Module 2-6 - Section 5: ダイバーシティと働き方改革¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-6: 人的資源管理(HRM) |
| 前提セクション | Section 1, Section 4 |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
前セクションまでで、HRMの戦略的位置づけ(Section 1)、人材育成・評価(Section 2)、報酬制度(Section 3)、日本的雇用システムと労使関係(Section 4)を検討してきた。これらは主として組織内部の人材マネジメントの「仕組み」に焦点を当ててきたが、現代のHRMはそれらに加え、組織を構成する人材の「多様性」をいかにマネジメントするかという課題に直面している。
本セクションでは、ダイバーシティ・マネジメントの理論的基盤と実践、ワークライフバランスと働き方改革の政策動向、テレワークの進展、ハラスメント防止の法的枠組み、そして女性活躍推進とジェンダー平等の現状を包括的に検討する。これらは相互に関連し合い、HRMの現代的課題の中核を構成するテーマである。
ダイバーシティ・マネジメントの概念と理論的基盤¶
ダイバーシティ・マネジメントとは¶
Key Concept: ダイバーシティ・マネジメント(Diversity Management) 組織構成員の多様な属性(性別、年齢、人種・民族、障害の有無、価値観、経験等)を戦略的に活用し、組織の競争優位と持続的成長に結びつける包括的なマネジメント・アプローチ。単なる法令遵守や倫理的配慮を超え、多様性を組織の力に転換することを志向する。
ダイバーシティ・マネジメントの概念は、1960年代以降のアメリカ公民権運動とアファーマティブ・アクション(Affirmative Action)の歴史的文脈の中で発展した。当初は人種差別・性差別の是正を目的とする法的義務としての色彩が強かったが、1990年代に入ると、テイラー・コックスとステイシー・ブレイク(Taylor Cox & Stacy Blake, 1991)が「Managing Cultural Diversity: Implications for Organizational Competitiveness」において、文化的多様性の管理が組織の競争力に与える影響を体系的に論じ、ダイバーシティを経営戦略上の課題として位置づける転換点を作った。
コックスとブレイクは、多様性が組織に以下の6つの競争優位をもたらしうると主張した。
- コスト優位: マイノリティの離職率低下による人件費削減
- 資源獲得: 多様な人材プールへのアクセス向上
- マーケティング: 多様な顧客ニーズへの理解と対応力
- 創造性: 多様な視点による問題解決能力の向上
- 問題解決: 異質な視点の交差による意思決定の質の改善
- 組織の柔軟性: 多様な環境変化への適応力
ダイバーシティの次元¶
ダイバーシティは、その性質によって二つの次元に分類される。デイビッド・ハリソン、ケネス・プライス、メリディス・ベル(David A. Harrison, Kenneth H. Price & Meredith P. Bell, 1998)は「Beyond Relational Demography」において、表層的ダイバーシティと深層的ダイバーシティの区別を体系化した。
Key Concept: 表層的ダイバーシティ(Surface-Level Diversity) 年齢、性別、人種・民族、身体的特徴など、外見上容易に識別可能な属性に基づく多様性。集団メンバーが相互作用を開始する初期段階で特に強い影響力を持つ。
Key Concept: 深層的ダイバーシティ(Deep-Level Diversity) 価値観、態度、信念、パーソナリティ、認知スタイル、職務経験など、外見からは直接観察できない心理的・経験的属性に基づく多様性。集団の相互作用が深まるにつれて、その影響力が増大する。
ハリソンらの重要な知見は、集団メンバーが共に働く時間が長くなるにつれ、表層的ダイバーシティの影響は弱まり、深層的ダイバーシティの影響が強まるという点にある。つまり、初対面の段階では性別や年齢といった可視的な属性がカテゴリー化の基盤となりやすいが、長期的な協働を通じて互いの価値観や態度を知るようになると、それらの深層的な差異がチームの凝集性やパフォーマンスにより大きな影響を及ぼすようになる。
理論的基盤: 二つの対立するパースペクティブ¶
ダイバーシティが集団パフォーマンスに与える影響については、二つの対立する理論的パースペクティブが存在する。
情報・意思決定理論(Information/Decision-Making Perspective) は、多様性のポジティブな側面を強調する。この立場によれば、多様な背景を持つメンバーは、異なる情報、知識、視点を集団にもたらす。これにより、課題に対する多角的な分析が可能となり、情報処理の質が向上し、結果として創造性やイノベーション、意思決定の質が高まるとされる。
社会的カテゴリー理論(Social Categorization Perspective) は、多様性のネガティブな側面を強調する。この理論によれば、人は自分と類似した他者を「内集団(in-group)」、異質な他者を「外集団(out-group)」に分類する傾向を持つ。多様性が高い集団では、こうしたカテゴリー化が生じやすく、内集団偏向(in-group favoritism)やステレオタイプに基づく偏見が、コミュニケーションの阻害、信頼の低下、対人葛藤の増大をもたらしうる。
カテゴリー化−精緻化モデル(CEM)¶
ダイク・ファン・クニッペンベルク、カルステン・デ・ドリュー、アネット・ホーマン(Daan van Knippenberg, Carsten K. W. De Dreu & Astrid C. Homan, 2004)は、上記二つのパースペクティブを統合する「カテゴリー化−精緻化モデル(Categorization-Elaboration Model: CEM)」を提唱した。
CEMの核心は、情報精緻化(elaboration)と社会的カテゴリー化が相互作用するという点にある。多様性は、タスク関連情報の深い処理(精緻化)を促進することで集団パフォーマンスを高めうるが、同時に「われわれ対かれら」という内集団・外集団の区別(社会的カテゴリー化)を喚起し、集団間バイアスを生じさせる。そしてこの集団間バイアスが情報精緻化プロセスを阻害するという経路が存在する。
CEMの重要な理論的貢献は、多様性の正の効果と負の効果を特定のダイバーシティ次元に固定的に帰属させる従来の立場を退け、すべてのダイバーシティ次元が正の効果も負の効果ももたらしうると主張した点にある。表層的ダイバーシティであっても情報精緻化の契機となりうるし、深層的ダイバーシティであっても社会的カテゴリー化を引き起こしうる。
graph TD
A["組織の多様性"] --> B["情報精緻化プロセス"]
A --> C["社会的カテゴリー化"]
B --> D["集団パフォーマンスの向上"]
C --> E["集団間バイアス"]
E -->|"阻害"| B
F["心理的安全性・<br>インクルーシブ風土"] -->|"抑制"| C
F -->|"促進"| B
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style D fill:#27ae60,color:#fff
style E fill:#e74c3c,color:#fff
style F fill:#f39c12,color:#fff
インクルージョンとD&I¶
インクルージョンの概念¶
Key Concept: インクルージョン(Inclusion) 従業員が所属する集団において、帰属感(belongingness)と独自性(uniqueness)の両方が充足されていると認知する程度。リン・ショア(Lynn M. Shore)らが2011年に体系化した定義に基づく。
ダイバーシティが組織構成員の「属性の多様性」を記述する概念であるのに対し、インクルージョンは多様な構成員が実際に「受容され、活かされている」かどうかを示す概念である。ショアら(Shore, Randel, Chung, Dean, Ehrhart & Singh, 2011)は、マリリン・ブリュワー(Marilynn Brewer)の最適弁別性理論(Optimal Distinctiveness Theory)に基づき、インクルージョンを「帰属感」と「独自性の尊重」の二軸で定義した。
この枠組みでは、以下の4象限が識別される。
| 帰属感: 高 | 帰属感: 低 | |
|---|---|---|
| 独自性の尊重: 高 | インクルージョン | 差別化 |
| 独自性の尊重: 低 | 同化 | 排除 |
- インクルージョン: 集団に受け入れられ、かつ自分の独自性が尊重されている状態
- 同化(Assimilation): 集団に受け入れられているが、多数派に合わせることを求められ、独自性が犠牲にされている状態
- 差別化(Differentiation): 独自性は認められているが、集団の一員として受容されていない状態
- 排除(Exclusion): 帰属感も独自性の尊重もない状態
この枠組みは、ダイバーシティの推進が必ずしもインクルージョンを意味しないことを理論的に明確にした。多様な人材を採用しても(ダイバーシティの確保)、それらの人材が同化を強いられたり、排除されたりしていれば、インクルージョンは達成されていない。
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)¶
現代のHRM実務では、ダイバーシティとインクルージョンを一体として推進する「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」の考え方が主流となっている。近年ではさらに「エクイティ(公正性: Equity)」を加えた「DEI(Diversity, Equity & Inclusion)」という概念も普及しつつある。エクイティは、形式的な機会の均等(equality)ではなく、個々人の異なる出発点や障壁を考慮した実質的な公正性の確保を意味する。
心理的安全性¶
Key Concept: 心理的安全性(Psychological Safety) チームのメンバーが対人リスクを取ること(質問、意見表明、間違いの報告など)に対して安全だと感じる共有された信念。エイミー・エドモンドソン(Amy C. Edmondson, 1999)が提唱。
心理的安全性は、D&Iを組織内で実質的に機能させるための基盤的条件として位置づけられる。エドモンドソンは1999年の研究「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」において、心理的安全性が高いチームでは、メンバーが失敗や異なる意見を率直に表明でき、結果としてチーム学習が促進されることを実証した。
この概念が広く知られるきっかけとなったのが、Google社が2012年に開始した「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)」である。180以上のチームを調査したこのプロジェクトは、チームの有効性を決定する最も重要な要因が心理的安全性であることを見出した。チームの成功を左右する5つの要因として、(1) 心理的安全性、(2) 相互信頼性、(3) 構造と明確さ、(4) 仕事の意味、(5) インパクトが特定されたが、心理的安全性が他の4要因の基盤として最も決定的であった。
多様性の高い環境では、異なる背景を持つメンバー間の率直なコミュニケーションが不可欠であり、心理的安全性の確保がなければ、前述のCEMが示すように、社会的カテゴリー化が情報精緻化プロセスを阻害する可能性が高まる。
ダイバーシティの学術的論争¶
ビジネスケース vs. モラルケース¶
ダイバーシティ推進の正当化根拠をめぐっては、「ビジネスケース(business case)」と「モラルケース(moral case)」という二つの対立する立場が存在する。
ビジネスケース は、ダイバーシティが創造性の向上、市場理解の深化、人材獲得力の強化などを通じて組織の経済的パフォーマンスを高めるという功利主義的(utilitarian)な論理に基づく。フォーチュン500企業の約80%がこの論理に基づいてダイバーシティへのコミットメントを説明しているとされる。
モラルケース は、多様性の尊重は経済的効果の有無にかかわらず、社会的正義・倫理的当為として追求されるべきだという義務論的(deontological)な論理に基づく。
この論争において、ビジネスケースに対しては以下の批判がある。第一に、ビジネスケースに依存すると、多様性が経済的パフォーマンスに負の影響を与えると判断された場合、推進の根拠が失われる。第二に、マイノリティを「利用価値」の観点から評価することになり、当事者にとって疎外的である。ハーバード・ビジネス・レビュー(2022年)の指摘によれば、ビジネスケースの提示は、かえってマイノリティの求職者の応募意欲を低下させることが実証されている。
一方、モラルケースのみに依拠する場合、経営層の意思決定における説得力が弱くなるという現実的課題がある。一部の研究者は、功利主義でも義務論でもない「徳倫理学(virtue ethics)」の枠組みからダイバーシティを正当化する第三の道を提案している。
実証研究の不一致¶
ダイバーシティと組織パフォーマンスの関係に関する実証研究は、一貫した結果を示していない。メタ分析の結果は、正の相関、負の相関、無相関のいずれも報告されており、この不一致自体が重要な学術的知見である。CEMが示すように、多様性の効果は文脈依存的であり、インクルーシブな組織風土、リーダーシップ、タスク特性といったモデレーター変数によって正にも負にも作用しうる。
ポジティブ・アクションの是非¶
ポジティブ・アクション(Positive Action、米国ではアファーマティブ・アクション)とは、過去の差別や構造的不平等を是正するために、不利な立場に置かれた集団に対して特別な機会を提供する施策の総称である。クオータ制(割当制)はその代表的手法であり、採用・昇進・議会議席などにおいて一定割合を特定の集団に確保する。
賛成論は、形式的な機会均等だけでは構造的不平等が再生産され続けるため、実質的平等の実現には積極的な是正措置が必要だと主張する。反対論は、属性に基づく優遇は能力主義(meritocracy)に反し、「逆差別」を構成するという立場をとる。日本では男女雇用機会均等法が「ポジティブ・アクション」を位置づけているが、クオータ制の法制化には至っておらず、企業の自主的取組みに依存する状況が続いている。
ワークライフバランスと働き方改革¶
ワークライフバランスの概念¶
Key Concept: ワークライフバランス(Work-Life Balance) 仕事と仕事以外の生活(育児、介護、学習、余暇、地域活動等)を調和させ、いずれも充実させることができる状態。「仕事か生活か」の二者択一ではなく、両者の相乗効果を志向する概念。
ワークライフバランスの概念的起源は19世紀の英国産業革命期にまで遡り、工場労働者(特に女性・児童)の保護を目的とした労働時間規制に端を発する。現代的な意味でのワークライフバランスは、1970年代以降の女性の労働参加率上昇、共働き世帯の増加、高齢化の進展を背景に、先進国共通の政策課題として浮上した。
日本においては、2007年12月に政府・地方公共団体・経済界・労働界の合意により「仕事と生活の調和(ワークライフバランス)憲章」が策定された。同憲章は、ワークライフバランスが実現した社会を「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」と定義している。
働き方改革関連法(2018年)¶
Key Concept: 働き方改革(Work Style Reform) 長時間労働の是正、非正規雇用の待遇改善、多様な働き方の実現を通じて、労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会の実現を目指す政策的枠組み。2018年に関連法が成立。
2018年6月29日に成立した「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(働き方改革関連法)は、日本の労働法制における歴史的転換点である。同法は、労働基準法、労働契約法、パートタイム労働法など8本の法律を一括改正する包括的な法改正であった。
主要な施策は以下の通りである。
1. 時間外労働の上限規制
従来、36協定による時間外労働に法的上限はなく、行政指導の限度基準(月45時間・年360時間)のみが存在していた。改正法では、以下の法的上限が罰則付きで導入された。
- 原則: 月45時間・年360時間
- 臨時的な特別の事情がある場合: 年720時間以内、複数月平均80時間以内(休日労働含む)、単月100時間未満(休日労働含む)
- 施行時期: 大企業は2019年4月、中小企業は2020年4月
2. 同一労働同一賃金
正規雇用労働者と非正規雇用労働者(パートタイム・有期雇用・派遣)の間の不合理な待遇差を禁止する原則。職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情を考慮し、基本給、賞与、手当、福利厚生などすべての待遇について、不合理な格差を設けることが禁じられた。大企業は2020年4月、中小企業は2021年4月から適用された。
3. 年次有給休暇の取得義務化
年10日以上の有給休暇が付与される労働者に対し、使用者は年5日の有給休暇を確実に取得させることが義務化された(2019年4月施行)。
4. 高度プロフェッショナル制度の創設
高度の専門的知識を有し、一定の年収要件(1,075万円以上)を満たす労働者について、労働時間規制の適用除外を認める制度が新設された。
graph TD
A["働き方改革関連法 2018年"] --> B["長時間労働の是正"]
A --> C["非正規雇用の待遇改善"]
A --> D["多様な働き方の実現"]
B --> B1["時間外労働の上限規制<br>月45h/年360h 原則"]
B --> B2["年次有給休暇<br>年5日取得義務化"]
B --> B3["勤務間インターバル<br>努力義務"]
C --> C1["同一労働同一賃金<br>不合理な待遇差禁止"]
C --> C2["労働者への<br>待遇差説明義務"]
D --> D1["高度プロフェッショナル<br>制度の創設"]
D --> D2["フレックスタイム制<br>清算期間の延長"]
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style C fill:#27ae60,color:#fff
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テレワークの進展と課題¶
COVID-19パンデミックとテレワークの急速な普及¶
テレワーク(リモートワーク)は、情報通信技術(ICT)を活用して時間・場所の制約から解放された柔軟な働き方である。日本におけるテレワーク導入率は、コロナ禍以前の2019年には約20%にとどまっていたが、2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大と緊急事態宣言の発出を契機に約47.5%へと急増した(総務省「通信利用動向調査」)。
テレワークの類型と課題¶
テレワークは、(1) 在宅勤務、(2) サテライトオフィス勤務、(3) モバイルワークの3形態に分類される。その導入は働き方改革の実現手段として期待される一方、以下のような課題が指摘されている。
| 課題領域 | 具体的課題 |
|---|---|
| 業務適合性 | テレワークに適さない業務の存在(製造、対面サービス等) |
| コミュニケーション | 非言語的情報の欠落、暗黙知の共有困難 |
| 労務管理 | 労働時間の把握・管理の困難、長時間労働リスク |
| 情報セキュリティ | 社外環境での情報漏洩リスク |
| 企業規模間格差 | 大企業と中小企業の導入格差(投資余力・IT基盤の差) |
| メンタルヘルス | 孤立感、仕事と私生活の境界の曖昧化 |
総務省の調査では、テレワークを導入していない企業の80%が「テレワークに適した仕事がない」ことを理由として挙げている。また、日本企業に根強い対面主義・大部屋主義の文化が、テレワーク定着の障壁として機能していることも指摘されている。
ハラスメント防止の法的枠組み¶
職場におけるハラスメントの防止は、D&Iを実現するための前提条件である。日本のハラスメント防止法制は、ハラスメントの類型ごとに異なる法律によって規律されている。
ハラスメントの類型と根拠法¶
| ハラスメント類型 | 根拠法 | 防止措置義務化時期 |
|---|---|---|
| セクシュアルハラスメント | 男女雇用機会均等法 | 2007年(措置義務化) |
| マタニティハラスメント | 男女雇用機会均等法・育児介護休業法 | 2017年 |
| パワーハラスメント | 労働施策総合推進法 | 2020年(大企業)、2022年(中小企業) |
| カスタマーハラスメント | 労働施策総合推進法(改正) | 2025年改正法公布(施行日未定) |
事業主に課される防止措置¶
各法律が事業主に義務づける防止措置は、共通して以下の「3点セット」で構成される。
- 方針の明確化と周知・啓発: ハラスメントの内容と方針の明確化、管理監督者を含む労働者への周知・啓発
- 相談体制の整備: 相談窓口の設置、相談に対する適切な対応の確保
- 事後の迅速かつ適切な対応: 事実関係の調査、被害者への配慮措置、行為者への措置、再発防止策
パワーハラスメントについては、2020年の労働施策総合推進法改正(いわゆる「パワハラ防止法」)により、パワハラの法的定義が初めて明文化された。同法は、(1) 優越的な関係を背景とした言動、(2) 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、(3) 労働者の就業環境が害されるもの、の3要件をすべて満たすものをパワーハラスメントと定義している。
女性活躍推進とジェンダー平等¶
日本における女性管理職比率の現状¶
日本の管理職に占める女性の割合は、国際的に見て著しく低い水準にある。独立行政法人労働政策研究・研修機構のデータ(2024年)によれば、日本の女性管理職比率は約14.6%であり、スウェーデン(43.7%)、アメリカ(42.6%)、オーストラリア(41.1%)、さらにはフィリピン(48.6%)やシンガポール(39.6%)と比較しても大幅に低い。帝国データバンクの2025年調査では、女性管理職の平均割合は11.1%であり、過去最高を更新したものの、依然として低水準である。
女性活躍推進法¶
2015年に制定された「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」(女性活躍推進法)は、企業に対して女性活躍に関する状況把握・課題分析、数値目標を含む一般事業主行動計画の策定・公表を義務づけた。2019年の改正では、行動計画策定義務の対象が常用労働者301人以上の企業から101人以上の企業に拡大された。
同法に基づく認定制度として「えるぼし認定」がある。「採用」「継続就業」「労働時間等の働き方」「管理職比率」「多様なキャリアコース」の5項目の取組状況に応じて3段階の認定がなされ、2019年改正でさらに上位の「プラチナえるぼし認定」が創設された。
構造的課題¶
日本における女性管理職比率の低さの背景には、複合的な構造的要因が存在する。
- 長時間労働慣行: 管理職に求められる長時間労働が、育児・介護の主たる担い手である女性のキャリア継続を困難にしている
- 性別役割分業意識: 家事・育児は女性の役割であるという社会規範が根強く残存している
- 統計的差別: 女性の平均的な離職率の高さを理由に、個々の女性の能力・意欲と無関係に昇進機会を制限する慣行
- パイプラインの問題: 管理職候補となる中堅層での女性の離職(いわゆる「M字カーブ」の谷)により、管理職候補の母集団自体が小さい
- 無意識バイアス(unconscious bias): 採用・評価・昇進の意思決定における無意識の偏見
これらの課題は、単一の施策では解決できず、HRM施策全体(採用、育成、評価、報酬、労働時間管理)を包括的に見直す必要がある。ダイバーシティ・マネジメントは、まさにこうした包括的アプローチの理論的基盤を提供するものであり、本モジュール全体を通じて検討してきたHRMの諸機能が統合的に機能することの重要性を再確認させる。
まとめ¶
- ダイバーシティ・マネジメントは、法的義務への対応から経営戦略上の課題へと発展してきた。コックスとブレイク(1991)は、多様性が組織に6つの競争優位をもたらしうることを体系化した。
- ダイバーシティは表層的ダイバーシティと深層的ダイバーシティに分類され、集団の相互作用の深まりとともに深層的ダイバーシティの影響が増大する(Harrison et al., 1998)。
- 情報・意思決定理論と社会的カテゴリー理論は多様性の効果をそれぞれ正と負の方向から説明し、ファン・クニッペンベルクらのCEM(2004)はこれらを統合した。
- インクルージョンは帰属感と独自性の尊重の両立として定義され(Shore et al., 2011)、ダイバーシティの確保だけではインクルージョンは達成されない。
- 心理的安全性(Edmondson, 1999)は、D&Iを組織内で実質的に機能させる基盤的条件であり、Google Project Aristotleにおいてもチーム有効性の最重要因子として確認された。
- 日本の働き方改革関連法(2018年)は、時間外労働の上限規制、同一労働同一賃金、有給休暇取得義務化を柱とする包括的改革である。
- テレワークはCOVID-19を契機に急速に普及したが、業務適合性、労務管理、企業規模間格差などの課題が残存する。
- ハラスメント防止は類型ごとに法整備が進み、事業主の措置義務として体系化されている。
- 日本の女性管理職比率は国際的に低水準であり、長時間労働慣行、性別役割分業意識、統計的差別などの構造的要因が複合的に作用している。
本セクションの内容は、Module 2-6全体のまとめとして、HRMの諸機能(採用・育成・評価・報酬・労使関係)が多様な人材の活躍を支えるために統合的に機能すべきであることを示している。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| ダイバーシティ・マネジメント | Diversity Management | 組織構成員の多様な属性を戦略的に活用し、組織の競争優位と持続的成長に結びつける包括的マネジメント・アプローチ |
| インクルージョン | Inclusion | 従業員が帰属感と独自性の尊重の両方を充足されていると認知する程度 |
| 表層的ダイバーシティ | Surface-Level Diversity | 年齢、性別、人種など外見上容易に識別可能な属性に基づく多様性 |
| 深層的ダイバーシティ | Deep-Level Diversity | 価値観、態度、信念、パーソナリティなど外見から直接観察できない心理的属性に基づく多様性 |
| ワークライフバランス | Work-Life Balance | 仕事と仕事以外の生活を調和させ、いずれも充実させることができる状態 |
| 働き方改革 | Work Style Reform | 長時間労働の是正、非正規雇用の待遇改善、多様な働き方の実現を通じて、労働者の多様な働き方の選択を可能にする政策的枠組み |
| 心理的安全性 | Psychological Safety | チームメンバーが対人リスクを取ることに対して安全だと感じる共有された信念 |
確認問題¶
Q1: 表層的ダイバーシティと深層的ダイバーシティの定義をそれぞれ説明し、ハリソンらの研究が示した両者の影響の時間的変化について述べよ。
A1: 表層的ダイバーシティとは、年齢、性別、人種・民族など外見上容易に識別可能な属性に基づく多様性であり、深層的ダイバーシティとは、価値観、態度、信念、パーソナリティなど外見から直接観察できない心理的属性に基づく多様性である。ハリソンら(1998)の研究は、集団メンバーが共に働く時間が長くなるにつれ、表層的ダイバーシティの影響は弱まり、深層的ダイバーシティの影響が強まることを実証した。初期段階では可視的属性がカテゴリー化の基盤となりやすいが、協働を通じて相互理解が深まると、価値観や態度の差異がチームの凝集性やパフォーマンスにより大きな影響を及ぼす。
Q2: ダイバーシティが組織パフォーマンスに与える正と負の影響メカニズムを、情報・意思決定理論、社会的カテゴリー理論、およびCEMの観点から説明せよ。
A2: 情報・意思決定理論によれば、多様な背景を持つメンバーは異なる情報・知識・視点を集団にもたらし、多角的な分析を可能にすることで創造性や意思決定の質を高める(正の効果)。社会的カテゴリー理論によれば、人は類似した他者を内集団、異質な他者を外集団に分類する傾向を持ち、多様性が高い集団では内集団偏向やステレオタイプに基づく偏見がコミュニケーションの阻害や葛藤の増大をもたらす(負の効果)。ファン・クニッペンベルクらのCEM(2004)は両理論を統合し、多様性は情報精緻化を促進する正の経路と、社会的カテゴリー化を喚起して集団間バイアスが情報精緻化を阻害する負の経路の両方を持つとした。すべてのダイバーシティ次元が正負両方の効果を持ちうるとする点が、CEMの重要な理論的貢献である。
Q3: ショアらのインクルージョンの枠組みにおける「インクルージョン」「同化」「差別化」「排除」の4象限を説明し、ダイバーシティの確保とインクルージョンの違いを論じよ。
A3: ショアら(2011)は、帰属感と独自性の尊重の二軸でインクルージョンを定義した。インクルージョンは帰属感・独自性の尊重がともに高い状態、同化は帰属感は高いが独自性の尊重が低い(多数派への適合を求められる)状態、差別化は独自性は認められるが帰属感が低い状態、排除は両方が低い状態である。ダイバーシティの確保とは、組織に多様な属性の人材を集めることであるが、それだけではインクルージョンは達成されない。多様な人材が採用されても、同化を強いられたり排除されたりしていれば、真のインクルージョンとはいえない。D&Iは、多様性の確保と受容・活用を一体として推進する必要がある。
Q4: 2018年の働き方改革関連法における時間外労働の上限規制と同一労働同一賃金の概要を説明し、それぞれの制度がHRMに与える影響を論じよ。
A4: 時間外労働の上限規制は、従来法的上限がなかった36協定に基づく時間外労働に、月45時間・年360時間の原則上限と、臨時的特別の事情がある場合でも年720時間・複数月平均80時間・単月100時間未満という絶対的上限を罰則付きで設定した。同一労働同一賃金は、正規・非正規雇用間の不合理な待遇差を禁止する原則であり、職務内容等を考慮してすべての待遇について合理的な差異のみを認める。HRMへの影響として、上限規制は労働時間管理の厳格化と業務効率化・生産性向上の必要性を高め、人員配置や業務プロセスの見直しを促す。同一労働同一賃金は、報酬制度の再設計、職務分析・職務記述の整備、非正規雇用の戦力化を促し、HRM施策全体の体系的見直しを要求する。
Q5: 日本の女性管理職比率が国際的に低い水準にある構造的要因を複数挙げ、それらがどのように相互に関連しているかを説明せよ。
A5: 主な構造的要因として、(1) 管理職に求められる長時間労働慣行、(2) 家事・育児は女性の役割とする性別役割分業意識、(3) 女性の平均的離職率を根拠に個人の能力と無関係に昇進機会を制限する統計的差別、(4) 中堅層での女性の離職によるパイプラインの問題(M字カーブ)、(5) 無意識バイアスがある。これらは相互に強化し合う。性別役割分業意識が家事・育児負担の女性への偏りをもたらし、長時間労働慣行と相まって女性の中堅層での離職を促す。離職率の統計が統計的差別を正当化し、昇進機会の制限がさらなる意欲低下と離職を招く悪循環が生じる。加えて、無意識バイアスが採用・評価・昇進の各段階で女性に不利に作用する。これらの複合的要因に対処するためには、労働時間管理、評価制度、育成・キャリア支援、組織文化の変革を包括的に進める必要がある。