Module 3-3 - Section 3: 情報革命と現代企業¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 3-3: 経営史 |
| 前提セクション | Section 1, Section 2 |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
Section 1では、産業革命から20世紀半ばに至る近代企業体制の形成と経営管理論の系譜を概観した。工場制度の成立、株式会社制度の発展、所有と経営の分離、そしてチャンドラーが描いた管理階層による「見える手」の台頭が、近代企業の骨格を形成した。Section 2では、日本企業が財閥体制、戦後改革、高度成長期を経て独自の経営システムを構築した過程を検討した。
本セクションでは、1980年代以降の情報技術革命が企業経営にもたらした構造的変容を扱う。PC革命、インターネット革命、モバイル・クラウド革命という三つの技術的波が、企業の組織構造、競争様式、価値創造のメカニズムを根本的に変えた。チャンドラーの時代において支配的であった垂直統合型の大企業は、プラットフォーム企業という新たな企業形態の台頭によって相対化された。同時に、企業ガバナンスの領域では、株主資本主義とステークホルダー資本主義の間で激しい論争が展開され、「企業は誰のために存在するか」という根本問題が再び問い直されている。
本セクションは経営史モジュールの最終セクションとして、産業革命から情報革命に至る企業経営の歴史的展開を通観し、現代企業が直面する課題の歴史的文脈を明らかにする。
情報技術革命の三つの波¶
PC革命(1970年代後半〜1990年代前半)¶
情報技術(IT: Information Technology)が企業経営を変容させる過程は、三つの技術的波に区分できる。第一の波はパーソナルコンピュータ(PC)革命である。
1977年にApple IIが発売され、1981年にIBM PCが登場したことで、コンピュータは企業のオフィスと家庭に普及し始めた。1984年時点で米国世帯のPC保有率は8.2%であったが、1989年には15%に達した。企業においては、1980年代を通じてLAN(Local Area Network)の普及とともに、部門ごとに分散していた情報処理が統合され、「情報システム部門」が組織の中に定着した。
PC革命が経営にもたらした最も重要な変化は、情報処理の民主化である。メインフレーム時代には情報処理は専門部門に集中していたが、PCの普及により、個々の業務担当者が表計算ソフトやワードプロセッサを用いて自律的に情報を処理できるようになった。これは、管理階層を通じた情報の上下移動という従来の組織原理に変容を迫るものであった。
インターネット革命(1990年代半ば〜2000年代)¶
第二の波は、インターネットの商用化に始まるインターネット革命である。ティム・バーナーズ=リー(Tim Berners-Lee)が1989年にWorld Wide Webを考案し、1991年に公開された。1993年にマーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)らがMosaicブラウザを開発したことで、Webは視覚的なメディアとなり爆発的に普及した。
インターネットは企業経営に以下の構造的変化をもたらした。
- 取引コストの劇的低減: 情報の探索・比較・交渉に要するコストが激減し、市場取引の効率が飛躍的に向上した。これは、チャンドラーが論じた「見える手」(管理的調整)が「見えざる手」(市場的調整)より優位に立つ条件を部分的に掘り崩すものであった
- 中間業者の排除(ディスインターメディエーション): 生産者と消費者がインターネットを通じて直接取引可能となり、従来の流通チャネルにおける中間業者の機能が縮小した
- 地理的制約の緩和: 物理的な距離がビジネス上の障壁としての意味を大きく減じ、グローバルな市場アクセスが容易になった
- ネットワーク型組織の出現: 垂直統合に代わり、企業間ネットワークを通じた協業が容易になった
1990年代後半のドットコム・バブル(1995年頃〜2001年)は、インターネットの経済的可能性に対する過大評価の帰結であったが、バブル崩壊後も、Amazon(1994年設立)、Google(1998年設立)、eBay(1995年設立)といった企業が生き残り、次の時代の支配的企業へと成長した。
モバイル・クラウド革命(2007年〜現在)¶
第三の波は、2007年のiPhone発売を画期とするモバイル・クラウド革命である。スマートフォンの普及は、インターネットへのアクセスを「いつでもどこでも」可能にし、消費者行動とビジネスモデルの双方を根本的に変えた。
同時期に進展したクラウドコンピューティング(Amazon Web Services: 2006年開始)は、企業がITインフラを自社で保有する必要性を低減し、スタートアップ企業の参入障壁を大幅に引き下げた。従来、大規模なITインフラの構築にはSection 1で論じた鉄道建設に匹敵するほどの資本投下が必要であったが、クラウドの登場により、必要な計算資源を従量課金で利用できるようになった。
この三つの波を通じて、企業の競争優位の源泉は、物的資産の保有から、データ、アルゴリズム、ネットワーク効果といった無形資産の活用へと移行した。
プラットフォーム企業の台頭¶
プラットフォーム・ビジネスモデルの特性¶
Key Concept: プラットフォーム・ビジネスモデル(Platform Business Model) 複数の異なるユーザーグループ(消費者、生産者、広告主等)を結びつける「場」を提供し、グループ間の相互作用から価値を創出するビジネスモデル。自社で製品を製造・販売するパイプライン型モデルとは異なり、外部の参加者が価値創造の主体となる点に特徴がある。
20世紀の代表的大企業(GM、フォード、GE等)は、原材料の調達から製品の製造・販売に至る一連のバリューチェーンを自社内に統合する「パイプライン型」のビジネスモデルを採用していた。チャンドラーが描いた垂直統合型大企業は、まさにこのパイプライン型モデルの典型であった。
これに対し、21世紀に急速に台頭したプラットフォーム企業は、自ら製品を製造するのではなく、複数のユーザーグループが相互に取引・交流する「場(プラットフォーム)」を提供することで価値を創出する。
Key Concept: マルチサイド・プラットフォーム(Multi-Sided Platform) 二つ以上の異なるユーザーグループ(「サイド」)を同時に取り込み、各グループ間の相互作用を促進するプラットフォーム。各サイドの参加者が増えるほど他のサイドにとっての価値が増大する間接的ネットワーク効果を活用する。ジャン=シャルル・ロシェ(Jean-Charles Rochet)とジャン・ティロール(Jean Tirole)が理論的に定式化した(2003年)。
GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に代表されるプラットフォーム企業の台頭は、以下の特性に支えられている。
| 企業 | 主要プラットフォーム | サイド構成 |
|---|---|---|
| 検索エンジン、Android | ユーザー、広告主、アプリ開発者 | |
| Apple | iOS/App Store | ユーザー、アプリ開発者 |
| Facebook(Meta) | SNS | ユーザー、広告主 |
| Amazon | マーケットプレイス、AWS | 消費者、出品者、クラウド利用企業 |
ネットワーク効果とロックイン¶
Key Concept: ネットワーク効果(Network Effect) あるサービスの利用者が増えるほど、そのサービスの価値が既存・新規の利用者にとって増大する現象。同じユーザーグループ内で作用する直接的ネットワーク効果(例: 電話ネットワーク)と、異なるユーザーグループ間で作用する間接的ネットワーク効果(例: 利用者が増えるとアプリ開発者も増える)に区分される。
ネットワーク効果は、プラットフォーム企業に特有の競争優位の源泉であり、しばしば「勝者総取り(winner-take-all)」の市場構造をもたらす。先行するプラットフォームにユーザーが集中すると、そのプラットフォームの価値がさらに高まり、後発参入者が対抗することが極めて困難になる。
さらに、プラットフォーム企業はスイッチング・コスト(switching cost)を通じてユーザーのロックイン(lock-in)を実現する。たとえば、Appleのエコシステム(iPhone、Mac、iPad、Apple Watch等のデバイス間連携、およびApp Storeで購入したアプリケーションやデータの蓄積)に深く組み込まれたユーザーが、Androidに移行するコストは極めて高い。同様に、マイクロソフトのWindowsが1990年代にOS市場を支配し得たのは、膨大なWindows用ソフトウェア資産という間接的ネットワーク効果と、ユーザーの習熟コストに基づくロックインの結果であった。
パイプラインからプラットフォームへ¶
パイプライン型企業とプラットフォーム型企業の対比は、経営史における重要な構造転換を示している。
| 特性 | パイプライン型(20世紀型) | プラットフォーム型(21世紀型) |
|---|---|---|
| 価値創造の主体 | 自社(社内の管理階層) | 外部参加者(生産者、開発者等) |
| 競争優位の源泉 | 規模の経済性、垂直統合 | ネットワーク効果、データ |
| 成長の論理 | 投資の線形的拡大 | 参加者増加による指数関数的成長 |
| 限界費用 | ユーザー増加に比例して上昇 | ユーザー増加に対してほぼゼロ |
| 資産の性格 | 有形資産(工場、設備) | 無形資産(アルゴリズム、データ) |
| 代表例 | GM、GE、トヨタ | Google、Amazon、Meta |
チャンドラーが描いた「見える手」は企業内部の管理階層であったが、プラットフォーム企業においては、アルゴリズムとデータによる自動的なマッチングと調整が、管理階層の機能の一部を代替している。この意味で、プラットフォーム企業は「見える手」の新たな形態——「アルゴリズムの手」——を体現しているとも解釈できる。
graph TD
subgraph "プラットフォーム・ビジネスモデルの構造"
P["プラットフォーム運営者"]
S1["サイドA: 消費者/ユーザー"]
S2["サイドB: 生産者/開発者"]
S3["サイドC: 広告主"]
end
S1 -- "利用・購買" --> P
P -- "商品・サービス表示" --> S1
S2 -- "商品・コンテンツ提供" --> P
P -- "顧客アクセス・ツール提供" --> S2
S3 -- "広告費" --> P
P -- "ターゲティング広告配信" --> S3
S1 -. "ユーザー増加 → 開発者増加" .-> S2
S2 -. "コンテンツ増加 → ユーザー増加" .-> S1
S1 -. "ユーザー増加 → 広告価値増大" .-> S3
企業ガバナンスの変遷: 株主資本主義からステークホルダー資本主義へ¶
エージェンシー理論の登場¶
Section 1で論じたバーリ=ミーンズの「所有と経営の分離」命題は、1970年代に新たな理論的展開を見せた。マイケル・C・ジェンセン(Michael C. Jensen)とウィリアム・H・メクリング(William H. Meckling)は、1976年の論文「企業の理論: 経営者行動、エージェンシー・コストと所有構造(Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure)」において、エージェンシー理論を体系的に提示した。この論文は、経営学・ファイナンス分野で最も引用された学術論文の一つとなった。
Key Concept: エージェンシー理論(Agency Theory) 依頼人(プリンシパル: 株主)と代理人(エージェント: 経営者)の間に生じる利害の不一致と情報の非対称性に起因する問題(エージェンシー問題)を分析する理論。ジェンセンとメクリングは、エージェンシー・コスト(監視コスト、保証コスト、残余損失)の概念を導入し、所有構造が企業行動に及ぼす影響を理論化した。
エージェンシー理論の核心は以下の通りである。
- 利害の不一致: 株主(プリンシパル)は企業価値の最大化を望むが、経営者(エージェント)は自己の報酬、名声、地位の安定を優先する可能性がある
- 情報の非対称性: 経営者は企業の実態について株主より多くの情報を持っており、株主が経営者の行動を完全に監視することは困難である
- エージェンシー・コスト: この問題から生じるコストは、(a)株主が経営者を監視するコスト(監視コスト)、(b)経営者が株主の利益に反しないことを保証するコスト(保証コスト)、(c)それでもなお生じる株主の厚生損失(残余損失)の三つに分解される
エージェンシー理論は、コーポレート・ガバナンスの制度設計に直接的な影響を及ぼした。株主の利益を守るためのガバナンス・メカニズムとして、独立取締役、ストック・オプション(経営者報酬を株価に連動させることで利害を一致させる)、敵対的買収の可能性(経営者に規律を与える外部メカニズム)等が正当化された。
株主資本主義の台頭¶
Key Concept: 株主資本主義(Shareholder Capitalism) 企業の第一義的な目的は株主価値の最大化にあるとする立場。ミルトン・フリードマンが1970年のニューヨーク・タイムズ紙の論説で「企業の社会的責任は利潤を増大させることである」と主張したことが象徴的な宣言とされる。エージェンシー理論はこの立場に理論的基盤を与えた。
1970年代以降、エージェンシー理論の影響の下で、株主価値最大化が企業経営の指導原理として広く受容された。その展開は以下の通りである。
-
フリードマンの主張(1970年): ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)は、ニューヨーク・タイムズ紙に「企業の社会的責任は利潤を増大させることである(The Social Responsibility of Business Is to Increase Its Profits)」と題する論説を発表。企業が株主以外のステークホルダーの利益を追求することは、経営者による株主財産の横領に等しいと論じた
-
ジェンセンとメクリングの理論化(1976年): エージェンシー理論により、株主と経営者の関係をプリンシパル=エージェント関係として定式化し、株主価値最大化の規範的根拠を提供した
-
制度的実装(1980〜1990年代): 株主価値最大化原則は、以下の制度として実装された
- 敵対的買収(hostile takeover): 1980年代のアメリカで活発化。経営者に規律を与える「企業支配権市場(market for corporate control)」として機能
- ストック・オプション: 経営者報酬の大幅な増額と株価連動報酬の導入
-
自社株買い(share buyback): 株主還元の手段として普及
-
BRT(Business Roundtable)の声明(1997年): アメリカの主要企業のCEOで構成されるBRTは、「企業の第一義的な目的は株主に対する経済的リターンの創出である」とする声明を発表。株主資本主義が主要企業経営者の間での公式的な規範となった
ステークホルダー資本主義への転回¶
Key Concept: ステークホルダー資本主義(Stakeholder Capitalism) 企業は株主のみならず、従業員、顧客、取引先、地域社会、環境を含む広範なステークホルダーの利益に配慮すべきであるとする立場。R・エドワード・フリーマン(R. Edward Freeman)が1984年の著作『戦略的経営: ステークホルダー・アプローチ(Strategic Management: A Stakeholder Approach)』で体系化した。
株主資本主義に対する批判は、以下の論点から展開されてきた。
- 短期主義(short-termism): 四半期ごとの業績報告と株価への過度の注目が、長期的な投資(研究開発、人材育成等)を阻害する
- 外部性の無視: 環境破壊、労働搾取等の社会的コストが株主価値の計算に反映されない
- 不平等の拡大: 経営者報酬の高騰と一般従業員の賃金停滞
- 金融危機: 2008年のリーマン・ショックは、株主価値最大化に駆動された過度のリスクテイクの帰結と見なされた
これらの批判を背景に、2019年8月19日、BRTは「企業の目的に関する声明(Statement on the Purpose of a Corporation)」を発表し、約200名のCEOが署名した。この声明は、1997年の株主第一主義からの明確な転換を宣言し、顧客への価値提供、従業員への投資、取引先との公正な取引、地域社会の支援、株主への長期的価値創出という五つの原則を掲げた。
ただし、BRT声明の実効性については疑問が呈されている。ハーバード大学の研究者らによる分析では、署名企業の多くが声明後も実質的な行動変容を示しておらず、株主提案への対応姿勢にも変化が見られなかったとされる。ステークホルダー資本主義の理念と実践の乖離は、現在も進行中の論争点である。
timeline
title 企業ガバナンス論争の変遷
1932 : バーリとミーンズ「所有と経営の分離」
1970 : フリードマン「企業の社会的責任は利潤増大」
1976 : ジェンセンとメクリング エージェンシー理論
1980s : 敵対的買収の活発化
: ストックオプションの普及
1984 : フリーマン ステークホルダー理論
1997 : BRT「企業目的は株主価値最大化」
2001 : エンロン破綻
2008 : リーマンショック 金融危機
2019 : BRT「ステークホルダー資本主義」声明
デジタルトランスフォーメーション(DX)と企業変革¶
DXの定義と射程¶
Key Concept: デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation: DX) デジタル技術とデータを活用して、製品・サービス、ビジネスモデル、業務プロセス、組織文化を変革し、競争優位を確立すること。2004年にウメオ大学のエリック・ストルターマン(Erik Stolterman)が提唱した概念であり、単なるIT化・デジタル化(digitization/digitalization)とは区別される。
DXは、単にアナログ情報をデジタル化すること(digitization)や、既存業務にデジタルツールを導入すること(digitalization)とは本質的に異なる。DXはビジネスモデルそのものの変革を含む概念である。日本の経済産業省は「デジタルガバナンス・コード2.0」(2020年)において、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義している。
DXの段階は以下のように整理できる。
| 段階 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| デジタイゼーション | アナログ情報のデジタル化 | 紙文書のPDF化 |
| デジタライゼーション | 個別業務プロセスのデジタル化 | 営業管理のCRM導入 |
| デジタルトランスフォーメーション | ビジネスモデル・組織全体の変革 | Uberによるタクシー業界の変革 |
GEのDX: 挑戦と挫折¶
DXの困難さを象徴する事例が、ゼネラル・エレクトリック(GE)のデジタル変革の試みである。
GEのCEOジェフリー・イメルト(Jeffrey Immelt, 在任: 2001-2017年)は、2011年頃から「インダストリアル・インターネット(Industrial Internet)」構想を提唱し、GEを伝統的な産業コングロマリットから「デジタル・インダストリアル・カンパニー」へ変革する戦略を推進した。
GEは独自のIoTプラットフォーム「Predix」を開発し、航空機エンジン、発電タービン、医療機器等の産業機器から収集されるデータを分析・活用するビジネスモデルの構築を目指した。2015年にはGE Digitalを独立組織として設立し、約70億ドルを投資した。
しかし、このDXの試みは以下の理由で期待された成果を上げることができなかった。
- 技術的困難: Predixの開発はスケーリングの問題に直面し、技術的な遅延が繰り返された。顧客企業による採用率は低く、2017年時点でGEの産業顧客のうちPredixを使用していたのはわずか8%であった
- 組織的分断: GE Digitalの独立組織化は、デジタル部門と既存事業部門の間にサイロ(組織的断絶)を生じさせ、全社的なデジタル文化の浸透を妨げた
- 財務的圧迫: 巨額のデジタル投資は、GEの既存事業の業績悪化(特に電力事業)と相まって深刻な財務負担となった
- リーダーシップの交代: 2017年にイメルトが退任し、後任のジョン・フラナリー(John Flannery)がデジタル戦略の見直しを行い、さらにH・ローレンス・カルプ(H. Lawrence Culp, Jr.)に交代するなど、戦略の継続性が失われた
GEの事例は、DXが単なる技術導入ではなく、組織文化、リーダーシップ、事業構造の全面的な変革を伴う極めて困難な経営課題であることを示している。Section 1で論じたチャンドラーの「組織は戦略に従う」命題に照らせば、GEはデジタル戦略を採用しながらも、それに適合した組織構造への転換に失敗した事例と解釈できる。
まとめ¶
本セクションの要点¶
- 情報技術革命は、PC革命(1970年代後半〜)、インターネット革命(1990年代半ば〜)、モバイル・クラウド革命(2007年〜)の三つの波を経て、企業経営を構造的に変容させた
- プラットフォーム企業(GAFA等)は、マルチサイド・プラットフォームとネットワーク効果を活用し、従来のパイプライン型企業とは根本的に異なる価値創造のメカニズムを確立した
- 企業ガバナンスは、バーリ=ミーンズの「所有と経営の分離」を起点に、エージェンシー理論に基づく株主資本主義が支配的になったが、2008年金融危機やBRTの2019年声明を経て、ステークホルダー資本主義への転回が進行しつつある。ただし理念と実践の乖離は依然として大きい
- DXは単なるIT化ではなくビジネスモデル・組織文化の全面的変革を要し、GEの事例はその困難さを象徴している
モジュール全体の総括¶
本モジュール(Module 3-3: 経営史)では、三つのセクションを通じて、18世紀後半の産業革命から21世紀の情報革命に至る企業経営の歴史的展開を跡付けた。
Section 1で論じたように、産業革命は工場制度を成立させ、株式会社制度の発展と所有と経営の分離が経営者資本主義を生み出した。チャンドラーの「見える手」——管理階層による資源配分——が市場メカニズムに取って代わり、垂直統合型の大企業が経済活動の主役となった。経営管理論もまた、科学的管理法からコンティンジェンシー理論に至る系譜をたどり、企業組織の複雑化に対応してきた。
Section 2で検討したように、日本企業は欧米とは異なる制度的文脈の中で独自の経営システムを発展させた。財閥、戦後財閥解体と企業集団の再編、終身雇用・年功序列・企業別組合の「三種の神器」、トヨタ生産方式といった日本的経営の特質は、文化的要因のみならず歴史的・制度的要因の産物であった。
そして本セクションで論じたように、情報技術革命はこれらの伝統的企業体制に根本的な変容を迫っている。プラットフォーム企業の台頭は、チャンドラー型の垂直統合大企業とは異なる企業の在り方を示し、ガバナンス論争は「企業は誰のために存在するか」という問いを改めて突きつけている。
経営史の学習から得られる最も重要な知見は、企業の組織形態、ガバナンス構造、競争戦略は、その時代の技術的条件、制度的環境、社会的価値観と不可分であるということである。「唯一最善の企業の在り方」は存在せず——これはまさにコンティンジェンシー理論の核心命題であるが——歴史的文脈の中で企業は常に変容を続けてきた。この認識は、現在進行中のDXや生成AI革命がもたらす企業変革を理解する上でも、不可欠の視座である。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| プラットフォーム・ビジネスモデル | Platform Business Model | 複数のユーザーグループを結びつける「場」を提供し、グループ間の相互作用から価値を創出するビジネスモデル |
| ネットワーク効果 | Network Effect | サービスの利用者が増えるほどそのサービスの価値が増大する現象。直接的・間接的に区分される |
| エージェンシー理論 | Agency Theory | プリンシパル(株主)とエージェント(経営者)の利害不一致と情報の非対称性に起因する問題を分析する理論 |
| 株主資本主義 | Shareholder Capitalism | 企業の第一義的な目的は株主価値の最大化にあるとする立場 |
| ステークホルダー資本主義 | Stakeholder Capitalism | 企業は株主のみならず広範なステークホルダーの利益に配慮すべきとする立場 |
| デジタルトランスフォーメーション | Digital Transformation: DX | デジタル技術とデータを活用して製品・サービス、ビジネスモデル、組織文化を変革し競争優位を確立すること |
| マルチサイド・プラットフォーム | Multi-Sided Platform | 二つ以上の異なるユーザーグループを結びつけ、間接的ネットワーク効果を活用するプラットフォーム |
| ロックイン | Lock-in | スイッチング・コストの高さにより利用者が特定のサービスから離脱しにくくなる状態 |
| パイプライン型企業 | Pipeline Business | 原材料調達から製造・販売まで一連のバリューチェーンを自社内に統合する伝統的企業形態 |
| エージェンシー・コスト | Agency Cost | プリンシパル=エージェント関係における利害不一致から生じるコスト(監視・保証・残余損失) |
| 短期主義 | Short-termism | 四半期業績や短期的株価を過度に重視し長期的投資を犠牲にする傾向 |
確認問題¶
Q1: プラットフォーム・ビジネスモデルの特性を、チャンドラーが描いたパイプライン型(垂直統合型)大企業と対比して説明せよ。特に、価値創造の主体、競争優位の源泉、成長の論理の違いに言及すること。
A1: チャンドラーが描いたパイプライン型大企業は、原材料の調達から製造・流通・販売に至るバリューチェーンを自社内に統合し、管理階層(「見える手」)による内部調整を通じて効率性を実現していた。価値創造の主体は企業自身であり、競争優位の源泉は規模の経済性と垂直統合による取引コスト削減、成長は設備投資の線形的拡大によって実現された。これに対しプラットフォーム・ビジネスモデルは、複数のユーザーグループを結びつける「場」を提供し、外部の参加者(生産者、開発者、コンテンツ提供者等)が価値創造の主体となる。競争優位の源泉はネットワーク効果(参加者が増えるほどプラットフォームの価値が増大する)とデータの蓄積・活用であり、参加者の増加が指数関数的な成長をもたらす。また、デジタル財の限界費用がほぼゼロであるため、ユーザー増加に対して追加コストがほとんど発生しない点もパイプライン型と根本的に異なる。
Q2: ジェンセンとメクリング(1976)のエージェンシー理論が、コーポレート・ガバナンスの制度設計にどのような影響を及ぼしたか説明せよ。エージェンシー・コストの三つの構成要素にも言及すること。
A2: ジェンセンとメクリングは、株主(プリンシパル)と経営者(エージェント)の間の利害不一致と情報の非対称性から生じるエージェンシー問題を理論化した。エージェンシー・コストは、株主が経営者の行動を監視するコスト(監視コスト)、経営者が株主利益に反しないことを証明するためのコスト(保証コスト)、それでもなお残る株主の厚生損失(残余損失)の三つから構成される。この理論は、エージェンシー・コストを最小化するためのガバナンス・メカニズムの設計に直接的な影響を及ぼした。具体的には、経営者への監視機能を強化する独立取締役の導入、経営者の利害を株主と一致させるストック・オプション等の株価連動報酬の普及、非効率な経営者を交代させる外部メカニズムとしての敵対的買収(企業支配権市場)の正当化などが挙げられる。これらの制度は、1980年代以降のアメリカにおける株主資本主義の制度的基盤を形成した。
Q3: BRT(Business Roundtable)の2019年声明は、1997年声明からどのような転換を示したか。また、この転換の実効性について指摘されている問題点を述べよ。
A3: BRTの1997年声明は「企業の第一義的な目的は株主に対する経済的リターンの創出である」と明言し、株主資本主義の立場を公式に表明していた。これに対し、2019年声明は約200名のCEOの署名のもと、企業の目的として顧客への価値提供、従業員への投資、取引先との公正な取引、地域社会の支援、株主への長期的価値創出という五つの原則を掲げ、株主第一主義からステークホルダー資本主義への転換を宣言した。しかし、実効性については深刻な疑問が呈されている。ハーバード大学の研究者らの分析によれば、署名企業の多くは声明後も実質的な行動変容を示しておらず、ステークホルダーの利益に関する株主提案に対してはむしろ反対の姿勢を取り続けている。また、署名企業の多くが、BRT声明への参加が自社の慣行の変更を要求するものではなく、またそれを意図するものでもないと明示的に述べている。このことは、ステークホルダー資本主義の理念が実質的なガバナンス変革にまで結実していない可能性を示唆しており、「象徴的行為」にとどまっているとの批判がある。
Q4: GEのデジタルトランスフォーメーションが期待された成果を上げられなかった要因を、チャンドラーの「組織は戦略に従う」命題と関連づけて分析せよ。
A4: GEのCEOイメルトは「インダストリアル・インターネット」構想のもと、GEを「デジタル・インダストリアル・カンパニー」へ変革する戦略を採用した。しかし、IoTプラットフォーム「Predix」の開発はスケーリングの問題に直面し、産業顧客の採用率は低迷した。チャンドラーの「組織は戦略に従う」命題に照らすと、GEは新たなデジタル戦略を採用しながらも、それに適合した組織構造への転換に失敗した。具体的には、GE Digitalを独立組織として設立したことがデジタル部門と既存事業部門のサイロ化を招き、全社的なデジタル文化の浸透を妨げた。チャンドラーがデュポンの事例で示したように、戦略の転換は組織構造の全面的な再編を必要とするが、GEではデジタル戦略が既存の組織構造と整合しないまま推進された。さらに、CEOの交代による戦略的一貫性の喪失、既存事業の業績悪化との同時進行も、変革の失敗に寄与した。この事例はDXが単なる技術導入ではなく、組織文化・リーダーシップ・事業構造の全面的変革を要する経営課題であることを示している。
Q5: 情報技術革命は、チャンドラーが論じた「見える手」(管理的調整)と「見えざる手」(市場的調整)の関係にどのような変化をもたらしたか。プラットフォーム企業の事例を用いて論じよ。
A5: チャンドラーは、19世紀後半以降のアメリカにおいて、市場メカニズム(「見えざる手」)に代わって企業内部の管理階層(「見える手」)が経済活動の調整を担うようになったと論じた。管理的調整が市場的調整に優越した要因は、スピードの経済性、取引コストの節減、規模と範囲の経済性であった。しかし、情報技術革命、特にインターネットの普及は、市場取引における情報探索・比較・交渉のコストを劇的に低減し、「見えざる手」の効率を飛躍的に向上させた。これは「見える手」の優位性の一部を掘り崩すものであった。同時に、プラットフォーム企業は第三の調整メカニズムを生み出した。Amazonのマーケットプレイスは、管理階層でも従来の市場メカニズムでもなく、アルゴリズムによる自動的なマッチング、レコメンデーション、価格調整によって売り手と買い手の取引を調整する。これは「見える手」でも「見えざる手」でもない、いわば「アルゴリズムの手」ともいうべき調整様式である。ただし、プラットフォーム運営者がアルゴリズムを設計・制御している点で、市場の自律的調整とは異なり、一種の管理的調整としての性格も併せ持っている。