Module 3-5 - Section 1: 経営情報システムとIT戦略¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 3-5: 経営情報論・イノベーション |
| 前提セクション | なし |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
現代の企業経営において、情報技術(IT)は単なる業務効率化の道具ではなく、競争優位の源泉そのものとなっている。経営情報システム(MIS: Management Information System)の歴史は、1960年代のメインフレームによるバッチ処理に始まり、クライアント/サーバーモデル、インターネット、クラウドコンピューティングを経て、現在のデジタルトランスフォーメーション(DX)の時代へと至る。
本セクションでは、まず情報システムの類型と経営上の役割を整理し、次にその歴史的発展過程を概観する。その上で、IT投資と生産性の関係をめぐる「生産性パラドックス」の論争を検討し、IT戦略と経営戦略の整合を図る理論モデルを学ぶ。最後に、DXの概念とプラットフォームビジネスの基礎を扱う。これらの知識は、Module 3-5全体を通じてイノベーション論を理解するための土台となる。
情報システムの類型と経営上の役割¶
企業が利用する情報システムは、その支援対象となる経営活動の階層に応じて分類される。ロバート・アンソニー(Robert N. Anthony)が1965年に提示した経営活動の三層モデル(戦略的計画・管理的統制・業務的統制)を基盤として、情報システムの類型は以下のように体系化される。
トランザクション処理システム(TPS)¶
トランザクション処理システム(TPS: Transaction Processing System)は、企業の日常的な業務取引(トランザクション)を記録・処理するシステムである。受注処理、在庫管理、給与計算、売上記録などの定型的・反復的な処理を自動化し、業務の正確性と効率性を確保する。TPSは情報システムの最も基礎的な層であり、ここで蓄積されたデータが上位システムの分析基盤となる。
経営情報システム(MIS)¶
Key Concept: 経営情報システム(Management Information System: MIS) 組織の計画・統制・意思決定を支援するために、TPSから集約したデータを定型的なレポートとして提供する情報システム。1960年代後半に概念が確立され、中間管理層の定型的意思決定を主な支援対象とする。
MISは、TPSが蓄積したトランザクションデータを集約・加工し、定期的な報告書(日次・週次・月次レポート)として管理者に提供する。売上推移表、在庫状況報告、予算実績対比表などが典型的な出力である。MISの特徴は、あらかじめ定義されたフォーマットで定型的な情報を提供する点にあり、非定型的・探索的な分析には対応しない。
意思決定支援システム(DSS)¶
意思決定支援システム(DSS: Decision Support System)は、1970年代にマイケル・スコット・モートン(Michael S. Scott Morton)やゴリー(G. Anthony Gorry)らによって提唱された概念である。MISが定型的なレポートを提供するのに対し、DSSは半構造的(semi-structured)な意思決定を支援する対話型システムである。
DSSの中核的構成要素は、データベース、モデルベース(統計モデル・最適化モデル等)、ユーザーインターフェースの三要素である。利用者は「もし〜ならば(what-if)」分析やシミュレーションを通じて、複数の代替案を比較検討できる。
経営者情報システム(EIS)¶
経営者情報システム(EIS: Executive Information System、またはESS: Executive Support System)は、最上位の経営者層(トップマネジメント)を対象とする情報システムである。外部環境情報(市場動向、競合情報、規制変更等)と内部経営指標を統合的に提示し、戦略的意思決定を支援する。直感的なグラフィカルインターフェースやドリルダウン機能(集約データから詳細データへ掘り下げる機能)を備えることが特徴である。
情報システムの階層構造¶
以下の図は、各情報システムが経営活動のどの階層を支援するかを示している。
graph TD
subgraph 経営活動の階層と情報システム
EIS_ESS["EIS/ESS<br/>経営者情報システム"]
DSS_Sys["DSS<br/>意思決定支援システム"]
MIS_Sys["MIS<br/>経営情報システム"]
TPS_Sys["TPS<br/>トランザクション処理システム"]
end
EIS_ESS --- |"戦略的計画層"| L1["トップマネジメント"]
DSS_Sys --- |"管理的統制層"| L2["ミドルマネジメント"]
MIS_Sys --- |"管理的統制層"| L2
TPS_Sys --- |"業務的統制層"| L3["現場オペレーション"]
TPS_Sys --> MIS_Sys
MIS_Sys --> DSS_Sys
DSS_Sys --> EIS_ESS
ERP:統合型基幹業務システム¶
Key Concept: ERP(Enterprise Resource Planning) 企業の基幹業務(財務会計、管理会計、販売管理、購買管理、生産管理、人事管理等)を統合的に管理する情報システムおよびその概念。1990年代にガートナー(Gartner)がMRP IIの発展形として命名した。単一のデータベースによりリアルタイムでの部門横断的な情報共有を実現する。
ERPの歴史的背景を理解するには、その前身であるMRP(Material Requirements Planning: 資材所要量計画)から辿る必要がある。MRPは1960年代初頭のアメリカで生まれた概念で、製造業における部品・資材の所要量を生産計画から逆算して算出する手法である。MRPはその後、MRP II(Manufacturing Resource Planning: 製造資源計画)へと発展し、資材だけでなく人員・設備を含む製造資源全般の計画管理を包含するようになった。
1990年代に入ると、MRP IIの範囲がさらに拡大し、販売・会計・人事など企業全体の経営資源を統合管理するERPへと進化した。SAP社のR/3(1992年発売)やOracle社のERPパッケージがこの時代を代表する製品である。
SAPの導入事例:成功と課題
ERPの代表格であるSAPは、世界の大企業に広く導入されてきた。成功事例として、味の素グループでは複数の旧ERPシステムをSAP S/4HANAに統合し、従来1時間を要していたバッチ処理を10分に短縮するなど、業務効率の大幅な改善を達成した。一方、日本企業のERP導入には固有の課題も存在した。2000年代前半には、十数億円の費用と数年の期間を投じながら稼働に至らなかった事例や、フィット・アンド・ギャップ分析の結果として1000本近いアドオン開発を行い、パッケージの標準機能のメリットを損なった事例が報告されている。これらの失敗は、製品理解の不足と「パッケージに業務を合わせる」という原則の不徹底に起因するものであった。
情報システムの歴史的発展¶
メインフレーム時代(1960〜1980年代)¶
企業における情報システムの歴史は、1960年代のメインフレーム(汎用大型コンピュータ)に始まる。IBMが1964年に発表したSystem/360は、シリーズ間で共通のアーキテクチャを採用し、ハードウェアとソフトウェアの互換性という概念を初めて本格的に導入した画期的な製品であった。
この時代の情報システムは、EDPS(Electronic Data Processing System: 電子データ処理システム)と呼ばれ、給与計算や会計処理などの大量定型処理のバッチ処理が中心であった。情報処理部門が集中管理する形態をとり、エンドユーザーが直接コンピュータに触れる機会はほとんどなかった。
クライアント/サーバー時代(1980〜2000年代)¶
1980年代後半から1990年代にかけて、インテル(Intel)のCPUとマイクロソフト(Microsoft)のWindowsの普及により、パーソナルコンピュータ(PC)が企業に広く導入された。社内ネットワーク(LAN: Local Area Network)の整備とともに、クライアント(PC端末)とサーバー(データ管理・処理を担う中央コンピュータ)を接続するクライアント/サーバー(C/S)モデルが主流となった。
C/Sモデルでは、処理負荷がクライアントとサーバーに分散されるため、メインフレーム時代の集中処理モデルと比較して柔軟性とコスト効率が向上した。また、グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)の採用により、エンドユーザーコンピューティング(EUC)が進展し、現場の利用者が自ら表計算ソフト等を活用して分析を行う文化が形成された。
インターネット・Web時代(1990年代後半〜2000年代)¶
1990年代後半のインターネットの商用化により、企業情報システムは社内利用にとどまらず、顧客・取引先との連携基盤へと拡張された。電子商取引(EC: Electronic Commerce)、サプライチェーンマネジメント(SCM)システム、顧客関係管理(CRM)システムなどが登場し、企業間・企業-顧客間の情報連携が飛躍的に進展した。
クラウドコンピューティング時代(2000年代後半〜現在)¶
Key Concept: SaaS(Software as a Service) ソフトウェアをインターネット経由でサービスとして提供する形態。利用者は自社でソフトウェアをインストール・管理する必要がなく、利用量に応じた課金(サブスクリプション)で必要な機能を利用できる。1999年のSalesforce.com創業がSaaS普及の嚆矢とされる。
2000年代後半以降、クラウドコンピューティングが急速に普及した。クラウドサービスは提供形態により以下の三層に分類される。
| サービスモデル | 提供範囲 | 代表例 |
|---|---|---|
| IaaS(Infrastructure as a Service) | サーバー・ストレージ・ネットワーク | AWS、Microsoft Azure、Google Cloud |
| PaaS(Platform as a Service) | 開発・実行環境 | Google App Engine、Heroku |
| SaaS(Software as a Service) | アプリケーション | Salesforce、Microsoft 365、Google Workspace |
クラウドの普及は、IT投資の性質を根本的に変えた。従来の「所有」モデル(大規模な初期投資としての設備投資)から「利用」モデル(従量課金の運営費用)への転換が進み、中小企業を含む幅広い企業がエンタープライズ級の情報システムにアクセスできるようになった。
IT投資と生産性:生産性パラドックスの論争¶
ソローの生産性パラドックス¶
Key Concept: 生産性パラドックス(Productivity Paradox) 情報技術への大規模な投資にもかかわらず、マクロ経済レベルでの生産性向上が観察されないという逆説的現象。ロバート・ソロー(Robert Solow)が1987年に「コンピュータの時代はいたるところに見えるが、生産性統計には見えない」と述べたことに由来し、「ソローのパラドックス」とも呼ばれる。
ノーベル経済学賞受賞者のロバート・ソロー(Robert M. Solow)は、1987年のニューヨーク・タイムズ紙の書評において「You can see the computer age everywhere but in the productivity statistics(コンピュータの時代はいたるところに見えるが、生産性統計には見えない)」と記した。実際、1970年代から1980年代にかけてアメリカのコンピュータ処理能力は100倍に拡大したにもかかわらず、労働生産性の成長率は1960年代の年3%超から1980年代には年1%程度に低下していた。
この矛盾は、IT投資が本当に経済的価値を生み出しているのかという根本的な問いを提起し、1980年代後半から1990年代前半にかけて活発な学術的論争を引き起こした。
ブリンヨルフソンの研究と論争の展開¶
マサチューセッツ工科大学(MIT)のエリック・ブリンヨルフソン(Erik Brynjolfsson)は、1993年に「Communications of the ACM」誌に発表した論文「The Productivity Paradox of Information Technology: Review and Assessment」において、IT投資と生産性の関係に関する先行研究を体系的にレビューし、パラドックスの原因として以下の四つの仮説を提示した。
- 測定の問題(Mismeasurement): IT投資の効果は、品質向上・多様性・利便性といった従来の生産性指標では捕捉しにくい形で現れている
- タイムラグ(Time lags): IT投資の効果が顕在化するまでには、組織学習や補完的投資(業務プロセス改革、人材育成等)に時間を要する
- 再分配(Redistribution): IT投資の効果は、経済全体の生産性向上ではなく、企業間の利益の再分配として現れている
- 管理の失敗(Mismanagement): IT投資そのものに問題はないが、その活用・管理方法に問題がある
1990年代後半、ブリンヨルフソンとロリン・ヒット(Lorin M. Hitt)は、企業レベルのパネルデータを用いた実証研究を通じて、IT投資と生産性の間に有意な正の相関関係を発見した。ただし、IT投資の効果が最大化されるのは、組織変革(業務プロセスの再設計、分権的な組織構造、人的資本への投資)が伴う場合であり、IT投資単独では十分な効果が得られないことを明らかにした。また、IT投資の効果が顕在化するまでに2〜3年のタイムラグが存在することも示された。
マクロ経済レベルでも、1990年代後半のアメリカでは生産性成長が加速し、IT投資がその主要因の一つとして認識されるようになった。これにより、パラドックスは事実上「解消」されたとする見方が広がったが、IT投資の効果を最大化するための組織的・制度的な補完条件の重要性は、引き続き研究の中心的テーマであり続けている。
IT戦略と経営戦略の整合¶
戦略的整合モデル(Henderson & Venkatraman)¶
Key Concept: 戦略的整合モデル(Strategic Alignment Model: SAM) ジョン・ヘンダーソン(John C. Henderson)とN.ベンカトラマン(N. Venkatraman)が1993年に提唱したフレームワーク。経営戦略・IT戦略・組織インフラ・ITインフラの四要素間の整合(アライメント)が競争優位の実現に不可欠であるとする。IBM Systems Journal誌に発表された。
SAMは、以下の四つの構成要素から成る。
| 構成要素 | 領域 | 内容 |
|---|---|---|
| 経営戦略(Business Strategy) | 外部・ビジネス | 事業範囲、差別化能力、ガバナンス |
| 組織インフラ(Organizational Infrastructure) | 内部・ビジネス | 組織構造、業務プロセス、スキル |
| IT戦略(IT Strategy) | 外部・IT | 技術範囲、システム能力、ITガバナンス |
| ITインフラ(IT Infrastructure) | 内部・IT | アーキテクチャ、プロセス、スキル |
SAMの核心は、「戦略的フィット(Strategic Fit)」と「機能的統合(Functional Integration)」という二つの整合概念にある。戦略的フィットは、外部領域(戦略)と内部領域(インフラ)の整合を指す。機能的統合は、ビジネス領域とIT領域の間の整合を指す。
四つの整合パースペクティブ¶
SAMは、この四要素間の整合の起点に応じて、以下の四つのパースペクティブ(視点)を提示する。
- 戦略実行(Strategy Execution): 経営戦略→組織インフラ→ITインフラの順に整合を図る。経営者が戦略を策定し、IS管理者がそれを実装する。最も伝統的なパースペクティブである
- 技術ポテンシャル(Technology Potential): 経営戦略→IT戦略→ITインフラの順で整合を図る。経営戦略がIT戦略を駆動し、それに応じたITインフラを構築する
- 競争ポテンシャル(Competitive Potential): IT戦略→経営戦略→組織インフラの方向で、新たなIT能力が経営戦略の変革を促す。IT戦略が起点となり経営変革を導く
- サービスレベル(Service Level): IT戦略→ITインフラ→組織インフラの方向で、IT組織のサービス提供水準を最適化する
SAMの意義は、ITを経営戦略の「従属変数」としてのみ扱うのではなく、IT自体が経営戦略を変革しうる「独立変数」としての可能性を理論的に示した点にある。
デジタルトランスフォーメーション(DX)¶
DXの定義と概念的整理¶
Key Concept: DX(Digital Transformation) デジタル技術とデータの活用を通じて、製品・サービス・ビジネスモデルを変革するとともに、業務プロセス・組織構造・企業文化を根本的に変革し、競争上の優位性を確立すること。2004年にスウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン(Erik Stolterman)が提唱した概念が起源とされる。
DXの概念は、学術的起源と実務的定義の双方から理解する必要がある。学術的には、ストルターマンが2004年に「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」と定義したのが嚆矢である。
日本においては、経済産業省が2018年に公表した「DXレポート」が転機となった。同省の「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」(2018年)では、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義している。
デジタル化の三段階¶
経済産業省のDXレポート2(2020年)では、デジタル化を三段階に整理している。
graph LR
D1["デジタイゼーション<br/>Digitization"]
D2["デジタライゼーション<br/>Digitalization"]
D3["DX<br/>Digital Transformation"]
D1 -->|"個別業務の<br/>デジタル化"| D2
D2 -->|"ビジネスモデルの<br/>変革"| D3
D1a["アナログ・物理データの<br/>デジタルデータ化"]
D2a["個別の業務・製造プロセスの<br/>デジタル化"]
D3a["組織横断的な業務変革と<br/>新たな価値創出"]
D1 --- D1a
D2 --- D2a
D3 --- D3a
| 段階 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| デジタイゼーション(Digitization) | アナログ・物理データのデジタルデータ化 | 紙の書類をPDF化、手書き台帳のExcel化 |
| デジタライゼーション(Digitalization) | 個別の業務・製造プロセスのデジタル化 | ワークフローシステムの導入、RPA(Robotic Process Automation)の活用 |
| DX(Digital Transformation) | 組織横断的な業務・ビジネスモデルの変革と新たな価値創出 | 顧客データを活用したビジネスモデルの再構築、データドリブン経営 |
この三段階モデルの重要な含意は、DXが単なるIT導入(デジタイゼーション)やプロセスのデジタル化(デジタライゼーション)とは本質的に異なるという点である。DXの本質は、デジタル技術を手段として組織・文化・ビジネスモデルを根本的に変革することにある。
DXの学術的論争:技術決定論か組織変革論か¶
DXの本質をめぐっては、二つの立場が存在する。技術決定論(technological determinism)の立場は、AI・IoT・ビッグデータなどの技術革新そのものがDXの駆動力であるとする。一方、組織変革論の立場は、技術はあくまで手段であり、DXの成否を決定するのは組織能力・文化・リーダーシップの変革であるとする。
実務的には後者の立場が支配的であり、経済産業省のDXレポート(2018年)も「既存のIT資産の老朽化・複雑化・ブラックボックス化」(いわゆる「2025年の崖」問題)を指摘し、技術導入以前の組織的・制度的課題の解決を強調している。
プラットフォームビジネスとネットワーク効果¶
プラットフォームの定義と特性¶
Key Concept: プラットフォーム(Platform) 複数の利用者グループ(例:売り手と買い手)を仲介し、その相互作用を促進する基盤・場のこと。プラットフォーム事業者は、取引のルールやインフラを提供し、参加者間の価値交換を実現する。Amazon、Apple App Store、Uber等が代表例である。
プラットフォームビジネスは、従来の「パイプライン型」(生産者→消費者の一方向的な価値連鎖)とは根本的に異なるビジネスモデルである。プラットフォームは複数のユーザーグループを結びつけ、それらの間の相互作用から価値を創出する。この構造は、経済学において「両面市場(two-sided market)」あるいは「マルチサイドプラットフォーム」として理論化されている。ジャン・シャルル・ロシェ(Jean-Charles Rochet)とジャン・ティロール(Jean Tirole)による両面市場の理論(2003年)は、この分野の基盤的研究である。
ネットワーク効果¶
Key Concept: ネットワーク効果(Network Effect) ある製品・サービスの利用者数が増加するほど、各利用者にとっての当該製品・サービスの価値が増大する現象。直接的ネットワーク効果(同一グループ内の利用者増加による価値増大)と間接的ネットワーク効果(異なるグループの利用者増加による価値増大)に分類される。
ネットワーク効果は、プラットフォームビジネスの成長ダイナミクスを理解する上で中核的な概念である。
| 種類 | 定義 | 例 |
|---|---|---|
| 直接的ネットワーク効果(Same-side) | 同じグループ内の利用者が増えるほど価値が増大 | 電話網、SNS(利用者が増えるほど通信相手が増える) |
| 間接的ネットワーク効果(Cross-side) | 異なるグループの利用者が増えるほど他方の価値が増大 | ECモール(出品者が増えると買い手の選択肢が増え、買い手が増えると出品者の販路が拡大する) |
ネットワーク効果の存在は、プラットフォーム市場に特有の競争力学をもたらす。「勝者総取り(winner-take-all)」の傾向が強く、一旦優位に立ったプラットフォームが利用者を集めることでさらに価値を高め、後発参入者の追い上げを困難にする「ロックイン効果」が生じやすい。ロバート・メトカーフ(Robert Metcalfe)が提唱した「メトカーフの法則」は、ネットワークの価値がノード数の二乗に比例するという経験則であり、ネットワーク効果の規模感を直感的に捉える上で広く引用される。
ただし、ネットワーク効果には負の側面(ネガティブ・ネットワーク効果)も存在する。利用者の急増により、混雑・品質低下・信頼性の棄損が生じることがある。プラットフォーム運営者は、参入管理・品質管理・価格設計を通じてネットワーク効果の最適化を図る必要がある。
まとめ¶
- 企業の情報システムは、支援する経営活動の階層に応じてTPS、MIS、DSS、EIS/ESSに類型化される。ERPは部門横断的な統合管理を実現する基幹システムである
- 情報システムの基盤技術は、メインフレーム→C/Sモデル→インターネット/Web→クラウド(SaaS/IaaS/PaaS)と発展してきた。この進化は「所有」から「利用」へのIT投資パラダイムの転換を伴っている
- IT投資と生産性の関係をめぐる「生産性パラドックス」は、測定の問題、タイムラグ、組織的補完投資の必要性によって説明される。IT投資の効果は、組織変革を伴う場合に最大化される
- Henderson & Venkatramanの戦略的整合モデルは、経営戦略・IT戦略・組織インフラ・ITインフラの四要素の整合を理論的に体系化した
- DXは、デジタイゼーション→デジタライゼーション→DXの三段階で理解され、その本質は技術導入ではなく組織・ビジネスモデルの変革にある
- プラットフォームビジネスは両面市場の構造を持ち、直接的・間接的ネットワーク効果が成長の駆動力となる
- 次のSection 2では、イノベーションそのものの理論(シュンペーター、クリステンセンの議論)を学び、技術変化がいかに市場と組織を変革するかを理解する
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| TPS | Transaction Processing System | 企業の日常的な業務取引を記録・処理するシステム |
| MIS | Management Information System | TPSのデータを集約し、定型的な報告書を管理者に提供する情報システム |
| DSS | Decision Support System | 半構造的な意思決定を支援する対話型情報システム |
| EIS/ESS | Executive Information System / Executive Support System | トップマネジメントの戦略的意思決定を支援する情報システム |
| ERP | Enterprise Resource Planning | 企業の基幹業務を統合的に管理する情報システム。MRP→MRP II→ERPと発展した |
| 生産性パラドックス | Productivity Paradox | IT投資にもかかわらずマクロ生産性が向上しない現象。ソロー(1987年)の指摘に由来 |
| 戦略的整合モデル | Strategic Alignment Model | Henderson & Venkatraman(1993年)による経営戦略とIT戦略の整合フレームワーク |
| DX | Digital Transformation | デジタル技術による組織・ビジネスモデルの根本的変革 |
| SaaS | Software as a Service | ソフトウェアをインターネット経由でサービスとして提供する形態 |
| プラットフォーム | Platform | 複数の利用者グループを仲介し、相互作用を促進する基盤 |
| ネットワーク効果 | Network Effect | 利用者数の増加に伴い各利用者にとっての価値が増大する現象 |
| 両面市場 | Two-sided Market | 異なる二つのユーザーグループを仲介するプラットフォーム市場構造 |
確認問題¶
Q1: TPS、MIS、DSS、EIS/ESSの四類型について、それぞれの主な利用者層・支援する意思決定の性質・出力の特徴を比較して説明せよ。
A1: TPSは現場オペレーション層が利用し、受注・在庫・給与等の定型的トランザクションを処理する。出力はトランザクション記録そのものである。MISは中間管理層が利用し、TPSデータを集約した定型的レポート(日次・月次報告等)を提供する。DSSは中間管理層からトップマネジメントが利用し、半構造的な意思決定に対してwhat-if分析やシミュレーション等の対話型分析を支援する。EIS/ESSはトップマネジメントが利用し、外部環境情報と内部経営指標を統合的に提示して戦略的意思決定を支援する。ドリルダウン機能や直感的なインターフェースが特徴である。下位のシステムから上位のシステムへとデータが集約・加工される階層構造を形成している点が重要である。
Q2: 「生産性パラドックス」について、ソローの問題提起の背景とブリンヨルフソンによる四つの説明仮説を述べ、この論争がどのように「解消」に至ったかを説明せよ。
A2: ソローは1987年に、コンピュータ処理能力が急増する一方で労働生産性の成長率が1960年代の年3%超から1980年代の年1%程度に低下した事実を指摘し、IT投資の経済的効果に疑問を呈した。ブリンヨルフソン(1993年)は、この矛盾の原因として(1)測定の問題(ITの効果が従来指標では捕捉困難)、(2)タイムラグ(組織学習・補完投資に時間を要する)、(3)再分配(経済全体の生産性向上ではなく企業間の利益移転)、(4)管理の失敗(活用方法の問題)の四仮説を提示した。1990年代後半、ブリンヨルフソンとヒットは企業レベルのデータでIT投資と生産性の正の相関を実証し、特に組織変革を伴う場合に効果が最大化されること、2〜3年のタイムラグが存在することを明らかにした。同時期にアメリカ経済全体の生産性成長も加速し、パラドックスは概ね「解消」されたと見なされている。
Q3: Henderson & Venkatramanの戦略的整合モデル(SAM)における四つの構成要素と二つの整合概念(戦略的フィット・機能的統合)を説明し、SAMが経営実務にどのような示唆を与えるか論じよ。
A3: SAMの四構成要素は、経営戦略(事業範囲・差別化能力・ガバナンス)、組織インフラ(組織構造・業務プロセス・スキル)、IT戦略(技術範囲・システム能力・ITガバナンス)、ITインフラ(アーキテクチャ・プロセス・スキル)である。戦略的フィットは外部領域(戦略)と内部領域(インフラ)の垂直的整合を、機能的統合はビジネス領域とIT領域の水平的整合を指す。SAMの実務的示唆は、ITを経営戦略の従属変数としてのみ扱うのではなく、IT戦略が経営戦略を変革しうる独立変数として位置づけた点にある。「競争ポテンシャル」パースペクティブでは、新たなIT能力が経営戦略の変革を駆動するという方向性を示しており、DX時代の経営においてこの視点はとりわけ重要である。
Q4: DXにおける「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「DX」の三段階の違いを具体例とともに説明し、DXの本質がなぜ単なるIT導入とは異なるのかを論じよ。
A4: デジタイゼーションは、アナログ・物理データのデジタルデータ化であり、紙の書類のPDF化や手書き台帳のExcel化がこれにあたる。デジタライゼーションは、個別の業務・製造プロセスのデジタル化であり、ワークフローシステムの導入やRPAの活用が例となる。DXは、組織横断的な業務変革とビジネスモデルの根本的な変革による新たな価値創出を意味し、顧客データを活用したビジネスモデルの再構築やデータドリブン経営への転換がこれにあたる。DXが単なるIT導入と異なるのは、技術はあくまで手段であり、本質は企業の組織構造・業務プロセス・企業文化・ビジネスモデルそのものを根本的に変革する点にある。経産省のDXレポートが「2025年の崖」問題として既存システムの老朽化・ブラックボックス化を指摘したように、技術導入以前の組織的・制度的課題の解決が不可欠である。
Q5: プラットフォームビジネスにおける直接的ネットワーク効果と間接的ネットワーク効果の違いを説明し、「勝者総取り」傾向が生じるメカニズムを論じよ。
A5: 直接的ネットワーク効果(same-side)は、同一グループ内の利用者数が増えるほど各利用者にとっての価値が増大する現象であり、電話網やSNSが典型例である(利用者が増えるほど通信・交流できる相手が増える)。間接的ネットワーク効果(cross-side)は、プラットフォーム上の異なるグループの利用者が増えるほど他方のグループにとっての価値が増大する現象であり、ECモールにおいて出品者の増加が買い手の選択肢を広げ、買い手の増加が出品者の販路を拡大する関係が典型例である。「勝者総取り」は、正のフィードバックループにより生じる。一旦利用者数で優位に立ったプラットフォームは、ネットワーク効果を通じてさらに新規利用者を引き付け、価値を高める。後発参入者は初期の利用者基盤が小さいためネットワーク効果を享受できず、先行者との格差が拡大する。これにより参入障壁が高まり、市場が少数のプラットフォームに集約される傾向が生じる。