Module 3-2 - Section 1: 国際経営の理論的枠組み¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 3-2: 国際経営論 |
| 前提セクション | なし |
| 想定学習時間 | 4時間 |
導入¶
本セクションは、Module 3-2「国際経営論」の冒頭に位置し、企業の国際化を理論的に説明する主要な枠組みを扱う。国際経営論は、企業がなぜ・いかにして国境を越えて事業を展開するのかを分析する領域であり、Module 2-2(経営戦略論)で学んだ競争戦略の知見を国際的文脈に拡張するものである。本セクションでは、まず国際経営論の基本問題を整理したうえで、ダニング(John H. Dunning)のOLIパラダイム、ヨハンソン&ヴァールネ(Jan Johanson & Jan-Erik Vahlne)のウプサラモデルとその改訂版を順に取り上げ、続いて国際参入モードの類型と選択要因を検討し、最後にボーン・グローバル企業がこれらの理論に突きつける挑戦を論じる。Section 2ではこれらの理論的基盤の上に多国籍企業の組織形態と戦略を、Section 3では国際人的資源管理と新興国戦略を展開する。
国際経営論の位置づけと基本問題¶
国際経営論(International Business Studies)は、企業の国境を越えた活動を体系的に分析する学問領域である。その中心的な研究課題は以下の3つに集約される。
- なぜ(Why): 企業はなぜ海外に進出するのか——海外直接投資(Foreign Direct Investment, FDI)の動機と決定因
- どこに(Where): どの国・地域に進出するのか——立地選択の論理
- いかにして(How): どのような形態で進出するのか——参入モードの選択
これらの問いは相互に関連しており、統一的に説明しようとする試みがOLIパラダイムであり、プロセスの側面から説明しようとするのがウプサラモデルである。以下では、まず「なぜ」と「どこに」を統合的に扱うOLIパラダイムから検討を始める。
OLIパラダイム(折衷理論)¶
Key Concept: OLIパラダイム(Eclectic Paradigm / OLI Framework) ジョン・H・ダニング(John H. Dunning)が1977年に提唱し、その後継続的に発展させた国際生産の包括的理論である。企業が海外直接投資を行う条件を、所有優位(Ownership)、立地優位(Location)、内部化優位(Internalization)の3つの優位性から説明する。3条件のすべてが満たされたとき、企業はFDIを選択するとされる。
理論の背景と発展¶
ダニングは1977年にノーベル賞受賞者ベルティル・オリーン(Bertil Ohlin)を記念するシンポジウムで初めてこの理論を発表し、1979年に論文として公刊した。「折衷」と呼ばれる理由は、本理論がそれまで個別に発展してきた3つの理論的系譜——産業組織論に基づく所有優位の議論(ハイマー(Stephen Hymer)、キンドルバーガー(Charles Kindleberger))、貿易理論に基づく立地の議論、そしてバックレー&カッソン(Peter Buckley & Mark Casson)やラグマン(Alan Rugman)による内部化理論——を統合したことによる。ダニングは2000年の論文 "The Eclectic Paradigm as an Envelope for Economic and Business Theories of MNE Activity" でこの理論をさらに精緻化し、制度的変数やアライアンス資本主義への対応を加えた。
3つの優位性¶
所有優位(Ownership Advantage: O)¶
Key Concept: 所有優位(Ownership Advantage) 特定の企業が他の企業に対して保有する競争上の優位性のことである。技術、ブランド、経営ノウハウ、規模の経済性など、企業固有の無形資産に由来する。ダニングは資産型優位(Oa: asset-based)と取引型優位(Ot: transaction-based)に区分した。
所有優位とは、海外進出を行う企業が現地企業に対して保有する固有の競争優位である。企業は海外市場において「外国者の不利(liability of foreignness)」——現地市場に関する知識不足、現地の制度やネットワークへのアクセスの困難——を抱える。これを克服するためには、現地企業にはない優位性を保有していなければならない。
ダニングは所有優位を2つに分類した。
| 類型 | 記号 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|---|
| 資産型優位 | Oa | 企業が独占的に保有する無形資産 | 特許、独自技術、ブランド、商標 |
| 取引型優位 | Ot | 多国籍企業であること自体から生じる優位 | 国際的調達力、リスク分散能力、規模の経済 |
立地優位(Location Advantage: L)¶
Key Concept: 立地優位(Location Advantage) 特定の国・地域が有する、企業の価値活動を遂行するうえでの魅力的な条件のことである。市場規模、労働コスト、天然資源、インフラ、政策的優遇措置、制度的環境などを含む。
立地優位とは、進出先の国・地域が提供する、企業活動にとって有利な立地条件である。これは企業固有ではなく国・地域固有の要因であり、移転不可能(immobile)な性質を持つ。
ダニングは立地優位を構成する要因を以下のように整理した。
| 要因カテゴリ | 具体例 |
|---|---|
| 市場要因 | 市場規模・成長率、消費者の所得水準、需要特性 |
| 資源・コスト要因 | 低廉な労働力、天然資源、エネルギーコスト |
| インフラ要因 | 交通・通信インフラ、教育水準、技術基盤 |
| 制度的要因 | 投資優遇政策、知的財産権保護、規制環境、政治的安定性 |
| 集積の経済 | 産業クラスター、サプライヤー集積、知識のスピルオーバー |
内部化優位(Internalization Advantage: I)¶
Key Concept: 内部化優位(Internalization Advantage) 所有する優位性を外部市場での取引(ライセンシング等)ではなく、企業組織内部の活動として活用することによって得られる便益のことである。市場取引に伴う取引コストや情報の非対称性を回避できる点に本質がある。
内部化優位とは、企業が自社の所有優位を市場取引(アームズ・レングス取引)によって外部に提供するのではなく、自社の内部組織を通じて活用することで得られる利益である。この議論の理論的基盤はコース(Ronald Coase, 1937)の取引コスト理論とウィリアムソン(Oliver Williamson)の取引コスト経済学にある。
内部化が有利となる条件は主に以下の通りである。
- 取引コストが高い場合: 技術のような無形資産は市場で適正な価格を設定することが困難であり(情報の非対称性)、ライセンス契約では不完備契約(incomplete contract)の問題が生じやすい
- 品質管理が困難な場合: ライセンシーの品質管理が不十分であれば、ブランド価値が毀損されるリスクがある
- 機会主義的行動のリスクが高い場合: ライセンシーが契約の範囲を超えて技術を流用するリスクがある
- ナレッジの暗黙性が高い場合: 形式知化が困難なノウハウは、市場を通じた移転が構造的に困難である
OLIパラダイムと参入モードの関係¶
OLIパラダイムの核心は、3つの優位性の組み合わせによって最適な国際化の形態が決まるという主張にある。
| 保有する優位性 | 予測される参入モード |
|---|---|
| O + L + I | 海外直接投資(FDI):完全所有子会社・合弁事業 |
| O + I(Lなし) | 輸出(本国からの輸出が有利) |
| O のみ(I なし) | ライセンシング・フランチャイジング(外部取引で優位性を活用) |
graph TD
O["所有優位 O<br/>企業固有の競争優位を持つか"]
L["立地優位 L<br/>海外立地に優位性があるか"]
I["内部化優位 I<br/>自社内部で活用すべきか"]
O -->|Yes| L
O -->|No| NONE["国際化しない"]
L -->|Yes| I
L -->|No| EXPORT["輸出"]
I -->|Yes| FDI["海外直接投資<br/>完全所有子会社・合弁"]
I -->|No| LICENSE["ライセンシング<br/>フランチャイジング"]
OLIパラダイムの評価¶
OLIパラダイムは国際経営論における最も包括的な理論的枠組みとして広く受容されている。その強みは、個別の理論では説明しきれない多国籍企業の行動を統合的に説明できる点にある。一方で、以下の批判も存在する。
- 静態的である: 企業がいかにして優位性を獲得・発展させるかのプロセスを十分に説明しない
- 説明範囲が広すぎる: 包括的であるがゆえに具体的な予測力に限界がある(トートロジー批判)
- 新興国多国籍企業への適用困難: 所有優位が明確でない新興国企業の海外進出を説明しにくい
ウプサラモデル(段階的国際化モデル)¶
Key Concept: ウプサラモデル(Uppsala Model) ヤン・ヨハンソン(Jan Johanson)とヤン=エリック・ヴァールネ(Jan-Erik Vahlne)が1977年にスウェーデン企業の実証研究に基づいて提唱した国際化プロセスモデルである。企業は市場知識の蓄積とコミットメントの漸増を通じて段階的に国際化するとし、OLIパラダイムの静態的分析を動態的に補完する位置づけにある。
理論の背景¶
ウプサラモデルは、スウェーデンのウプサラ大学のヨハンソンとヴァールネが、スウェーデン企業4社(ボルボ、サンドヴィック、アトラスコプコ、ファセット)の国際化過程を実証的に分析した結果から帰納的に構築された。先行研究としてヨハンソン&ヴィーデルシャイム=パウル(Johanson & Wiedersheim-Paul, 1975)の研究がある。このモデルはペンローズ(Edith Penrose)の企業成長論とサイアート&マーチ(Cyert & March)の組織の行動理論から理論的影響を受けている。
原モデル(1977年版)の構造¶
1977年版モデルは、2つの状態変数(state aspects)と2つの変化変数(change aspects)からなる動態的モデルである。
状態変数: - 市場知識(Market Knowledge): 当該外国市場に関する知識の蓄積度合い。一般的知識(general knowledge)と市場固有知識(market-specific knowledge)に分かれる。後者は経験的知識(experiential knowledge)を中心とし、自ら事業活動を行うことによってのみ獲得される - 市場コミットメント(Market Commitment): 当該市場に投下された資源の量と、その資源の特殊性の程度
変化変数: - コミットメント決定(Commitment Decisions): 市場への資源投下を増減させる意思決定 - 現在の活動(Current Business Activities): 市場での日常的な事業活動。これが経験的知識の源泉となる
これら4つの変数は循環的因果関係を形成する。現在の活動が経験的知識を生み出し、蓄積された知識が新たな機会とリスクの評価を可能にし、それがコミットメント決定を促し、さらなる活動に結びつく。
エスタブリッシュメント・チェーン¶
Key Concept: 心理的距離(Psychic Distance) 情報の流通を妨げる諸要因——言語、文化、政治体制、教育水準、経済発展段階、商慣行の違い——の総体を指す。ウプサラモデルでは、企業は心理的距離の近い市場から順に国際化を開始すると主張される。
ウプサラモデルは、企業の国際化が以下の4段階を経て進行するとする。これをエスタブリッシュメント・チェーン(establishment chain)と呼ぶ。
| 段階 | 形態 | コミットメント水準 |
|---|---|---|
| Stage 1 | 不規則な輸出(sporadic export) | 極めて低い |
| Stage 2 | 独立した代理店を通じた輸出 | 低い |
| Stage 3 | 海外販売子会社の設立 | 中程度 |
| Stage 4 | 海外生産拠点の設立 | 高い |
同時に、市場選択においても心理的距離の近い国から遠い国へと段階的に拡大していく。スウェーデン企業の場合、まずノルウェーやデンマークなど北欧近隣諸国に進出し、その後ドイツ、英国へ、さらにアジアや南米へと拡大していくパターンが確認された。
graph LR
subgraph 状態変数
MK["市場知識"]
MC["市場コミットメント"]
end
subgraph 変化変数
CA["現在の活動"]
CD["コミットメント決定"]
end
MK -->|"機会・リスク評価"| CD
MC -->|"資源配分の基盤"| CD
CD -->|"資源の投下"| MC
CD -->|"活動範囲の拡大"| CA
CA -->|"経験的知識の獲得"| MK
CA -->|"関係構築"| MC
ウプサラモデルの改訂版(2009年):ネットワーク・アプローチ¶
ヨハンソン&ヴァールネは2009年に "The Uppsala Internationalization Process Model Revisited: From Liability of Foreignness to Liability of Outsidership" を発表し、オリジナルモデルを大幅に改訂した。改訂の背景には、1977年以降のビジネス環境の変化——グローバル化の進展、情報通信技術の発達、ネットワーク型ビジネスの台頭——がある。
改訂の要点は以下の通りである。
1. 「外国者の不利」から「アウトサイダーの不利」へ
オリジナルモデルでは、企業が直面する主要な不確実性は「外国者であること」(liability of foreignness)に由来するとされた。改訂版では、より本質的な問題は「ネットワークのアウトサイダーであること」(liability of outsidership)にあると再定義された。企業が関連するビジネスネットワークに埋め込まれている(embedded)かどうかが、国際化の成否を分ける。
2. ビジネス環境の再定義
ビジネス環境は新古典派経済学的な「市場」ではなく、相互依存的な関係からなる「ネットワーク」として捉えられる。企業はこのネットワーク内のポジションを強化することで、知識を獲得し、コミットメントを深化させる。
3. 状態変数の修正
| 1977年版 | 2009年版 | 変更点 |
|---|---|---|
| 市場知識 | 知識の認識・創造(Recognition/Creation of Knowledge) | 機会認識を明示的に組み込み、知識の「創造」を強調 |
| 市場コミットメント | ネットワーク・ポジション(Network Position) | 特定市場への投資から、関係性ネットワーク内での位置づけへ拡張 |
4. 変化変数の修正
| 1977年版 | 2009年版 | 変更点 |
|---|---|---|
| コミットメント決定 | 関係性コミットメント決定(Relationship Commitment Decisions) | ネットワーク内の関係性に対するコミットメントを明示 |
| 現在の活動 | 学習・創造・信頼構築(Learning, Creating, Trust-building) | 知識獲得だけでなく、信頼構築と新たな知識の共同創造を含む |
改訂版は、企業の国際化を単なる「不確実性の克服」から「機会の発見と活用」へと理論的な重心を移した点で重要な転換を示している。
国際参入モード¶
企業が海外市場に参入する際に選択しうる形態を参入モード(entry mode)と呼ぶ。参入モードは、企業が海外市場で行う活動のコントロール度合い、資源コミットメントの規模、リスクの大きさに応じて類型化される。
主要な参入モードの分類¶
| 参入モード | コントロール | 資源コミットメント | リスク | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 間接輸出 | 低 | 低 | 低 | 商社・ブローカーを介して輸出。自社の国際化知識が蓄積されにくい |
| 直接輸出 | 低〜中 | 低〜中 | 低〜中 | 自社で海外顧客と直接取引。市場情報を得やすいが販売網構築に負担 |
| ライセンシング | 低 | 低 | 低 | 技術・商標等の使用権を供与しロイヤルティを受領。技術流出リスクあり |
| フランチャイジング | 中 | 低〜中 | 低〜中 | ビジネスモデル全体を提供。品質管理の困難さが課題 |
| 合弁事業(JV) | 中 | 中〜高 | 中 | 現地パートナーと共同出資。知識共有が可能だがパートナー間の利害対立リスク |
| 完全所有子会社 | 高 | 高 | 高 | 単独で現地法人を設立。最大のコントロールを確保するが投資額・リスクも最大 |
完全所有子会社はさらに、新規設立(グリーンフィールド投資)と既存企業の買収(M&A)に区分される。グリーンフィールド投資は自社の組織文化やオペレーション方式を移植しやすい一方、市場参入に時間を要する。M&Aは迅速な参入が可能だが、買収後の統合(PMI: Post-Merger Integration)が課題となる。
参入モードの選択要因:取引コスト理論の視点¶
参入モード選択に関する理論的分析の嚆矢は、エリン・アンダーソン(Erin Anderson)とユベール・ガティニョン(Hubert Gatignon)による1986年の論文 "Modes of Foreign Entry: A Transaction Cost Analysis and Propositions" である。この研究はJournal of International Business Studiesの十年賞(Decade Award)を受賞しており、国際経営論における参入モード研究の基盤を築いた。
アンダーソン&ガティニョンの分析枠組みの骨格は以下の通りである。
基本的な分析軸: コントロールと資源コミットメントのトレードオフ
参入モードの本質的な選択は、海外事業に対する「コントロールの程度」をめぐるものである。コントロールの強化は経営の自由度を高めるが、同時に資源コミットメントの増大とリスクの引き受けを伴う。最適な参入モードは、コントロールの便益と資源コミットメントのコストとのトレードオフによって決定される。
コントロール水準の決定要因
アンダーソン&ガティニョンは、以下の要因がコントロール水準(したがって参入モード)に影響を与えるとした。
| 要因カテゴリ | 具体的要因 | コントロール度への影響 |
|---|---|---|
| 取引特殊的資産 | 企業固有の技術・ノウハウの特殊性 | 特殊性が高いほど高コントロールを選好 |
| 外部の不確実性 | 進出先国のカントリーリスク | 不確実性が高いほど低コントロール(柔軟性確保)を選好 |
| 内部の不確実性 | 国際経験の乏しさ、成果測定の困難さ | 不確実性が高いほど低コントロールを選好 |
| フリーライダー問題 | 現地パートナーによるブランド・技術の不正利用 | リスクが高いほど高コントロールを選好 |
この枠組みはウィリアムソンの取引コスト経済学を国際経営に適用したものであり、「資産特殊性が高く、外部の不確実性が低い場合には、企業は高コントロールの参入モード(完全所有子会社)を選好する」という基本命題を導く。
ボーン・グローバル企業と国際化プロセス論への挑戦¶
Key Concept: ボーン・グローバル(Born Global) 設立当初から、あるいは設立後ごく短期間のうちに、複数国での事業活動から競争優位を得ることを志向する企業のことである。ウプサラモデルが想定する段階的・漸進的な国際化プロセスとは対照的な存在として、1990年代以降注目を集めている。
ボーン・グローバル現象の発見¶
1990年代初頭、オーストラリアのマッキンゼー・アンド・カンパニーとオーストラリア製造業評議会(Australian Manufacturing Council)の共同調査が、設立から2年以内に売上高の75%以上を輸出で獲得する企業群の存在を報告した。この報告でボーン・グローバル(born global)という用語が初めて使用された(Rennie, 1993)。
学術的には、ベンジャミン・M・オヴィアット(Benjamin M. Oviatt)とパトリシア・フィリップス・マクドゥーガル(Patricia Phillips McDougall)が1994年に発表した "Toward a Theory of International New Ventures" が理論的基盤を提供した。彼らは「国際新規事業(International New Venture, INV)」を「創業時から複数国での資源活用と産出物の販売によって顕著な競争優位を追求する事業組織」と定義した。
既存理論との齟齬¶
ボーン・グローバル企業の存在は、特にウプサラモデルの基本前提と緊張関係にある。
| ウプサラモデルの前提 | ボーン・グローバルの実態 |
|---|---|
| 国際化は漸進的プロセス | 設立直後からグローバルに展開 |
| 心理的距離の近い市場から開始 | 心理的距離に関係なく最適市場を選択 |
| 経験的知識の蓄積に時間が必要 | 創業者の国際経験・ネットワークを活用 |
| 大企業が主な分析対象 | 中小・スタートアップ企業 |
ボーン・グローバルの促進要因¶
オヴィアット&マクドゥーガル(1994, 2005)やナイト&キャヴァスギル(Gary Knight & S. Tamer Cavusgil, 2004)の研究を踏まえると、ボーン・グローバル現象を促進する要因は以下の通り整理される。
- 創業者要因: 創業者(経営者)が持つ国際的経験、国際的なネットワーク、グローバルな志向性(global mindset)
- 産業要因: ICT・ソフトウェアなどのナレッジ集約型産業では、デジタル製品の国境を越えた配信が容易であり、生産の規模拡大に物理的制約が少ない
- 環境要因: 情報通信技術の発達、物流コストの低下、貿易障壁の削減、ニッチ市場のグローバル化
- 資源要因: ユニークな知識ベースの資源(特許、ソフトウェア、デザイン能力等)の保有
理論的統合の試み¶
ボーン・グローバル現象は、ウプサラモデルや段階的国際化モデルの全面的否定を意味するわけではない。2009年の改訂版ウプサラモデルは、ネットワーク・アプローチを導入することで、創業者の既存ネットワークを通じた急速な国際化を理論的に包含しうるものとなった。すなわち、創業者がすでにグローバルなネットワーク・ポジションを持っている場合、従来想定されたような段階的な知識蓄積を経ずとも迅速な国際化が可能となる。この意味で、ボーン・グローバルは段階的国際化の「否定」ではなく、初期条件の違いによる経路の変異として理解できる。
国際経営論は現在、OLIパラダイム的な「なぜ・どこに」の分析と、ウプサラモデル的な「いかにして」の分析に加え、ボーン・グローバルが提起する国際アントレプレナーシップ(International Entrepreneurship)の視点を統合する方向で発展を続けている。
まとめ¶
- 国際経営論の基本問題は「なぜ」「どこに」「いかにして」企業は国際化するかの3点に集約される
- ダニングのOLIパラダイムは、所有優位・立地優位・内部化優位の3条件の組み合わせによって国際化の形態(FDI・輸出・ライセンシング)を予測する包括的理論である
- ウプサラモデルは、国際化を市場知識とコミットメントの漸進的な蓄積プロセスとして捉え、心理的距離とエスタブリッシュメント・チェーンの概念を提示した
- 2009年の改訂版ウプサラモデルは、ネットワーク・ポジションとアウトサイダーの不利を中心概念として再構築された
- 国際参入モードは、コントロール・資源コミットメント・リスクの3次元で評価され、アンダーソン&ガティニョンは取引コスト理論に基づく選択モデルを提示した
- ボーン・グローバル企業の存在は段階的国際化モデルに再考を迫るが、改訂版ウプサラモデルのネットワーク・アプローチによって理論的に包含しうる
- Section 2では、これらの理論的枠組みを踏まえ、多国籍企業の組織形態と競争戦略を扱う
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| OLIパラダイム | Eclectic Paradigm / OLI Framework | ダニングが提唱した国際生産の包括的理論。所有優位・立地優位・内部化優位の3条件でFDIの動機と形態を説明する |
| 所有優位 | Ownership Advantage | 企業が保有する固有の競争優位。資産型(Oa)と取引型(Ot)に分類される |
| 立地優位 | Location Advantage | 進出先国・地域の市場規模、コスト構造、インフラ、制度環境等に由来する立地条件の魅力 |
| 内部化優位 | Internalization Advantage | 市場取引ではなく自社組織内部で優位性を活用することで得られる便益。取引コストの回避が本質 |
| ウプサラモデル | Uppsala Model | ヨハンソン&ヴァールネが提唱した段階的国際化プロセスモデル。知識蓄積とコミットメント漸増の循環的メカニズムを描く |
| 心理的距離 | Psychic Distance | 情報の流通を妨げる要因の総体。言語、文化、制度等の違いを含む |
| エスタブリッシュメント・チェーン | Establishment Chain | 企業が不規則な輸出から現地生産へと段階的にコミットメントを高める国際化の経路 |
| ボーン・グローバル | Born Global | 設立当初から複数国での事業展開を志向し、急速に国際化する企業 |
| 国際新規事業 | International New Venture (INV) | オヴィアット&マクドゥーガルが定義した、創業時から国際的な競争優位を追求する事業組織 |
| 外国者の不利 | Liability of Foreignness | 外国企業が現地市場で直面する知識・ネットワーク・制度面での不利 |
| アウトサイダーの不利 | Liability of Outsidership | 関連するビジネスネットワークの外部にいることから生じる不利。2009年改訂版の中心概念 |
| 参入モード | Entry Mode | 企業が海外市場に参入する形態。輸出、ライセンシング、合弁、完全所有子会社等 |
確認問題¶
Q1: OLIパラダイムにおける3つの優位性(所有優位・立地優位・内部化優位)をそれぞれ定義し、企業がFDIを選択するための条件を説明せよ。 A1: 所有優位(O)とは、特定の企業が他の企業に対して保有する競争上の優位性であり、技術、ブランド、経営ノウハウ等の無形資産に由来する。立地優位(L)とは、特定の国・地域が提供する市場規模、労働コスト、インフラ、制度環境等の有利な条件である。内部化優位(I)とは、自社の優位性を外部取引ではなく組織内部で活用することによって得られる便益であり、取引コストの回避を本質とする。ダニングによれば、企業がFDIを選択するにはこの3条件すべてが満たされる必要がある。所有優位のみであればライセンシング、所有優位と内部化優位が満たされるが立地優位がなければ輸出が選択される。
Q2: ウプサラモデル(1977年版)における市場知識と市場コミットメントの循環的因果関係を、4つの構成要素を用いて説明せよ。 A2: ウプサラモデルは2つの状態変数(市場知識、市場コミットメント)と2つの変化変数(現在の活動、コミットメント決定)から構成される。企業の現在の活動は経験的知識(特に市場固有知識)を生み出す。蓄積された市場知識は機会とリスクの評価を可能にし、コミットメント決定(資源投下の増大)を促進する。コミットメント決定は市場コミットメントを高め、活動の範囲を拡大させ、さらなる知識獲得につながる。この循環的メカニズムにより、企業は段階的に国際化を進める。
Q3: 2009年の改訂版ウプサラモデルが「外国者の不利」に代えて「アウトサイダーの不利」を中心概念とした理論的根拠を述べよ。 A3: 改訂版では、ビジネス環境を新古典派的な「市場」ではなくネットワークとして捉え直した。この視点に立つと、企業の国際化における最大の障壁は、外国企業であること自体(liability of foreignness)よりも、進出先の関連ビジネスネットワークの外部にいること(liability of outsidership)にある。ネットワークに埋め込まれていなければ、信頼関係に基づく知識の獲得や共同創造が困難となり、ビジネス機会の認識が制約される。逆に、外国企業であっても関連ネットワーク内に適切なポジションを確保していれば、国際化の障壁は大幅に低下する。この再定義は、グローバル化の進展と情報通信技術の発達により企業間関係がネットワーク化した現実を理論に反映したものである。
Q4: アンダーソン&ガティニョンの枠組みにおいて、高コントロールの参入モード(完全所有子会社)が選択される条件を、取引コスト理論の観点から説明せよ。 A4: アンダーソン&ガティニョンの枠組みでは、参入モード選択の本質はコントロールと資源コミットメントのトレードオフにある。高コントロールの参入モードが選択される条件は、第一に取引特殊的資産(企業固有の技術・ノウハウ)の特殊性が高い場合であり、市場取引ではこれらの資産が適切に保護・活用されない。第二にフリーライダー問題(現地パートナーによるブランドや技術の不正利用)のリスクが高い場合である。第三に外部の不確実性(カントリーリスク)が比較的低い場合であり、高い資源コミットメントのリスクが許容される。逆に外部の不確実性が高い場合には、資源コミットメントを抑えて柔軟性を確保するため、低コントロールのモードが選好される。
Q5: ボーン・グローバル企業の存在はウプサラモデルにどのような理論的挑戦を突きつけるか。また、2009年改訂版はこの挑戦にどのように対応しているか論じよ。 A5: ボーン・グローバル企業は、設立当初から複数国市場で事業を展開し、心理的距離に関係なく最適市場を選択し、段階的なプロセスを経ずに急速に国際化する。これはウプサラモデルの主要な前提——国際化は漸進的であり、心理的距離の近い市場から開始され、経験的知識の蓄積に時間が必要である——と正面から矛盾する。2009年の改訂版は、ネットワーク・アプローチを導入することでこの挑戦に対応した。創業者がすでにグローバルなビジネスネットワーク内にポジションを確保していれば、段階的な知識蓄積を経ずとも必要な市場知識・信頼関係にアクセスでき、急速な国際化が可能となる。ボーン・グローバルは段階的国際化の「否定」ではなく、初期ネットワーク・ポジションの違いによる経路の変異として理論的に包含される。