Module 2-6 - Section 1: 戦略的人的資源管理と採用・選考¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-6: 人的資源管理(HRM) |
| 前提セクション | なし |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
人的資源管理(HRM: Human Resource Management)は、組織における人材の獲得・配置・育成・評価・報酬に関する包括的なマネジメント活動である。かつて「人事管理(Personnel Management)」と呼ばれた領域は、1980年代以降、経営戦略との統合を志向する「戦略的人的資源管理(SHRM: Strategic Human Resource Management)」へと発展した。この転換は、人材を「管理すべきコスト」から「競争優位の源泉たる資産」へと再定義するパラダイムシフトを意味する。
本セクションでは、まずHRMの戦略的位置づけを歴史的転換と主要理論モデルを通じて理解し、次いでHRMの入口にあたる採用・選考プロセスの設計原理と手法の妥当性を検討する。これらは本モジュール全体(人材育成、人事評価、報酬制度、労使関係、ダイバーシティ)の基盤となる。
HRMの戦略的位置づけ¶
人事管理からHRMへの転換¶
伝統的な人事管理(Personnel Management)は、産業革命以降に発展した労務管理の延長線上にあり、給与計算、勤怠管理、労働法規の遵守、採用事務といった管理的・事務的(administrative)機能を中心としていた。人事部門は「管理部門」として位置づけられ、経営戦略の策定プロセスには関与しないのが通常であった。
Key Concept: 人事管理(Personnel Management) 従業員の雇用・給与・福利厚生・労働法規遵守を中心とする管理的・事務的な人材管理アプローチ。規則と手続きに基づく官僚的運用を特徴とし、戦略的意思決定への関与は限定的である。
1980年代に入ると、グローバル競争の激化と知識経済への移行を背景に、人的資源を戦略的資産として捉える新たなパラダイムが台頭した。ジョン・ストーリー(John Storey, 1992)は、人事管理とHRMの間に27の相違点を体系的に整理し、両者の本質的な差異を明確にした。ストーリーの枠組みによれば、人事管理が規則・手続きに基づく官僚的な運用であるのに対し、HRMは能動的(proactive)であり、人材を経済的用語で「資産」または「コスト」として積極的に管理する。HRMはラインマネジメントとの統合を重視し、経営戦略との連動を前提とする点で、人事管理とは根本的に異なる。
両者の主要な差異を以下に整理する。
| 次元 | 人事管理 | HRM |
|---|---|---|
| 基本的視座 | 労働力はコスト | 人材は戦略的資産 |
| 時間軸 | 短期的・反応的 | 長期的・先見的 |
| 統制の基盤 | 規則・手続き | 文化・コミットメント |
| 管理の主体 | 人事部門の専門家 | ラインマネジャー主導 |
| 経営戦略との関係 | 分離・周辺的 | 統合・中心的 |
| 従業員関係 | 集団的交渉(労使関係) | 個別的関係管理 |
| 変化への姿勢 | 現状維持的 | 変革推進的 |
戦略的人的資源管理(SHRM)¶
Key Concept: 戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management: SHRM) 組織の経営戦略とHRM施策を体系的に連携させることで、持続的競争優位を実現しようとするアプローチ。HRM施策を経営戦略の実行手段として位置づけ、人的資源の戦略的活用を通じた組織パフォーマンスの向上を目指す。
SHRMは、経営戦略の策定と実行にHRMを明示的に組み込むことを特徴とする。HRM施策は孤立した管理活動ではなく、経営戦略の実現を支える統合的なシステムとして設計される。SHRMの理論的基盤を形成した二つの代表的モデルを以下に検討する。
ミシガン・モデル(ハードHRM)¶
フォンブラン、ティシー、デバナ(Fombrun, Tichy & Devanna, 1984)がミシガン大学で提唱した「マッチング・モデル(Matching Model)」は、SHRMの最初期の理論的枠組みである。このモデルは、組織構造とHRM施策を経営戦略に適合(fit)させることを強調する。
ミシガン・モデルは4つのHRM機能の相互依存性を中核に据える。
- 選抜(Selection): 戦略遂行に必要な人材の獲得
- 評価(Appraisal): 業績の測定と査定
- 報酬(Rewards): 業績連動型の報酬設計
- 育成(Development): 将来の戦略ニーズに対応する能力開発
これら4機能は「人的資源サイクル(Human Resource Cycle)」として相互に連動し、組織の有効性に貢献する。このモデルは、HRMを経営戦略に従属させる「ハードHRM(Hard HRM)」の立場を代表する。ハードHRMでは、人的資源は物的資源や財務資源と同様に、戦略目標達成のために合理的に管理される対象として扱われる。
Key Concept: ハードHRM(Hard HRM) 人的資源を他の経営資源と同列に位置づけ、経営戦略への「適合」を最優先する管理アプローチ。ミシガン・モデルに代表される。業績管理・コスト効率・戦略的統制を重視し、従業員を戦略実行の手段として捉える傾向が強い。
ハーバード・モデル(ソフトHRM)¶
ビア、スペクター、ローレンス、ミルズ、ウォルトン(Beer, Spector, Lawrence, Mills & Walton, 1984)がハーバード大学で提唱したモデルは、ミシガン・モデルとは異なる視点からSHRMを構想する。ハーバード・モデルは、組織内の多様なステークホルダー(stakeholder)の利害を認識し、その調整を通じてHRMの成果を実現しようとする。
ハーバード・モデルの構造は以下の要素から成る。
- 状況要因(Situational Factors): 労働市場、技術、法規制、経営哲学等
- ステークホルダーの利害(Stakeholder Interests): 株主、経営者、従業員、労働組合、地域社会等
- HRM政策の選択(HRM Policy Choices): 従業員の影響力、人的資源フロー、報酬システム、職務設計
- HRM成果(HR Outcomes): コミットメント、能力、整合性、費用対効果(4Cs: Commitment, Competence, Congruence, Cost-effectiveness)
- 長期的帰結(Long-term Consequences): 個人の福祉、組織の有効性、社会的福祉
このモデルは「ソフトHRM(Soft HRM)」の代表であり、従業員を組織の最も価値ある資産として位置づける。従業員のコミットメント、参加、能力開発を通じて組織パフォーマンスを高めることを志向する。
Key Concept: ソフトHRM(Soft HRM) 従業員を組織の最も重要な資産として尊重し、コミットメント・参加・能力開発を通じて組織成果を高めるアプローチ。ハーバード・モデルに代表される。多様なステークホルダーの利害調整と従業員の福祉を重視する。
| 次元 | ミシガン・モデル(ハードHRM) | ハーバード・モデル(ソフトHRM) |
|---|---|---|
| 人材観 | 経営資源の一つ | 最も価値ある資産 |
| 戦略との関係 | 戦略に従属・適合 | 戦略とHRMの相互作用 |
| 重視する要素 | 業績・効率・統制 | コミットメント・参加・能力 |
| ステークホルダー | 主に株主・経営者 | 多様なステークホルダー |
| 柔軟性 | 低い(戦略適合重視) | 高い(状況要因を考慮) |
| HRM成果の指標 | 組織パフォーマンス | 4Cs + 長期的帰結 |
ベストプラクティス・アプローチとベストフィット・アプローチ¶
SHRMの領域では、HRM施策と組織パフォーマンスの関係について、二つの対立する理論的アプローチが展開されてきた。
ベストプラクティス・アプローチ(Best Practice Approach) は、普遍主義(universalist)の立場に立ち、特定のHRM施策が組織の文脈にかかわらず普遍的に高い成果をもたらすと主張する。この立場の代表的論者であるジェフリー・フェファー(Jeffrey Pfeffer, 1998)は、競争優位を生む7つの施策を提示した。
- 雇用保障(Employment Security)
- 厳選採用(Selective Hiring)
- 自律的チームと権限委譲(Self-managed Teams and Decentralization)
- 業績連動型の高報酬(Comparatively High Compensation Contingent on Performance)
- 広範な研修(Extensive Training)
- 地位格差の縮小(Reduction of Status Differences)
- 情報共有(Sharing of Information)
マーク・ヒューセリッド(Mark Huselid, 1995)は、これらの施策群を「高業績作業システム(HPWS: High Performance Work Systems)」として概念化し、968社のデータ分析により、HPWS導入度が1標準偏差上昇すると、従業員1人あたり売上が27,044ドル、市場価値が18,641ドル増加するという実証結果を報告した。
Key Concept: ベストプラクティス・アプローチ(Best Practice Approach) 文脈にかかわらず普遍的に有効なHRM施策(高業績作業システム)が存在し、その採用が組織パフォーマンスを向上させるとする理論的立場。フェファーの7つの施策やヒューセリッドの高業績作業システム研究がその代表である。
ベストフィット・アプローチ(Best Fit Approach) は、コンティンジェンシー(contingency)の立場に立ち、HRM施策の有効性は組織の戦略・環境・文脈に依存すると主張する。ジョン・デレリーとドーティ(John Delery & D. Harold Doty, 1996)は、HRM施策と組織パフォーマンスの関係を説明する3つの理論的立場を検証した。
- 普遍主義的立場(Universalistic Perspective): 特定の施策が常に有効(ベストプラクティス)
- コンティンジェンシー的立場(Contingency Perspective): 施策の有効性は経営戦略に依存(ベストフィット)
- コンフィギュレーション的立場(Configurational Perspective): 施策間の整合性と戦略との適合の両方が重要
デレリーとドーティは7つの戦略的HRM施策(内部キャリアラダー、公式的研修、成果志向の評価、業績連動報酬、雇用保障、従業員の発言権、広範な職務定義)を特定し、コンティンジェンシー的・コンフィギュレーション的立場を支持する実証結果を報告した。
ベストフィット・アプローチは、HRM施策の設計にあたって組織の戦略的方向性との一貫性を確保する「垂直的適合(Vertical Fit)」と、HRM施策間の内的整合性を確保する「水平的適合(Horizontal Fit)」の両方を重視する。
| 次元 | ベストプラクティス | ベストフィット |
|---|---|---|
| 理論的前提 | 普遍主義 | コンティンジェンシー |
| HRM施策の有効性 | 文脈非依存 | 文脈依存 |
| 重視する適合 | 施策の内容そのもの | 戦略との適合(垂直的適合) |
| 代表的論者 | Pfeffer, Huselid | Delery & Doty, Schuler & Jackson |
| 強み | 明快な指針を提供 | 組織の独自性を考慮 |
| 限界 | 文脈の多様性を軽視 | 「最適解」の特定が困難 |
AMO理論¶
Key Concept: AMO理論(AMO Theory: Ability-Motivation-Opportunity Theory) 従業員のパフォーマンスは能力(Ability)、動機づけ(Motivation)、機会(Opportunity)の3要素の関数であるとする理論。アペルバウムら(Appelbaum et al., 2000)が体系化し、HRM施策が組織パフォーマンスに影響を及ぼすメカニズムを説明する枠組みとして広く受容されている。
AMO理論は、HRM施策が組織パフォーマンスに影響を及ぼす「メカニズム」を説明する理論である。この理論の起源は、産業心理学(能力と訓練を重視)と社会心理学(動機づけを重視)の対話にあり、ブルーム(Victor Vroom, 1964)の期待理論に理論的根拠を持つ。
AMO理論によれば、従業員のパフォーマンス(P)は以下の関数として表現される。
P = f(A, M, O)
- 能力(Ability): 職務遂行に必要な知識・技能。公式的・非公式的研修、厳選採用等により向上する。
- 動機づけ(Motivation): 職務遂行への意欲。業績連動報酬、雇用保障、昇進機会、公正な評価等により強化される。
- 機会(Opportunity): 能力と意欲を発揮できる環境。自律的チーム、意思決定への参加、情報共有、コミュニケーション等により提供される。
AMO理論の意義は、HRM施策を「能力を高める施策群」「動機づけを強化する施策群」「機会を提供する施策群」に分類し、これらの施策群がいかにして個人の行動を通じて組織全体のパフォーマンスに結びつくかを説明できる点にある。3要素のいずれかが欠けると、他の要素が充実していてもパフォーマンスは最大化されない。
graph TD
subgraph "HRM施策"
A1["能力向上施策<br/>研修・厳選採用"]
A2["動機づけ施策<br/>業績連動報酬・雇用保障"]
A3["機会提供施策<br/>自律的チーム・参加"]
end
subgraph "AMO要素"
B1["Ability<br/>能力"]
B2["Motivation<br/>動機づけ"]
B3["Opportunity<br/>機会"]
end
A1 --> B1
A2 --> B2
A3 --> B3
B1 --> C["従業員パフォーマンス<br/>P = f A, M, O"]
B2 --> C
B3 --> C
C --> D["組織パフォーマンス"]
採用と選考¶
HRMの戦略的位置づけを理解した上で、HRMの実践的プロセスの出発点である採用(Recruitment)と選考(Selection)を検討する。採用・選考は、組織が必要とする人材を労働市場から獲得するプロセスであり、その質は以降のすべてのHRM活動(育成・評価・報酬)の成否を左右する。
ジョブ分析¶
Key Concept: ジョブ分析(Job Analysis) 特定の職務の性質を体系的・実証的に調査し、遂行すべきタスクと義務、それに必要な知識・技能・能力(KSAs)、および許容可能な業績と不可の業績を区別する基準を明確にするプロセス。採用・選考・評価・報酬等あらゆるHRM活動の基礎となる。
ジョブ分析は、特定の職務の性質を体系的かつ実証的に調査するプロセスである。その目的は、当該職務で遂行されるタスクと義務を特定し、それらを適切に遂行するために必要な知識・技能・能力(KSAs: Knowledge, Skills, and Abilities)を明らかにし、許容可能な業績基準を設定することにある。
ジョブ分析の主要な手法には以下がある。
- 観察法(Observation): 職務遂行者の行動を直接観察して記録する。定型的な身体作業に適するが、知識労働には不向きである。
- 面接法(Interview): 職務遂行者や上司に対して職務内容を聴取する。質的情報を得やすいが、主観的バイアスの影響を受けうる。
- 質問票法(Questionnaire): 標準化された項目で職務内容を収集する。大規模調査に適する。代表的なツールとして職位分析質問票(PAQ: Position Analysis Questionnaire)がある。
- ワークログ法(Work Log / Diary Method): 職務遂行者が一定期間にわたり日誌形式で業務を記録する。
- 重要事象法(Critical Incident Technique): 職務上の成功・失敗に重大な影響を与えた行動を収集・分析する。
ジョブ分析の結果は、二つの主要文書に集約される。
職務記述書(Job Description) は、当該職務で遂行すべきタスク・義務・責任、作業条件、使用する機器等を記述したものである。「その職務で何をするか」を定義する。
人材仕様書(Person Specification) は、当該職務を遂行するために必要な資格、経験、知識・技能・能力、人物特性等を記述したものである。「どのような人材が必要か」を定義する。ロジャー(Alec Rodger, 1952)の「7点プラン(Seven Point Plan)」やマンロ=フレイザー(John Munro-Fraser, 1954)の「5項目分類(Five-Fold Grading System)」が古典的な枠組みとして知られる。
職務記述書と人材仕様書は、採用広告の作成、選考基準の設定、業績評価基準の設計、研修ニーズの分析など、HRM活動全般の基盤となる。
採用プロセスの設計¶
採用(Recruitment)は、空きポジションに対して適格な応募者プール(applicant pool)を形成するプロセスであり、選考(Selection)に先立つ段階である。
内部採用(Internal Recruitment) は、組織内部の既存従業員から候補者を募る方法である。社内公募制度(Internal Job Posting)、昇進、異動、ジョブローテーション等がその手段となる。組織文化への適合性が担保されやすく、従業員のモチベーション向上にも寄与する一方、視野の狭隘化やイノベーションの停滞を招く可能性がある。
外部採用(External Recruitment) は、組織外部の労働市場から候補者を募る方法である。求人広告、人材紹介会社(エージェント)、大学等教育機関との連携、インターンシップ、リファーラル(従業員紹介)等がその手段となる。新鮮な視点や多様な経験を組織にもたらしうる一方、組織適合のリスクやコストの増大を伴う。
戦略的な観点からは、内部採用と外部採用の最適な組み合わせは組織の戦略・成長段階・労働市場環境に依存する。急速な成長や変革を目指す組織は外部採用の比率を高め、安定性と内部知識の蓄積を重視する組織は内部採用を優先する傾向がある。
選考手法の妥当性と信頼性¶
Key Concept: 選考の妥当性(Validity) 選考手法が実際に測定しようとしている特性を正確に測定している程度。特に予測的妥当性(Predictive Validity)は、選考時の評価が将来の職務パフォーマンスをどの程度正確に予測するかを示す指標であり、選考手法の科学的価値を評価する最重要基準である。
選考(Selection)は、応募者プールの中から組織のニーズに最も適合する候補者を特定し、採用決定を行うプロセスである。科学的な選考においては、選考手法の信頼性(Reliability)と妥当性(Validity)が根幹的な品質基準となる。
信頼性は、選考手法が一貫した結果を産出する程度を意味する。同一の受検者に対して繰り返し実施した場合に同様の結果が得られるか(再検査信頼性)、異なる評価者が同様の結論に至るか(評価者間信頼性)が問われる。信頼性のない手法は妥当性を持ちえない。
妥当性には複数の類型がある。
- 予測的妥当性(Predictive Validity): 選考時の評価が将来の職務パフォーマンスを予測する程度
- 併存的妥当性(Concurrent Validity): 選考手法の結果と、現職者の同時点の職務パフォーマンスとの相関
- 内容的妥当性(Content Validity): 選考手法が実際の職務内容を適切に反映している程度
- 構成概念妥当性(Construct Validity): 選考手法が理論的に想定される心理的特性を測定している程度
フランク・シュミットとジョン・ハンター(Frank Schmidt & John Hunter, 1998)は、85年間にわたる人事選考研究のメタ分析を実施し、19の選考手法について予測的妥当性係数を報告した。この研究は選考手法の科学的評価における最も影響力のある成果の一つである。主要な知見を以下に整理する。
| 選考手法 | 予測的妥当性係数 |
|---|---|
| 一般精神能力テスト(GMA)+ ワークサンプルテスト | .63 |
| 一般精神能力テスト(GMA)+ 誠実性テスト | .65 |
| 一般精神能力テスト(GMA)+ 構造化面接 | .63 |
| 構造化面接(Structured Interview) | .51 |
| 一般精神能力テスト(GMA)単独 | .51 |
| ワークサンプルテスト(Work Sample Test) | .54 |
| 非構造化面接(Unstructured Interview) | .38 |
| アセスメントセンター(Assessment Centre) | .37 |
この結果から導かれる重要な示唆は以下のとおりである。
- 一般精神能力(GMA: General Mental Ability) は、職務経験のない候補者に対する最も有力な単独予測因子である
- 構造化面接は非構造化面接より有意に高い妥当性を持つ(.51 vs .38)
- 複数手法の組み合わせは、単一手法より高い妥当性を達成する
- 選考手法の妥当性は経験則や直感ではなく、実証的データに基づいて評価すべきである
構造化面接(Structured Interview) は、すべての候補者に対して同一の質問を同一の順序で実施し、事前に定義された評価基準に基づいて回答を評定する面接形式である。行動記述面接(BDI: Behavioral Description Interview)や状況面接(SI: Situational Interview)がその代表的手法であり、非構造化面接に比べて評価者間信頼性と予測的妥当性が著しく高い。
アセスメントセンター(Assessment Centre) は、複数の評価者が複数の手法(グループ討議、ロールプレイ、プレゼンテーション、インバスケット演習等)を用いて候補者を多面的に評価する統合的選考法である。管理職登用において広く用いられるが、コストが高く、実施にあたっては専門的な設計が必要となる。
graph LR
subgraph "採用・選考プロセス"
A["ジョブ分析"] --> B["職務記述書<br/>人材仕様書"]
B --> C["採用計画<br/>内部/外部採用"]
C --> D["応募者プール形成"]
D --> E["書類選考"]
E --> F["選考手法の実施"]
F --> G["採用決定"]
end
subgraph "選考手法"
F --> F1["適性検査<br/>GMAテスト等"]
F --> F2["構造化面接"]
F --> F3["ワークサンプル<br/>テスト"]
F --> F4["アセスメント<br/>センター"]
end
まとめ¶
- 人事管理(Personnel Management)からHRMへの転換は、人材を「管理すべきコスト」から「戦略的資産」へと再定義するパラダイムシフトであった。ストーリー(1992)は両者の27の相違点を体系化した。
- SHRMの二大モデルとして、戦略適合を重視するミシガン・モデル(ハードHRM)と、ステークホルダーの利害調整を重視するハーバード・モデル(ソフトHRM)がある。
- HRM施策と組織パフォーマンスの関係について、文脈非依存の普遍的有効性を主張するベストプラクティス・アプローチと、戦略・環境への適合を重視するベストフィット・アプローチが対立する。
- AMO理論は、HRM施策が能力・動機づけ・機会の3要素を通じて従業員パフォーマンスに影響するメカニズムを説明する。
- 採用・選考の基盤としてジョブ分析が不可欠であり、その成果物である職務記述書と人材仕様書がHRM活動全般を支える。
- 選考手法の評価は信頼性と妥当性に基づくべきであり、Schmidt & Hunter(1998)のメタ分析は、構造化面接やGMAテストの組み合わせが高い予測的妥当性を持つことを実証した。
- 次セクション(Section 2: 人材育成と人事評価)では、採用後の人材の能力開発と業績評価のプロセスを扱う。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 人事管理 | Personnel Management | 給与・勤怠・法規遵守を中心とする管理的・事務的な人材管理アプローチ |
| 人的資源管理 | Human Resource Management (HRM) | 人材の獲得・育成・評価・報酬を経営戦略と統合的に管理するアプローチ |
| 戦略的人的資源管理 | Strategic HRM (SHRM) | 経営戦略とHRM施策を体系的に連携させ、持続的競争優位の実現を目指すアプローチ |
| ハードHRM | Hard HRM | 人的資源を経営戦略に従属させ、業績・効率・統制を重視する管理アプローチ |
| ソフトHRM | Soft HRM | 従業員を最も価値ある資産として尊重し、コミットメント・参加を通じて成果を高めるアプローチ |
| ミシガン・モデル | Michigan Model | Fombrunらが提唱した、戦略とHRMの適合を強調するSHRMモデル |
| ハーバード・モデル | Harvard Model | Beerらが提唱した、多様なステークホルダーの利害調整を重視するSHRMモデル |
| ベストプラクティス・アプローチ | Best Practice Approach | 文脈非依存で普遍的に有効なHRM施策群が存在するとする理論的立場 |
| ベストフィット・アプローチ | Best Fit Approach | HRM施策の有効性は経営戦略・環境に依存するとする理論的立場 |
| 高業績作業システム | High Performance Work Systems (HPWS) | 組織パフォーマンスを高めるHRM施策の統合的な体系 |
| AMO理論 | AMO Theory | 従業員パフォーマンスを能力・動機づけ・機会の関数として説明する理論 |
| ジョブ分析 | Job Analysis | 職務の性質を体系的に調査し、タスク・KSAs・業績基準を明確にするプロセス |
| 職務記述書 | Job Description | 職務で遂行すべきタスク・義務・責任を記述した文書 |
| 人材仕様書 | Person Specification | 職務遂行に必要な資格・経験・KSAs・人物特性を記述した文書 |
| 選考の妥当性 | Validity | 選考手法が測定対象を正確に測定している程度 |
| 選考の信頼性 | Reliability | 選考手法が一貫した結果を産出する程度 |
| 構造化面接 | Structured Interview | 統一された質問と評価基準に基づく面接形式 |
| アセスメントセンター | Assessment Centre | 複数の評価者と手法による統合的選考法 |
| 一般精神能力 | General Mental Ability (GMA) | 一般的な認知能力。職務パフォーマンスの有力な予測因子 |
確認問題¶
Q1: 人事管理(Personnel Management)とHRMの本質的な違いを、ストーリー(1992)の枠組みに基づいて3つの次元から説明せよ。
A1: ストーリーは人事管理とHRMの間に27の相違点を特定した。主要な3つの次元として、(1) 戦略との関係(人事管理は経営戦略から分離・周辺的であるのに対し、HRMは経営戦略と統合・中心的に位置づけられる)、(2) 統制の基盤(人事管理は規則・手続きに基づく官僚的統制であるのに対し、HRMは組織文化・コミットメントに基づく統制を志向する)、(3) 管理の主体(人事管理は人事部門の専門家が主体であるのに対し、HRMはラインマネジャーが主導する)が挙げられる。この転換は、人材を「管理すべきコスト」から「戦略的資産」へと再定義するパラダイムシフトを反映している。
Q2: ベストプラクティス・アプローチとベストフィット・アプローチの理論的前提と限界を対比して論じよ。
A2: ベストプラクティス・アプローチは普遍主義の立場に立ち、フェファーの7施策やヒューセリッドの高業績作業システムに見られるように、特定のHRM施策群が組織の文脈にかかわらず普遍的に高い成果をもたらすと主張する。その強みは明快な実践指針を提供する点にあるが、限界として組織が直面する多様な文脈(産業、規模、戦略、文化)の違いを十分に考慮できない点がある。一方、ベストフィット・アプローチはコンティンジェンシーの立場に立ち、HRM施策の有効性は経営戦略や環境に依存すると主張する。デレリーとドーティの研究が示すように、戦略とHRM施策の適合が組織パフォーマンスに寄与するという実証的支持がある。その限界は、「最適な適合」の具体的内容の特定が困難であり、実践指針としての明快さに欠ける点にある。
Q3: AMO理論の3要素を説明し、それぞれの要素を強化するHRM施策を具体的に2つずつ挙げよ。
A3: AMO理論によれば、従業員パフォーマンスは能力(Ability)、動機づけ(Motivation)、機会(Opportunity)の関数である。(1) 能力は職務遂行に必要な知識・技能であり、公式的研修プログラムと厳選採用により強化される。(2) 動機づけは職務遂行への意欲であり、業績連動報酬と雇用保障により強化される。(3) 機会は能力と意欲を発揮できる環境であり、自律的チームへの編成と情報共有の仕組みにより提供される。3要素のいずれかが欠けると、他の要素が充実していてもパフォーマンスは最大化されないため、HRM施策は3要素をバランスよくカバーする必要がある。
Q4: Schmidt & Hunter(1998)のメタ分析の知見に基づき、構造化面接が非構造化面接より優れている理由と、選考プロセスの設計における実践的示唆を述べよ。
A4: Schmidt & Hunter(1998)のメタ分析によれば、構造化面接の予測的妥当性係数は.51であり、非構造化面接の.38を大きく上回る。構造化面接が優れる理由は、(1) すべての候補者に同一の質問を実施することで比較可能性が担保される、(2) 事前定義された評価基準により評価者間信頼性が向上する、(3) 職務関連の質問に焦点化されることで内容的妥当性が高まる、ためである。実践的示唆として、選考プロセスの設計においては、構造化面接をGMAテスト等の他の手法と組み合わせることで妥当性をさらに高めることが推奨される(GMA+構造化面接の妥当性は.63)。また、直感的判断や非構造化面接への過度な依存は、選考の質を損なうことが実証的に示されている。
Q5: ある企業が新規事業部門の立ち上げにあたり管理職を採用する場合、ジョブ分析から最終的な採用決定に至るまでのプロセスを、SHRMの観点から設計せよ。
A5: SHRMの観点からは、採用プロセス全体を新規事業部門の事業戦略と整合させる必要がある。まず、(1) 事業戦略から導出される管理職の役割をジョブ分析により明確化し、職務記述書と人材仕様書を作成する。新規事業であるため、既存職務の観察より、戦略目標から逆算して必要なKSAsを定義するアプローチが適する。(2) 採用計画として、新規事業の革新性を踏まえ外部採用を主軸としつつ、組織知識を持つ内部候補も検討する(ベストフィットの観点)。(3) 応募者プール形成後、書類選考を経て、GMAテスト等の適性検査と構造化面接を組み合わせた選考を実施する。管理職であることから、アセスメントセンターも有効である。(4) 最終決定は、Schmidt & Hunterの知見に基づき、複数手法の評価結果を総合的に判断して行う。このプロセス全体が事業戦略との垂直的適合を保ち、各施策間の水平的適合を確保する設計とする。