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Module 3-2 - Section 2: 多国籍企業の組織と戦略

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-2: 国際経営論
前提セクション Section 1(国際経営の理論的枠組み)
想定学習時間 4時間

導入

Section 1では、企業が「なぜ」「どこに」「いかにして」国際化するのかという基本問題を、OLIパラダイム、ウプサラモデル、参入モード論を通じて検討した。これらの理論は主として国際化の動機とプロセスを説明するものであった。しかし、海外進出を果たした企業が直面する次の問いは、複数国にまたがる事業活動を「いかに組織し、管理するか」である。本セクションでは、この問いに対する国際経営論の中核的な理論枠組みを2つの柱から扱う。第一に、プラハラッド&ドーズ(C. K. Prahalad & Yves Doz)のI-Rフレームワークとバートレット&ゴシャール(Christopher Bartlett & Sumantra Ghoshal)の4類型を中心とする多国籍企業の戦略・組織論、第二に、ホフステード(Geert Hofstede)の文化次元理論とGLOBE研究を基盤とする異文化マネジメントの理論である。


グローバル統合とローカル適応のジレンマ

多国籍企業が直面する最も根本的な経営課題は、グローバル統合(Global Integration)ローカル適応(Local Responsiveness) の間の緊張関係である。グローバル統合とは、世界規模で事業活動を標準化・集約し、規模の経済やスコープの経済を追求する志向を指す。一方、ローカル適応とは、各国・地域の市場特性、消費者嗜好、規制環境、流通構造の違いに対応して製品やオペレーションを現地に合わせる志向を指す。

この二律背反は、あらゆる多国籍企業が程度の差こそあれ直面する構造的なジレンマである。たとえば、製品を完全に標準化すれば生産コストは低減するが現地ニーズへの不適合が生じ、逆に各国で完全に現地化すれば顧客満足度は高まるが重複投資と効率低下を招く。

I-Rフレームワーク

Key Concept: I-Rフレームワーク(Integration-Responsiveness Framework) プラハラッド&ドーズ(1987)が提唱した、多国籍企業の戦略的ポジショニングを分析するための枠組みである。縦軸にグローバル統合への圧力(Integration)、横軸にローカル適応への圧力(Responsiveness)を取り、企業や事業単位が直面する環境圧力の構造を二次元で捉える。

プラハラッド&ドーズは、多国籍企業の管理者が直面する環境圧力を当初3つの次元——グローバルな活動統合の必要性、グローバルな戦略的調整の必要性、現地適応の必要性——として整理し、これを2つの本質的次元、すなわちグローバル統合(I: Integration)ローカル適応(R: Responsiveness) に集約した。この2軸からなるI-Rグリッドが、その後の多国籍企業の戦略・組織研究における標準的な分析道具となった。

グローバル統合への圧力が高まる要因には以下がある。

  • 規模の経済の重要性(半導体、自動車エンジンなど資本集約的産業)
  • グローバルな競争者の存在
  • 技術標準の世界的収斂
  • 国際的な顧客による統一的サービスへの要求

ローカル適応への圧力が高まる要因には以下がある。

  • 消費者嗜好の国・地域間の差異(食品、日用品など文化依存的製品)
  • 流通チャネルの構造の違い
  • 現地政府の規制・政策(現地調達要件、技術移転要件など)
  • 代替品・補完品の入手可能性の違い

I-Rフレームワークは、企業全体だけでなく事業部単位、機能単位、さらには個別製品単位でも適用可能であり、同一企業内でも事業によって統合・適応の最適バランスが異なることを示す点で分析的有用性が高い。


バートレット&ゴシャールの4類型

I-Rフレームワークを土台として、バートレット&ゴシャール(1989)は著書 Managing Across Borders: The Transnational Solution において、多国籍企業の戦略・組織を4つの類型に分類した。この類型論は、I-Rグリッド上のポジションに対応する組織形態を具体的に提示した点で、国際経営研究に大きな影響を与えた。

quadrantChart
    title "I-Rフレームワーク上の4類型"
    x-axis "ローカル適応圧力 低" --> "ローカル適応圧力 高"
    y-axis "グローバル統合圧力 低" --> "グローバル統合圧力 高"
    quadrant-1 "トランスナショナル型"
    quadrant-2 "グローバル型"
    quadrant-3 "国際型"
    quadrant-4 "マルチドメスティック型"

国際型(International Strategy)

国際型は、グローバル統合への圧力もローカル適応への圧力もともに低い環境に位置する戦略類型である。本国で開発した製品・技術・経営ノウハウを海外子会社に移転し、各国市場で展開する。組織構造としては、本社が戦略的意思決定を握りつつ、海外子会社に一定の運営上の自律性を付与する「調整された連邦(Coordinated Federation)」の形態をとる。

知識フローは本社から子会社への一方向が中心であり、本社の能力やシステムの国際的な展開(レプリケーション)が主たるメカニズムとなる。20世紀中盤のアメリカ企業、たとえばP&G(Procter & Gamble)の初期の国際展開やゼネラル・エレクトリック(GE)がこの類型に該当するとされる。

マルチドメスティック型(Multidomestic Strategy)

Key Concept: マルチドメスティック戦略(Multidomestic Strategy) ローカル適応への圧力が高く、グローバル統合への圧力が低い環境に適合する戦略類型である。各国子会社に大幅な自律性を付与し、製品開発・マーケティング・生産を現地の市場特性に合わせて独立的に運営する。組織形態は「分権的連邦(Decentralized Federation)」をとる。

マルチドメスティック型は、各国市場を本質的に異なるものと捉え、現地適応を最優先する戦略である。各国子会社は独自の製品ポートフォリオ、マーケティング戦略、生産体制を有し、事実上ミニチュア版の本社として機能する。知識は子会社内で自己完結的に生成・保持され、子会社間の知識共有は限定的である。

ユニリーバのローカル適応: ユニリーバ(Unilever)は歴史的にマルチドメスティック型の典型例とされてきた。同社は各国子会社に大きな意思決定権限を委譲し、現地の消費者嗜好に徹底的に適応してきた。インドではヒンドゥスタン・ユニリーバとして現地の肌色・肌質に合わせたパーソナルケア製品を展開し、食品ブランド「Knorr」ではラテンアメリカで現地レシピに基づく商品開発を行った。また、新興国市場では低所得層向けに小分けサシェ(小袋)で洗剤やシャンプーを販売する価格戦略を採用し、インド・インドネシアでは「Project Shakti」として農村部の女性起業家を販売網に組み込む流通イノベーションを実現した。

グローバル型(Global Strategy)

Key Concept: グローバル戦略(Global Strategy) グローバル統合への圧力が高く、ローカル適応への圧力が低い環境に適合する戦略類型である。世界市場を単一の統合された市場として捉え、製品・プロセスの標準化と集中的な生産・調達を通じて規模の経済を最大化する。組織形態は「集権的ハブ(Centralized Hub)」をとる。

グローバル型では、本社が戦略的意思決定と主要なオペレーション機能を集中的に管理する。海外子会社の役割は、本社の戦略を実行する「パイプライン」に限定され、自律性は低い。知識フローは本社から子会社への一方向であり、子会社が独自に知識を生成する機会は少ない。

トヨタのグローバル統合: トヨタ自動車はグローバル型の代表例とされる。トヨタ生産方式(TPS: Toyota Production System)は、ジャスト・イン・タイム(JIT)とカイゼン(継続的改善)を2本柱とする生産システムであり、これを世界中の生産拠点で標準的に展開することで、品質の一貫性とコスト効率を実現した。トヨタは「地産地消(local production for local consumption)」を掲げて現地生産を行いつつも、生産工程の標準化、グローバルKPIの統一、本社からの技術移転を通じて、高度なグローバル統合を維持している。この点で、トヨタは完全な集権型というよりも、生産プロセスの統合度が極めて高いグローバル型として位置づけられる。

トランスナショナル型(Transnational Strategy)

Key Concept: トランスナショナル企業(Transnational Corporation) バートレット&ゴシャール(1989)が提唱した理想型であり、グローバル統合とローカル適応を同時に高度に達成する戦略・組織形態である。組織は「統合的ネットワーク(Integrated Network)」として構成され、各国子会社は専門化された役割を担い、相互依存的に結びつく。知識フローは本社・子会社間および子会社間の多方向に流れる。

トランスナショナル型は、I-Rフレームワーク上でグローバル統合とローカル適応の双方が高い象限に位置する。バートレット&ゴシャールは、これを多国籍企業が目指すべき理想的な組織形態として提示した。

トランスナショナル組織の特徴は以下のように整理できる。

特徴 内容
組織形態 統合的ネットワーク
資産・能力の配置 分散しているが専門化されており相互依存的
子会社の役割 「卓越拠点(Center of Excellence)」として特定分野で全社的に貢献
知識フロー 多方向(本社→子会社、子会社→本社、子会社→子会社)
意思決定 共同意思決定・水平的調整
統合メカニズム 共有された組織文化、横断的タスクフォース、情報システム

4類型の比較

以下の表は、4類型の主要な特徴を比較したものである。

次元 国際型 マルチドメスティック型 グローバル型 トランスナショナル型
統合圧力
適応圧力
組織形態 調整された連邦 分権的連邦 集権的ハブ 統合的ネットワーク
本社の役割 知識・技術の源泉 財務的統制 戦略・オペレーションの中枢 ネットワークの調整者
子会社の役割 本社能力の適応・展開 自律的な事業運営 本社戦略の実行 専門化された貢献者
知識フロー 本社→子会社 子会社内で自己完結 本社→子会社 多方向
主な効率源 本社能力の移転 現地ニーズへの適合 規模の経済 学習と共有
graph TB
    subgraph INT["国際型"]
        HQ1["本社"] -->|"知識移転"| S1A["子会社A"]
        HQ1 -->|"知識移転"| S1B["子会社B"]
        HQ1 -->|"知識移転"| S1C["子会社C"]
    end

    subgraph MD["マルチドメスティック型"]
        HQ2["本社"] ---|"財務統制"| S2A["子会社A"]
        HQ2 ---|"財務統制"| S2B["子会社B"]
        HQ2 ---|"財務統制"| S2C["子会社C"]
    end

    subgraph GL["グローバル型"]
        HQ3["本社"] -->|"指令・統制"| S3A["子会社A"]
        HQ3 -->|"指令・統制"| S3B["子会社B"]
        HQ3 -->|"指令・統制"| S3C["子会社C"]
    end

    subgraph TN["トランスナショナル型"]
        HQ4["本社"] <-->|"知識共有"| S4A["子会社A"]
        HQ4 <-->|"知識共有"| S4B["子会社B"]
        HQ4 <-->|"知識共有"| S4C["子会社C"]
        S4A <-->|"知識共有"| S4B
        S4B <-->|"知識共有"| S4C
        S4A <-->|"知識共有"| S4C
    end

トランスナショナル組織の理論的意義と実現可能性

バートレット&ゴシャールがトランスナショナル型を「解」として提示した理論的意義は大きい。従来の国際経営論が統合と適応をトレードオフとして捉えていたのに対し、両者の同時達成が可能であるという主張は、多国籍企業経営のパラダイム転換を促した。

しかし、トランスナショナル型の実現可能性については批判的な議論も存在する。ハージング(Anne-Wil Harzing, 2000)は、バートレット&ゴシャールの類型を大規模な実証研究で検証し、多くの企業が実際にはいずれか一つの類型に明確に分類されるのではなく、複数の類型の特徴を併せ持つ混合型であることを示した。また、トランスナショナル型が要求する高度な調整能力——多方向の知識フロー、子会社間の水平的調整、共有文化の醸成——を実際に達成している企業は極めて少ないことが指摘されている。

P&Gの組織変革: P&Gは多国籍企業の組織変革を象徴する事例である。同社はかつて国際型からマルチドメスティック型へ移行し、各国子会社が独立的に事業を運営する体制をとっていた。しかし1990年代末に「Organization 2005」と称する大規模な組織再編を実施し、国・地域別の組織を解体して7つのグローバル・ビジネス・ユニット(GBU)と市場開発組織(MDO: Market Development Organization)からなるグローバル・マトリクス構造に移行した。GBUがグローバルなブランド戦略と製品開発を担い、MDOが各地域の市場開拓を担当するこの構造は、統合と適応の同時達成を目指すトランスナショナル型への接近を意図したものであった。ただし、GBU(グローバルなブランド利益を重視)とMDO(現地の市場シェア・売上を重視)の間の優先順位の競合が、マトリクス組織の複雑性と管理コストを生んだことも報告されている。


異文化マネジメントの理論的基盤

多国籍企業の組織と戦略を論じるうえで、もう一つ不可欠な理論的基盤が文化の問題である。Section 1で取り上げた心理的距離の概念が示すように、文化的差異は国際経営における情報の流通と意思決定に本質的な影響を及ぼす。本節では、異文化マネジメント(Cross-Cultural Management)の理論的基盤として、ホフステードの文化次元理論とGLOBE研究を取り上げ、両者の比較を通じて文化の測定と国際経営への含意を検討する。

ホフステードの文化次元理論

Key Concept: 文化次元理論(Cultural Dimensions Theory) ヘールト・ホフステード(Geert Hofstede)が1980年に提唱した、国民文化の差異を定量的に比較するための枠組みである。IBM社の世界72か国・約11万6,000人の従業員に対する大規模意識調査(1967-1973年実施)の因子分析から導出された。当初4次元で出発し、その後6次元に拡張された。

ホフステードの理論は、国際経営研究で最も広く引用される文化モデルであり、文化を「集団のメンバーをある集団と他の集団とを区別する精神のプログラミング(the collective programming of the mind)」と定義した。以下に6次元のそれぞれを概説する。

権力格差(Power Distance: PDI)

Key Concept: 権力格差(Power Distance) 社会の権力が不平等に配分されている事実を、権力の弱い側のメンバーがどの程度受容し、期待しているかの度合いである。高PDI社会では上下関係が重視され、組織における階層的権威が強い。低PDI社会ではフラットな組織構造が好まれ、上下間の対等な対話が重視される。

権力格差は、組織における上司・部下関係、意思決定の集権度、コミュニケーション・スタイルに直接的な影響を持つ。高PDI文化(マレーシア、フィリピン、メキシコなど)では、トップダウン型の意思決定が自然であり、部下が上司に異を唱えることは稀である。低PDI文化(オーストリア、デンマーク、イスラエルなど)では、参加型意思決定が一般的である。

個人主義・集団主義(Individualism vs. Collectivism: IDV)

個人主義(Individualism)は、個人間の結びつきが緩やかで、個人は自分自身と直近の家族のみを顧みることが期待される社会を指す。集団主義(Collectivism)は、出生時から強い結束を持つ内集団に統合され、生涯にわたる忠誠と引き換えに保護を受ける社会を指す。

この次元は、組織における動機づけ(個人業績評価 vs. 集団成果重視)、採用(能力主義 vs. 関係性重視)、リーダーシップ・スタイルに影響する。日本は中程度の集団主義に分類される。

男性性・女性性(Masculinity vs. Femininity: MAS)

男性性の高い社会では、達成・競争・物質的成功が重視される。女性性の高い社会では、人間関係・生活の質・弱者への配慮が重視される。日本は男性性スコアが世界的に極めて高い(95/100)国として知られる。

不確実性回避(Uncertainty Avoidance: UAI)

Key Concept: 不確実性回避(Uncertainty Avoidance) 社会のメンバーが不確実な状況や未知の状況に対して感じる脅威の度合いと、それを回避しようとする傾向の強さである。高UAI社会では明文化されたルール、詳細な手続き、形式的な構造が好まれる。低UAI社会では曖昧さへの寛容度が高く、規則の数は少なく柔軟な対応が許容される。

不確実性回避は、リスクに対する態度そのものではなく、曖昧さに対する不安感に関わる次元である。高UAI文化(ギリシャ、ポルトガル、日本など)では官僚制的組織と明確な職務記述が好まれ、低UAI文化(シンガポール、デンマーク、スウェーデンなど)では柔軟でアドホックな組織運営が許容される。

長期志向・短期志向(Long-Term vs. Short-Term Orientation: LTO)

マイケル・H・ボンド(Michael H. Bond)との共同研究(1991)で追加された第5次元であり、当初は「儒教的ダイナミズム(Confucian Dynamism)」と呼ばれた。長期志向の社会では、倹約、忍耐、将来への適応が重視される。短期志向の社会では、過去と現在への敬意、伝統の遵守、面子の維持が重視される。東アジア諸国(日本、中国、韓国)は概して長期志向のスコアが高い。

充足・抑制(Indulgence vs. Restraint: IVR)

ミンコフ(Michael Minkov)との共同研究(2010)で追加された第6次元である。充足型社会では、人生を楽しみ欲求を自由に満たすことが比較的許容される。抑制型社会では、厳格な社会規範によって欲求の充足が規制される。この次元は、余暇活動、消費行動、主観的幸福感の国際比較に関連する。

ホフステード理論への批判

ホフステード理論は国際経営研究に計り知れない貢献をもたらしたが、以下の批判が提起されている。

  • 単一企業サンプルの限界: IBM社の従業員のみを対象としたため、サンプルの代表性に疑問がある。IBM文化のフィルターがかかった国民文化の測定にとどまるという批判がある。
  • 国家単位の等質性仮定: 一国一文化を前提とするが、インドや中国のように国内に大きな文化的多様性を抱える国の扱いが不十分である。
  • 時間的安定性: 1960-70年代のデータに基づく次元スコアが、数十年後の現在にどの程度妥当かについて議論がある。
  • 次元の独立性: 6次元は統計的に独立であるとされるが、権力格差と個人主義の間には強い負の相関があるなど、次元間の依存関係が指摘されている。

GLOBE研究

概要と方法論

GLOBE(Global Leadership and Organizational Behavior Effectiveness)研究は、ロバート・ハウス(Robert House)を中心として1990年代に開始された大規模な国際比較研究プロジェクトである。62の社会(culture)から約17,000人の中間管理職を対象に、文化とリーダーシップの関係を体系的に調査した。

GLOBE研究の方法論的特徴は、文化を実践(Practices: "As Is")価値観(Values: "Should Be") の二重構造で測定した点にある。ホフステードが文化を単一の次元で測定したのに対し、GLOBEは「現在どうであるか(実践)」と「どうあるべきか(価値観)」を区別することで、文化の現状と理想の乖離を明らかにすることを可能にした。

GLOBE研究の9次元

GLOBEはホフステードの次元を拡張し、以下の9つの文化次元を提示した。

次元 定義
権力格差(Power Distance) 権力が不平等に配分されることへの受容度
不確実性回避(Uncertainty Avoidance) 社会的規範・手続きによって不確実性を緩和しようとする度合い
制度的集団主義(Institutional Collectivism) 組織・社会制度が集団的資源配分・行動をどの程度奨励するか
内集団集団主義(In-Group Collectivism) 家族や親密な集団への忠誠・誇りの度合い
ジェンダー平等主義(Gender Egalitarianism) ジェンダー間の役割差を最小化しようとする度合い
自己主張性(Assertiveness) 社会的関係において主張的・競争的・対立的であることの度合い
将来志向(Future Orientation) 将来志向的な行動(計画、投資、満足の遅延)を奨励・報酬する度合い
業績志向(Performance Orientation) 業績向上・卓越性を奨励・報酬する度合い
人道的志向(Humane Orientation) 公正・利他的・寛大・思いやりのある行動を奨励・報酬する度合い

ホフステードとGLOBE研究の比較

比較軸 ホフステード GLOBE
調査時期 1967-1973年 1990年代
対象者 IBM従業員(非管理職中心) 中間管理職(951組織)
対象社会数 72か国 62社会
文化次元数 6次元 9次元
測定方法 単一尺度(価値観) 二重尺度(実践/価値観)
集団主義の扱い 個人主義-集団主義の一次元 制度的集団主義と内集団集団主義の二次元に分離
男性性の扱い 男性性-女性性の一次元 ジェンダー平等主義と自己主張性の二次元に分離
追加次元 業績志向、人道的志向

GLOBEの主な理論的貢献は、ホフステードの一次元的な構成概念をより精緻に分解した点と、実践/価値観の区別を導入した点にある。たとえば、ホフステードの「集団主義」は、GLOBEでは制度レベルの集団主義(制度的集団主義)と個人の帰属集団への忠誠(内集団集団主義)に区別された。この分離により、「制度的には個人主義的だが、家族・内集団への結びつきは強い」といった社会の特徴をより正確に記述できるようになった。

ただし、ホフステード自身はGLOBE研究に対して批判的であり、実践尺度と価値観尺度の間に負の相関が見られることの解釈問題や、次元数の増加が分析の複雑性を不必要に高めているといった論点を提起している。


異文化コンピテンシーと組織文化の管理

異文化コンピテンシー

文化次元の知識は、多国籍企業における異文化マネジメントの基盤を提供する。しかし、国レベルの文化スコアを知ることと、実際の異文化状況で効果的に行動できることの間には質的な隔たりがある。この隔たりを埋める概念が異文化コンピテンシー(Intercultural Competence) である。

異文化コンピテンシーとは、文化的背景が異なる人々との間で効果的かつ適切にコミュニケーションし、協働する能力の総体である。これは以下の3つの構成要素からなるとされる。

  1. 認知的要素(Cognitive): 異文化に関する知識・理解。文化次元の理論的知識、特定文化の慣行やタブーに関する具体的知識を含む。
  2. 情動的要素(Affective): 異文化に対する態度・動機づけ。文化的差異への開放性、曖昧さへの耐性、他文化への共感性を含む。
  3. 行動的要素(Behavioral): 異文化状況での適切な行動遂行能力。コミュニケーション・スタイルの切り替え、非言語行動の調整、コンフリクト解決の柔軟性を含む。

多国籍企業における組織文化の管理

多国籍企業は、国民文化の差異を所与の条件としつつ、組織文化(Organizational Culture)を通じてグローバルな統合を図る必要がある。組織文化とは、組織のメンバーが共有する価値観、信念、行動規範の体系であり、シャイン(Edgar Schein, 1985)の3層モデル——人工物(Artifacts)、標榜される価値観(Espoused Values)、基本的前提認識(Basic Underlying Assumptions)——がその分析枠組みとして広く用いられる。

多国籍企業の組織文化管理には、以下の緊張関係が存在する。

  • グローバルな組織文化の統一: 共通の企業理念・行動規範をグローバルに浸透させることで、子会社間の調整コストを低減し、知識共有を促進する。トランスナショナル組織においては、公式の管理メカニズム(ルール・手続き)よりも、共有された組織文化と価値観が統合の基盤となる。
  • 国民文化との整合: 企業が標榜するグローバルな価値観が、現地の国民文化と衝突する場合がある。たとえば、「オープンなフィードバック文化」を推進する企業方針は、高権力格差文化においては抵抗を受ける可能性がある。

この緊張を管理するためのアプローチとして、以下が挙げられる。

  • 普遍的原則と文化的適応の区別: 安全基準やコンプライアンスのような非交渉的な価値観と、コミュニケーション・スタイルや意思決定プロセスのような文化的に適応可能な実践を明確に区別する。
  • バウンダリー・スパナー(Boundary Spanner)の活用: 複数の文化的文脈に精通した人材を文化間の橋渡し役として配置する。
  • 異文化研修: 海外赴任者に対する赴任前・赴任中の文化研修を体系的に実施する。
  • グローバル人材ローテーション: 多国間での人材異動を通じて、組織内に異文化理解の蓄積を図る。

まとめ

  • I-Rフレームワークは、グローバル統合とローカル適応の二次元で多国籍企業が直面する環境圧力を分析する標準的な道具である。
  • バートレット&ゴシャールの4類型——国際型、マルチドメスティック型、グローバル型、トランスナショナル型——は、I-Rグリッド上のポジションに対応する戦略・組織形態を体系的に提示した。
  • トランスナショナル型は統合と適応の同時達成を目指す理想型であるが、その実現には高度な組織的能力が必要であり、純粋な形での実現例は限定的である。P&Gの「Organization 2005」はその接近事例として示唆に富む。
  • ホフステードの文化次元理論(6次元)は、国民文化の差異を定量的に比較する枠組みの先駆であり、国際経営における異文化理解の基盤を提供した。
  • GLOBE研究はホフステードの枠組みを拡張・精緻化し、9次元と実践/価値観の二重測定を導入した。
  • 多国籍企業の組織管理においては、文化次元の知識に加え、異文化コンピテンシーの育成と組織文化のグローバル・ローカル間のバランス管理が実践的課題となる。
  • 次のSection 3では、これらの組織・文化の理論を踏まえ、国際人的資源管理の具体的な制度設計と新興国市場における戦略的課題を検討する。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
I-Rフレームワーク Integration-Responsiveness Framework プラハラッド&ドーズ(1987)が提唱した、グローバル統合とローカル適応の二次元で多国籍企業の戦略的ポジショニングを分析する枠組み
トランスナショナル企業 Transnational Corporation バートレット&ゴシャール(1989)が提唱した理想型。統合的ネットワーク構造により、グローバル統合とローカル適応を同時に高度に達成する組織形態
マルチドメスティック戦略 Multidomestic Strategy 各国市場への現地適応を最優先し、子会社に大幅な自律性を付与する国際戦略。分権的連邦型の組織形態をとる
グローバル戦略 Global Strategy 世界市場を統一的に捉え、製品・プロセスの標準化と集中的生産を通じて規模の経済を追求する国際戦略。集権的ハブ型の組織形態をとる
文化次元理論 Cultural Dimensions Theory ホフステード(1980)が提唱した国民文化の定量的比較枠組み。IBM調査の因子分析から導出された6次元で文化の差異を記述する
権力格差 Power Distance 社会の権力の不平等な配分を、権力の弱い側のメンバーがどの程度受容し期待しているかの度合い
不確実性回避 Uncertainty Avoidance 社会のメンバーが不確実・未知の状況に感じる脅威の度合いと、それを回避しようとする傾向の強さ
GLOBE研究 GLOBE Study ハウス(1990年代〜)を中心とする大規模国際比較研究。62社会・約17,000人の中間管理職を対象に、9次元の文化と実践/価値観の二重尺度でリーダーシップとの関係を調査
異文化コンピテンシー Intercultural Competence 文化的背景が異なる人々と効果的かつ適切にコミュニケーションし協働する能力の総体。認知的・情動的・行動的要素からなる
統合的ネットワーク Integrated Network トランスナショナル組織の組織形態。子会社が専門化された役割を担い、相互依存的に結びつく分散型ネットワーク構造

確認問題

Q1: バートレット&ゴシャールの4類型(国際型、マルチドメスティック型、グローバル型、トランスナショナル型)のそれぞれについて、組織形態の名称と知識フローの方向性を説明せよ。

A1: 国際型は「調整された連邦」の組織形態をとり、知識は本社から子会社への一方向に流れる。マルチドメスティック型は「分権的連邦」をとり、知識は各子会社内で自己完結的に生成・保持される。グローバル型は「集権的ハブ」をとり、知識は本社から子会社への一方向に流れる(国際型と類似するが、戦略的統制の強度がより高い)。トランスナショナル型は「統合的ネットワーク」をとり、知識は本社・子会社間および子会社間の多方向に流れ、各子会社が「卓越拠点」として特定分野で全社的に貢献する。

Q2: トランスナショナル型はなぜ「理想型」と位置づけられるのか。その理論的意義と、実現上の困難を論ぜよ。

A2: 従来の国際経営論がグローバル統合とローカル適応をトレードオフと捉えていたのに対し、バートレット&ゴシャールはトランスナショナル型によって両者の同時達成が可能であると主張した点に理論的意義がある。統合的ネットワークとして組織された子会社が専門化された役割を担い、多方向の知識フローを通じて効率性と適応性を両立する。しかし実現上の困難として、多方向の知識フローの管理、子会社間の水平的調整メカニズムの構築、共有された組織文化の醸成といった高度な組織的能力が求められる点がある。ハージング(2000)の実証研究では、純粋なトランスナショナル型に分類される企業は極めて少なく、多くの企業は複数類型の混合形態であることが示されている。

Q3: ホフステードの文化次元理論における「不確実性回避」の次元について、高UAI社会と低UAI社会の組織運営上の違いを具体例を交えて説明せよ。

A3: 不確実性回避は、曖昧さや未知の状況に対する不安感の度合いに関する次元であり、リスク選好とは異なる概念である。高UAI社会(例: 日本、ギリシャ)では、詳細なルール・規則体系、明確な職務記述書、標準化された手続きが好まれ、官僚制的な組織構造が志向される。変化に対する抵抗が比較的強く、長期雇用が重視される傾向がある。一方、低UAI社会(例: シンガポール、デンマーク)では、ルールの数は必要最小限にとどめられ、柔軟でアドホックな組織運営が許容される。新しいアイデアや異質な行動への寛容度が高く、転職や起業へのハードルも相対的に低い。

Q4: GLOBE研究がホフステード理論を拡張した主要な点を2つ挙げ、それぞれの意義を説明せよ。

A4: 第一に、ホフステードの一次元的構成概念を複数次元に分解した点がある。たとえば「集団主義」を制度的集団主義(組織・社会制度レベルの集団的行動の奨励度合い)と内集団集団主義(家族・親密集団への忠誠度合い)に分離し、「男性性」をジェンダー平等主義と自己主張性に分離した。これにより、「制度的には個人主義的だが家族への結束は強い」のような複合的な文化特性をより精緻に記述できるようになった。第二に、文化の測定を実践("As Is")と価値観("Should Be")の二重構造で行った点がある。これにより、社会の現状と理想の間の乖離を定量的に把握することが可能となり、文化変容の方向性を分析する手がかりを提供した。

Q5: ある日本のメーカーが東南アジア各国への事業展開を拡大するにあたり、本国の組織文化(オープンなフィードバック・改善提案の奨励)をグローバルに浸透させたいと考えている。ホフステードの文化次元を参照して、この施策が直面しうる課題と対応策を論ぜよ。

A5: 東南アジア諸国の多くは権力格差(PDI)が日本よりも高い傾向にある(フィリピン、マレーシア、インドネシアなどは世界的にも高PDI社会に分類される)。高PDI社会では、上司に対して異を唱えたり改善提案を行ったりすることは、階層秩序への挑戦と受け取られる可能性があり、オープンなフィードバック文化の浸透に抵抗が生じうる。また、不確実性回避や集団主義の度合いによっては、個人が率先して既存のやり方に変更を求めることへの心理的障壁が高い場合もある。対応策としては、第一に普遍的原則(安全・品質に関する基準)と文化的に適応可能な実践(フィードバックの形式・場面)を区別し、後者については現地の文化的慣行に合わせた運用を認めることが考えられる。第二に、現地の管理職をバウンダリー・スパナーとして育成し、本国の価値観と現地文化の橋渡し役を担わせることが有効である。第三に、改善提案を個人ではなくチーム単位で行う形式に変更するなど、集団主義的文化との整合性を確保する工夫が求められる。