コンテンツにスキップ

Module 3-3 - Section 1: 産業革命と近代企業の誕生

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-3: 経営史
前提セクション なし
想定学習時間 3時間

導入

本セクションは、経営史モジュールの冒頭に位置し、18世紀後半の産業革命から20世紀半ばに至るまでの企業経営の歴史的展開を扱う。経営史モジュール全体は、近代企業の誕生(本セクション)、日本企業の歴史的展開(Section 2)、情報革命と現代企業(Section 3)の三部構成であり、本セクションでは主として欧米、とりわけアメリカを中心とした近代企業体制の形成過程と、それに伴って発展した経営管理論の系譜を概観する。

経営学という学問は、企業という組織体が一定の規模と複雑性を備えてはじめて成立した。産業革命による生産様式の転換、株式会社制度の発展、鉄道をはじめとする大規模事業の出現が、経営を「管理」すべき対象として認識させた。本セクションでは、この歴史的過程を追いながら、アルフレッド・チャンドラーの経営史理論を軸に、テイラーからコンティンジェンシー理論に至る経営管理論の展開を体系的に理解する。


産業革命と工場制度の成立

生産様式の転換

18世紀後半のイギリスに始まる産業革命は、生産様式を根本的に変革した。産業革命以前の生産は、家内制手工業(domestic system)を基本としていた。商人が原材料を農家に配分し、農家が自宅で加工して製品を納める問屋制家内工業が支配的であった。

Key Concept: 工場制度(Factory System) 資本家が工場という施設に労働者を集め、分業と機械を用いて大規模に生産を行う体制。産業革命によって成立し、近代企業の物的基盤となった。手工業的生産から機械制大工業への移行を象徴する制度である。

生産様式は以下の段階を経て転換した。

  1. 家内制手工業(〜18世紀前半): 生産者が自己の道具と原材料で製品を生産
  2. 問屋制家内工業(マニュファクチュア前段階): 商人資本家が原材料を供給し、完成品を買い取る
  3. 工場制手工業(マニュファクチュア)(16世紀後半〜): 資本家が作業場に労働者を集め、手作業による分業で生産。アダム・スミスが『国富論』(1776)で分析したピン工場がその典型である
  4. 工場制機械工業(18世紀後半〜): 蒸気機関等の動力機械を導入し、大規模工場での機械制生産を実現

1765年にジェームズ・ワットが蒸気機関を改良したことで、工場は河川動力に依存する必要がなくなり、都市部での大規模工場建設が可能となった。これにより、マンチェスターやバーミンガムといった工業都市が形成された。

工場制度が経営にもたらしたもの

工場制度の成立は、「経営」という営みを初めて独立した課題として顕在化させた。家内制手工業では生産者自身が全工程を管理していたが、工場制度においては以下の管理課題が生じた。

  • 労働管理: 多数の労働者の出退勤、作業配分、規律の維持
  • 生産管理: 分業体制における工程間の調整、品質管理
  • 資本管理: 機械設備への大規模投資とその回収計画
  • 労使関係: 産業資本家と賃金労働者という新たな階級関係への対応

これらの管理課題は、後にテイラーの科学的管理法やファヨールの管理過程論が取り組む問題の原型であった。


株式会社制度の発展と所有と経営の分離

株式会社の歴史的起源

近代的な企業組織の中核を成す株式会社制度は、17世紀の特許会社に起源を持つ。イギリス東インド会社(1600年設立)やオランダ東インド会社(1602年設立)は、大規模な貿易事業のために多数の出資者から資本を集める仕組みとして設立された。特にオランダ東インド会社は、株式の自由譲渡と有限責任制を備えた最初期の株式会社とされる。

19世紀に入ると、鉄道建設や重化学工業の発展に伴い、個人資本家や少数のパートナーシップでは賄いきれない巨額の資本需要が生じた。イギリスでは1844年の株式会社登記法、1855年の有限責任法を経て、1862年の会社法により株式会社の一般的設立が容易になった。アメリカでも各州が一般会社設立法を整備し、19世紀後半には株式会社が企業組織の支配的形態となった。

バーリ=ミーンズの命題

Key Concept: 所有と経営の分離(Separation of Ownership and Control) 株式の分散所有が進むにつれ、株主(所有者)が実質的な経営支配力を喪失し、専門経営者が企業の実質的支配権を掌握するようになる現象。アドルフ・バーリとガーディナー・ミーンズが1932年の著作『近代株式会社と私有財産』で実証的に示した。

バーリとミーンズは、1929年時点のアメリカにおける総資産上位200社の所有構造を調査し、筆頭株主が支配力を行使しうるだけの持株比率(彼らが設定した基準は20%)を持たない企業が全体の44%に達することを明らかにした。この実証分析は、以下の命題を導いた。

  1. 株式分散の不可逆的進行: 企業規模の拡大に伴い、株式は多数の小口株主に分散していく
  2. 所有者の無機能化: 株主の多くは経営に関心も能力も持たない「無機能資本家」となる
  3. 経営者支配の成立: 専門的経営者(professional manager)が企業の実質的な意思決定権を掌握する

この「所有と経営の分離」の命題は、20世紀後半のコーポレート・ガバナンス論の出発点となり、エージェンシー理論(→ Module 3-1参照)へと発展した。


アメリカ大企業体制の形成

鉄道会社と近代的経営管理の起源

アメリカにおける近代的大企業の原型は、1840〜1850年代の鉄道会社に見出される。鉄道事業は、それまでのいかなる事業とも異なる以下の特性を持っていた。

  • 地理的広がり: 数百マイルにわたる路線を統一的に管理する必要
  • 安全管理: 列車の運行スケジュール管理と事故防止のための厳密な統制
  • 巨額の資本: 線路敷設、車両購入、駅舎建設に膨大な固定資本が必要
  • 多数の従業員: 数千人規模の労働者を雇用する最初の産業

これらの要請から、鉄道会社は近代的な組織管理手法を最初に開発した産業となった。具体的には、職能別の部門組織(運輸部門、保線部門、会計部門等)、階層的な指揮命令系統、組織図の作成、統計的な業績管理(トン・マイルあたりのコスト計算等)といった手法が鉄道会社において開発された。チャンドラーが『経営者の時代』で詳述したように、鉄道会社は「最初の近代的企業」であった。

スタンダード・オイルとトラスト運動

19世紀後半のアメリカでは、鉄道網の完成を背景に全国市場が形成され、大規模企業が急速に出現した。その象徴がジョン・D・ロックフェラーのスタンダード・オイルである。

ロックフェラーは1870年にオハイオ州でスタンダード・オイルを設立し、以下の戦略で石油精製業の支配を確立した。

  1. 鉄道リベートの獲得: 最大荷主としての交渉力を用い、鉄道会社から運賃割引(リベート)を取得。競合他社に対するコスト優位を確保
  2. 水平統合: 競合する精製業者を次々と買収し、1879年までに全米の石油精製能力の約90%を支配
  3. トラスト形態の採用: 1882年に信託(ビジネス・トラスト)を企業形態として採用し、傘下企業群を統一的に支配する体制を構築

スタンダード・オイルに代表されるトラスト運動は、1890年のシャーマン反トラスト法の制定を招き、1911年に同社は34の会社に分割された。この過程は、大企業と政府規制の関係という、現代に至る重要な論点の原型を形成した。


チャンドラーの経営史理論

『戦略と構造』(Strategy and Structure, 1962)

Key Concept: 経営者資本主義(Managerial Capitalism) 株式所有者ではなく、専門的な経営者(プロフェッショナル・マネジャー)が企業の戦略的意思決定を支配する資本主義の形態。バーリ=ミーンズの所有と経営の分離を前提とし、チャンドラーがその歴史的成立過程を実証的に描いた。

アルフレッド・D・チャンドラー・ジュニア(Alfred D. Chandler, Jr.)は、ハーバード大学の経営史学者として、実証的な歴史研究に基づく経営理論を構築した。その最初の主著『戦略と構造』(1962)は、デュポン、ゼネラル・モーターズ(GM)、スタンダード・オイル・オブ・ニュージャージー、シアーズ・ローバックの4社の経営史を詳細に分析した。

チャンドラーは、これら4社がいずれも以下の共通パターンを経験したことを示した。

  1. 事業戦略の転換: 量的拡大、地理的拡大、垂直統合、製品多角化といった成長戦略の採用
  2. 組織構造の不適合: 既存の集権的・職能別組織では、多角化した事業の管理が困難に
  3. 事業部制組織の導入: 製品別・地域別の事業部制(divisional structure)への組織再編

とりわけデュポン社の事例は典型的であった。同社は第一次世界大戦後に火薬から消費財(塗料、セロファン等)への多角化を進めたが、既存の職能別組織では各事業の採算管理が困難となった。1921年に事業部制を導入し、各事業部が独立した損益責任を持つ分権的組織へ移行することで、多角化戦略と組織構造の整合性を回復した。

この分析から導かれた命題が「組織は戦略に従う(Structure follows Strategy)」である。ただし、チャンドラー自身はこの表現を命題として提示したわけではなく、後世の研究者による定式化である点に注意が必要である。

『経営者の時代』(The Visible Hand, 1977)

Key Concept: 見える手(Visible Hand) アダム・スミスの「見えざる手(invisible hand)」——市場の価格メカニズムによる資源配分——に対置される概念。企業内部の経営管理階層による意識的・計画的な資源配分と調整のことを指す。チャンドラーは、19世紀後半以降のアメリカにおいて、市場メカニズムに代わって経営管理者の「見える手」が経済活動の調整を担うようになったと論じた。

『経営者の時代』(原題: The Visible Hand: The Managerial Revolution in American Business)は、チャンドラーの主著であり、1977年にピューリッツァー賞を受賞した。同書の核心命題は以下の通りである。

命題: 1840年代まで、アメリカ経済における財・サービスの生産と流通は、小規模な伝統的企業によって担われ、市場の価格メカニズム(「見えざる手」)によって調整されていた。しかし、鉄道・電信の発達と全国市場の形成を契機として、多数の事業単位を内部に抱える近代的大企業が出現し、企業内部の経営管理階層(「見える手」)が市場メカニズムに取って代わって経済活動を調整するようになった。

チャンドラーは、この転換が生じた理由として以下を挙げた。

  1. スピードの経済性: 管理的調整は、市場的調整よりも財の流れを高速化し、スループット(単位時間あたりの処理量)を向上させる
  2. 取引コストの節減: 企業内部での調整は、市場取引に伴う交渉・契約・監視のコストを削減する
  3. 規模と範囲の経済性: 大量生産と大量流通の結合によって、単位あたりコストが低減する

チャンドラーの三部作の三冊目『スケール・アンド・スコープ』(Scale and Scope, 1990)では、この分析がアメリカ、イギリス、ドイツの三国比較に拡張された。

timeline
    title 経営管理論の歴史的展開
    1880s-1910s : 科学的管理法 テイラー
              : 管理過程論 ファヨール
    1920s-1930s : 人間関係論 メイヨー
              : ホーソン実験 1924-1932
              : バーリとミーンズ 1932
    1930s-1940s : 組織均衡論 バーナード 1938
              : 意思決定論 サイモン 1947
    1950s-1960s : 行動科学 マクレガー マズロー
              : チャンドラー 戦略と構造 1962
              : コンティンジェンシー理論
    1970s : チャンドラー 経営者の時代 1977

経営管理論の歴史的展開

科学的管理法(テイラー)

Key Concept: 科学的管理法(Scientific Management) フレデリック・W・テイラーが提唱した管理手法。作業の科学的分析(時間研究・動作研究)に基づく「一日の公正な作業量」の設定、作業方法の標準化、差別的出来高給制度を柱とする。経験則と勘に依存していた作業管理を、科学的観察と測定に基づくものへ転換することを目指した。

フレデリック・ウィンスロー・テイラー(Frederick Winslow Taylor, 1856-1915)は、ミッドヴェール製鋼所およびベスレヘム・スチールでの実務経験に基づき、科学的管理法を体系化した。主著『科学的管理法の原理』(The Principles of Scientific Management, 1911)に集約されるその主張は以下の通りである。

4つの原理: 1. 科学的な作業方法の確立: 時間研究(time study)と動作研究(motion study)により、各作業の最適な方法と所要時間を科学的に決定する 2. 労働者の科学的選抜と訓練: 各作業に最適な労働者を選抜し、科学的に訓練する 3. 労使の協力: 管理者と労働者が科学的に確立された方法に基づいて協力する 4. 管理者と労働者の職務分担: 計画・統制は管理者が、実行は労働者が担当する(計画と実行の分離)

ベスレヘム・スチールの事例: テイラーの代表的な実験は、ベスレヘム・スチールにおける銑鉄運搬作業の改善である。「シュミット」と呼ばれた労働者を対象に、作業と休息の最適な配分を科学的に設計した結果、一日の運搬量は12.5トンから47.5トンに増加し、日給は1.15ドルから1.85ドルに上昇したとされる。また、シャベル作業の改善では、素材の重さに応じてシャベルの大きさを変え、一すくいの最適重量を約21ポンド(約9.5kg)と算出した。

テイラーの科学的管理法に対しては、労働の人間的側面を軽視しているとの批判がなされた。労働組合は、科学的管理法を労働強化の手段として強く警戒した。1912年には米国議会でテイラー・システムに関する公聴会が開催されるに至った。

管理過程論(ファヨール)

アンリ・ファヨール(Henri Fayol, 1841-1925)は、フランスの鉱山会社の経営者として30年以上の実務経験を持ち、その経験を体系化して主著『産業ならびに一般の管理』(Administration Industrielle et Générale, 1916)を著した。

テイラーが現場作業者の管理(shop management)に焦点を当てたのに対し、ファヨールは経営管理の全体像を上位管理者の視点から体系化した点に特徴がある。

企業活動の6分類: 1. 技術的活動(生産・製造・加工) 2. 商業的活動(購買・販売・交換) 3. 財務的活動(資金の調達・管理) 4. 保全的活動(財産・従業員の保護) 5. 会計的活動(棚卸・貸借対照表・原価計算) 6. 管理的活動(計画・組織・命令・調整・統制)

ファヨールは、6番目の管理的活動こそ経営者の本質的職能であるとし、これを「計画(prévoir)」「組織(organiser)」「命令(commander)」「調整(coordonner)」「統制(contrôler)」の5要素に分解した。さらに、管理活動を行う際の指針として14の管理原則を提示した。その中には、分業、権限と責任の一致、命令の一元性(unity of command)、指揮の一元性(unity of direction)、全体利益への個人利益の従属、公正な報酬などが含まれる。

ファヨールの管理過程論は、後にルーサー・ギューリック(Luther Gulick)のPOSDCORB(計画・組織・人事・指揮・調整・報告・予算)や、ハロルド・クーンツ(Harold Koontz)らの管理過程学派(management process school)に継承された。

人間関係論(メイヨーとホーソン実験)

Key Concept: ホーソン実験(Hawthorne Studies) 1924年から1932年にかけて、ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われた一連の実験・調査。当初は照明条件と生産性の関係を調べる物理的実験として始まったが、結果的に労働者の社会的・心理的要因が生産性に及ぼす影響の重要性を示し、人間関係論の出発点となった。

エルトン・メイヨー(Elton Mayo, 1880-1949)は、ハーバード大学の産業調査部門の研究者として、ホーソン実験の分析と理論化に中心的役割を果たした。ホーソン実験は、以下の4段階から構成される。

  1. 照明実験(1924-1927): 照明の明るさと生産性の関係を調査。照明を明るくしても暗くしても生産性が向上するという予想外の結果が得られた
  2. リレー組立実験(1927-1932): 6名の女性労働者を対象に、休憩時間、労働時間、報酬制度などの条件を変化させて生産性への影響を測定。ほぼすべての条件変更で生産性が向上した
  3. 面接調査(1928-1930): 約21,000人の従業員に対する大規模な面接調査を実施し、労働者の態度と不満の構造を把握
  4. バンク配線観察(1931-1932): 14名の男性労働者グループの行動を観察し、公式組織とは異なる非公式組織(informal organization)の存在と、集団による生産量の暗黙的制限(output restriction)を発見

ホーソン実験から導かれた主要な知見は以下の通りである。

  • 労働者の生産性は、物理的環境条件よりも社会的・心理的要因に大きく影響される
  • 非公式組織(インフォーマル・グループ)が労働者の行動規範を形成する
  • 経営者が労働者に関心を示すこと自体が生産性向上に寄与する(いわゆる「ホーソン効果」)

ただし、ホーソン実験に対しては方法論的批判も多い。実験統制の不十分さ、サンプルの偏り、メイヨーらの解釈における恣意性が指摘されている。近年の再分析では、賃金制度の変更や被験者の選抜バイアスが結果に大きく影響した可能性が示されており、原実験の結論をそのまま受け入れることには慎重さが求められる。

行動科学(マクレガーとマズロー)

人間関係論の知見を継承しつつ、より科学的・体系的な方法論で人間行動を研究する立場が行動科学(behavioral science)である。経営管理の文脈では、以下の二つの理論が特に重要である。

マズローの欲求階層説: エイブラハム・マズロー(Abraham Maslow, 1908-1970)は、人間の欲求を5段階の階層構造として理論化した(『人間性の心理学』1954年)。

  1. 生理的欲求(physiological needs)
  2. 安全欲求(safety needs)
  3. 社会的欲求(social needs / belongingness)
  4. 承認欲求(esteem needs)
  5. 自己実現欲求(self-actualization needs)

低次の欲求が充足されると、より高次の欲求が動機づけの中心となるとされる。

マクレガーのX理論・Y理論: ダグラス・マクレガー(Douglas McGregor, 1906-1964)は、マズローの欲求階層説を経営管理に応用し、管理者が持つ人間観を二つの類型に整理した(『企業の人間的側面』1960年)。

項目 X理論 Y理論
人間観 人間は生来怠惰で、仕事を嫌う 人間は条件次第で仕事に満足を見出す
動機づけ 低次欲求(生理的・安全欲求)中心 高次欲求(承認・自己実現欲求)中心
管理方法 命令・統制・処罰による外的管理 目標設定と自律性の付与による内的動機づけ
前提 科学的管理法の人間観に近い 人間関係論の発展的立場

マクレガーは、現代の高い生活水準の下では低次欲求は既に充足されており、X理論に基づく管理は有効でないと主張した。Y理論に基づく参加的管理、目標による管理(MBO: Management by Objectives)の必要性を説いた。

近代組織論(バーナードとサイモン)

バーナードの組織均衡理論: チェスター・I・バーナード(Chester I. Barnard, 1886-1961)は、ニュージャージー・ベル電話会社の社長を務めた実務家であり、主著『経営者の役割』(The Functions of the Executive, 1938)において、組織の一般理論を構築した。

バーナードは組織を「意識的に調整された人間の活動や諸力の体系(a system of consciously coordinated activities or forces of two or more persons)」と定義し、組織成立の三要素として以下を挙げた。

  1. 共通目的(common purpose)
  2. 協働意欲(willingness to cooperate)
  3. コミュニケーション(communication)

さらに、組織が存続するためには、組織が成員に提供する「誘因(inducements)」が、成員が組織に対して行う「貢献(contributions)」を上回る(少なくとも均衡する)必要があるとする「組織均衡」の概念を提示した。

サイモンの意思決定論: ハーバート・A・サイモン(Herbert A. Simon, 1916-2001)は、バーナードの理論を継承・発展させ、主著『経営行動』(Administrative Behavior, 1947)において、意思決定を経営の中心概念に据えた。サイモンはノーベル経済学賞(1978年)を受賞している。

サイモンの最大の貢献は「限定合理性(bounded rationality)」の概念である。古典的経済学が前提とする完全合理的な意思決定者とは異なり、現実の人間は情報処理能力の限界、利用可能な情報の不完全性、時間的制約のために、最適解(optimizing)ではなく「満足解(satisficing)」を追求する。組織は、個人の限定合理性を補完し、より合理的な意思決定を可能にする情報処理システムとして機能するとサイモンは論じた。

コンティンジェンシー理論

Key Concept: コンティンジェンシー理論(Contingency Theory) 唯一最善の組織構造(one best way)は存在せず、最適な組織構造は環境条件(技術、市場の不確実性等)に依存する(contingent upon)とする理論。科学的管理法や古典的組織論が前提とした普遍主義を否定し、組織と環境の適合(fit)を重視する。

コンティンジェンシー理論は、1960年代に複数の研究者によってほぼ同時期に展開された。主要な貢献者と知見は以下の通りである。

ジョーン・ウッドワード(Joan Woodward): イギリスの社会学者ウッドワードは、サウス・イースト・エセックスの製造業100社を対象とした調査(1958年発表)において、生産技術の類型(単品・小バッチ生産、大バッチ・大量生産、装置型連続生産)が組織構造の特性(管理階層の数、統制範囲、公式化の程度等)を規定することを発見した。古典的管理原則に従っている企業が必ずしも高業績ではなく、自社の技術特性に適合した組織構造を持つ企業が高業績であることを示した。

ポール・ローレンスとジェイ・ローシュ(Paul Lawrence and Jay Lorsch): ハーバード大学の組織研究者ローレンスとローシュは、主著『組織の条件適応理論』(Organization and Environment, 1967)において、環境の不確実性の程度が組織の「分化(differentiation)」と「統合(integration)」のパターンを規定することを示した。環境の不確実性が高い産業(プラスチック産業等)では、各部門が環境に応じて高度に分化し、かつ高度な統合メカニズムを必要とする。環境の不確実性が低い産業(コンテナ産業等)では、分化も統合もより低い水準で足りる。

graph TD
    A["チャンドラーの命題: 戦略が構造を規定する"] --> B["量的拡大戦略"]
    A --> C["地理的拡大戦略"]
    A --> D["垂直統合戦略"]
    A --> E["製品多角化戦略"]
    B --> F["職能別集権組織の拡大"]
    C --> F
    D --> F
    E --> G["管理上の困難の発生"]
    F --> G
    G --> H["事業部制組織の導入"]
    H --> I["デュポン 1921年"]
    H --> J["GM 1920年代"]
    H --> K["スタンダード・オイル NJ"]
    H --> L["シアーズ・ローバック"]

まとめ

  • 産業革命は家内制手工業から工場制機械工業への転換をもたらし、「経営」を独立した課題として顕在化させた。工場制度の成立は、労働管理・生産管理・資本管理という近代的経営課題の原型を形成した
  • 株式会社制度の発展と株式分散の進行により、所有と経営の分離が進んだ。バーリ=ミーンズ(1932)はこれを実証的に示し、経営者支配の時代の到来を明らかにした
  • アメリカでは鉄道会社が最初の近代的大企業として登場し、組織的経営管理の手法を開発した。スタンダード・オイルに代表されるトラスト運動は大企業体制を形成する一方、反トラスト規制を惹起した
  • チャンドラーは「組織は戦略に従う」「見える手」という二つの核心命題を提示し、近代大企業の成立過程を実証的に解明した
  • 経営管理論は、科学的管理法(テイラー)→管理過程論(ファヨール)→人間関係論(メイヨー)→行動科学(マクレガー、マズロー)→近代組織論(バーナード、サイモン)→コンティンジェンシー理論(ウッドワード、ローレンス&ローシュ)という系譜をたどった。各理論はその時代の企業組織と社会的文脈を反映している
  • 次のSection 2では、この欧米を中心とした近代企業の発展を踏まえつつ、日本企業の独自の歴史的展開を検討する

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
工場制度 Factory System 資本家が工場に労働者を集め、分業と機械により大規模生産を行う体制
所有と経営の分離 Separation of Ownership and Control 株式分散の進行により、株主が経営支配力を喪失し専門経営者が実権を握る現象
見える手 Visible Hand 企業内部の経営管理階層による意識的な資源配分と調整。市場の「見えざる手」に対置される概念
科学的管理法 Scientific Management テイラーが体系化した、時間研究・動作研究に基づく作業管理の方法論
ホーソン実験 Hawthorne Studies 1924-1932年にウェスタン・エレクトリック社ホーソン工場で実施された実験群。人間関係論の出発点
経営者資本主義 Managerial Capitalism 専門経営者が企業の戦略的意思決定を支配する資本主義の形態
コンティンジェンシー理論 Contingency Theory 最適な組織構造は環境条件に依存するとする理論。唯一最善の組織構造の存在を否定する
管理過程論 Management Process Theory ファヨールに始まる、管理活動を計画・組織・命令・調整・統制の諸機能に分解して論じる学派
限定合理性 Bounded Rationality 人間の情報処理能力の限界により、最適解ではなく満足解を追求するという意思決定の特性
事業部制 Divisional Structure 製品別・地域別に自律的な事業単位を設け、各事業部が独立した損益責任を持つ組織形態
非公式組織 Informal Organization 公式の組織図には現れないが、成員間の社会的相互作用から自然発生的に形成される集団や関係

確認問題

Q1: チャンドラーの「見える手(Visible Hand)」の概念を、アダム・スミスの「見えざる手」との対比において説明せよ。また、チャンドラーが「見える手」が「見えざる手」に取って代わった要因として挙げた論拠を述べよ。

A1: アダム・スミスの「見えざる手」は、市場における価格メカニズムが個々の経済主体の自律的行動を調整し、社会全体の資源配分を実現するという概念である。これに対しチャンドラーの「見える手」は、企業内部の経営管理階層が意識的・計画的に資源配分と活動調整を行うことを指す。チャンドラーは、19世紀後半以降のアメリカにおいて、鉄道・電信の発達と全国市場の形成を契機に近代的大企業が出現し、管理的調整が市場メカニズムに取って代わったと論じた。その論拠として、管理的調整が市場的調整よりも財の流れを高速化しスループットを向上させること(スピードの経済性)、市場取引に伴う交渉・契約・監視コストを削減すること(取引コストの節減)、大量生産と大量流通の結合による単位コスト低減(規模と範囲の経済性)を挙げた。

Q2: テイラーの科学的管理法とメイヨーの人間関係論は、労働者の生産性向上という同一の問題に対して異なるアプローチを採った。両者の人間観と管理方法の相違点を対比して説明し、それぞれの限界を指摘せよ。

A2: テイラーの科学的管理法は、労働者を経済的動機によって動く合理的存在と捉え、時間研究・動作研究による作業の科学的分析、標準作業方法の設定、差別的出来高給制度によって生産性向上を図った。計画と実行の分離を原則とし、管理者が作業方法を設計し労働者がそれに従う構造を採った。一方、メイヨーの人間関係論は、ホーソン実験の知見に基づき、労働者を社会的・心理的欲求を持つ存在と捉えた。物理的条件や経済的誘因よりも、集団内の人間関係、非公式組織の規範、管理者の関心が生産性に影響するとした。科学的管理法の限界は、労働の人間的側面を軽視し、労働者を受動的な存在として扱った点にある。人間関係論の限界は、ホーソン実験自体の方法論的問題(実験統制の不十分さ、解釈の恣意性)に加え、組織内の権力構造や利害対立を十分に分析せず、「幸福な労働者は生産的な労働者である」という単純化に陥った点にある。

Q3: チャンドラーの「組織は戦略に従う」命題を、デュポン社の事例を用いて具体的に説明せよ。

A3: デュポン社は元来火薬メーカーであったが、第一次世界大戦後の軍需縮小に対応して塗料やセロファンなどの消費財への製品多角化戦略を採用した。しかし、既存の職能別集権組織(製造・販売・財務等の職能部門が全社横断的に管理する構造)では、異なる市場特性を持つ複数の製品ラインを適切に管理することが困難であった。各製品の採算管理、市場動向への迅速な対応が職能別組織の枠組みでは実現できなかった。この管理上の困難を解決するため、1921年にデュポン社は事業部制組織を導入した。各事業部が製品別に独立した損益責任を持ち、製造・販売・研究開発の機能を内包する分権的組織へ移行した。これにより多角化戦略と組織構造の整合性が回復された。この事例は、戦略の転換(多角化)が組織構造の転換(事業部制の導入)を必然的に要請することを示しており、「組織は戦略に従う」命題の典型例である。

Q4: コンティンジェンシー理論はどのような点で科学的管理法や古典的管理原則を批判したのか。ウッドワードの研究を具体例として説明せよ。

A4: 科学的管理法や古典的管理原則(ファヨールの14原則等)は、あらゆる組織に適用可能な唯一最善の管理方法(one best way)の存在を前提としていた。コンティンジェンシー理論はこの普遍主義を否定し、最適な組織構造は環境条件に依存する(contingent upon)と主張した。ウッドワードは、サウス・イースト・エセックスの製造業100社を調査し、生産技術を単品・小バッチ生産、大バッチ・大量生産、装置型連続生産の三類型に分類した。その結果、管理階層の数、統制範囲、公式化の程度といった組織特性は生産技術の類型によって異なり、古典的管理原則に忠実な企業が必ずしも高業績ではないことを発見した。高業績企業とは、自社の技術特性に適合した組織構造を採用している企業であった。たとえば大量生産企業では公式化と統制範囲が大きい機械的組織が有効であったが、単品生産企業ではより柔軟で有機的な組織が適していた。この発見は、「唯一最善の組織」という前提を実証的に否定するものであった。

Q5: バーナードの組織均衡理論とサイモンの限定合理性の概念は、それぞれどのような点で従来の経営理論を超克したのか。両者の理論的連続性にも言及して説明せよ。

A5: バーナードは、組織を単なる権限のヒエラルキーとしてではなく、「意識的に調整された人間の活動の体系」として捉え直した。組織の存続条件として、共通目的・協働意欲・コミュニケーションの三要素を挙げ、特に成員の協働意欲の確保が不可欠であるとした。組織が成員に提供する誘因が成員の貢献を上回る(均衡する)ときにのみ成員は組織に参加し続けるという組織均衡の概念は、組織を命令と服従の一方的関係としてではなく、参加者の自発的選択に基づく協働体系として把握する視座を提供した。サイモンはバーナードの理論を継承し、意思決定を経営の中心概念に据えた。古典的経済学が前提とする完全合理的な意思決定者像を否定し、人間は情報処理能力の限界・情報の不完全性・時間的制約のために最適解ではなく「満足解」を追求するという限定合理性の概念を提示した。組織は個人の限定合理性を補完する情報処理システムとして機能するとした。両者の連続性は、バーナードが提起した「組織は個人の限界を克服する協働体系である」という命題を、サイモンが意思決定と限定合理性という分析概念によって精緻化した点に見出される。バーナードの誘因-貢献均衡の概念は、サイモンとジェームズ・マーチの組織均衡理論へと発展した。