コンテンツにスキップ

Module 3-4 - Section 2: コーポレートガバナンスの制度と実践

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-4: 企業倫理・コーポレートガバナンス
前提セクション Section 1
想定学習時間 3時間

導入

前セクションでは、企業倫理の規範的理論(功利主義・義務論・徳倫理学)およびCSRの概念的展開を検討した。企業が社会の中で責任ある行動をとるべきだという規範的主張は、それを制度的に担保する統治構造(ガバナンス)なくしては実効性を持ち得ない。ステークホルダー理論が示したように、企業は多様な利害関係者に対する責任を負うが、その責任が適切に果たされるためには、経営者を規律づけ、意思決定の透明性と説明責任を確保する仕組みが不可欠である。

本セクションでは、コーポレートガバナンスの理論的基礎としてエージェンシー理論とスチュワードシップ理論を対比的に検討し、次にガバナンスモデルの国際比較(アメリカ型・ドイツ型・日本型)を行う。さらに日本のコーポレートガバナンス改革の経緯とコーポレートガバナンス・コードの内容を概観し、最後に内部統制システムの枠組みとしてCOSO枠組みおよび日本の内部統制報告制度(J-SOX)を扱う。


コーポレートガバナンスの定義と理論的基礎

Key Concept: コーポレートガバナンス(Corporate Governance) 企業の所有者(株主)と経営者の間の利害関係を調整し、経営の透明性・公正性・説明責任を確保するための制度的枠組みの総体。取締役会の構成、監査制度、情報開示、株主の権利行使など、企業統治に関わる一連の仕組みを包含する。

コーポレートガバナンスは、広義には「企業がどのように統治されるべきか」という問いに対する制度的回答であり、狭義には「経営者の行動を株主その他のステークホルダーの利益に合致させるためのメカニズム」を意味する。この問題の核心にあるのは、近代株式会社における所有と経営の分離(separation of ownership and control)である。

アドルフ・バーリ(Adolf Berle)とガーディナー・ミーンズ(Gardiner Means)は『近代株式会社と私有財産』(1932年)において、大規模株式会社では株式所有が広範に分散する結果、個々の株主が経営に対する実効的な統制力を失い、経営者が事実上の支配権を握るという構造を実証的に示した。この所有と経営の分離が生み出す問題を理論的に定式化したのがエージェンシー理論である。

エージェンシー理論

Key Concept: エージェンシー理論(Agency Theory) 依頼人(プリンシパル)が代理人(エージェント)に業務を委託する関係において、両者の利害の不一致と情報の非対称性から生じる問題(エージェンシー問題)とそのコスト(エージェンシー・コスト)を分析する理論。コーポレートガバナンスにおいては、株主(プリンシパル)と経営者(エージェント)の関係に適用される。

マイケル・ジェンセン(Michael Jensen)とウィリアム・メクリング(William Meckling)は「Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure」(1976年)において、エージェンシー理論をコーポレートガバナンスの文脈に体系的に適用した。彼らは企業を「契約の束」(nexus of contracts)として概念化し、株主と経営者の間のエージェンシー関係に焦点を当てた。

エージェンシー問題は以下の二つの前提から生じる。

  1. 利害の不一致: 経営者は必ずしも株主の利益最大化を追求せず、自己の報酬・地位・安逸を優先する可能性がある(機会主義的行動)
  2. 情報の非対称性: 経営者は企業活動の内部情報を株主よりも多く保有しており、株主が経営者の行動を完全に観察・評価することは困難である

この結果生じるエージェンシー・コスト(Agency Cost)は、ジェンセンとメクリングにより以下の三要素に分類された。

コスト類型 内容 具体例
モニタリング・コスト 株主が経営者の行動を監視するための費用 監査費用、取締役会の運営費用
ボンディング・コスト 経営者が株主の信頼を得るために自ら負担する費用 情報開示費用、業績連動報酬の受入れ
残余損失 上記コストを投じてもなお残る利益の逸失 最適でない投資判断による株主価値の毀損

エージェンシー理論の観点からは、コーポレートガバナンスの目的はエージェンシー・コストの最小化にある。そのための手段として、独立した取締役による経営監視、業績連動報酬(インセンティブ報酬)、敵対的買収の脅威による市場規律、情報開示規制などが位置づけられる。

スチュワードシップ理論

Key Concept: スチュワードシップ理論(Stewardship Theory) 経営者を自己利益追求的な機会主義者としてではなく、組織と自己を同一視し、組織の成功を通じて自己実現を図る「執事(スチュワード)」として捉える理論。内発的動機づけ、組織への帰属意識、高次欲求の充足が経営者行動を規定するとする。

スチュワードシップ理論は、ジェームズ・デイヴィス(James H. Davis)、デヴィッド・シュアマン(F. David Schoorman)、レックス・ドナルドソン(Lex Donaldson)が「Toward a Stewardship Theory of Management」(1997年)で体系化した。エージェンシー理論がホモ・エコノミクス(合理的経済人)を前提とするのに対し、スチュワードシップ理論は社会心理学的な人間モデルに基づく。

スチュワードシップ理論における経営者像の特徴は以下の通りである。

  • 経営者は組織と自己を同一視(Organizational Identification)しており、組織の成功が自己の達成感に直結する
  • アブラハム・マズロー(Abraham Maslow)の欲求階層説における高次欲求(承認欲求、自己実現欲求)が経営者の動機づけの中心にある
  • 経営者は集団主義的(Collectivistic)であり、組織全体の利益を自己利益より優先する傾向を持つ

この理論的前提からは、エージェンシー理論とは異なるガバナンス上の含意が導かれる。

比較項目 エージェンシー理論 スチュワードシップ理論
経営者の動機 外発的(報酬・罰則) 内発的(達成感・自己実現)
人間観 機会主義的・利己的 利他的・組織一体的
ガバナンスの焦点 監視・統制(モニタリング) 権限委譲・信頼(エンパワーメント)
取締役会の役割 経営者の監視機関 経営者への助言・支援機関
報酬設計 業績連動型(インセンティブ整合) 固定報酬中心(信頼の表明)

現実の企業統治は、エージェンシー理論とスチュワードシップ理論のいずれか一方で完全に説明できるものではない。経営者の動機づけは状況・文化・個人特性によって異なり、両理論を補完的に活用することが実務上有効である。近年のガバナンス研究では、エージェンシー理論の監視メカニズムとスチュワードシップ理論の信頼・支援メカニズムを組み合わせた「二重ガバナンス」の視点が注目されている。


ガバナンスモデルの国際比較

コーポレートガバナンスの具体的な制度設計は、各国の法制度、資本市場の構造、歴史的経路依存性によって大きく異なる。ここでは、代表的な三つのモデル――アメリカ型(アングロサクソン型)、ドイツ型(大陸欧州型)、日本型――を比較検討する。

アメリカ型:一元型取締役会モデル

アメリカ型ガバナンスは、一元型取締役会(Unitary Board)を特徴とする。取締役会(Board of Directors)が経営の監督と業務執行の意思決定を一体的に担い、取締役会の中に社内取締役(Executive Directors)と社外取締役(Non-Executive Directors)が混在する。

アメリカの資本市場は、株式所有が機関投資家や個人投資家に広く分散しているため、個々の株主が経営に直接関与することは困難である。このため、経営者を規律づける主要なメカニズムとして以下が機能する。

  • 資本市場による規律: 株価低迷企業に対する敵対的買収(Hostile Takeover)の脅威が、経営者に株主価値向上のインセンティブを与える
  • 独立取締役による監視: 取締役会の過半数を独立取締役(Independent Directors)が占め、経営者から独立した立場で監督を行う
  • インセンティブ報酬: ストックオプションや業績連動報酬を通じて経営者と株主の利害を整合させる
  • 情報開示規制: SEC(米国証券取引委員会)による厳格な開示規制が市場規律を補完する

このモデルは株主利益の最大化を中心に据えた「株主資本主義」的な性格を持ち、エージェンシー理論の処方箋を最も忠実に制度化したものといえる。

ドイツ型:二層式取締役会モデル

ドイツ型ガバナンスは、二層式取締役会(Two-Tier Board)を特徴とする。経営執行を担う執行役会(Vorstand)と、執行役会を監督する監査役会(Aufsichtsrat)が明確に分離されている。

ドイツのガバナンスにおいて最も独自的な制度が、共同決定法(Mitbestimmungsgesetz)に基づく労働者の経営参加である。1976年共同決定法は、従業員2,000名以上の企業の監査役会において、労働者代表が監査役会構成員の半数を占めることを義務づけた(従業員500名以上2,000名未満の企業では3分の1)。監査役会は執行役の選任・解任権を持ち、重要な経営判断に対する承認権限を有する。

このモデルの特質は以下の通りである。

  • ステークホルダー志向: 株主のみならず労働者の利害が制度的にガバナンスに組み込まれている
  • 長期志向: 銀行や保険会社が大株主として長期的に関与するハウスバンク(Hausbank)制度が、短期的な市場圧力を緩和する
  • 集中的所有構造: アメリカに比べ株式所有が集中的であり、大株主(銀行・創業家・他企業)が直接的な経営監視を行う
  • 労使協調: 共同決定制度により、労使間の利害調整がガバナンス構造の内部で行われる

共同決定制度は、企業の意思決定を遅滞させるという批判がある一方、労使間の信頼関係の構築を通じて長期的な企業パフォーマンスに寄与するとの評価もある。

日本型:監査役設置会社モデル

日本型ガバナンスは、伝統的には監査役設置会社を基本とし、メインバンク・モニタリングと株式持ち合いを特徴としてきた。

戦後日本の大企業は、取締役会が内部昇進した業務執行取締役によって構成され、監査役が取締役会から独立した立場で監査機能を担う構造が一般的であった。経営者を規律づける外部メカニズムとして機能したのは、メインバンク(主力取引銀行)による監視と、企業グループ内の株式持ち合い(相互持合い)による安定株主構造であった。

日本型ガバナンスの伝統的特徴は以下の通りである。

  • 内部者支配型取締役会: 社内出身の取締役が大多数を占め、経営者の内部昇進が一般的
  • メインバンク・モニタリング: 主力銀行が大株主かつ主要債権者として経営を監視し、経営危機時には介入する
  • 株式持ち合い: 企業間の相互株式保有により、敵対的買収を防ぎ経営の安定性を確保する
  • 監査役制度: 業務監査と会計監査を担う監査役(および監査役会)が取締役会とは別に設置される

1990年代以降のバブル崩壊と不良債権問題は、メインバンク・モニタリングの有効性に疑問を投げかけた。銀行自体が経営危機に陥り、監視機能が低下する中で、日本型ガバナンスの改革が本格化することとなる。

三モデルの比較

graph LR
    subgraph USA ["アメリカ型"]
        direction TB
        A1["株主総会"] --> A2["取締役会<br/>(一元型・社外取締役中心)"]
        A2 --> A3["CEO / 経営執行"]
        A4["資本市場の規律<br/>(敵対的買収)"] -.-> A2
    end

    subgraph GER ["ドイツ型"]
        direction TB
        G1["株主総会"] --> G2["監査役会<br/>(株主代表+労働者代表)"]
        G2 --> G3["執行役会"]
        G4["共同決定法"] -.-> G2
    end

    subgraph JPN ["日本型(伝統的)"]
        direction TB
        J1["株主総会"] --> J2["取締役会<br/>(内部昇進者中心)"]
        J1 --> J3["監査役会"]
        J2 --> J4["代表取締役 / 業務執行"]
        J5["メインバンク<br/>株式持ち合い"] -.-> J2
    end
比較項目 アメリカ型 ドイツ型 日本型(伝統的)
取締役会構造 一元型 二層式 取締役会+監査役会
主要な監視主体 独立社外取締役・資本市場 監査役会・大株主・労働者 メインバンク・監査役
株式所有構造 分散的 集中的 持ち合い・集中的
ステークホルダー関与 株主中心 労働者の制度的参加 暗黙的・関係基盤的
経営の時間軸 短期志向(四半期決算重視) 長期志向 長期志向
理論的基盤 エージェンシー理論 ステークホルダー・アプローチ 関係的契約・組織内部労働市場

日本のコーポレートガバナンス改革

改革の経緯

日本のコーポレートガバナンス改革は、1990年代の「失われた十年」以降、段階的に進展してきた。その背景には、バブル崩壊後の企業不祥事の頻発、メインバンク・モニタリングの機能不全、そしてグローバル資本市場への統合がある。

主要な制度改革の流れは以下の通りである。

改革内容
2002年 商法改正:委員会等設置会社制度の導入(現・指名委員会等設置会社)
2005年 会社法制定:機関設計の柔軟化
2014年 日本版スチュワードシップ・コード策定(機関投資家の行動原則)
2015年 コーポレートガバナンス・コード適用開始、監査等委員会設置会社制度の新設(改正会社法)
2018年 コーポレートガバナンス・コード第1回改訂
2021年 コーポレートガバナンス・コード第2回改訂(東証市場区分再編に対応)
2022年 東証市場区分再編(プライム・スタンダード・グロース)

会社法上の機関設計:三類型

現行の会社法は、公開会社かつ大会社に対して、以下の三つの機関設計の中から選択することを求めている。

  1. 監査役会設置会社: 取締役会とは別に、3名以上(うち半数以上は社外監査役)の監査役からなる監査役会を設置する。日本で最も伝統的かつ多数派の形態である
  2. 指名委員会等設置会社: 取締役会の中に指名委員会・監査委員会・報酬委員会の三委員会を設置し、各委員会の過半数を社外取締役とする。2002年商法改正で導入された、アメリカ型に近い形態である
  3. 監査等委員会設置会社: 取締役会の中に監査等委員会(3名以上、過半数は社外取締役)を設置する。2015年施行の改正会社法で新設された、監査役会設置会社と指名委員会等設置会社の中間的な形態である

コーポレートガバナンス・コード

Key Concept: コーポレートガバナンス・コード(Corporate Governance Code) 金融庁と東京証券取引所が共同で策定した、上場企業のコーポレートガバナンスに関する行動規範。法的拘束力はないが、「コンプライ・オア・エクスプレイン」(Comply or Explain:原則を遵守するか、遵守しない場合はその理由を説明する)の手法を採用し、実質的な規範力を持つ。

2015年6月に適用が開始されたコーポレートガバナンス・コードは、以下の5つの基本原則から構成される。

  1. 株主の権利・平等性の確保: 株主の権利が実質的に確保され、平等性が担保されること
  2. 株主以外のステークホルダーとの適切な協働: 従業員、顧客、取引先、地域社会等との適切な協働を通じた企業の持続的成長
  3. 適切な情報開示と透明性の確保: 財務情報のみならず非財務情報の適切な開示
  4. 取締役会等の責務: 独立した客観的な立場からの経営監督と、経営戦略の方向付け
  5. 株主との対話: 建設的な対話を通じた株主との相互理解

2021年の改訂では、以下の主要な変更が加えられた。

  • プライム市場上場企業に対する独立社外取締役の3分の1以上の選任要求: 従来の2名以上から引き上げ、必要な場合には過半数の選任も検討すべきとした
  • 取締役会の多様性確保: ジェンダー・国際性・職歴・年齢等の多様性に関する考え方と自主的かつ測定可能な目標の設定・開示
  • サステナビリティへの対応: 気候変動リスクを含むサステナビリティ課題への取り組みとTCFD等に基づく情報開示
  • 人的資本・知的財産への投資: 人材戦略の策定・開示の要請

独立社外取締役の役割と現状

Key Concept: 独立社外取締役(Independent Outside Director) 当該企業の業務執行に携わらず、かつ企業との間に重要な利害関係を持たない取締役。経営者から独立した立場で経営の監督を行い、少数株主やステークホルダーの利益を代弁する役割を担う。

独立社外取締役は、以下の機能を果たすことが期待される。

  1. 経営の監督機能: 業務執行者から独立した立場で経営判断の妥当性を監視する
  2. 助言機能: 社外の知見・経験を活かし、経営戦略に対する助言を行う
  3. 利益相反の監視: 経営者と株主の間の利益相反取引を監視する
  4. 少数株主利益の保護: 支配株主や経営者による少数株主の利益侵害を防止する

日本における社外取締役の選任状況は急速に進展している。東京証券取引所のデータによれば、プライム市場上場企業において社外取締役を取締役会の3分の1以上選任している企業は約99%に達し、過半数を選任している企業も約25%に上る。

他方、社外取締役の質的課題も指摘されている。形式的に社外取締役を選任しても、企業固有の事業に関する十分な知識を持たない場合、実質的な監督機能を果たせないという問題がある。また、日本においては社外取締役の候補者プール(人材供給源)の不足が構造的課題として認識されている。


内部統制システム

エンロン事件とガバナンス改革の契機

2001年、米国のエネルギー大手エンロン(Enron Corporation)が、特別目的事業体(SPE: Special Purpose Entity)を利用した巨額の粉飾決算が発覚し、総額160億ドルを超える負債を抱えて倒産した。この事件では、経営者の不正に対して取締役会の監視機能が働かず、監査法人アーサー・アンダーセン(Arthur Andersen)が監査の独立性を維持できなかったことが深刻な問題として浮上した。

翌2002年には通信大手ワールドコム(WorldCom)でも約110億ドルの粉飾決算が発覚し、米国資本市場の信頼は著しく毀損された。これを受けて2002年7月、サーベインズ=オクスリー法(Sarbanes-Oxley Act:SOX法)が制定された。SOX法はポール・サーベインズ(Paul Sarbanes)上院議員とマイケル・オクスリー(Michael Oxley)下院議員の名を冠した法律で、以下を主な内容とする。

  • 公開会社会計監視委員会(PCAOB: Public Company Accounting Oversight Board)の設立
  • 経営者による内部統制の有効性評価と報告の義務化(404条)
  • 監査法人の独立性強化(監査と非監査業務の分離)
  • 経営者の財務報告に対する個人的認証義務(302条)
  • 違反に対する厳格な刑事罰

エンロン事件とSOX法の制定は、内部統制とガバナンスの強化を世界的な潮流とするきっかけとなった。

COSO枠組み

Key Concept: 内部統制(Internal Control) 業務の有効性・効率性、財務報告の信頼性、法令の遵守という三つの目的の達成について合理的な保証を得るために、組織の取締役会、経営者およびその他の構成員によって遂行されるプロセス。

Key Concept: COSO枠組み(COSO Framework) トレッドウェイ委員会支援組織委員会(Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission: COSO)が公表した内部統制の統合的枠組み。1992年に初版が公表され、2013年に全面改訂された。内部統制の国際的な標準的枠組みとして広く採用されている。

COSO枠組み(2013年改訂版)は、内部統制を3つの目的5つの構成要素の関係として体系化している。

3つの目的:

  1. 業務(Operations): 業務の有効性と効率性
  2. 報告(Reporting): 内部・外部向けの財務・非財務報告の信頼性
  3. コンプライアンス(Compliance): 関連法規の遵守

5つの構成要素:

  1. 統制環境(Control Environment): 組織の倫理観、経営者の姿勢、取締役会の監視機能など、内部統制の基盤となる組織風土
  2. リスク評価(Risk Assessment): 目的達成を阻害するリスクの識別・分析・対応方針の決定
  3. 統制活動(Control Activities): リスクに対処するための方針・手続の実施(承認、照合、職務分掌など)
  4. 情報と伝達(Information and Communication): 内部統制に必要な情報の識別・入手・伝達
  5. モニタリング活動(Monitoring Activities): 内部統制の有効性を継続的に評価し、不備を是正するプロセス

2013年改訂版では、5つの構成要素を支える17の原則(Principles)が明示された。例えば、統制環境に関しては「組織は誠実性と倫理的価値観に対するコミットメントを表明する」「取締役会は経営者から独立して内部統制に対する監視責任を果たす」などの原則が定められている。これら17の原則すべてが有効に機能して初めて、内部統制の有効性が担保される。

graph TD
    subgraph OBJ ["3つの目的"]
        O1["業務の有効性・効率性"]
        O2["報告の信頼性"]
        O3["法令遵守"]
    end

    subgraph COMP ["5つの構成要素"]
        C1["統制環境"]
        C2["リスク評価"]
        C3["統制活動"]
        C4["情報と伝達"]
        C5["モニタリング活動"]
    end

    C1 --> C2
    C2 --> C3
    C4 --> C1
    C4 --> C2
    C4 --> C3
    C5 --> C1
    C5 --> C2
    C5 --> C3

    C1 -.-> O1
    C1 -.-> O2
    C1 -.-> O3
    C3 -.-> O1
    C3 -.-> O2
    C3 -.-> O3

日本の内部統制報告制度(J-SOX)

日本では、2006年に成立した金融商品取引法により、上場企業に対して財務報告に係る内部統制の経営者による評価と公認会計士等による監査が義務づけられた。この制度は2008年4月1日以降に開始する事業年度から適用され、米国のSOX法を参考に設計されたことから「日本版SOX法(J-SOX)」と呼ばれる。

J-SOXの主な特徴は以下の通りである。

項目 内容
対象企業 有価証券報告書の提出義務を負う上場企業
義務内容 内部統制報告書の作成・提出(事業年度ごと)
監査 公認会計士等による内部統制監査
準拠基準 金融庁「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」
罰則 提出懈怠・虚偽記載:5年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金(またはその両方)

J-SOXは米国SOX法と比較して以下の特徴を持つ。

  • トップダウン型のリスク・アプローチ: 全社的な内部統制の評価を起点とし、重要な勘定科目に関係する業務プロセスを対象とする
  • ダイレクト・レポーティングの不採用: 監査人は経営者の内部統制評価の妥当性を監査する(米国では監査人が直接内部統制を評価する)
  • 内部統制の不備の区分: 「開示すべき重要な不備」と「重要な欠陥」を区分する

まとめ

  • コーポレートガバナンスは所有と経営の分離に起因する問題を制度的に解決する枠組みであり、エージェンシー理論(監視・統制)とスチュワードシップ理論(信頼・権限委譲)が対照的な理論的基盤を提供する
  • ガバナンスモデルは各国の法制度・資本市場構造・文化的背景によって異なり、アメリカ型(一元型・株主中心・市場規律)、ドイツ型(二層式・労働者参加・共同決定)、日本型(監査役制度・メインバンク・持ち合い)の三類型が代表的である
  • 日本のガバナンス改革は1990年代以降段階的に進み、2015年のコーポレートガバナンス・コード策定と2021年改訂によりプライム市場上場企業への社外取締役3分の1以上選任、サステナビリティ対応などが求められるようになった
  • 内部統制はCOSO枠組み(3つの目的×5つの構成要素×17の原則)により国際的に標準化され、エンロン事件を契機とするSOX法の制定が世界的なガバナンス強化の潮流を生んだ。日本ではJ-SOXとして制度化されている
  • 次セクションでは、ガバナンスとCSRの交差領域であるESG・サステナビリティ経営の動向と、ガバナンスの失敗事例としての企業不祥事を検討する

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
コーポレートガバナンス Corporate Governance 企業の所有者と経営者の間の利害関係を調整し、経営の透明性・公正性・説明責任を確保するための制度的枠組みの総体
エージェンシー理論 Agency Theory プリンシパル=エージェント関係における利害の不一致と情報の非対称性から生じるエージェンシー問題とそのコストを分析する理論
スチュワードシップ理論 Stewardship Theory 経営者を組織と自己を同一視する「執事」として捉え、内発的動機づけと信頼に基づくガバナンスを提唱する理論
独立社外取締役 Independent Outside Director 企業の業務執行に携わらず重要な利害関係を持たない取締役。経営者から独立した立場で監督を行う
コーポレートガバナンス・コード Corporate Governance Code 金融庁と東証が策定した上場企業のガバナンスに関する行動規範。コンプライ・オア・エクスプレイン方式を採用
内部統制 Internal Control 業務の有効性・効率性、報告の信頼性、法令遵守の三目的について合理的保証を得るための組織的プロセス
COSO枠組み COSO Framework トレッドウェイ委員会支援組織委員会が策定した内部統制の統合的枠組み。3つの目的と5つの構成要素から構成される

確認問題

Q1: エージェンシー理論とスチュワードシップ理論は、経営者の動機づけについてどのように異なる前提を置き、それぞれどのようなガバナンス上の処方箋を導くか。両理論の比較を通じて説明せよ。

A1: エージェンシー理論は経営者を自己利益追求的な機会主義者と仮定し、株主(プリンシパル)との間の利害の不一致と情報の非対称性からエージェンシー問題が生じるとする。このため、独立取締役による監視、業績連動報酬によるインセンティブ整合、情報開示の強化など、経営者の行動を外部から規律づけるメカニズムを重視する。一方、スチュワードシップ理論は経営者が組織と自己を同一視し、達成感・自己実現といった内発的動機づけに基づいて行動すると仮定する。このため、権限委譲と信頼に基づくエンパワーメント、助言・支援型の取締役会を処方箋とする。現実には両理論は補完的であり、監視と信頼のバランスが有効なガバナンスの鍵となる。

Q2: アメリカ型、ドイツ型、日本型(伝統的)のガバナンスモデルにおいて、経営者を規律づける主要なメカニズムはそれぞれどのように異なるか。各モデルの特徴と相違点を説明せよ。

A2: アメリカ型では、分散的な株式所有構造の下で、資本市場の規律(敵対的買収の脅威)、独立社外取締役による監視、インセンティブ報酬、厳格な情報開示規制が主要な規律メカニズムとなる。ドイツ型では、二層式取締役会の下で監査役会が執行役会を監督し、共同決定法により労働者代表が監査役会構成員の半数を占める。銀行等の大株主による直接的な監視も機能する。日本型(伝統的)では、メインバンクが大株主かつ主要債権者として経営を監視し、株式持ち合いが安定株主構造を形成する。取締役会は内部昇進者中心であり、監査役が別途監査機能を担う。三モデルの根本的相違は、誰がどのようなチャネルを通じて経営者を規律づけるかにあり、アメリカ型は市場と社外者、ドイツ型は監査役会と労働者、日本型は銀行と企業間関係を主要チャネルとする。

Q3: 日本のコーポレートガバナンス・コード(2015年策定、2021年改訂)の特徴と、2021年改訂における主な変更点を説明せよ。

A3: コーポレートガバナンス・コードは、金融庁と東京証券取引所が策定した上場企業向けの行動規範であり、法的拘束力はないが「コンプライ・オア・エクスプレイン」方式を採用することで実質的な規範力を持つ。5つの基本原則(株主の権利・平等性、ステークホルダーとの協働、情報開示と透明性、取締役会の責務、株主との対話)から構成される。2021年改訂ではプライム市場上場企業に対して独立社外取締役の3分の1以上選任を求め、取締役会のジェンダー・国際性等の多様性確保、TCFD等に基づくサステナビリティ情報の開示、人的資本・知的財産への投資に関する開示が新たに要請された。これらの改訂は東証の市場区分再編(2022年)と連動しており、特にプライム市場には高水準のガバナンスが求められている。

Q4: COSO枠組みにおける内部統制の5つの構成要素を挙げ、それぞれの機能を説明せよ。また、エンロン事件がCOSO枠組みに基づく内部統制の重要性を示すものとされる理由を述べよ。

A4: COSO枠組みの5つの構成要素は以下の通りである。(1)統制環境:組織の倫理観、経営者の姿勢、取締役会の監視など内部統制の基盤となる組織風土。(2)リスク評価:目的達成を阻害するリスクの識別・分析・対応方針の決定。(3)統制活動:リスクに対処するための方針・手続の実施(承認、照合、職務分掌など)。(4)情報と伝達:内部統制に必要な情報の識別・入手・伝達。(5)モニタリング活動:内部統制の有効性を継続的に評価し不備を是正するプロセス。エンロン事件では、統制環境の面で経営者の倫理観が欠如し、SPEを利用した粉飾決算に歯止めがかからなかった。取締役会の監視機能が形骸化し、監査法人の独立性も損なわれていた。リスク評価やモニタリングが有効に機能せず、情報の伝達も不正に利用された。この事件はCOSOの5要素すべての機能不全が企業の破綻と市場の信頼毀損をもたらすことを実証し、SOX法による内部統制の法的義務化の直接的契機となった。