Module 3-6 - Section 1: ケーススタディの方法論と分析フレームワーク¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 3-6: 統合演習 — ケーススタディ分析 |
| 前提セクション | なし(Phase 1-3 の全モジュールが前提) |
| 想定学習時間 | 4時間 |
導入¶
本モジュールは経営学全16モジュールの最終モジュールであり、Phase 1(基盤形成)から Phase 3(発展領域)までに学んだ理論・フレームワークを統合的に活用して、実在する企業の経営課題を多角的に分析する能力を養うことを目的とする。
本セクションでは、その前提となるケーススタディの方法論と統合的分析フレームワークを体系的に整理する。まず、ビジネススクール教育で広く用いられるケースメソッドの歴史と教育的意義を概観し、次にケース分析の標準的手順を確認する。最後に、複数のフレームワークを統合的に適用するための7つの分析視点とその連携方法を提示する。Section 2・Section 3 で実施する企業ケース分析は、本セクションで示す手順とフレームワークに準拠して行う。
ケースメソッドの歴史と教育的意義¶
ケースメソッドの起源と展開¶
Key Concept: ケースメソッド(Case Method) 実際の企業・組織が直面した経営課題を記述した教材(ケース)を用い、学習者が意思決定者の立場で分析・議論を行う教育手法。ハーバード・ビジネススクール(HBS)で体系化され、世界のビジネススクールに普及した。
ケースメソッドの起源は、ハーバード・ロースクールで Christopher Columbus Langdell が19世紀後半に開発した判例教授法(casebook method)に遡る。ソクラテス的対話を基盤とするこの教育手法を、経営教育に応用したのが HBS である。
1919年に HBS の学部長に就任した Wallace Brett Donham は、それまでの理論偏重のカリキュラムを刷新し、実際のビジネス事例を教材とする教育手法の導入を推進した。1922年には教授会の投票により、従来「問題法(problem method)」と呼ばれていた教授法を正式に「ケースシステム(case system)」と命名し、1930年代までに MBA プログラムの主要な教育手法として確立された。
ケースとは、特定の個人や組織が直面する課題を提示する短い物語形式の文書であり、意思決定時点で利用可能な情報のみを含む。学習者は、実際にどのような意思決定がなされたかを知らされないまま、自らの分析と判断で解決策を導くことを求められる。この構造により、理論と実践を架橋する経験学習が可能となる。
ハーバード型ケースメソッドの特徴¶
HBS のケースメソッドには以下の特徴がある。
- 参加者中心の学習: 教員は知識を一方的に伝達するのではなく、議論のファシリテーターとして機能する。学習の主体はあくまで参加者自身である。
- 意思決定の疑似体験: ケースは特定の意思決定ポイントで終わるよう設計されており、学習者は情報の不完全性の中で判断を迫られる。
- 多様な視点の交差: クラス討議において、異なる経歴・専門性を持つ参加者の分析が交差することで、単独では到達し得ない多角的理解が生まれる。
- 帰納的学習: 個別ケースの分析を通じて、一般化可能な原則や理論的洞察を帰納的に導出する。
慶應型ケースメソッド¶
日本におけるケースメソッドの導入は、慶應義塾大学ビジネス・スクール(KBS)が先駆的役割を果たした。KBS は1960年代に HBS のケースメソッドを日本に導入し、50年以上にわたり研究を重ねて「慶應型ケースメソッド」として独自に発展させてきた。
慶應型ケースメソッドの特徴は以下の通りである。
- 教員によるフィールド調査に基づくケース作成: KBS のケースは、教員が企業経営の当事者に直接インタビューを行い、ありのままの事実を記述したものである。単なる事実の列挙ではなく、教育目的に応じた「訓練主題」が意図的に組み込まれている。
- 双方向型討議の重視: 参加者がケースを事前に読み込んだ上で、各自の分析結果や意思決定の内容とその根拠を教員のリードの下で発表し、討議する。
- 日本のビジネス環境への適応: 日本企業特有の組織文化、意思決定プロセス、ステークホルダー関係を反映したケースが多数開発されている。
ケースメソッドの教育的効果¶
ケースメソッドは、以下の能力の育成に効果があるとされる。
| 能力 | 内容 |
|---|---|
| 分析力 | 複雑な経営状況から本質的な問題を抽出する能力 |
| 意思決定力 | 不完全情報下で合理的な判断を行う能力 |
| 論理的思考力 | 根拠に基づいて自らの主張を構築・展開する能力 |
| コミュニケーション力 | 討議を通じて他者を説得し、合意を形成する能力 |
| 統合的思考力 | 複数の専門領域の知識を結合して複合的課題に取り組む能力 |
ケース分析の基本手順¶
ケース分析には一定の標準的手順が存在する。ここでは、ビジネススクール教育で広く採用されている5段階の分析プロセスを示す。
graph TD
A["Step 1<br/>事実整理"] --> B["Step 2<br/>問題特定"]
B --> C["Step 3<br/>分析・代替案生成"]
C --> D["Step 4<br/>評価・意思決定"]
D --> E["Step 5<br/>提言の構成"]
style A fill:#e8f4f8,stroke:#2980b9
style B fill:#fdebd0,stroke:#e67e22
style C fill:#d5f5e3,stroke:#27ae60
style D fill:#fadbd8,stroke:#e74c3c
style E fill:#e8daef,stroke:#8e44ad
Step 1: 事実整理¶
ケースに記述された情報を体系的に整理する段階である。ここでは解釈や評価を加えず、客観的事実の把握に徹する。
- 時系列の整理: 出来事の発生順序と因果関係を明確にする
- 定量データの抽出: 財務データ、市場シェア、成長率など数値情報を整理する
- ステークホルダーの特定: 登場する利害関係者とその立場を明確にする
- 意思決定者の特定: 誰の立場で意思決定を行うかを確認する
Step 2: 問題特定¶
事実整理を踏まえて、ケースの中心的問題(central issue)を特定する。
- 症状と原因の区別: 表面的な症状(売上低下、離職率上昇等)と根本原因を峻別する
- 問題の構造化: 複数の問題が存在する場合、相互関係と優先順位を明確にする
- 問題の範囲の限定: 意思決定者が実際に解決可能な範囲に問題を限定する
Key Concept: 仮説駆動型分析(Hypothesis-driven Analysis) 問題に対する暫定的な仮説(初期仮説)を先に設定し、その仮説の検証に必要なデータ収集・分析を効率的に行う問題解決手法。マッキンゼー等のコンサルティングファームで広く用いられる。仮説は分析の結果により修正・棄却され得るものであり、結論の先取りではない。
仮説駆動型分析では、Step 2の段階で「この問題の根本原因は○○ではないか」「最善の解決策は△△ではないか」という初期仮説を設定する。この仮説がその後の分析を効率化する羅針盤として機能する。仮説はデータや分析結果によって修正・棄却されるものであり、80%の確度で方向性を正しく示すことを目指す。
Step 3: 分析・代替案生成¶
特定した問題に対して、複数の分析フレームワーク(後述の統合分析フレームワーク)を適用し、そこから導かれる代替案(alternative courses of action)を生成する。
- フレームワークの選択と適用: 問題の性質に応じて適切なフレームワークを選択する
- 代替案の網羅性: 最低3つ以上の代替案を生成することが望ましい
- 「何もしない」選択肢の検討: 現状維持も代替案の一つとして明示的に検討する
Step 4: 評価・意思決定¶
生成された代替案を複数の基準で評価し、最善の意思決定を導く。
| 評価基準 | 内容 |
|---|---|
| 実行可能性(Feasibility) | 利用可能な経営資源で実行できるか |
| 適合性(Suitability) | 問題の根本原因に対処しているか |
| 受容性(Acceptability) | ステークホルダーの受容を得られるか |
| リスク | 想定されるリスクとその許容度 |
| 時間軸 | 短期的効果と長期的効果のバランス |
Step 5: 提言の構成¶
分析結果を論理的に構成し、説得力のある提言としてまとめる。
- 結論の明示: 推奨する行動方針を冒頭で明確に述べる
- 根拠の提示: 分析結果に基づく論理的根拠を示す
- 実行計画の概要: 誰が、いつ、何を行うかの概略を示す
- 想定されるリスクと対応策: 提言に伴うリスクとその軽減策を述べる
- 成功指標: 提言の成否を測定するための KPI を設定する
統合的分析フレームワーク¶
単一フレームワークの限界と複眼的分析¶
Key Concept: 統合的ケース分析(Integrated Case Analysis) 複数の分析フレームワークを体系的に組み合わせ、外部環境・内部資源・財務・戦略・組織・マーケティング・倫理の各視点から企業を多角的に分析する手法。単一フレームワークでは捉えきれない経営の全体像を把握することを目的とする。
経営学の個別モジュールで学んだフレームワーク(PEST分析、5フォース分析、VRIO分析など)は、それぞれが特定の側面を照射する強力な分析ツールである。しかし、いずれも単独では経営の全体像を捉えることはできない。
単一フレームワークの限界を例示すると、以下の通りである。
| フレームワーク | 強み | 限界 |
|---|---|---|
| PEST分析 | マクロ環境の体系的把握 | 企業内部の能力を分析できない |
| 5フォース分析 | 業界の競争構造の把握 | 企業固有の資源・能力を評価できない |
| VRIO分析 | 競争優位の源泉の特定 | 外部環境の変化を考慮しない |
| 財務分析 | 定量的な業績評価 | 定性的な競争優位の要因を捉えられない |
| STP分析 | 市場セグメントと標的の明確化 | 組織能力やオペレーションの実現可能性を考慮しない |
したがって、実際の企業分析では複数のフレームワークを統合的に適用し、それぞれの分析結果を相互に関連づけて全体像を構築する「複眼的分析」が不可欠である。以下に示す7つの分析視点は、Phase 1-3で学んだフレームワークを体系的に整理したものであり、ケース分析における分析の包括性を担保するためのチェックリストとして機能する。
7つの分析視点¶
以下の7つの視点を順に、あるいは問題の性質に応じて重点的に適用する。各視点で用いるフレームワークは、これまでのモジュールで学習済みのものである。
視点1: 外部環境分析¶
企業を取り巻くマクロ環境と業界競争環境を分析する。
- PEST分析: 政治(Political)、経済(Economic)、社会(Social)、技術(Technological)の4要因からマクロ環境を体系的に把握する(→ Module 2-2 参照)
- ポーターの5フォース分析: 業界の競争構造(新規参入の脅威、買い手の交渉力、売り手の交渉力、代替品の脅威、既存競合間の敵対関係)を分析する(→ Module 2-2 参照)
分析の焦点: 企業にとっての機会(Opportunity)と脅威(Threat)の特定
視点2: 内部資源分析¶
企業内部の資源・能力を分析し、競争優位の源泉を評価する。
- VRIO分析: 経営資源の価値(Value)、希少性(Rarity)、模倣困難性(Imitability)、組織(Organization)を評価する(→ Module 2-2 参照)
Key Concept: バリューチェーン分析(Value Chain Analysis) Michael Porter が『競争優位の戦略』(1985年)で提唱した分析手法。企業の活動を主活動(購買物流・製造・出荷物流・販売/マーケティング・サービス)と支援活動(企業インフラ・人的資源管理・技術開発・調達)に分解し、各活動がどのように価値を創造し競争優位に貢献しているかを分析する。
バリューチェーン分析は、企業の事業活動を「主活動」と「支援活動」に分解し、各活動における価値創造とコスト構造を分析するフレームワークである。
| 区分 | 活動 |
|---|---|
| 主活動 | 購買物流(Inbound Logistics)、製造(Operations)、出荷物流(Outbound Logistics)、販売・マーケティング(Marketing & Sales)、サービス(Service) |
| 支援活動 | 企業インフラ(Firm Infrastructure)、人的資源管理(HRM)、技術開発(Technology Development)、調達(Procurement) |
分析の焦点: 企業の強み(Strength)と弱み(Weakness)の特定
視点3: 財務分析¶
企業の財務的パフォーマンスを定量的に評価する(→ Module 2-4 参照)。
- 収益性指標: ROE、ROA、売上高営業利益率など
- 安全性指標: 自己資本比率、流動比率、固定長期適合率など
- 効率性指標: 総資産回転率、棚卸資産回転率、売上債権回転日数など
- 成長性指標: 売上高成長率、営業利益成長率など
財務分析は、他の定性的分析の結論を数値で裏づける、あるいは矛盾を発見する役割を果たす。「戦略が優れている」と定性分析で結論しても、財務指標が悪化していれば、戦略の実行面に問題がある可能性を示唆する。
視点4: 経営戦略分析¶
企業の競争戦略と成長戦略を分析する。
- ポーターの基本戦略: コストリーダーシップ、差別化、集中の3類型のいずれを採用しているか(→ Module 2-2 参照)
- アンゾフの成長マトリクス: 市場浸透、市場開拓、製品開発、多角化の4象限で成長戦略の方向性を分析する(→ Module 2-2 参照)
Key Concept: SWOT分析(SWOT Analysis) 企業の内部環境を強み(Strengths)と弱み(Weaknesses)、外部環境を機会(Opportunities)と脅威(Threats)の4象限に整理し、戦略策定の基盤とする分析手法。起源については、1960年代のスタンフォード研究所(SRI)における SOFT分析が前身とされる説と、ハーバード・ビジネススクールの Kenneth Andrews らによる経営政策論の教科書(1965年)に由来する説がある。
SWOT分析は、視点1(外部環境分析)で特定した機会・脅威と、視点2(内部資源分析)で特定した強み・弱みを統合する接点として機能する。SWOT分析自体は「整理」のためのフレームワークであり、そこから戦略的含意を引き出すには、クロスSWOT(TOWS マトリクス)の活用が有効である。
| 機会(O) | 脅威(T) | |
|---|---|---|
| 強み(S) | SO戦略: 強みを活かして機会を最大限に活用 | ST戦略: 強みを活かして脅威を回避・軽減 |
| 弱み(W) | WO戦略: 弱みを克服して機会を活用 | WT戦略: 弱みと脅威の影響を最小化 |
視点5: 組織・人材分析¶
組織構造、リーダーシップ、人的資源管理の適合性を分析する(→ Module 2-1, Module 2-6 参照)。
- 組織構造: 機能別組織、事業部制、マトリクス組織のいずれを採用し、戦略との適合は取れているか
- 組織文化: 組織文化は戦略実行を促進しているか、阻害していないか
- リーダーシップ: トップマネジメントのリーダーシップスタイルは経営課題に適合しているか
- HRM施策: 採用・育成・評価・報酬制度は戦略目標を支えているか
視点6: マーケティング分析¶
企業のマーケティング戦略を分析する(→ Module 2-3 参照)。
- STP分析: セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングの妥当性
- マーケティング・ミックス(4P): 製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)の整合性
- ブランド戦略: ブランドエクイティの構築・維持の状況
視点7: 倫理・ガバナンス分析¶
企業の倫理的側面とガバナンス構造を分析する(→ Module 3-4 参照)。
- CSR(企業の社会的責任): ステークホルダーに対する責任の遂行状況
- ステークホルダー分析: 主要なステークホルダーの利害関係と影響力
- コーポレートガバナンス: 取締役会の構成、監査体制、内部統制の適切性
7つの視点の統合¶
graph LR
subgraph External ["外部分析"]
V1["視点1<br/>外部環境分析<br/>PEST / 5フォース"]
end
subgraph Internal ["内部分析"]
V2["視点2<br/>内部資源分析<br/>VRIO / バリューチェーン"]
V3["視点3<br/>財務分析<br/>収益性 / 安全性 / 効率性"]
end
subgraph Strategy ["戦略分析"]
V4["視点4<br/>経営戦略分析<br/>SWOT / 基本戦略"]
end
subgraph Functions ["機能分析"]
V5["視点5<br/>組織・人材分析"]
V6["視点6<br/>マーケティング分析"]
end
subgraph Ethics ["倫理分析"]
V7["視点7<br/>倫理・ガバナンス分析"]
end
V1 --> V4
V2 --> V4
V3 --> V4
V4 --> V5
V4 --> V6
V4 --> V7
V5 --> Conclusion["統合的結論<br/>と提言"]
V6 --> Conclusion
V7 --> Conclusion
V3 --> Conclusion
上の図が示すように、分析は以下の論理で統合される。
- 外部環境分析(視点1) と 内部資源分析(視点2) の結果は、経営戦略分析(視点4) のSWOT分析に集約される。すなわち、外部環境から機会・脅威を、内部資源から強み・弱みを導き、戦略の妥当性を評価する。
- 財務分析(視点3) は、定性的分析の結論を数値面から検証する横断的な役割を持つ。戦略の有効性は最終的に財務パフォーマンスに反映されるはずであり、定性分析と定量分析の一致・不一致が重要な洞察を生む。
- 機能分析(視点5・6) は、戦略が組織やマーケティングの実行レベルでどのように具現化されているかを評価する。「戦略と実行の整合性」が鍵となる。
- 倫理・ガバナンス分析(視点7) は、企業活動の正当性と持続可能性を評価する。短期的に優れた戦略であっても、倫理的問題やガバナンス上の欠陥があれば長期的なリスク要因となる。
- これらすべての分析結果を統合して、包括的な結論と実行可能な提言を導出する。
統合分析の実践的指針¶
統合的ケース分析を効果的に行うためには、以下の指針が有用である。
- 全視点の適用は必須ではない: ケースの問題に応じて、重点的に分析すべき視点を見極める。すべての視点を均等に深掘りする必要はない。
- 視点間の矛盾を重視する: ある視点からは肯定的な結論が導かれるが、別の視点からは否定的な結論が導かれる場合、その矛盾自体が重要な洞察の源泉となる。
- 「So What?」を常に問う: 各フレームワークの分析結果を記述するだけでは不十分である。「この分析結果から、経営上どのような含意が導かれるか」を明示的に問うことが重要である。
- 定量と定性の往復: 財務データと戦略的分析を往復させることで、分析の説得力が向上する。
- 時間軸の意識: 過去の意思決定の評価、現在の状況分析、将来の方向性の提言を区別して論じる。
ミニケースによる手順の例示¶
以上の分析手順を具体的に理解するため、仮想的なミニケースを用いて分析の流れを示す。
ミニケース: X社の海外展開
X社は国内市場で高いシェアを持つ食品メーカーである。近年、国内市場の成熟化に伴い売上成長率が鈍化している。経営陣は東南アジア市場への本格参入を検討しているが、現地の流通網構築には多額の投資が必要であり、また現地競合との価格競争も懸念される。
| Step | 分析の進め方 |
|---|---|
| Step 1: 事実整理 | 国内市場成熟・売上鈍化、東南アジア参入検討、流通網構築の必要性、価格競争の懸念を整理 |
| Step 2: 問題特定 | 中心的問題:「X社は東南アジアに参入すべきか、すべきでないか。参入するならばどのような戦略が適切か」。初期仮説として「国内の高品質ブランドを活かした差別化戦略で参入すべき」と設定 |
| Step 3: 分析 | 視点1(PEST: 東南アジアの政治・経済・社会・技術環境)、視点2(VRIO: X社のブランド力と技術力の移転可能性)、視点3(財務分析: 投資余力の確認)、視点4(SWOT統合)、視点6(STP: 現地市場のセグメンテーション)を重点的に適用 |
| Step 4: 評価 | 代替案A「自力参入」、代替案B「現地企業との合弁」、代替案C「参入見送り」を実行可能性・適合性・リスクの観点で比較 |
| Step 5: 提言 | 分析結果に基づき最善の代替案を推奨し、実行計画とリスク対応策を提示 |
このミニケースでは、7つの視点のうち視点5(組織・人材)や視点7(倫理・ガバナンス)の比重は相対的に小さくなる。ケースの問題に応じた視点の重み付けが、効率的で質の高い分析を可能にする。
まとめ¶
- ケースメソッドは HBS で体系化され、KBS が日本に導入・発展させた実践的経営教育手法であり、参加者の主体的学習と意思決定の疑似体験を通じて、分析力・判断力・統合的思考力を養う。
- ケース分析の基本手順は、事実整理→問題特定→分析・代替案生成→評価・意思決定→提言の5段階から成り、仮説駆動型分析がその効率性を高める。
- 統合的分析フレームワークは7つの分析視点(外部環境、内部資源、財務、経営戦略、組織・人材、マーケティング、倫理・ガバナンス)を体系的に組み合わせるものであり、単一フレームワークの限界を克服する複眼的分析を可能にする。
- 分析の質を高めるためには、視点間の矛盾の発見、「So What?」の問い、定量と定性の往復が重要である。
- Section 2 では、ここで示した手順とフレームワークを用いて日本企業(トヨタ、ソニー、ユニクロ)のケース分析を実施する。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| ケースメソッド | Case Method | 実際の企業事例を教材とし、学習者が意思決定者の立場で分析・議論を行う教育手法 |
| 統合的ケース分析 | Integrated Case Analysis | 複数の分析フレームワークを体系的に組み合わせ、企業を多角的に分析する手法 |
| SWOT分析 | SWOT Analysis | 内部の強み・弱みと外部の機会・脅威を4象限に整理し、戦略策定の基盤とする分析手法 |
| バリューチェーン分析 | Value Chain Analysis | 企業活動を主活動と支援活動に分解し、各活動の価値創造と競争優位への貢献を分析する手法 |
| 仮説駆動型分析 | Hypothesis-driven Analysis | 暫定的な仮説を先に設定し、検証に必要なデータ収集・分析を効率的に行う問題解決手法 |
| クロスSWOT | TOWS Matrix | SWOT分析の4要素を掛け合わせ、SO・ST・WO・WT の4類型の戦略方向性を導出する手法 |
| 中心的問題 | Central Issue | ケースにおける最も本質的な問題。分析と提言の焦点となる |
確認問題¶
Q1: ケースメソッドが伝統的な講義形式と異なる教育的効果を持つ理由を、学習者の役割と意思決定プロセスの観点から説明せよ。
A1: 伝統的な講義形式では学習者は知識の受動的な受け手であるが、ケースメソッドでは学習者自身が意思決定者の立場に立ち、不完全な情報の中で分析・判断を行う主体となる。ケースは意思決定時点で利用可能な情報のみを含み、実際の結末が伏せられているため、学習者は理論を「知る」だけでなく「使う」ことを求められる。また、クラス討議を通じて多様な視点に触れることで、自らの分析の偏りを認識し、より多角的な判断力が養われる。この能動的・経験的な学習プロセスが、分析力・意思決定力・統合的思考力の育成に寄与する。
Q2: 仮説駆動型分析が、すべてのデータを網羅的に収集してから分析を始めるアプローチに比べて有効である理由を述べよ。また、仮説駆動型分析の留意点を1つ挙げよ。
A2: 仮説駆動型分析では、初期仮説を設定することで、検証に必要なデータ収集と分析に焦点を絞ることができ、限られた時間と資源の中で効率的に結論に到達できる。網羅的アプローチでは、問題に関係の薄いデータまで収集・分析する非効率が生じ得る。留意点としては、初期仮説への確証バイアスに陥るリスクがある点が挙げられる。仮説に合致しないデータを無視するのではなく、データが仮説と矛盾する場合には仮説を修正・棄却する柔軟性が不可欠である。
Q3: SWOT分析を単独で用いる場合の限界を述べた上で、統合的ケース分析における SWOT分析の適切な位置づけを説明せよ。
A3: SWOT分析を単独で用いる場合、強み・弱み・機会・脅威の特定が恣意的・主観的になりやすく、「何をもって強みとするか」の根拠が曖昧になる。また、4象限に整理するだけでは具体的な戦略的含意が自動的に導かれるわけではない。統合的ケース分析においては、SWOT分析は外部環境分析(PEST、5フォース)と内部資源分析(VRIO、バリューチェーン)の結果を集約する「統合の接点」として位置づけるべきである。すなわち、各フレームワークによる客観的な分析を先行させ、その結果を SWOT の4象限に整理することで、根拠に基づいた戦略方向性の導出が可能となる。
Q4: ある企業のケースを分析する際に、定性的な戦略分析では「優れた差別化戦略を実行している」と結論づけたが、財務分析では営業利益率が業界平均を下回っていることが判明した。この矛盾からどのような洞察を導き得るか、考えられる解釈を2つ以上述べよ。
A4: 考えられる解釈として、第一に、差別化戦略自体は方向性として正しいが、その実行段階(オペレーション、コスト管理、組織体制)に問題があり、差別化に要するコストが価格プレミアムを上回っている可能性がある。第二に、差別化が顧客に十分に認知・評価されておらず、想定したほどの価格プレミアムを獲得できていない(マーケティング上の課題)可能性がある。第三に、差別化戦略への投資が先行しており、短期的には利益率が低下しているが、中長期的には回収が見込まれる段階である可能性がある。第四に、定性分析の結論自体が誤っており、実際には差別化が不十分で「スタック・イン・ザ・ミドル」の状態にある可能性もある。このように、定性分析と定量分析の矛盾は、より深い分析を促す重要なシグナルとなる。