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Module 3-1 - Section 4: 在庫管理とサプライチェーン・マネジメント

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-1: オペレーションズ・マネジメント
前提セクション Section 1, Section 2, Section 3
想定学習時間 3時間

導入

Section 1で扱ったオペレーション戦略とプロセス設計は、個々の企業内部における生産システムの最適化に焦点を当てていた。しかし、現実の製品・サービス提供は、原材料の調達から最終消費者への納品に至るまで、複数の組織が連鎖的に関与するプロセスである。本セクションでは、まず個別企業内の在庫管理手法(在庫の機能と種類、経済的発注量モデル、ABC分析、発注方式)を整理し、続いて企業間の連携を扱うサプライチェーン・マネジメント(SCM)の概念と設計原理を取り上げる。在庫管理は、Section 1で述べたコスト・スピード・信頼性といったオペレーション目標を在庫という資源の側面から追求するものであり、SCMはそれを企業の枠を超えて拡張する考え方である。


在庫の機能と種類

在庫の機能

在庫(Inventory)は、しばしば「悪」として扱われるが、生産システムにおいて以下のような機能を果たす。

  1. 需要と供給の緩衝(Buffer): 需要の変動や供給の不確実性を吸収し、欠品を防止する
  2. 規模の経済の実現: まとめ買いにより単価低減や発注コストの削減を可能にする
  3. 工程間の独立性確保: 前後の工程を切り離し、各工程が独立して稼働できるようにする(デカップリング機能)
  4. 季節変動への対応: 需要の季節的ピークに対して、閑散期に事前に生産した在庫で対応する

一方、在庫の保有には保管コスト、陳腐化リスク、資金拘束といった費用が伴う。在庫管理の本質は、在庫の便益とコストの均衡点を見出すことにある。

在庫の種類

在庫は、生産プロセスにおける位置と目的に応じて以下のように分類される。

種類 英語表記 説明
原材料在庫 Raw Material Inventory 生産に投入される前の原材料・部品。調達リードタイムの不確実性への対応
仕掛品在庫 Work-in-Process (WIP) Inventory 生産工程途中にある半製品。工程間のバッファとして機能
完成品在庫 Finished Goods Inventory 生産完了後、顧客への出荷を待つ製品。需要変動への対応
安全在庫 Safety Stock 需要やリードタイムの不確実性に備えて保有する追加在庫。欠品防止が主目的

Key Concept: 安全在庫(Safety Stock) 需要の変動やリードタイムのばらつきに起因する欠品リスクを許容水準以下に抑えるために保有する追加在庫のこと。安全在庫の水準は、需要やリードタイムのばらつき(標準偏差)と目標サービス水準(欠品許容確率)に基づいて決定される。

安全在庫の計算式は以下の通りである。

$$SS = z \times \sigma_d \times \sqrt{L}$$

ここで、$z$ は目標サービス水準に対応する安全係数(標準正規分布の逆関数値。例: サービス水準95%ならば $z \approx 1.65$)、$\sigma_d$ は1期間あたりの需要の標準偏差、$L$ はリードタイム(期間数)である。サービス水準が高いほど、また需要の変動やリードタイムが大きいほど、必要な安全在庫量は増大する。


経済的発注量モデル(EOQ)

Key Concept: 経済的発注量(EOQ: Economic Order Quantity) 年間の発注コストと保管コストの合計を最小化する1回あたりの最適発注量のこと。フォード・W・ハリス(Ford W. Harris)が1913年に導出し、R・H・ウィルソン(R. H. Wilson)が1934年に普及させたことから、ハリス=ウィルソンモデルとも呼ばれる。

EOQの前提条件

EOQモデルは、以下の前提条件のもとで成立する。

  1. 需要量が既知かつ一定である(確定的需要)
  2. リードタイムが既知かつ一定である
  3. 発注ごとに一定の発注コストが発生する
  4. 単価は発注量に依存しない(数量割引なし)
  5. 在庫の補充は一度に全量が到着する(瞬時補充)
  6. 品切れは許容しない

コスト構造と導出

EOQモデルでは、以下の2つのコストのトレードオフを考える。

発注コスト(Ordering Cost): 1回の発注に伴う固定費用(注文処理、配送手配、検収等)。年間の発注回数に比例し、発注量を増やすほど発注回数が減少するため総額は低下する。

保管コスト(Holding Cost / Carrying Cost): 在庫を保有することに伴う費用(倉庫賃料、保険料、資金の機会費用、陳腐化コスト等)。平均在庫量に比例し、発注量を増やすほど平均在庫が増大するため総額は上昇する。

以下の変数を定義する。

  • $D$: 年間需要量
  • $S$: 1回あたりの発注コスト
  • $H$: 1単位あたりの年間保管コスト
  • $Q$: 1回あたりの発注量

年間総コスト $TC$ は次式で表される。

$$TC = \frac{D}{Q} \times S + \frac{Q}{2} \times H$$

第1項は年間発注コスト(年間発注回数 $D/Q$ に1回あたりの発注コスト $S$ を乗じたもの)、第2項は年間保管コスト(平均在庫量 $Q/2$ に1単位あたりの年間保管コスト $H$ を乗じたもの)である。

$TC$ を $Q$ で微分し、ゼロとおいて最適発注量を求める。

$$\frac{dTC}{dQ} = -\frac{DS}{Q^2} + \frac{H}{2} = 0$$

$$Q^* = \sqrt{\frac{2DS}{H}}$$

この $Q^*$ が経済的発注量(EOQ)である。EOQにおいては、年間発注コストと年間保管コストが等しくなるという性質がある。

数値計算例

ある部品の年間需要量 $D = 10{,}000$ 個、1回あたりの発注コスト $S = 5{,}000$ 円、1個あたりの年間保管コスト $H = 200$ 円の場合を考える。

$$Q^* = \sqrt{\frac{2 \times 10{,}000 \times 5{,}000}{200}} = \sqrt{500{,}000} \approx 707 \text{ 個}$$

年間発注回数は $10{,}000 / 707 \approx 14.1$ 回、年間総コストは $\frac{10{,}000}{707} \times 5{,}000 + \frac{707}{2} \times 200 \approx 70{,}711 + 70{,}700 \approx 141{,}411$ 円となる。発注コストと保管コストがほぼ等しくなっていることが確認できる。

EOQモデルの限界と拡張

EOQモデルの前提条件は現実には満たされないことが多い。実務的に重要な拡張として以下がある。

  • 数量割引モデル(Quantity Discount Model): 発注量に応じて単価が変動する場合の最適発注量を求める
  • 生産量モデル(Production Order Quantity Model): 補充が瞬時ではなく、生産速度に応じて漸次的に行われる場合の拡張
  • 計画的品切れモデル(Planned Shortage Model): 品切れを一定程度許容し、品切れコストを含めて最適化する

ただし、EOQモデルは発注量が最適値から多少ずれても総コストの増加は比較的小さいという頑健性(Robustness)を持つ。これは総コスト関数が最小値近傍で平坦な形状をとることによる。


ABC分析

Key Concept: ABC分析(ABC Analysis) パレートの法則(全体の結果の大部分は少数の要因によって生み出されるという経験則)を在庫管理に応用した手法。在庫品目を金額的重要度に応じてA・B・Cの3群に分類し、管理の重点と方法を差別化する。

ABC分析は、イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレート(Vilfredo Pareto)が発見した富の偏在の法則(80-20の法則)を在庫管理に応用したものである。典型的には、品目数の上位約20%が在庫金額の約80%を占めるという偏りが観察される。

分類基準と管理方針

クラス 品目数比率(目安) 金額比率(目安) 管理方針
A 約10〜20% 約70〜80% 厳格な管理。需要予測の精緻化、頻繁な在庫確認、安全在庫の最適化
B 約20〜30% 約15〜20% 中程度の管理。定期的な在庫確認、標準的な発注方式
C 約50〜70% 約5〜10% 簡易な管理。大ロット発注、簡便な発注ルール

分析手順

  1. 全品目について年間使用金額(= 単価 $\times$ 年間使用量)を算出する
  2. 年間使用金額の降順に品目を並べ替える
  3. 累積構成比を計算する
  4. 累積構成比に基づいてA・B・Cに分類する(通常、累積70〜80%まででA、次の15〜20%でB、残りをCとする)
  5. パレート図(棒グラフと累積曲線の組み合わせ)を作成して可視化する

ABC分析は在庫管理だけでなく、顧客管理(売上貢献度による顧客分類)や品質管理(不良原因の優先順位付け)にも応用される汎用的な手法である。


発注方式

在庫補充の意思決定方式は、「いつ発注するか」と「いくつ発注するか」の組み合わせによって分類される。代表的な2つの方式を以下に示す。

発注点方式(定量発注方式)

Key Concept: 発注点方式(Reorder Point System) 在庫量があらかじめ設定した発注点(Reorder Point: ROP)を下回った時点で、一定量(通常はEOQに基づく量)を発注する方式。不定期定量発注方式とも呼ばれる。

発注点は以下の式で算出される。

$$ROP = d \times L + SS$$

ここで $d$ は1日あたりの平均需要量、$L$ はリードタイム(日数)、$SS$ は安全在庫量である。

特徴: - 発注量が一定(EOQ等)であるため管理が簡便 - 在庫量の継続的な監視(永続棚卸制度)が必要 - 需要が比較的安定しており、ABC分析でB・Cクラスに分類される品目に適する

定期発注方式

定期発注方式(Periodic Review System)は、一定の間隔(レビュー期間)ごとに在庫量を確認し、目標在庫水準に達するまでの量を発注する方式である。

発注量は以下の式で算出される。

$$Q = (d \times (T + L) + SS) - I$$

ここで $T$ はレビュー間隔(日数)、$L$ はリードタイム(日数)、$d$ は1日あたりの平均需要量、$SS$ は安全在庫量、$I$ は現在の手持ち在庫量である。

特徴: - 発注時期が一定であるため、複数品目の発注をまとめやすい - 在庫量の常時監視は不要(レビュー時点での確認で足りる) - レビュー間隔分だけ在庫変動への対応が遅れるため、安全在庫を多めに設定する必要がある - ABC分析でAクラスの重要品目や、需要変動が大きい品目に適する

両方式の比較

観点 発注点方式 定期発注方式
発注時期 不定期(発注点到達時) 定期(レビュー間隔ごと)
発注量 一定(EOQ等) 変動(目標水準までの不足分)
在庫監視 常時必要 レビュー時のみ
安全在庫 リードタイム中の変動に対応 レビュー間隔+リードタイム中の変動に対応
適用品目 B・Cクラス品目 Aクラス品目、需要変動大の品目
管理負荷 低い(発注量固定) 高い(毎回発注量を計算)

サプライチェーン・マネジメント(SCM)の概念と進展

Key Concept: サプライチェーン・マネジメント(Supply Chain Management: SCM) 原材料の調達から最終消費者への製品・サービスの提供に至る一連の活動とその担い手(サプライヤー、メーカー、卸売業者、小売業者等)を、単一の統合的システムとして管理する経営手法。個別企業の部分最適ではなく、チェーン全体の最適化を追求する。

SCMの進展

サプライチェーン・マネジメントの概念は、1980年代にコンサルティング会社ブーズ・アレン・ハミルトン(Booz Allen Hamilton)のキース・オリバー(Keith Oliver)によって提唱されたとされる。SCMの発展は以下の段階を経ている。

時期 段階 特徴
1960〜70年代 物的流通管理 個別企業内の物流(輸送・保管)の効率化
1980年代 ロジスティクス 調達・生産・販売の物流を統合的に管理
1990年代 SCM 企業間連携を含む調達から販売までの全体最適化
2000年代以降 デジタルSCM IT・IoT・AI等を活用したリアルタイム最適化、レジリエンスの重視

SCMが注目された背景には、(1) グローバル化に伴うサプライチェーンの複雑化、(2) 製品ライフサイクルの短縮、(3) 情報技術の発展による企業間連携の可能性拡大、(4) ウォルマートやデル等のSCM先進企業の成功がある。


ブルウィップ効果

Key Concept: ブルウィップ効果(Bullwhip Effect) サプライチェーンにおいて、最終消費者の需要の小さな変動が、サプライチェーンの上流(小売→卸売→メーカー→サプライヤー)に遡るにつれて増幅される現象。鞭(Bullwhip)を振ったときに先端ほど振幅が大きくなる様子に喩えてこの名称がある。

ビールゲームによる発見

ブルウィップ効果は、MIT(マサチューセッツ工科大学)スローン経営大学院でジェイ・W・フォレスター(Jay W. Forrester)のシステム・ダイナミクス研究から派生した教育シミュレーション「ビールゲーム(Beer Distribution Game)」によって広く知られるようになった。このゲームでは、小売店・卸売業者・流通業者・工場の4つの役割をプレイヤーが担い、ビールの発注と在庫管理を行う。最終消費者の需要はわずかな変動しか示さないにもかかわらず、工場に到達する発注量は極めて大きく振動するという結果が繰り返し観察される。

ブルウィップ効果の原因

ヘイウ・リー(Hau L. Lee)、パドマナバン・パディラ(V. Padmanabhan)、ソンジン・ウォン(Seungjin Whang)は、1997年のManagement Science誌掲載論文 "Information Distortion in a Supply Chain: The Bullwhip Effect" において、ブルウィップ効果の4つの主要原因を体系的に分析した。

原因 英語 メカニズム
需要予測の更新 Demand Forecast Updating 各段階が局所的な需要データに基づいて予測を更新し、安全在庫を上乗せする。予測誤差が累積的に増幅される
バッチ発注 Order Batching 発注コスト削減のためにまとめ発注を行うことで、実際の需要パターンと乖離した不連続な発注が生じる
価格変動 Price Fluctuation 特売・値引き時に先行買い(Forward Buying)が発生し、実需を反映しない注文量の変動が生じる
配給ゲーム Rationing and Shortage Gaming 供給不足時に各段階が実需以上の注文を出し(過大発注)、供給回復後に大量のキャンセルが発生する
graph LR
    Consumer["最終消費者"] --> Retailer["小売業者"]
    Retailer --> Wholesaler["卸売業者"]
    Wholesaler --> Manufacturer["メーカー"]
    Manufacturer --> Supplier["サプライヤー"]

    subgraph 需要変動の増幅
        D1["需要変動: 小"] -.-> D2["発注変動: 中"]
        D2 -.-> D3["発注変動: 大"]
        D3 -.-> D4["発注変動: 極大"]
    end

ブルウィップ効果の対策

リーらの分析に基づく対策を以下に整理する。

原因 対策
需要予測の更新 POS(Point of Sale)データ等の最終需要情報を上流と共有する。VMI(後述)の導入
バッチ発注 発注コストの削減(EDIによる発注業務の効率化)、混載輸送の活用
価格変動 EDLP(Everyday Low Price: 毎日低価格)戦略の採用。特売の抑制
配給ゲーム 過去の販売実績に基づく配分ルールの設定、キャンセルペナルティの導入

ブルウィップ効果の抑制において最も本質的な施策は、サプライチェーン全体での情報共有である。各段階が最終消費者の実需データにアクセスできれば、局所的な需要予測の歪みを大幅に低減できる。


サプライチェーンの設計:フィッシャーのフレームワーク

マーシャル・L・フィッシャー(Marshall L. Fisher)は、1997年のHarvard Business Review論文 "What Is the Right Supply Chain for Your Product?" において、製品特性とサプライチェーン設計の適合を論じた影響力の大きい枠組みを提示した。

製品の2類型

フィッシャーは、製品を需要の予測可能性に基づいて2つの類型に分類した。

特性 機能的製品 革新的製品
英語 Functional Products Innovative Products
需要の予測可能性 高い 低い
製品ライフサイクル 長い(2年以上) 短い(3ヶ月〜1年)
利益率 低い(5〜20%) 高い(20〜60%)
製品多様性 低い 高い
予測誤差 小さい(10%程度) 大きい(40〜100%)
欠品率 低い(1〜2%) 高い(10〜40%)
強制値引き率 ほぼゼロ 10〜25%
代表例 日用品、食料品、基本衣料 ファッション衣料、電子機器、新型車

サプライチェーンの2類型

フィッシャーは、サプライチェーンの設計を以下の2つの方向性で対比した。

特性 効率型サプライチェーン 反応型サプライチェーン
英語 Efficient Supply Chain Responsive Supply Chain
主目的 物理的コストの最小化 市場変動への迅速な対応
在庫戦略 高い回転率、在庫最小化 戦略的バッファ在庫の保有
リードタイム コスト増にならない範囲で短縮 積極的な短縮投資
サプライヤー選定基準 コストと品質 スピードと柔軟性
製品設計の方向性 性能最大化・コスト最小化 モジュール化・延期戦略

適合と不適合

フィッシャーの枠組みの核心は、機能的製品には効率型サプライチェーンを、革新的製品には反応型サプライチェーンを対応させるべきだという主張にある。

効率型SC 反応型SC
機能的製品 適合 不適合(過剰投資)
革新的製品 不適合(機会損失) 適合

最も重大なミスマッチは、革新的製品に対して効率型サプライチェーンを適用するケースである。需要の不確実性が高い革新的製品を、在庫最小化・コスト重視のサプライチェーンで管理すると、頻繁な欠品や過剰在庫による値引きが発生し、利益を大幅に損なう。フィッシャーの調査によれば、多くの企業がこのミスマッチに陥っている。


SCMにおける情報技術の役割

サプライチェーンの効率化と統合において、情報技術(IT)は不可欠な役割を果たす。主要な技術・仕組みを以下に整理する。

EDI(Electronic Data Interchange)

EDI(電子データ交換)は、企業間で取引データ(発注書、納品書、請求書等)を標準化されたフォーマットで電子的に交換する仕組みである。EDIの導入により、紙媒体の書類処理に伴う時間・コスト・エラーが削減され、発注サイクルの短縮が実現する。バッチ発注の頻度を高めることでブルウィップ効果の緩和にも寄与する。

VMI(Vendor Managed Inventory)

Key Concept: VMI(Vendor Managed Inventory) サプライヤーが小売業者や顧客の在庫データを把握し、サプライヤー側の判断で在庫補充を行う仕組み。従来は買い手が発注していた在庫補充の意思決定権を、売り手であるサプライヤーに移管する点が特徴的である。

VMIにおいては、小売業者がPOSデータや在庫水準をサプライヤーとリアルタイムで共有し、サプライヤーが最適な補充タイミングと数量を決定する。小売業者は発注業務から解放され、サプライヤーは実需に基づいた生産・配送計画を立てられるため、ブルウィップ効果の主因である情報の歪みが大幅に低減される。

P&G(Procter & Gamble)とウォルマートの提携は、VMIの最も著名な成功事例である。1980年代後半、P&Gはウォルマートの紙おむつ(パンパース)の在庫管理をP&G側で行う仕組みを構築した。ウォルマートのPOSデータと在庫データにP&Gがアクセスし、補充の判断をP&G側が行うことで、欠品率の低減と在庫回転率の向上を同時に達成した。

CPFR(Collaborative Planning, Forecasting, and Replenishment)

CPFR(協働的計画・予測・補充)は、取引先企業間で需要予測と補充計画を共同で策定する枠組みである。1995年にウォルマートとワーナー・ランバート(Warner-Lambert)が開始したパイロットプロジェクトが起源とされる。VMIがサプライヤー主導であるのに対し、CPFRは買い手と売り手が対等な立場で予測を擦り合わせる点で、より高度な協働モデルである。

事例:ウォルマートのSCM戦略

ウォルマート(Walmart)は、SCMの革新によって世界最大の小売業者に成長した企業として知られる。同社のSCM戦略の主要要素は以下の通りである。

  • クロスドッキング(Cross-Docking): 配送センターに入荷した商品を保管せず、直接各店舗向けのトラックに積み替えて出荷する手法。保管コストと在庫日数を大幅に削減
  • EDLP(Everyday Low Price): 特売を廃止し毎日低価格で販売する戦略。先行買いを排除しブルウィップ効果を抑制
  • VMI・CPFR: 上述の通り、サプライヤーとの情報共有と協働
  • 自社物流網: 自社配送センターと車両によるロジスティクスの内製化。サプライチェーン全体の統制力を確保
  • 衛星通信システム: 1980年代に全店舗と本部を衛星通信で接続し、POSデータのリアルタイム共有を実現

事例:デルのBTOモデル

デル(Dell)は、BTO(Build to Order: 受注生産)と直販モデルを組み合わせたSCMにより、PC業界に革命をもたらした。

デルモデルの特徴は以下の通りである。

  • 完成品在庫ゼロ: 顧客の注文を受けてから組み立てを開始するため、完成品在庫を保有しない
  • 部品在庫の極小化: 部品在庫は約4日分に抑制。サプライヤーとの緊密な情報共有により実現
  • サプライヤーの絞り込み: 当初約300社から最終的に約25社に集約し、各社との協力関係を深化
  • 直販による中間流通の排除: 卸売・小売を経由せず、最終消費者の注文情報を直接取得

デルモデルは、フィッシャーの枠組みにおける反応型サプライチェーンの特性(スピード、柔軟性の重視)を体現しつつ、在庫削減によるコスト効率も実現した点で注目される。ただし、2000年代以降のPC市場の成熟化に伴い、デルは小売チャネルへの展開も行うようになり、純粋なBTOモデルからは一定の修正を加えている。

graph TD
    subgraph "従来の流通モデル"
        S1["サプライヤー"] --> M1["メーカー"]
        M1 --> W1["卸売業者"]
        W1 --> R1["小売業者"]
        R1 --> C1["消費者"]
    end

    subgraph "デルのBTOモデル"
        S2["サプライヤー"] --> M2["デル 受注組立"]
        M2 --> C2["消費者 直販"]
        C2 -->|"注文情報"| M2
        M2 -->|"需要情報共有"| S2
    end

まとめ

  • 在庫は需要と供給の緩衝、規模の経済の実現、工程間の独立性確保等の機能を果たすが、保管コストや陳腐化リスクを伴うため、便益とコストの均衡を追求する必要がある
  • EOQモデルは発注コストと保管コストのトレードオフから最適発注量 $Q^* = \sqrt{2DS/H}$ を導出する。前提条件が現実には完全に成立しないものの、その頑健性から実務的な指針として有用である
  • ABC分析はパレートの法則に基づき在庫品目をA・B・Cに分類し、管理の重点を差別化する手法である
  • 発注点方式(定量発注方式)は在庫水準の到達をトリガーに一定量を発注し、定期発注方式は一定間隔で目標水準までの不足分を発注する。品目の重要度や需要特性に応じた使い分けが重要である
  • SCMは原材料の調達から最終消費者への提供までを統合的に管理する概念であり、ブルウィップ効果への対処が主要課題の一つである
  • フィッシャーのフレームワークは、機能的製品に効率型SCを、革新的製品に反応型SCを対応させるべきことを示す
  • VMI、CPFR等の情報技術に基づく仕組みは、情報共有を通じてブルウィップ効果を緩和しSCM全体の最適化に寄与する
  • 次のSection 5では、サービス・オペレーションの特性と意思決定モデリングを取り上げ、製造業とサービス業の違いを踏まえたオペレーション管理手法を検討する

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
安全在庫 Safety Stock 需要変動やリードタイムのばらつきに起因する欠品リスクを許容水準以下に抑えるために保有する追加在庫
経済的発注量 Economic Order Quantity (EOQ) 年間の発注コストと保管コストの合計を最小化する1回あたりの最適発注量
ABC分析 ABC Analysis パレートの法則を応用し、在庫品目を金額的重要度に応じてA・B・Cに分類する管理手法
発注点方式 Reorder Point System 在庫量が発注点を下回った時点で一定量を発注する方式
サプライチェーン・マネジメント Supply Chain Management (SCM) 原材料調達から最終消費者への提供までを統合的に管理する経営手法
ブルウィップ効果 Bullwhip Effect 最終消費者の需要変動がサプライチェーン上流に遡るにつれて増幅される現象
VMI Vendor Managed Inventory サプライヤーが小売業者の在庫データに基づき補充判断を行う仕組み
CPFR Collaborative Planning, Forecasting, and Replenishment 取引先企業間で需要予測と補充計画を共同で策定する枠組み
EDI Electronic Data Interchange 企業間で取引データを標準フォーマットで電子的に交換する仕組み
BTO Build to Order 顧客の注文を受けてから製品を組み立てる受注生産方式

確認問題

Q1: EOQモデルの前提条件を4つ以上挙げ、それぞれについて現実のビジネス環境ではなぜ成立しにくいかを説明せよ。

A1: EOQの主な前提条件と現実との乖離は以下の通りである。(1) 需要量が既知かつ一定:現実には需要は季節変動、トレンド変化、プロモーション効果等により変動する。(2) リードタイムが既知かつ一定:輸送の遅延、サプライヤーの生産トラブル、通関手続き等によりリードタイムは変動する。(3) 数量割引がない:多くのサプライヤーは大量発注に対する数量割引を提供するため、単価は発注量に依存する。(4) 補充が瞬時に行われる:現実には配送時間がかかり、また生産量モデルのように漸次的に在庫が補充される場合もある。(5) 品切れを許容しない:実務ではバックオーダーや機会損失コストを考慮した計画的品切れが合理的な場合がある。

Q2: ブルウィップ効果の4つの原因を挙げ、それぞれに対する具体的な対策を1つずつ述べよ。

A2: (1) 需要予測の更新:各段階が局所的な需要データで予測を更新し安全在庫を上乗せすることで変動が増幅される。対策として、POSデータ等の最終需要情報をサプライチェーン全体で共有する(VMIの導入等)。(2) バッチ発注:発注コスト削減のためのまとめ発注が不連続な需要パターンを生む。対策として、EDI導入による発注業務コストの削減で少量多頻度発注を可能にする。(3) 価格変動:特売時の先行買いが実需と乖離した注文を生む。対策として、EDLP戦略を採用し価格の安定化を図る。(4) 配給ゲーム:供給不足時の過大発注と供給回復後のキャンセル。対策として、過去の販売実績に基づく配分ルールやキャンセルペナルティを設定する。

Q3: フィッシャーのフレームワークにおいて、革新的製品に効率型サプライチェーンを適用した場合にどのような問題が生じるか。具体的な製品例を挙げて説明せよ。

A3: 革新的製品(例: ファッション衣料、最新の電子機器)は需要の不確実性が高く、製品ライフサイクルが短い。これに効率型サプライチェーン(在庫最小化・コスト重視・長いリードタイム)を適用すると、以下の問題が生じる。(1) 需要が予測を上回った場合、在庫不足により販売機会を逸する(欠品コスト)。例えばファッション衣料では、売れ筋商品がシーズン中に欠品すると、消費者は競合製品に流れ、逸失利益が大きい。(2) 需要が予測を下回った場合、長いリードタイムゆえに生産調整が間に合わず、大量の売れ残りが生じ、シーズン末の大幅値引き(マークダウン)を余儀なくされる。(3) 革新的製品の高い利益率は、在庫の販売機会を最大化してこそ実現されるため、反応型サプライチェーン(短いリードタイム、柔軟性重視、需要に応じた迅速な生産調整)が適合する。

Q4: VMIの導入がサプライヤーと小売業者の双方にどのようなメリットをもたらすか説明せよ。また、VMI導入にあたっての課題を1つ以上挙げよ。

A4: サプライヤー側のメリットは、(1) 実需データに基づく生産計画の精度向上、(2) 需要の平準化によるブルウィップ効果の低減、(3) 配送の効率化(自社判断で配送タイミングを最適化)がある。小売業者側のメリットは、(1) 発注業務の負荷軽減、(2) 在庫水準の適正化による欠品率低減と在庫コスト削減がある。課題としては、(1) サプライヤーとの間で販売データ・在庫データを共有するための信頼関係構築とシステム整備が必要である点、(2) 在庫管理の意思決定権をサプライヤーに委ねることへの抵抗、(3) 複数サプライヤーが関与する場合の調整の複雑さが挙げられる。

Q5: ある企業がABC分析を実施した結果、A品目が全品目の15%で売上金額の75%を占め、B品目が25%で売上金額の20%、C品目が60%で売上金額の5%を占めていた。A品目とC品目それぞれに適した発注方式を選択し、その理由を説明せよ。

A5: A品目には定期発注方式が適している。理由は以下の通りである。A品目は売上金額への貢献度が極めて高く(全体の75%)、欠品による機会損失が大きいため、きめ細かな在庫管理が必要である。定期発注方式では、毎回のレビュー時に需要動向を反映した発注量を計算するため、需要変動への対応が柔軟であり、在庫水準の最適化が可能となる。C品目には発注点方式(定量発注方式)が適している。理由は、C品目は品目数が多い(全体の60%)が売上金額への貢献度は低く(5%)、個別品目ごとの精緻な管理は費用対効果が合わない。発注点方式では発注量が固定(EOQ等)であり、発注点を下回った時点で自動的に発注されるため管理負荷が小さく、多数のC品目を効率的に管理できる。