持つため、企業価値の過大評価の影響を受けにくい)

この論理から導かれる資金調達の序列は:

  1. 内部資金(Internal Funds): 留保利益。情報の非対称性に起因するコストが最も小さい
  2. 負債(Debt): 社債・借入金。株式よりアドバース・セレクション・コストが小さい
  3. 株式(Equity): 新株発行。アドバース・セレクション・コストが最も大きい

ペッキング・オーダー理論は以下の実証的事実と整合的である。

  • 収益性の高い企業は利益の蓄積により負債比率が低い(トレードオフ理論は逆を予測する)
  • 新株発行時に株価が下落する傾向がある(平均2〜3%の下落)
  • 企業は社債発行を新株発行よりも頻繁に行う

トレードオフ理論とペッキング・オーダー理論の比較

論点 トレードオフ理論 ペッキング・オーダー理論
核心的メカニズム 節税効果 vs 財務的困窮コスト 情報の非対称性
目標負債比率 存在する(最適値に向けて調整) 存在しない(資金需要の累積結果)
収益性と負債比率の関係 正の関係(高収益→節税効果大) 負の関係(高収益→内部資金豊富→負債不要)
実証的支持 業種間の負債比率の差を説明 収益性と負債比率の負の相関を説明
新株発行の解釈 最適構成からの逸脱を修正 最後の手段

いずれの理論も単独では資本構成のすべてを説明できず、両理論は相互補完的な関係にある。実証研究では、目標負債比率への部分的調整行動(トレードオフ理論の支持)と、資金調達の序列パターン(ペッキング・オーダー理論の支持)の両方が観察されている。

graph TD
    MM["MM理論(1958)<br>完全市場: 資本構成は無関連"]
    MMT["MM理論・修正版(1963)<br>法人税導入: 負債100%が最適"]
    TO["トレードオフ理論<br>節税効果 vs 財務的困窮コスト<br>→ 最適負債比率の存在"]
    PO["ペッキング・オーダー理論<br>Myers(1984)<br>情報の非対称性 → 資金調達の序列"]

    MM -->|"法人税の導入"| MMT
    MMT -->|"破産コストの導入"| TO
    MM -->|"情報の非対称性の導入"| PO

実務における資本構成の決定要因

理論的フレームワークに加えて、実務では以下の要因が資本構成の決定に影響を与える。

  1. 業種特性: 有形資産比率の高い業種(電力、不動産)は負債比率が高く、無形資産比率の高い業種(IT、製薬)は低い
  2. 収益の安定性: 収益が安定している企業ほど、負債返済能力に対する確実性が高く、負債比率を高められる
  3. 成長機会: 成長段階の企業は投資柔軟性の維持のために負債比率を低く保つ傾向がある
  4. 経営者の選好: 経営者が保守的な財務方針を志向する場合、低い負債比率が選択される
  5. 市場環境: 金利水準、株式市場の状況、信用市場の流動性が発行手段の選択に影響する
  6. 格付け: 格付け維持のために負債比率を一定水準以下に抑える企業が多い

まとめ

  • CAPMは株主資本コストの推定手法として広く用いられるが、ベータの推定や市場リスクプレミアムの推定に不確実性が伴う。Fama-Frenchの3ファクター・モデルはCAPMの説明力を改善するが、ファクターのリスク解釈には議論が残る
  • WACCは株主資本コストと税引後負債コストを時価ウェイトで加重平均したものであり、企業全体の投資プロジェクトの割引率として使用される
  • MM理論は完全市場を仮定し、資本構成の無関連性を証明した。法人税を導入すると節税効果により負債が有利となるが、100%負債という帰結は現実と乖離する
  • トレードオフ理論は節税効果と財務的困窮コストの均衡として最適資本構成を説明する。ペッキング・オーダー理論は情報の非対称性に基づく資金調達の序列を予測する
  • 次のSection 4(配当政策)では、資本構成と密接に関連する利益の分配方針を扱う。MM理論の枠組みは配当の無関連性命題にも拡張される

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
Fama-Frenchの3ファクター・モデル Fama-French Three-Factor Model CAPMに規模(SMB)とバリュー(HML)の2ファクターを追加した資産価格モデル。分散ポートフォリオの収益率の90%以上を説明する
加重平均資本コスト Weighted Average Cost of Capital (WACC) 株主資本コストと税引後負債コストを資本構成の時価ウェイトで加重平均した、企業全体の資本コスト
MM理論 Modigliani-Miller Theorem 完全資本市場の下で企業価値は資本構成に依存しないとする定理。資本構成理論の出発点
節税効果 Tax Shield 負債の利息支払いが損金算入されることにより生じる法人税負担の軽減効果
財務的困窮コスト Costs of Financial Distress 企業が債務不履行に陥る可能性の増大に伴い発生するコスト。直接的破産コストと間接的破産コストに分類される
トレードオフ理論 Trade-off Theory 負債の節税効果と財務的困窮コストのトレードオフにより最適資本構成が決定されるとする理論
ペッキング・オーダー理論 Pecking Order Theory 情報の非対称性に基づき、内部資金→負債→株式の序列で資金調達が行われるとする理論
調整ベータ Adjusted Beta 推定ベータの平均回帰傾向を反映し、推定値を1.0に向けて調整したベータ
アドバース・セレクション・コスト Adverse Selection Cost 情報の非対称性により、情報優位者の行動が情報劣位者に不利益をもたらす際に発生するコスト

確認問題

Q1: CAPMにおけるベータの実務的推定において生じる3つの主要な問題を説明せよ。

A1: 第一に、推定期間の選択問題がある。長期のデータを使用すると企業の事業構造や市場環境の構造変化の影響を受け、短期のデータでは統計的な推定精度が低下する。第二に、市場ポートフォリオの代理変数の問題がある。CAPMの理論上の市場ポートフォリオはすべてのリスク資産を含むが、実務ではTOPIXやS&P 500等の株価指数で代替するため、理論値との乖離が生じる。第三に、ベータの平均回帰傾向がある。推定ベータは時間の経過とともに1.0に収束する傾向があり、Bloombergの調整ベータ(推定値を2/3、1.0を1/3で加重平均)のような補正が実務では行われる。

Q2: ある企業の株式時価総額が800億円、負債時価が200億円、CAPMで推定した株主資本コストが10%、負債コストが4%、法人税率が25%であるとき、WACCを計算せよ。

A2: $V = E + D = 800 + 200 = 1000$(億円)。$\text{WACC} = \frac{800}{1000} \times 10\% + \frac{200}{1000} \times 4\% \times (1 - 0.25) = 0.8 \times 10\% + 0.2 \times 3\% = 8.0\% + 0.6\% = 8.6\%$。この企業のWACCは8.6%である。

Q3: MM命題II(法人税なし)の下で、負債比率の増加が株主資本コストを上昇させるにもかかわらず、WACCが一定に保たれる理由を説明せよ。

A3: MM命題IIの下では、$r_E = r_0 + (r_0 - r_D) \times D/E$ であり、負債の増加は株主資本コストを線形に上昇させる。しかし同時に、資本構成における負債のウェイトが増加する。負債コストは株主資本コストより低いため、WACCの計算においては、低コストの負債のウェイト増加による引き下げ効果と、株主資本コスト上昇による引き上げ効果が正確に相殺し合う。これはMM命題I(企業価値=一定)と整合的であり、資本構成の変更はリスクの再配分に過ぎず、企業全体の資本コストを変化させないことを意味する。

Q4: トレードオフ理論とペッキング・オーダー理論が、収益性の高い企業の負債比率について逆の予測を行う理由を説明せよ。

A4: トレードオフ理論では、収益性の高い企業は課税所得が大きいため節税効果の便益が大きく、また安定した収益により財務的困窮の確率が低いことから、高い負債比率を選択すると予測される(正の関係)。一方、ペッキング・オーダー理論では、収益性の高い企業は留保利益という内部資金が豊富であるため、ペッキング・オーダーの序列に従い、外部資金(負債・株式)への依存度が低くなると予測される(負の関係)。実証研究では、収益性と負債比率の間に負の相関が広く観察されており、この点ではペッキング・オーダー理論がより整合的である。

Q5: ある企業がアンレバレッジド企業価値500億円、法人税率30%であるとき、MM理論(法人税あり)の命題Iに基づいて、200億円の負債を導入した場合の企業価値を計算せよ。また、この結果が現実には必ずしも成立しない理由を、トレードオフ理論の観点から説明せよ。

A5: MM理論(法人税あり)の命題Iより、$V_L = V_U + T_c \times D = 500 + 0.30 \times 200 = 500 + 60 = 560$(億円)。負債導入により企業価値は60億円増加する。しかし、この計算は財務的困窮コストを無視している。トレードオフ理論によれば、負債の増加に伴い財務的困窮の確率が上昇し、直接的破産コスト(法的手続費用)および間接的破産コスト(顧客離反、人材流出等)の期待値が増大する。したがって、実際の企業価値は $V_L = V_U + \text{PV(節税効果)} - \text{PV(財務的困窮コスト)}$ であり、財務的困窮コストの存在によりMM理論が示唆する560億円よりも低くなる可能性がある。最適負債水準は節税効果の限界便益と財務的困窮の限界コストが均衡する点で決まる。